【青く藍い石と紅く赤い少女】

 月明かりを受け、青い青い、とても青い石を載せた交易船がラムールの大運河を上る。船は川の流れに逆らう為、帆をめいいっぱいに張りジグザクと川幅を利用して進路を刻む。
 故に川の波を掻き分けて激しく揺れる。
 規則的だがキツめで上下左右の揺れは、旅行者の胃と三半規管を激しく揺さぶる。

「こ、こいつは時化とは違う……威力だな……フ、フルボディ・ビートってところだ」
「な、なんでも音楽と結び付けるんですね……。しかしこ、これは確かに海とは違う揺れです」
 サワムラとヤマダは交易船の船尾で肩を並べ、胃の中から仲良く魚へ夕食を振りまいていた。
「案外、ヤワじゃないのさ」
 イスティは船酔いなど何処吹く風とばかりに、甲板に積み上げられた青く青い深く深い石の上で仁王立ちしていた。さすがのヤマダもスカートの中を盗撮する余裕がないようで、一顧だにせず一心不乱に胃の中をぶちまけていた。
 一頻り履き終えると楽になったのか、ヤマダとサワムラは積み荷である青い石の背をあずけた。
「おー、この温さが堪らんなぁ。お日様の温かさっといった感じだ」
「日中はずっと太陽を浴びてましたからね、この海石」
 海石とはミズハミシマ特産の石である。海が如何なる力で個体化するのかをヤマダたちは知らないが、古来から様々な利用がなされている。
 まず建築素材。海の如く深い青は異世界各所で様々な建築物に利用されている。さながら地球のラピスラズリである。同様にアクセサリーにも利用されており、女性だけでなく男性の身飾りにも人気がある。
 そして水と塩の備蓄。海の水が固まった海石は、神力と儀式によって水と塩に分解する事ができる。日照りや籠城において、まるまる構築物が水と塩と変わるとなれば恩恵は計り知れない。
 さらに水の特性を持つ海石は、蓄熱材としても利用される。地球で言うならば保冷剤や湯たんぽだ。直接、火に翳して温めてもいいが、ラムールでは日中の陽光で十分に温まる。これをベッドにするなりアンカにするなりすれば、冷える砂漠の夜では猫人の大切な添い寝器具となる。
 逆に冷える夜に野外や屋上で放置した海石は、日中の冷却材だ。さらに霧吹きで水でもかければ気化熱でより冷え、砂漠ではかけがえのない冷房器具と変貌する。まさにラ・ムールの為にあると言えるミズハミシマの輸出品だ。

 やがて交易船はマカダキ・ラ・ムールへの中継都市へと辿りつく。
 運河を跨ぐ都市。エー・テメンアーン・キ。

 エー・テメンアーン・キは日干しレンガでぐるりと町を囲い、洪水対策で運河の下流側に港を設けたこの都市は交易の要所だ。食料庫も兼ねており、城壁の周囲は芦に似た植物を寄せ纏めて作った農民の家が広く乱立している。
 交易船はレンガ壁の間を抜けて、エー・テメンアーン・キの町へと入り込む。港は10メートルほど低く、物資は跳ね釣瓶や滑車などの古めかしい起重機で一段高い都市部へと運び出される。
「ややっ! なんという猫猫都市!」
 ヤマダが興奮するのは、港に猫人たちが溢れるからだけではない。日干しレンガは捏ね上げて造りあげられるため、全てのレンガに肉球がマークの様に散らばされているからだ。
 水害対策のため、壁のレンガ下方には土瀝青が黒く塗りたくられており、これにも肉球マークが溢れている。
 やおら興奮し始めたヤマダを捨て置き、サワムラは港に備え付けられた水で喉を湿らせた。
「この水、冷たいぞっ!」
 素焼きの壺に汲まれただけの水だが、飲むと清涼さを与えるほど冷えている。
「……ああ気化熱利用してるんですね。イラクであるのと同じだなぁ」
 遅れて下船したヤマダが、バックパッカー慣れした知識を披露しながらその水でうがいをした。
「考える事はドコも同じってことさ」
 目線の高さにある壺から水を必死に汲み出しながら、イスティも喉を潤した。
「で、宿はどうするのさ? ていうか夕飯は? 具体的には晩ご飯は?」
 イスティの腹ペコキャラ面目躍如だ。ヤマダはヤマダで女猫人をカメラに収めるに夢中で、腹の減り具合など関係ない様子である。
「港なら必ず近くに宿や飯屋があるはずだよ。アイツは置いておいてまずは上に登ろう」
 猫人の中に地球人が入れば嫌でも目立つ。別行動したとて小規模都市ならば出会えなくなる事などまずないだろう。何よりヤマダはヴァイタリティがある。心配はない。
 サワムラはイスティを伴い、港から町へと続く坂を上る。坂も日干しレンガが敷き詰められ、これにも肉球マークが溢れている。一種の滑り止めにもなっているようだ。
「こりゃぁ、コンクリをひいたばかり所で猫が歩いたの思いだすなぁ。なんで猫って濡れた上を歩くのが好きなんだろう」
 サワムラは学生時代のバイトであった経験を語る。
 イスティも見た目の歳相応らしく猫の肉球後を踏みしめ、あちこちに小さな足を伸ばして遊びながら坂を上る。腹ペコキャラもどこへやら……。

