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【月光の落ちる窓辺で】

 ミズハミシマの田園風景を撮りたくてうろうろしていたら、気がつくと宿もない田舎の
ど真ん中で日がすっかり落ちてしまった。都会派の俺には未経験なレベルの夕闇で、正直
ちょっとビビっている。
 くそう、全部夕日に映えるここの棚田が悪いんだ。あと一枚あと一枚と思ってるうちに
こんな真っ暗に……訂正、やっぱり無計画な俺が悪い。
「なあ、お前宿とか…」
《しらなーい》
「ですよねー」
 幸いだったのは、カメラのフラッシュに興味を惹かれて寄ってきた光精霊とかいうのを
ひとり、臨時助手にしていたことだ。助手といっても照明とかレフ板がわりにうろついて
光源になってもらうだけの簡単なお仕事なんだけど。
 ちなみに契約料は荷物に入ってたボタン電池一個。なぜかすごく欲しがったのでものの
ためしに渡してみたら、精霊は即ぱくっと飲み込んだ。毒だ吐き出せと焦る俺を尻目に、
なぜかそれまでよりぴかぴかとよく光るようになった。さすが精霊、よくわからん存在だ。
 まあともかく、この助手君のおかげでちゃちなペンライトをたよりにおっかなびっくり
夜道を歩かずにすみそうなのはまったく不幸中の幸いだろう。
 あとは宿だが……最悪野宿かなぁ。

「おんや旅人さん、どうされたかね?」
 もそもそとカ○リーメイトを齧りながら(これも精霊が欲しがったので半かけやった)
今夜の野宿場所を見繕っていたら、リクガメっぽいヒトに声をかけられた。
「ほうほう、宿をさがしておられたか。そりゃあお困りじゃろうのう」
《あはは、こまってたー》
 合いの手を入れる精霊に笑いごとじゃないよとジト目を送る俺。その様子にリクガメ風
のおじさん(話し方からするとお爺さん?)も朗らかに笑うと、
「よければ、うちに泊まっていかれんかな」
 と言ってくださった。おじさん、あなたは天使だ。

 案内されたのは平屋ながらお屋敷と呼んでいい立派な建物だった。
 通されたお座敷もなにやら豪奢なつくりで、場違いな空間にただ圧倒されてしまった。
「なに、龍神様の御住まいに比べればほんの兎小屋ですわい」
 そういってからからと笑うおじさんを前にただ気の抜けたように頷く俺。もしかして、
村長さんとか領主さまとかそういった類のえらーいおじさまだったのでしょうか。そんな
お方のお住まいに気軽にほいほい泊っちゃっていいんだろうか…。
「お若い方々はみな龍神様のお膝元でもある水底の都に行ってしまわれるので、こうして
わざわざ陸(おか)を訪れられるお客人というのは珍しゅうございましてなぁ。せっかく
龍神様より“客人は手厚くもてなすべし”との勅令を賜ったというに、少々寂しい思いを
味わっておりましたのじゃ」
 まあ物珍しい方に人が流れるのは致し方ありませんのう、と呟くおじさんは何処となく
哀愁を漂わせていた。おじさんファイトだ…。
 とりあえず泊めてくれるのは神様命令のおかげってことか。そういうことがあるのなら
ひとまず安心……しちゃっていいのかなぁ。

 遅い夕食とお風呂までしっかりいただいてしまい、湯上がりに通された客間にはすでに
布団が敷かれていた。なんだかほんとに旅館に泊ってるみたいだな。
 ちゃっかり布団の上を占領している光精霊に溜め息をつきつつふっと窓の外を見れば、
きれいな月が見えた。宿探ししてる間は月を見上げるなんて余裕なかったけど、こちらの
月も落ち着いて眺めればなかなかきれいなものだ。
 よしと思い立った俺はしまっていたカメラを取り出すと、窓に切り取られた夜空の月を
撮ろうとファインダーを覗いた。
 月に吸い込まれるような気持ちでシャッターを下ろそうとした瞬間、窓の縁になにかの
影がひょいと現れた。あれ?と思うのとシャッターが下りたのはほぼ同時で、窓辺の影は
シャッター音に驚いたらしくすとんと下に消え、どべちゃっという音と「ぴ!?」という
情けない悲鳴がした。
 怖いとかどうとかよりもその情けない悲鳴をあげた相手が心配になった俺は、仕方なく
カメラを畳に置いて立ち上がり、縁側に出てその窓の真下を覗き込んだ。
 ぶつけたらしい額をおさえてうずくまってるのは、食事を運んだりお風呂に案内したり
してくれた仲居さん……もとい、ここの使用人さんだった。蜥蜴の類のヒトで、多分女性。
「あの……大丈夫ですか?」
 恐る恐る話しかけると、使用人さんはぺこぺことお辞儀をして無事であることを主張し、
そそくさとその場を立ち去ろうとした。そして、こちらに注意を払いすぎた為に別の段差
に足をとられ、転んだ。
「ぴっ!?」
 また悲鳴。ナニこの子、ダメっ子ですか。

