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【どこかの誰かが戦神祭真っ最中にどこかへ行って帰ってくるだけの話】

ドニーの夏、陸地の雪と厚い流氷が溶け黒々とした大地から僅かな間に我先にと濃い緑が芽吹く季節
ドニー・ドニーの首都では盛大に戦神祭が開催される。
この祭のために世界中に船出していった船が万難を排して再びこの港に戻ってくる。
そのためこの祭の期間中の港や沖には大小無数の船が停泊し、さながらドニー様式の船舶の見本市のような光景が広がる。
沖に停泊させた船から船員達と小舟で桟橋に辿り着いた私は「また後で」と彼らと別れて目的の場所へと足を向ける。
「酒だ!酒を浴びるほどもってこい!」
「肉が全然たりねーぞ!もっとジャンジャン焼けーーー!」
桟橋からそれほど離れていない港沿いにある組合酒場では建物の前の通りを埋め尽くすほど椅子とテーブルが置かれて船乗り達の宴会が開かれている。
その多くはすでに完全に出来上がった状態で、彼らはこれから祭が終わるまでの期間ここで常に酔いが回った状態で過ごすなんて者も多いだろう。
すべては組合持ちなのをいいことに皆日頃のウサ晴らしと飲めや歌えのドンチャン騒ぎだ。
私はそんな彼らの椅子とテーブルの間を縫うようにして先を急ぐ。
「おい!そこのあんた!こっちに来ていっしょに飲もうぜ!」
完全に出来上がった船員の一人が側を通りかかった私の肩に手を伸ばして誘ってくる。
汚い手で触るな、服が汚れる。その他諸々が穢れる。
という言葉を吐くのもいろいろ穢れる気がしたので、私は日頃兄上に教授されている通り、慣れた手つきでやんわりとその手を払い、断りと罵倒の言葉のかわりに男の顔面に一発くれてやると彼は紳士的に私を解放してくれた。
「ギャハハ何やってんだ!」
「おい!こいつを海に放り込んで頭冷やさせろ!」
などという彼の同僚の声と、しばらくして私の背後で海に何かが投げ込まれる音、その後に盛大な拍手と笑い声が響くが、私にはどうでもいいことだと先を急いだ。


「やれーーー!やっちまえーーーーー!!」
港から街の中心部へと通じる路地に入ると、あちこちで物騒な掛け声が響いてくる。
声のする方向に視線を向けると椅子やテーブルで囲っただけのリングの中で拳と拳で殴りあう男たちの姿が目に入る。
ドニーでは人が集まれば諍いの決着をつけるために喧嘩が自然と生まれ、喧嘩は即座に賭け事の対象となり見世物となる。
素手であることと、相手を殺さない限りはなんでもありの野良拳闘、これがこの時期のドニーの名物であり風物詩だ。
それは毎年のことで別に問題はないのだが・・・私が進むべき道が椅子とテーブルで作られたリングで遮られている。
しかも困ったことに、この道は私がこれから向かう場所への最短で、今から戻って別の道でというのはあまりにも時間を無駄にしてしまう。
私は少し考えてから、やはり最善はこれしかないと目の前のテーブルと椅子をどかしてリングの中へと足を踏み入れる。
「おい!何やってんだあんた!」
「おいおい!ここで乱入か!?」
リングの周囲に群がる野次馬が口々に勝手なことを言っているが、 別にそんなことはどうでもいい、私はただこの道が通りたいだけなのだ。
「何勝手に入ってきてんだテメェは!?」
「男の喧嘩に水を差すなんざいい度胸じゃねーか!ぶっ殺されてぇのか!ア!?」
すでに相当殴りあった後なのだろう、かろうじて顔の原型がわかる程度に顔を腫らしたオークオーガの男達が私の前に立ち塞がり、私に口汚い言葉を浴びせてくる。
たしかに勝負を突然邪魔されたのだから当然だろう、彼らの怒りも充分に理解できる。しかし、私にも大変深い事情があるのだから私の事情についても理解してもらわないと困るというものだ。
「おい!なんとか言え!」
「この落とし前はどうしてくれんだ!」
男達はなおも怒りが収まらないらしく、私の顔を覗き込んでその醜く腫れ上がった顔で私を見てくる。
正直この上なく不快だ。
どうやら彼らは自主的に私に道を譲るという気はないらしく、これ以上彼らに付き合っても時間の浪費と判断した私は、そのままストンと腰を落とし、足払い一薙ぎで二人の男の足を払い倒れ込ませ、その流れで鳩尾に二発蹴りを入れる。
相当油断していたのだろう、二人はそのまま盛大に後方へと吹き飛び、そのまま椅子とテーブルに激突して動かなくなる。
「・・・おい!これじゃ賭けが成立しねーじゃねーか!」
「・・・いや、引き分けってことでいいんじゃねーか?」
野次馬達は一瞬何が起きたのか理解できなかったようだが、次の瞬間には賭けの結果についてあれこれ喚き出しはじめ、さらに次の瞬間には野次馬同志で揉め会い殴り合いはじめる。
私はやっと道が通れると安堵し再び歩き出す、幸い向こう側のリングを作っていた椅子やテーブルは、先程蹴り飛ばした二人が身を呈して障害物を撤去してくれたので、私はその残骸を少し跨いで通るだけで良かった。
その途中、砕けた椅子とテーブルの中で泡を吹いて気絶した二人に目をやって生きていることを確認する。
さすがに殺してしまっては父上に怒られてしまう。


