グルグルと視界が回る。
天地が逆転をし続けている。そんな感覚だ。
グネグネとした回廊を宛てもなく歩き続けると、その先に女性が居た。
端正な顔立ちと細身の体つき。黒々とした長い髪に異国の衣装。
ただその顔には見覚えがあった。ヤマカだ。
「久しぶりだね。テンちゃん。
なんだってこんな『深いところ』まで来ちゃったんだい?」
ヤマカが訳のわからない事を口走っている。
「混乱してるみたいだね。
でも、キミの知りたい事って、一つしか無いんじゃないの?」
知りたい事?知りたい事って何だっただろう。
ああそうだ。過去の事だ。
あの日、あの時、一体何が真実だったのだろう。
「真実なんて無いよ。
この世界は多重構造になっているんだ。
世界の数だけ真実がある。
それは真実なんて無いも同然の事なんだよ」
ヤマカがまた訳のわからない事を言う。
「それでも知りたいのなら、ヒントだけあげる。
キミが厨2病だと感じる事柄を列挙してみてよ」
厨2病?考えるだに忌々しい記憶しかない。
僕はとりあえず、思いつく限りの単語を放った。
「邪気眼、右手に封印された力、毒電波、地球破壊爆弾
終末論、黙示録、偽りの世界、因果律、事象の地平
アカシックレコード、クーゲルシュライバー、
シュレディンガーの猫・・・」
背筋にゾクリと冷たいものが流れた気がした。
「そう。
ルガナンの狂気とも言える災厄の躍字『門』
神々の力によってしか開けられない<
ゲート>を開放して
世界と世界を繋ぐその言葉を放ち、アタシはあの時、門を開けた。
躍字を暴走させてアイツらを皆殺しにして、アタシも命を断とう。
そう思ったのに、キミが来ちゃったんだ。
狂気に取り憑かれて剣を振るい、キミの真名は躍字の奔流に飲まれた。
あの時のキミの真名は本当にグチャグチャだったよ。
アタシが放った呪言を一身に全部受けてたからね。
生きているのか、死んでいるのか、それすらも判別できない。
アタシという読み人がいなければ、存在すらも危うい。
『不確定な存在』
その時初めて、アタシは後悔したんだ。
だから、一生使うまいと思っていたもうひとつの力を使った。
人の真名をバラバラに噛み砕く、毒の牙を」
「『焼け死ね』『魔道に堕ちろ』『禍に飲まれろ』
『煮殺』『圧殺』『射殺』『鏖殺』・・・
諸々の言葉は散り散りとなり、キミの中に残った言葉はただ一節。それは・・・」
「ヤマカニアイヲ?」
「!」
そこで目が覚めた。
どうもまた夢を見ていたようだ。
最近は夢と現実の狭間に生きているような気分だ。
何が夢の出来事で、何が現実の出来事なのか、記憶が混在する。
まるで自分自身が『不確定な存在』にでもなったかのようだ。
っと、それじゃさっきの夢の話みたいだ。
あの夢は一体何だったのだろうか。
もう薄ぼんやりとした内容しか記憶には残ってはいないが、奇妙な女性の印象だけは残る。
あの女性は、世界は多重構造だと言った。
それなら、この世界以外の世界で生きる自分もいるのだろうか。
ああ、ダメだダメだ。現実逃避でしかない。
一度自分の抱える現実と向かい合わなければならなそうだ。
名前、川津典。
年齢、18歳。
性別、男。
特技、剣道。
職業、学生。私立遠津国高等学校3年。
交友関係・・・まあ、もうすぐ来るだろう。
「おはよう!もう目は覚めた?」
ドアを開けて僕の部屋に入って来たのは、隣の家に住む辰上弥麻華だ。
成績優秀品行方正、学校一の才女で、周囲からの信頼厚く委員長職をつとめ、
クールビューティの名を欲しいままにする容姿に、
男子どころか女子からも羨ましがられる見事な細身のスタイル。
僕の幼馴染で、僕の唯一といっていい女友達で、僕の親友の彼女だ。
学校に向かう道すがら、僕は今朝見た夢を彼女に話した。
「ふぅん。それってテンちゃんが前に言ってた平行世界のこと?」
