【交差点のクルスベルグ】

【交差点のクルスベルグ



「これまたカワイイお嬢さんをつれてるね。
その子は彼女さん?それとも異世界の案内人なのかな?」
ヘトヘトになってクルスベルグに辿りついた時には、日が暮れていた。
腹の虫を鳴らしながら宿について、さぁ飲み食いでもいましょうかって時に、嫌味なガキに声をかけられた。
「そんな怖い顔しないでほしいな。
同郷の人間を見ると声をかけたくなる心理、君にだってわかるだろう?」
見た目16、17の美少年。しかし、いやらしく笑う口のせいで清らかさが全くない。ヘビみたいな奴だ。
「ヘビみたいな奴だな」
思ったことがそのまま口をつく。困った癖だが、俺が俺たる所以でもある。改善する気はない。
「ふふ。初対面の相手に言う言葉じゃないね。
僕のいた国では、第一声には社交辞令が飛んで来るものだったよ。
君は日系の顔立ちだけど、もしかしてニホン人じゃないのかい?」
ふふって笑うな。気持ち悪い奴め。
それに、ニホン人だから初対面の相手には社交辞令で接しなきゃいけないわけじゃないだろうに。
「いや、俺はニホン人だ。お前は気持ち悪い笑い方する奴だな。直した方がいい」
きょとん、とした顔で見つめられる。なんか変なことを言っただろうか。
見開かれた目は黒目がちで睫毛が長い。俺にそっちの気はないが、そういう人の気持ちも理解できてしまいそうだ。
「ふふふ、ヘビに形容されることは、何度かあったけど。笑い方を貶されたのは、初めてだよ」
一句、一句のアクセントが強い。どうやら少し機嫌を損ねたようだ。
横にいる金魚の呆れ顔が目に入った。
「異人さんは悪い人ではないのですが、デリカシーがないのです。
特に今は空腹で、いつもより少しだけ機嫌が悪そう。
お食事がまだでしたら、一緒にどうでしょうか?」
救い船が出された・・・らしい。貸し一つですからね、という金魚のアイコンタクトを、確かに受け取り店に入る。

「ここには護身用の武器を手に入れに来たんだ。一人旅だ。危険も多いからね」
クルスベルグは鍛冶の国。
名匠の逸品を求め、各国から商人、騎士、傭兵、武器収集家が集まる。
このクソガキもその一人だと言う。
確かに、この国ならば護身用の武器の一つや二つ、労せずして自分に合ったものが手に入るだろう。
「参ったよ。ゲート通過時に神様に日本刀を没収されてしまってね。ふふ」
日本刀を所持している高校生・・・。どんな育ち方して来たんだコイツ。
「それは秘密にしておこう。多少の秘密は人をより魅力的に見せるものだしね」
いちいち癇に障る奴だ。一挙一動が皮肉っぽくて、他人をからかっている用に感じさせる。
「君達、明日の予定はあるのかい?無いのなら、ここクルスベルグの町を一緒に回ろうじゃないか。
一人にも飽きてきたところだったんだ」
旅の目的は『見聞を広めること』。ならば俺が断る理由は、特にない。
この提案を受けて、金魚が少しだけ嫌悪感を顕にしたことを除けば。
しかし、その表情もすぐに消えた。俺の気のせいか?
「よし、決まりだ。それじゃあ、また明日この宿に寄らせてもらうよ」
ふふ、と笑い、夜の町に消えるように流れて行くクソガキを見送った。
金魚の肩の力が少しだけ弱まった、気がした。
「私も、先にお部屋に戻っておきますね」
そう言い残し、金魚はそそくさと部屋に戻って行った。
そういえば、珍しく静かだったな。食事中は、もっとはしゃぐ奴だと思っていたが。

