【悪仙に騙された男の話】

おう。新聞部か。職員室にくるなんて珍しいじゃないか。
どうしたんだ?授業でわからん所でもあったか。
違うのか。お前さん、最近成績が落ちてきてるぞ。このままじゃ志望校に・・・
まあ進路の話はいつでも出来るがな。で、どうした。
UFO?お前なぁ。そんな下らない事を聞きにきたのか。
確かに授業の時に似たようなものを見た話はしたがな。
最近ウワサになってるのとは、場所も状況もまったく違うからな。
聞きたいのか。仕方ないな。少し長くなるぞ。

あれは俺が第三次異世界調査団の同窓会で、向こうに渡った時の事だ。
おい。意外そうな顔をするな。それこそ授業で教えただろうが。
今でもエリスタリアにサクラの植樹をしに行ったりもしているんだぞ。
個人的には植生を混ぜる事は、極めて危険だとは思っているのだがな。
世界同士の交友を深めるためだから仕方ない。
植物学者としての私の矜持など、その程度だよ。
おっと話がそれたな。それで、その同窓会で大延国に行ったんだ。
料理は美味かったぞ。お前もそういうのを取材しろよ。
そこのお祭りの話だよ。文部具県って地方で年に一度、もの凄い規模の花火大会があってな。
地球で言うロケットみたいな規模の花火を打ち上げるんだよ。
そりゃ見事なもんさ。天に届くんじゃないかって思うくらいだよ。
イストモスの『星砕き』も見たが、それの比じゃなかったね。
それで何でそんな事をするかって言うと、20年ほど前にだな・・・
え?異世界打ち上げ花火?まあ今のところはな。
そりゃあUFOの話じゃないさ。最初に言ったじゃないか。
そんな事よりだ。お前さん最近、不純異性交遊をしているんじゃないだろうな。
事あるごとに旧校舎に入り込む姿を、色んな生徒に目撃されているんだぞ。
よもや逢引して、何かよからぬ事をしているのではあるまいな。
お、おい。話は終わってないぞ。まったく。最近の若い連中ときたら。

ふうむ。新聞部には言いそびれたな。俺がその飛行物体の正体を知っていた事を。
第三次異世界調査団として渡航し、大延国を調査している時に出会ったあの娘の事を。
娘の名は朱鶴(シュハ)という。

最初に見かけたのは、古道具屋の軒先に置かれた薄汚い雑器の姿だった。
店主に聞いても由来はわからないの一点張りで、それでもどうにも気にかかって
二束三文で買い上げて、同僚に随分と笑われたものだった。
宿舎に戻って薄汚れた部分だけでも綺麗にしようと思い、布で拭きあげている時に
茶釜はガタガタと震えだして隙間から煙が吹き出して、晴れた時には狸人の娘が立っていた。
それがシュハだった。
顔を真っ赤にしてうつ向いたままだったので、どうしたものかと途方に暮れたものだ。
やがてシュハが顔を上げて、俺に謝罪しながら語ったものだ。
自分は100年使われて生命を得た茶釜の妖魔であり、悪仙となるべく修行中の身なのだと。
今日は買った人を驚かそうと思っていたのだが、あまりのくすぐったさに笑いをこらえられなかったのだと。
驚かそうとしたのは謝る。失敗がバレると仲間にバカにされるので黙っていて欲しいと。
とりあえず喉が乾いたので飲み物を飲みながら話そうと言うと、シュハはスッと立ち上がり茶を煎れると言い出した。
しばらく待つと何故かコーヒーを持ってきて、ひさかたぶりのその味と香りを楽しむと
シュハが笑いながらこちらを指さし「それは茶ではなく、豆を煎って作った紛い物だ」と言う。
地球では普通にこういうものも飲むと伝えると酷く落胆して、やはり黙っていて欲しいと懇願する。
何でも悪仙になる修行として、1日1度は人を驚かしたり騙したりせねばならぬ掟があるらしい。
それをかかさず100日続ければ、晴れて悪仙の仲間入りが出来るとの事なのだ。
話をよく聞くと、まだ1日も成功した事がないというのだ。
とりあえず人を騙すのは明日からにして、今日はもう食事をしてゆっくり休めと言うと
シュハは台所に行き食事を作り始めた。しばらく待つと、素朴な見た目の雑炊が出てきた。
照れながらこれしか作れないとシュハが言うが、箸をつけるとその味わいの良さに驚かされたものだ。
思わず「これは驚いた。凄く美味しい」と俺が言うと、シュハは目を輝かせて喜んだものだ。
その日はシュハが初めて人を驚かせた日だった。

