【南蛮行】

「話に聞きし南蛮《オンベスカフ》、よもやここまでの死地とは」
 正規とはいえ珍しい手段にて南蛮へ到来した蟷螂人ジェン・タングは、南蛮行4日目にしてそう結論付けた。

 主上より賜った南蛮渡航推薦状を手に、南蛮へと足を踏み入れたジェン。
 南蛮とは言え比較的安全な延軍勢力下を半日ほどで越え、さらに一昼夜の単独行軍を経る頃には、陸にあっては鬼人に大漢、大猿人、犀人、象人、河川や湖沼の際にあっては食肉魚人や鯱人、鰌人や電鯰人も加わり、知性ある殺戮者だけでもその種別は多種多様。
 生を屠る本能に忠実に生きる破滅獣に至っては、大小や種を問わなければ、既に二百は狩り殺したであろうか。
 波状の如くに押し寄せる生への暴虐に対し独り立ち向かうにあたり、蟲人特有のメンタリティとバイタリティ、そして辛うじて残るディルカカネットへのアクセスにより収集した情報が無ければ、とうの昔に南蛮人の仲間入りか土に還るかのどちらかとなっていたであろう。

 広く「南蛮」として知られる区域を指して主に語られるのは、まだヒトあるいはヒトと獣の境が曖昧な存在が智謀と武力により生活圏を形成している地域である。
 自由と土地、食料を主な目的として塞王に攻め入る者たちは、普段は集落部で憩い、比較的温厚な(とは言え既知世界の猛獣とは比べるべくもない凶悪さだが)破滅獣と衝突あるいは懐柔を繰り返しつつ、日々糧を得るために開墾に精を出し塞王の向こうへ攻め入るための鍛錬を繰り返している。
 中には攻城せずこの破滅の地で生きることのみに注力する村落もあるのだろうが、そんな彼らと交流出来た者など、死者を除き南蛮に足を踏み入れた総ての者から数え上げても一割から二割が精々だろう。

 南蛮人たちが塞王を砕き北上を目指そうとする理由、それは先にも述べたように生存圏の拡大にある。
 彼らは常に南から破滅獣に押し込まれ、北を目指さざるを得ない、というのは地理的要因であり、そして辛くも拿捕に成功した南蛮人の証言からも明らかである。
 なお、塞王に攻め入って来る南蛮武人は女人や高齢者が多いが、それらでもなお延国軍の武人もかくやと言うほどの、粗野ながら一撃の破壊力に優れた武技の錬達を以て襲い来る。
 膂力に優れた象人や犀人などであれば、老体であっても多少の犠牲を前提とした数による消耗戦でしか敵わない。
 それが延国軍塞王部隊の現状であり、それ故に延国内にして国府警護に次ぐ武力と戦力が塞王に集結することとなる。

 破滅獣は南から来る。
 これはもう既に揺るぎ無いものとして語られているが、なぜ破滅獣は南から来るのか、そもそもどういう変遷で規格外の生態を得るに至ったのか、「突如として塞王周辺にその姿を現す」という現象が起こるのか、といった点については、未だ解明の余地がない。
 南蛮人ですら知らぬことなのだから、まだまだ解明への道は遠いことは火を見るより明らかである。


 行軍15日目の昼前、既にジェンが奪った命の数も五百に達しようかという頃。
「成程・・・主が言うように、実に面妖な景色也。 岩盤の如き土壌より岩の若芽が芽吹き、玉石の華を咲かせておる」
 深緑の迷宮とも呼ばれ故郷マゼ・バズークの東に広がる帰還不能大森林《ケンバリ・ヴォイマーツ》も生への反攻が激しい場所ではあるが、地下には生活圏があり生気の溢れる場であると聞いている。
 それに対し、この石岩樹林。
 確かに石の草木が生い茂り花すら咲き誇っているが、生命の息吹が全く感じられない。 更に言えば、全身が流体の如くに滑らかにうねる珪素質あるいは水銀で出来た巨蛇や、岩山と言っても差し支えない程巨大な希少金属の甲羅を背負う巨亀、岩石でありながら人語を介し宝玉の果実を食らう岩人、そしてそれらを砕き屠り捕らえ捕食する、大黒白を筆頭とする大型破滅獣。
「石ノ森に辿り着きて道三分、だったか。 主の話では、中腹あたりに偏屈者が住まう小屋があるとのことだが」
 現にこの地を踏破した主の話に異論を挟む余地は無いとは思うが、ここまでの行程からすれば、「全うなヒトの営み」がこの南蛮というヒトがヒトを食うことも茶飯事な地で行われているとは思えない。
「・・・む、長く立ち止まりすぎたか」
 ジェンを取り囲むように集結してきたのは、表皮が文字通りの火炎で出来た6本脚の大蜥蜴の群れ。
「本当に生物なのか、貴殿らは? ・・・と、問うた所で返礼も無し、か」
 破滅という字名の由来は破壊の使徒だからという単純なものなのか、あるいは生命として破綻した生態を指しての事なのか。 そんな事を考えながら、ジェンは前肢に備えられた鉄鋼奴すら両断する大鎌を繰り、火炎蜥蜴を一刀の下に切って捨てて往く。
 そして、血の匂いに誘われたのか、殺気渦巻く戦地に惹かれたのか、黄金食に彩られた自走する食肉草や宝玉の刃に等しき花弁を旋回させ空を舞う食肉花、今や世界で最も有名な破滅獣である大黒白、あるいは伝承や異界遊戯に現れるという巨龍の如き生物までもが寄り集まり、互いに互いを食い、殺し、屠り合う。
 地が揺れ、鉱石の樹木が折れ飛び、希少金属の塊が砕け、血液とも内臓とも知れない得体の知らない飛沫が飛び散り、咀嚼の音が響く。

