─ お母さん、お父さん、元気ですか?
今俺は、目の前に広がる新天地の草原に胸を鷲掴みにされています
特に何があるという訳でもないのですが
そこに広がっているのは明らかに今までとは違う世界
きっと家に帰る頃には、俺、違う顔になってるはずです
都塞門前の管理所にて、新天地を臨む息子より ─
「此度の命を成し遂げれば、我ら騎士団の地位は西
イストモスでも磐石のものとなろう。
皆、心してかかるのだ!」
意気揚々と草原へ歩み出た団長が、東へ高々と剣を掲げ鼓舞する。
後を追う様に一団が整然と歩を進める。
ほとんど乱れる事なく地を叩いた大勢の一歩が、強く草を揺らして心臓にまで響いた。
牧草に近いが肉厚のある背低の絨毯を踏み分けて
豪勢に枝分かれした花の無い枝木を横目に進む。
高い空を鳥が数羽、鳴きながら円を描くように飛んでいる。
思っていたよりも行進の速度は遅いので、景色を楽しめる余裕はあった。
日本で言うと春も終わりの日差しと温度。少し咽るくらいの青の匂いが風が吹く度に押し寄せる。
あぁあ…もぅ…
「新天地ヤベぇ!」
(え?!それ俺の台詞!)
それを言わんと口を開けた瞬間に掻っ攫われた。少し前を進む殿(しんがり)隊の
ケンタウロスの一人に。
他の団員が綺麗に腰に一本提げている剣を、そのケンタウロスは不恰好に二本提げていた。
剣も他とは違い傷の入った鞘と剥がれた装飾の跡など、醸し出す雰囲気が異質。
忙しなく揺れ揺れる赤毛の尾がまた、彼を目立たせている。
「今のイストモスは…平和になったが故に諸問題が起こっていまして…」
初日の夜、野営で焚き火を挟んで狗人が語り出した。
ゲート解放により異世界に齎された平定の輪。
人々の噂では神々の意思とも言われていた。
イストモスも解放以前は形式上は停戦状態であったが、
東西両国の思惑には常に“戦争”が在った。
それ故に若者達の教育には戦争の備えが無くなることはなかった。
訪れた平和。 戦争の中を過ぎた者、知る者は安堵したが、
戦争を知らぬ者達は渇望した。 その凄惨さを知らぬが故に。
両国共、競技会や交流試合などで発奮させようと試みてはいるが、
未だ上手く行ってはいない様である。
「私が仕えている家、御子息も例に漏れず“乾いて”いるのです。
まだ団の中では未熟の輩故、此度の任に選ばれる事は無かったのですが、
爵家の力にて強引に加わったのです」
「でも人探しとかが目的なんですよね?
そんな“戦争”なんて大袈裟な荒事なんて起きないでしょう?」
そう返した先で狗人は何とも言えない笑顔だけを浮かべた。
「新天地… やはり“そういう者”を引き寄せる何かがあるのだろうか」
一つ隣の焚き火で槍を握る蛙人の表情もまた、何とも言えない表情であったが
それに気付いた者はいなかった。
二日目は何事もなく行軍は進み、風景と動物を眺めた内に終わった。
サバンナにも似た草とまばらに立ち木の生える風景から、高低差のある丘陵や崖がちらほら出てくるようになった三日目。
「うわっと、ここにも水溜りが」
都市から出て三日、雨に遭った事は無かったが道程に散在する雨期の証。
さぞかし蛙の人は機嫌が良かろうと、後ろを歩く彼のウキウキ姿を想像する。
喉をぷくぷく膨らませ目を横に伸ばし悦に入る顔を思い描いたと同時に蛙の人が擦れ違い、前に出た。
ぞくっとした 違和感 何だ 槍の穂先 剥き出しだ
殿の先頭を進むケンタウロスと狗人に跳び寄った蛙の人が話すのと一緒に側方と前方を崖上を指差した次、
ケンタウロスが怒号を発し、彼から左右へ槍を構える波が伝播する。
下から見上げる崖は、その向こうが死角になり見えない。
その見えない向こうから一斉に飛び出す刃、刃、刃!
そして崖の縁を掴むように突き出てくる腕、腕、腕!
鱗、水掻き、ぬるっとした表面の腕群が、次に飛び出す姿を容易に想像させた。
魚、両生類、爬虫類… 次々と飛び出し降下して襲(く)る。
球体を模した鎧で崖を滑り降りる体躯のどれもが狗人よりも一回り大きい。
…十…二十…三十!
