東西の大陸に挟まれた挟海の南西、南北に長く形成された陸地の大凡を占める大延国。
永い歴史を誇るこの国では、その歴史の中で研鑚を重ねた武侠や仙人導師が数多く輩出され、主に国内戦力として活用されている。
時に人ならざるほどの力を持ち得る彼らを要する大延国をして、尚も国土が現在進行形で脅かされているということは、国外の余人には余り知られていないことである。
大延国領土を延々と南下すれば、国内最後の名勝地にして最南端国境線に等しき、古来より皇帝が精霊力で築き続けてきた城塞「塞王」に辿り着く。
この塞王からさらに南下をすれば、果たして何処に辿り着くのか?
そこは延国内では「南蛮」と呼ばれる、東大陸の帰還不能大森林《ケンバリ・ヴォイマーツ》や西大陸の氷壁牢獄《ゲウル・ディ・シエタ》に並ぶ、人跡未踏の地。
過去の文献を紐解けば、六霊大王の魔獣化などで語られることもある地だが、真にこの地の実態を知る者は少ない。
塞王に派遣される衛兵や将軍は、中央や港湾区に関わる職責に次ぐ要職の地であることからして、間違いなく延国内の精鋭部隊のひとつと言えるのだが、そんな彼らをして南蛮の解明は進んでいないという。
そんな南蛮と大延国の境界となる塞王に、ひとりの蟷螂人が訪れた。
「もし、そこの方、旅の者か? ・・・と、蟲人の者を呼んで参るので、暫し待たれよ」
狐人の衛兵が蟲人の衛兵を呼びに行こうとしたところで、蟷螂人が声をかける。
「人語を直接介せます故、お気遣い結構」
「左様か。 して、こちらに何用で御座ろうか。 折角来て頂いたのに申し訳ないが、旅の者が関心を示すような物はこちらには無いのだが」
塞王を訪れる者の中には、無謀にも南蛮へ足を踏み入れたいと申し出る武芸者や研究者もいる。
だが、南蛮へ踏み込み生きて帰れる者など、ここ数十年間でも数名しか確認されていないということもあり、衛兵としては無駄に命を散らせることは勧められない。
「それは承知している。 私の目的はこの城塞の向こう側にある。 通して頂きたいのだが」
「やはり、そうか・・・では、証文を見せてもらおう。 持っているのならな」
大延国から塞王を越え南蛮へ向かう方法は、現在は四つある、とされている。
ひとつは延国軍に入り塞王警備の任に就き、職務として南蛮の向こう側の地を踏むこと。
これは先にも述べたように、延国軍でも特に認められた者のみが採りうる手段である。
だがこれは、あくまで職責として立ち入ることが出来るだけのことであり、塞王近辺しか行動することは出来ない。
二つ目が、塞王警備の目を掻い潜る、もしくは強行突破による実力行使など、非合法の手段で塞王を突破すること。
言葉にすれば易いが、これをさせないために、塞王警護の任は武芸者のみならず、探知や罠に聡い者、精霊交信を得意とする者などが集められている。
様々な分野の手練が高いパフォーマンスを発揮することで、非合法手段による突破を未然に防いでいる。 塞王の建立以来、非合法手段での突破が成功した記録は残されていない。
三つ目が、中央が発行する「南蛮渡航証」を提示すること。 この証文を手に入れるための過程は下記の通りとなる、
まず、塞王警備の総責任者が事実を確認し躍字による書簡を発行し、中央官吏が書簡に嘘偽りないことを確認し判を捺し、皇帝自らが随臣と共に、書面を基に当人との面会を行ったうえで最終認証を受けた「南蛮渡航者」の称号を得た者を見つけ出す。
次に、南蛮渡航者が直接渡航希望者と面会し、南蛮渡航を行うだけの実力があることを確認した上で、躍字を以て作製される「南蛮渡航推薦状」を発行してもらう。
最後に、受け取った南蛮渡航推薦状を中央役所に提示し、認証を受け南蛮渡航証の発行を受ける。
これだけの過程を経ることになるが、まず南蛮渡航者を発見すること自体が困難である。 というのも、原則として南蛮渡航者が自らを喧伝することは禁じられており、希望者が自ら南蛮渡航者を探し出す所から始まるからである。
それに、南蛮渡航者は「南蛮の何たるか」を塞王警護より深く知る者であり、故によほどのことが無ければ渡航推薦状を提供することはない。