厨2病の残滓とでも言おうか。
結局僕はオカルトやSFじみた趣向から抜け出す事は出来なかった。
もし。もし仮に、例えば『現代社会とファンタジー世界が交わる世の中があったら』
なんていうのはどうだろう。
そこはまったく現代社会と変わらないのだが、地球には普通に
エルフや
ドワーフといった
ファンタジー小説でお馴染みのデミ・ヒューマンも生活しているのだ。
地球人も彼らの元居た世界に足を踏み入れ、大冒険を・・・いや、普通に旅行するのだ。
そこでは弥麻華も亜人だったりするのだろうか。
タツガミなんて苗字だし、蛇人だったりするのかもしれないな。
アトピー肌もウロコでびっしりだったりして。舌先も割れてたりしてさ。
「・・・ねえ、テンちゃん聞いてる?さっきからズッとボーっとしてるよ」
「あ、ああ。大丈夫。聞いてるよ」
隣同士で歩きながら会話を続ける。近くも無く、遠くもない距離。
「それでね。ユーマっちってああ見えて結構早とちりするタイプでさぁ・・・」
何故だろう。頭がチリチリと痛む。
「先週一緒に水族館に行った時もね・・・」
胸が苦しい。心臓がバクバクする。
「そう言えばテンちゃん、宇喜多さんから告られたでしょ。つきあっちゃえば?・・・」
苦しい。苦しい。苦しい。
「っはぁ!」
酷く息苦しい。心臓の鼓動が聞こえる。全身汗まみれなのがわかる。
自分自身がどうなっているのか見当がつかない。ここは、どこだ?
「久々に悪い夢を見たみたいだね、テンちゃん」
すぐ隣からヤマカの声がした。
「ヤマカ?ここは」
絞り出すように声を出す。その時、喉がカラカラに乾いている事を自覚した。
「北海道の温泉宿だよ。
テンちゃんは、ほとんどついさっきまで、お義母さんとママにお酒を無理やり飲まされて
散々吐いてフラフラになりながら布団に潜り込んで今にいたる」
ああ、そうか。
いきなり両親が帰ってきて、いきなり北海道に拉致され、それで温泉宿に来て。
だんだん意識がハッキリしてきオヴェー
「はいはい吐くならそこの洗面器!
まったく!呑めないのに調子に乗るからこんな事になるのよ。
ヤマカちゃんが居て良かったでしょ?ありがとうくらい言いなさいよね」
洗面器に一しきり吐くとだいぶ気分が楽になった。
ヤマカ・・・ヤマカか。
頬から首筋を撫でると、確かにウロコの滑らかな手触りがある。
そのまま腰まで手を滑らせると、人間には存在しないスラリとした尾に触れる。
亜人、鱗人、蛇人・・・だよな。
「あの・・・テンちゃん?」
ヤマカが酷く困った表情で僕を見ている。そりゃそうか。
「ゴム無いとNGだからね。
あとゲロまみれでチューとかしたくないし。
せめてうがいしてからにしてね」
そうだな。うがいしたい。口の中が酸っぱい。喉も乾いた。
立ち上がるとまだフラフラとしたが、とりあえず洗面台にはたどり着けた。
口を濯ぎ、面倒なので洗面所の水をうがい用のコップでふた口ほど飲み込む。
ダルい。そのまま布団に倒れ込むように戻る。
「何か知らんけど、すげー変な夢を見た」
あの夢は一体何だったのだろうか。
もう薄ぼんやりとした内容しか記憶には残ってはいないが、夢の中にヤマカが居たような気がする。
「そりゃそうだよ。躍字が暴れてたんだもん」
ヤマカはそう言うと、僕の目の前で手のひらを開いた。
そこには漢字に良く似た何かがグリグリと動いていて、僕がよく見ようと顔を近づけるとフワリと消えてしまった。
「これはもう体質としか言いようが無いね。
テンちゃん、変な字を拾いやすいみたい。
<地球>でも風邪ひきやすい人とかいるでしょ?あれと一緒。
あ!あんまり気にしないでも大丈夫だよ。
アタシが一緒にいれば、けっこう酷い内容でも引っぺがせるから」
妙に楽しそうな、明るい口調でヤマカが言った。
