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【皿の里帰り】

 その奇妙な皿に出会ったのは、ふとした拍子に飛び込んだ骨董屋でのことだった。
 暑い日だった。降り注ぐ直射日光に耐えかねて、たまたま目に付いた店に足を踏み入れた。店の中に入ると、流れていた汗がさっとひいた。薄暗い店内は不思議なほど静かで、所狭しと並べられた器や民芸品らしきものがこちらを見返していた。ただ熱さから避難するために店に入ったことをごまかそうとして、商品を物色するふりをしようとした矢先に、それが目に飛び込んできた。
 見た目はなんと言うこともない、白の丸い皿だった。直径は中指から手首ほどで、端がわずかに反りあがっている。滑らかな表面には模様も何もない、そっけなさすら感じさせるつくりだった。
 なんとはなしに裏を返して見たとき、そこに躍字があった。
 その瞬間まで、わたしは躍字の存在すら知らなかった。自ら物語る、異世界の不思議な文字。だが、そんな私にも、躍字は遠慮しなかった。世界全体が脈打ったかと思うと、私の脳裏にいくつものイメージが飛び込んできた。空から地上を見下ろす何者かが、ゆっくりと腰を下ろして目を閉じる。場面が切り替わり、大勢の獣面の男たちが現れて、地面から露出した白い岩肌に目を瞠る。男たちは扇を供えて岩肌にツルハシを打ち込み、そうやって削り取られた白い岩肌は粉に挽かれ、捏ねられ、形を整えられて火で焼かれる。出来上がった器は大勢の人の手を渡り、やがてゲートをくぐる。苦虫を噛み潰したような顔の老人が皿を手に取り、詰まらなさそうに店に並べる、それを手に取っているのは私だった――
 思わず皿を取り落とした。皿は地面に落ちても割れることも跳ね返ることもなく、それどころか何の音も立てなかった。あわてて皿を拾い上げながら、私は自分が体験したものを反芻していた。
「――いらっしゃい」
 あまりにも集中していたものだから、すぐ横に誰かが寄ってきていることにも気がつかなかった。あわてて挨拶しようとすると、見覚えのある顔が目に入った。苦虫を噛み潰したような老人は、ほんのついさっき見たイメージに登場した人物だった。
 老人は私が手にしている皿を見ると鼻を鳴らした。
「五百円」
 ぼそりと言い捨てると店の奥に入っていく。一呼吸置いて、値段のことを言っているのだと気付いた。店主を追いかけて、今見たものはなんだったのかと問い詰めた。眉をしかめっぱなしの店主は、それでも事情を話してくれた。
「異世界の皿だ。延とかいう国の産だとか。それ以上の事は知らない。買いたいなら五百円だよ」
 一も二もなく買った。帰りの道すがら、新聞紙に包まれた異世界の皿を何度も取り出して眺めながら、私はこの皿が生まれた世界のことを考えていた。自分で行ってみようという考えに至るには、そう時間は掛からなかった。


 大延国にいくルートは二つあった。一つは瀬戸内海にあるミズハミシマ行きのゲートをくぐり、異世界で海路を伝って大延国に入る方法。もう一つは崑崙山脈にあるゲートで直接大延国に至る方法だ。私は後者を選択した。ツアー会社に相談し、異世界行きのプランを練ってもらう。ゲートをくぐった先のことまで面倒を見てはくれないそうだが、私はそれでも問題なかった。異世界にひと月ほど滞在することにして、帰りの切符を押さえておいてもらった。
 上海からラサを経由して崑崙に飛ぶ。異世界へ向かう観光客は私のほかにも大勢いて、そんな人の流れに乗っているとすぐにゲートにたどり着いた。柔らかに発光する門の威容にしばし見とれた後、門のそばに立てられた事務所で出国の手続きを済ませる。ゲートの前に立ち、いよいよ異世界だと心の準備をする暇もあらばこそ、私は人ごみに押されてあわただしく門をくぐる。
 くぐって最初に感じられるのは、においだ。
 揚げ油や出汁、ゴマや香辛料の香りが次々と鼻に押し寄せてくる。思わず息を吸い込むと、刺激が鼻腔を駆け上がってそのまま脳をの食欲をつかさどる部分を揺さぶってくる。思わず湧き出した唾を飲み込みながら、私はあたりに広がる町並みを見て取った。ゲートの周りこそスペースが確保されているが、その向こうでは人々の暮らしが息づいているのが感じられた。
 私と同じように、ゲートから吐き出されたまま立ち尽くしている地球人に兵士たちが駆け寄り、邪魔にならないように誘導していく。私も誘導されながら、この香りはなんだろうと兵士に尋ねてみた。
「ああ、ちょっと行くと屋台がいっぱいあるから。まあまあの品を出す店も探せばあるよ」
 真っ白な犬の頭をした兵士は、そう言って肩をすくめた。
「ま、メシくいに行く前に両替を済ませたほうがいいと思うがね。それと検査も。ああ、忘れてた。ようこそ大延国へ」
 犬人は破顔した。お薦めの店はないのかと聞くと、犬人は皮肉っぽく口の端を吊り上げた。
「自分で探しなよ。最初から答え聞いたって面白くもなんともないだろう? ああでも、豚人のチョウが出してる唐揚げ屋は止めときなよ。あそこは油が安もんで、しかも使い古しだから」
 私は犬人の兵士に礼を言うと手続きを済ませ、大延国の町並みに足を踏み入れた。


