第295話 艱難辛苦
1486年(1946年)2月28日 午後5時
ああ……今日も1日が終わった
つまらないつまらない1日が……終わった
つまらないつまらない1日が……終わった
ある時から、うるさい大きな肉を潰すだけの日々
潰す潰す潰す……
潰す潰す潰す……
今日は牙を剥き出しにしてきた毛むくじゃらのうるさい肉を潰した
昨日はすばしっこく動く肉を潰した
一昨日は 地べたを這いずり回る、長い気色の悪い肉を潰した
昨日はすばしっこく動く肉を潰した
一昨日は 地べたを這いずり回る、長い気色の悪い肉を潰した
肉と潰す度に、私は血まみれになって、自分の部屋に帰ってくる
獣臭い、血のむせかえるような匂い
動きは前より良くなった
動きは前より良くなった
でも、前よりつまらなくなった
人を潰したい
泣き叫ぶ人を潰したい……
泣き叫ぶ人を潰したい……
もう、私の前に、必死に立ち向かってくる人間がいない
なぜ?
なぜ?
なぜ?
つまらない
………………
ああ、なんか……私達を世話してくれる人達の機嫌が酷い
特に、あの人の機嫌がすこぶる悪い
特に、あの人の機嫌がすこぶる悪い
「きっと、あの人もつまらない日常を送っているんだね」
ふふふふ
そう思うと、結構気が晴れたかなぁ?
ほら、今も部下に当たり散らしている
「何ぃ!?捕虜輸送隊の馬車が敵機動部隊の艦載機にやられて全滅だとぉ!?」
………
敵機動部隊という言葉は、最近何度も耳にする
一体、私のつまらなさを解消できる、肉の名前なのかなぁ……
敵機動部隊という言葉は、最近何度も耳にする
一体、私のつまらなさを解消できる、肉の名前なのかなぁ……
あ………
でも、なぜかこの名前には、肉という名称だけでは似つかわしくない気がする
でも、なぜかこの名前には、肉という名称だけでは似つかわしくない気がする
無性に、何がしかの不安を感じてしまうのは、気のせいなのだろうか……?
この日、秘密魔法施設最高責任者であるオルヴォコ・ホーウィロ導師は、被験者収容棟内で怒りの余り喚き散らした。
「鉄道施設が爆破されて、直接受け取りに向かわせたら、その馬車隊も空襲の巻き添えを受けて全滅とは、一体どうした事だ!」
「さ……さぁ……ただ、運が悪かったとしか」
「運が悪いで済まされるか!」
「さ……さぁ……ただ、運が悪かったとしか」
「運が悪いで済まされるか!」
部下の言葉を聞いたホーウィロは、頭に青筋を立てて怒鳴り散らす。
「ええい、害獣を捕獲し続けて、餌を与え続けるしか無い!」
「実戦投入は予定通りに行かれるのでしょうか?」
「……予定通りとはならんかもしれん」
「実戦投入は予定通りに行かれるのでしょうか?」
「……予定通りとはならんかもしれん」
ホーウィロは沈んだ声音で部下に返す。
「現状では仕上がりがイマイチだ。人間相手の訓練だからこそ、訓練の進捗も早かったが、獣相手ではな。わしが奴らに求めているのは、
敵を完全に害虫同然に思わせ、圧倒的な力で敵地上部隊を殲滅させ得る能力だ。それが成功すれば、帝国は勝機を見出せるはずだ」
「我らもそれを望んでおります。しかしながら……敵軍の勢いは止まる所を知りません。前線ではアメリカ軍が大攻勢をかけておるようですし」
「全く気に入らん展開だ!だが……わしとしてはの、軍は敵の攻勢を上手く受けれるのではと思っておるのだ」
敵を完全に害虫同然に思わせ、圧倒的な力で敵地上部隊を殲滅させ得る能力だ。それが成功すれば、帝国は勝機を見出せるはずだ」
「我らもそれを望んでおります。しかしながら……敵軍の勢いは止まる所を知りません。前線ではアメリカ軍が大攻勢をかけておるようですし」
「全く気に入らん展開だ!だが……わしとしてはの、軍は敵の攻勢を上手く受けれるのではと思っておるのだ」
ホーウィロの発した意外な言葉を聞いた部下が、思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。
「へ……導師。それはいくら何でも」
「楽観すぎである、と貴公は思っておるようだが。陸軍首脳部はあのエルグマド元帥に代わっておる。わしはあの方の性格や非占領民住民の
扱い方は大嫌いだが、戦い方は非常に素晴らしい物があると見ておる。何といっても、相手のやり方に合わせるという特徴が素晴らしい。
あの方法で何度敵軍を下して来たか……」
「しかしながら、エルグマド閣下はレスタン戦で連合軍の攻勢を受け止められず、敗走に敗走を重ねられた過去がありますが」
「あの時はそうするしかなかったのだよ。それに加えて、あの場合、一戦域司令官に過ぎぬのでは、やる事は限られておる。それが、
今や全陸軍を支配下に置いておるのだ。つまり、やりたい放題した後に、アメリカ軍を迎えておるのだ。何がしかの成果は必ず上がると、
わしは信じておる」
「はぁ……」
ホーウィロの言葉を信じきれない部下は、ただただ生返事するしか無かったが、過去にエルグマドの指揮する部隊に、間接的だが
携わった経験を持つホーウィロは、エルグマドの能力を高く買っていた。
陸軍内にいる知り合いからは時折情報を寄越してくれるが、陸軍部隊はアメリカ軍の首都侵攻に備えて幾重もの防御線を同時に構築しており、
防御線の構築には多数の民間人も志願してこれまでにない規模の防衛ラインが築かれたという。
残念ながら、資材不足の影響で敵の大攻勢開始までには完成と至らなかったが、主要な拠点は、その大半が強化されているため、米軍は
従来よりも難しい戦闘を強いられると自慢していた。
「楽観すぎである、と貴公は思っておるようだが。陸軍首脳部はあのエルグマド元帥に代わっておる。わしはあの方の性格や非占領民住民の
扱い方は大嫌いだが、戦い方は非常に素晴らしい物があると見ておる。何といっても、相手のやり方に合わせるという特徴が素晴らしい。
あの方法で何度敵軍を下して来たか……」
「しかしながら、エルグマド閣下はレスタン戦で連合軍の攻勢を受け止められず、敗走に敗走を重ねられた過去がありますが」
「あの時はそうするしかなかったのだよ。それに加えて、あの場合、一戦域司令官に過ぎぬのでは、やる事は限られておる。それが、
今や全陸軍を支配下に置いておるのだ。つまり、やりたい放題した後に、アメリカ軍を迎えておるのだ。何がしかの成果は必ず上がると、
わしは信じておる」
「はぁ……」
ホーウィロの言葉を信じきれない部下は、ただただ生返事するしか無かったが、過去にエルグマドの指揮する部隊に、間接的だが
