自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

第299話 亡霊来たる

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1486年(1946年)3月16日 午前10時50分 シュヴィウィルグ沖南方210マイル地点

第58任務部隊第3任務群に所属する5隻の空母では、甲板上に迎撃戦闘に向かう戦闘機が多数並べられ、今しも発艦の真っ最中であった。

「長官、ピケット艦より続報が入りました。現在、艦隊の北方100マイル付近まで敵編隊が接近しているとの事です」

航空参謀のジョン・サッチ大佐がスプルーアンスに報告する。

「戦闘機隊の発艦はあと何分で終わるかね?」
「15分後を予定しております。そこから20分以内には敵編隊との迎撃戦闘に入るかと。TG.58.3はこの迎撃網を突破した敵ワイバーン群に対処する予定です」
「他に新手の敵編隊はおらんかね?」
「ピケット艦からの報告では、まだありません」
「よろしい」

スプルーアンスは軽く頷いてから、対勢表示板に目を向けた。

「TG58.3の将兵には苦労をかける事になるが、今は頑張るしかない。敵の無理攻めは長くは続かん。いずれは反撃に移る事も可能だろう」

彼はそう言いつつ、目線を敵の第3次攻撃隊から、TG58.3の側面に迂回しようとしているもう一つの大編隊……第4次攻撃隊に移した。

「さて、この敵第4波だが……上手く捌けると思うかね?」
「やりようによっては、被害を大分抑えられるでしょう。ただ、戦闘機の数は限られていますので、先の戦闘と同様に、ある程度の突破は許してしまうでしょうな」

サッチはそう返しつつ、こればかりはどうしようもないと、心中で呟いていた。

「しかしながら、悪い事ばかりではありません。敵は攻撃に入った瞬間、この意外な展開に肝を冷やすでしょう」
「肝を冷やすだけかね?」
「いや、それだけに留まらないでしょうな」

横から作戦参謀のフォレステル大佐が入ってきた。

「手ぐすね引いて待ち構える、機動部隊の輪形陣にまともにぶつかっていく事になるのです。先程と同様に、甚大な損害を出す事は確実かと思われます」
「敵は意外な展開に愕然としつつも、戦いを続けなければならんからな」

スプルーアンスは目線を対勢表示板に向けたまま、言葉を返していく。

「だが、戦争とは騙し合いでもある。結局は、騙された方が悪い。ただそれだけだ」


午前11時 シホールアンル帝国シュヴィウィルグ北某所

西部臨時航空集団司令官であるスタヴ・エフェヴィク中将は、指揮所の内部で、緊張で張り詰めた表情を浮かべたまま逐一入りつつある戦況報告に耳を傾けていた。

「司令官、第3次攻撃隊は敵空母から発進した迎撃隊と接触した模様です。数は意外なほど多く、200機以上が向かってきている模様です」
「200機以上とは。かなり多いぞ」

エフェヴィク中将は、知らせを伝えた通信士官に、怪訝な表情を浮かべながらそう言い放った。

「第1次、第2次攻撃で敵戦闘機70機を撃墜し、50機に損傷を与え、敵は戦闘機戦力の過半を失ったと報告されていた筈だ。だが、敵は再び200機以上の
戦闘機を飛ばして我が軍の攻撃隊を迎え撃っている……これは予想していなかった展開になったぞ」

エフェヴィク中将は、唐突に言いようの無い不安感に駆られ始めた。
「司令官、もしや……攻撃隊の竜騎士達が戦果を幾分過大に報告していたのでは無いでしょうか?戦闘時の戦果報告が過大になり易いのはよくある事です」
司令部付きの航空参謀が指摘する。
「確かにそうかもしれない。だが……それにしては敵の戦闘機が多すぎると思わんかね?敵機動部隊の編成は空母5隻で、うち2隻は小型空母だ。この全空母
が艦載機全てを戦闘機のみにしたというのなら、この戦闘機数も納得だが……実際はそうではない。この空母群からは戦闘機以外にも、爆撃を専門とする
攻撃機も多数搭載している。空母5隻に積める搭載機数が300から400だとして、戦闘機は多くても250ほどしか積めない筈だ」
「となると、敵は艦載機の編成を幾分変えた可能性がありますな」
「変えただと……何故だ」

エフェヴィク中将は頭の中で考えを深めていく。

(敵は以前と同じように、広く分散した形で今日も攻撃してきた。当然、艦載機の編成も戦闘機が2、爆撃機等の攻撃機や偵察機が1の比率で編成している筈。
だが、この敵機動部隊は明らかに艦載機の編成がおかしい。話半分で撃墜数や損傷機が少なめになっているとしても、最低で100機近くは使えなくなり、
次に出せる戦闘機は150ほどしか用意できない筈……おかしい。いきなり想定外の事態が発生している)

彼の内なる警戒感は、更に強まりつつある。

エフェヴィク中将は、元々は首都ウェルバンルで陸軍総司令部参謀長を務めていた。
その前は前線の飛空挺軍指揮官として飛空挺、ワイバーン混成の航空部隊を指揮していたが、敵機動部隊への攻撃を中断した事を咎められて解任の憂き目にあった。
その後、新たに陸軍総司令官となったエルグマド元帥に、シホールアンル軍人にしては独特の、慎重さを軸にした作戦指揮と見識の深さを見込まれて、
総司令部参謀長に任命された。
参謀長に任命されてからは、自身の経験に基づいた助言や、作戦立案の承認も行っており、ワイバーン、飛空挺隊の積極的温存策を熱烈に支持し、
強く後押ししたのもエフェヴィクであった。
そんな彼が、総司令部参謀長という地位を一時返上してまで、今回の作戦の総指揮を取る事になったのだ。
彼を司令官に任命したのは、他ならぬエルグマドであった。
エルグマドからは、
「もし敵が想定通りの行動を行ったのならば、勝利は確実だろう。君の思う通りに……そう、好きなようにやっても構わんぞ。吉報を待っておる」
と、傍目には督戦とも取れる激励を受け取った。
こうして、今日の決戦を迎える事となった。
敵の行動はこちらの計画通りであり、シホールアンル側は敵艦載機が各拠点に分散して攻撃を行った事を確認した。
そして、その直後に、昨日のうちに狙いを定めた1個空母群を航空偵察し、ほぼ同時に飛ばした索敵攻撃隊(第1次、第2次攻撃隊)でもって敵空母群の
護衛艦を叩き、対空火力を減殺させる。
そして、第3次以降の攻撃に大兵力を投入し、一挙に敵空母群を壊滅させる、というのが大まかな作戦構想であった。
今の所、作戦は想定通りに進んでいる、と言えていた。
だが、攻撃隊の被害は、想定以上に甚大であった。
敵戦闘機と渡り合った戦闘ワイバーンの損失数は、第1次、第2次で計60騎ほどと、多からず、少なからずといった感じであった。
だが、攻撃ワイバーンの損害は非常に多く、実に6割以上が現地で撃墜されており、中には文字通り全滅した空中騎士隊もいたほどである。
敵機動部隊の防空陣は非常に強力で、特に事前に最大の脅威と判定されていたウースター級巡洋艦とまともにぶつかる形で襲い掛かったため、
損害が爆発的に増大したのだ。
この時点で、エフェヴィクの心は折れかけていたが、それでも、相対している敵は1個空母群のみで、攻撃隊の戦果も刻々と上がりつつあった。
そして、第1次、第2次の猛攻で息が上がり始めた敵に、第3次、第4次と仕掛ければ、いくらウースター級が護衛する敵機動部隊とはいえ、
押し切って敵空母を撃沈できるという見込みもあった為、彼は萎えかけた心を奮い立たせて、指揮を取りつつ、攻撃隊の戦果報告を待ち続けた。
ただ、入ってくる情報は、想定した物とは幾分違っていた。
戦闘機の数が、第1次、第2次とほぼ同じという事実に、彼は疑念を深めていたが……

