【寝室で見つけた日記】

○月○日
うれしいなぁ!うれしいなぁ!ずっと頑張って働いてやっと新天地へ移住することができたぞ!
お金が足りなかったから山の中腹にある山小屋を改造した一軒家だけどやっと自分の家が持てた。
今日はお祝いにお酒と途中の川でつった魚を香草をまぶしてソテーしていただく。
川魚と香草のいい香りがしてとても美味しかった。
○月△日
今日は屋根の雨漏りを直す。やっぱり家にはお金ケチるもんじゃないね。
20箇所くらいから酷い雨漏りがするので手頃な木を切り倒して作った板で塞いだ。疲れた…

あと、雨漏りのした場所を掃除してる最中に、変なきのこがいっぱい生えていたのを見つけたから引っこ抜いて捨てようとしたら、そいつがいきなりスックと二本足で立って何処かへ逃げていったので僕は腰を抜かしてしまった…あんなのミズハミシマじゃ見たこと無いや。さすが新天地…
○月☓日
必要な調味料や肉なんかを買うのと、こっちで集めた山菜の保存食なんかを売って生活費の足しにするために今日は街に降りていった。
新天地の街の市場はとても活気がある。食料品や武器や雑貨なんかの屋台が所狭しと並んで元気な声で客引きをしている。
僕も屋台の横でシートを広げて、山菜の塩漬けや川原で釣った魚の燻製、拾った石を磨き粉で綺麗に磨いたのなんかを売りだした。
山の幸ということもあってか結構みんなが買ってくれたので、持ってきた分の商品はほとんど捌けて残りは必需品を買う時にお金の足しにして品物を買った。

肉を買っている時に猫人の商人が
「君、銃はいらないかい?銃を買えば君でも山の獣なんかを獲って肉を得られるし、ここらは田舎だからまだ治安がいいけど、身の安全のために持っておくのは悪くないと思うよ?」
と営業をかけてきた。
僕は、弾代がかかることと殺生があまり好きでないこと、それになにより武器を扱った事が無いので逆に武器の取り扱いを間違えて自分が危険になるだろうことを話した。
「まあ、何かあったらすぐに逃げますよ。足は早いほうなんで」と最後に付け加えると、猫人はちぇっ!というような顔をして「そうかい?」と返した。

危ない危ない、猫人の商人は気をつけないとすぐ要らないものまで買わせようとする。
△月○日
今日は山菜採りに行って散々な目にあった。
香りのいいきのこを採っていると、小山のように大きなツノイノブタに追いかけ回されて足を酷く痛めてしまったのだ。
食料も井戸もあるからいいけど、しばらくは街に下りれないな…
△月☓日夜
眠れない。少し眠れたと思ったら小さい頃の夢を見てしまって汗だくで起きてしまう…
足の痛みと孤独のせいだろう。
足の腫れは、前にミズハミシマの薬種問屋で働かせてもらっていた時に教えて貰った薬草のお陰で多少はマシになった。(まだ痛いけど…)
でも寂しさだけは…
☓月○日
足の怪我をしてから妹の事をよく思い出す。気弱になってしまっているんだろうか?
あの子も足が悪かった。だから両親の酷い打擲から逃げられなかったんだ。
…いや、正直に言うと僕が守らなかったせいだ。
あの時、僕が怖くてすぐに逃げていなければ…

よそう、もう僕以外みんな死んだんだから。
どうしようもなく寂しい…でもきっと、こんなところに家を持とうと思った僕は他人が怖いんだ。
☓月△日
足はもうだいぶん良くはなってきているが、気分が鬱々とするので気晴らしに豪勢な料理を作ろうと思った。
そうすると良い事が立て続けに起こった。

保存食ばかりじゃ味気ないから新鮮な無いかと家の周囲を探すと、家の裏で金色のキイチゴを見つけた!
これはすごく甘いので有名なやつだ!たくさんあったので料理に使う分以外はジャムにしよう。

次に、少し下で人が野営している火が見えた。
街からじゃ無くて隣の山伝いに来たみたいだ。
前に、たまに山頂の珍しい石を拾いに来る商人が来るって聞いたから多分、隣の山を越えた先の大きな街の商人さんなんだろう。
彼(彼女?)が運良くうちに来てくれたらどんなに嬉しいだろう。
そうすれば第一号のお客さんになるし、この気がおかしくなりそうな寂しさも吹っ飛ぶに違いない。

もし、お客さんが来てくれた時のために焼き菓子を少し焼く。あのキイチゴのジャムをつけて食べたらきっとほっぺが落ちるくらい美味しいと言ってもらえるだろう。
☓月☓日
料理をしながらこれを書いてる。
なぜかと言うと、前に紙がなくて肉のローストに使うタレのレシピをここに書いちゃったから…(我ながら間抜けだ)
そろそろあのお客さん(になるかもしれない)人がここらを通る頃だ。
だから、少しだけ多めに肉料理を作っている。もちろんサラダも!

ハーブのお茶と前に作ったジャムと焼き菓子は上の戸棚でスタンバってる…来てくれるかな?

あ、ノックの音がする!きっとあの人だ!