携わった経験を持つホーウィロは、エルグマドの能力を高く買っていた。
陸軍内にいる知り合いからは時折情報を寄越してくれるが、陸軍部隊はアメリカ軍の首都侵攻に備えて幾重もの防御線を同時に構築しており、
防御線の構築には多数の民間人も志願してこれまでにない規模の防衛ラインが築かれたという。
残念ながら、資材不足の影響で敵の大攻勢開始までには完成と至らなかったが、主要な拠点は、その大半が強化されているため、米軍は
従来よりも難しい戦闘を強いられると自慢していた。
「そこに、強化兵部隊を送り込むことが出来れば、敵の攻勢なぞ即座に失敗させ、逆にこちら側から打って出て、失地回復も成し遂げられる
事が出来よう」
ホーウィロは誇らしげにそう断言したが、それでも尚、彼の胸中には、思い通りに行かない現状への不満が残り続けた。
事が出来よう」
ホーウィロは誇らしげにそう断言したが、それでも尚、彼の胸中には、思い通りに行かない現状への不満が残り続けた。
1486年(1946年)3月1日 午前8時 シホールアンル帝国首都 ウェルバンル
首都ウェルバンルにある陸海軍合同司令部では、この日も陸海軍両首脳部を集めた合同会議が行われた。
「現在、マルツスティ付近で開始された敵軍の攻勢は尚も続いており、昨日はテペンスタビ近郊で激戦が展開されております。今の所、
テペンスタビの我が地上部隊は2日ほど敵軍の前進を食い止めております」
テペンスタビの我が地上部隊は2日ほど敵軍の前進を食い止めております」
陸軍総司令部参謀長が、室内に居る一同に向けて説明する中、海軍総司令官のリリスティ・モルクンレル元帥は内心、意外と陸軍が
戦えている事にやや驚いていた。
当初の予想では、敵は1週間足らずでテペンスタビどころか、その更に後方へ雪崩れ込んでいるだろうと思われており、防衛計画も
それに沿って制作されていた。
ただ、事前の計画とは違い、テペンスタビ以南の陣地帯は予想よりも防御力を強化できており、その最たる物が地雷の敷設数である。
陸軍部隊では、使用する地雷を単純な爆裂式魔道地雷一本のみに絞っている事も幸いして、一昔前よりも多数の地雷を戦線に敷設する事が
可能となっていた。
これらの地雷は、その大半が米軍の猛砲撃の前に粉砕されていたが、残っていた地雷は米軍前進部隊の戦車や装甲車を上手く足止めし、
そこを隠匿していた砲兵隊が狙い撃つ事で大出血を強いる事ができた。
このため、敵の前進速度は大幅に低下し、遂にはテペンスタビで完全に足止めに成功したのである。
敵の主攻勢を受けている部隊が、比較的経験豊富な第76軍であった事も幸いしているようだ。
戦えている事にやや驚いていた。
当初の予想では、敵は1週間足らずでテペンスタビどころか、その更に後方へ雪崩れ込んでいるだろうと思われており、防衛計画も
それに沿って制作されていた。
ただ、事前の計画とは違い、テペンスタビ以南の陣地帯は予想よりも防御力を強化できており、その最たる物が地雷の敷設数である。
陸軍部隊では、使用する地雷を単純な爆裂式魔道地雷一本のみに絞っている事も幸いして、一昔前よりも多数の地雷を戦線に敷設する事が
可能となっていた。
これらの地雷は、その大半が米軍の猛砲撃の前に粉砕されていたが、残っていた地雷は米軍前進部隊の戦車や装甲車を上手く足止めし、
そこを隠匿していた砲兵隊が狙い撃つ事で大出血を強いる事ができた。
このため、敵の前進速度は大幅に低下し、遂にはテペンスタビで完全に足止めに成功したのである。
敵の主攻勢を受けている部隊が、比較的経験豊富な第76軍であった事も幸いしているようだ。
「ただし、敵軍の圧力は非常に強く、主戦線の維持はあと2日……保って3日であると予想されます」
「後退できる土地はまだある。ここは無理せず、じわじわと引いて敵に損害を強いるだけじゃな」
「後退できる土地はまだある。ここは無理せず、じわじわと引いて敵に損害を強いるだけじゃな」
陸軍総司令官のルィキム・エルグマド元帥が付け加える。
更に、作戦参謀のベルヴィク・ハルクモム中佐も発言し始めた。
「陸軍の方針としては、エルグマド閣下の言われる通り、遅滞戦闘を主に据えて作戦行動を継続していく所存です。それを可能に
するためには、砲兵隊の有無が戦況に大きく左右致しますが……今の所、主戦線後方の森林地帯に布陣した各師団の砲兵隊は敵の
爆撃を受けつつも、入念に偽装を施した甲斐があり、未だに健在であります。ただし……それもいつまで有効であるかは、定かではありません」
「砲兵隊については、適宜場所を移動して敵の逆襲に備えるほかなかろう。難しい事ではあるが」
「主戦線に関しては、今の所計画通りに動いている、という事でよろしいのですね?」
更に、作戦参謀のベルヴィク・ハルクモム中佐も発言し始めた。
「陸軍の方針としては、エルグマド閣下の言われる通り、遅滞戦闘を主に据えて作戦行動を継続していく所存です。それを可能に
するためには、砲兵隊の有無が戦況に大きく左右致しますが……今の所、主戦線後方の森林地帯に布陣した各師団の砲兵隊は敵の
爆撃を受けつつも、入念に偽装を施した甲斐があり、未だに健在であります。ただし……それもいつまで有効であるかは、定かではありません」
「砲兵隊については、適宜場所を移動して敵の逆襲に備えるほかなかろう。難しい事ではあるが」
「主戦線に関しては、今の所計画通りに動いている、という事でよろしいのですね?」
海軍側の情報参謀であるヴィルリエ・フレギル少将が聞くと、エルグマド元帥が深く頷いた。
「ただ、依然として敵の攻撃は激しい。第76軍の奮闘ばかりではなく、他部隊の頑張りにも期待したい所だが……今はともかく、
戦線に増援を効率よく派遣できるように整えなければならん」
「南部戦線で包囲されている部隊が使えれば、幾分やりやすかったのですが……」
戦線に増援を効率よく派遣できるように整えなければならん」
「南部戦線で包囲されている部隊が使えれば、幾分やりやすかったのですが……」
参謀長が悔しげな口ぶりで呟く。
南部戦線に包囲されている部隊は、連合軍部隊から繰り出される攻撃の前にじわじわと後退を重ねており、兵員数も包囲時の150万から
100万前後にまで激減している。
それでも尚、抗戦を続けているのだが、航空支援もない南部戦線では陸空一体作戦を取る連合軍相手に絶望的な戦いを強いられている。