■■■

翌日、クソガキは朝早くに宿にやって来た。一緒に朝食をとり、町に繰り出す。
ひと通り武器屋を回ると、いい感じに腹もこなれてきた。三人で喫茶店に入り、昼食をとることにした。
店は繁盛しているようで、いかにも仕事中の昼休憩といった風貌の人たちで溢れてる。
出てきた飲み物を三人で一気に腹に流しこむ。歩きまわって脱水した体に、染み渡る冷気が心地よい。
ふと違和感を覚える。
まさか、この匂いと味は・・・しまった!!油断した!!
…バタン。
気付いたときには、もう遅い。
青ざめた顔をこさえて、倒れこむ金魚。・・・とクソガキ。
「おいおい、勘弁してくれ。クソガキも倒れるのか」
金魚はとても酒に弱い。一杯飲ませると倒れこんでしまう。過去の失敗から今まで飲ませないようにしていたのだが。
隣に座っていた大柄なドワーフと目が合った。
「ガハハハッ!軟弱な女子やのぅ!こんぐらいの水も飲めんとは!」
ドワーフのおっさんが、こちらに近づきながら、心底可笑しそうに笑う。嘲笑の類だ。
「だが、ネェちゃんはそこそこいけるクチみたいだな!どうだ!オジさんの奢りだ!一緒に飲まねぇが!?」
喋りに一々エクスクラメーションマークがついてそうな大きな声で、誘われる。
タダ酒が飲めるってのは魅力的な提案だが、おっさんの誤解のせいで全く喜べない
「いやいや、アンタ最低な勘違いしてる。俺は男だぞ」
身長高くて、そこそこガタイがいい俺が女に間違われるとは、さすが異世界。
「謙遜するこたぁねぇよ!ネェちゃんだって充分美人だぁ!
大体、ヒゲも生えてねぇし、鍛冶打ちもまともにできそうにないそんな細腕で言われても説得力が足りねぇど!
そこな嬢ちゃん二人に比べりゃ女らしさはねぇが、オジさんはネェちゃんぐらい筋肉質の方が好みだでなぁ!」
不味い。
とても不味い。
なんとか誤解を解かなければ。
心なしか、店中の男の視線が集まって来ているような気さえする。
「どうすれば、俺が男だって信じる?」
強がっちゃって、可愛らしいネェちゃんだ。という意味合いの視線が送られる。
どうしよう。生理的に気分が悪くなってきた。
「ツレ二人が寝込んじまって、心細いのはわかるが、女は強がるだけが能じゃねぇぞ。
たまには大きな男の胸の中で、羽を休めることだって大切だでぇ」
優しい口調で、ムード満点なセリフを吐いている。
店の中の野次馬達も『あれで堕ちない女は居ねぇ!さすが親方だぁ!』なんてほざいてる。
どうやら誤解を解くより、ここを退散した方が早そうだ。こういうとき、旅人の身は気楽でいい。
「すまないな。タダ酒は魅力的だが、俺はツレ二人を宿に運ばなきゃならない。」
提案は魅力的と言わなかった方が良かったかもしれない。つい本音が漏れた。
「魅力的なら、断る必要なんざぁねぇよぉ!
ツレ二人なら、俺んトコの若ぇ衆が送ってってやるさぁ!心配いらねぇで!」
そう言って、手を伸ばしてくる。強行手段って感じだ。
伸びてくる手を取って、一息。
おっさんで綺麗な円を宙に描く。
胸がすくような一回転の後、おっさんはえも言われぬ表情で逆さまに寝転ぶ。
「お?なんだぁ・・・?世界が回ったぁで!?」
柔道と言う言葉では、ここの人たちには通じないようだった。
金魚の話だと、ミズハシマの剣客集団が似たような武術を使っていたところを見たことは有るらしいが。
…投げ飛ばして気付いたが、大丈夫だったろうか。
やってから考える癖には困ったものだ。直す気は、全くないが。
「ダハハハッ!全く大した嬢ちゃんだでぇ!こりゃオジサンの胸じゃ不足かもなぁ!
ますます気に入ったぁ!これからヒマなら、今日は貸切で朝まで飲もうじゃあねぇか!
いいよなぁ!オヤジぃ!」
午後の職務から開放された下っ端ドワーフたちの歓喜の轟が、震撃大重の大落下のようだ。
すると、今までから一転、おっさんや店の男性陣から、不快だった『女を狙う獣の気配』が無くなる。
女性である、という勘違いは完全には消えていないみたいだがタダ酒の魅力の前では些事だ。
午後の予定も武器屋巡りだったが、肝心のクソガキは寝んね状態。お膳立ては完璧。
異世界に来ての初の飲み。存分に楽しませてもらおうとするか。