「司令官、どうやら……我々が攻撃している敵機動部隊は、いつもと違って戦闘機を多めに搭載しているのかもしれません。これまでの情報によりますと、
敵の戦闘機は、攻撃機型と同じように爆弾を搭載して航空支援を行う事もあるようです。もしかしたら、敵は足の遅い攻撃機型を削減して、足の速い
戦闘機を多く積み、戦闘機のみでも爆撃任務を多めに行わせようとしていたのでしょう」
「何?それはまた、思い切った事をするな。確かに、手間を省くには悪くない手だろうが……しかし、なぜそのような事を」
「非常に言い辛い事ではありますが。我が帝国海軍の主力は、敵機動部隊が思う存分叩きのめした為、主な残存艦は北部海岸に退避しました。艦隊決戦をする
手間が無くなった以上、対艦戦力を多めに残す必要はない。ならば、戦闘機にも爆弾を積ませて地上を爆撃すれば良い、と考え、今回からそれを行おうと
したのでしょう」
「つまり、我々は偶然にも、戦闘機を山ほど積んだ敵機動部隊と正面切って戦う羽目になったと……なんと間が悪い!」

幕僚の説明を聞いた後、エフェヴィクは心の底から敵を憎んだ。

「第3次攻撃隊は、敵の健在な戦闘機戦力にまともにぶつかり、戦力をすり減らすかもしれんのか……状況はよくわかった。ならば……側面に回りつつある
第4次攻撃隊が敵機動部隊の戦力を大幅に削る事を期待しよう。その後は、間も無く発進する第5次、第6次攻撃隊も向かわせ、敵の1個空母群を沈めら
れる限り沈め、首都の皇帝陛下に大勝利を報告するとしよう」
(最も、今日の戦闘で多くのワイバーンや飛空挺を失いそうだが……)

エフェヴィクは、幕僚には強気な口調で言いつつも、心中では航空戦力の損耗がまだまだ多くなりそうな現実に、非常に憂鬱な気持ちでいっぱいであった。

(恐らく……400は下らんかもしれん……400……!)

彼は目眩を感じつつも、気丈な表情を維持したまま、時折入って来る戦況報告に耳を傾け続けた。

別の意外な情報が飛び込んだのは、まさにその時であった。」

午前11時30分

「ウィンバック1よりブルーレディへ、聞こえるか?」

正規空母サラトガⅡ所属の第4戦闘機中隊を率いるエドワード・オヘア中佐は、母艦であるサラトガを無線越しに呼び出した。

「こちらブルーレディ、聞こえるぞ。感度良好」
「敵ワイバーン編隊をこちらでも視認した。数は200から300以上……いや、400近いかもしれん。既に味方戦闘機隊との交戦に入っている!」

オヘア中佐は、愛機の発する轟音に負け時とばかりに、声を張り上げた。

「ウィンバッグ中隊は手頃な敵を見つけ次第、戦闘に入る!」
「こちらブルーレディ、了解した!貴重な新鋭機だ、気を付けて扱え!」
「OK!交信終わり!」

オヘア中佐は母艦との交信を終えた後、指揮下にある中隊各機に命令を伝え始める。

「こちらウィンバッグ1!中隊各機に告ぐ。これより戦闘に入る!手頃な敵の攻撃ワイバーンを見つけ次第、すぐに突入する!」
「「了解!」」

部下達から威勢の良い返事が響いてきた。
新鋭機に乗り継いでからの初の実戦とあって、皆の士気は高いようだ。
オヘア中佐自身、これまでに感じた事のないような、異様な高揚感に包まれていた。

(いかんいかん、こういう時こそ冷静に、だな)

オヘア中佐は開戦以来のベテランパイロットで、開戦時には空母レキシントンに乗艦していた。
1943年には空母ヨークタウンの戦闘機中隊長に任ぜられ、44年中盤まで母艦航空隊に勤務した後に後方勤務を命じられ、母艦を降りている。
前線勤務中は敵ワイバーン24騎を撃墜したエースパイロットであり、部下からの人望も厚い優れた戦闘機隊指揮官でもある。
本国では教官任務や、新鋭戦闘機のテストパイロットを経て、1946年2月末に、新鋭機の実戦テストを兼ねて、空母サラトガⅡに配置された。
久方ぶりの実戦任務に、オヘア中佐は腕を撫して出撃の機会を待ったが、その機会はなかなか訪れなかった。
だが、今日になって、ようやく出番が回ってきた。
敵は、シホールアンル帝国軍の戦爆連合編隊だ。
相手に不足は無し、とばかりに、オヘア含む新鋭機のパイロット達は威丈高に愛機を飛ばして行った。
空母への離発着訓練は、昨年の12月の第2次レビリンイクル沖海戦で損傷し、修理を終えてテスト航海を行っていた空母キティホークを2週間ほど
間借りして猛訓練を行ったため、なんとかマスターしており、今日の発艦も難なく行えた。

「発艦はいいが、問題は着艦だな……」

オヘア中佐は敵を探しながら、戦闘後に訓練通りに着艦できるか気になった。
訓練と戦闘では大きく違う。
特に、被弾後では、損傷の具合によっては空母に着艦できない事もあり得る。
もしかしたら、海上に不時着水する可能性もあるだろうが、着艦速度が従来機と比べて早めなこの機体で、海面に滑り込む事だけは出来る限り避けたかった。
キティホークの訓練では、既に着艦事故で3機が失われており、オヘア中佐自身、飛行甲板を危うく超えそうになった程であり、この新鋭機で空母に着艦する事が
どれだけ難しいかは、嫌と言うほど体験してきた。
口の悪い兵からは、速度だけは一人前のやたらと扱いの難しい欠陥機とも呼ばれる程だが、その汚名を、今日ここで返上する機会が巡ってきた。

「この機体には散々振り回されて来たが、今日はこのじゃじゃ馬さを存分に発揮してもらうぞ……中隊各機へ!11時下方に注視!」

オヘア中佐は、今しがた乱戦の巷から抜け出して来た、一群のワイバーンをはっきりと視認した。
空中戦は依然激しく、火を噴いて墜落する戦闘機や、ボロボロになって落ちていくワイバーンが次々と現れているが、そこを抜け出したワイバーン群が
機動部隊に向かいつつあった。

「俺達を除いて、260機の戦闘機が敵と戦っているが、全部を抑え切るのはやはり無理があるな」
「隊長!突っ込みますか!?」

部下の1人が逸る気持ちを抑え切れず、オヘアに戦闘開始を促してきた。
彼はそれを聞き流しつつ、ワイバーン群の全体図を眺めていた。
幾分遠くの空域にいるため、はっきりした数はわからないが、敵は大雑把に見ても3群に別れていた。
敵はの一群は低空を行くワイバーンであり、数は20騎前後であろうか。
次の敵は高空付近を行くワイバーン群で、こちらも数は20騎ほどだ。
最後に、周囲に幾つかのワイバーンが別れて飛んでおり、こちらはそれぞれが4か5騎で構成されている。
それらは3つほどに別れて低空と高空のワイバーン群の間を行き来するように飛行していた。
明らかに、戦闘ワイバーンに護衛された攻撃隊であった。
数は全部合わせて5、60騎程である。
戦闘ワイバーンは艦隊攻撃に参加しないとしても、攻撃ワイバーンが40騎前後も突入するとなると、第1次、第2次で複数の護衛艦を撃沈、または被弾落伍
させられたTG58.3ではややきつい相手となる。
オヘアは決断した。

「これより敵ワイバーン群を攻撃する!第1、第2小隊は護衛の戦闘ワイバーンを引き付ける!第3、第4小隊は低空侵入のワイバーンを叩け!」
「高空侵入のワイバーン群はどうしますか?」
「高空侵入組は恐らく爆弾搭載騎だ。爆弾なら、我が軍の正規空母が2、3発被弾しても沈む事はない。だから、あれは放置しても構わん。だが、低空侵入組の
魚雷攻撃となると話は変わってくる。俺達は戦闘ワイバーンをきりきり舞いさせている間に、魚雷装備組を潰して機動部隊を援護する!わかったか!?」
「「了解!」」
「ようし!全機突撃開始!」

オヘアがそう命令を下した直後、彼は愛機を下方の敵に向かわせた。
高度6000付近から左旋回しながら、機体は機首を敵編隊に向けたあと、一気に増速し始めた。
速度計は500キロから600キロと、あっという間に上がっていく。
そして600キロ中盤はおろか、700キロまで速力は上がり、そして短時間で800キロ直前にまで達していた。
コクピットの風切音がこれまで以上に大きくなるが、エンジン音はそれ以上に鳴り響いている。
敵編隊との距離は急速に詰まっていき、その姿がはっきりと見え始める。

(相変わらず、凄い速度だ!)

