自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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匿名ユーザー

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ここのところは艦に乗ることが少なくなったな、と青谷は思う。
燃料節約のために艦艇の多くが出航を禁止され、ドッグ入りを余儀なくされている。
旧式の『ひえい』など真っ先にドッグ入りさせられた。
エネルギー調達の目処は二ヶ月が過ぎた今でも立たない。当然だ、大陸側は重油など使わないのだ。
しかし燃える水として認識してはいたようで、政府が必死に交渉を行っているらしい。
なるべく早く動かせるようになるといいが、と切に思う。お陰で海自も空自も腐ってきている。
別に暇というわけではなく、仕事はあるのだが海自も空自も極論すればフネと飛行機が全ての軍である。
フネや飛行機に乗らない人間も結局はそれらに関わるのが仕事である以上、
それらが動かなければ腐るのもしょうがなかった。

「青谷二尉、何を思い悩んでいる。」

そんな腐った日々にロゼッタを見ると思わず顔が綻びそうになる。慌てて青谷は表情を引き締めたが、
どうやら遅かったようだ。

「おや? いま少し顔が緩んだぞ。わたしに会えるのが嬉しかったか?」

「からかわないで頂きたい。大体、自分は貴女より6つも上ですよ」

「承知している。17と23だろう。ところでわが国では15で成人とみなされ、
20以上歳の離れた夫婦も貴族間ではそう珍しくはない」

「それは政略結婚でしょう」

「違いない」

そのまま微笑するロゼッタ。どきっとするほど魅力的だが、
青谷は謹厳実直な自衛官の振りをすることに今度は成功した。
好奇心旺盛で明るいロゼッタは妹のようにも見える。だが青谷とて男だ、女として彼女を時折見てしまう。
しかし会話の中で時に大きな断絶を感じることもあり、付き合うことは様々な意味でないだろうと思っていた。

「それで、業務の終了を見計らってわざわざ基地にきたのは何故ですか?」

青谷は既にロゼッタの世話役の任を解かれている。
実際のところ『ひえい』が動かないのだし、そのまま任についていてもよかったのだが、
いつまでも17歳の少女の後を追いかけているのは流石に彼の矜持が許さなかった。

「ああ、本国から召喚要請が届いた。今すぐというわけではないが、一月か二月中には戻る。
それを報告しに来たのだ。貴公には世話になったからな」

「それはまた律儀に」

一抹の寂しさを覚えないではなかったが、当然の事である。17歳とは言えロゼッタは貴族だ。
大陸を動かしているのが貴族である以上、彼女のような人間とていつまでも遊んでいるわけにはいるまい。
それに彼女は基本的に軍人だ、友好的とはいえ、大陸の軍隊は日本に備えなければならないはず。
恐らく大陸側では大幅な軍組織の改編が起こっているのではないだろうか?
ならば最精鋭である近衛隊がその最新モデルになることは疑いなく、
その旗手である彼女がここにいていいはずがない。

「礼には礼で報いるのが貴族というものだ。しかし、貴公の国は面白い国だな」

いつもどおり、明るく、そして心底不思議そうに彼女は言う。

「農奴が一人もいないのだからな。作物も機械で作れるのか?」

こういうとき、青谷は彼女との断絶を感じた。農奴、土地に束縛された農民。土地を持つことを許されず、
生産物の全てを賦役として取られる存在が、彼女の描く世界にはいて当然なのだ。疑問にも思わない。
貴族がいて、農奴がいる。両者が交わることはない。それは彼女にとって当然のことだが、
平等の精神が息づく民主主義国家で育った青谷にはひたすら異質だ。
とは言え、彼女を啓蒙しようという気にはならない。
彼女とて日本を面白がっても、この体制を否定したりはしない。

それはそれ、これはこれ。

例え相容れない存在だとしても相手を否定する行為に正義はない。
それを理解していればこそ、仲良くできるのだ。ただし、最後の溝は容易には埋まらない。

(いずれ、貿易が活発になれば彼らの世界も我々の来た道を辿るはず。
そう、鎖国を解かれた日本のように)

