闇精霊のアシタと共に
ミズハミシマ各地を駆け巡って、既に6日が過ぎた。
アシタの言う方角で本当に正しいのか疑念に思う事もあったが、
数少ない手がかりの中で、ヤーマン氏族の村にたどり着かなければならない以上、
アシタを信じる他には手段が無かった。
安心材料もあった。
途中立ち寄った街で買えた地図によると、どうやら
ゲートからまったく反対側の果てに
ヤーマン氏族の村があるようだという事。
そしてアシタの案内する方角は、間違いなくそちらを向いているようだ、という事だ。
不安な点としては、<地球>の地図に慣れ親しんだ僕にとって、<異世界>の地図は、
あまりに情報不足というか、人工衛星も無く、地球の測量技術も浸透していないのであろう
人達の作った地図ならば、まあこんなものかといったものだという点だ。
江戸時代の伊能勘解由が作った地図を思えば、より正確な物もあるのかもしれないが、
いかんせん僕の知識では、その正確な地図がどれかさえもわからないのだ。
これは完全に僕のミスだ。出発前に勇矢兄に地図をもらっておくべきだった。
(・・・不安ですか?)
スピードメーターの上にチョコンと座ったアシタが僕に話しかけてくる。
「そりゃあ不安さ!異世界を独りで旅してるんだから!」
猛スピードで精霊バイクを翔ばしながら僕が叫ぶ。
(・・・ひとりじゃありません。わたしがいますよ)
アシタはそう言うと、ニッコリと微笑んだようにみえた。
なんだろう。この雰囲気、どこかで感じたような気がする。
ああ、そうか。奥山さんだ。あの娘の優しさにそっくりだ。
「なあ、アシタ!お前、奥山さんの事を知ってるかい?」
さらにアクセルをふかしながら、僕はアシタに聞いてみた。
(・・・ごめんなさい。知らない人です。
オークの人ですか?)
そうか。知らないか。
「オークだよ!知らないなら、いいや」
(・・・わたしと、とても仲良くしてくれたオークの人がいます。
あの方は一人ぼっちだったわたしと友達になってくれました。
あの方がどこか遠くへ行かれるまで、いつも一緒でした。
ようやく帰ってこられた時に、わたしに名前をつけてくださいました。
そしてその時、もうすぐ大切な人が来るから、道案内をして欲しいと、
そうわたしにおっしゃったのです・・・)
アシタがポソポソと呟いているが、悪路に差し掛かったところで揺れが酷く、
何を語っていたのかはわからずじまいだった。
その日の午後、もう少しで日も暮れようかという時だった。
小高い丘を越え、平野を一望できる下り坂に差し掛かると、アシタがピョンと飛び跳ねた。
(・・・もう少しで、ヤーマン氏族の村に到着しますよ。
ようやく目的地ですね!ヒウマさま)
!
そうか!ようやく着くのか!
はやる気持ちを抑えきれず、僕はさらにバイクを翔ばす。
すると、道の先に巨大なテントが何棟も立ち並ぶ集落が見えてきた。
それこそが目指すヤーマン氏族の村だろう。
村の入口の門から少し離れた場所に、僕はバイクを停めた。
ノム子さんから借りた無敵ジャケットを再確認する。問題なし。
川津から『お守り』として借りた木刀を手に持つ。問題なし。
村は何やら宴の準備をしているようで、随分と騒がしく、忙しない様子だ。
それに乗じて奥山さんを奪還するのも手か、そう思った矢先だった。
ブゥオオ~
まるで戦国時代のホラ貝のような音が鳴り響き、村の門からゾロゾロとオークが姿を現した。
その姿は、どうにも古風な鎧兜に身を包み、完全に一戦交える準備が整っている。
総勢・・・100人といったところだろうか。
その集団の真ん中から年嵩のオークが歩み出て、大声でこう叫んだ。
「我が一族の娘を奪おうとするのはお前か!
そう簡単に我らが花嫁を得られると思うなよ!
腰抜け男ならば、さっさと家に帰ることだ!」
すると、周りのオーク男もそれに追従して大声で叫びだした。
「「そうだ!そうだ!帰れ!帰れ!」」
「もしお前に、欠片ほどの勇気があるのならば、我らの軍勢と一戦交えてみるがいい!」
「「そうだ!そうだ!かかってこい!かかってこい!」」
勝手な事ばかり叫びやがる。
自分でも不思議に感じるが、ミズハミシマに、いや、異世界に来てから、心がどうにもざわつく。
自分の体の奥底の遺伝子が目覚めるというか、力が無尽蔵に湧き上がるような心地だ。
僕は木刀を握り締め、スウと息を大きく吸い込み、叫んだ。
「うるせぇぇぇーーーーーー!!!!!
奥山さんは!フゥカは『オレ』の嫁だ!
