時間は少し、ドーラ帝国の九州北部上陸より前後する。
「海保の巡視船が撃沈された!?」
その一報を受け、海上自衛隊佐世保基地の司令部は、ただちに近海を航行中の護衛艦に急行するよう命じたが、それはかなり出遅れた対応だった。
海保も海自も、最初の巡視船「なつい」が攻撃を受けた時に運悪く巡視船の通信設備が破壊されたためにこれを掌握しておらず、
急行した二隻目の巡視船も先の巡視船が船団を追尾中であると考えていたため、同様に攻撃を受けてようやく先の巡視船が撃沈されただろう事、
そして敵船団が火器を有している事を、沈没寸前の二隻目の巡視船からの通信で知ったという形になり、洋上という現場の詳細が伝わらなかったのがこれらの対応の不手際の原因だった。
そして、既に船団は博多湾と北九州港の目の前だ。 今からでは空自のF-2支援戦闘機によるASMの攻撃は難しい。
一旦湾内に入ってしまえば他の船舶や施設が邪魔になり、誤爆の可能性がある。
「まさか、巡視船を撃沈できるほどの武器を木造帆船程度が持っているとはな」
海図を睨みながら口惜しげに海自幹部の一人が呟く。
海保・海自とともにこういった、現地勢力の船舶が領海に侵入し交戦となる事態はある程度予想はしており、対策は練っていたものの、
「相手は帆船程度の技術力の文明、火器を有していても小口径の大砲や旧式の前装式小銃ぐらいではないか」という、甘い見積もりで敵の評価をしていたのは否めなく、
また、いかに数十隻の船団とはいえ、速力でも劣るだろう帆船に現代的な巡視船が遅れを取るとは思っても見なかったのも原因の一つではある。
巡視船の機関砲や、あるいは護衛艦も主砲、もしくは海外任務での海賊対策として調達した12.7ミリ重機関銃で不十分な敵がいると誰が予見しえただろう。
敵を殺すには充分すぎる威力は備えていたはずなのだ。
とはいえ、警告射撃、それで停船しなければ実際に1隻を撃沈すれば、船団のこれ以上の領海への不法侵入を阻止できる、というその予想は外れたのが事実だ。
さらに言えば、海保と海自の組織的な微妙な仲の悪さと、一方が先に急行して対処すれば何かない限りもう一方は出てくるまでもない、という妙な遠慮が結果的に洋上の警戒網に隙を生じたのも否めない。
そして、もう一つ落ち度といえる点があるのを幹部の誰かが指摘して叫んだ。
「そもそもこちらの対馬防備隊がなぜ先に掴めなかった!? 海峡の船舶通行を監視しているはずだろう!」
「木造帆船でもレーダーには映る……領海に侵入した時点でわかるはずだ。 だが、午前4時12分、船団は突如、対馬の目と鼻の先で発見されている。 なんらかの欺瞞手段があると考えるのが妥当だ」
「では目視は? 韓国の海岸線の道路まで見えると豪語する高精度望遠鏡は何も見ていなかったと?」
「そんなわけはあるまい。 船舶に特殊な迷彩でも施す技術でもあるかもしれん」
敵船団の出現の仕方は唐突といえるものだった。
巡視船を破壊できる火器に加え、電子的そして光学的な妨害・欺瞞装備すら持つとなれば敵は事前の想定を超えた、かなり厄介な相手である可能性は大きい。
現在、対馬に駐留している海自対馬防備隊と陸自の対馬防衛隊からも、対馬に敵が上陸している報告が回ってきている。
そして、洋上阻止が叶わずに終わった以上、既に問題は別の所に移行していた。
「湾内での戦闘か……」
付近の海域に展開中だったDDが2隻、DDGが1隻、全速で急行中である。
護衛艦の主砲と防御力ではいかに敵船がロケットランチャーの様な火器を装備していようと木造帆船程度、簡単に片付けられるはずだ。
だが、既に港湾内に入っている敵に発砲すれば、敵味方の流れ弾で港湾施設に被害が及ぶ事は避けられない。
護衛艦の射撃統制システムは百発百中の精度で敵船を破壊するだろう。
