彼が会見の場に姿を現すと場内がどよめき一斉にフラッシュが焚かれる。
この会見でどのようなことが語られるかは伏せられていたが、何に関しての会見かということはこの場に詰めた者達は皆理解していた。
彼は悠然と歩みを進め壇上に上がると壇上横に掲げられた国旗に一礼する。彼の一挙動すべてに反応して砲列のように並んだカメラが一斉にシャッターを切る。
春に総理となった彼はそのハッキリとした発言と、どこか芝居がかったような立ち居振る舞いから多くの国民の支持を集めつつあった
当初は否定的懐疑的な意見を述べていたメディアも今ではすっかり彼の人気にあやかろうという姿勢に転じつつあった。
そんな彼がいよいよ今日兼ねてより噂されていたことについての記者会見を開く、政府筋から情報を得た報道各社は一斉にこの記者会見に人員と機材を送り込み、記者会見場は記者とカメラで鮨詰め状態の様相をていしていた。
「それではこれより大逸見内閣総理大臣の記者会見を行います。冒頭、総理からご発言がございます。総理お願いいたします」
官房長官の言葉を皮切りに2001年7月21日の夕刻、その会見ははじまった。
「本日、我が国は異世界11の国と地域との国交を正式に締結したことを国民の皆さんにお伝えします」
彼の言葉に会場に詰めた者達が無言でどよめくのがわかる
その空気を確かに感じながらも静かにたしかな口調で彼は言葉を続ける。
「10年前の1991年1月16日、全世界11か所の国と地域において、人類の有史以来前代未聞のこの世界とは別の世界との入口が出現し、その向こう側に我々とは別の成り立ちをもついくつもの国家があることがわかりました。
それから我が国と政府は世界各国と連携し、この未曽有の事態を平和的に解決すべく全力で対処してまいりました」
全国的に梅雨明け宣言が出されたこの日、日本全国の多くの家庭や職場はたまた街頭テレビなどではこの記者会見が流され、多くの人々がこの会見を見ていた。
テレビが見れない者もラジオでこの会見に耳を傾け、ネット上では誕生して二年目を迎えた匿名掲示板サイトで次々とこの会見に関するスレッドが立ち盛り上がりを見せていた。
総理大臣の記者会見にこれほど多くの国民の関心が集まったのは近年では1996年3月に時の芦元総理の行った異世界の存在についての記者会見以来だったろう。
1995年に阪神淡路地方を襲った大震災、その直後に混乱する神戸や淡路の被災地で多数目撃された奇怪な存在に関する目撃情報とそれに関する混乱
さらには震災2ヶ月後に起きた新興宗教団体の起こしたテロ事件など、社会的混乱と淡路沖に出現した光の柱を関連付ける社会的不安の拡大を考慮した総理自らによる公表は当時大きな衝撃となって国民の関心事となった。
この会見でそれまで漠然とした噂をもととして語られてきた異世界の存在は現実のものということが認められ、その後政府は社会的混乱に配慮しつつ数年かけて異世界に関する情報を公開してきた。
そして、この日、かねてより近日中に日本政府が異世界側の主要国家と国交関係を正式に結ぶという憶測が現実となった。
「1991年以来、私は政治家として国民の皆さんが
ゲートについて様々な思いを持ち、また関心を寄せてきたということをよく知っています。
最初は正体不明のものに対しての恐れと恐怖を、そしてその次には興味を。そして、私は今こそ日本国の新たな開国の時期ではないかと考えています。日本は鎖国を解き開国によって近代国家となり現在に至ります。そして、このゲートは日本が新しい国際社会の先頭に立つ未来を築くための大きな契機ではないかと考え、今日この日に国民の皆さんに異世界との国交締結をお伝えしました」
総理の言葉ははじめこそ淡々とした印象だったものの、次第にその言葉には力がこもり時に身振り手振りを交えつつ語る姿勢は淀みなく、まるで一人芝居を見ているかのような錯覚さえこの会見を目にした国民に強く深く印象を与え、彼のこうした会見は後に「劇場型会見」などと呼ばれることになる。
「先の震災において陰ながら多くの支援を惜しみなく我が国と被災した方々に提供していただい
ミズハミシマに我々日本政府はこれまでひどく恥ずべき態度を取ってまいりました。
しかし、この両国の正式な国交締結によって私は当時の政府に代わりようやく日本国の総理として正式な感謝を述べることができることを嬉しく思っています。また、これからも両国の関係がより一層素晴らしいものとなるよう努力していくつもりです。以上です」
こうして
異世界国家との国交締結という日本憲政史上はもちろん、有史以来初めての出来事を国民に伝える総理の言葉は述べ12分間に渡り、改めてのミズハミシマへの謝意の言葉で締めくくられた。
この間に彼はほとんど視線を下に向けることなくまっすぐに記者会見場の後方にあるカメラに視線を向けて話し、それ故にこの会見を見た国民の多くは彼が官僚の作成したペーパーをただ読み上げているわけではなく彼自身の言葉で話しているという印象を強くもつこととになった。
「それではこれより質疑に移ります。質問のある方はどうぞ挙手願います」
総理の発言が終わり、官房長官が集まった記者に質問を促す。
「総理、正式に異世界との国交成立とのことですが、それはつまり民間の異世界ゲート通過が正式に許可されるということでよろしいのでしょうか?」
記者席の最前列に座った大手新聞社の記者が手を上げ最初の質問者として指名され質問する。
「そういうことになります。これまで一部の政府関係者ならびに政府が許可した関係者以外のゲート通過は許可していませんでしたが、年末を目途に許可申請の手続きを整えたいと考えています」」
「この場合渡航許可証は従来のものと同じなのでしょうか?」