それがいつかはわからないが、それまで互いに敬意を持ち続ければ、きっといつかは溝も埋まる。
青谷はそれを信じて、ロゼッタとその日は別れた。




「冗談ではありません!」

経済産業大臣は、吉田の前で開口いちばんにそう言った。

「何もかもが異質すぎます! とても貿易相手にはなりません!」

「どういうことだね、大臣」

大臣には今後の貿易について当たらせていた。そろそろ経済界が市場を確保してくれと絶叫し始めている。
雇用はガタガタ、失業者は激増、力のあった企業ほど絶望が濃い。
なるべく早くに大陸の通貨と円の交換レートを設定し、限定的であれ彼らに市場を提供しなければ、
多くの企業が倒産し、日本の経済産業は壊滅、国内には失業者の群れが溢れ返る。
今は非常時ということで『とりあえず、政府がなんでも面倒を見る』ことで全てを停止させているが、
健全な状態ではないのは明らかなのだ。崖っぷちにも程がある。

「どうしたもこうしたも……首相、推定ですが、彼らの人口の9割は農民、農民で構成されています。
また農民のうち8割はまるで購買力のない農奴です。
彼らが食料の輸出に二つ返事で応えた理由がわかりましたよ。余裕があるんです、十分すぎるほど!
通貨にも余り価値がありません。彼らは農業経済主義をとってます。何せ鉄貨です。貨幣そのものにすら価値がない
彼らはトウモロコシとジャガイモと小麦を基本とした段階から脱却していません。取引は困難です」

聞いていて吉田は目が眩む思いだった。

「馬鹿な、では取引相手になるのは残りの一割だけなのか?」

「然様です。しかも都市生活者でも十分な購買力のある人間はごく一部です。
商人達は国家によって富の再投資を制限されており、狭い都市から出ることができず、
経済の発展は抑制されています。
廉価で大量に販売できる商品に関しては制限が加えられています。
この世界の富と権力は人口の1パーセントにも満たない貴族に完全に握られており、
我々は彼らへの高級嗜好品ぐらいしか、売れるものがないでしょう」

視界が、歪んだ。

「首相!?」

大臣が倒れる吉田を助け起そうとする。だが遅い。吉田は椅子から落ち、床に倒れ伏す。

「これが、絶対主義か……」

わかっていたつもりだが、甘かった。
一握りの貴族に全てが握られた社会で、有効需要は見込めない。
貴族がどれだけ金を持っていようと、彼らは少数であり、買うものの数も種類も限られている。
そもそも貨幣経済がどれほど浸透しているかすら怪しい。
これでは市場の形成など、夢のまた夢だ。

(それに、食料だ)

今のところは技術供与を種に食料を引き出しているが、いずれそれも尽きる。
教える種には困らないはずだが、多くの技術は向こうが欲さない可能性が高い。
その時に売るものがない日本はどうやって食糧を買い付ければいいのだ。通貨に兌換性もないのに。
赤字貿易どころではない。取引が成立しない。

(田中の言うとおりに……自衛隊を活用しろというのか)

田中は、圧倒的な攻撃力を誇る自衛隊を傭兵として有効活用するよう提言していた。

『大陸諸国は安定した状態とはいえ、歴史を見ればしばしば戦争を繰り返しています。
こういったところに自衛隊を派遣して平和維持に貢献し、土地を購いましょう。
土地でなくてもいい。金でも食料でもいいでしょう。
昔のスイス傭兵の手法ですな』

その場で怒鳴りつけてやった。あの時は激情を抑えられなかった。
田中は冷徹すぎる。自衛隊を生きた人間の集団ではなく、駒と見ている。
そんな人間が政治家をやっている不快感に吉田は耐えられなかったのだ。
だが、平和的に日本を救う道は閉ざされつつあるように見えた。

(戦争か……? いや、冗談ではない)

まだ手はある。あるはずだ。そんなことを考えながら吉田は医務室へ担ぎ込まれていった。

「予算不足のため、当楽団は本日を以って解散することと相成ります。今までご愛顧ありがとうございました。
今日が我々のラストコンサート、そして次の曲が最後の曲となります。
心を込めて演奏いたしますので、どうぞお聞きください。
それでは、ロッシーニ『泥棒かささぎ』より序曲です」

