西暦2021年4月1日 13:00 ゴルソン大陸 日本国東方管理地域 独立行政法人『新大陸開発機構』
自衛隊は戦争を行うという点において、それなりに優秀な組織だった。
しかしながら、戦争によって入手した広大な地域を発展させられるのかと問われれば、答えはNOである。
自衛隊、つまり軍隊は、そこまでの事を任務としていない。
そういうわけで、権力のぶつかり合いの果てに、各官庁の合同で行政法人が作られる事になる。
今までほとんど出番のなかった中央官庁から生え抜きの官僚が集められ、そして新大陸へと送り込まれていった。
それが2020年の終わりの事である。
年度が替わり、拡大と発展を続ける新大陸からは、さらなる人員の補充を求める要請が出されていた。
そのため、若手官僚の中から志願者を募り、合計で40名の若手官僚たちが船舶によって新大陸へと輸送された。
「長旅お疲れ様でした。新大陸へようこそ!」
港から高機動車で運ばれてきた若手官僚たちは、整列して歓迎の意を表している自衛官たちに敬礼された。
「自分は皆さんの護衛とお手伝いをさせていただく山田一等陸尉と申します。
早速ではありますが、皆様に当施設の中をご案内させて頂きます。
荷物は最寄の隊員にお預けください」
彼の言葉を合図に、複数の自衛官が歩み寄り、一同から荷物を受け取る。
救国防衛会議の体制下で官僚として生き残れた彼らは、それを当然としていた。
権利に伴う義務を強要する。
しかし、義務を果たすのであれば多少の特権は与える。
大雑把に表現すれば、今の日本で公務員たちに与えられている待遇はそうなる。
まあ、末端の人間たちはそのような待遇など与えられるはずもないのだが。
「それでは、施設内をご案内します」
こちらへどうぞ、と山田一尉は身振りで示し、館内の紹介を始めた。
中央ロビー、シェルター、会議室、主だった施設を淡々と紹介していく。
そのいずれもが、豪華に彩られていた。
中央ロビーはまるでどこかの宮殿のようであったし、各部屋には足が沈み込むほどの分厚い絨毯が敷かれている。
会議室は国会議事堂のようであったし、業務を行う部屋は一流企業のオフィスのようである。
宿舎であると紹介された施設は、高級ホテルに負けない素晴らしさだった。
本土から派遣された官僚一同は、自分たちに与えられた施設に満足した。
それらの施設は電力で稼動し、空調が効いていて、豪華である事を除けば本土となんら変わりがない。
噂に聞いていた新大陸の未開ぶりに内心憂鬱になっていた一同が、安堵を含む満足感に浸っていても誰も非難はできない。
「山田君、あれは?」
そんな中、窓から見える体育館のような大きな建物に気づいた一人が訪ねる。
「ああ、あれは刑務所です。これからご紹介しますね」
山田一尉は笑顔で答え、一同を誘導していく。
その建物は、近づけば近づくほどに異様だった。
外見は普通のコンクリート。
窓は一つもない。
その周囲には、大きな壁が広がっており、どうやら内部には中庭のような空間が広がっているらしい。
「あの施設には窓がないようだが?」
「ここからは見えませんが、施設の屋根中央部分に大きな天窓があります。
日光はそこから十分入っております」
山田一尉の回答は簡潔であり、そして十分だった。
彼はそのまま歩みを続け、頑丈な鉄扉の前に到着した。
「山田一等陸尉である。
新任の皆様をお連れした。ドアを開け」
敬礼して迎える陸士に対し、彼は命令を下す事に慣れた態度で開門を命じる。
巨大な鉄扉は、油圧システムの呻きを立てつつ開き始める。
「山田君、扉の上にある看板は?」
官僚の一人が尋ねる。
扉の上には、一枚の看板が掲げられている。
「スローガンですよ。労働は貴方を自由にする。
犯罪者の皆様には、罰則として労役が義務付けられます。
もっとも、本来の服役期間に対し、労役を行った日数分減刑するのですが」
扉は未だに開き続けている。
防犯上の理由から、素早い開門は行わない事になっているのだ。
当然ながら、閉門の際には危険なほど素早い動きとなる。
「それでは刑が甘くならないか?