「そう考えてもらって結構です。これからは異世界に旅立つ人々が異世界を見聞きし、それを日本に戻って話すことこそがこれからの両世界両国にとって大きな友好と利益につながると思います。私は一日も早くそれが実現できるよう関係各省庁に指示を出しております。」
記者の質問に総理は淀みなくたしかな口調で言葉を継いでいく
「それから・・・」
「ご質問は手短に2点までにお願いします」
さらに質問を続けようとした記者に官房長官の声が割ってはいる
「次の方、どうぞ」
記者が質問をあきらめたのを確認して官房長官が次の記者を指名する。
「2点質問させてください。ひとつは今年に入ってから世界の宗教指導者が次々と異世界と異世界の「神」についての声明を発表したり6月には京都で世界宗教会議が開かれるなど大きな動きがあったばかりですが、この時期に異世界との国交を正式に結んだというのは何か関係があるのでしょうか?そして日本政府としては異世界の「神」をどう解釈されているのかお聞かせください」
次に指名されたのは関東キー局の取材記者だった。
彼の質問内容は主にここ最近の地球とゲートを巡る国際情勢に関しての意味合いが強いものだった。
今年3月にはチベットでチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が異世界の神と称される存在と会見し、その後に声明を発表したことが世界的に大きな衝撃とともに報じられ、4月にはローマ教皇が全世界のカトリック信徒に対して異世界の存在と教義についての声明を、その半月後にはイスラムの宗教指導者たちが共同で声明を発表したが、そのいずれも比較的穏健な内容であり世界の多くの人々は胸を撫で下ろし一部の過激な原理主義者は憤り嘆き怒りの声を上げた。
そんな中で6月には京都で三大宗教を中心とした宗教指導者や宗教学者による世界的な会議が開かれ、これまでとこれからの宗教界についての様々なことが論議されたことも話題となった。
そして、それらの流れから今度は日本国の異世界との国交締結の総理記者会見である、そこになんらかの関連があると考えてもおかしくはないだろう
「世界情勢が大きく動きつつあるということは認識しています。しかし、今回の国交締結は日本政府の長年の外交交渉の結果であり、それがこの時期であったというだけです。これには歴代の政権の様々な努力や外務省の尽力があってのことだと私はこれまで尽力してきた方々に深い感謝と尊敬の念を持っています。また異世界の神についてですが、日本は古来より八百万の神々の国という認識をもった国であり、そうした観点から何ら問題はないと考えています。しかし、従来の国際社会ではこうした問題は非常にデリケートな問題だという認識もまた同時に認識しています」
「つまり、日本国政府としては異世界の神を容認するということでしょうか?」
「日本として毅然として対応するということです」
「それでは次の方、どうぞ」
「淡路島で反対運動が起きている自衛隊と米軍の共同警備施設について総理にお伺いします。3日前に野党から相次いで淡路島の施設拡張計画についての否定的な意見が出ましたが昨日は公民党の大崎代表からも疑問視する発言がありました。また国民感情の中には淡路島が第二の沖縄になるのではないかという不安も広がりつつありますが、総理はこれをどうお考えなのでしょう?また来月には2年前に延長された特別警戒措置法の期限が切れますが延長をお考えでしょうか?野党各党は反対すると表明していますし、公民党も公民の同意が得られない現状では賛成しかねるという姿勢をとりつつありますがこれについてもお願いします」
記者が話したのは淡路島に整備されつつある自衛隊と米軍ならびに海保の共同沿岸警備施設についての反対運動についてと、これに関連する91年度に暫定的に整備されそれ以降毎年延長されてきた自衛隊が米軍と協力して淡路島沿岸でゲートを監視するための特別措置法に関しての政局についての質問だった。
「淡路島の施設については日本の安全にとって極めて重要なものであり、政府としては地域住民に理解を求めていく姿勢に変わりはありません。また野党各党や公民党に関しては引き続き理解を求めていくつもりです」
「しかし、こうして異世界との国交交渉が締結されたことでこれまでのような異常な軍事的警戒は不必要になったのではないかという声は大きくなっていますが、これについてはどうでしょうか?」
「ゲート出現以降あのあたりの航路は大きく様変わりし、そのため過去にも様々なトラブルが起きています。こうしたトラブルは現在ではかなり少なくなりましたが今でも無くなったというわけではありません。またこれからはゲートを一般国民が利用するということから、これらの安全確保の観点からもこうした施設設備の拡充とそれに伴う法整備は必要不可欠だと考えています」
「それはつまり91年から暫定的に運用されている特別警戒措置法を正式に閣議法案として提出するということでしょうか?」
「国民の生命と財産を守る重要な法案ですので、最後まで野党各党や協力関係にある公民党には理解と協力を求めていくということです。以上です」
「これで会見を終了いたします」
官房長官の記者会見終了の言葉と同時に総理は壇上で真っすぐカメラに向かって頭を下げ、そして会見場に入って来た時と同じような足取りで会見場を後にしていく、そしてまた同じように彼の退場を無数のカメラのレンズが追いかけフラッシュが焚かれシャッターが切られる。
こうし日本と異世界国家との国交締結の記者会見は騒がしさこそあれ混乱もなく終了し、その日の夜のニュースや翌日の新聞はこの会見に関するニュースが大半を占めることになった。