「もしかして、今までも僕の躍字を取り払ったりしてたのか?」
「うん。もう何度も」
「一緒にって・・・一生かよ」
「うん。そうだね」
「そうか」
「うん。居て、いいんだよね?」
「あ、ああ。そうだな。うん。
けっこう酷い内容ってどんなんさ」
「んー・・・『焼け死ね』とか『魔道に堕ちろ』とか、そんなの。
テンちゃんなら即死だね。即死」
「死ぬのか・・・」
「ダイジョーブだよ!アタシが一生守るからね。
だからほら、テンちゃんも約束してよ。
ヤマカちゃんと~」
「ヤマカと?」
「一生一緒に~」
「一生一緒にいる・・・ハッ!」
「ふふふ・・・言質は取ったからね」
隣同士で寝転がりながら会話を続ける。随分と近くなった距離。いつからだったか。
話しながら、いつの間にか僕は眠りについていた。
次に見た夢は、随分と楽しいものだったのだけは覚えている。
新学期。
3年に進級したところで日常はそうそう変化など無い。
またいつも通りにヤマカと一緒に十津那学園に向かう。
途中で、昨日の夜まで<向こう側>で新婚旅行していたというリア充死ねな犬塚と奥山さんと合流する。
<向こう側>の諸国の話をずっと聞きながら歩いていたが、ふと夢の話題になったので
北海道旅行の時に見たあの悪夢の話をすると、奥山さんが怪訝な表情で僕を見つめた。
「そんな字がかいてあったことなんてなかったですよ?」
えーっと。どういう事だろう。
ヤマカの方を見ると、あからさまに目線を逸らしていた。
「ヤマカー!」
「えへへ。あの、ウソでした。
蛇神ルガナンの巫女の面目躍如ってことでさ」
「それもウソだろ!
だいたいそれ、僕の部屋で雑談してた時の『もしも』じゃないか!」
「ん~『もしも』は大切だよ。
もしかしたら、アタシと勇馬っちがお付き合いしてる世界があるかもしれないじゃん」
「ダメです!」
「いや、フーちゃん『もしも』だからさ。
そんな真顔で怒らないでも大丈夫だよ」
僕とヤマカがクソくだらない内容で言い合ってる隣で、
ヤマカの戯言に本気でキレた奥山さんを犬塚が慰めている。チッ!リア充め。
それにしても。
「それにしても、こんな風に皆で学校に行けるのも、あと1年なんだね。
卒業したら勇馬っちは<向こう>で族長候補の修行開始だっけ?フーちゃんが花嫁修業で。
テンちゃんが大学進学希望で・・・アタシはどうしよっかなぁ
アタシもテンちゃんの嫁ってのはどうだろうね?」
またヤマカがアホな事を言い出した。
「あのな・・・いいから黙って勉強しとけよ。
<地球>に亜人が残るのも、<向こう>に地球人が残るのも、
一生なんて規模になったらそれなりの社会的地位が必要なんだからさ。
オレがダメだったらヤマカが<こっち>に居なきゃ、一生一緒になんていれないだろ」
それを聞いたヤマカは、顔を真っ赤にしてうつ向いてしまった。
ふはは。真正面から言ってやったわ。ザマを見よ。
「ヒネた愛情表現だなぁ」
犬塚の呆れ返った声が聞こえる。
「けっこんしきにはわたしたちも呼んでくださいね」
奥山さんのノンビリとした声が聞こえる。
パキリと、平凡な人生という躍字が落ちた気がした。
終
「躍字ってそういうのじゃないですよ」
「いや、こういうのは言葉のアヤってやつでさ」
- 終わりと言いつつもいつでも再開できそうなオチでほっこり -- (名無しさん) 2012-06-09 08:07:20
- かなり深い部分まで見せた今回。世界のあり方にまで踏み込んでの命と躍字の繋がりなど後にどう出てくるのか興味尽きないものでした。危うい存在となっているような天君ですがヤマカさんがいる限りはとりあえず安心でしょうか -- (名無しさん) 2014-08-03 19:42:33
最終更新:2014年08月31日 01:46