【日向の岬でつかまえて】

 俺のミズハミシマ滞在は、リクガメ風のおじさま改めツキヤマさんのおかげで予想外に
長く、それでいて快適なものとなっていた。
 一宿一飯の礼に、手持ちのフィルムを全部この島のPR用に使い切ろうと思うと伝えた
俺に対し、ツキヤマさんは感涙にむせびながら撮影が終わるまでツキヤマ邸の一室を俺に
貸し与え、食事まで無償で提供すると言ってくださったのだ。
 勿論感謝はしてるんだけど、思いつきと下心で言ったことにそこまで感激されると正直
罪悪感が芽生えてしまう。おじさん、ねずみ講とかに騙されちゃダメだからな…。

 で、俺がなぜミズハ最大の観光地である水没都市に向かう予定を潰してまでこの小島に
残り続けているかといえば、答えは至極かんたんであった。
「セージさん、お待たせしました」
 お弁当包みを持った月光さんが俺の名を呼び、ぱたぱたと駆けてくる。
「や、どうも毎日すみません」
「いいえ、毎日とても楽しいですから」
 微笑む月光さんに先導され、今日の撮影場所に向かう。
 ツキヤマさんのはからいで、月光さんはこの島での俺の案内役になってくれていた。
 彼女はここに奉公して長いので島のことは大体わかっているし、目印の少ない田舎道で
また俺が迷ってしまうことも危惧されたのだろう。俺にとっても願ったり叶ったりだった。
《セージ、へんなかおー》
「お前にゃ負けるよ」
 俺のにやけ顔を茶化すように頬をむにーっと引っ張る光精霊に軽口を返す。
 まあ、結局そういうことだ。俺はこうして月光さんとデートを楽しむためにあんな提案
をしたのである。まさかこうして毎日ご一緒できるようなお膳立てを整えてもらえるとは
正直思ってなかったが。
「…もしかして見透かされてたかな」
「? どうかされましたか?」
「いや、なんでも」
 不思議そうに振り返る月光さんを適当にごまかし、俺はゆっくり予定の場所を目指した。

 初日に俺が夢中になって撮りまくった海を臨む棚田も勿論だが、この島は実に風光明媚
で撮影場所には困らなかった。月光さんとのデートの口実を維持するには、意識しないと
あっという間にフィルムを使い切ってしまいそうだった。

「こちらが、かつて龍神シマハミスサノタツミノミコト様が荒ぶる神であらせられた頃に
ひと時休まれるため籠もられたという言い伝えの残るミユキ洞です」
「うわ、入り口から既にでけぇ…」
 洞内からは清廉な空気が流れ出し、周囲には外の暑気が洞窟からの冷気で冷やされてか
濃密な霧が立ち込めてなんとも幽玄な雰囲気を演出していた。
「無闇に支洞に入らなければ、中もさほど危険なところはありません。入ってみます?」
「あーいや、やめときます…」
 危険でないといってもどんな生き物がいるかわからないし、滑って機材ダメにしたくも
ないなあ。とりあえず入り口の撮影だけして次に向かう。
《根性なしー?》
「慎重だって言いなさい」

「こちらはこの島を拠点に近海を荒らしまわった鬼たちが根城としていた砦の跡ですね。
ツキヤマさまの先々代が討伐を命じられた際、鬼たちとのさいころの勝負で見事蛇の目を
当てて追い出すことに成功したと伝えられています。…実はさいころには細工がしてあり
いかさま勝負だったそうですけどね」
「ひでー話」
「ふふっ、そうですね」

「うまっ、月光さん料理も上手なんすね」
「あ、ありがとうございます」
「景色のいいところで弁当ひろげて食べるなんて、何年ぶりかなー…」
「天気のいい日には、この岬から遠くスラヴィアの地がうっすらと見えるんですよ。もし
夜だったらここから《地上の太陽》が見えることもあるんです」
「《地上の太陽》って?」
「スラヴィア建国の大戦(おおいくさ)、大敗して船で敗走するミズハの兵たちに追撃の
手が伸びた際に、おしのびで参戦していらっしゃったラ・ムールの金獅子王が自らの命と
引き換えに太陽神のお力を地上に顕現して助けてくださったそうです。それ以来ミズハを
臨む岬には二つ目の太陽が生まれ、灯台のごとく船乗りの行く手を照らしているとか」
《しってるしってる、すっごいあかるいんだよーあれ》
「へー…」