また、南部領に取り残されていた一般臣民も多数が戦闘の巻き添えで死傷しており、推定では、200万はいた臣民のうち、50万以上が
死傷するという恐ろしい事態に陥っている。
だが、現状の帝国軍の力では、南部戦線の味方部隊と一般臣民を救出する事は不可能になっている。
南部戦線に包囲されている部隊は、連合軍部隊から繰り出される攻撃の前にじわじわと後退を重ねており、兵員数も包囲時の150万から
100万前後にまで激減している。
それでも尚、抗戦を続けているのだが、航空支援もない南部戦線では陸空一体作戦を取る連合軍相手に絶望的な戦いを強いられている。
また、南部領に取り残されていた一般臣民も多数が戦闘の巻き添えで死傷しており、推定では、200万はいた臣民のうち、50万以上が
死傷するという恐ろしい事態に陥っている。
だが、現状の帝国軍の力では、南部戦線の味方部隊と一般臣民を救出する事は不可能になっている。
「現地部隊司令官からは、未だに抗戦継続は可能であり、軍民一丸となって敵の吸収に努める、との報が改めて伝えられております……」
「そうか………」
「そうか………」
エルグマドは複雑な表情を浮かべ、言葉に詰まってしまった。
「閣下、南部戦線も問題ではありますが、懸念点は他にもあります」
ハルクモム中佐は別の議題……ある意味、今日の議題の中でも最も懸念している、ある決定について話を始めた。
「2月末、皇帝陛下から直々に、陸海軍に向けて後方特別指導要員の前線投入が命ぜられました。後方特別指導要員……陸海軍合わせて
1500名にも上るワイバーン、飛空挺隊の飛行教官は、特例を除き、前線には加えないという条件のもと、後方でワイバーン搭乗の
竜騎士や飛空挺隊搭乗員の訓練に専念しておりました。しかし、これらの員数外要員も根こそぎ前線に投入すれば、一時的に航空戦力は
増えますが、後進の育成が成り立たなくなり、ただでさえ払底している予備の竜騎士や飛空挺隊搭乗員の育成が全く不可能になります。
そうなれば、帝国の空の守りは完全に消耗しつくされ、以後は敵航空部隊の自由となります」
「やはり、一部の教官連中が騒いだ事が仇になってしまったか」
1500名にも上るワイバーン、飛空挺隊の飛行教官は、特例を除き、前線には加えないという条件のもと、後方でワイバーン搭乗の
竜騎士や飛空挺隊搭乗員の訓練に専念しておりました。しかし、これらの員数外要員も根こそぎ前線に投入すれば、一時的に航空戦力は
増えますが、後進の育成が成り立たなくなり、ただでさえ払底している予備の竜騎士や飛空挺隊搭乗員の育成が全く不可能になります。
そうなれば、帝国の空の守りは完全に消耗しつくされ、以後は敵航空部隊の自由となります」
「やはり、一部の教官連中が騒いだ事が仇になってしまったか」
エルグマドは憂鬱そうに、ハルクモム中佐に返答した。
シホールアンル帝国皇帝、オールフェス・リリスレイ帝は、2月23日に発生したワイバーン部隊と米機動部隊で行われた戦闘と、
その翌日に発生したシホールアンル軍ワイバーン部隊と飛空挺隊共同で行われた、アメリカ軍前線飛行場襲撃作戦の結果を受け、
後方特別指導要員の前線動員を命じた。
その翌日に発生したシホールアンル軍ワイバーン部隊と飛空挺隊共同で行われた、アメリカ軍前線飛行場襲撃作戦の結果を受け、
後方特別指導要員の前線動員を命じた。
後方特別指導要員は、戦闘序列には加えない事を条件に後進の育成を図る事を主任務としていたが、一部の訓練教官が熱烈に前線復帰を
懇願したため、軍首脳部はやむ無く復帰を許可し、新たに航空部隊を編成させて部隊の錬成に務めていた。
だが、この錬成部隊が、エルグマドやリリスティの就任以来、陸海共同で発表されたある命令……原則として航空反撃は厳禁とするも、
好機あれば敵大部隊相手に攻撃する事も差し支えなし、という命令を拡大解釈し、リリスティやエルグマドから見れば暴走同然の航空反撃を
実施したのである。
航空攻撃は2箇所で実施された。
1箇所は、帝国本土東岸にあるクガベザム沖で行われた。
このクガベザム沖の戦闘では、既に首都圏を空襲し、更にクガベザムにあった在来のワイバーン基地に夜間爆撃を行ったアメリカ機動部隊を、
クガベザム郊外に新設したばかりの簡易飛行場に、訓練で訪れていた陸軍第921空中騎士隊が襲撃した事で、大規模な航空戦に発展した。
この攻撃で、第921空中騎士隊は空母2隻撃破、護衛艦4、5隻に損傷を負わせて撃退したと、攻撃直後に司令部に報告したが、
第921空中騎士隊も敵機動部隊の猛烈な対空砲火の前に、出撃した87騎中30騎を失うという大損害を被った。
その後、第921空中騎士隊は、騎士隊指揮官の直感的判断でクガベザムを離脱し、その直後に撤退したと思われる敵機動部隊からお返しの
航空攻撃を受けて、簡易飛行場は壊滅し、飛行場付近にあった鉄道施設や、休憩中の輸送隊も爆撃を受けて甚大な損害を受けた。
この敵機動部隊に対する反撃は、結果的に出撃拠点となった簡易飛行場を撃破されるなど、完全な藪蛇となってしまった上に、攻撃部隊
そのものの被害も大きいため、結果的には失敗と判断された。
懇願したため、軍首脳部はやむ無く復帰を許可し、新たに航空部隊を編成させて部隊の錬成に務めていた。
だが、この錬成部隊が、エルグマドやリリスティの就任以来、陸海共同で発表されたある命令……原則として航空反撃は厳禁とするも、
好機あれば敵大部隊相手に攻撃する事も差し支えなし、という命令を拡大解釈し、リリスティやエルグマドから見れば暴走同然の航空反撃を
実施したのである。
航空攻撃は2箇所で実施された。
1箇所は、帝国本土東岸にあるクガベザム沖で行われた。
このクガベザム沖の戦闘では、既に首都圏を空襲し、更にクガベザムにあった在来のワイバーン基地に夜間爆撃を行ったアメリカ機動部隊を、
クガベザム郊外に新設したばかりの簡易飛行場に、訓練で訪れていた陸軍第921空中騎士隊が襲撃した事で、大規模な航空戦に発展した。
この攻撃で、第921空中騎士隊は空母2隻撃破、護衛艦4、5隻に損傷を負わせて撃退したと、攻撃直後に司令部に報告したが、
第921空中騎士隊も敵機動部隊の猛烈な対空砲火の前に、出撃した87騎中30騎を失うという大損害を被った。
その後、第921空中騎士隊は、騎士隊指揮官の直感的判断でクガベザムを離脱し、その直後に撤退したと思われる敵機動部隊からお返しの