東京フィルハーモニー管弦楽団主席指揮者の言葉。異世界でのラストコンサートに際して。



日本が転移して三ヶ月が過ぎていた。寒い。季節はもう真冬だ。
日本の冬より遥かに寒いこの季節だが、日本人は変わらぬ日常を送っていた。
そしてこの日、ロゼッタがついに本国へ帰る事になり、青谷は見送りのために港まで来ていた。

「出発までは、まだ少しある」

ロゼッタが僅かに寂しさの残る表情で言う。

「共に歩かないか?最後の日本見物だ」

青谷に否のあるはずがない。『姫様の仰せのままに』とおどけて言うと、馬鹿め、本物の姫だぞと笑われた。
厳しい寒さだというのに、街はイルミネーションで飾られ、商店は安売りで客の目を引いている。

「大した騒ぎだ。何か特別な日なのか?」

「いえ、特には。ここのところは連日こうですね、気付きませんでしたか?」

「いつも人が多いからな、東京は。わたしには四六時中祭りをやってるように見える。
今日で見納めと思えば、急に冷静になって物が見えるのだ。しかし何でこんなに騒いでいる?」

「わかりません。或いは寒くなったからクリスマスとでも思っているのやも」

「クリスマス?」

「寒いときのお祭りですよ」

冗談を言いながらも、ここのところの妙な騒ぎを青谷もなんとなく不思議に思っていた。
青谷自身、いまのうちに騒げるだけ騒ぎ、楽しむだけ楽しんでいたほうがいいような、
そんな気がしてならないのだ。恐らく周囲の人たちもそうなのではないか?
行き交う人たちの笑顔はかげりがないように見えて、どこか引きつっている。そして青谷自身の表情も。

(おかしな話だ。全て、上手く行っているのに)

大丈夫、全て上手く行っている。不安もあるが、政府がきっと何とかしてくれる。
そう自分に言い聞かせていると、怪訝な顔のロゼッタに気付いた。

「ご無礼、姫君の前で」

「いやいい。しかし歩くだけというのも芸がないな。
ん、なんだあの音は」

ロゼッタが街の一角に視線を移す、見れば、この寒い中でオーケストラが音合わせをしていた。

「東京フィルですね。無料コンサートのようです。寄って行きますか?」

ロゼッタは一も二もなく頷いた。

首相官邸に吉田は一人、佇んでいた。
先ほど経済産業大臣が悲観の余りに首を括ったという知らせが届いたばかりだ。
市場開放、せめて一部の制限の撤廃を強く求めたものの、ついに容れられなかったのだ。

『それは、わが国の支配体制を揺るがす恐れがある。それだけは断じて受け入れるわけにはいかない』

というのが向こうの言い分だった。自由化に伴う競争による商工業者の発展に王侯達は酷く臆病だ。
また、廉価で優秀な日本製品の流入による既得権益の破壊を恐れた商人たちも猛反発したらしい。
八方塞がりとはこの事か。日本には売るものがない。あっても、売れない。共通の価値がある金銀で凌いでも、
いつか限界が来る。

ひとりにしてくれ、と言い残して官邸でテレビを眺める。ニュースでは今日も企業が倒産し、
自殺者と失業者が出たことを報じていた。いたたまれずチャンネルを変えると、野外コンサートの模様が映った。

『泥棒かささぎ』序曲。

小太鼓の連打が響き渡る。主人公のニネッタが死刑台に上るフレーズだ。
ニネッタはこの後、突如現れた召使によって無実を証明されてハッピーエンドとなる。

「……ごふっ」

吐血する。急いで吉田は洗面所に走った。このところ酷く体調が悪い。
眠れない日が続いているのだ。鏡に映る自分の顔は青ざめていた。

(人口を抑制し、自己完結的な国家に改造できるか。
無理だ。今更農業主体の国家体制に切り替えろなどと、
それぐらいなら)

戦争か。
頼まれもしないのに民主主義を輸出して強制的に農奴を解放させ、廉価な製品で大陸を席巻するか。
そのために戦争をするのか。

(いやだ)

そもそも、無理だ。戦争をやっても勝てる保証もない。
そんな戦争に日本を突入させた宰相として歴史に名を残したくない。

(もう手はないのか、何か妙手があるはずだ、何か)