それから人でごった返す路地をなんとか抜けて広場に出ると「さぁ!もうこれ以上はいないか?いないか?」という声が耳に入ってくる
街の大小いくつもある広場では祭の期間中連日連夜帰ってきた船乗り達が持ち帰った物品の競りが開かれる。
内容は合法非合法問わずの闇鍋のようなもの、どこかから攫ってきた奴隷が商品として競りにかけられるなんてこともよくあることだ。
ドニーではよほど悪質でない限り戦利品は正当な商品として扱われる、海の男が命をかけて手に入れた物は、その全てを正当に評価するのがこの国の美徳だ。
「おめでとうございます!」
どうやら商品として舞台の上に上げられたダークエルフはかなりの高額で競り落とされたらしい、競りの結果にブーイングの声が上がる中、満足そうにニヤついた笑みを浮かべたオークが壇上に上がると、たった今競り落とした商品であるダークエルフの枷に繋がった鎖をひいて代金の支払いのため裏に消えていくのが見えた。
「あの子かわいかったな・・・あとで見物に行こう・・・」
競りに参加するかどうかはまだ決めていないが、せっかくの祭に何も楽しまないというのはもったいないことだろう。


そんなことを人混みを縫って目的地へと進む間考えていると、ふと違和感を覚えて反射的に手が伸び違和感の大本を捉まえる。
手だ、私の財布を握った手がそこにはあった。そして、その手の先にはギョッとした表情のホビットが居た。
私はホビットについてあまりよく知らないが、子供のような外見をしていても結構な年齢だったりするくらいのことは知っている。
「ごめんなさい・・・つい出来心で・・・」
私に手を掴まれたホビットはそう怯えた表情を作って言う。
安い芝居だなと思いつつ私は、そうか出来心か、出来心では仕方ない・・・もう二度とそんな出来心が起きないようにしないといけないだろうと、彼を捉えた手に少々力を込める。
「ギャアアアアアアアア!!」
私は親切心からホビットの右手と手首をグシャリと潰してやる。
存外ホビットが大きな声を上げたので少し驚き、周りの通行人の視線が私に集まったので気まずい気持ちになったがそれも一瞬のこと、すぐにその視線も霧散し私を見るのは手を砕かれたホビットだけとなった。
盗みを働いてこの程度で済んだのだから、むしろ彼は慈悲深い私に感謝してほしいくらいだ。
私はそんなことを思いつつ、彼を掴んでいた手の力を緩めて彼を解放してやる。
しかし、ホビットは私に感謝するどころか痛みと恐怖で青ざめ引きつった顔をして私を一瞬見たが、そのまま身を翻して雑踏の中に消えていった。
「まったく礼儀がなってないな・・・」
私はついついそんな小言を呟きながら再び財布を元あるべき場所に仕舞うと、これで懲りて足を洗うか、そうでなければ二度とこんな目に遭わないように腕を磨いたほうがいいだろうなと、どうでもいいあのホビットの今後のことについて考えながら目的の場所へと歩を進める。
気がつけば目的地はあともう少しの距離だ。