オヘアは幾度も乗り慣れているのだが、この加速感には未だに驚かされており、愛機の猛速ぶりに舌を巻いていた。
敵ワイバーン編隊も気付いたのか、すぐさま戦闘ワイバーンがオヘア中隊に立ち塞がろうとした。

「第1、第2小隊は俺に続け!敵の護衛を引っぺがす!第3、第4小隊は雷撃隊を落とせ!」

オヘアはレシーバ越しに改めて命じ、16機の新鋭戦闘機は2群に別れて敵編隊に突っ込んで行った。
照準器越しに敵ワイバーンの姿が見えたが、その姿はあっという間に大きくなる。
互いに高速で飛行しているため、射撃機会は非常に短かった。
オヘアは敵ワイバーンの真正面に向けて機銃弾を放った。
4丁の12.7ミリ機銃が銃弾を放ち、曳光弾が敵ワイバーンに注がれるが、射撃時間は1秒にも満たず、敵ワイバーンは高速ですれ違っていった。
第1、第2小隊は、それぞれが敵ワイバーンに機銃弾を撃ち込んだが、敵の防御魔法に弾かれて敵ワイバーン本体と竜騎士は無傷のままであった。
だが、戦闘ワイバーン群は米軍機の余りの速さに射撃機会を失い、一方的に攻撃を受けた形となった。
対処にあたったワイバーン小隊は2個から3個に増え、全騎がオヘア小隊と第2小隊を後ろから追いかけようとするが、8機の戦闘機が異常に早い事も
あって瞬時に引き離された。

「反転して再攻撃だ!」

オヘアは部下達にそう命じながら、愛機を旋回させてワイバーンへ向けさせる。
高速で旋回しているため、体にかかる強いGのせいで一瞬気が遠くなりかけるが、水平飛行に戻った時にはGもある程度軽減された。
再びワイバーン編隊に突撃を開始した第1、第2小隊は、躊躇う事無く高速で距離を詰めていく。
目測で800メートルほどに達した所でワイバーンが光弾を放ってきたが、それは悉く外れた。
お返しだ、とばかりに、オヘアは機銃弾を放つ。
今度もまた、高速ですれ違うために射撃機会は一瞬であったが、目標のワイバーンには自分が撃った以上の曳光弾が注がれているのがわかった。
今度もまた命中の手応えを感じ取ると同時に、オヘアは敵ワイバーンとすれ違った。

「隊長!1騎撃墜です!」

部下が弾んだ声音で報告を送ってきた。
彼はまだ知らなかったが、第1、第2小隊は図らずも、1機のワイバーンに集中射撃を加えていた。
いくらある程度の攻撃に耐えられる防御結界といえども、一気に多数の機銃弾を浴びては耐え切る事はできなかった。
ワイバーンは防御魔法の効果が切れた瞬間、多数の12.7ミリ弾に引き裂かれ、瞬時に絶命してしまった。

「よし!どんどん敵を追い込んで行くぞ!」

オヘアは共同撃墜とはいえ、この新鋭機の初戦果に声を弾ませた。

「第1小隊はこのまま右旋回を行いつつ急上昇!第2小隊は左旋回を行いながら上昇しろ!小隊毎で独自戦闘に入る!」
「了解!」

オヘアの新たな命令が下り、8機の新鋭機は更に4機ずつの小編隊に別れ、思い思いの方向に飛び始めた。
敵新鋭機の急な行動に、14機に減った戦闘ワイバーンは動きが読めず、混乱するばかりだ。
第1小隊と第2小隊は雲に飛び込んだ後、高度7000メートルまで上昇した。
そして、8機の新鋭機を視界から見失い、困惑したように飛行を続けるワイバーン群の側面を目掛けて、またもや突撃を開始した。
敵ワイバーン群と新鋭機の間には雲が広がっており、一時的に雲に飛び込んだ。
そして、しばしの間真っ白な視界に覆われた後、米軍機は雲から飛び出してきた。
オヘアの目の前には、ちょうど無防備な右側面を晒しているワイバーン群が見えていた。

彼は、その中の1騎に狙いを定め、距離400メートルで機銃弾を放った。
唐突に側面から現れた米軍機にワイバーン上の竜騎士はハッとなり、すぐに側面に向け直るように、相棒に指示を飛ばすが、時既に遅く、多数の
機銃弾がワイバーンの右側面から突き刺さった。
魔法防御を弾き飛ばした機銃弾はワイバーンに殺到し、急所に命中した。
竜騎士は無事であったが、致命傷を負ったワイバーンは飛行能力を失い、そのまま竜騎士を道連れに墜落していった。
米軍機は護衛のワイバーンを右、または左、更には下や上に回り込み、思い思いの方向から襲い掛かってくる。
ワイバーン隊はそれに対処しようと、時には相対して光弾を撃ち込み、ある時は追撃して背後に回り込もうとするが、速力差があり過ぎて全く対処できない。
それどころか、1騎、また1騎と撃墜されるワイバーンが続出した。
戦闘ワイバーン隊が四苦八苦している中、雷装のワイバーン隊はより悲惨であった。
陸軍第452空中騎士隊の指揮官であるアムタ・トヴィエノ少佐は、19騎の雷撃隊を率いて米機動部隊に向かいつつあったが、敵艦隊から約13ゼルド
(39キロ)まで進出した所で、未知の敵戦闘機に襲われていた。

「隊長!右上方からまた来ます!」

部下の第2中隊長が悲痛な魔法通信を送ってくる。

「かわせ!かわし続けるんだ!敵機動部隊まではあと少しだぞ!」

トヴィエノ少佐はそう返信したが、その次の瞬間、第2中隊長は敵戦闘機の猛烈な機銃掃射を受けた。
魔法防御が機銃弾を弾き飛ばすが、すぐに耐用限界に達してしまう。
無防備となったワイバーンと竜騎士に機銃弾が突き刺さり、即座に命を刈り取られてしまった。
敵戦闘機はそれを見届ける必要も無いとばかりに、轟音を響かせながら飛び去っていく。

「やられた!隊長、すみません……!」

別の悲痛めいた魔法通信が彼の頭の中に飛び込んでくる。
振り返ると、直率中隊の6番機が敵戦闘機の機銃弾を浴び、急速に高度を下げつつあった。

「頑張れ!諦めるな!!」

トヴィエノ少佐は無意識のうちにそんな言葉を吐き出したが、それも虚しく、6番機は急角度で海面に突っ込み、波間の飛沫となってしまった。

「くそぉ!護衛隊は何してやがる!?早く援護してくれ!!」

彼は一向に援護に来ない護衛のワイバーン隊に激怒していたが、肝心の護衛隊も、同じ未知の戦闘機に襲われて、大混乱の真っ最中である事は知らなかった。
敵と交戦を開始してから10分足らずで、19騎いた雷装隊は7騎にまで減らされてしまった。
出撃前は、雷装隊は24騎であったが、5騎が敵戦闘機に撃墜されたものの、この敵戦闘機群は今までに遭遇したF8FやF7F、F4Uといった、
ある意味馴染みのある機体ばかりであるため、一時は援護が遅れた味方の戦闘ワイバーンを恨みはしたものの、結果的に5騎の損失のみで、
後は味方のワイバーン隊が敵戦闘機を引き受けてくれた為、損失は抑えられた。
乱戦の巷から抜け出してからは、順調に敵機動部隊へ向かいつつあり、これから襲い来るであろう、猛烈な対空砲火を前に覚悟を決めていたが、
敵の新型戦闘機はその直後に襲い掛かって来た。
今までに見た事のないその新鋭機は異常に早く、幾つかの小編隊に別れると、海面を除くあらゆる方向から攻撃してくる。
雷装のワイバーンの中には、魚雷を捨てて敵戦闘機に立ち向かう物も居るが、それを待ってましたとばかりに敵戦闘機が横合いから突っ込み、
痛烈な連射を与えて瞬く間に叩き落とした。