犯罪者に対してそこまで優遇する必要はないだろう」
法務省から派遣されてきた男が尋ねる。
彼にとって、減刑とはよほどの事情がない限り許されざる事だった。
「一年の刑期では、半年働けば釈放ではないか。それは問題が」
あるのではないか?と続けようとした彼は、門の中に広がる光景に後を続けられなかった。
暗い表情で穴を掘る男性。
彼の隣では、同じ様にスコップを持った年配の男性が、無表情で穴を埋めている。
『私は拝金主義者です』というプラカードを持たされた数名の男女が、何もない平地に置かれた台の上で背筋を伸ばしている。
その向こうでは、新たに収監されたらしい女性が地面に跪かされ、髪の毛を剃りあげられている。
「これは一体、なんなんだ?」
「ですから、労役ですよ」
先ほどまで愛想よく応じていた山田一尉は、冷酷さすら感じさせる口調で答えた。
「ここにいる連中は、全員が大陸特措法に違反している。
穴を掘っている奴らは職権を乱用した愚か者たち。
プラカードを持っている連中は収賄だ。金銀財宝に目が眩み、犯罪の目こぼしや物品の横流しを行った」
大陸特措法という言葉に、一同は緊張した。
それは『ゴルソン大陸統治に関わる特別措置法』の略で、当然ながら日本人に対して適応される。
つまり、この刑務所の中で拷問のような刑罰に服しているのは、日本人ということになる。
「ここにいるのは、もしかして」
「ええ、皆さんと同じ日本人ですよ」
にこやかに一尉は答えた。
「ここで労役についているのは、基本的に皆様の先輩方です。
もちろん、自衛官や民間人の収容者もおります」
彼は恐怖に慄く一同に対し、あくまでも笑みを絶やさずに説明を続けた。
「今の日本国には、私服を肥やす公務員を見逃しているような余裕はありません。
そして、忍耐に忍耐を重ねている国民たちに対して、言い訳のできない甘い処罰でお茶を濁す事もできません。
公務員として、日本国と日本国民のため、法に反しない生活を心がけて下さい」
彼の言葉に誰も答えられない。
日本人の常識では考えられないほどに厳しい法律が支配する世界に放り込まれたという事実に、全員が気づいたのだ。
しかし、彼らには逃げ出す自由はない。
召喚前と比べ、未だに様々な制約が存在する日本国の中で、公務員は多くの特権を持っている。
それは安定した雇用と収入、通常よりも多い食糧配給である。
もっとも、通常よりも多い食糧配給当は当初の意味を失い、現在では食費が浮くという認識に変わりつつあるが。
「本日はゆっくりとお休みください。
そして、明日よりの任務に励んでください」
山田一等陸尉はそう締めくくると、無口になった一同を宿舎へと案内していった。
自衛隊は戦争を行うという点において、それなりに優秀な組織だった。
しかしながら、戦争によって入手した広大な地域を発展させられるのかと問われれば、答えはNOである。
自衛隊、つまり軍隊は、そこまでの事を任務としていない。
そういうわけで、権力のぶつかり合いの果てに、各官庁の合同で行政法人が作られる事になる。
今までほとんど出番のなかった中央官庁から生え抜きの官僚が集められ、そして新大陸へと送り込まれていった。
それが2020年の終わりの事である。
年度が替わり、拡大と発展を続ける新大陸からは、さらなる人員の補充を求める要請が出されていた。
そのため、若手官僚の中から志願者を募り、合計で40名の若手官僚たちが船舶によって新大陸へと輸送された。
「長旅お疲れ様でした。新大陸へようこそ!」
港から高機動車で運ばれてきた若手官僚たちは、整列して歓迎の意を表している自衛官たちに敬礼された。
「自分は皆さんの護衛とお手伝いをさせていただく山田一等陸尉と申します。
早速ではありますが、皆様に当施設の中をご案内させて頂きます。
荷物は最寄の隊員にお預けください」
彼の言葉を合図に、複数の自衛官が歩み寄り、一同から荷物を受け取る。
救国防衛会議の体制下で官僚として生き残れた彼らは、それを当然としていた。
権利に伴う義務を強要する。
しかし、義務を果たすのであれば多少の特権は与える。
大雑把に表現すれば、今の日本で公務員たちに与えられている待遇はそうなる。
まあ、末端の人間たちはそのような待遇など与えられるはずもないのだが。
「それでは、施設内をご案内します」
こちらへどうぞ、と山田一尉は身振りで示し、館内の紹介を始めた。
中央ロビー、シェルター、会議室、主だった施設を淡々と紹介していく。
そのいずれもが、豪華に彩られていた。
中央ロビーはまるでどこかの宮殿のようであったし、各部屋には足が沈み込むほどの分厚い絨毯が敷かれている。