航空攻撃を受けて、簡易飛行場は壊滅し、飛行場付近にあった鉄道施設や、休憩中の輸送隊も爆撃を受けて甚大な損害を受けた。
この敵機動部隊に対する反撃は、結果的に出撃拠点となった簡易飛行場を撃破されるなど、完全な藪蛇となってしまった上に、攻撃部隊
そのものの被害も大きいため、結果的には失敗と判断された。
それとは別の、もう1箇所の航空攻撃は、敵に占領された帝国領マルツスティから南10ゼルドにある、ピマスティと呼ばれる地域に向けて行われた。
ピマスティは昨年12月から米軍に占領されており、過去にはヒーレリ侵攻の兵站拠点として活用され、交通の要衝でもある重要な地域だ。
米軍はこのピマスティに前線飛行場を建設し、早くも1月中旬から大規模な航空部隊を展開させて、絶え間ない航空支援を行っていた。
そんなピマスティ飛行場に対して、これまた後方特別指導要員を指揮官に据えたワイバーン部隊や飛空挺隊が奇襲攻撃を敢行したのである。
ピマスティ飛行場の周辺には、現地住民から潜伏中の工作員に届けられた飛行場の米軍機の同行や警戒体制など、様々な情報が伝えられ、
それは中央にも届けられていた。
だが、中央の司令部首脳は、ピマスティ襲撃は余りにもリスクが大きすぎるとし、前線付近に展開する現地の各ワイバーン隊や飛空挺隊には、
引き続き防衛戦闘のみに従事せよと命令が伝えられた。
だが、2月中旬に新編の1個ワイバーン部隊と1個飛空挺隊が布陣してからは状況が変わった。
この航空部隊の指揮官らは、現在のピマスティ基地の警備態勢ならば奇襲は成功すると確信しており、特に現地からもたらされた、
敵夜間戦闘機隊の削減と、後方地域への移動はまたとない好機と取られた。
ピマスティは昨年12月から米軍に占領されており、過去にはヒーレリ侵攻の兵站拠点として活用され、交通の要衝でもある重要な地域だ。
米軍はこのピマスティに前線飛行場を建設し、早くも1月中旬から大規模な航空部隊を展開させて、絶え間ない航空支援を行っていた。
そんなピマスティ飛行場に対して、これまた後方特別指導要員を指揮官に据えたワイバーン部隊や飛空挺隊が奇襲攻撃を敢行したのである。
ピマスティ飛行場の周辺には、現地住民から潜伏中の工作員に届けられた飛行場の米軍機の同行や警戒体制など、様々な情報が伝えられ、
それは中央にも届けられていた。
だが、中央の司令部首脳は、ピマスティ襲撃は余りにもリスクが大きすぎるとし、前線付近に展開する現地の各ワイバーン隊や飛空挺隊には、
引き続き防衛戦闘のみに従事せよと命令が伝えられた。
だが、2月中旬に新編の1個ワイバーン部隊と1個飛空挺隊が布陣してからは状況が変わった。
この航空部隊の指揮官らは、現在のピマスティ基地の警備態勢ならば奇襲は成功すると確信しており、特に現地からもたらされた、
敵夜間戦闘機隊の削減と、後方地域への移動はまたとない好機と取られた。
そして2月24日深夜に、ワイバーン、ケルフェラク合同の奇襲部隊は隠匿された前線基地から出撃。
攻撃部隊は、事前情報で得た、対空レーダー対策として超低空で終始飛行を行い、早朝前に現地へ到達すると、一斉に襲いかかった。
この攻撃では、推定で50機以上の敵戦闘機と爆撃機を地上撃破し、同数に損害を与えたと言われているが、特にあの忌まわしき
最新鋭戦闘機であるシューティングスターを、少なくとも10機ほど地上撃破できた事は、報告を聞いた誰もが溜飲を下げた。
攻撃隊の損害は、参加したワイバーン24騎、ケルフェラク30機のうち、対空砲火によってワイバーン4騎とケルフェラク5機を失い、
少ない損失とは言い難かったが、敵航空機多数を地上撃破させ、基地施設にも損害を与えたため、攻撃は大成功と言えた。
だが、これらの攻撃もまた、前述の敵機動部隊攻撃と同じく、現地指揮官の独断専行で行われたものであり、これを聞いた
エルグマドは激怒したほどであった。
ただ、広報誌には、これらの航空反撃が大々的に取り上げられて発表されており、長い間敗北続きで意気消沈していた軍部隊はもとより、
一般臣民の士気をも大きくあげる事となった。
そして2月28日には、オールフェス・リリスレイ帝から陸海軍総司令官に対して、直々に後方指導要員の総動員と部隊編成が命ぜられ、
これによってシホールアンル陸海軍部隊は、員数外としていたワイバーンや飛空挺、そして少なからぬ搭乗員を戦力に加えることが可能となった。
しかしながら、この戦力増は後進の育成を完全に諦め、全滅するまで敵と戦うという事に他ならなかった。
また、オールフェスは臣民の士気を更にあげるためにも、確実に仕留めやすい目標に向けて、これらの航空予備戦力を全力で投入するように
重ねて命じたため、陸海軍首脳部は、その命令を実行に移さざるを得ない状況に陥ってしまっていた。
一部の教官達が前線復帰を望み、戦果を挙げたことが、帝国にとって大きな仇となりつつあるのだ。
ようやく、劣勢下にある戦況でそれなりのペースを掴みかけていたと確信していた陸海軍首脳部にとって、一連の出来事は、まさに青天の霹靂と言えた。
攻撃部隊は、事前情報で得た、対空レーダー対策として超低空で終始飛行を行い、早朝前に現地へ到達すると、一斉に襲いかかった。
この攻撃では、推定で50機以上の敵戦闘機と爆撃機を地上撃破し、同数に損害を与えたと言われているが、特にあの忌まわしき
最新鋭戦闘機であるシューティングスターを、少なくとも10機ほど地上撃破できた事は、報告を聞いた誰もが溜飲を下げた。
攻撃隊の損害は、参加したワイバーン24騎、ケルフェラク30機のうち、対空砲火によってワイバーン4騎とケルフェラク5機を失い、
少ない損失とは言い難かったが、敵航空機多数を地上撃破させ、基地施設にも損害を与えたため、攻撃は大成功と言えた。
だが、これらの攻撃もまた、前述の敵機動部隊攻撃と同じく、現地指揮官の独断専行で行われたものであり、これを聞いた
エルグマドは激怒したほどであった。
ただ、広報誌には、これらの航空反撃が大々的に取り上げられて発表されており、長い間敗北続きで意気消沈していた軍部隊はもとより、
一般臣民の士気をも大きくあげる事となった。
そして2月28日には、オールフェス・リリスレイ帝から陸海軍総司令官に対して、直々に後方指導要員の総動員と部隊編成が命ぜられ、
これによってシホールアンル陸海軍部隊は、員数外としていたワイバーンや飛空挺、そして少なからぬ搭乗員を戦力に加えることが可能となった。