悪友と一緒に何度かやった交通調査のバイトで必死に車影を計測した頃を思い出し、降り来る影を数えたが
こちらの総数よりもやや多いという不安に駆られる現実を知るに至っただけだった。
斜面より投擲された武器を各自防ぎいなすも、その隙に先行してきた何人かが隊の中に潜り込む。
ケンタウロスが突き下ろす槍を、素早く右に左に小刻みに、うねる体捌きでかわし馬腹へ滑り入る。
裂ける腹、斬られる脚。 崩れ落ちる騎馬兵より這い出た魚影は一直線に、向かってくる。
「俺かよっ!?」
途中何度か槍が影に突き立てられたが、球状に盛り上がり曲線を描く鎧が直上からの攻撃を受け逸らす。
あたふたするこちらの動きにも左右の揺らぎで直線の行き先を調整する。
完全に狙いを固定したと思わせる動きで眼前まで迫られた。
「うわー!もうヤケクソだー!」
足元の小岩を投げつけてやる、と手をかけたが、
(重たくて持ち上がりませんー!)
弾ける鉄と鉄の響音発つ。
「大丈夫であるか? この乱戦、何とか守に専じて乗り切ってくだされ!」
狗人から借り受けてきたのだろう、先程攻撃を弾いた円盾を渡される。
「やってみますってやらなきゃなんないんスよね! 貴方はどうするんです?」
「這イ魚の戦法とケンタウロス族とでは分が悪すぎる。 何とか助太刀せねば!」
跳躍。 捻りの加わった筋肉の爆発で背丈の何倍も飛び上がった蛙の人は乱戦と阿鼻の真っ只中へ消えた。
「“這イ魚”…?」
気掛かりを整理するのを邪魔する様にケンタウロスが鮮血を吹いて倒れ込んで来る。
見渡すと数人のケンタウロスが地に崩れ落ちていた。
地を這い激しく蛇行を繰り返す。 鎧は上方からの攻撃を徹底して防御する構造。
しかし、それよりも目を引いたのは一切の躊躇の無い戦闘姿勢。
優位でありながらも油断も慢心も無く冷淡に冷静に相手を倒す。
一人で数人で、言葉を交わす風でも無いのに恐ろしい連携。
しかし彼らの眼に精気は無く、濁った鈍光で満ちている。
「っヒャア!たまんねェっ!最高だ!」
狗人が魚の突進を全身で止める。
それを背よりケンタウロスが乗り越え、落下する勢いそのままに魚を前両脚で押し潰す。
前屈みのまま剣二刀を鎧と兜の隙間に突き捻り込む。
乱雑に剣を抜くや、小刻みに震える魚体を何処へなりと蹴り飛ばす。
体前面は赤毛の尾にも勝るくらい赤い返り血で染め上げられていた。
「主よ、しかしこのままでは…」
「あぁそうだ、このままではヤベぇってか詰みだ! 退却するしかねェな!」
全く何も知らない俺から見ても凄い。 貪欲なまでの戦闘欲。
他が槍で応戦する中で真っ先に槍を捨て、凡そ騎士というよりも蛮族の戦士の様相で敵を斬り散らす。
「散らばるな!集まって陣形を整えるのだ! 我らはこんな所で終わるわけにはいかんのだ!」
「しかし団長、この場は退却を ──
「えぇい黙れ!命を受けたる騎士が戦いから退くなど ──
数人の護衛に守られた中心、徹底抗戦を指示する団長。
赤い尾が赤い血を散らし護衛を割り、団長の前に出る。
「ここで終わったら間抜けも良いトコだろうが。
こっから先はアンタじゃ無理だと分かったしな」
人生初めての連続の中で興奮した脳が、幻を見せたんだと思った。
兜を被らない頭部で赤髪が踊る
双眸と口端が吊り上る
素早く振り切った一閃
命の脈を斬り開く
悶絶を散らし土埃の中に崩れ落ちた団長の姿が、認識させた。
これは現実なのだ。
「退却だーッ! 数名で固まり東へ疾れ!とにかく走れ!」
赤毛が叫ぶ。 顔は笑っていた。
「人間の方、走りますよ」
狗人に肩を叩かれ、全身の筋肉が騒ぎ立つ。
脱出できるのか!生き延びれるー!