だが何も思いつかない。またしても吉田は吐血する。もう立つことができない。
『泥棒かささぎ』が鳴り響く。吉田は最後まで聞くことなく逝った。

ユグドラ帝国皇帝領、サントラルは歴史ある都である。
ここは一千年の長きに渡って帝国の都として栄えており、その人口は20万を超える。
古き都は500年間ほとんど何の変化もしていない。
人口も、町並みも、システムも500年前とほぼ変わることなく今日まで続き、今日も明日も変化を拒んで
続いていく。サントラルは静止した大陸の縮図だった。
その生ける化石の如き都の中心、天を衝く高さの尖塔の中で、華やかな楽の音が鳴り響いている。

「それは?」

「ラジオというものだ。日本人から買い求めた嗜好品だ。
こうも小さいのに遥か彼方からの放送を受信できる。恐ろしいものだな。
我が方は伝書鳩か伝令だが、彼らは瞬時に通信できるというわけだ」

『泥棒かささぎ』が鳴り響く。ルクツァとアンシャムは暫く黙ってそれを聞いていた。

「よい曲ですね」

「ああ、よい曲だ。だが民族の代表者としてはこれから先、耳を傾けるわけにもいかん」

(民族の代表者か)

アンシャムは不満げに目をそらす。

(我々はひょっとして、取り返しのつかないことをしているのではないか)

このひと月で大陸中に大量のパンフレットや冊子がばら撒かれている。
そのうちの幾つかはアンシャムとルクツァが関与してばら撒いたものだが、
その多くは自発的に学生や貴族らが著し、ばら撒いたものだ。
いずれも大陸の共通文化を称揚し、誇張された歴史と神話に基づいて大陸人の優位を訴えたものだ。
最近は血統的な優越にまで話が及んでいるという。早くも事態はコントロール不能になりつつあるが、
ルクツァは気にせずもっと燃えろと言わんばかりに御用学者を動員し、各種冊子をばら撒く。

「無論、余とて自分が何をしているかはわかっている。これは伝統の破壊だ。
たとえ全てが成功したとしても、昨日までの我々ではいられまい。
全ては、勝つためだ」

「本当に戦争になるのですか?」

「その時に備えるのが我々の務めだろう。起こらぬに越したことはないが、
もし起こった場合はなるべく勝ちたい。
アンシャム、民主主義は大衆にとって王政よりも魅力的だよ。
従来の体制を敷く限り、我々は戦う前から負けている。
だからこそわたしは敢えて現体制を放棄する危険性を承知した上で、歴史と神話を捏造し、
下品なパンフレットをばら撒いたのだ」

ルクツァはそこまで語るとラジオを切り、立ち上がる。

「まだ曲の途中ですが」

「ふむ、民族的な音楽の創造も急がせねばな。これは兵器局に回すとしよう。
もっとも理解が及ぶとも思えないが」

扉を開くと、そこには彼の命令を待つ官僚たちが列を作っていた。

「民主主義に勝てるのは、民族主義だけだ」

「『泥棒かささぎ』か。陽気な曲だな」

「そうか? 私にはなんだか不安な曲に聞こえるぞ」

そう言われてみれば、と青谷は思う。確かに華やかで陽気な曲だが、どこか影のように後ろから
迫ってくるものを思い起こさせる曲ではないだろうか。
華やか過ぎる曲は、おどろおどろしい曲より余程不気味に聞こえるのかもしれない。
瞬間、視界の全てが色あせ、無価値なものへと変貌するような錯覚を青谷は覚える。
驚いて目を擦ると、全ては元通りになっていた。

「……いや、違う」

「おお、雪か! 雪が降って来たぞ、青谷!」

灰色の空から雪が降る。明日になれば積もっていることだろう。
ロゼッタは青谷の手を取ると、広場に駆け出す。

「どことなく不気味な曲だが、舞踊曲と思えば中々だ!
踊るぞ、青谷!」

「心得はありませんよ、お姫様」

「それでも海軍士官か、情けない。
まぁいい。今日で最後だ。わたしと踊る光栄を授けてやるぞ!」

泥棒かささぎがクライマックスに向かう。二人は雪の降る中を半ば出鱈目に踊る。
次に会えるのはいつの日か。そのときには大陸との間には更に緊密な関係が築かれているだろう。
そんなことを考えながら、青谷とロゼッタは曲が終わるまで踊っていた。

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