だが、敵はそうとは言えないし、こちらとて「不測の事態」が発生しないとは限らない。
戦闘後の港湾の被害を考えると、やや苦しい立場に立たされるのを幹部たちは危惧していた。
それでも上陸した敵を、洋上から挟撃するのは間もなく出動命令の下るであろう陸自の支援のためにも必要である。
しかし、次に入ってきた報告に幹部たちは驚き、思わず机を叩いた者もいた。
「防衛出動が、出ません! 国会審議中の総理に武装勢力による福岡・北九州襲撃の一方が入りましたが、与党は審議を中断して一旦休会、閣僚による対応の検討に入ったと……」
「なんだそれは! 既にどこかの武装勢力による侵略を受けたんだぞ!?」
「政府は何を考えている!」
「……まだ『武装勢力』だ。 相手が国家であると判明した訳ではない。 現行法の解釈上では、テロと見なされる可能性もある。
あるいは何かの行き違いで、衝突を生んだのかもしれない。 あくまで対話で解決すべきだ、
だから、対応を慎重に……内閣のお偉いさんの考えている事は、そんなもんだろう。 だが、そんなものは関係無い。
我々海上自衛隊は、日本の海を守るのが仕事だ。 既に出遅れたが、海上の敵は海自が撃滅する」
既に、陸自も出動する準備を始めているだろうし、空自も市街地や湾内のそれを攻撃できるかは別として、爆装と発進準備だけは進められているだろう。
時空転移が起こった日から、正確には日本が地球で無い世界に飛ばされ、孤立したと判明した時から、陸・海・空の自衛隊、特に現場を預かる叩き上げの幹部たちには共通した認識、覚悟があった。
後々に憲法違反、自衛隊法違反と批判される事になろうとも、有事の際には己の処分も前提として、この国を守るために、その力を行使する命令を部隊に下そうと。
ドーラ帝国軍上陸後の福岡 午後12時20分頃
国道385号線を北上する偵察隊のバイクと1/2tトラックの車列の中で前原1曹は3人の部下と共に1/2tトラックの1両に乗り込み、助手席に座りながらやや緊張した面持ちでいた。
89式小銃用の5.56ミリ普通弾は師団長直々の計らいでたっぷり持たされた。
「この任務はあくまでも、本隊の出動に備えて情報を収集することである。 必ず全員生きて帰って来い」という言葉も貰った。
だが、本当に部下や仲間が全員死なずに駐屯地まで生きて戻る保障や自信を問われれば、はっきりと断言ができない。
前原1曹自身は以前、イラクへ派遣された経歴もある。 その時最初に本格的な都市戦闘訓練を経験した。
イラクに行く事前準備として、アメリカの演習場で米軍の実際の戦場経験に基づくレクチャーを受けた。
だが、ついにイラクでの実戦の機会はなかった。 今回が初めてだ。
「俺、この任務が終わったらPXで働いてる裕子ちゃんに告白するんだ」
「おい馬鹿やめろ」
「死亡フラグですね、わかります」
車内で部下たちはどこか緊張感のない……いや、緊張を振り払うように軽口を叩く。
不安なのは全員が一緒だった。 自分たちが今から向かうのは戦場だ。
きっと、先頭や後続の車両にそれぞれ乗る偵察隊員たちも同じだろう。
軽口が終わると、少し静かになった。
「班長……いま福岡で暴れている連中、あれって「人間」なんですかね?」
「ん?」
静かな雰囲気を破って唐突に、後部座席に座ってる部下の一人からそんな質問というか疑問が挙がった。
「馬鹿、人間じゃなかったら何なんだよ。 テレビ中継じゃちゃんと手足があって頭があったぞ。 画面が上空からでよくわからなかったけど」
「でも、昨日の国会中継で総理が言ってたでしょ、『この地球とは異なる惑星の原住民は、言わば未知の宇宙人のようなものとも
考えられまして、いかなる性質、文化を持っているかもわからず、それとの接触は、極めて慎重に行わなければならないと考える次第であります』って」
部下は総理のモノマネを挟みつつ言った。