 自分がどこに向かうべきなのかを知るのに一日掛かった。思えば事前に調査しておくべきだったかもしれないが、地球では異世界の情報はびっくりするほど少なかった。それに、手探りのほうが楽しみが増すというものだ。
 持ってきた皿を見せながらあちこちを聞きまわった末、ついに産地のことを知っているという人を見つけ出すことが出来た。
「なんでも、白頭山をお探しだとか」
 町の外れに住んでいたその御仁は、なんともいえない顔をしていた。異世界でも珍しい、いろんな動物をぐちゃぐちゃにかき混ぜたような顔立ちだった。十面大師と名乗るその人は仙人だそうで、いかにも物知りだという雰囲気をまとっていた。
 皿を差し出すと、十面大師はさっと裏を返して眺め、またこちらに戻した。
「確かに。この皿は辛州白頭山の産で間違いないでしょう。ここからなら、およそ十日ほどの場所です。そこまで行かれるおつもりですかな?」
 私が頷くと、十面大師は奥から紙を取ってきてさらさらと何かを書き付けた。墨で書かれた文字はゆらゆらと動いていた。この時には、これが躍字だと分かっていた。大師は私に書面を渡すと、不思議な顔で不思議な笑顔を作った。
「紹介状です。これがあれば関所も通れますし、途中の駅で必要な品を得ることも出来ます。くれぐれもなくされませんように。それと付き添いがいるでしょうから、塩客をお雇いなさい。燈火軒でなら、誠実な仕事をする者が見つかるでしょう」
 あっという間に旅の手配が済んだ。礼を言うと、十面大師は鷹揚に手を振った。
「旅の方が面倒ごとに会わないようにするのが私どもの仕事ですので、お気になさらず」
 立ち去る間際に、この皿はどういったいわれがある代物なのかと聞いてみた。
「ご自分でお確かめになったほうがよろしいでしょう。そのためにこの地にいらしたのでしょうから」
 十面大師の答えは、予想通りといえば予想通りだった。私は礼を言うと、その場を後にした。


 大師の言っていた燈火軒とは、要するに旅行代理店のような店のことだった。紹介状を差し出すと、店の奥からごつい体つきの犀人が出てきて頭を下げた。
「大師の紹介とあっては無碍にはできません。私が引き受けましょう」
 カク、という名前の犀人はこの店で二番目の実力者だということだった。カクの指示で、その日は旅の道具を揃えるために市場を回った。翌朝の速いうちから出発するということが決まり、私はカクの紹介してくれた宿で眠りに付いた。
 翌朝から、大延国の旅が始まった。
 街道沿いに歩き、適度に休憩を入れる。歩くことに覚悟をしてきたつもりではあったが、あっさり裏切られた。私のペースに合わせて歩くカクが、時折苦笑いをもらしていた。道の途中に設けられた休憩所で水を貰い、ごくごくと飲み干して周りに呆れられたりもした。初日は野宿をすることになり、毛布に包まって星空の元で休んだ。ふらふらと遠くを飛び回る光に目を引かれて眠れずにいると、光は近寄ってきて私にまとわり付いた。異世界の精霊に触れたのは初めての事で、あしらい方が分からずに腕を振り回して追い払ってしまった。悪い事をしたと気付いたのは翌朝になってからのことだ。
 その後も、宿に泊まったり、農家に泊めてもらったりを繰り返しながら、白頭山へ向けてゆっくりと進んだ。一度など、近くの領主のお屋敷に招待されたこともあった。カクの人脈と、十面大師のくれた紹介状のおかげだった。珍しい果物やたっぷりとした肉を思う様味わい、久しぶりの柔らかな寝台で眠ることができた。人のよさそうな狐人の領主の顔と、彼が差し出してくれた秘蔵の蜜酒の味わいは、今後も決して忘れることはないと思う。