しかしながら、この戦力増は後進の育成を完全に諦め、全滅するまで敵と戦うという事に他ならなかった。
また、オールフェスは臣民の士気を更にあげるためにも、確実に仕留めやすい目標に向けて、これらの航空予備戦力を全力で投入するように
重ねて命じたため、陸海軍首脳部は、その命令を実行に移さざるを得ない状況に陥ってしまっていた。
一部の教官達が前線復帰を望み、戦果を挙げたことが、帝国にとって大きな仇となりつつあるのだ。
ようやく、劣勢下にある戦況でそれなりのペースを掴みかけていたと確信していた陸海軍首脳部にとって、一連の出来事は、まさに青天の霹靂と言えた。
「モルクンレル提督。貴官はこの件についてどう思うかね?」
「余りにも短絡的で、最低な判断であると……私は思います」
「余りにも短絡的で、最低な判断であると……私は思います」
リリスティは無表情のまま、この後方指導要員総動員を一言の下に酷評した。
「一時的に戦力は増え、一時的に行う作戦の幅も広がり、望む戦果も挙げられるかもしれない。ですが、その後はどうなるのです?空の戦士が皆死に
絶えた後、敵航空部隊は今以上に大暴れし、味方地上部隊は好き放題に叩かれ放題となります。エルグマド閣下は、それをお望みなのでしょうか?」
「望むわけがなかろう」
絶えた後、敵航空部隊は今以上に大暴れし、味方地上部隊は好き放題に叩かれ放題となります。エルグマド閣下は、それをお望みなのでしょうか?」
「望むわけがなかろう」
エルグマドは首を振りながら、リリスティに向けてそう断言した。
「命令は命令だが……するにしても、何かしらの重大事案が起きれば、それに向けて対応せざるを得ない。そして……」
エルグマドは、自らの背後に書かれた黒板の内容を指差した。
「事案は既に起きておる」
黒板の内容は、今話している後方指導要員とは別の事案の物であった。
黒板の内容は、今話している後方指導要員とは別の事案の物であった。
この会議が開かれるちょうど1日前に当たる2月27日。
この日、シホールアンル帝国中部地区にある中規模の工業都市、レルヴィスに対してアメリカ軍はP-51戦闘機100機、B-29爆撃機200機を含めた
戦爆連合編隊を差し向けた。
それは、今まで行われた工業地域に対する高高度戦略爆撃の筈であった。
この戦爆連合編隊に対し、シホールアンル軍は隣接地域からの増援も含めて、計70機の飛空挺、ワイバーンが迎撃に上がった。
70機のうち、50機は飛空挺であるケルフェラクであり、敵編隊は真昼間に堂々と侵入してきた為、ケルフェラク隊は高度1万メートル以上へ
向けて駆け上がった。
ケルフェラクは護衛のP-51隊と激戦を繰り広げつつ、B-29へと襲い掛かろうとした。
だがこの日……B-29編隊はいつものように、高度1万の高みに上がっていなかった。
皮肉にも、高高度でケルフェラク隊の戦いを指を咥えて見ているだけしかなかったワイバーン隊が真っ先にB-29編隊との戦闘に突入羽目になった。
20騎のワイバーン隊は、高度3000メートルという普段とは余りにも低い高度を悠々と飛行する重爆編隊に臆する事なく突入したが、猛烈な
防御砲火の前に大苦戦を強いられた。
ケルフェラク隊の指揮官が米重爆隊の意図を察知した頃には、ワイバーン隊の迎撃を蹴散らしたB-29群が高射砲弾の迎撃を受けつつも、
腹に抱えた大量の爆弾をレルヴィスの街へ向けて、盛大にばら撒いていた。
この日、シホールアンル帝国中部地区にある中規模の工業都市、レルヴィスに対してアメリカ軍はP-51戦闘機100機、B-29爆撃機200機を含めた
戦爆連合編隊を差し向けた。
それは、今まで行われた工業地域に対する高高度戦略爆撃の筈であった。
この戦爆連合編隊に対し、シホールアンル軍は隣接地域からの増援も含めて、計70機の飛空挺、ワイバーンが迎撃に上がった。
70機のうち、50機は飛空挺であるケルフェラクであり、敵編隊は真昼間に堂々と侵入してきた為、ケルフェラク隊は高度1万メートル以上へ
向けて駆け上がった。
ケルフェラクは護衛のP-51隊と激戦を繰り広げつつ、B-29へと襲い掛かろうとした。
だがこの日……B-29編隊はいつものように、高度1万の高みに上がっていなかった。
皮肉にも、高高度でケルフェラク隊の戦いを指を咥えて見ているだけしかなかったワイバーン隊が真っ先にB-29編隊との戦闘に突入羽目になった。
20騎のワイバーン隊は、高度3000メートルという普段とは余りにも低い高度を悠々と飛行する重爆編隊に臆する事なく突入したが、猛烈な
防御砲火の前に大苦戦を強いられた。
ケルフェラク隊の指揮官が米重爆隊の意図を察知した頃には、ワイバーン隊の迎撃を蹴散らしたB-29群が高射砲弾の迎撃を受けつつも、
腹に抱えた大量の爆弾をレルヴィスの街へ向けて、盛大にばら撒いていた。
第20航空軍司令官であるカーティス・ルメイ少将は、この日出撃する爆撃隊に対して、従来とは大きく違った、高度3000~5000メートル付近
を飛行し、多少の危険は織り込み済みで行う大規模絨毯爆撃を命じていた。
従来の高度1万以上からの高高度爆撃では、目標への着弾率が大きく低下する上に、既にこちら側のやり口を知った敵迎撃部隊の激しい迎撃に晒される
為、爆撃隊の損害率も一向に低下し辛いというデメリットがあった。
今年に入ってからルメイを含むアメリカ軍戦略爆撃機部隊は、シホールアンル本土に対して激しい戦略爆撃を行うも、敵も各所で果敢な迎撃戦闘を
展開するため、撃墜されたB-29は今年だけでも59機、損傷し、帰還後に破棄された機も含めると、実に120機を失っていた。
B-36だけは敵機の迎撃を受けない、高度1万4千から1万5千メートル付近を飛行するため、被撃墜機は0に留まっている。
なお、帰還中の事故などで6機が失われているものの、B-29と比べれば、B-36こそが無敵の重爆撃機と言える。
だが、B-36の数はまだ少ないため、B-29が遠距離の戦略爆撃の主役となっている今では、度重なる損失の連鎖は止めなければならなかった。
を飛行し、多少の危険は織り込み済みで行う大規模絨毯爆撃を命じていた。
従来の高度1万以上からの高高度爆撃では、目標への着弾率が大きく低下する上に、既にこちら側のやり口を知った敵迎撃部隊の激しい迎撃に晒される
為、爆撃隊の損害率も一向に低下し辛いというデメリットがあった。