「あと少し!あと少しだ!あそこまで辿り着ければこの魚雷を」
「隊長!後ろから来ます!」

彼が悔しげにそう叫んだ所に、部下から後方注意の声が入る。
振り返ると、後方から急速に迫り来る敵機の姿があった。
今までに見た米軍機とは全く違う、全体的にスッキリとした細身の機体。
主翼の付け根だけが妙に太いが、全体的なバランスは整っており、ある種の美しさを感じさせる。
それが却って、彼の恐怖心を煽った。

「く、来るなぁ!!」

彼は無意識の内にそう叫び、相棒に右旋回に入るように指示を飛ばす。
その直後、周囲の魔法防御が展開されるが、それがひとしきり続いた後、唐突に明かりが消えた。
そして、背中に猛烈な激痛と衝撃を感じた後、彼の意識は真っ暗闇に包まれた。

第5艦隊旗艦である重巡洋艦インディアナポリスのCICでは、第5艦隊司令長官を務めるレイモンド・スプルーアンス大将が
ジョン・サッチ航空参謀から報告を受けていた。

「長官。我が艦隊の左方向に回り込みつつあった敵ワイバーン隊にサラトガ戦闘機隊の一部が取り付き、大損害を与えたとの事です」
「ほぅ……もしや、そのサラトガ隊の一部というのは、例のあれかね?」
「はい。FH-1ファントムであります。彼らは初陣ながらも、よくやってくれました」

サッチ大佐は誇らしげな表情を浮かべながら、スプルーアンスに報告する。

「戦果ですが、戦闘ワイバーン8騎、雷装のワイバーン19騎を撃墜したとの事です。特筆すべきは雷装隊への攻撃で、その空域に居た雷装隊は
全てを撃墜した模様です」
「それは素晴らしい」

スプルーアンスも大きく頷きながら返した。

「護衛のワイバーンを牽制した隊も見事な物です。8機のFH-1は16機の戦闘ワイバーンを相手にしましたが、速力差を活かしてきりきり舞いさせ、
雷装隊への援護を妨害しております」
「機体も優秀だが、それを操るパイロットも優秀だ。扱い辛いと言われているジェット戦闘機でよくやってくれた」
「隊長のオヘア中佐は、開戦以来の優秀な戦闘機パイロットです。彼らと、ファントムを連れて来た甲斐がありましたな」

参謀長のカール・ムーア少将が笑みを浮かべながら、スプルーアンスに言った。


FH-1ファントムは、アメリカ海軍が初めて採用したジェット艦上戦闘機である。

新興企業であるマクドネル社が開発したこのジェット戦闘機は、全長11.8メートル、全幅12.4メートルとなっており、主翼の折り畳み機構を有しているため、
全幅は4.94メートルまで変化し、空母搭載機としての運用能力を確保している。
機体重量は4.5トンと意外と軽めであり、最も軽めなF8Fよりもやや重い程度である。
最高速度は、ウェスティング・ハウス社製のJ-30ターボジェットエンジンを搭載しているため、試作機が790キロ、量産型が805キロまで出すことができ、
陸軍航空隊のP-80には劣るものの、シホールアンル軍が運用する全ワイバーン、全飛空挺よりも圧倒的な速度差で飛行する事ができる。

武装は12.7ミリ機銃が4丁と幾分軽めであるが、主翼には計8発のロケット弾を搭載する事も可能であり、地上支援に投入する事も視野に入れられている。
FH-1ファントムの初飛行は1945年1月に行われており、紆余曲折を経ながらも、1945年9月には量産型の生産が開始された。
45年11月には、オヘア中佐を指揮官とした実験飛行隊が編成され、様々な苦労を経験しながらも、ようやく実戦試験にまで辿り着けた。
その母艦として選ばれたのが、リプライザル級大型航空母艦として建造されたサラトガであった。
空母サラトガは、今年の2月末から実戦試験を兼ねて、海軍の母艦航空隊が配備を決めた最新鋭戦闘機、FH-1ファントム16機の試験運用を開始していた。
作戦海域に到達するまで、オヘア中隊は2度ほど発着艦訓練を行ったものの、訓練のみで実戦の機会は今日まで訪れなかった。
そして今日……FH-1は、その鬱憤を晴らすかのように、大いに暴れ回ったのである。
最新鋭戦闘機が期待通りの大暴れをしたという朗報に、CIC内ではどこか浮ついた雰囲気が流れ始めていたが、スプルーアンスは無表情のまま、
戒めの言葉を放った。

「いや、まだ浮かれている場合ではない。大活躍したFH-1は今や、弾薬切れで空戦域から離脱しているし、敵の爆撃隊はまだ進撃中だ。この他に、
輪形陣の右側に向けて70騎が向かいつつある。ここからこの敵をどうやって撃退するべきかが問題になっているが……手はまだある」

スプルーアンスは、対勢表示板に描かれた艦影の中で、一際大きな艦……戦艦ウィスコンシンに視線を集中させた。

「敵には、もっと驚いてもらう事にしよう」


戦艦ウィスコンシン艦長アール・ストーン大佐は、命令を受け取るやいなや、僅かに口角を上げた。

「ようやくか……砲術!」

彼は艦内電話で砲術長を呼び出した。

「艦長、お呼びですか」
「例の奴を使う。主砲、右砲戦用意!」
「右砲戦用意!アイ・サー!」

砲術長のレリック・カルコフ中佐が威勢の良い声音で返答した。
ウィスコンシンに搭載されている48口径17インチ3連装砲3基9門が、右舷方向へその筒先を向けていく。
3つの主砲塔が向いている中、輪形陣の右方向に回り込みつつあるワイバーン群が次々と現れ始めており、すぐにでも突入態勢に移る構えだ。
数は70以上はいる。

最新鋭のジェット戦闘機隊も投入した結果、敵戦力をかなり削ったと聞いたのだが、戦闘機隊の奮闘も思いの外実らなかったようだ。

「報告では、敵は400以上もいたと言うからな。260機では当然押し切られてしまうか……」

ストーン艦長は、それもやむなしと言った口調で言いつつ、双眼鏡で遠方の敵編隊を見つめる。
敵編隊の姿はうっすらとだが、なんとか視認できる。

「レーダー手より報告!敵編隊接近!高度4000、距離25000!」
「艦長!主砲射撃準備良し!いつでも発砲できます!」

カルコフ中佐が報告を送ってきた。

「よし!砲撃距離は20000だ。それまでは各砲塔、別命あるまで待機!レーダー員は敵との距離を逐一報告せよ!」

ストーン艦長はそう指示を飛ばしつつ、レーダー員からの報告を待ち続ける。

「24500………24000……23500……」

ウィスコンシンに搭載されている対空レーダーと高度測定レーダーが、敵編隊を常時捉え続けており、その位置情報はCIC経由で
ストーン艦長に刻々と知らされていく。
ウィスコンシンの主砲は、大きく仰角を上げており、その筒先は遠くの敵ワイバーン群に向けられていた。
目標は、高空を飛行している50騎近くの敵編隊である。
敵は2群に別れており、低空付近に20騎前後、高空付近に50騎ほどを確認している。
ウィスコンシンの目標は後者だ。