 楽しい時間というものは本当に飛ぶようにすぎていく。
 気づけば、手持ちのフィルムの残量は最後の一枚となっていた。
「名残惜しいが、こいつで最後か…」
「そうですね…えっと、あの…」
「ん、なに月光さん?」
「またいつか…写真を撮りにきてくださいますか?」
 少し寂しそうにそうたずねる月光さんに、俺はなんだか胸がいっぱいになった。
「次は、月光さんに会いに来る」
「えっ…!」
「あ、いや…かな」
 勢いでえらいことを言ってしまった。謝って言い直そうかと思う俺の前で、月光さんの
白い膚がうっすら桜色に染まり、首が小さく横に振られた。それって、つまり…。
「また、会いに来てください……待ってます」
 無言でうなずく俺。今度は俺も真っ赤になった。
「え、えっと! それじゃ、最後の一枚なに撮ろっかなー!」
 気恥ずかしさからつい大声でどうでもいいことを宣言してしまう。
《あ、そういえばボクとってもらってないー》
 さっきまで赤くなってうつむく俺らをによによと眺めていた光精霊が、ふとそんな事を
言い出す。そういえばそうか、ってちょっと待てよ。
「お前らって写真に写るの?」
《しらなーい》
「知らないってお前…」
 精霊ってのは俺が認識できてるこいつ以外にもそこらにわらわらいるようなものの筈だ。
もしそれが写真にばっちり写るものだったら、それこそ心霊写真撮り放題みたいなことに
なってるんじゃないのか?
《もー、いいからやってみようよー。おとこは度胸! なんでもやってみるのさ!》
「おいこら、どっから仕入れたそのセリフ」
「あの、なんでしたら私も一緒に写りますから」
 俺と光精霊のやりとりを苦笑しながら見ていた月光さんが助け舟を出す。そうか、仮に
こいつが写らなくても月光さん単独の写真ってことにできるなら問題ないな。
「あーすみません、じゃあお願いします。ほれ、月光さんの隣に並べ」
《わーい♪》
 嬉々として月光さんに抱きついてピースする光精霊。だからほんとどっから仕入れてん
だよそういう知識。やれやれと思いつつ、肩の力は抜けた。
「はい、撮るよー」
《はいっ ちぇだーっ♪》
 苦笑しつつシャッターを下ろす。
 いつもの聞き慣れたシャッター音がして、



 光精霊は消えた。





 精霊ってのはよくわからん連中だ。
 興味をもってほいほいついてきたかと思えば、急に消えちまうこともある。

 手の中のボタン電池をころがしつつ、荷造りの済んですっきりした部屋の中を見渡す。
 とりあえず気持ちの整理をつけるため一泊させてもらったが、やることが終わった以上
ここにはもういられないのだ。ボタン電池を懐にしまうと、しばらく世話になった部屋に
軽く頭を下げた。

 あいつの消えたあとには驚き立ち尽くす月光さんと、あいつの飲み込んだボタン電池が
転がっていた。チェッカーで見たら電池残量はきれいに空っぽになっていた。契約の通り
電池が切れるまでの付き合いだったのか、と思うのもこっちの自由だが、俺の頭の中では
それよりも悪い考えがぐるぐると回り続ける。
 もしかしたら、俺はあいつを…。
「心配いりませんよ」
 しょげる俺に、月光さんは別れ際そういって微笑んだ。精霊との日常的な係わり合いが
多い彼女の方がこういうことはわかってるのかもしれない。それでも俺の胸は晴れぬまま、
なんとなくしこりの残る別れになってしまった。残念至極だ。

 地球に帰り、現像作業をしても、やっぱりネガには月光さんしか写ってはいなかった。
 暗室の中、深々とため息をつく。助手としてはたいして役に立たなかったが、あいつの
騒がしさは随分俺の励みになってたんだなと振り返る。
 しかし、どうしてあいつは消えちまったんだろう。月光さんも消えるのを目撃していた
以上、ただ俺に見えなくなったんじゃなくいなくなったというのは多分間違いない。ただ
写真に撮っただけだっていうのに…。

 『月を…捕まえるんですか?』

 不意に、月光さんとのいつかの会話が脳裏をひらめいた。
 いや、まさかな……だけど、うーん…。
 俺はしばし悩んだ挙句、ネガから写真に現像してみることにした。
 これが正解だとしたら、まったく人騒がせなやつだと思いながら。



 その二日後、ツキヤマ邸に一人の蟲人が訪ねてきた。
「こちらのゲッコウさまに、地球のヨシカワ セイジさまより電報です」
「電報?」
 訝しげに首を傾げつつ、ゲッコウは蟲人より便りを受け取る。
 内容を一読するや、ゲッコウは頬をほころばせた。

  写真を現像して 満タンのボタン電池をちらつかせたら あの馬鹿が出てきました
  撮影したときに あの場の光と一緒に 誤ってフィルムに取り込まれていた模様
  今度訪ねるときにでも 一緒に連れて行きます


 <前回の話


  • 微笑ましいというか恐るべき鈍感というか思わずニヤニヤしてしまうキャラ関係 -- (としあき) 2012-09-20 23:31:18
  • 空想慣れしている日本人は異世界でどんな相手にも分け隔てなく自然に接することができそうだなーこれはもてても仕方が無いわ -- (tosy) 2012-09-21 22:07:27
  • 広げ方とまとめ方が光る連作なので次をどうしても期待してしまう -- (名無しさん) 2012-09-22 00:55:34
  • 微笑ましい旅先の様子と国にまつわる名所歴史の紹介が自然に流れていくのがきれいでした。再開を約束したセイジですが今回の宿泊や滞在の費用はそこそこの金額になっているのではとふと思いました -- (名無しさん) 2013-07-07 19:13:58
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最終更新:2013年03月27日 19:47