今年に入ってからルメイを含むアメリカ軍戦略爆撃機部隊は、シホールアンル本土に対して激しい戦略爆撃を行うも、敵も各所で果敢な迎撃戦闘を
展開するため、撃墜されたB-29は今年だけでも59機、損傷し、帰還後に破棄された機も含めると、実に120機を失っていた。
B-36だけは敵機の迎撃を受けない、高度1万4千から1万5千メートル付近を飛行するため、被撃墜機は0に留まっている。
なお、帰還中の事故などで6機が失われているものの、B-29と比べれば、B-36こそが無敵の重爆撃機と言える。
だが、B-36の数はまだ少ないため、B-29が遠距離の戦略爆撃の主役となっている今では、度重なる損失の連鎖は止めなければならなかった。
そんな中、ルメイは思い切ってB-29を高度1万から高度3000~5000メートル前後の中高度を飛行させ、敵の意図を欺きつつ、爆撃の精度を
上げて、目標の破壊効率を改善させようと試みた。
無論、各爆撃機は可能な限り爆弾、焼夷弾を多く積むため、できるだけ機銃を多く取り外して搭載量を増やそうとした。
ルメイの考えは、当然の事ながら各所から猛反対され、反対者の中には「自殺行為だ!!」と叫ぶ者も居た。
だが、ルメイはこれらの反対意見を抑え込み、この日の中高度爆撃作戦を敢行したのである。
鉄のロバとあだ名されるルメイの頑固さが発揮された瞬間であったが、この日の爆撃作戦は、まさにルメイの望んだ通りとなった。
上げて、目標の破壊効率を改善させようと試みた。
無論、各爆撃機は可能な限り爆弾、焼夷弾を多く積むため、できるだけ機銃を多く取り外して搭載量を増やそうとした。
ルメイの考えは、当然の事ながら各所から猛反対され、反対者の中には「自殺行為だ!!」と叫ぶ者も居た。
だが、ルメイはこれらの反対意見を抑え込み、この日の中高度爆撃作戦を敢行したのである。
鉄のロバとあだ名されるルメイの頑固さが発揮された瞬間であったが、この日の爆撃作戦は、まさにルメイの望んだ通りとなった。
「敵のレルヴィス爆撃では、死傷者7万人、罹災者42万人の大惨事となりましたが、敵側は主力の爆撃機編隊を従来とは違って、低高度から飛行させて
我が方の迎撃を殆どかわす形で爆撃を行いました。敵が低高度付近に降りてきたのならば、より多くのワイバーンや飛空挺を投入して迎撃を行う必要があ
ります」
我が方の迎撃を殆どかわす形で爆撃を行いました。敵が低高度付近に降りてきたのならば、より多くのワイバーンや飛空挺を投入して迎撃を行う必要があ
ります」
ハルクモム中佐がそう言うと、室内の一同は深く頷いた。
「そこで、都市防衛に増援を送ると言うことになるのだが……その前に、皇帝陛下は眼に見える戦果……それも、我が本土の沿岸部を遊弋する敵機動部隊の殲滅を希望しておられる」
「敵機動部隊の殲滅は、増援部隊を用いたとしても非常に困難です」
「敵機動部隊の殲滅は、増援部隊を用いたとしても非常に困難です」
リリスティがキッパリと言い放つ。
「先日の敵機動部隊攻撃も、ほぼ不意打ちに近い形で攻撃できたにも関わらず、こちら側の損耗も激しかった。今度ばかりは敵も備えて来る事は
ほぼ確実でしょう。そうなれば、犠牲だけが多く、成果は不十分な物になる可能性が極めて高いかと」
「ふむ……では、陛下の命令は完全には成し遂げられぬと」
ほぼ確実でしょう。そうなれば、犠牲だけが多く、成果は不十分な物になる可能性が極めて高いかと」
「ふむ……では、陛下の命令は完全には成し遂げられぬと」
エルグマドは最初から分かっていたと言わんばかりにリリスティにそう言い放った。
「ただし……これは敵機動部隊の全力と正面から向き合えば、の話です」
海軍側の魔道参謀であるヴィルリエ・フレギル少将がすかさず間に入った。
「ここ最近のアメリカ海軍は、複数ある空母群をそれぞれの目標に向けて分散させて行動しているという報告が頻繁に見られています。先日の
クガベザム沖の米機動部隊も、1個空母群が単独行動している所を見計らって味方ワイバーン部隊が反撃を行っています」
クガベザム沖の米機動部隊も、1個空母群が単独行動している所を見計らって味方ワイバーン部隊が反撃を行っています」
「つまり、敵機動部隊が複数の空母群纏めている所に攻撃すれば、まともに反撃を受けて攻撃の成果が上がり難くなるものの、単独の空母群だけを
叩くのならば……”勝ち逃げ“も可能になる……と言う事です」
叩くのならば……”勝ち逃げ“も可能になる……と言う事です」
リリスティもヴィルリエに続いてそう言い放つと、陸軍側の面々もなるほどとばかりに顔を頷かせた。
「一昨年の第1次レビリンイクル沖海戦の再現を狙われるのですね」
ハルクモム中佐が言うと、リリスティも流石とばかりに頬を緩ませた。
「資料をよく見られているようね。そう、あの海戦の再現を狙う。陛下の命令通りに事を起こすには、それしかない」
「しかしながら、それをやるのと、敵側がこちらの理想通りに動いてくれるかは別問題であるかと思われます」
「しかしながら、それをやるのと、敵側がこちらの理想通りに動いてくれるかは別問題であるかと思われます」
ハルクモムが幾分強い口調で指摘して来た。
「我がワイバーン部隊と飛空挺隊は、結果の差異はあれども、敵側の不意をついて戦果を挙げる事ができました。ですが、敵が今度も、艦隊を
分散させて行動するとは限らないかと。敵も先の戦いで改めて学んでいる可能性も考慮しなければなりません」
「無論、そのつもりであろう」
分散させて行動するとは限らないかと。敵も先の戦いで改めて学んでいる可能性も考慮しなければなりません」
「無論、そのつもりであろう」
エルグマドも口を開く。
「海軍側としても、まずは敵の今後の出方を見てから行動を起こす事を考えておるかな?」
「はい。復帰した竜騎士の再訓練も必要ですし」
「海軍総司令官もそう言われるのならば、陸軍としても増員の竜騎士、搭乗員を受け取った後はしばし再訓練と戦力の再編に専念する事にしよう。
それから……」
エルグマドはしばし間を開けてから言葉を続ける。
「既存の航空戦力と、増援の航空戦力を全て敵機動部隊攻撃に差し向ける訳にもいかん。敵は海の上だけではなく、地上と、空からも迫って来ておる。
陛下は敵機動部隊の殲滅をご所望だが、集められるだけの戦力で持って、と言っておられるのであって、全てを投入せよととは聞いておらんからな」
「はい。復帰した竜騎士の再訓練も必要ですし」
