「おお!そうかそうか次の撮影か!励め励め!そして俺好みのオンナになれぇ!」
「ナンヤ次コソハ宿敵ト巡リ会イソウナヨカンヤ!」
畳五枚程の狭い狭い部屋の中、濁った機会音声とくぐもった男の声が交差する。
畳五枚の小空間で小汚い人形がうつ伏せたままブルブルと震え、鉄パイプを曲げて作られたコートかけにさげられたず黒いマントがビラビラと揺れる。
ブルブル、ビラビラ、「好いぞ好いぞ!」「気合入ルデ!」
「あぁ…本当にどうなるんだろううち…」
2012年 春先 神戸ポートアイランド西区 港湾開発地区の工事業者宿舎
「あれ?こんな人形買ったっけな?」
安いけど狭いプレハブ飯場の一室。 トイレと風呂は共同。
少ない衣装ケースの上に数個座するマスコット人形コレクションの中に今まで見たことのない新参一つ。
野球ボール大の球体が上下に連結。 ラグビーボール型の小さな四つの手足が生えている。
垂れ目がかった黒丸の目。 右目を覆う様に灰色。 全体は茶色。 口はフルフェイス兜を思わせる縦の亀裂三つ。
「どぅわ!気付くのがおっそいわオンナ!」
「どぇわっ!」
いきなりあがった声で反射的に壁へ人形をブン投球。
べちゃり力なく茶饅頭落下。
ブルブルブルブル…ブルブルブル…
「ふぅむ、俺の見込んだ通りよ!」
仰向けになったまま喋りだす茶芋虫は、生コンバイブレーターでも仕込んでいるのかと思えるくらい小刻みに震えている。
「何で人形が喋っているん! そもそも買った覚えも拾った記憶も無いし!」
「俺がオンナの寝てる間に不法侵入したんだから記憶にある訳がなかろ~ぅ」
無言で荒ゴミ用の青袋の縛りを解く。
「待て待て!俺の話を聞けオンナ! 俺をそこなに並んだ菱形顔の青人形や赤いモンチッチと一緒にするでないぞぅ?
俺を持っていれば良い事が起こる!主に俺にとってのな!」
「ブレイド馬鹿にすな!主題歌が変わった数少ないライダーなんだぞ!
後、これは誕生日、親からのプレゼントなんだぞ!大量売り出しセール品だけど…」
沸点触った部分がそこである。
「よしみちゃーん、現場先行ってるからねー。 朝礼遅れたらダメよー」
階下、外から声が響く。
「あ、すいませーん! 先行ってて下さーい」
着替え、着替え。弁当、弁当。
急ぎ仕事の用意をリュックに詰める彼女の頭の中からは、先程の人形の記憶は零れ落ちていた。
現場への遅刻 ── それは何よりも罪深い
(ふふふ、もうすぐこれからの人生は全て俺のためにあると知るのだオンナ!)
義御 琴子(よしみ ことこ) 二十一歳 女性
「あぁ今日も疲れた… 劇団卒業せずにもうちょっと親のスネかじっとくんだったなぁ…
いやいや!そんな甘ったれた根性だと何時まで経っても状況は変わらないんだ!」
そう自分に言い聞かせるようにリュックを肩にかけ直しプリントを開く。
劇団卒業時に渡された推薦付き枠で受ける事の出来るオーディションのスケジュール
── は、おとつい受けて不採用で終わったもので最後だった。
「頑張れば報われるなら世の中どんだけ受け皿が必要だって話よね」
半分沈んだ夕陽を見上げる彼女の顔は意地で硬直していた。
現場からの帰路。 普段とは違う離れた現場への応援のため宿舎までそこそこの距離がある。
「あ、本が…」
ポートアイランドを縦横に走る幹線道路に架かる陸橋の上で女生徒が手元から落ちた本を追いかけて柵を掴んだ。
今まさに陸橋の階段を登ろうとした義御の目の前、
根元から崩れる柵ッ!
本と共に宙(そら)に投げ出された少女ッ!
地上10メートルからの落下よりも先に、その下を行き交う大型貨物車が少女へ襲いかかる!
助けなきゃ! トレーラー?ダンプ?だから何!