それは割りと特徴を掴み、喋り方ののらりくらりとした所がよく似ていて、車内にちょっとした笑いが生まれた。
前原1層もその雰囲気に少し心が軽くなったような気がしたので、乗った。
「そうだな、手足は二本ずつで頭は一つだろうが、間近で見たら目が四つあって口は縦に裂け、口の中からもう一つ口が飛び出してくるるかもな」
「それ本物の化け物じゃないですか。 やだなあ、そんなのに頭から齧られるの」
その会話の後は、また車内が静かになった。
……総理の言う事は一理ある。 ここは地球ではない惑星なのだ。 どんな生物がいるとも限らない。
事実、つい最近まで近海で地球の魚類(転移の際に大陸棚と一緒について来たのだろう)と一緒に新種の、いやこの世界の原住種と思われる魚が捕獲されたニュースでにぎわった事もあるし、空自が大きな鳥だかドラゴンだかに遭遇したなんて噂もある。
だが、転移前の数年間からイマイチ頼りなさ……を通り越して無能さが目立つ歴代総理ばかりが連続している政権与党の現総理大臣の言う事だから、
言葉どおりの慎重で深い考えがあるわけではなく、アドバイスを行った専門家の入れ知恵・受け売りではないかという印象は拭えない。
やがて、前原1曹は対向車線をすれ違う車の数が増え、それが市内中心から避難してくる人々の群であると気づいた。
信号を無視して衝突したらしい車両が交差点の真ん中で玉突き事故を起こしており、警察の交通整理が行われている。
消防や救急車が忙しくサイレンを鳴らし、ここも既に戦場の様相を見せ始めていると感じた。
さらに進むと、車線を逆送してきたらしい車の事故現場にすら遭遇する。
このままでは車両の群に阻まれ、進めなくなる。
そう判断した偵察隊は、バイク隊を先行させ1/2tトラックはここに置いて徒歩で進む事になった。
その頃の福岡市内では、警察の機動隊と銃器対策部隊とSATが応急のバリケードを組み、ドーラ軍……武装勢力の進攻を食い止めるべく必死の応戦を行っていた。
武装勢力は揃って和風とも洋風とも付かないデザインの精巧なつくりの甲冑を身につけているが、それは銃弾に耐えるほどの強度は持って居ない。
そして大半が刀剣や槍と言った原始的な白兵戦用の武装を主にしているが10人に1人の割合でロケット砲の様にに飛翔し、
目標に命中すると大爆発する火の玉や、人間を一人丸ごと黒コゲにするほどの放電を行う棒状の謎の武器を所持している。
火の玉が飛ぶたびにバリケードに使用しているパトカーが吹き飛び、幾つかは流れ弾になって付近の家屋に突っ込んで炎を噴き上げた。
警察は拳銃や短機関銃で応戦するも、相手の火力は手榴弾やグレネードランチャー、さもなければRPG-7でも有しているのと変わらない。
バリケードが破壊され、警官が負傷して倒れ、こちらの射撃が途切れた隙に、抜刀したあるいは槍を構えた彼らが突っ込んでくる。
それを、ジュラルミン楯を持った機動隊が迎え撃つ。
源流を辿れば古代ローマの歩兵に辿りつく、楯を構えて隊列を揃え前進する戦法は白兵戦にはめっぽう強い。
だが、押し切れずに退却する敵の槍部隊が後退し、代わりに火の玉が飛んでくると直撃を受けた機動隊員が何人も炎に包まれた。
それでも、SATの狙撃隊員が近場のビルの屋上から火の玉を放つ武器を持っている敵を優先して射殺すると、また警察が押し返す。
このように一進一退の攻防を繰り広げながら、機動隊は日本警察の威信と信頼に恥じない戦いぶりを発揮していた。
しかし、敵が潮のように引いていき、上下繋ぎになった服と、フードつきの袖の長い外套、そして防毒マスクのような被り物を身に付けた二人組みが代わって前に進み出ると、雰囲気が変わった。
その二人は、先ほどから火の玉や電撃を放出してきた敵と同様の、謎の武器…先端に卵型の金属が付いた棒状のもの…