「22500……22000……」
「テスト用として持たされた新型弾だが……果たして、どれだけ通用するか」

ストーン艦長は、内心不安に思う反面、初めて使う新型弾の効果に期待する気持ちも強かった。

「21500……21000……」

スピーカー越しにレーダー員の読み上げが続き、発砲距離まで後少しとなる。

眼前のワイバーン編隊は、依然として悠然とした状態で接近しつつある。
従来通りに戦闘が推移すれば、あの編隊の半数近くか、またはその大半が生きて帰らぬ事は、敵側も理解できているはずだが、それでも堂々たる
編隊を組んで向かいつつあるその姿は、紛れもない戦士そのものだ。

(敵ながらいい覚悟だ)

彼は心中で敵に感服した。

「20500……」
「だが、それも終わりだ」

ストーンがそう呟いた直後、その時は来た。

「20000!」
「主砲!撃ち方始め!」

彼の命令が下るや、砲術長越しに命令が伝達される。
そして、命令から2秒ちょうどで、ウィスコンシンの主砲が火を噴いた。
大音響と共に9門の大口径砲が斉射で放たれ、57000トンの巨体がブルブルと震えた。
発砲の濃い煙が視界を遮り、艦橋からは敵の姿が一瞬見えなくなった。
煙が晴れると同時に、敵編隊の前方に複数の爆発が起こったのを確認できた。

「よし!起爆したぞ!!」

彼は小さく叫び、その次に無数の白い糸のような煙が撒き散らされる姿も確認できた。
爆煙や煙に巻き込まれた複数のワイバーンが見えなくなるが、しばし間をおいて、4騎のワイバーンが墜落していく様子が見て取れた。

「何?撃墜できたのはあれだけか……?」

ストーンは意外な結果に戸惑ってしまった。

「艦長!次弾装填完了です!撃ちますか!?」
「無論だ。続けて撃て!」

ストーン艦長は即答し、すぐさま第2斉射が放たれた。
第1斉射と同様に凄まじい衝撃と轟音がウィスコンシンを揺さぶった。
その直後、敵編隊に変化が生じた。

「ああっ……敵が散り始めたぞ!」

敵ワイバーン群はウィスコンシンの射撃に恐れを成したのか、第2斉射を確認した直後に、幾つかの小編隊となって別れ始めたのだ。
それからしばし間を置いて炸裂した17インチ対空弾は、敵のまばらな位置で炸裂し、運の悪い小編隊を巻き込んだだけで、第1斉射の
ような成果は上げられなかった。
「くそったれ!このテスト用の砲弾は最初だけしか効果が無いぞ!」
彼は無意識のうちに罵声を放ってしまった。
ウィスコンシンが放ったのは、最近開発されたばかりの新型対空砲弾であり、17インチ砲弾にVT信管を装備し、その内部を焼夷榴散弾や
鉛弾等を詰め、敵の対空目標に使用する事を予定されていた。
本国で行った試験射撃では、前方1200メートル付近まで危害範囲が及ぶ事が確認されており、これを敵編隊の前面で炸裂させれば効果が
あると期待されていた。
事実、9発の17インチ砲弾は、第1斉射では見事に敵編隊のほぼ前面で炸裂し、多数のワイバーンを危害範囲内に捉えていた筈であったが……
実際に撃墜できたのは、第1、第2斉射合わせても6騎程度しか確認できなかった。

「魔法防御を展開している敵には、17インチ対空弾と言えど、一網打尽にする事は難しいのか」

ストーンはそう言いながら、新型砲弾の惨憺たる有様に心底落胆してしまった。
ちなみに、今回の作戦ではウィスコンシンの他に、TG58.2所属の戦艦ミズーリにも実戦テスト用の砲弾が配備されていた。

「主砲、射撃中止だ。以降は両用砲と機銃に任せる」

彼は務めて平静な声音で砲術科に伝えた。
程無くして、編隊を乱された敵ワイバーン群が五月雨式に輪形陣に突入してきた。
これに対して、艦隊の各艦はこれまで同様、猛烈に対空射撃を行った。
輪形陣右側の陣容は、作戦開始時と比べて減っており、駆逐艦は10隻から8隻に減り、護衛の巡洋艦もインディアナポリスとロアノークのみに
減ったのが、何とも心細く感じる。

とは言え、各艦共に戦意は衰えておらず、猛然と両用砲を撃ちまくった。
五月雨式に突入してきたワイバーン編隊のうち、先発した形となった高空組の2編隊計9騎に対空砲火が集中する。
低空侵入組のワイバーン編隊は幾分後方に位置していたため、駆逐艦群はまず、高空組を迎撃した後に、ある程度進ませてから低空侵入組に
目標を切り替えようとしたのであろう。
対空戦闘の様子は、ウィスコンシンの艦橋からも見て取れた。
ウィスコンシンの右舷側に設置された、5インチ連装砲5基10門も射撃に加わる。
17インチ砲弾の発砲音と比べれば軽く思える砲声ではあるが、それでも断続的に響く発砲音は侮れない。
艦橋にもその喧騒が間断無く響く中、ストーンは今見えた光景が意外に思えた。

「一気にワイバーンが2騎も叩き落とされたぞ……続けてまた2騎だ」

この瞬間、ワイバーン編隊の周辺には、ロアノークの全力射撃も加わった事もあり、かなりの数の炸裂煙が湧いていたが、そこからそう間もない
短時間で4騎ものワイバーンが撃墜されたのだ。
しかも、駆逐艦の上空に到達する前に、である。
通常なら、駆逐艦群の真上を飛び越えてから、ポツポツと落ち始めるのだが。

「お、更に2騎がやられたぞ」

ストーンは、双眼鏡越しに別のワイバーン2騎が被弾し、撃墜される様子も確認した。
そして、敵ワイバーン隊は駆逐艦群の真上を突破する前に、9騎全てを両用砲のみで撃墜されてしまった。
文字通り、バタバタ叩き落とされたという表現が当てはまる程、急なペースで撃墜されていったのだ。

「おいおい……異常に脆いぞ。一体何があった?」
「敵ワイバーン更に、高空より更に接近!高度3800、数は約8!」

見張員が新たな目標の接近を知らせる。
各艦の両用砲が手慣れた手付きで新たな目標に狙いを定め、即座に発砲を再開した。
ほんの一瞬だけ静かであったウィスコンシンの艦橋内に、再び5インチ砲の連続射撃の騒音が鳴り始めた。
ウースター級程ではないにせよ、5インチ砲10門の連続射撃はそれなりの迫力があり、ウィスコンシンの右舷側甲板は、盛んに発砲炎が沸き起こっていた。
護衛の駆逐艦や、僚艦インディアナポリス、ロアノークも負けじとばかりに対空射撃を続ける。

敵編隊は第1、第2次空襲と同様に駆逐艦群の上空を高速で突破しようとするが、驚くべき事に、敵は先程と同じように、急なスピードで次々と撃墜されつつあった。
「敵ワイバーン、両用砲弾で次々と撃墜されています。あと3騎です!」

「おいおい!なんだこれは……敵はこんなに脆くなかった筈だが……!」

その瞬間、ストーンは頭の中で先程見た光景を思い返していた。

(ウィスコンシンの放った第1斉射弾は、敵編隊の前方でほぼ最適な位置で炸裂しているように見えた。遠目ながらにも、対空弾の炸裂炎を浴びた編隊も
確かに見ている。あの時は第1、第2斉射でたった6騎しか撃墜できなかった事に憤慨したが……もしかしたら、あの時点ではただ撃墜できなかっただけで、
対空弾は”やれる事はやった”のかもしれんぞ)