気が付けば、女生徒を抱えて道路の向こう側。
意識が戻ると同時にへたり込む。
「ありがとうございます! 柵が潮風で腐ってたみたいで…
でも貴女のおかげで私もブラックロッドも無事でした!」
眼鏡をかけた少女は何度もお礼とお辞儀を繰り返している。
「うちが助けたの?どうやって?何も覚えていないんだけど…」
呆気に取られたまま立ち上がり軽く挨拶をして帰路を再開した。
心なしか太股が痺れる様に痛い。
「あれ?月曜日? …日曜日丸丸寝てたってのうちー!?」
最近気を失うとか意識が無くなるとかそういう事が多くなってきたけど…
一日全部失ってたとか何それ一体どういう事?!
親方も心配してたし、一度病院に行こうかなぁ…
階下、一階の事務所に行くと丁度雨で現場が休止になっていた。
丁度良いと身支度をして風雨の中へ。
波止場に仮設された宿舎、勿論すぐ海。
「オイ!干スナラシッカリハサミデ留メトカンカイ!
風デ竿ガ倒レテソノママ海ヤデワシ。早ヨ引キ上ゲンカイ!ゴボボボボボ」
波止場から波荒れる海を覗くと黒い布、いやマントがびったんばったんと護岸に打ち付けられていた。
…喋ってる?
傘の柄で引っ掛けて持上げようとするも、
「重い!水含んでるにしても重いって!何これ!」
傘は哀れ折れ曲がり、マントは荷揚げ用のフックチェーンにより引き上げられた。
「コインランドリートカ無粋ナ真似ハスンナヨ?」
引き上げたマントを広げた裏側、びっしりと鱗の様に貼り付く黒曜の鋼片。
「ふじつぼ?」
「言ウニ事欠イテソレカーイ!」
いやいやいや、そうじゃないでしょうち。 マントが揺れながら喋ってるんよ?
『固定を怠っていた様だ、すまんすまん。 もう少しでまた海に戻るところであったな!』
「イヤー、
ゲート潜ルマデハ順調ヤッタンヤケドナー。コッチ来タ途端ニ精霊ガ消エテソノママ海ニドボンヤデ、ホンマ助カッタワ!
デモアンマ無茶ナ憑キ方繰リ返シテタラアンタモ危ウイントチャウカ?」
『ふははふはは!心配するでない。昨日の“結果”が届く頃にはこのオンナもワシに感謝感激でカラダも存分にお使い下さいませー!とか言うぞ!言うぞ!
そうなればワシの目的もオヌシの目的もぐぐぐっと前に進むと言うものよ!』
「イヤーアンサンホンマ悪デンナー!」
「え?何?もう火曜日?! 痛っ、何か全身痺れる様に痛いっ!」
急いで仕事の用意をして事務所へ降りて予定確認即ダッシュ。
「何とか間に合いそう!」
── 帰宅
「義御さんですか?お手紙です」
制服をキッチリ着こなした鳥人の郵便配達員から一通の手紙を受け取る。
「西映プロダクション?オーディション通知?」
─ 此の度貴女は、今週より撮影の始まる“仮面ファイター万斗”の主役に
採用されました。 ─
「どぇわっ!」
彼女の知らない裏で進む計画ッ!
茶色人形とは? 黒いマントとは?
突如届いた採用通知の意味するものとはッ!?
果たして彼女に射すのは光か闇か…次回に続くッ!
見切り発車感満載ですが、人とゴーストと動甲冑の話の始まり
- 話の中で舞台のポートアイランドを説明しているのが興味深い一本。 これからの三人のサクセスストーリーも楽しみ -- (名無しさん) 2012-09-13 23:36:24
- どう考えてもこの先ダーク街道まっさかさま -- (としあき) 2012-09-14 09:47:13
- 自活しているキャラ多くて生活観溢れるのが楽しいぞイレヴンズゲート -- (tosy) 2012-09-21 22:22:11
- 漫才トリオのような三人のテンションに押されてしまいそうです。夢の第一歩?その先に一体なにが待っているのかわくわくしますね -- (名無しさん) 2015-01-18 17:32:55
最終更新:2013年04月02日 12:00