RPG-7か、旧ドイツ軍のパンツァーファウストにもどこか似た印象のあるそれを手にしていたため、即座に機動隊の指揮官は狙撃隊員に二人を射撃するように指示を出す。
だが、狙撃隊員が照準を二人のうち片方にピタリと合わせると、それを予期していたかのように片方が棒状の武器を掲げ、先端から青い光……その光が灯るたび火の玉や放電が発生した、忌まわしい輝きを発する。
また火の玉が発射される前に、狙撃隊員は引き金を引いた。
だが、銃声が鳴ってもその敵は倒れない。 驚いた狙撃隊員は次弾を装填、もう一度撃つ。
今度ははっきりと見えた。 放たれた銃弾はその敵の目の前で、まるで何か透明な固い壁があるかのように、弾かれて火花が散ったのを。
そして、見えない壁に援護されてもう一人がやはり同様の棒状の武器を機動隊の隊列に向ける。
青い光が灯り、指揮官は火の玉が来ると警戒して指示を飛ばした。
予想に反して、棒状のそれから発せられたのは大量の白い煙だった。
毒ガスか!?と一瞬思った機動隊員たちは、すぐにその地面を這うように流れるガスが触れたアスファルト路面がパキパキという音を立てて氷結しているのに気づく。
路面だけではなく、道路標識や電柱にまで霜が付着し、急速冷凍されていった。
そしてそれはどんどんこちらに近づいてくる……
「液体窒素……!? いかん、後退しろ!!」
危険と判断した指揮官の指示とともに機動隊は後退を開始する。
だが、超低温ガスの白い煙はまるで生き物のように加速して機動隊員に追いつき、みるまに彼らを飲み込んで行った。
煙はやがて拡散し、覆っていた視界が晴れると、そこに動くものはおらず、瞬間的に凍結されて氷像と化した多数の機動隊員たちが立ち尽くし、あるいは倒れ伏しているだけとなった。
この日の正午過ぎまでの交戦で、福岡県警は多数の警察官と機動隊員、そして虎の子の銃器対策部隊、SAT隊員の大半を殉職させつつも、一般市民を守るため果敢に戦い続けた。
「海保の巡視船が撃沈された!?」
その一報を受け、海上自衛隊佐世保基地の司令部は、ただちに近海を航行中の護衛艦に急行するよう命じたが、それはかなり出遅れた対応だった。
海保も海自も、最初の巡視船「なつい」が攻撃を受けた時に運悪く巡視船の通信設備が破壊されたためにこれを掌握しておらず、
急行した二隻目の巡視船も先の巡視船が船団を追尾中であると考えていたため、同様に攻撃を受けてようやく先の巡視船が撃沈されただろう事、
そして敵船団が火器を有している事を、沈没寸前の二隻目の巡視船からの通信で知ったという形になり、洋上という現場の詳細が伝わらなかったのがこれらの対応の不手際の原因だった。
そして、既に船団は博多湾と北九州港の目の前だ。 今からでは空自のF-2支援戦闘機によるASMの攻撃は難しい。
一旦湾内に入ってしまえば他の船舶や施設が邪魔になり、誤爆の可能性がある。
「まさか、巡視船を撃沈できるほどの武器を木造帆船程度が持っているとはな」
海図を睨みながら口惜しげに海自幹部の一人が呟く。
海保・海自とともにこういった、現地勢力の船舶が領海に侵入し交戦となる事態はある程度予想はしており、対策は練っていたものの、
「相手は帆船程度の技術力の文明、火器を有していても小口径の大砲や旧式の前装式小銃ぐらいではないか」という、甘い見積もりで敵の評価をしていたのは否めなく、
また、いかに数十隻の船団とはいえ、速力でも劣るだろう帆船に現代的な巡視船が遅れを取るとは思っても見なかったのも原因の一つではある。
巡視船の機関砲や、あるいは護衛艦も主砲、もしくは海外任務での海賊対策として調達した12.7ミリ重機関銃で不十分な敵がいると誰が予見しえただろう。
敵を殺すには充分すぎる威力は備えていたはずなのだ。