そこまで読んで、銃を持った地球人は日記を置いた。
ここからは見えない玄関の前には、肉切り包丁を持った首のないイルカ人の男が倒れているはずだ。彼の胸には大きな風穴が開いている。
地球人は寝室から居間を通り、壁にかけられたソレをちらりと見てからキッチンに入った。
処理中の肉や骨が散乱するそこから出てきた地球人は、手に瓶詰めのジャムと油紙に包まれた焼き菓子をもってその壁に向きあった。

……壁には剥がれた人間の皮がトロフィーのようにかけられていた。
口などところどころが裂けている。多分、生きたまま皮を剥がれたのだと思われる。
彼の肌は黄色く髪は黒い、寝室で見つけた余白に血で下世話な落書きのされた日記に書かれた持ち主の名はシュンスケ・サトウ…彼が本来のこの家と日記の持ち主だろう。
銃を持った地球人は居間のテーブルの上を見やる。
そこには断末魔に歪んだイルカ人の頭部と手配書を置いていた。

『イルカ人・タジョウマル、食人鬼。ミズハミシマ及び新天地で20名以上を殺害して食べた。生死不問、首は必須。賞金・中央市発行銀貨1000、ミズハミシマ大判金貨200』

地球人は家の主に向き直ると瓶の蓋を開けて焼き菓子にジャムを付けて食べた。
日は経っているがサクサクとした歯ごたえとジャムの上品な甘みが口の中に広がる。

「…美味しい!」
地球人が思わずそう言った瞬間、壁の彼の目に涙と笑顔が見えた気がした。


戸を激しく叩く音がする。
「おい!地球人の兄ちゃん!俺だ!下の市場でよく会う猫人の商人だ。ずっと街に来てなかった上に戸口に死体が転がっているが何があった!?大丈夫なのか!?」

銃を持った地球人は天を仰いで「どうして…」と一言呟いた。
そして、やるせない気持ちを引き摺りながら戸を開けに行った。
せめて彼にも、この哀れな家主が遺したお客様のための最高のジャムと焼き菓子を食べてもらうために…


「ああ、アンタか!よく来たね」
数年後、噂を聞いてまたその家に行った所、猫人の商人だった男が玄関先で迎えてくれた。
彼は今、この家を改装して作られた宿屋の主人になっている。
「景気はどうだい?…まあ、ぼちぼちならいいじゃあないか。こっちもそれなりさ」
この宿屋は山頂のこの新天地でしか取れない特殊な鉱石を取りに行くのにそれなりに重宝されているらしい。(鉱石の名前は忘れた。なんだか色々な物質が混ざった奇妙な石らしいが…)
「あの一件以来、下でやってた肉屋兼武器屋は廃業してね…彼が遺してくれたレシピや採取場所の地図が今は頼りだよ。」
まあ、身を守るくらいの銃は置いているけどね。と付け加えながらそう教えてくれる。
彼はどうしたのか?と聞くと猫人の主人は山の斜面側の日当たりの良い出窓の外を指さした。
「ほら、今はあの見晴らしの良い所で眠ってるよ」
山の斜面側はちょっとした広場のようになっていて、花が咲き乱れてそれに誘われた蝶などが飛び交っている。
その真ん中辺りに彼の墓石がこちら向きにちょこんと座っていた。

その時、ふっと幻覚が見えた気がした。
彼と彼によく似た少女、そして黒い小さな可愛らしい犬が楽しげに仲良く座ってこちらに手を振っている様子を…

「なあアンタ、お茶を飲んでいくかい?あの絶品のジャムと焼き菓子も用意してあるよ?」
「…では、彼らも一緒に」
そう言って墓の方を見るのにつられてそちらを見た猫人の主人は深く頷き
「それは良い考えだ。じゃあ、あそこにテーブルと椅子を持って行ってみんなでお茶会でもしようか」
そう言って準備にかかる。

…それはほんの一瞬の幻覚だ。
しかし、二人は彼らが今この一時だけでも、そうあって欲しいと願わずにはいられなかった。

『神々よ、儚き彼らと力無き我らのためにどうか…救いの御手を』と



蛇足
7/31救い?のようなものを追記

  • 救いがねぇ!どうして新天地になんて移り住もうなんて思ったんだ・・・ -- (名無しさん) 2012-07-30 22:25:43
  • 地球とは法も常識も違う異世界。自給自足が成り立っても人間が一人で住むにはまだまだ難しく生きるには難い。新天地はまだまだ盗賊や強盗も多そうだ -- (とっしー) 2012-07-31 08:10:49
  • 不吉な意味でなく黒い犬を養う宿だね。夜、宿の暖炉の前に黒い犬が丸まっていたら、そっと焼き菓子を分けてあげましょう -- (名無しさん) 2012-08-01 00:06:34
  • 雰囲気としてはアクションRPGで小屋の扉をノックしたらそのまま戦闘に突入して~その後にみたいなものがあるなぁ。 まだまだ玄関の鍵を開けて生活できる治安状態ではないということですな -- (名無しさん) 2012-08-01 00:51:22
  • ほんの少し救い的なものが・・・。それでもやはり新天地は力無き者には厳しい世界 -- (名無しさん) 2012-08-04 21:00:14
  • 諸行無常かその地の危険を深く知らずに踏み込んだ哀れな末路か。何かが少し違っていただけで助かっていたかも知れない彼の人生に異世界の厳しさを痛感しました。それでも彼の宝が受け継がれたことが救いでした -- (名無しさん) 2014-11-13 23:02:21
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最終更新:2013年03月30日 13:09