今から全員ぶっ倒して貰いに行くから、首ぃ洗ってまってろ!」
叫び終えると同時に、僕は100人の集団に向かって走り出した。
100対1など造作もない。負けなければいいだけだ。
乱戦だった。
最初の一人の喉元を突き、返す刀で隣のオークの側頭部に叩きつけ、
3人目の腹に蹴たぐりを入れて頭頂部を叩き、真後ろの4人目の鳩尾に束をねじ込み、
5人目のアゴを砕き、6人目の鼻面に突きを入れ、7人目のわき腹を横に一閃し、
8人目の横っ面を裏拳で吹き飛ばし、9人目の金的を蹴り上げ、10人目の両膝を粉砕したあたりで、
あとは何をどうやって戦っていたのか、ほとんど記憶にない。
薄ぼんやりと、陰神流剣術を指南してくれた祖父さんの声や、
剣道部の猛稽古の最中に叱咤する王仁主将の声が聞こえてきたような気がした。
僕自身も無傷ではすまなかった。
オークの持つ棍棒や長杖は容赦なく僕を叩きつけ、傷つけた。
体力の限界が近づいてきた。もうそろそろ限界だ。そう思った時だった。
「ルォォォォ・・・」
間違いなく自分の喉から洩れた声だ。
だが、まったく自分の声だと実感出来ない。
周囲のオークが後ずさりするのが見えた。
「ルオォォォーーーーン!」
自分の喉から、信じがたい大音量の遠吠えが放たれた。
それはまるで、荒野に叫ぶ狼のような声だ。
「信じられん・・・クルスベルグの狗人のようだ」
「いや、大延の狼人に近い。ただのニンゲンでは無かったのか!」
残ったオークどもが何やらザワザワと騒ぎ出した。
すると、オークの集団の後方から、まったく奇妙な格好をした者が歩み出てきた。
それはまるで時代劇から抜け出したような、時代錯誤の格好をしていた。
江戸時代か、幕末の武士のような姿だ。
それでいて、顔は犬。いや、狼か何かなのだろうか。
「よもや、これほどの手練とは思わなんだ。
元々は『最後の試練』ではあったが、そなたの奮戦に敬意を表し、拙者がお相手つかまつる。
我が名は師父カイデンが弟子、伊藤咬太郎(イトー・カミタロー)である」
犬侍はスラリと刀を抜いた。
真剣と木刀ではまったく話にならない。
こんな事ならば、川津を殴り伏せてでも『犬鳴虎鉄』を持参すべきだった。
しかし後悔しても遅い。木刀で目の前の敵をねじ伏せるしか無いのだ。
方法は、ただ一つ。
「ミヴローの剣、とくと受けよ!」
イトーと名乗った犬侍が、上段に構えて斬りかかってくる。
本当に時代錯誤だ。まるで幕末の人斬りでも相手にしているかのような気分だ。
だが勝算はある。相手が上段ならばなおさらだ。
薩摩次元流をブチ殺すために考案された、陰神流の邪剣、とくと見せてやる!
僕は足で地面の砂埃を、犬侍めがけて思いっきり蹴り上げた。
「っな!」
砂は犬侍の顔面に直撃し、丁度目くらましとなった。
その隙に振り下ろすのが緩慢になった相手の手元めがけて、下からすくい上げる軌道で剣を放つ。
目標は、剣を握るその指だ。
バキリ、と鈍い音を立てて僕の木刀の切っ先が、犬侍の小指を砕く。
握りの浅くなった束目掛けて2連撃目を叩き込み、犬侍の剣を叩き落とす。
最後は一気に間合いを詰め、喉元に切っ先を突きつける。
俺の、勝ちだ!
「そこまで!」
村の中央広場の方から、とてつもなく大きなオークが歩み出てきた。
それはもう豚人系オークというよりも、巨大イノシシ人間といった風貌だ。
「そこまで!よう戦ったの。歓迎するぞ。ムコ殿」
巨大イノシシ人間は、僕に向かってそう言った。
「「うぉぉぉー!」」
周囲のオークから、歓迎の雄叫びが湧き上がった。
傷だらけの僕は、同じく傷だらけのオークたちに担ぎ上げられて、村の広間の中央に連れて行かれた。
そこで待っていたのは、絢爛豪華な花嫁衣装に身を包んだ女性だった。
女性は僕の姿を見るや、目に涙を浮かべて駆け寄り、僕の事を抱きしめた。
「勇馬くん!勇馬くん!きっと来てくれるって、信じてた!