 坂を登ると町は些か異様であった。
 まず、立ち並ぶ家の壁に窓がない。いや、良くみると二メートルほどの高さに申し訳程度の窓しかない。後でヤマダが説明したがこれは水害対策だという。
 家屋には必ず中庭があり、明りはそこから取っている。家の壁が堤防であり、玄関と高い位置の窓を防げば家屋の中は無事という訳だ。 

 家の屋根は全て平らだ。猫人たちは夏の間、屋根の上で寝起きする。これも熱さ対策で、海石もやはり屋上に置いて冷やしておく。

 サワムラたちが早々と決めた宿も、夏は屋根の上で寝るシステムで、さながら納涼夏祭りで雑魚寝するかのような光景となる。
 まずイスティは宿に併設された飯屋で、取り敢えずとお薦め料理を頼んだ。
 ラ・ムールで高い、そしてお薦めと言えば冷えた料理である。冷ませる手間が高くつくのだ。
 ここでも海石が活躍する。料理に直接投入された冷えた海石は、さながら創作料理を思わせる。
「……『海石の交換は有料』か。なんか『ペレットは食べられません』てのを思いだすな」
「ステーキど○ね。ベーコン巻き美味しいさね」
 サワムラの独り言に、イスティは律儀に腹ペコキャラ的に反応した。

 店主のお薦めはピタパンをちぎって香草のスープに浸して食べる料理であった。給仕にチップを渡しながら、サワムラは一つの感想を持つ。
「流氷見てーなスープだな。海石間違えて食うんじゃ……」

 ガリッ! バリバリッ! ゴクン!

 異音に驚いて隣を見れば、イスティが海石を噛み砕いていた。
「……うーん、塩っぱいって言うより、苦いわさ」
「おいおい、店主がドン引きしてるぞ、ここは一先ず謝った方がいいんじゃねーヵ?」
 異世界では何がマナー違反となるか分からない。まして海石は有り触れたものとはいえ安い物ではないし、水と塩に分解しなければ何度でも再利用が可能な物だ。
 地球で言えば器も食べてしまったような物かもしれない。
 しかし、猫人の店主は羨望の眼差しで、きらきらと輝く瞳でイスティを見つめている。
「う、海石を噛み砕いて食べるなんて……バーバリ公の再来だニャーッ!」

 畏怖する店主に構わず、イスティはバリバリと海石ごとピタパンスープを平らげていく。
「バーバリ公って、バリバリ食うからバーバリ公?」
 サワムラは冷えていくスープを抱えながら呟いた。


  • 驚くほど広がるラムールの景色が楽しい。肉球天国タウン! -- (名無しさん) 2014-01-21 20:24:53
  • 肉球に彩られた町とイスティの子供らしさが可愛いですね。異世界ならではの素材の使い方が光っていました -- (名無しさん) 2014-05-27 00:06:58
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最終更新:2014年01月21日 20:08