【芦原瑠奈と蛇-壱-】

諸注意

 本稿においては、躍字に関して多分に独自設定を含みます。
 便利道具と化しているなという自覚はございますが、ご容赦ください。

あらすじ

 アタシの名前は、芦原瑠奈《あしはら るな》。
 十津那学園高等部2年、麗しきは罪な金髪碧眼の1万飛んで17歳なミラクル美少女。
 黒のブレザーから覗く真白なワイシャツ、そして胸元を流れる深紅のネクタイがスタイリッシュポイント。
 ミニスカと白黒ストライプのハイソックスからなる魅惑の絶対領域がフェロモン全開。
 そんなアタシはたまたま見つけた不思議BOOKの所為で、悪仙封じに奔走する毎日。

『いまだ収穫はゼロだがな』

 あーあー聞こえませーん。

【芦原瑠奈と蛇-壱-】

 校内に仙人が潜んでいるかもしれない。瑠奈がその事実を知ったのはつい今朝の事だった。
 雲一つない快晴の朝。十津那学園の校門は、いつもの如く大勢の生徒でごった返していた。
 灰色の地面を進む学生の中に、眠そうに半目を開けてボーっと歩く女子生徒、芦原瑠奈がいる。
 大口を開けてあくびをしながら、いざ校門をくぐろうという時だった。

「―っ!」

 バナナの皮を踏んだように転ぶ瑠奈。景色が突然、空色一色に染まる。
 カバンを叩きつけた直後、硬いコンクリートの地面に後頭部が叩きつけられ、視界は一瞬ノイズに包まれた。
 もだえるようにゴロゴロと転がりながら言葉にならない奇声を上げる。
 その横をスタスタと横切る人物がいた。背丈に合わない白衣を着用し、巨大な人形をお供に携えた女ノーム
 ユッコ・ベルテは瑠奈を尻目に、馬鹿を見る目つきで言い放った。

「そんな何もない所で転ぶやつが――」

 言葉の途中、足を取られるようにして前のめりに地面に打ち付けられるユッコ。景色が突然、灰色に染まる。
 こうして保健室のベッドは、朝から二名の患者に占領されることとなった。



「絶対に許さないよ!」
「あんでアタシに言うのよ! バカユッコが勝手に転んだんでしょーが!」
「誰がバカだ! クルスベルグの"ぎじつ力"で痛い目みせてやろうか!」
「へー。翻訳の加護って舌足らずな言葉もキチンとそれっぽく翻訳されるんだな」

 幸いなことに保健の教師は朝の会議に出ているため、うるさいということ以外はどれだけ騒がれても問題は無かった。
 保健室のベッドの上でわめき散らす二人を余所に、取材に来た鳩村は窓際の椅子に座り淡々とメモを取っている。
 近ごろ学園内で珍妙な事件が多いため、記事にしろと守矢先輩からの指示があったのだ。
 無論そのほとんどが根も葉もない噂や勘違いの類なのだが、今朝の転倒事件は珍妙だと思えたためにこの場に居る。

「それで、あんな何もない所で派手に転んだ理由に心当たりは? えー、じゃあ芦原から」
「ない!」
「次ユッコ」
「コイツが私の白衣を引っ張ったからだ!」
「引っ張ってねっつの!」
「お前なー!」
「あによー!」

 あわや殴り合いという剣幕の二人を意に介さず、鳩村は考え事をしていた。
 何もないコンクリートの地面で、人がバナナの皮を踏んだように転ぶものだろうか。
 雨でも降っていれば話は別かも知れないが、今日は晴天そのものだった。
 まともな答えが返ってこないと分かった上で、鳩村は疑問を口に出してみる。

「しかしつまづいて転ぶならまだ分かるけど、雨でもないのに滑って転ぶって有り得るのか?」
「コイツなら有り得る。なぜならコイツはバカだからだ」

 再び待ったなしの罵り合いが展開される保健室。
 二人の口喧嘩を右から左に流しつつ、立ち上がった鳩村は窓を開けた。
 持ち前のカメラを構え、ファインダー越しに校門を覗き見る。すでに登校時間を過ぎた門に人影は無い。
 流れる雲さえない晴れ晴れとした天気の中、堂々とそびえる校門は中々に写り映えする風景だった。
 この二人からは特にネタになることも聞けないだろうし、現場写真という形で適当に一枚撮っておこうか。
 そう考えてカメラのシャッターを切ろうとした時、鳩村の視界を黒いものが塗りつぶした。