とはいえ、警告射撃、それで停船しなければ実際に1隻を撃沈すれば、船団のこれ以上の領海への不法侵入を阻止できる、というその予想は外れたのが事実だ。
さらに言えば、海保と海自の組織的な微妙な仲の悪さと、一方が先に急行して対処すれば何かない限りもう一方は出てくるまでもない、という妙な遠慮が結果的に洋上の警戒網に隙を生じたのも否めない。
そして、もう一つ落ち度といえる点があるのを幹部の誰かが指摘して叫んだ。
「そもそもこちらの対馬防備隊がなぜ先に掴めなかった!? 海峡の船舶通行を監視しているはずだろう!」
「木造帆船でもレーダーには映る……領海に侵入した時点でわかるはずだ。 だが、午前4時12分、船団は突如、対馬の目と鼻の先で発見されている。 なんらかの欺瞞手段があると考えるのが妥当だ」
「では目視は? 韓国の海岸線の道路まで見えると豪語する高精度望遠鏡は何も見ていなかったと?」
「そんなわけはあるまい。 船舶に特殊な迷彩でも施す技術でもあるかもしれん」
敵船団の出現の仕方は唐突といえるものだった。
巡視船を破壊できる火器に加え、電子的そして光学的な妨害・欺瞞装備すら持つとなれば敵は事前の想定を超えた、かなり厄介な相手である可能性は大きい。
現在、対馬に駐留している海自対馬防備隊と陸自の対馬防衛隊からも、対馬に敵が上陸している報告が回ってきている。
そして、洋上阻止が叶わずに終わった以上、既に問題は別の所に移行していた。
「湾内での戦闘か……」
付近の海域に展開中だったDDが2隻、DDGが1隻、全速で急行中である。
護衛艦の主砲と防御力ではいかに敵船がロケットランチャーの様な火器を装備していようと木造帆船程度、簡単に片付けられるはずだ。
だが、既に港湾内に入っている敵に発砲すれば、敵味方の流れ弾で港湾施設に被害が及ぶ事は避けられない。
護衛艦の射撃統制システムは百発百中の精度で敵船を破壊するだろう。
だが、敵はそうとは言えないし、こちらとて「不測の事態」が発生しないとは限らない。
戦闘後の港湾の被害を考えると、やや苦しい立場に立たされるのを幹部たちは危惧していた。
それでも上陸した敵を、洋上から挟撃するのは間もなく出動命令の下るであろう陸自の支援のためにも必要である。
しかし、次に入ってきた報告に幹部たちは驚き、思わず机を叩いた者もいた。
「防衛出動が、出ません! 国会審議中の総理に武装勢力による福岡・北九州襲撃の一方が入りましたが、与党は審議を中断して一旦休会、閣僚による対応の検討に入ったと……」
「なんだそれは! 既にどこかの武装勢力による侵略を受けたんだぞ!?」
「政府は何を考えている!」
「……まだ『武装勢力』だ。 相手が国家であると判明した訳ではない。 現行法の解釈上では、テロと見なされる可能性もある。
あるいは何かの行き違いで、衝突を生んだのかもしれない。 あくまで対話で解決すべきだ、
だから、対応を慎重に……内閣のお偉いさんの考えている事は、そんなもんだろう。 だが、そんなものは関係無い。
我々海上自衛隊は、日本の海を守るのが仕事だ。 既に出遅れたが、海上の敵は海自が撃滅する」
既に、陸自も出動する準備を始めているだろうし、空自も市街地や湾内のそれを攻撃できるかは別として、爆装と発進準備だけは進められているだろう。
時空転移が起こった日から、正確には日本が地球で無い世界に飛ばされ、孤立したと判明した時から、陸・海・空の自衛隊、特に現場を預かる叩き上げの幹部たちには共通した認識、覚悟があった。
後々に憲法違反、自衛隊法違反と批判される事になろうとも、有事の際には己の処分も前提として、この国を守るために、その力を行使する命令を部隊に下そうと。
ドーラ帝国軍上陸後の福岡 午後12時20分頃
国道385号線を北上する偵察隊のバイクと1/2tトラックの車列の中で前原1曹は3人の部下と共に1/2tトラックの1両に乗り込み、助手席に座りながらやや緊張した面持ちでいた。