彼の思う通り、新型対空弾は仕事をきっちりとこなしていた。
ウィスコンシンの第1斉射弾は、敵ワイバーン4騎を撃墜した以外にも、20騎以上の魔法防御を著しく消耗させていた。
この影響で、魔法防御のほぼ切れた状態で突入したワイバーンは、濃密な対空弾幕に絡め取られるや、駆逐艦群を突破すらできずに次々と撃墜されたのである。
敵編隊が早々に甚大な損害を負う中、米艦隊側でも問題が出始めていた。

「ロアノーク、一部の対空砲に故障ありの模様!」
「何?ロアノークが?」

ストーンはその言葉を聞くなり、視線をロアノークに向けた。
ウィスコンシンの右舷側後方を行くロアノークからは、依然として激しい対空射撃が繰り返されている。
一見すると、活火山の如きその対空射撃は、いつ見ても息を呑むのだが……この時ばかりはやや違って見えた。

「右舷側から発せられる発砲炎の間隔が若干間延びして異様に見える。だが、5インチ砲は相変わらず撃ちまくっているな」

ストーンはそれ以上関心を払わなかったが、この時、ロアノークの艦上では、それまで健闘を続けていた3インチ両用砲が次々に故障する事態に見舞われていた。

3インチ50口径連装両用砲は1945年に開発されたばかりの新型速射砲で、毎分30~45発の3インチ砲弾を発射可能となっている。
第1次、第2次空襲では、ロアノークはこの3インチ両用砲も活用して敵編隊の攻撃阻止に大きく貢献している。
だが、3インチ両用砲は採用当初から連続使用後の故障率が少なくないとの報告が上がっており、昨年からウースター級の各艦に装填不良や砲身加熱などの
各種故障が相次いでいた。
現場ではそれぞれ対応策を見出し、生産メーカーであるノーザン・ポンプ社からも技術者を呼び寄せて対策に当たっていた。
だが、これまでの空襲で猛烈な対空射撃を続けていた3インチ砲は、各砲とも様々な故障が起き始めており、ロアノークは現時点で右舷側に指向できる
2基4門とも、給弾不良で射撃を止めていた。

それでも、右舷側に指向している5インチ連装砲9基18門は依然として砲撃を続けており、ロアノークの対空火力は決して侮れなかった。
敵ワイバーン編隊は、既に先行していた17騎が無惨にも撃墜されても臆する事なく、艦隊へ向けて突進を続けていく。
唐突に、高空のワイバーン編隊で炸裂する砲弾の量が減った。

「駆逐艦群、低空侵入のワイバーン隊に向けて迎撃開始!」
「遂に雷装のワイバーン隊が来たか」

ストーンはそう呟きつつ、駆逐艦が多くの雷装ワイバーンを減らす事を期待した。

「左側方向でも敵ワイバーン隊が接近!高空より20騎!」
「左からも来たか。さて、踏ん張り所だな」

ストーンはそう言いつつ、今度の敵がどこを狙うかが気になった。
第1次、第2次攻撃では護衛艦を中心に狙ってきた。
この第3次攻撃からは、敵は護衛艦の減少を見込んで行動するため、本命の空母を狙いに絞って来ると予想されていた。
その予想は正しく、艦隊に貼られている弾幕は確実に少なくなっている。
だが、それでも多くはないとは言い切れず、現に艦隊の上空には多数の炸裂煙で覆われていた。

(敵は護衛艦の排除が十分では無いと見て、また護衛艦に攻撃を仕掛けて来るのではないか?)

ふと、ストーンはそう思ったが、その予想に反して、敵編隊は高速で防空網の突破を試みていた。

「敵編隊、駆逐艦群の上空を突破!巡洋艦部隊の上空も間も無く突破する見込みです!」

見張員の報告が入ると、ストーンは内心舌打ちしていた。

「高空の敵ワイバーン、10騎が防空ラインを突破しました!空母群に接近します!」

ワイバーン群が左舷方向に現れると同時に、待機していた左舷側の5インチ砲、40ミリ、20ミリ機銃群が一斉に射撃を開始する。
敵ワイバーン編隊は2群に分かれており、その周囲には盛んに高角砲弾が炸裂しているが、先程と違って1度、2度の炸裂で撃墜されるワイバーンはなかなか居なかった。

「くそ!奴ら、しっかりと魔法防御を貼ってやがる。新型対空弾の危害範囲外にいた奴らだな」

ストーンが罵声混じりの言葉を放った直後、敵は次々に急降下に入った。
ワイバーン群は、10騎2群から別々に離れてそれぞれの目標に向かっていく。
1群は軽空母ライトに向かい、もう1群は正規空母グラーズレット・シーに向かった。
ウィスコンシンの対空砲火は、これを全力で迎撃した。
猛烈な対空弾幕が張り巡らされ、盛んに砲弾が炸裂し、多量の曳光弾がワイバーン目掛けて殺到していく。
空母自身も舷側を発砲炎に染め上げ、全力で両用砲や機銃を撃ち上げていた。
高空からワイバーンが狙いを定め、空母に急降下で接近して行くが、ワイバーン隊も魔法防御の効果が次々と切れ始め、1騎、また1騎と対空砲火の餌食となっていく。
敵編隊は高い所のみではなく、低空からも殺到してきた。

「敵雷撃隊が防御ラインを突破しました!」
ストーンは視線を下ろす。
ウィスコンシンの左舷後方から4騎のワイバーンが抜けていき、その遠くには6騎が飛び去って行くのが見える。
4騎はグラーズレット・シーへ、7騎はライトに向かいつつあった。

「くそ!雷爆同時攻撃か!敵ながら、いいタイミングだ」

彼は敵の手際の良さを素直に褒めつつ、同時に悔しさも感じていた。
敵ワイバーンは低空と高空の2方向から2隻の空母を追い詰めていた。
ウィスコンシンは、ライトに向かう敵は僚艦に任せ、グラーズレット・シーに向かう敵を全力で迎撃した。
敵ワイバーン隊は、ウィスコンシンやグラーズレット・シーの対空砲火を受けて次々に撃墜されていくが、残存騎は距離を急速に詰めていく。
グラーズレット・シーが左舷方向へ急回頭し始めると同時に、2騎に減った高空組のワイバーンが相次いで爆弾を投下する。
1発がグラーズレット・シーの右舷側艦首横の海面に落下し、至近弾となって海水を高々と噴き上げた。
この爆弾は、艦首が急回頭し始めた直後に落下したため、艦長はギリギリのタイミングで初弾をかわせたのである。

「よし!上手いぞ!」

ストーンはその華麗な回避運動に喝采を叫んだ。
だが、その喜びも、次の瞬間には見事に消え失せた。
グラーズレット・シーの後部甲板から唐突に爆炎が上がったのだ。

「グラーズレット・シー被弾!火災発生の模様!」

眼前のエセックス級空母は後部甲板から火災煙を引きずる形となったが、そこから敵は追い討ちとばかりに、生き残った雷撃隊3騎が次々と魚雷を投下していた。

「敵が魚雷を投下しやがった!近いぞ!!」

敵ワイバーン3騎の投下タイミングは、これまた憎たらしい程完璧と言えた。
この時には、グラーズレット・シーの回頭はまだ始まったばかりであり、敵ワイバーンは少なくとも、900メートルという至近距離で魚雷を投下していたのだ。
このままであれば、確実に2本は命中し、例え完全に回頭したとしても、1本は艦首真正面か、右舷側前部に間違いなく命中する。
敵は確かな手応えを感じたのか、体を翻してすぐさま避退に取り掛かった。
その姿目掛けてグラーズレット・シーが艦首の40ミリ機銃を撃ちまくって撃墜しようとする。

「ライトにも攻撃が集中してます!あ、爆弾命中しました!」

見張員から悲痛めいた報告が飛び込んで来るが、ストーンはグラーズレット・シーの努力が実るのか否かに注視していた。
グラーズレット・シーは完全に回頭を終え、艦首部から白波を蹴立てて航行するが、そこ目掛けて2本の魚雷が突き進んでいた。
2本の航跡は、意外にもグラーズレット・シーの艦体を挟み込むような形で突き進んでいた。

「お、もしや……」

彼はもしかしたら、僚艦が被雷を免れるのでは?という淡い期待を抱き始めたが、2本中、1本は遠目で見ても当たるコースであった。
それは、無慈悲にも艦首を目掛けて進み続けているように見えた。

「いかん!当たるぞ!!」

ストーンは無意識のうちに目を背けていた。
それから程なくして、耳に鈍い轟音が鳴り響いていた。
爆弾が命中した物とは明らかに違う、重々しい爆発音は、まさしく魚雷の物であった。

(グラーズレット・シーがやられた!)

