塞王。
延国最大最強の拠点にして、忌まわしい南蛮との闘争で酷く傷つきながらなお威容を維持し続ける鉄壁の要塞。
だが戦うのは最前線の兵士のみではない。
後方には華もなく、ただ生きるに必死な者たちもいるのである。
大延国の食への探訪は今に始まったことではない。
遥か悠久の過去から連なる物語なのである。
なればこそ地獄のような最前線にあっても、食を欠かすことなど有り得ない。
故に食料調達調理専門の輜重部隊が存在したのである。
「タオー!」
今日も今日とて、朝早くから
オーガのディーダに呼び止められる桃楽糸(タオ・ルーシー)。
片田舎の麻春から輜重部隊に配属された狸人の娘である。
部隊に配属されてから早半年が過ぎようとしていたが、持って生まれたドジはすぐに解消されるものではない。
何かと失敗を重ねては周囲の迷惑となり、部隊を仕切るオーガの中年女性ディーダの大目玉をくらっているのだ。
また何か失敗したのだろうか。ルーシーの脳裏に不安がよぎる。
が、ディーダは笑顔でこう言った。
「今日はそんなに仕事も無いから、ちょっと精肉班の方に挨拶に行こうか」
「精肉班って、同じ汰酒錦都に駐留してる?」
「その通り。向こうの方が大規模な工房を抱えてるけどね。
まあ、ウチはウチで移動可能な<カタツムリ>を持ってるけどさ」
ディーダはチラリと後方にそびえる構造物に目をやる。
やや黄色がかったそれは、大延国軍所属の陸上大型船『大龍馬』だ。
半球状の食料工房を引っ張って動く事ができる、言わば動く食の城。
ルーシーは、ほぼ毎日のように遊びに来る塞王狙撃手のリェーレンからその事を聞いた。
ディーダは何故かそれを、カタツムリと呼んでいる。
その形からか、あるいはその速度からだろうか。
「言わなくても連れて来るとは思うけれど、アンにレイシンも呼んでおいで」
「わかりました!大母!」
ルーシーは笑顔で駆けて行った。
アンはタオと同じく麻春から来た狸人の娘で、タオよりも2歳上だ。
そしてハン・レイシンは麻春の町工の娘で、アンと同い年の狐人だ。
3人はそれぞれ別の目的がありつつ、この塞王での部隊に志願したのである。
ディーダと三人娘が向かったのは、同じく汰酒錦都に駐留している精肉班のかまえる拠点だ。
竜車でおよそ四半刻といった所か。
既存の施設を改修して精肉工場にしたらしい。
大龍馬に接続してある食料工房でもある程度の食肉加工は可能なのだが、量に限度がある。
よって現在の方式になったのだと、道すがらディーダが三人に教える。
アンが誰にでもなく言った。
「まあ確かに、肉も大事な栄養源よね。
毎日土麦ばっかりじゃ、お肌カサカサになっちゃうもん」
意地悪くレイシンが返す。
「あっれ~?
美容のために肉は食べないって言ってたのは、誰でしたっけねぇ?
アンさん?ん?」
すかさず言い返すアン。
「アンタじゃないの?」
思わぬ反撃に、狼狽もせずに逆襲するレイシン。
「あぁ?アタシは痩せてっから肉を食ってもいいの。
食っちゃダメなんは、そこの無駄巨乳よ」
二人の応酬を笑いながら見ていたルーシーはここで自分に振られるとは想像もしていなかった。
表情がコロリと変わり、泣きそうになる。
「無駄って・・・そりゃあんまりですよぅ」
胸を両手で隠しながらうめくルーシー。
「巨乳は否定しないのね・・・ルーシー。
そんな娘だったなんて。お姉ちゃん悲しいわ」
ウソ泣きをするアン。
「アン姉さんまで・・・いじめないでくださいよぅ」
「アンタ、案外に苛められ属性あるかもね。
星だ、星。星神様のお導き。試練かもしれんね。あきらめれ」
「レイシンさぁ~ん・・・」
「はいはい、おふざけはそこまで。精肉班に着いたよ」
竜車はギリギリと車軸を鳴らして止まり、三人は精肉班工場の目の前に立った。
遠くに人影が見える。
ずいぶんと大柄の人物だ。
意外にもすばやい身のこなしでこちらに駆け寄ってくる。
「ハレルヤ!ディーダ!