「はい、父上忘れ物です」
「おお!届けに来てくれたのかセツラ!」
目的地である船長会議(パーレィ)の議場で出迎えてくれた父ザザ・パーントゥに小箱を手渡す。
「やはり船に忘れていたか・・・」
小箱を私から受け取りつつ父は苦い顔をする。
「しっかりしている父上が忘れ物とは珍しいと思いました。困っていると思って私が届けに着ましたが間に合って良かったです」
「うんうん、私は本当に親孝行な娘をもった!私は幸せ者だ!」
そう言って笑顔でうっすら涙も浮かべて私の頭を撫でる父、私の身長は父より高いので子供の頃に比べて気恥かしい気持ちが強いが、それでも父に頭を撫でてもらうのはとても嬉しい。
「ここに来るまで何もなかったか?おかしな連中に言い寄られたり物取りに財布を盗まれたりはしなかったか?」
「いいえ、別に何もありませんでしたよ」
そう言えば何かあったような気もするが、それを正直に話して父に無用な心配をさせても何も良いことはないので黙っておく。
「そうか・・・では気をつけて帰るんだぞ?お前のことだ、心配はいらんだろうが・・・誰かに船まで送らせよう」
「いえ、大丈夫です。それに帰りに少し寄りたいところもありますから」
そう言って近くにいる部下を呼ぼうとする父上を遮り、その好意を無駄にするのは気が引けたが帰りに競りに寄るのに父の部下が隣に居ては楽しめるものも楽しめないというのが正直な気持ちだ。
「・・・そうか。では、本当に気をつけて帰るんだぞ?」
父上は残念そうにそう言うと、それ以上無理強いすることなく、気がついてこちらへ来ようとする部下に「いや、大丈夫だ」と手振りで制す。
「はい。父上も船長会議がんばってください」
「あぁ、お前が届けてくれたこれのおかげで今年も無事に切り抜けられるだろう」
そう言って父上は私が手渡した小箱から小さなガラス小瓶を取り出し、瓶の蓋をキュポンと抜いて中に入った黄色い液体を一気に飲み干す。
「・・・マズい」
顔をこれでもかと歪めて薬を飲み下す父上、私は傍に居た給仕の狗人から水の入ったカップを受けとり、それを父へと手渡す。
「すまん・・・」
水で口の中に残った薬を無理やり胃の腑に流し込み、大きく息を吐く。
「毎年大変ですね」
「毎年のことだが・・・・いつまで経ってもこれではな・・・」
それを見ての私の言葉にゲンナリした表情で父上が答える。
船長会議(パーレィ)は出席した参加者が一昼夜酒を酌み交わす、ドニーの選ばれた鯨掠商船組合の代表者だけが参加できる伝統行事だ。
しかし父上は昔から酒が弱く、毎年こうやって会議の前にエリスタリア産の強力な酔い止め薬を服用してちょっとやそっとの酒では酔わないようにしてから参加するのが毎年の光景となっている。
今回はその父上にとって命綱とも言える薬を船に忘れて来てしまい、私がそれを届けに来たというわけだ。
「よし!それでは行ってくる!セツラも祭を楽しんできなさい」
「そうさせてもらいます」
「しかし!くれぐれも危ないところに行くんじゃないぞ!あと変な男に言い寄られたら私の名前を出すんだぞ!」
「大丈夫ですよ」
そんな会話を交わして父上は側近の部下を伴って奥の部屋へと入っていく、その前後には名のある船長会議に参加する名士が同じように部下を伴って部屋の中へと消え、やがて全ての参加者が入室したのを確認して部屋の扉が閉まる。
次にこの扉が開くのは丸一日後のことだ。


「よし、あの競りにでも行ってみよう」
部屋の扉が閉鎖されるのを見届け一仕事終えて肩の荷が下りた私は、行きに見かけたあの競り会場に行こうと再び歩き出す。
議場を後にして来た道を競り会場へ向かう道中、父上が言ってた変な男に言い寄られたらというところを思い出してクスリと思わず笑ってしまった。
妹が最近異世界人に恋慕していると父上は心配で心配で仕方ないようで、私にまでその心配の矛先を向けているのがおかしくてたまらないのだ。
だって私は父上以外の男には欠片の興味もないし、性的興味という意味では女のほうにしか興味がない。
「まったく自分でも困った性分だと思うよ・・・」
口ではそう言いつつも、将来的には家のためにも所帯を持たねばならぬのはわかっているが、男を愛せぬのだからどうしようもないと開きなおっているのが実情だ。
さらに言うと私は同族の女性に対しても興味をそそられない、胸がときめくのは決まって異種族なのだ。
そう言う意味ではあの競りで見かけたダークエルフの娘はとても興味をそそられたが他人の所有物になったものに手を出すほど私は無分別でも不作法者でもない。
ドニ―では「3日免罪」という古くからの法があり、盗みなどを犯した者は3日逃げ切れば罪には問われないというものがあるが、さすがに衝動的に欲望に駆られて父上の顔と家名に泥を塗るなんてことは私には出来ない。
それにもし運が良ければ、またあのダークエルフのような興味をそそる奴隷が売りに出されているかもしれない、そうすればよほど法外な値段になるようなことさえなければ私の貯えで誰にも迷惑をかけることなく手に入れることができるのだから・・・
「やっぱり抱き心地ならスベスベした肌のダークエルフが一番、あぁ、でもフカフカした狗人の子もいいなぁ・・・」
そんなアレコレが頭の中を巡り一部は口から言葉となって漏れつつ、とらぬドラゴンの鱗算用を頭の中で弾きつつ、期待と共に競り会場へと向かう足も自然と早くなる。
途中期待に胸ふくらませる私に無粋に声をかけて来た数人の男達がいたような気もするが、問答無用で顔面に拳を叩きこみ牙や歯をへし折り、いろんな場所の骨を折ったり砕いたりしたらまるで幻のように消えたので恐らく最初からそんなものはいなかったのだろう。
なんにしても戦神祭はまだまだ始まったばかり、今年もきっと良い出会いがあるだろう。

  • 弱肉強食というか力の有無をはっきりと緩衝材なしで見せてくれた -- (名無しさん) 2013-09-20 21:10:14
  • さりげなく特徴あるキャラが面白いです。種族も心根もドニー海賊色に染まっているのがよく分かりました -- (名無しさん) 2014-04-13 18:19:21
  • 肉!金!力!荒くれの場馴れした空気がイカす -- (名無しさん) 2015-10-06 22:08:34
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最終更新:2012年04月08日 15:50