■■■

異人さんはきっと気付いていない。
私はそれが心配だ。

■■■

熱気が満ちた店内で男たちの声が、けたたましく鳴り響く。
喋り、踊り、歌う人たちの顔には一様に笑顔がある。
そんな中、グラスが落ちて、割れる。その音で目が覚めた。

私が目を覚ますと、何故か酒盛りが始まっていた。
ドワーフたちの歓声の中心では、異人さんと若さを感じさせる大男が酒盛りをしている。
飲み比べをしているようだ。
どちらも顔が真っ赤だが、大丈夫だろうか。
そんな事を考えながら見ていると、異人さんが私に気付いた。席を立ち、こちらにやって来る。
逃げるな、という野次が飛び交う中で、大男が胸を撫で下ろす所を見た。
「やっと起きたか。にしてもいいタイミングだ。
どちらも引込みがつかなくなっていてな。あのまま飲んでたら、二人共ぶっ倒れていたかもしれん」
そういって異人さんは私の頭を撫でる。
皆が見てるせいか、いつもより温かい気がする。異人さんが酔っているせいかもしれない。
「おやおや、見せ付けてくるね。お嬢さんも顔が真っ赤だ。僕はお邪魔だったかな?」
クルスベルグで知り合った旅人さんがやって来た。
私はこの人がなんだか苦手だ。
奴隷商からお金を騙しとった詐欺師に似ているからだろうか。
それとも別の理由だろうか。
「コイツは年中赤いし、いつもこんなもんさ。
それより体は大丈夫か?」
「うん。だいぶ良くなったよ。たまにはこういうのもいいね。
一人は気楽だけど、やっぱり大勢の賑やかさには敵わないよ。
こんなに楽しいは向こうでの学校生活以来かもしれないね」
ふふ、と笑いを付け足す旅人さん。
話題は、チキュウのニホンと呼ばれる場所の思い出話に流れて、私が入る余地は無くなってしまった。
一人っきりの店内で、ドワーフの喧騒だけが残響していた。

異人さんは、自分が所属するコミュニティへの帰属意識が高い。
彼曰く「ニホン人にはそういうところがあるかもな。多種族に対しては排他的で、内向的な民族なんだよ」とのことだ。
でも、わかってほしい。
親もなく、お世話になった奴隷商の人たちとも離れ離れになった今。
私にはあなたしかいない、ということに。

■■■

「おおぉ!来たかぁ!嬢ちゃんたち!こっちだぁ、こっちぃ!」
親方、と呼ばれえていたドワーフの声が工房に反響する。
工房では、まだまだ髭がおとなしいドワーフたちが黙々と鍛冶を打っていた。
昨日の酒飲みの時とは、雰囲気が全く違う。
さすが職人の街。工房に入れば仕事人というわけだ。
しかし、野郎二人を捕まえて『嬢ちゃん』とは。まだ誤解は解けていない。困ったもんだ。
「俺は男だ。聞く耳持たない奴に言っても無駄かもしれんが、一応訂正しておくぞ」
「ガハハハハッ!そうだったなあ!スマねぇ!お詫びってわけじゃなぇが、昨日の約束は守らせてもらおうが!」
昨夜の盛大な飲み会の後、彼らは飲み足りないという装いで仕事場に帰って行った。
その際、ウチに寄れば武器ぐらい譲ってやる、と太っ腹な提案受け、彼の工房を訪れることになった次第だ。
「出荷予定のやつと、予約済み、オーダーメイドのやつは譲れねぇがな!ガハハッ!
それ意外は何でも持っていくとええど!」
そう言って指を差した方向には、ざっと見て2000本くらいの、様々な武器が置いてあった。
親方に言われる前から、クソガキはそこにある武器を手に取り、物色している。
クソガキの武器を持つ手やその立ち振る舞いが素人ではないことを主張する。
達人という程の美しさはないが、武器を持った戦いなら、俺は敵わないかもしれない。
「うん、これがいい。貰っていいかな?親方」
クソガキが選んだのはナイフだった。長さで言えば家庭用の包丁より少し長いくらいだろうか。
「おおぉ!嬢ちゃんはわかっどる!ええ趣味しどる!
そいつはぁ俺が鍛えた奴だでなあ!そこらのよりか、よく切れるだろうよお!
遠慮せずに持ってげ!ガハハハッ!」
笑いながら自画自賛しているが、声色には冗談の気配が全くない。
自分の腕に絶対の自信があるということなのだろう。
「ふふ。ありがとう。親方はただのナンパ野郎かと思っていたけど、いい腕をしているんだね。
この恩は一生忘れないよ。貴方が鍛えたこの刃、必ず正義のために使うと、己に誓おう」
真面目な空気が声に乗る。
渡世の仁義なんざ持ち合わせていないクソガキだと思っていたが、どうやら剣を振るう者としての矜持はあるようだ。