ストーンは心中で確信した。
今頃は、艦首正面から大量の水柱を上げ、大破確実の損害を負った事であろう。

(守れなかったか……)

彼は悔しさの余り、歯を思い切り噛み締めていた。
だが、耳に飛び込んできた報告は、彼の思っていた物とは幾分違っていた。
確かに味方空母は被雷してしまった。
だが……それはグラーズレット・シーではなかった。

「ライト被雷しました!右舷中央部と後部付近に計3本!」
「ライトに魚雷が3本もだと……」

彼は思わず目を瞑ってしまった。
インディペンデンス級軽空母に属する軽空母ライトは、元々はクリーブランド級軽巡洋艦の艦体を利用して建造された改造空母である。
元々が中型艦であり、エセックス級に比べて魚雷に対する防御力は格段に弱い。
1本でも食らえば大破確実である。
それを3本も食らったとなれば、後はもう絶望しか残されていなかった。

「ライト、急速に速力を落としています!」
「シホットの奴ら……!」

ストーンは唸るような声音で憎しみの言葉を吐こうとしたが、ふと、彼は何かを思い出した。

「グラーズレット・シーはどうなっている?」
「グラーズレット・シー健在です!敵の魚雷を全て回避した模様です!」

彼の疑問は、見張員からの報告ですぐに解決した。
視線を向けると、そこには後部甲板から黒煙を吐きながらも、30ノット以上の高速で再び右に回頭中のグラーズレット・シーがいた。
攻撃してくる敵は全て魚雷、爆弾を使い果たして避退したため、元の位置に戻ろうとしているのだろう。

「よくぞ回避してくれた……あの艦には幸運の女神が付いていたようだな」


午前11時55分 第5艦隊旗艦 重巡洋艦インディアナポリス

敵の空襲は既に終わりを告げており、艦隊には元の静けさが戻っていたが、インディアナポリスのCICは、重苦しい雰囲気で満たされていた。

「長官、軽空母ライトのコリンズ艦長は総員退艦を命じたと、TG58.3司令部より報告が入りました」

スプルーアンスは、ムーア参謀長から報告を受けるなり、小さく頷いた。

「いい判断だ。経験を積んだ乗員は何物にも変え難い貴重な存在だ。支援が可能な艦は直ちにライト乗員の救助にあたれ」
「はっ!既にそのように!」

ムーア参謀長からそう告げられると、スプルーアンスは再び頷いた。

第3次空襲は、これまでの空襲に耐え忍んできたTG58.3に少なくない損害を与えていた。
この空襲では、遂に正規空母、軽空母に損害が及んでおり、特に深刻な損害を受けたのが、軽空母ライトである。
ライトは12騎のワイバーンに狙われてしまい、懸命の回避運動も虚しく、爆弾3発と魚雷3本を受けてしまった。
特に魚雷3本の被害は致命的であり、艦長は避雷から5分後には艦の復旧は不可能と判断し、総員退艦を発令した。
ライトは既に停止しており、右舷に傾斜した状態で乗員が脱出を行っている。
そのライトに駆逐艦2隻が接近しており、ライト乗員の脱出を支援しようとしていた。
沈没確実の損害を受けたライトの他に、正規空母グラーズレット・シーが爆弾1発を被弾し、現在消火作業中との報告を受けている。
また、正規空母サラトガは、輪形陣左側から侵入した14騎のワイバーンから急降下爆撃を受けており、その大半を撃墜、または撃退したものの、
爆弾5発を被弾しており、両用砲座や機銃座に損害を受けた物の、飛行甲板に貼られた装甲板は想定通りに被害を軽減した為、航空機の発着には
支障無しとの報告を受けていた。
スプルーアンスは、事前に第3次空襲以降からは空母を主目標に定めて攻撃を行うであろうと予測していたが、この被害報告は、その予想通りに
戦闘が推移した事を如実に表していた。

「空母群に被害が集中してしまっているな。ライトの犠牲には、非常に心苦しい物があるが……」

スプルーアンスは、幾分重々しい口調で幕僚達に告げる。

「それは別として、事は想定内に進んでいるとも言える。このままなら、敵は手持ちのカードが乏しい状況にあるはずだ。あと少し時間が経てば……
次はこちらが敵を叩く番になる。航空参謀」
「はっ!」

スプルーアンスはサッチ大佐を呼びつけた。

「敵の第4次攻撃隊はどうなっている?」
「今は、まだこの辺りかと……」

サッチ大佐は指示棒の先で対勢表示板を突いた。
TG58.3を狙う敵は第3次のみならず、第4次攻撃隊も側面を狙う形で大きく迂回しようとしていた。
この第4次攻撃こそが、TG58.3壊滅の切り札とも言える存在であり、これに突入されれば、今度ばかりは正規空母にも大破、または沈没確実の被害を
受ける艦が出る事は確実と言えた。
その第4次攻撃隊は……

「ふむ……TG58.2とまだ交戦中という事か」


午後0時30分 シュヴィウィルグ北方某所

「なぜこんな所に敵機動部隊が居たんだ!?敵は1個空母群のみであったはずだ!!」

司令部内では、エフェヴィク中将の悲鳴じみた叫び声が鳴り響いていた。
思い返すところ1時間ほど前……

「緊急!第3次攻撃隊より続報です!敵迎撃隊の一部にジェット戦闘機出現せり!味方に損耗が続出している模様!」
「第4次攻撃隊より緊急信!未知の戦闘機隊と遭遇、交戦中!また、第1次、第2次攻撃隊が襲撃した物とは別の敵機動部隊らしき物を視認!」