「ふむ、異界にあるという石ノ森では毎年奇怪な異能で魔を討つ勇者が輩出されると聞くが、こちらの石樹林でこれならばその話も然り、か」
 石樹林に踏み込み2日が経過し、既にディルカカネットがもたらす情報という偉大な恩恵による安全確保は不可能となり、さらには短期間に密度の高い戦闘を繰り返したこともあり、ジェンの身に蓄積された疲労は許容限界の手前に差し掛かっていた。
 主から聞いていた家屋というものが全く目に付くことも無く、よもや過ぎ越してしまっているのではなかろうかと思い始めた時、
「これは久しぶりに珍しいものを見た。 こんな辺鄙な土地に蟲人独りとは」
 涼やかな雌の声が聞こえてくる。 その声の主の姿は、樹国のエルフ種、というよりは主が持つ「絵が出る鉄板」で見た異界ヒトの雌そのもの。 異界門の開放より幾年過ぎ双方の往来が盛んであるとはいえ、このような死地に異界ヒト一人とはまず考えられない。
「異界ヒト、か? このような地に何故・・・?」
「私の容姿はお気遣い無く。 何が目的でこんなところに来たかは知らないけれど、ここで会ったのも何かの縁。 大した持成しは出来ないが、我が家で休んでいくと良い」
「これは忝い。 ご迷惑をお掛けする」
「構わないさ。 何せ前にヒトを見てからもう10年になる。 久々に世俗のことも聞いてみたくもあるし、君の話が宿泊の対価という事にしようじゃないか」
「心得た。 大した話は出来ぬやも知れぬが、御容赦願いたい」
 ジェンとしては全幅の信頼を寄せたわけではないが、目の前の雌の佇まいからすれば、言に偽りは感じられない。 それに主が語った小屋がこの雌の家だとすれば問題は無かろう、とも判断出来た。
「そういえば名乗ってもいなかったな。 私はクァ・エァルカ=シッシオーリ。 訳有ってこの石岩樹林《ダンフォレクヤ》に隠遁している」
「ジェン・タング。 主命により、この先にあるという終焉樹《デュロコダマー》へ向かう所だ」
 互いに名乗りこの場にいる理由を語った後は、特に言葉を交わすことも無く、クァと名乗る雌の宅へと辿り着いた。
 その過程で、全天から捕食の機会を伺っていたはずの破滅獣の気配が薄くなっていることにジェンが気付くまで、そう時間はかからなかった。



  • もじり方や既存の設定の使い方が上手い。キャラの種類というか配役が光ってる -- (とっしー) 2012-09-18 22:24:34
  • いちいちカッコイイネーミングセンスにビクンときたわー -- (tosy) 2012-09-21 22:10:56
  • 未踏破地帯はどこもヤバい! -- (名無しさん) 2012-09-22 00:52:38
  • 蟷螂人強い!かっけー! -- (名無しさん) 2012-10-30 14:21:44
  • 国の枠から出ると野生の世界という単純明快さを実感 -- (名無しさん) 2013-02-08 00:45:37
  • 大延国の繁栄を守護する大壁の向こうに広がる地での人が獣になる道理を容赦なく見せるのは痛快でした。 南蛮の種も獣でなく人だったのならば、塞王にもっと違った攻め方で押し寄せていたのかなと。 ジエンが戦いながら進むのであれば、食事や睡眠などの様子も見せれば過酷な地の印象も深まるのではと思いました。 固有名詞は語源語幹上でくどくなりそうなぎりぎり手前で留めているのは上手いですね -- (名無しさん) 2013-09-13 02:27:14
  • 凶暴な力の支配する南蛮ですがそれは土地そのものが影響を及ぼしているのではないかと思いました。神の力も及びがたい南蛮で何が起こっているのか起ころうとしているのか興味がありますね -- (名無しさん) 2015-02-08 17:19:09
  • じょうごかふるいか生存競争の果てなのか必然性をもって戦闘能力の高い種族が集まってる南蛮 -- (名無しさん) 2017-12-18 19:19:16
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最終更新:2012年09月18日 22:20