ちょうど良かった。あなたの部署に届け物があるよ」
目の前の浅黒い肌の男は、気さくに話しかけてきた。
年齢は三十そこそこ。髭は無くて、頭もツルツル。
丸顔に太っちょ体形で恐ろしげだけど、目元は優しかった。
ただ、タオには種族の見当がまったくつかなかった。
狸人でも狐人でもない。龍人でもなければ思いつく限りの獣人でもない。
ドニー・ドニーの鬼かと言われても違うだろうし、
クルスベルグの小人にも思えない。
「おっと、ハムナックの坊や。今は別件だよ。
届け物は後でウチに持ってきておくれ」
ハムナックと呼ばれた男は、苦笑しながら答えた。
「三十路の男を捉まえて、坊やは無いでしょうに。
まあ、あなたの経歴に比べれば、私などはまだまだケツにカラのついたヒヨコですけどね。
そう言えば、しばらく鳳の補給が無いな。
さて、大母。後ろの三人のお嬢様方は?」
実はディーダの軍歴は、大延国軍内において相当長い。
軍歴と人柄と才能。その全てを織り成して、部隊全体のディーダへの畏敬の念につながる。
「ウチの班の新入りさね。
このちっちゃくて赤毛クシャクシャで可愛らしいのがルーシーで、
黒髪の大人しそうなクセに元気が溢れてんのがアンで、
で、この生意気そうな割に素直なのがレイシン。
スグに覚えられそうだろぅ?
ウチの班にゃ、何故かこういうクセの強い連中が集まるのさ。
ん~?ハムナック・・・アンタもよくよく顔に出る男だねぇ。
そうだよ、アタシが一番クセが強いからねぇ!」
そう言って、ディーダは豪快に笑い出した。
「これから精肉班の連中に挨拶をして回るから、あんたは晩餐用の肉をウチによこしておいておくれ。
何ならあんたも参加しとくれよ。世話になってるからねぇ」
「それは喜んで」
本当に嬉しそうに男はうなずいた。
一体この男性は何者なのだろう。
名前はどうやら、ハムナックというらしい。
そして、どうやら精肉班の人で、大母と知り合いらしい。
よくわからない。
そこまで考えて、ふとルーシーが視線をそらすと、なにやらレイシンが不服そうな表情をして口をモゴモゴさせている。
やっぱりレイシンも気になっているんだ。
ルーシーは思い切って会話に割り込み、聞いてみる事にした。
「あの・・・大母・・・」
「なんだい?ルーシー」
「私たち、その方のお名前やどんな方なのかをまったくお聞きしていません」
「あぁ、すっかり忘れてたよ」
ポンと手を打ち、少しバツが悪そうにディーダが言った。
それを見て、男はどこかで見かけたような記憶のある優しいまなざしを向け、ルーシー達に話しかける。
ふと思い出す。これは小さい時に自分達に向けられていた、あの優しい族長と一緒の眼差しだ。
「ボクの名はハムナック・ラシード。
実は精肉班班長なんだけどね。
これから何度も顔を合わせると思うよ」
「よろしくお願いします!ハムナックさん!」
少しだけ慌てて、ディーダが付け足す。
「ルーシー、ハムナック『班長』だよ」
ハムナックは、やっぱり優しいまなざしで話す。
「いや、ハムナックさんでいいよ。
軍なのに軍然としてないのが、ウチの部隊の良い所だと思ってるから。
さて、ゆっくり工場を見学してくるといいよ。
と殺場は、見ないほうがいかもしれないけど」
そう言って、ハムナックは奥へと早足で消えていった。
一通り工場内を見学して、工場内で昼食をすませた後、ディーダは用があるからと班長室に行ってしまった。
暇をもてあました三人は言われたのにも関わらず、『と殺場』を見学してしまう。
「いやぁ、凄かったねぇ。
ああまで臓物をブチ撒けるモンだとは思わなかったよ」
意外にもレイシンは平気そうであった。
アンは表情が青ざめ、ルーシーにいたっては、便所から出て来られないでいる。
信じられないものを見るような視線で、アンがレイシンを見ながら言った。
「レイシン・・・あんたよく平気ね」
その言葉を鼻で笑いながらレイシンが言う。
「青ざめるほーがおかしいのよ。
今までどんな面して肉を食ってきたん?
だいたい、麻春だって肉屋は軒を連ねていたでしょうに。
店先で捌いていたの、まったく見てこなかったわけ?」
「あたし、これから一生、毎日お粥でもいいかも」
「だらしないねぇ」
その時、便所からルーシーが出てきた。
顔は青ざめたままだ。
「うぅ・・・お昼ごはん、全部出しちゃった・・・」
「大丈夫?ルーシー」
「はい、アン姉さん。もう平気です」
扉が開き、ディーダも姿を見せる。
「待たせちゃったねぇ。おやおや、待ちくたびれえるかい?