最後の四つ目は、三つ目の方法に挙がった南蛮渡航者その人であること。
南蛮渡航者としての認可自体が渡航証と同等の効力を持つため、当人に限り〈向こう側〉でいう所の「顔パス」に近い形で南蛮への渡航が認められる。
雲海を突き抜ける程に険しい山脈に囲まれ辿り着くことも容易ではない氷壁牢獄や、無法地帯さながらの
新天地・地上への関心が薄いオルニト・自国内は集合的意識により統率されており他種族の動向に無関心なマゼ・バズークが接しているため事実上制約が課せられない帰還不能大森林と違い、南蛮への立ち入りは困難を極める。
どのような目的であれ、南蛮という地そのものが苛烈な環境であること、南蛮に住まう民や生物が度々塞王へ侵攻を繰り返し事実上の臨戦地域であること、これらの事情を主として、大延国は南蛮へ向かうことを徹底的に統制している。
なお、大延国を経由せず、西大陸経由あるいは南海経由で南蛮入りを図る者については、安全の一切を保障しない。
万一塞王へ逃げ帰ってきた場合、手厚く保護はするが、二度と南蛮へ立ち入らぬよう躍字の刺青を刻むこととなっている。 当然ながら、その者達は南蛮渡航者として認められない。
だが、敗走ではなく、五体満足かつ土着生物打倒の証左を持参し塞王へ辿り着いた場合には、南蛮渡航者として認められるための第一条件を満たすこととなる。
「証文、か。 これで良いか、ご確認願おう」
蟷螂人は衛兵に、懐から取り出した証文を提示する。
「はっはっは、言われてそうすぐに出せる証文ではないのだよ。 私も塞王勤めを始めて5年になるが、一度だって見たことは」
「主からの勅命である故、速やかにご確認願いたいのだが」
「はいはい、それじゃお預かりしますんでー」
衛兵は半ば贋作と決めつけて、証文の問い合わせのため詰所に戻る。
一人になった蟷螂人は、主の勅命について振り返る。
「終焉樹《デュロコダマー》へ
世界樹の実を届けよ、か。 主も面妖な勅命をお出しになられるものだ」
かつて大延国武人の中でも栄れ高き「剣聖」の座を目指したこともある身としては、南蛮渡航の提案は実に胸躍るものであった。
「だが、世界樹に匹敵するような大樹がこの先にある、というのは事実なのであろうか・・・」
エリスタリアには国の象徴である世界樹があるのは誰しもが知ることである。
それとは別に、帰還不能大森林の最奥部にある大樹は秘宝の噂と共に囁かれている。
だが、南蛮の地にも大樹が存在しているという話は、この度の勅命以外では聞いたことが無い。
「荒唐無稽を地で行く主のことだ。 『ある』と言ったものは真にあるのであろうな」
そう結論付けたところで、先ほどの衛兵が駆け足で戻ってくる音が聞こえてくる。
「た、大変申し訳ありませんでした! こちらの証文、真物に相違無しとの確認が取れました故、速やかにお通しせよとのことに御座います!」
「相分かった。 では、先を急ぐ故、失礼致す」
蟷螂人は衛兵に一礼し、塞王を越えるべく歩を進める。
塞王には双方を行き来するための穴や通路は、防衛上の都合と「皇帝の精霊力の賜物」ということから開けられていない。塞王を跨ごうとする者は、己の持てる技術を用いて飛び越すか、上部で待機する巡回兵にロープを渡して貰い昇降するしかないのである。
蟷螂人は背の羽を広げ、緩やかに飛び上がり、塞王の上端へ着地する。 そこへ、豹人の武漢が訪れる。
「お急ぎの所済まない、少しお時間頂けないだろうか」
「証文の手続なら先程済ませているが」
「いや、唯の世間話と、南蛮へ向かう貴殿への進言をな」
「主や戦友より南蛮の地については伺っているが、現地の、それも貴公のような武人からの御助言とあらば聞かないわけにはいくまい」
「そう言っていただけると助かる」
豹人武漢は改めて塞王の頂より、南蛮を見やり話し始める。
「あれは・・・そう、10年ほど前だったか。 私がまだ南蛮の脅威を知らなかった時の事だ」
遠く、過去を見るような目で豹人武漢は言葉を続ける。