道沿いの、乱戦により群れ壁の薄くなった東を目指して一斉に走り出す。
しかしそれに呼応したのはこちらだけでは無い。
そうはさせじと崖上より数十、両生類の援軍が飛び降りて来た。
先程までとは明らかに規格の違う武具、装備。
「「そこを退けぇーっ!」」
騎士二人が退路を切り開くべく援軍の先頭に突撃をかける。
轟音、地が爆ぜ散る。
今まで地を這っていた彼らの行動を大きく覆す跳躍。
分厚い鋼刃の鉈の様な二刀流が、突撃したケンタウロス二人の首を刎ね飛ばす。
「ヤマバミぃいいいーーっっ!!」
後方、まだ続く乱戦の中からあがった声。 荒ぶってはいるがそれは間違いなく、
蛙の人の声だ。
鉈を翼の様に広げ着地したのは大山椒魚を思わせるずんぐりとした体躯。
防具はくすんだ青色の胴巻きのみ。
そこに宙から槍を直下に構え落下してくる蛙の人。
穂先を重ねた鉈の刃身で防ぐや、そのまま強引に押し飛ばす。
「もうやめるのだ、戦いなど! 戦は終わり、我らは乙姫様に救われたのだ。
もう武器も戦いも無くてよいのだぞ…」
「ウぁぅ…ぶダぃ…ちょ… ヴぁぁアあぁアーーーッっ!!」
何かを斬り消すが如く力任せに鉈を振り下ろし地を砕く。
咆哮の次に降りて来た援軍が一斉に動き出す。
槍を横薙ぎ、飛び掛る一陣を払い落とすと遠心力そのままに二陣目に蹴りを見舞い飛び退く。
「よォ、このまま行くとアイツら全員倒しちまうが…構わんよな?」
隣に着地した蛙の人に赤毛が念押しする。 既に剣を構えて。
「…」
答えを渋った蛙の人を一瞥し、剣の切っ先を東へと掲げた。
── 瞬間
上空より降り注ぐ火球の雨霰。 落下に合わせて大量の小炎を撒き散らす。
よく見ると粘性の高い油の様な液体が燃え盛る布の塊から溢れ弾けているのだ。
「見よ!教主の御言葉通り、今日この場に蠢く世に害なす者共がいるのを!」
今度は赤い集団が逆側の崖上に現れた。
服装が赤い。 肌を赤く塗っている。 兎に角赤い。
「さぁ皆の者!世の害を燃やし清める時! 聖なる火祭である!」
下からでも燃え盛り踊り狂う火精の一団が見て取れた。
ってそんなの見上げている場合じゃない!
あっという間に炎に包まれた辺り一帯。 見れば魚の一団も相当混乱している様子だった。
「主よ、今の内に」
「よし!炎に乗じて突っ切るぞ! 襲ってくる奴以外は構うな、疾れ!」
先陣を切り赤毛が炎を裂いて飛び出す。
「俺達も早くここから ──
一人動こうとしない蛙の人に声を掛けるも、
「どうやら一緒の旅もここまでのようだ… 短い間だが楽しかったよ」
「とりあえず次の町まで ──
「ありがとう。 しかしこの広い新天地、次にあいつらと会えるとも限らない。
今を逃す訳にはいかないのだ…」
蛙の人は、後方、崖を這い上がる山椒魚達を見やる。
「…大切な事なんでしょう?仕方が無いですよ!」
「あぁ、過酷な訓練と苛烈な戦場に耐え切れずに逃げ出したが、
それはあいつらが壊れてしまったから… そんな仲間に私がしてやれるのは…」
「俺、東へ行きます。
名前、歯衣 渡(はごろ わたる)です。 次会ったらまたよろしくお願いします!」
「…酔狂ですな。
トバリと呼んで下され。 次があればその時は心行くまで付き合いましょう」
笑顔は最初に出会った頃、頭に水気を湿らせた時のものだった。
残った狗人と共に駆け出す後ろで、トバリは炎の向こう側へ跳び消えていった。
遠くに小さくまだ燃えるのを眺め、胸を撫で下ろす一団。
ケンタウロスも十余人程、狗人も四人になっていた。
「という事で、だ。 俺は団長を斬ったんだが。
これより先、戦いと国よりの命を追える奴だけついて来てくれ。
できない者はここで別れて国でも何でも好きなとこへ行ってくれ」
赤毛、いきなりの告白にどよめくも、すぐに全員が立ち上がり剣を槍を掲げる。
「求めるが故に…征(い)かれますか、主よ」
「おうよ。 新天地…たまんねェな!」
直に町も見えてくると、供のいなくなった俺の肩を狗人が慰めるように叩いた。
異世界に来て初めての、初めての別れ。
これからの人生の中で、俺は何度こういう体験ができるのだろうか。
町へ向けて進みだした列の中で、もう一度トバリの笑顔を思い出した。
ぞくりとした 違和感 何だ 周囲の彼らの目 微かに濁っていた 様に見えた
初めての仲間との初めての別れ
しかしまだ新天地の旅は始まったばかりと言えよう
- いきなりハードな展開ですか?仲間になったと思ったらもう抜けちゃったじゃないですかー -- (とっしー) 2012-09-25 12:35:23
- 平和から逃れる者の漂着地になっているのか新天地 -- (名無しさん) 2012-09-28 15:59:00
- 何にも縛られずに力を存分に奮える国が新天地だけになったんじゃないの? -- (としあき) 2012-09-28 20:57:49
- 最後の一行が怖い -- (名無しさん) 2012-10-30 19:56:31
- 新天地には弱肉強食の世界を求めてやってくる者が多いのだろうか -- (名無しさん) 2013-02-08 00:49:39
- 平和が訪れた世で産まれた世代がより戦いの才能を持ったというのはなんとも皮肉ですね。戦いの中での出会いと別れの繰り返しは新天地にどのような風を吹かせるのだろうか -- (名無しさん) 2015-02-08 17:27:00
最終更新:2013年03月26日 00:15