黄金の光を撒き散らしながら巨大な太陽が海面に沈みつつある。
一人のスラヴィアンが、海辺に腰を下ろして異界の太陽を眺めている。
ここは大
ゲートの向こう側、彼にとっての『異世界』。日本の淡路島である。
ゲートを通過して既に3日。髑髏の貴族は日がな一日、異界の太陽を眺め続けていた。
◇◇◇
「おっちゃん、さっきから何してるん?」
後方から若い娘の声がした。
大きな荷物を背負った地球人の娘が好奇心に目を輝かせている。
地球人の年齢は良く分からないが、かなり若いように思える。
振り返った髑髏の貴族の面貌を見てもたじろがない。
随分世慣れているようだが行商人だろうか?
「おっちゃん、あっちの世界の人だよね。一人旅?」
「ああ、仕事を後進に譲って引退旅行といったところだ」
「…もしかしてそれ"死出の旅"ってやつ?」
カンの鋭い娘だ。髑髏の貴族は内心驚いていた。
「詳しいな、娘」
「ネットとか雑誌でいろいろね。でも分からんなあ、生きられるんならずっと生きればいいと思うんだけどなあ」
「そうして永い間生きてきて、遂に生きることに厭きたのだよ」
「そういうもんかなあ。でもやっぱ分からんなあ……」
「定命の者、ましてお前のような年若い娘ならそうであろうな」
髑髏の貴族は良き領主として数百年もの間、誠実に勤勉に務めてきた。
民を慰撫し、他家の挑戦を退け、領内を荒らす飛竜を退治した。
我ながらよく怠りなく勤め上げたものだと思う。
だが"不死者"にとってすら、数百年は短い年月ではなかった。
心に癒しようのない老いと疲れを感じた髑髏の貴族は遂に引退を決意した。
永年恙無く領地を治めた功績を認められ"死出の旅"の許しはあっさりと与えられた。
屍姫に願いが聞き届けられ、『翻訳加護の護符』を賜る事が出来たのは思わぬ幸運だった。
それからの数ヶ月間は、後継者指名と引継ぎと残務処理と挨拶周りで瞬く間に過ぎ去った。
『力』の大部分を後継者に譲り渡し、今は往時の十分の一程度しか残っていない。
だが死に場所を探すだけならそれで十分だった。
領民たちの涙と花束で見送られ、従者と共に
ミズハミシマに渡航したのが4日前のことである。
ミズハミシマの海底宮殿大ゲート前で従者と別れ(従者は最後まで伴をすると言って聞かなかったが)
そして今、彼にとっての『異世界』であるこの地にいるという訳である。
◇◇◇
「で、死ぬ前にこっちの世界の見物に来たってことか」
「ああ……太陽をな、一度でいいから直接見てみたかったのだよ」
「ふうん。で、どうやった?」
地球の娘はいつの間にか荷物を下ろして髑髏の貴族の隣に腰を下ろしている。
髑髏の貴族は、もう一度その虚ろな眼窩を水平線に沈もうとしている巨大な夕陽の方角に向けた。
「素晴らしいものだ……偉大で力強く美しい。まさに神力の顕現そのものだ。
明け方の透明な輝きも、中天に懸かる白い日輪も、この壮麗な夕陽も、いくら眺めても飽きることが無い」
「そうやろなあ、確かにおっちゃんにとっちゃナマのお日さまが一番の見所かも知れんなあ……
でもな、お日さまには敵わんけど、こっちの世界にはまだまだ他にも面白いのや凄いのがいっぱいあるんよ」
娘の声に不可思議な懸命さが混じる。何とか引き止めようとしているようにも思える。
髑髏の貴族は初めてその関心をこの奇妙な地球の娘に注いだ。
「娘よ、お前の事はまだ何も聞いていなかったな。その荷物からすると商人か?」
「あー……『バックパッカー』ゆうてな。何て言ったらええんかな、荷物しょってふらふら世界中を旅してるんや」
「『背負う者』か……なるほど、人の生の本質とはそういうものかも知れぬな」
「いやそんな大げさなもんでもないんやけど……」
地球の娘は居心地悪そうにひとしきりもじもじした後、髑髏の貴族と同じ方角に視線を向けたままぽつりと呟いた。
「おっちゃん、良かったらしばらく一緒にこっちの世界ふらふらしてみる?」
髑髏の貴族は数瞬その言葉が意味するところを考えた後、真っ赤な夕陽に視線を向けたまま重々しく返事を返した。
「どうせ死に場所を探すだけの身だ。暫しお前に付き合うのもよかろう」
「じゃ、こっちはおっちゃんの死に場所探しに付き合ったるわ!」
地球の娘は嬉しそうににかっと笑った。
目の前の夕陽を受けて娘の顔は真っ赤に輝いている。
「『旅は道連れ世は情け』ということだな」
「おおーおっちゃんこっちの諺詳しいんやなあ!」
「我らの国を訪れたお前たちの同胞が教えてくれたのだ。中々趣きのある言葉だ」
「じゃこれ知ってる?『陽気な道連れは道中の馬車』」
翻訳加護の護符は正確に機能しているが喩えを意訳するには向いていない。
「知らぬな。どういう意味だ?」
「イタリアって国の諺でな。『お喋りな連れが居ると旅がはかどる』って意味や。要するにうちのことやな!」
髑髏の貴族は思わず笑みを零した。
乾いた眼窩の奥に暖かい光が宿る。
「じゃこれは?『寝てばかりいる賢人より放浪する愚人』」
「座してあれこれ思案するより旅に出て物事に直に触れた方が良い、という事かな?」
「正解!これはモンゴルって国の諺なんや。要するにうちらのことやな!」
髑髏の貴族は快活に笑った。久しぶりの心からの笑いだった。
「なんやおっちゃん、ずーっと難しい顔してると思ったら結構明るいやん」
「自分でも驚いている」
なんとこの地球の娘はずっと太陽ばかり眺めていた自分を心配してくれていたのだ。
髑髏の貴族は、自分の十分の一も生きていない娘に心配されている己に堪らない可笑しみを感じていた。
心の疲れが急速に融けていく。急ぐ事はない、時間はたっぷりある。私も"背負う者"となって、この見知らぬ世界をふらふらしてみよう。
さあ、この愉快で聡明な旅の道連れとともに"死出の旅"を始めよう。
「そういえばこんな言葉を聞いたことがある。『旅することは、生きること』。要するに我々の事だな」
地球の娘は一瞬きょとんとして、それからにっかりと笑った。
髑髏の貴族は立ち上がって地球人の娘の荷物を軽々と背負った。
地球の娘と髑髏の貴族は、次の行き先を相談しながら、今夜の宿を求めて歩いていった。
end
●あとがき
読んでくださった方ありがとうございましたー
普段見ることの出来ない『太陽』を見に地球を訪れるスラヴィアンもいたりするのかなと思って書いてみました。
地球人の娘の関西弁は適当ですのでおかしいところがあったら直しますのでご指摘ください。
ちょっとでも楽しんでいただけたら幸いです。
- いかにもこのシェアードらしい一作だと思います。二人の旅に幸多からんことを -- (名無しさん) 2012-05-07 18:20:24
- 挿絵追加してみました -- (書きあき) 2013-07-13 20:29:30
- 外に出るということの意味はやはり大きいですねと。スラヴィアンにとっての新しい目標はもう一つの人生が始まるのに等しい。旅の終わりで彼が何を抱くのか -- (名無しさん) 2014-02-02 19:02:06
最終更新:2013年07月13日 20:28