「じゃあな!嬢ちゃん!また武器が必要になったら俺のトコに来ればええ!俺が鍛えてやるでなあ!」
親方には別れを惜しむ様子はない。これが最後のときではないと知っているからだろうか。
もしくは旅人に対する、彼なりの筋なのかもしれない。
別れを悲しめば、旅人が躊躇することを知っているのだろう。
「ありがとう、親方。あなたに会えて良かった。僕はお酒が飲めないけど、いつか必ず飲み明かす夜を共に過ごそう!」
「おお!楽しみに待っとるどお!嬢ちゃん!」
そう言って親方に手を振った。
クソガキのナイフは、乱反射していて綺麗だった。

■■■

「そういや、お前は一回も否定しなかったな。気持ち悪くないか?女扱いされるってのは」
親方と分かれ、金魚の待つ宿に向かう途中、気になったことをクソガキに聞いてみた。
「ふふふ」
気持ち悪い笑い方だ。
いつもより一回『ふ』の数が多いし。
「何言ってるんだろうね。僕は女だよ?」
怒りは無いという仮面を被り、そう言った。仮面では隠せない目には炎の色があった。
「な、なんだって・・・?女・・・?」
「やっぱり気付いていなかったのか。
君は悪いやつではないんだが、デリカシーが無いな。彼女が初めに言った通りだ。
相方の女の子は僕が女性だって気付いていたみたいだが。聞いてなかったのかい?」
聞いていない。というか、昨夜の金魚は変に機嫌が悪くて、あまり俺と話をしようとしなかった。
今日の武器選びも辞退して、宿で寝ていると言うし。
クルスベルグに来てからこっち、金魚の様子が変だったのって、もしかして嫉妬か?
ロリのくせに侮れん奴だ。
「ふふふ。今までは確定が持てなかったから、お預けにしておいたけど、確かに言質をとった。
ちょうど試し切りがしたいと思っていたところだし、渡りに船だよ。
僕を男扱いしたことの償い、確かにしてもらおう」

いま気付いたけど、怒ると『ふふ』が『ふふふ』になるんだな。なんてことを考えながら、男らしく覚悟を決めた。
流石に殺されはしないだろう。
正義のために使用すると、親方に誓ったばかりだし。

■■■

異人さんはやっぱり気付いていなかったようだ。
私の心配は、どうやら的中したらしい。

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  • あとがきと言うか蛇足と言うか
終わった―。長かったー。ここまで読んでいただいて感謝です!
長い文章はあまり読みたくない、ゆとり世代かつ若者の文字離れ真っ只中な私としては、
今回のSSは文量多すぎな気がしますが、どうでしょうか?
勢いに任せて書いたら、こんなんなりました。
異人さん:武闘家、僕:剣士と来たら金魚は魔法使いかな。なんてね。
異人さんが柔道で親方投げ飛ばすあたりは、個人的にあんま好きじゃないけど、他に展開のさせ方が思いつかなった。
オチもなんか尻切れトンボな気がするが、仕方ない。今の力量じゃこんなんしか書けない。
というか金魚の出番少ない!どうしよう!どうしようもない!

何はともあれ、少しでも楽しんで貰えたら幸いです。お目汚し失礼しました。

  • ドワーフの価値観の真実味が凄い。 異人と金魚の関係が段階を踏んで進んでいるのも和んだ -- (名無しさん) 2012-03-26 03:05:41
  • 金魚ちゃん二作目。ふふふの人登場。それにしてもクルスの酒場はきっとどこもこんな感じで喧騒と酒の匂いで充満してるんだろうな。 -- (名無しさん) 2012-03-26 23:05:22
  • ラノベみたい。描写不足な気が・・・ -- (名無しさん) 2012-03-27 03:51:15
  • 異人と金魚の続きとは途中で気がつきました。二人だった所に一人加わることでの色んな変化は読んでいて楽しかったです。まさか人間の男性をドワーフが女性と間違うとは面白い勘違いでした -- (ROM) 2013-02-15 18:39:08
  • ああ確かにこういう連中だよなドワーフって。金魚ちゃんはさり気に鋭い、というより異人さんが鈍いのか -- (名無しさん) 2013-03-09 19:59:17
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最終更新:2011年08月17日 15:08