 十日目になって、ようやく白頭山の見えるところまでたどり着いた。初めて白頭山を目にしたとき、私は言葉を失った。
 奇妙な山だった。まるで地面から何かが立ち上がろうとして、途中で止めたかのような形をしていた。山と言うより、細長い岩の塊が空から降ってきて、そのまま地面に突き刺さったかのような有様だったのだ。名前の通りというべきなのか、白頭山の頂上は白い岩が露出していた。光の加減なのか、私にはまるで大きな骸骨のように見えた。大きな骸骨が、足を抱えてしゃがみこんでいるように見えたのだ。
「当たらずとも遠からずですね」
 私の感想を聞くと、カクはそう言って笑った。
「白頭山のいわれを聞けば、きっと納得されることでしょう」
 積もり積もった旅の疲れが、消えうせていくように思われた。私たちは道を急ぎ、その日のうちにふもとの村にたどり着いた。


 山肌に張り付くようにして作られた村だった。村のあちらこちらからは煙が昇っていた。煮炊きの煙ではない、窯の火だった。この村は窯業が盛んな村なのだ。
 カクの先導で村長の家に向かい、出てきた村長に用件を述べる。鼠人の村長は私から皿を受け取るとひっくり返し、「ここのものに間違いないな」といいながら返してきた。
「わざわざ異世界から来なすったのか。そりゃなんとも」
 冷静そのものの村長とは対照的に、私は興奮しすぎて何をしていいのか分からなくなっていた。皿を初めて手に取った時の興奮が再びよみがえってきていた。傍で見ていたカクが、小さく咳払いをした。
「村長、ついては一つ、この御仁に皿作りを見学させてやってはもらえないかな」
「構わんよ。あー、といっても、骨取りだけはちょっとな」
 わけもわからないまま、そこをなんとかと私は頭を下げた。村長は困ったように鼻をかいた。
「まあ、職人が嫌がらんならいいだろう。説得は自分でやってくれ」


 村長の言う『骨取り』とは、白頭山の頂上付近で行われるということだった。長時間の説得の末に、私は職人たちを付いていくことを許され、代わりに荷物をいくらか運ぶことになった。縄や楔やツルハシをこれでもかと言うほどもたされて息も絶え絶えになりながら、私は張り付くようにして山を登った。始めのうちこそ面倒くさそうにしていた職人たちも、最後は手を貸してくれた。
 途中にはさんだ休憩で、私はここの土は何か特別なのかと職人たちに聞いた。
「土じゃねえ。骨だ」
 それが答えだった。
「巨人の骨さ。この山は普通の山じゃなくて、巨人の屍なんだ。そういう形してるだろ。詳しくは村長に聞きなよ」
 残りの道のりを登りながら、私は職人たちの言葉を反芻していた。最初に白頭山を目にした時の印象は正しかったのだ。
 やがて採石場にたどり着くと、職人たちはある岩肌のもとに集まった。垂直に近い壁は一面が白く、これまでに石を削りだした跡がたくさん付いていた。周りには色とりどりの布が打ち込まれていた。職人同士の縄張りをあらわす印だということだった。職人たちはめいめいがつるはしを持って石を叩き割り、持ってきた袋に詰め込んでいった。すぐに作業は終わり、たくさんの石を背負って山を降りることになった。石は見た目と比べると軽いが、かさばるので邪魔になる。ひいこらいいながら、私たちは山を降りようとした。
 帰ろうとしたときにふと振り返ると、職人のひとりが懐から何かを取り出して地面に置き、跪いて何事か祈っていた。どういうことなのか問おうとすると、他の職人に邪魔をするなと止められた。ちらりと見えた扇はとてもちっぽけで、地面に転がっているさまはなんとも奇妙だった。
 村にたどり着いたときには、夕暮れ時になっていた。