会議室は国会議事堂のようであったし、業務を行う部屋は一流企業のオフィスのようである。
宿舎であると紹介された施設は、高級ホテルに負けない素晴らしさだった。
本土から派遣された官僚一同は、自分たちに与えられた施設に満足した。
それらの施設は電力で稼動し、空調が効いていて、豪華である事を除けば本土となんら変わりがない。
噂に聞いていた新大陸の未開ぶりに内心憂鬱になっていた一同が、安堵を含む満足感に浸っていても誰も非難はできない。
「山田君、あれは?」
そんな中、窓から見える体育館のような大きな建物に気づいた一人が訪ねる。
「ああ、あれは刑務所です。これからご紹介しますね」
山田一尉は笑顔で答え、一同を誘導していく。
その建物は、近づけば近づくほどに異様だった。
外見は普通のコンクリート。
窓は一つもない。
その周囲には、大きな壁が広がっており、どうやら内部には中庭のような空間が広がっているらしい。
「あの施設には窓がないようだが?」
「ここからは見えませんが、施設の屋根中央部分に大きな天窓があります。
日光はそこから十分入っております」
山田一尉の回答は簡潔であり、そして十分だった。
彼はそのまま歩みを続け、頑丈な鉄扉の前に到着した。
「山田一等陸尉である。
新任の皆様をお連れした。ドアを開け」
敬礼して迎える陸士に対し、彼は命令を下す事に慣れた態度で開門を命じる。
巨大な鉄扉は、油圧システムの呻きを立てつつ開き始める。
「山田君、扉の上にある看板は?」
官僚の一人が尋ねる。
扉の上には、一枚の看板が掲げられている。
「スローガンですよ。労働は貴方を自由にする。
犯罪者の皆様には、罰則として労役が義務付けられます。
もっとも、本来の服役期間に対し、労役を行った日数分減刑するのですが」
扉は未だに開き続けている。
防犯上の理由から、素早い開門は行わない事になっているのだ。
当然ながら、閉門の際には危険なほど素早い動きとなる。
「それでは刑が甘くならないか?
犯罪者に対してそこまで優遇する必要はないだろう」
法務省から派遣されてきた男が尋ねる。
彼にとって、減刑とはよほどの事情がない限り許されざる事だった。
「一年の刑期では、半年働けば釈放ではないか。それは問題が」
あるのではないか?と続けようとした彼は、門の中に広がる光景に後を続けられなかった。
暗い表情で穴を掘る男性。
彼の隣では、同じ様にスコップを持った年配の男性が、無表情で穴を埋めている。
『私は拝金主義者です』というプラカードを持たされた数名の男女が、何もない平地に置かれた台の上で背筋を伸ばしている。
その向こうでは、新たに収監されたらしい女性が地面に跪かされ、髪の毛を剃りあげられている。
「これは一体、なんなんだ?」
「ですから、労役ですよ」
先ほどまで愛想よく応じていた山田一尉は、冷酷さすら感じさせる口調で答えた。
「ここにいる連中は、全員が大陸特措法に違反している。
穴を掘っている奴らは職権を乱用した愚か者たち。
プラカードを持っている連中は収賄だ。金銀財宝に目が眩み、犯罪の目こぼしや物品の横流しを行った」
大陸特措法という言葉に、一同は緊張した。
それは『ゴルソン大陸統治に関わる特別措置法』の略で、当然ながら日本人に対して適応される。
つまり、この刑務所の中で拷問のような刑罰に服しているのは、日本人ということになる。
「ここにいるのは、もしかして」
「ええ、皆さんと同じ日本人ですよ」
にこやかに一尉は答えた。
「ここで労役についているのは、基本的に皆様の先輩方です。
もちろん、自衛官や民間人の収容者もおります」
彼は恐怖に慄く一同に対し、あくまでも笑みを絶やさずに説明を続けた。
「今の日本国には、私服を肥やす公務員を見逃しているような余裕はありません。
そして、忍耐に忍耐を重ねている国民たちに対して、言い訳のできない甘い処罰でお茶を濁す事もできません。
公務員として、日本国と日本国民のため、法に反しない生活を心がけて下さい」
彼の言葉に誰も答えられない。
日本人の常識では考えられないほどに厳しい法律が支配する世界に放り込まれたという事実に、全員が気づいたのだ。
しかし、彼らには逃げ出す自由はない。
召喚前と比べ、未だに様々な制約が存在する日本国の中で、公務員は多くの特権を持っている。
それは安定した雇用と収入、通常よりも多い食糧配給である。
もっとも、通常よりも多い食糧配給当は当初の意味を失い、現在では食費が浮くという認識に変わりつつあるが。
「本日はゆっくりとお休みください。
そして、明日よりの任務に励んでください」
山田一等陸尉はそう締めくくると、無口になった一同を宿舎へと案内していった。