きっとここまで勝ち抜いてくれるって、信じてたよ!」
言うまでもなく、奥山さんだ。
「フゥカちゃん。僕、今、血だらけだからさ。
せっかくの花嫁衣装が台無しになっちゃうからさ」
もう何が何やらワケがわからなくなっていた僕は、どうにも間抜けな事しか言えなかった。
「気にしないよ。離れないよ。
今日からはもうずっと一緒だよ」
奥山さんは目に涙を浮かべていた。
「フゥカちゃん、結婚するんだよね?」
僕がそう尋ねると、奥山さんは首を縦に何度も振りながら、こう言った。
「そうですよ。私と勇馬くんの結婚式です」
え?
その後の僕は、ほぼ半日眠り続けていたらしい。
翌日昼過ぎに目を覚ました時には、見覚えのない寝具と、奥山さんの姿があった。
「おはよう、勇馬くん。傷の具合は大丈夫ですか?
みんなもう主賓を待ちきれなくて宴会を始めちゃってますよ」
ニッコリと笑う奥山さんと、その膝元には闇精霊のアシタの姿があった。
「えっと・・・何から聞けばいいのやら」
僕が躊躇していると、ドスドスという重量感あふれる足音が近づき、部屋の入口から
巨大イノシシ人間が姿を現した。
「お父様です。オークオーク・ヤーマン・グランヤニガです。族長なんですよ」
奥山さんはニコニコしながら、巨大イノシシ・・・もとい、父を紹介した。
「いやあムコ殿。お初にお目にかかる。
娘から手紙で色々と話はうかがっていたが、いやそれ以上にお強い。
族長としては娘に良い縁談をまとめたいのが本音でしてな。
それで屈強なオークをすすめても、一行に首を縦にふらんわけがわかりましたわい。
『最後の試練』まで進めた手練など、ここ数十年は居なかったですからな。
グハハッハハハハ!」
奥山パパは、心底嬉しそうに大笑いを始めた。
その時はじめて、僕は自分がとんでもない勘違いをしていた事に気づいたのだ。
確かに奥山さんの手紙には、誰と結婚するかは書かれていなかった。
それに、奥山さんの地元の逸話も思い出した。
『お祭りは特に婚礼の儀式の時が盛大で、一族郎党全員が集まって3日3晩飲み食い明かすのだとか。
その合間に、新郎と新婦の兄弟や親族による模擬戦が行われたり(故事にちなむのだとか)、
お色直しが最低10回は行われるのだそうだ』
「これかよー・・・」
僕は安堵と辛労と自分のマヌケさ加減から心底ちからが抜けた気がした。
こんな事を川津や浮田に知られたら、僕は一生笑いものになるに違いない。
「お疲れの所で悪いがな、ムコ殿。
披露宴だの何だのと控えておるので、身支度も整えてくだされよ。
それと、この幕屋は新郎新婦の生活の場として提供しよう。
ふむ・・・まあ今からさらにお疲れでもかまわんぞ」
奥山パパはグハグハと大笑いしながら幕屋から退去していった。
結婚、確定なんだ。
ふと奥山さんの方を見ると、耳まで真っ赤にして顔を伏せていた。
状況に流されるままに披露宴の主役として連れ回され、祝いの宴は3日3晩続き、
犬侍と剣術談義に明け暮れ、オークの子供らに地球の話をいっぱいしてあげて、
ようやく一息つけたのは、あの闘いから4日目の事だった。
「勇馬くん・・・もしかして、後悔してませんか?」
新居の幕屋の中、同じ寝具で寝ているフゥカが、心配そうに聞いてきた。
「一番上の兄貴がさ」
僕はポソリとつぶやいた。
「今、行方不明のヤツなんだけどさ。よく言ってたんだ。
『犬塚の血族は犬の血だ。一度決めたらテコでも想いは変えない』ってさ。
今ならそれがわかる気がするよ。
見知らぬ異世界のオークの村でさ。フゥカと一緒に暮らしていく。
それが僕の人生でもいいかなってさ」
「そうですね。しばらくは。
だって今月のゲートの定期便、もう開いちゃいましたもの」
あ。
「あー!忘れてた!
勇矢兄に何の連絡も入れてない!マジ怒られる!」
(・・・大丈夫ですよ。精霊通信でお兄様には連絡をいれてます)
あ、アシタ。
「なら、まあいいか」
安堵して深々と寝具に身を投じると、フゥカがスッと近づいてきて、こう言った。
「始業式には間に合うから大丈夫ですよ。
卒業後の進路も決まって、わたし安心しました。
わたしの進路は、お嫁さんです」
- 面白かったです。二人に祝福と爆発あれ! -- (名無しさん) 2012-04-23 02:15:30
- 終劇お疲れ様です。物語が始まって終わるという事にこれほど感動したのは始めて。 後リア充まぶしすぎる -- (としあき) 2012-04-24 23:14:37
- めでたしめでたしでした。負けた時のことを考えていないのが青春といいますか。ミズハミシマに住むかどうかは家族会議の後でしょうか -- (名無しさん) 2014-06-01 17:34:14
最終更新:2018年12月24日 00:49