三人ともずいぶんとグッタリしてるじゃないか。
レイシンだけは元気そうだね。まあいいさね。
今夜は穀物班と精肉班で、合同晩餐会をやるよ。
たまにゃあ栄養のあるものを食べないとねぇ。
お腹いっぱい肉を食べようじゃないか。
準備を手伝っておくれよ」
「ウッス!」
「に・・・」
「肉・・・ですか」
準備も終えて、夜もふけて・・・
晩餐会には、想像以上に人が多く集まっていた。
聞けば、塞王部隊の兵士達も寄ってきているんだとか。
向こうではアンが兵士にちょっかいをかけられていたり、あっちではレイシンが築城班にからかわれていたりと様々。
そんな中、ルーシーは一人でフラフラとしていた。
「やっと見つけた!ルーシー!おーい!」
どこかで彼女を呼ぶ声がする。
「そうか、彼女がルーシーか」
振り向くとそこにはリェーレンと、もう一人長身の人物が隣にいた。
どこかで見かけたような・・・
「はじめまして、かな。ルーシー。
俺はイェーズゥ。
リェーレンからは、もう聞いているのかな?」
ブンブンと顔を振るルーシー。
無意識に周囲を見渡す。アン姉さんを呼ばなきゃ!
「ようやく北壁からイェーズゥ隊長もこっちに来られたんだ。
一人じゃ本当に心細かったですよ。隊長。
これでボクも臨時の小隊長役からオサラバって事です。
肩の荷が降りましたよ。
えぇと、ルーシー。
こちらは、イェーズゥ隊長といって、西壁部隊の頃にボクの部隊の隊長だった人。
今回、汰酒錦都の護衛隊の小隊長として、引き抜かれてきたんだ。
輜重隊の総隊長が手を廻したみたいだけど」
「輜重隊の護衛隊ってのは、自分には丁度良いかもしれないよ。実際。
本当は少しノンビリしたかったんだ。
読みたい本も溜まってきたし、書きたい話もいっぱいあるしね」
「書きたい話・・・ですか?それって」
「ここだけの話だよ、ルーシー。
実は俺は、小説家志望なんだ。
戦争が終わって平和になったら、作家になろうと思っている。
いや、それが険しい道なのは理解しているけどね。
そうだ、書きかけのでいいなら、今度ルーシーにも読んでもらいたいな」
小説家!なんて素敵なんだろう!
「ぜひ!」
「うん。今度持ってくるよ」
ふとリェーレンを見ると、なんだか苦々しい表情をしていた。
もしかして、面白くないんだろうか。
「リェーレン、どうしたの?」
「いや、何でも無いよ。
そういえば、精肉班のハムナックには会ったかい?
神知らずのハムナックに」
護衛隊の歓迎会があるらしく、リェーレン達は部隊へ戻ってしまった。
またポツンと一人になったルーシーの元に、
ようやく兵士たちの誘いを振り切ったアンがやってきた。
「イェーズゥさんが来てたの!?
もう、何で呼ばないかな。
自分ばっかりリェーレンくんと仲良くなってさぁ」
「だって、アン姉さんは兵隊さんたちと一緒だったじゃないですか。
それに、リェーレンは関係無いじゃないですか」
「そこらの兵隊なんてどーでもいいのよー!」
「仲良くしてたクセに・・・」
「ちょっとルーシー。
あんた何だか最近レイシンが性格の中に混ざってきたんじゃない?」
「そんな、そんな酷い事を言わないでくださいよぅ」
「まったくだわ。
アタシならもう少し知性を感じさせる物言いをするもの」
「あ、レイシン」
「いつの間に・・・」
「それより、あっちにハムナックのダンナがいたわよ。
絶対高級肉を抱えてるに違いないわ。
はいはい、張り切って行きましょーか」
「あんた、よくも肉なんて食べられるわね」
「アタシの実家は貧乏な町工だったからね。
肉には色々とウラミがあんのよ」
「じゃあ、実家が酒屋さんのわたしは、何にウラミを持てばいいのかなぁ」
「へぇ、ルーシーの実家って、酒屋さんなんだ」
「そうなんですよ、アン姉さん。
品揃えがいいって、評判なんですよ」
「酒屋でも牛乳屋でもいいからさー
早くハムナックのダンナのトコに行こうよー」
ハムナックは宴の輪を離れ、一人でたたずんでいた。
空を見上げている。
満天の星空だ。
「な~に一人寂しくなってんのよー
ハムナックの旦那~、一緒に飲み食いしましょうよ~」
「ご一緒してもよろしいですか?