「かつて、巨人がおった。巨人の名は知られておらんし、どこから来たのかも分からぬ」
 村長の家で行われた宴の席で、職人頭だという老いた兎人がゆっくりと語り始めた。卓上に設けられた止まり木に光の精霊が群れ集まり、柔らかな輝きであたりを照らしてくれる。光の精霊の機嫌次第でゆらゆらと揺らめく灯りは、まるで焚き火の光のような雰囲気をかもし出していた。
「ただ一つ確かなのは、巨人はこの地で息絶えたということだ。巨人はうずくまりながら死に、そのままの形で腐れていった。時が立つうちに風が土を吹き寄せ、土くれは麓に寄り集まって山をなした。頂上ばかりは高すぎるので土が絡みつくこともなく、そうして今のような山の形が出来たというわけさ」
 職人頭が杯を突き出したので、促されるままに注いだ。職人頭は満足げに飲み干して喉を鳴らした。
「さて、そこにやってきたのが我らがご先祖様だ。ご先祖様は焼き物に使える土を探してこの地に至った。ご先祖様はすぐに、巨人の骨を使えばすばらしい焼き物が出来ることを知った。土とも石とも違う、柔らかで粘りのある素材だ。その上釉薬がなくとも滑らかに仕上がる。ご先祖様はすぐこの地に窯をつくり、巨人の骨を掘り起こしては焼こうとした。
 ところが、そうはうまく行かなかった」
 おお、と周りの職人たちがどよめいた。周りの表情から察するに、この話は職人頭の十八番であるようだった。どよめくタイミングもしっかり決まっているのだ。和やかな空気の中、職人頭の語りにも自然と力がこもっていくのが感じられた。
「ご先祖様が掘ろうとすると、大地がむやみに揺れる。大地の精霊に呼びかけても知らぬ存ぜぬという答えばかり。骨が掘れねば器も作れぬ。困り果てたご先祖様は都へ人をやって賢者を呼び寄せた。賢者はしばらくこの地を調べまわった末、死んだはずの巨人が痛がって暴れているのだろうと結論付けた。我らのご先祖様はなんとか骨を掘る方法はないかと賢者に尋ね、賢者は答えて扇を供えるように言った。
 なぜ扇なのかは分からぬ。何かしらの意味があったのかもしれんし、単なる気休めかも知れぬ。とにかく、扇を供えるようになってからと言うもの、骨を掘っても地面はめったに揺れんようになった。まあ、めったにな」
 職人頭が再び杯を乾した。私が持ってきた皿を出すようにいい、渡すとそれを手にとって裏返し、私に突きつけた。
「扇を供えること以外にも、賢者が教えてくれたことがある。それがこの躍字だ。ここの焼き物には必ず刻むことになっておる。白頭山の器全てに与えられる名だ。この器の真の名はわしには読めんが、きっとあんたには読めるだろう。なぜなら、これはあんたの皿だからじゃ。
 それにしても、わしらが焼いた皿が異世界にまで至るとは、ご先祖様とて夢にも思うまいて」
 周囲で笑いがはじけた。村人が次々に私のもとに訪れては、異世界から里帰りした皿に挨拶をした。そのさまがなんだか誇らしかった。宴はいつまでも続き、私は食べに食べ、浴びるように飲んだ。


 翌日になって、私は白頭山をあとにした。村人が総出で見送ってくれた。帰り道は特に変わったこともなくゲートまで至り、そこから日本へはすぐだった。
 日本へ戻ってきてから、私は皿を買った店にお礼をいいに行こうとした。だがいくら探しても店は見つからなかった。手がかりすら見つからず、そのうちに私は店を探すことを止めた。
 皿は今でも私の大事な宝物だ。時折裏を返しては、流れ込んでくるイメージに心を浸す。時間が立つほどにイメージが弱まってくることがあって、そんなときは再び異世界に行くことにしている。里帰りを済ませた皿は再び元気を取り戻して、不思議な存在感で私を暖めてくれるのだ。

終わり

 但し書き
 文中における誤り等は全て筆者に責任があります。

  • 白い皿が手に取るだけで頭の中に映像が再生される映像ツールに思えた。 地球でも効果が持続しているのは皿の中に異世界の力が満ちていて別次元扱いになっているからなんだろうか -- (としあき) 2012-07-29 13:16:50
  • 一種アウターゾンちっくな骨董屋! 旅の様子と大延の文化、地方の様子と特異な伝承etcetc丁寧に描かれていて内容の濃い一本だった -- (名無しさん) 2012-07-29 16:25:29
  • 骨になっても何かしらの力が働いているのか、もしくは別の力によるものか。 骨を掘ろうとしたら地震が起こる原因が気になりますね -- (とっしー) 2012-07-31 09:27:39
  • 巨人の思い出が込められているのではなかろうか -- (名無しさん) 2012-08-01 23:55:19
  • 皿そのものが歳を経て付喪神やら妖仙になりそうな。その時には巨人の記憶も残ってるのかな? -- (名無しさん) 2012-08-04 20:38:31
  • 異世界の国への旅行は?という具体的な例は世界観にとって重要ですね。巨人の埋まる山のスケールの大きさとそこで営む職人の姿が何ともイレヴンズゲートらしいです。素晴らしい皿を得ましたね -- (名無しさん) 2014-10-26 17:36:26
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最終更新:2012年07月28日 22:32