 転んだときに擦り剥いていたようなので、結局客間に連れてきて手当てをしてあげた。
手当てをして分かったのだが、この子はとてもきれいな白い鱗肌をしていた。ワケもなく
ドキドキしてしまいとりあえず治療に専念する俺。
「で、あそこで何してたんですか」
 応急処置が大体終わったところで単刀直入に聞いてみると、使用人さんは俺に預けてる
方とは逆の手でしどろもどろに何かのジェスチャーを試みた後、観念したように消え入り
そうな声で囁いた。
「た、旅人さんをおもてなしするのは初めてだったので、気になって…」
 この場合の“旅人さん”には、「地球からの訪問者」というニュアンスが含まれている
らしいことを親切な神様の加護が教えてくれた。まあそうだろうな、手際のよさからして
新米って感じじゃなかったし……さっきのアレは別として。
「……そんなに来ないの?」
「私がこちらのお屋敷にご奉公したここ十年間では、旅人さんが初めてのはずです」
 なにそれ切ない。さっきのおじさんの肩を落とした様子を思い出し、目頭が熱くなった。
「えっと…やっぱり向こうの話とかした方がいい?」
「えっ、その、そんな…旅人さんもお疲れでしょうし…」
「気にしないでいいよ、いまも暇だったから月でも撮ろうかとしてたところだから」
「月を…捕まえるんですか?」
 ああ、こっちには“撮影”という概念がないのでいまいち伝わらなかったらしい。
「んー、つまりね」
 ごそごそと荷物をあさってポラロイドカメラを取り出し、ちょっとごめんねーと断って
シャッターを切った。シャッター音に驚いてまたびくっとなった使用人さんに、べろっと
出てきた写真をほいと渡す。
「この機械は、こうやって今見ている景色を記録するためのものなんだ」
 じんわり浮き出てきた自分のびっくり顔の写真を見てそれ以上に驚いた表情になるのを
観察し、噴出さないよう我慢しながら説明する。
 使用人さんの目が写真とこっちの顔を何度も往復し、それから恐る恐るこう切り出した。
「あの……この絵は、いただいてもよろしいのでしょうか」
「? うん、別にいいよ」
 その一言に、それまで控えめに縮こまっていた使用人さんの全身が歓喜に打ち震えた、
ような気がした。
「ありがとうございます旅人さん。これ、大切にします」
 おそらく彼女目一杯の笑顔を浮かべた使用人さんの感謝に、思わず赤くなってしまった。
 やばい、この子かわいいかもしれない。

「えっと、不躾なんだけどさ、君の名前って聞いてもいいかな」
「あ、はい。ゲッコウと申しますが」
 俺の突然の言葉に、彼女はきょとんとしながらも律儀に答えてくれた。
 ゲッコウ……月光か、なるほど。彼女の白い肌によく似合ってるいい名前だ。
「すごくいい名前だね。あ、俺の名前は……」

 言い方は悪いんだけど。
 「残り物に福がある」って、ある種の真理なんじゃないかと俺はその時考えていた。

 つづく

  • 最近読みなおす機会があったので米る。月光さんはドジっ子ってよりかはどちらかというとテンパり屋さんかな?(とても小さな声で「アシュギーネとか知らんわおっさん!」) -- (名無しのとしあき) 2011-09-12 05:14:08
  • 光精霊ちゃんアホ可愛い。ゲッコウさんダメっ子可愛い。何より「ぴっ!?」という鳴き声が可愛い。 -- (名無しさん) 2012-03-26 23:26:43
  • 読む前に11スレにて“ゲッコー=ヤモリ”と知って成る程上手いと思い開いた。 前出にある海都とは変わって牧歌的なおにぎり山の宿屋な空気でまったり。 出てくるキャラ数は少ないが、亜人の人外度合いや精霊の大きさなどは読み手十人十色になっていそうだ -- (名無しさん) 2012-03-27 23:36:39
  • 読みやすいけどオチ微妙 -- (名無しさん) 2012-03-28 03:25:20
  • 精霊との旅や異種族が切り盛りする宿で宿泊とかは楽しそうで憧れます。地球の道具の使い方を知らない異種族との問答もならではですね。 -- (ROM) 2013-02-20 15:37:47
  • ゲッコウさんは何かほっとけない。面倒見てあげたくなる -- (名無しさん) 2013-03-09 20:26:05
  • いい出会い。でも気になったら窓の外から覗いてくるのか… -- (名無しさん) 2014-02-01 00:08:43
  • 団体客がやってきたりとかもあるのかな?宿の大きさが気になる泊まってみたい -- (名無しさん) 2015-08-21 00:12:43
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最終更新:2013年03月27日 19:44