変なのが一人くっついて来てますけど」
「みんなで食べた方が楽しいですよ。
お酒も持ってきましたし」
「そうだね。皆で食べた方が楽しいかもしれないね」
あらためて4人での晩餐会。
最初は遠慮がちだったが、次第に会話が弾む。
部隊での日常のこと。ここでの生活のこと。
ルーシーたちのまだよく知らない、築城班や護衛部隊の話・・・
ふと、レイシンが質問をした。
「あのさ、旦那。ちょっと気になってんだけどさ。
確か『ハレルヤ』ってのは・・・」
レイシンが何か質問しているが、ルーシーにはその意味は全然わからなかった。
が、ハムナックには通じたようだった。
「ウン。ボクの家族、ご先祖代々で敬っている神様はね。
大延国の金羅聖母じゃないんだよ。
君たちに言ってもわからないかもしれないけど、僕のご先祖は遥か遠くの国から来たんだ。
随分と虐げられて辛くて苦しくて逃げ出して、神のお導きの末にここに来たんだ。
導きの門はもっと遠くの国にあったみたいだけどね。今は大延国さ。
あんまり遠くて神様のお導きも届かないかもしれないけど、寂しくはない。
ご飯も美味しく食べて、この通りのお腹さ!」
ポン、とハムナックは自慢げにお腹を叩いた。
ルーシーがポソリと言った。
「それじゃあ、神様の事を嫌ってるワケじゃないんですね」
ハムナックが顔をあげて言う。
「そうだね。金羅様を嫌っている訳じゃあないんだ。
でもね、やっぱりボクらには、昔から敬う神がいる。
敬う価値がある。祈りを捧げる意味があるってね。
父も母も皆がわかってたんだろうね。
ボクだけが、わからなかったのさ。
でも今は、少しだけわかる気がする。
今更、信心深くなれそうには無いけどね」
黙り込んでいたアンが口を開いた。
「それでいいんじゃないかな。わたしはそう思うよ。
理解しようって思う気持ちが大切なんだと思う」
ずっとしかめっ面をして聞いていたレイシンも、ニヤリとしながら話し始める。
「宗教だの何だのと背負ってるヤツにゃ、ロクなヤツはいないよ。
今だって、おいしそーな肉をサバいてくれてんだから、
きっと間違っちゃいないんだよ。
っつーかさ、いつまでこんなシケった話題を続けんのさ。
せっかくデブが高級な肉を持ってきてくれたんだからさぁ」
「デブって・・・レイシン・・・あんた・・・」
「レイシンさん、それはさすがに」
「アーッハッハッハ!こりゃいいや。まったくだ。
この話はここまで。バーベキューを続けよう!
次は砂竜のモモ肉だよ。人数分あるからね」
「ウッシャ!砂竜キターーー!さすがはダンナ!」
「レイシン!あんたさっきから食べすぎ!
ていうかそれあたしの分だから!」
「これ、すっごく美味しそうですよ?アン姉さん。
食べすぎちゃうかも」
「え~、ルースィーちゃんマジで食いすぎ。太るぞ。
それ以上胸と腹に栄養送ってどーすんのさ。
ダンナと一緒にデブになるん?」
「あう・・・」
「あらあら、レイシンさんも少しは胸に栄養送らないとねぇ。
鉄板胸じゃあまりに貧相ではなくって?」
「うぐ・・・」
「アン姉さんだって、あんまり食べて太ったら兵隊さんに嫌われちゃいますよ」
「男なんてどうだっていいの!
ルーシーこそ、リェーレンに嫌われるよ」
喧々諤々、それでも食は進む彼女たち。
本気になった彼女たちは、まさにドニーのオーガ。
そんな様子に恐れをなしたハムナックは逃走をここるみるが。
ガッシ。レイシンに肩を掴まれる。
「ダンナ。席を立つなぃ。
せっかく穀物班屈指の美貌集団に囲まれてんだし」
「そうよ、ハムナックさん。
そうだ!お酒をつぎますよ!何がいいかな?」
「アン姉さん。これこれ。
じゃーん!実は果実酒を持ってきちゃいました~
こっそり皆で飲んじゃいましょう」
「ルーシー!あんたって娘はもう!
でも今回は許す~!」
「あー、ルースィーちゃんにしては気がきくのね」
「むうう・・・」
逃げ場、無し。
結局宴は、たまたま通りかかったイェーズゥとリェーレンをも巻き込み、朝焼けの時刻まで続いたという。
「イェーズゥさぁぁん・・・むにゃ」
「鉄板胸とか言わないでよぅ・・・気にしてるんだから・・・」
「おかしいな。こんなハズじゃ・・・」
「護衛隊への歓迎会の後でコレとは・・・なかなか辛いな」
「こんなに楽しく飲んだのは久々だ・・・悪くないな・・・」
「あれ?みなさん??」
ちなみに最後まで飲んでいたのは、ルーシー嬢。
酒屋の血筋は、伊達では無かったのだ。
ルーシー勝利の瞬間であった。
- 人の集まる処に食あり。 やはり料理は楽しい。 色々な舞台装置もほんわかしていて良い -- (名無しさん) 2013-04-19 23:03:56
最終更新:2014年08月31日 01:56