「ん? 何だ?」

 顔を上げてみれば、カメラの前方でひらひらと見慣れぬ文字の羅列が浮かんでいる。
 揺らめく文字列は宙を漂い、風に吹かれるようにして保健室の窓辺へ運ばれてきた。
 これは何かと鳩村が興味深げに右手を伸ばした時だった。
 文字に触れるか触れないかの所で、鳩村は大声を上げて手を引っ込める。

「熱っ! 何だこれ! 痛ぇ!」
「大丈夫か鳩村? バカ瑠奈のバカウィルスにでも感染したか? っていうか何だアレは」
「バカユッコのバカウィルスでしょ。っていうかアレって……あーヤな予感」
「いや本当に熱いんだってあの……文字? 何て言うか、ストーブの金属部分に触った感じ?
 嘘だと思って触らない方がいいぞ。それ本当に火傷する。いってー……水で冷やさないと」

 保健室に備えられた水道で指先を冷やす鳩村。
 その様子を見たユッコは好奇心に駆られ、文字の傍に近寄りぽんと手で触れた。
 一瞬、熱した鉄板で肉が焼ける音がしたかと思うと、ユッコの叫び声が保健室を揺るがした。

「のあー! 私のこの手が真っ赤に燃えるぅ! 鳩村を倒せと、轟き叫ぶぅ!」
「なんでだよ」
「熱いなら熱いって言えよ鳩村ー!」
「言ったよ」
「注意しろよ鳩村ー!」
「注意したよ」
「何とかしろよ瑠奈ー!」
「とりあえず水道で冷やしなさいよ。せっかく二本あるんだからさ」

 ユッコと鳩村がせっせと手を水で冷やしている間、瑠奈はこっそりと自分のバッグから本を取り出す。
 小声でひそひそと本に話しかけると、それに応じるようにして達筆な字が浮かび上がった。

「あれ何? 悪仙?」
『躍字だ。悪仙ではない、純然たる躍字だ』
「躍字って単なる喋る文字でしょ? なんで触ると熱いのよ」
『……』
「おいこら」
『すまないが、それに関して答えることは出来ない。
 ……瑠奈が仙人を志す者であったなら伝えて良いのかもしれんが。いや忘れろ』

 そう書き終えた本は紙面を白紙に戻し、ずらずらと別の文字を羅列し始めた。
 普段と変わらぬ達筆な字のどこかに僅かな歪みが生じる。

「ふーん。アンタも悩み事とかあるもんなのねー」
『まぁな』

 一瞬記述は止まり、再び淀みなく見えない筆が走る。
 見開きの紙面を黒く塗りつぶし終えた所で筆は止まり、瑠奈はぺらりと紙をめくった。

『さて問題はここからだな。このまま私が適当にあれを取り込んでも良い。
 だがこれからの悪仙封じを考えると、出来れば瑠奈に何とかしてもらった方が良い』
「アタシは別にいいけど、あの二人に見られたりしても大丈夫なワケ?」
『構わんさ。あの二人は悪仙に与しているようには見えんしな』
「……はぁ」

 目線を天井へ数秒向けた後、どっと出たため息と共に視線と肩を落とす。
 目に見えないが確かに存在するものが、それとばかりに瑠奈に伸し掛かった
 ため息に気づいたユッコが声をかける。

「どーしたバカ瑠奈。何だその本は?」

 一度本を閉じ、瞼を下ろして胸を張り大きく息を吸い込む。
 腹に溜まった空気を一気に吐き出し、再び本を開いた。

「アタシだって悩み事くらいあんのよ。あとこれは今度のテストで使うカンペ」
「そんなバカでかいカンニングペーパーなどあるものか」
『今回はあの躍字を取り込んでもらう。やり方はいたって単純、先ほど私が書き連ねた躍字を使うだけだ。
 瑠奈、先ほどの紙面を開いて片手を置け』