89式小銃用の5.56ミリ普通弾は師団長直々の計らいでたっぷり持たされた。
「この任務はあくまでも、本隊の出動に備えて情報を収集することである。 必ず全員生きて帰って来い」という言葉も貰った。
だが、本当に部下や仲間が全員死なずに駐屯地まで生きて戻る保障や自信を問われれば、はっきりと断言ができない。
前原1曹自身は以前、イラクへ派遣された経歴もある。 その時最初に本格的な都市戦闘訓練を経験した。
イラクに行く事前準備として、アメリカの演習場で米軍の実際の戦場経験に基づくレクチャーを受けた。
だが、ついにイラクでの実戦の機会はなかった。 今回が初めてだ。
「俺、この任務が終わったらPXで働いてる裕子ちゃんに告白するんだ」
「おい馬鹿やめろ」
「死亡フラグですね、わかります」
車内で部下たちはどこか緊張感のない……いや、緊張を振り払うように軽口を叩く。
不安なのは全員が一緒だった。 自分たちが今から向かうのは戦場だ。
きっと、先頭や後続の車両にそれぞれ乗る偵察隊員たちも同じだろう。
軽口が終わると、少し静かになった。
「班長……いま福岡で暴れている連中、あれって「人間」なんですかね?」
「ん?」
静かな雰囲気を破って唐突に、後部座席に座ってる部下の一人からそんな質問というか疑問が挙がった。
「馬鹿、人間じゃなかったら何なんだよ。 テレビ中継じゃちゃんと手足があって頭があったぞ。 画面が上空からでよくわからなかったけど」
「でも、昨日の国会中継で総理が言ってたでしょ、『この地球とは異なる惑星の原住民は、言わば未知の宇宙人のようなものとも
考えられまして、いかなる性質、文化を持っているかもわからず、それとの接触は、極めて慎重に行わなければならないと考える次第であります』って」
部下は総理のモノマネを挟みつつ言った。
それは割りと特徴を掴み、喋り方ののらりくらりとした所がよく似ていて、車内にちょっとした笑いが生まれた。
前原1層もその雰囲気に少し心が軽くなったような気がしたので、乗った。
「そうだな、手足は二本ずつで頭は一つだろうが、間近で見たら目が四つあって口は縦に裂け、口の中からもう一つ口が飛び出してくるるかもな」
「それ本物の化け物じゃないですか。 やだなあ、そんなのに頭から齧られるの」
その会話の後は、また車内が静かになった。
……総理の言う事は一理ある。 ここは地球ではない惑星なのだ。 どんな生物がいるとも限らない。
事実、つい最近まで近海で地球の魚類(転移の際に大陸棚と一緒について来たのだろう)と一緒に新種の、いやこの世界の原住種と思われる魚が捕獲されたニュースでにぎわった事もあるし、空自が大きな鳥だかドラゴンだかに遭遇したなんて噂もある。
だが、転移前の数年間からイマイチ頼りなさ……を通り越して無能さが目立つ歴代総理ばかりが連続している政権与党の現総理大臣の言う事だから、
言葉どおりの慎重で深い考えがあるわけではなく、アドバイスを行った専門家の入れ知恵・受け売りではないかという印象は拭えない。
やがて、前原1曹は対向車線をすれ違う車の数が増え、それが市内中心から避難してくる人々の群であると気づいた。
信号を無視して衝突したらしい車両が交差点の真ん中で玉突き事故を起こしており、警察の交通整理が行われている。
消防や救急車が忙しくサイレンを鳴らし、ここも既に戦場の様相を見せ始めていると感じた。
さらに進むと、車線を逆送してきたらしい車の事故現場にすら遭遇する。
このままでは車両の群に阻まれ、進めなくなる。
そう判断した偵察隊は、バイク隊を先行させ1/2tトラックはここに置いて徒歩で進む事になった。
その頃の福岡市内では、警察の機動隊と銃器対策部隊とSATが応急のバリケードを組み、ドーラ軍……武装勢力の進攻を食い止めるべく必死の応戦を行っていた。