「海軍総司令官もそう言われるのならば、陸軍としても増員の竜騎士、搭乗員を受け取った後はしばし再訓練と戦力の再編に専念する事にしよう。
それから……」
エルグマドはしばし間を開けてから言葉を続ける。
「既存の航空戦力と、増援の航空戦力を全て敵機動部隊攻撃に差し向ける訳にもいかん。敵は海の上だけではなく、地上と、空からも迫って来ておる。
陛下は敵機動部隊の殲滅をご所望だが、集められるだけの戦力で持って、と言っておられるのであって、全てを投入せよととは聞いておらんからな」
エルグマドは無表情のままそう告げたが、この時、リリスティはエルグマドの意図を見抜いていた。
(なるほど……昔から狡猾と言われて来ただけはある)
「また、敵に航空戦力増強を悟られてもならないだろう。海軍側としては、もし敵機動部隊攻撃を実行する場合、航空戦力をどのように運用した方が
良いと考えるかね?」
良いと考えるかね?」
「貴重な航空戦力を攻撃用として、大々的に使用する事自体……私は反対です。ですが、陛下の命令が出た以上は致し方ない事。であるならば……
攻撃実行までは従来通りの運用で問題ないかと思います。そして、実行までの間に再訓練、再編を済ませ、攻撃直前に現在、各地で建設が進んで
いる秘匿基地へ移動し、目標と定めた敵機動部隊を攻撃すべきと考えます」
「ふむ、私も同じ事を考えておった。しかし、建設中の秘匿基地は、一撃離脱戦法を主戦法に据えた我がワイバーン隊が退避用に使う目的で
あちこちに作っている物なんだが、これが攻撃に役立ちそうになるとはのぅ」
攻撃実行までは従来通りの運用で問題ないかと思います。そして、実行までの間に再訓練、再編を済ませ、攻撃直前に現在、各地で建設が進んで
いる秘匿基地へ移動し、目標と定めた敵機動部隊を攻撃すべきと考えます」
「ふむ、私も同じ事を考えておった。しかし、建設中の秘匿基地は、一撃離脱戦法を主戦法に据えた我がワイバーン隊が退避用に使う目的で
あちこちに作っている物なんだが、これが攻撃に役立ちそうになるとはのぅ」
エルグマドは顎をさすりながら、意外そうな口調でリリスティに言う。
元々、陸海軍ワイバーン部隊や飛空挺隊は、攻勢的な航空作戦は例外を除いて一切禁止するという新しい基本方針を打ち立て、米軍のジェット戦闘機隊が
暴れるようになってからはより一層防御的な作戦行動のみを行うようになっていた。
主な任務と言えば、守りの薄い敵爆撃機編隊を狙って迎撃するか、一撃離脱に徹して敵戦爆連合編隊の隙を突いて通り魔的に襲撃、または、地上部隊の
上空援護がない一瞬を狙って地上爆撃する。
そして、比較的纏まった機数を集めて、主導的に行動できるのが敵戦略爆撃機編隊の迎撃など、殆どの任務が守り一辺倒の物ばかりとなった。
防御一辺倒のシホールアンル航空部隊は、敵ジェット戦闘機隊の出現直後は甚大な損害を出して惨敗したものの、12月末から2月下旬のワイバーン、
飛空挺損失数は382、損傷は290と、圧倒的多数の連合軍航空部隊を相手にし続けている割には比較的損害を抑えられていた。
逆にシホールアンル軍はワイバーン、飛空挺隊と地上軍の防空部隊共同で連合軍機500機を撃墜し、200機前後に損傷を与えており
(戦果判定は過大と言われているが)無理な航空攻勢を控えた結果が如実に現れていた。
現在、シホールアンル航空部隊は、陸軍がワイバーン698騎に、飛空挺312機、海軍がワイバーン698騎を保有しており、これに特別指導要員とは
別に、従来から補充が予定されていた正規の補充ワイバーンと竜騎士が陸軍に70騎、海軍に50騎加わる。
また、生産が容易な簡易飛空挺のドシュダムが月産100機を維持しており、これらもまた補充としてドシュダム装備部隊に送られていた。
そこに総動員された特別指導要員が1500名……ワイバーン1000騎、飛空挺500機が加わる事となる。
これらの航空部隊を運用する上で必要なのが、シホールアンル全土で建設中の簡易飛行場であり、今現在、実に100以上の飛行場が動員された
帝国臣民の協力のもと、急ピッチで建設中である。
これまで通り防御一辺倒ならば、1年以上は敵航空部隊や敵地上部隊を脅かし続ける事ができたであろう。
だが……航空攻勢を行うともなると、その損耗率は甚大な物となり、損失数も爆発的に増える事は間違いない。
しかも、既に後進を育成し、細々とながらも補充できる手段を絶ってしまっているのだ。
何かしらの手を打たなければ、シホールアンル航空部隊は短期間で全滅するであろう。
だが……
元々、陸海軍ワイバーン部隊や飛空挺隊は、攻勢的な航空作戦は例外を除いて一切禁止するという新しい基本方針を打ち立て、米軍のジェット戦闘機隊が
暴れるようになってからはより一層防御的な作戦行動のみを行うようになっていた。
主な任務と言えば、守りの薄い敵爆撃機編隊を狙って迎撃するか、一撃離脱に徹して敵戦爆連合編隊の隙を突いて通り魔的に襲撃、または、地上部隊の
上空援護がない一瞬を狙って地上爆撃する。
そして、比較的纏まった機数を集めて、主導的に行動できるのが敵戦略爆撃機編隊の迎撃など、殆どの任務が守り一辺倒の物ばかりとなった。
防御一辺倒のシホールアンル航空部隊は、敵ジェット戦闘機隊の出現直後は甚大な損害を出して惨敗したものの、12月末から2月下旬のワイバーン、
飛空挺損失数は382、損傷は290と、圧倒的多数の連合軍航空部隊を相手にし続けている割には比較的損害を抑えられていた。
逆にシホールアンル軍はワイバーン、飛空挺隊と地上軍の防空部隊共同で連合軍機500機を撃墜し、200機前後に損傷を与えており
(戦果判定は過大と言われているが)無理な航空攻勢を控えた結果が如実に現れていた。
現在、シホールアンル航空部隊は、陸軍がワイバーン698騎に、飛空挺312機、海軍がワイバーン698騎を保有しており、これに特別指導要員とは
別に、従来から補充が予定されていた正規の補充ワイバーンと竜騎士が陸軍に70騎、海軍に50騎加わる。
また、生産が容易な簡易飛空挺のドシュダムが月産100機を維持しており、これらもまた補充としてドシュダム装備部隊に送られていた。
そこに総動員された特別指導要員が1500名……ワイバーン1000騎、飛空挺500機が加わる事となる。
これらの航空部隊を運用する上で必要なのが、シホールアンル全土で建設中の簡易飛行場であり、今現在、実に100以上の飛行場が動員された