 言われるがまま紙面を戻し、黒く塗り潰された紙に右手を押し当てる。
 すると紙面の文字が蟲の大群のごとく瑠奈の腕へと登り始めた。
 蟻とも毛虫とも違う気色の悪い感覚に思わず顔がひきつる。

「……ほー、随分と面白いカンペだな瑠奈。どこで手に入れたか後で私に教えろ」
「どうした二人とも……って芦原どうした!? 腕が真っ黒だぞ!?」
「中々イカしたカンペでしょ? 後で二人には見せてあげてもいいわよ」
『次にそれであの躍字を掴んでもらう。火傷するかもしれんが、最終的には元通りになるから安心して掴め』

 ひきつった顔で瑠奈はにやりと笑って見せる。
 その様子を見たユッコは舌打ちをし、この状況を見た鳩村は無意識にカメラを構えた。
 ひらひらと宙をはためく文字列に、どす黒く染まった手を差し伸べる瑠奈。
 触れるか触れないかの位置で感じる熱波に焼かれ、蟲がぽろぽろと死に落ちていく。
 熱した鉄板で肉が焼ける音が保健室に響いた。

「おいバカ瑠奈。水でもぶっかけるか」
「代わりの服が無いのにやるわけ無いでしょバカユッコ。
 っていうかこういう会話のキャッチボールやってる隙にアタシの手が燃えていくんだけど」
「ユッコ。とりあえず外野はボールが飛んでくるまで待機だ。けどフライを撮る気は無いから三振で頼むぞ芦原」
『さて躍字を取り込むぞ。意識が木っ端微塵にならんよう保っておけ』

 突然左目が勝手にうごめいたかと思うと、瑠奈は頭の中へ手を差し込まれたような感覚に陥った。
 ぐにゃりと曲がる現実と引き換えに、脳裏に浮かぶ異様な光景が現実に置き換わっていく。
 目の前には無数の蛇が煩雑な絡まり方をした群体。そこから這い出た一匹の蛇が瑠奈の方へと視線を向ける。
 意識の奥からずりずりと這いずりながら近寄り、そして右腕にぐるりと絡みついた。
 骨を折らんとするほどの強烈な締め付けに、瑠奈は力を込めて抵抗する。
 蛇が躍字を握った手の中へ頭を入れようとするが、握りしめられた拳は硬くとても潜り込めそうにない。
 すると蛇は大口を開け、瑠奈の手首に咬みついた。ずぶとい牙が食い込み、黒い血が腕から滴る。
 激痛に目をつむった瑠奈だったが、次に目を開いた時、この世のものとは思えぬものを目の当たりにした。
 ぼたぼたと肌色の液体が落ちている。咬まれた所から毒が広がるようにして皮膚が溶け落ちていた。
 中から現れたのは、骨と肉のかわりに詰まった文字の群衆。蛇はそれらをかき分けて頭を潜り込ませた。
 理解できない痛みが瑠奈を襲う中、蛇はぐいぐいと腕の中を進んでいく。
 手のひらを突き破った蛇は、握りしめられた文字に食らいついた。口元から煙が上げるも微動だにしない。
 そのままごくりと文字を飲み込み、手の内から這いずり出ると再び腕にぐるりと巻き付いた。
 次第に蛇の姿はどろどろと溶け落ち、文字と化した瑠奈の腕に新しい皮膚となって張り付いていく。
 あまりにも異様な光景と耐え難い痛みの連続とで、何とか保っていた瑠奈の意識は急激に薄れていった。


 ――【芦原瑠奈と蛇-弐-】へつづく


  • キャラの動かし方と合わせ方が光っているのと久し振りな蛇神! -- (としあき) 2012-11-22 23:37:23
  • 不思議book蛇神の書的な何かなのだろうか? 躍字って掴みづらいからこうして話に出してくれると参考に出来てとても助かりますね -- (名無しさん) 2012-12-02 22:16:48
  • 会話テンポいい。一癖も二癖もある連中がそれぞれの思惑で動いてる感じ -- (名無しさん) 2012-12-06 20:25:37
  • 冒頭の保健室のやり取りからもう確実に箇所箇所で笑わせてくるのは流石ですね。地球での異世界の力が作用するところも注目したいシリーズですね -- (名無しさん) 2015-05-17 17:38:32
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最終更新:2012年12月02日 23:51