「あの日は何の変哲もない日だった。 何事も無く、安息の内に日暮れの交代を待つのみだと思っていた時の事だ。 突然この少し先、ちょうどあの巨木がいくらか圧し折れているところがあろう? あのあたりに『大黒白』が出現してな」
「突然? 大黒白は相当の巨体であると聞いているが、そのようなものが不意に現れた、と?」
「その通りだ。 南蛮の者どもは、あの森を越えて現れる者も居れば、突如この塞王の眼前に現れることもある。 塞王より先、我らが延国領内には現れないのだがな」
「不思議なこともあるものだな」
「ああ、我らには理解出来ぬこともあるものだ。 あるいは我らが主君、皇帝陛下ならば何か御存知なのやも知れぬが。 まぁそれはいい。 大黒白が現れた折、そのあまりの巨躯、その暴力的な咆哮、この塞王を揺るがし同輩を木の葉のように散らす巨腕に、私はただ何も出来ずに居たわけだ。 恥ずかしい事にな」
そこに自嘲の気を感じとり、蟷螂人はあえて口を挟まず続く言葉を待った。
「さらには南蛮の兵卒も現れて、塞王をよじ登ろうとする者も現れた程だ。 大黒白の脅威に呑まれ、迎撃が間に合わず南蛮人どもの接近を許そうかという、その時だ。 南蛮兵どものさらに背後から、大黒白にも匹敵する巨大な氷塊が降ってきてな」
「ふむ」
「そこからはもうあっという間だった。 南蛮人どもは切り伏せられ、大黒白も討伐された」
「ふむ」
「その時救われた者の一人として、彼らに改めて感謝の辞を伝えたい。 頼まれてくれるだろうか」
「心得た。 必ずや伝えよう」
「ありがとう。 数年前にも来訪し、大黒白の毛皮を剥いで持ち帰ったと聞いているが、その折は中央勤めで謝辞を告げることが出来なくてな。 本来ならば直に伝えるのが筋であるが、この地を離れられぬ身故、どうか頼まれて欲しい。 さて、話は変わるが・・・」
続けて豹人武漢は、蟷螂人へ南蛮について知り得た見識を伝えた。
この先に居る南蛮人は、主に象人や犀人など、身体的に優れた特質を持つ獣人が多いこと。
その獣人たちと、時に協力し、時に食う食われるの喧騒を起こす、大黒白を始めとする「破滅獣《フィ・シャウ》」が徘徊していること。
南蛮人や破滅獣は神出鬼没、突然眼前に現れることもあるため、常に周囲への警戒を怠りなく行うべし、という心構え。
その他、塞王にて知りうる南蛮の情報を豹人武漢が伝え終えたところで、蟷螂人が尋ねる。
「して・・・主が仰るには、この先に摩訶不思議な大樹があるそうだが、貴公らは聞いたことは御座らぬか」
「いや、我々は南蛮より来たれし者たちの見聞を書簡に記しておるのだが、先の話の者たち以外からは聞いておらぬようだ。 何分確かめようにも、我らにはこの塞王で民を守る使命があるが故に遠征出来ないのでな」
「そうか。 数々の御助言、感謝の至り。 無事帰還した折には、彼の地の話をお伝えいたそう」
「無事の御帰還、お待ちしております。 長く引き留めてしまい申し訳ない」
蟷螂人と豹人武漢が一礼し合った後、蟷螂人は再び羽を広げて飛び降り、塞王の麓、南蛮の地へと足を踏み入れた。
- 意外と何とか通過できそうと思った塞王ライン。ただの無機物じゃなくて人の技であるというのがいい -- (名無しさん) 2013-10-24 22:46:42
- 巨大な力を要する大延国をいまだ脅かす南蛮の強みとは特異な種族や怪物と徹底した南蛮規制による知らないことなのではと思いました。まだはっきりと分からないその地の先を知った時にどのような変化が大陸に起こるのでしょうか -- (名無しさん) 2014-08-24 17:44:18
- 壁そのものである塞王は大延国以外の人にとっては門や山などにもとらえられることはあるかどうか -- (名無しさん) 2015-08-04 22:46:18
- 主要国ではないからほとんど取り上げられることない南蛮だけど異世界の危機!レベルの災害起爆剤みたいな状況になってんのかな? -- (名無しさん) 2017-01-14 19:07:27
最終更新:2013年10月24日 22:45