【グループ・セオリー】

 沢村 宗一郎は三等理事官である。
 職務地はミズハミシマの重要港区に設置された日本領事館。地球では無い何処かだ。
 宗一郎はこの異郷の地で、常々と思う事があった。

 物事には順序がある。
 特にファーストコンタクトにおいて成功した儀典は通例として残る事が多い。
 簡単に言えばイタリア人と日本人が初めてあった時にお互いが挨拶したとしよう。たまたま先にイタリア人が「チャオ」といえば、おそらく日本人は「チャオ」と言い返すだろう。チャオの意味が分からなくても、それが挨拶ではないかと推測するからだ。
 これは日本人が相手に合わせた挨拶をするからというわけではない。そういう気質をもっているからというわけではない。
 人間は、ファーストコンタクトにおいて同じ仕草をするという性質ももっている。
 もちろん異世界や宇宙では、そういった性質を持たない精神体系を持つものもいるかもしれない。
 だが幸運なことに地球とゲートでつながれた世界では、我々と同じような精神体系を持っていたためファーストコンタクトの「挨拶返し」が滞りなく行われた。
 実は「挨拶」は非常にデリケートな物だ。
 タブーである行為や仕草が最初なら嫌悪感を持たれるだろう。例えば日本人が親指と人差し指で丸をつくってお金を現すと、それはアラブ圏の人たちには呪いの動作に見える。まあ挨拶でマネーの仕草をするとは思えないが、そういった文化の違いが多々ある。
 振る舞いだと思って出された料理に手を付ければ物の怪扱い。笑っているから慶事かと思ったら実は弔事。そんなことが有り触れている。


 もしもだが……。
 もしもファーストコンタクトが弾丸であったらなら、異世界からは精霊の炎が飛んできたかもしれない。
 互いが語り合う唯一の手段と勘違いされてしまう不幸だ。
 単に平和主義を振りかざすのではない。経験則とそれを支える知性が必要となる。
 外交とはそういったものである。

 大国はゲートで敵地に兵士や兵器を送り込めるのではないか? と考えた。
 しかし異世界でも地球と同じような国家が張り巡らされ、そう簡単なものではないとすぐに考えをあらためた。
 次は外交を利用しながら、自国内ゲート向こうから地球側に敵国が侵入しない対策を採り始めた。
 ここで一つの問題が浮上する。

 前述した文化の違いだ。
 言葉の壁が、神の加護によりなまじ解決している為に、馴れ合いも衝突も加速する。お互いが探りを入れる前に言葉を交わしてしまうからだ。
 宗一郎が尊敬する社会人類学の研究者レヴィ=ストロースも遂に鬼籍へ入り、新しい文化への理解が必要となる時代へと突入した。


 宗一郎は、早々と異世界と交流してしまった息子に相談を持ちかけた。
「そんなのは音楽で全部解決さ。演奏もテクも違うが、音楽だけはどこでも誰でも気持ちを乗せて放つ。受け取る奴が相当ひねくれてない限り、誰でも似たような感想を持つモンさ」
 四角四面の宗一郎には、あまり役に立たない意見であった。
 仕方なく、次は学業で異世界人と交流する娘に相談を持ちかけた。
「そんなのは裸で語りあえば……」
「パンツを履きなさいっ!」
 四角四面の宗一郎には、役に立たないどころか大問題の娘であった。
 任地が異世界になった気苦労より、家族の問題がやや悩ましい宗一郎であった。


  • 沢村父とは逆に振り切った息子娘という今までのSSを思い起すと父の苦労も伺えるかなと。初遭遇観は成程と納得 -- (名無しさん) 2014-02-16 19:10:43
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最終更新:2012年03月30日 22:48