意外な報告が司令部内に飛び込んできた。
彼はその瞬間、頭が真っ白になった。

この作戦では、まず第1に、最前線で脅威になっているジェット戦闘機とやらが、未だに配備されていないアメリカ海軍の空母部隊を主目標に定めること。
そして、第2に、その空母部隊を分散させ、程よく1個空母群のみになった所を集中攻撃で叩き、完全に殲滅する事を勝利条件として定めていた。
その2つの前提条件が、一瞬にして全て覆ってしまったのである。
より与し易い相手と思っていた敵機動部隊は、あろう事か、過去の大悪魔のように恐れ慄いていた存在である、ジェット戦闘機を保有して片端から
味方ワイバーン隊を食い漁り始めた上に、新手の敵機動部隊が思いもよらぬ方角から現れたのだ。
しかも、間の悪い事に、別の敵機動部隊は、第4次攻撃隊の進路とまともにぶつかる形で突然現れたのである。
この敵機動部隊は、主目標に定めた敵機動部隊から西に30ゼルド(90キロ)離れた位置を航行しており、そこから発艦した多数の戦闘機が、会敵前に
第4次攻撃隊と交戦を開始し、少なからぬ被害が生じていた。
第4次攻撃隊の指揮官は、手傷を負った空母部隊への攻撃を諦め、この新手の敵機動部隊を攻撃する事を決定し、指揮下の部隊に集中攻撃を命じた。
こうして、第4次攻撃隊は、この新手の敵機動部隊に猛攻を加えた。
攻撃の結果、駆逐艦5隻、巡洋艦2隻に損害を与え、そのうち駆逐艦2隻撃沈確実と伝えられた。
また、主目標であった敵空母へも3隻に損害を与える事に成功し、特に空母1隻撃沈確実の戦果報告が上がった時には、司令部内が一時歓声に包まれたほどであった。
だが、第4次攻撃隊は想定よりも非常に厳しい戦いを強いられていた。
敵機動部隊は、迎撃用の戦闘機を真正面からぶつける大規模な編隊と、予め低空侵入騎や高空より侵入する隊を狙うための別動隊を用意しており、これが
シホールアンル側に思わぬ損害を強いる結果となった。
これらが散々暴れ回ったおかげで、敵機動部隊攻撃前には、攻撃用のワイバーンは32騎が敵戦闘機に撃墜されていた。
攻撃隊指揮官は、左右に回り込んで挟撃する余裕は無いと判断し、片側から戦力を集中して押し潰す事にした。
この結果、敵空母1、駆逐艦2隻を撃沈し、その他の空母や護衛艦に損害を与える事に成功している。だが、攻撃終了後には、第4次攻撃隊指揮官は敵に撃墜されて
戦死してしまい、残存の攻撃ワイバーンは出撃時には250騎を数えていた物が、実にその過半数が敵戦闘機や、猛烈な対空砲火によって失われ、攻撃終了後には
80騎しか残っていなかった。
攻撃隊大量損失の原因は、敵の対空砲火が主な要因となるのだが、攻撃隊指揮官は、敵戦艦が今までに経験した事のない、主砲を用いた遠距離対空射撃を複数回行い、
ワイバーン10騎が一方的な遠距離射撃で撃墜され、30騎以上がその影響で魔法防御を消失、または著しく消耗していた。
この事は、後の対空砲火による被撃墜騎多数に繋がる要因にもなった。
これとほぼ同様の事が第3次攻撃隊でも起きており、第3次攻撃隊は敵空母1隻を撃沈し、2隻に損害を与えるも、こちらも敵戦艦の遠距離対空射撃から始まった、
熾烈な対空砲火によって攻撃ワイバーンの大半を喪失していた。

エフェヴィクは、頭を抱えたくなる衝動をなんとか抑えていた。
だが、心の底ではなぜこんな事が起きたのかと、ひたすら自問自答していた。
ワイバーンの損耗率は想像以上に高く、特に攻撃ワイバーンの損失数だけでも400以上は確実だ。
しかし、皇帝陛下は何よりも、敵機動部隊撃滅の戦果を欲しがっていた。

戦果は、多数の犠牲と引き換えに、確かに上がりつつある。
特に、念願の敵空母撃沈を果たした事は非常に喜ばしい事である。
ただ、空母を沈めたとはいえ、どの種類の空母が沈んだのかはまだ分からない。
敵の標準型とも言えるエセックス級正規空母ならまだ納得できるかもしれない。
リプライザル級大型空母なら大戦果とも呼んでいいかもしれない。
しかし……インディペンデンス級小型空母のみであったなら……戦果と言えば戦果ではあるが、それが多数のワイバーンを犠牲に得た物としては、あまりにも
無惨な結果と看做されてしまうだろう。

(いや、そもそも正規空母を2隻沈めたとしても……敵には20隻以上の正規空母がまだ残っている。既に1000ものワイバーンを投入して得たものがたったの……!)

エフェヴィクはそれ以上考えるのを辞めた。
不意に頭を大きく振りかぶる司令官を目の当たりにした幕僚達は、思わず言葉を失ってしまった。

「……なんだ?私に何かついているのか?」
「い、いえ!それよりも、間も無く第5次攻撃隊が空中集合を終え、敵機動部隊へ向かい始めます。第6次攻撃隊も程なくして空中集合を終える予定です」
「そうか……」

エフェヴィクは、今になって第5次、第6次攻撃隊の存在を思い出していた。
彼は、第3次、第4次攻撃隊が敵機動部隊と交戦中に、残敵掃討を名目とした第5次、第6次攻撃隊の出撃を命じたのだ。
第5次攻撃隊は360騎、第6次攻撃隊は200騎で編成されており、これで手持ちのワイバーン隊、飛空挺隊は大半が戦闘へ参加した事になる。
しかし、残敵掃討とは言いながらも、敵機動部隊は損害を受けつつも、未だに多数の戦力を残している。
攻撃隊と敵機動部隊の距離は約100ゼルドは離れている。攻撃隊の進撃速度を見る限り、1時間後には戦闘に入るだろう。
その戦闘で、攻撃隊がどれだけ生き残れるのか、エフェヴィクには分からなかった。

午後0時50分 第5艦隊旗艦インディアナポリス

スプルーアンスは、ムーア参謀長からTG58.2の損害報告を聞くなり、やや顔を俯かせた。

「そうか……ノーフォークを失ったか」
「爆弾8発に魚雷2本を受け、復旧の見込み無しと判断された模様です。総員退艦令は、戦死した艦長に代わり、副長より発令されております」
「……戦争とは相手がある事だ。犠牲は避けられぬ事だが、その中でも副長の素早い判断は見事だ。ノーフォーク乗員の救助は的確に行うよう、TG58.2司令部に伝えたまえ」

スプルーアンスはそう指示を飛ばしつつ、心中では苦い感情が芽生えていた。

(軽空母とはいえ、1日に2隻も空母を沈められたか。護衛艦も駆逐艦3隻、重巡1隻が撃沈され、駆逐艦8隻、巡洋艦3隻が被弾損傷している。その上、正規空母も
3隻が被弾損傷している。流れは敵に傾いていると言っても過言ではないな)

TG58.2は、敵の第4次空襲を正面から受け止めた結果、軽空母ノーフォークに爆弾8発、魚雷2本を左舷中央部に受けてしまい、早々に洋上に停止してしまった。
ノーフォーク艦長であるレコリ・エンリケ大佐は戦死し、指揮を引き継いだ副長のハンス・トマーズ中佐が各部署からの損害報告を受けた結果、即座に復旧の
見込み無しと判断し、総員退艦を命じた。
もしノーフォークの被害が、飛行甲板に受けた爆弾8発のみならば、トマーズ中佐は踏ん張って、艦を救うためのあらゆる努力を試みたかもしれない。
しかし、喫水線化に受けた魚雷2本は、瞬時にノーフォークの機関部を含む艦中枢部を破壊してしまったため、鎮火に必要な消火ポンプの停止を始めとした各種弊害が
発生していた。
機関停止に至った上に、消火活動に致命的な支障を来している状況で艦を救う事は不可能であると、トマーズ中佐は判断したのである。
戦死したノーフォークの乗員198名を除く1400名の乗員達は、浸水し、炎上する艦を放棄してまだ冷たい海に飛び込んで行った。
ノーフォークの他に、駆逐艦2隻が爆弾と対艦爆裂光弾を被弾して撃沈され、うち1隻は艦前部付近の弾薬庫に引火爆発した事で轟沈に至ってしまった。
もう1隻は爆弾7発と爆裂光弾多数が相次いで被弾した上に、爆弾3発が艦右舷側後部付近に至近弾として相次いで落下した結果、被雷時のような破孔を穿たれたため、
多量の浸水が発生し、止むなく艦の放棄に至った。
損失判定を受けた3隻の他に、軽巡洋艦フェアバンクスとノーザンプトンが爆弾2発ずつを受け、正規空母リプライザルが爆弾3発、キティホークが爆弾1発と魚雷1本を受けた。
この対空戦闘で、TG58.2司令部は敵ワイバーン250騎以上の撃墜を報告しているが、ジョン・サッチ大佐からは、撃墜数は幾分過大気味になっているとの指摘が入っていた。
戦況としては、傍目から見れば防戦一方のTF58が敵に押され通しとなっている状況だ。
スプルーアンスの思う通り、流れは敵にあると見ても過言ではなかった。

だが、それと同時に、スプルーアンスは敵の戦略に大きな綻びが生じた事を肌で感じ取っていた。

「単独と思っていた敵が複数いたという事実……これはかなり大きいぞ。そして、敵は何と戦っているのかが未だに理解できておらんようだ。
空母機動部隊という物は……文字通り、好きに機動できる…という事をな」

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