武装勢力は揃って和風とも洋風とも付かないデザインの精巧なつくりの甲冑を身につけているが、それは銃弾に耐えるほどの強度は持って居ない。
そして大半が刀剣や槍と言った原始的な白兵戦用の武装を主にしているが10人に1人の割合でロケット砲の様にに飛翔し、
目標に命中すると大爆発する火の玉や、人間を一人丸ごと黒コゲにするほどの放電を行う棒状の謎の武器を所持している。
火の玉が飛ぶたびにバリケードに使用しているパトカーが吹き飛び、幾つかは流れ弾になって付近の家屋に突っ込んで炎を噴き上げた。
警察は拳銃や短機関銃で応戦するも、相手の火力は手榴弾やグレネードランチャー、さもなければRPG-7でも有しているのと変わらない。
バリケードが破壊され、警官が負傷して倒れ、こちらの射撃が途切れた隙に、抜刀したあるいは槍を構えた彼らが突っ込んでくる。
それを、ジュラルミン楯を持った機動隊が迎え撃つ。
源流を辿れば古代ローマの歩兵に辿りつく、楯を構えて隊列を揃え前進する戦法は白兵戦にはめっぽう強い。
だが、押し切れずに退却する敵の槍部隊が後退し、代わりに火の玉が飛んでくると直撃を受けた機動隊員が何人も炎に包まれた。
それでも、SATの狙撃隊員が近場のビルの屋上から火の玉を放つ武器を持っている敵を優先して射殺すると、また警察が押し返す。
このように一進一退の攻防を繰り広げながら、機動隊は日本警察の威信と信頼に恥じない戦いぶりを発揮していた。
しかし、敵が潮のように引いていき、上下繋ぎになった服と、フードつきの袖の長い外套、そして防毒マスクのような被り物を身に付けた二人組みが代わって前に進み出ると、雰囲気が変わった。
その二人は、先ほどから火の玉や電撃を放出してきた敵と同様の、謎の武器…先端に卵型の金属が付いた棒状のもの…
RPG-7か、旧ドイツ軍のパンツァーファウストにもどこか似た印象のあるそれを手にしていたため、即座に機動隊の指揮官は狙撃隊員に二人を射撃するように指示を出す。
だが、狙撃隊員が照準を二人のうち片方にピタリと合わせると、それを予期していたかのように片方が棒状の武器を掲げ、先端から青い光……その光が灯るたび火の玉や放電が発生した、忌まわしい輝きを発する。
また火の玉が発射される前に、狙撃隊員は引き金を引いた。
だが、銃声が鳴ってもその敵は倒れない。 驚いた狙撃隊員は次弾を装填、もう一度撃つ。
今度ははっきりと見えた。 放たれた銃弾はその敵の目の前で、まるで何か透明な固い壁があるかのように、弾かれて火花が散ったのを。
そして、見えない壁に援護されてもう一人がやはり同様の棒状の武器を機動隊の隊列に向ける。
青い光が灯り、指揮官は火の玉が来ると警戒して指示を飛ばした。
予想に反して、棒状のそれから発せられたのは大量の白い煙だった。
毒ガスか!?と一瞬思った機動隊員たちは、すぐにその地面を這うように流れるガスが触れたアスファルト路面がパキパキという音を立てて氷結しているのに気づく。
路面だけではなく、道路標識や電柱にまで霜が付着し、急速冷凍されていった。
そしてそれはどんどんこちらに近づいてくる……
「液体窒素……!? いかん、後退しろ!!」
危険と判断した指揮官の指示とともに機動隊は後退を開始する。
だが、超低温ガスの白い煙はまるで生き物のように加速して機動隊員に追いつき、みるまに彼らを飲み込んで行った。
煙はやがて拡散し、覆っていた視界が晴れると、そこに動くものはおらず、瞬間的に凍結されて氷像と化した多数の機動隊員たちが立ち尽くし、あるいは倒れ伏しているだけとなった。
この日の正午過ぎまでの交戦で、福岡県警は多数の警察官と機動隊員、そして虎の子の銃器対策部隊、SAT隊員の大半を殉職させつつも、一般市民を守るため果敢に戦い続けた。