あくる日も俺はシュハの修行につきあう事にした。
狸人の娘を連れて歩く俺の姿を見て、調査団の同僚たちからは随分と冷やかされたものだ。
そんなチンチクリンに手を出すだなんて、ゲテモノ趣味だと。
だけれども、次はどんな手で驚かせようか騙そうかと目をキラキラとさせている彼女の姿は、
エリスタリアのエルフ達の妖艶さとはまた違った魅力があったのは事実だと思う。
しばらくは料理ネタでいくというので付き合う事にしたが、見た目が普通で激辛料理や、
見た目が辛そうなのに激甘といったものは1週間もせずに打ち止めになってしまった。
悪仙日誌に印を押しながら途方に暮れる彼女を見て、俺はもっと大勢の人を相手にしてはどうかと提案した。
次の日の朝、大通りの一角に小さなテントに野点の茶室を作って客を待った。
やがて一人の老爺が訪れたので、茶を点てて反応を待つ。
すると「異世界から渡って来た者の点てた茶ならいかに驚かされるかと期待したが、それほどでもない」
と落胆した瞬間、茶釜がボウンと音を立てて狸人の姿となり「これでもか!」とシュハが叫ぶと、
老爺は案の定仰天して腰を抜かしたものだ。
この茶室は文部具県の人々に瞬く間に噂が広がった。名の通り文具や道具を作る職人の集まった土地柄で、
どうにもお固い日々に飽き飽きしていた人々である。シュハのイタズラに文句を言いつつも、
どこか心の奥底ではこうしたイタズラや笑いに飢えていたのだろう。
そのうち茶室は舞台小屋へと姿を変え、シュハの変身術で人々を大いに騙し驚かせ続けた。
修行に付き合い始めて90日ほど経った頃だろうか。
調査団から次の国に行くという話が出た。
シュハは驚き悲しみ「調査などはもう止めて、自分と一緒に大延国で暮らそう」と言ったが、
俺のなさねばならぬ事を放って大延国に骨を埋める事など出来ない。当時はそう思ったものだ。
シュハは意を決したように「ならば100日目に天に昇って悪仙となる。さようなら」
そう言った。

シュハはもう大延国の地には居ない。
別れの日の花火は失敗に終わったと、実は事故があったのだと後に大延国を訪れた時に聞かされた。
天に昇って化ける手はずの、肝心要の彼女の姿がどこにも無く、最後の最後で「騙された」のだと。
文部具県の人々は、彼女の残した思い出を惜しんで毎年天にも昇る花火を打ち上げる。
そうして「あの狸娘に騙された」「あの狸娘に驚かされた」と言っては笑いあうのだ。
それは今も変わらぬ彼らの日々なのだろう。
随分と懐かしい話だ。もうすっかり忘れていたのにな。
おっと。メールだ。
『あなた、今夜の晩ご飯は雑炊でいいかしら?』
俺もまた、妻に頭の上がらぬ、変わらぬ毎日を送っている。
騙されたんだよ。生徒になんて恥ずかしくて教えられるかってんだ。


  • 天に昇ると言いつつも日誌を悪仙秘密基地に持っていくだけなんじゃないか?と そして最後と最後の二段構えで騙された~もげてしまえ! -- (とっしー) 2012-08-03 08:11:49
  • 異世界や亜人と関わった話では定番のオチながらもそこまで持って行く経緯が丁寧で後読感が気持ち良い -- (名無しさん) 2012-08-03 22:58:57
  • シュハが可愛い過ぎて辛い -- (名無しさん) 2012-08-03 23:27:45
  • 狸人全般に何となく間抜けで憎めないキャラが定着しつつあるような -- (名無しさん) 2012-08-04 20:46:28
  • 気軽に行ける異世界と見識広がる見所はどんどん交流を促していくのでしょうね。純真な悪仙見習いの最後の大化かしに思わずほっこり -- (名無しさん) 2014-11-14 00:04:52
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最終更新:2014年08月31日 01:47