帝国臣民の協力のもと、急ピッチで建設中である。
これまで通り防御一辺倒ならば、1年以上は敵航空部隊や敵地上部隊を脅かし続ける事ができたであろう。
だが……航空攻勢を行うともなると、その損耗率は甚大な物となり、損失数も爆発的に増える事は間違いない。
しかも、既に後進を育成し、細々とながらも補充できる手段を絶ってしまっているのだ。
何かしらの手を打たなければ、シホールアンル航空部隊は短期間で全滅するであろう。
だが……
(ねぇリリィ)
リリスティと同じ考えに至ったのか、隣のヴィルリエがヒソヒソと話しかけてくる。
(どうやら、エルグマド閣下は何かを思いついたようだね)
(えぇ、そのようね)
(えぇ、そのようね)
エルグマドが別の議題に向けて話を進める中、リリスティもその横で小声で返す。
(攻撃に数が必要なのは当然。でも、防御に使うのも、数はいる……エルグマド閣下は、爆撃機編隊への備えを理由に、温存策を思いついたようね)
(はは、本当狡猾だねぇ……ただ、防空部隊への配慮が必要なのも確かな事だし、陛下から何か言われても、それで押し通すつもりだね)
(あー……あのカス……じゃなくて、皇帝陛下がエルグマド閣下を叱責されるようなら、あたしはエルグマド閣下に助け舟を出すよ)
(はは、本当狡猾だねぇ……ただ、防空部隊への配慮が必要なのも確かな事だし、陛下から何か言われても、それで押し通すつもりだね)
(あー……あのカス……じゃなくて、皇帝陛下がエルグマド閣下を叱責されるようなら、あたしはエルグマド閣下に助け舟を出すよ)
リリスティはそう呟き返してから、どこか凄みを帯びた微笑みを浮かべた。
話はエルグマドとハルクモムが中心に進めている。
会議の議題は帝国南西部……先日占領された旧ヒーレリ領最後の都市ペリシヴァより開始された、別の連合軍部隊の攻勢に移っていた。
話を聞く限り、ペリシヴァを占領した連合軍部隊は、2月26日には早くも攻勢を開始しており、現地を守備するシホールアンル陸軍は敵に押され
通しとなっている。
28日には、国境から9ゼルド(27キロ)北にあるポトクリィマ市まで迫っており、敵部隊はこのまま同市を制圧する勢いで進撃を続けていたが、
新たに投入された第218師団が市街地手前で敵の進撃を停止させ、現在は市街地に誘導する形でジリジリと後退しつつ、市街戦の準備を進めている
という話だった。
ポトクリィマ市は昔から城塞都市として使われており、古来から防衛拠点として大昔から何度も攻防戦が行われた歴史ある都市でもある。
ポトクリィマ市が防衛拠点として使われてきたが、ちょうど都市の左右に湿地帯が広がる地域に建てられた事もあって、攻撃を受ける側からすれば
ちょうど守りやすい位置にあるため、非常に戦いやすい。
だが、守りやすいという理由がある反面、過去に何度も敵の攻撃で壊滅的な打撃を受けてきた都市でもあるため、幾度も荒廃と復興を繰り返して
きた都市でもある。
今回、新編成の第218師団は旧ヒーレリ領より進軍してきたミスリアル軍3個師団を相手に果敢な迎撃戦闘を繰り広げており、その戦いぶりは
エルグマドも賞賛するほどであった。
話はエルグマドとハルクモムが中心に進めている。
会議の議題は帝国南西部……先日占領された旧ヒーレリ領最後の都市ペリシヴァより開始された、別の連合軍部隊の攻勢に移っていた。
話を聞く限り、ペリシヴァを占領した連合軍部隊は、2月26日には早くも攻勢を開始しており、現地を守備するシホールアンル陸軍は敵に押され
通しとなっている。
28日には、国境から9ゼルド(27キロ)北にあるポトクリィマ市まで迫っており、敵部隊はこのまま同市を制圧する勢いで進撃を続けていたが、
新たに投入された第218師団が市街地手前で敵の進撃を停止させ、現在は市街地に誘導する形でジリジリと後退しつつ、市街戦の準備を進めている
という話だった。
ポトクリィマ市は昔から城塞都市として使われており、古来から防衛拠点として大昔から何度も攻防戦が行われた歴史ある都市でもある。
ポトクリィマ市が防衛拠点として使われてきたが、ちょうど都市の左右に湿地帯が広がる地域に建てられた事もあって、攻撃を受ける側からすれば
ちょうど守りやすい位置にあるため、非常に戦いやすい。
だが、守りやすいという理由がある反面、過去に何度も敵の攻撃で壊滅的な打撃を受けてきた都市でもあるため、幾度も荒廃と復興を繰り返して
きた都市でもある。
今回、新編成の第218師団は旧ヒーレリ領より進軍してきたミスリアル軍3個師団を相手に果敢な迎撃戦闘を繰り広げており、その戦いぶりは
エルグマドも賞賛するほどであった。
「予定では、2日後にポトクリィマ市に後退し、師団砲兵を後方に展開させつつ、市街戦で敵の進軍を食い止めるようです」
ハルクモムも淡々とした口調で報告しつつも、218師団の戦闘ぶりに感嘆を受けているようであった。
「それにしても、218師団は26日に師団長含む師団司令部が空襲で全滅したにも関わらず、よくこれだけの動きができる物だな」
「新たに任命された臨時昇進の新師団長が上手く指揮を取られておるようです」
「新たに任命された臨時昇進の新師団長が上手く指揮を取られておるようです」
話を聞いていたリリスティは、陸軍側がメインの話のため、半ば他人事のような気分で話を聞いていく。
内心では、陸軍にもまだまだ勇者はいるもんだなと、心の中で感心していた。
そこに参謀長も幾分興奮気味の口調で話に加わる。
内心では、陸軍にもまだまだ勇者はいるもんだなと、心の中で感心していた。
そこに参謀長も幾分興奮気味の口調で話に加わる。
「新師団長は砲兵出身で野砲の扱いが上手く、ミスリアル軍部隊の前進に対して適切に砲兵支援を行っておるようですが、それだけには留まらず、
最前線にも出て陣頭指揮を取る豪の者でもあるようですな」
「最前線で指揮を取るのは流石にやりすぎではあるが……敗色濃い今の状況では明るい話ではあるな」
最前線にも出て陣頭指揮を取る豪の者でもあるようですな」
「最前線で指揮を取るのは流石にやりすぎではあるが……敗色濃い今の状況では明るい話ではあるな」
エルグマドは向こう見ずと言いたげではある物の、その新師団長の働きぶりには感嘆の念を抱いていた。
「新師団長の名前ですが……少々お待ちを」
いつもは準備の良いハルクモムにしては珍しく、机に置いてあった紙を何枚かめくって噂の英雄の名前を確認しようとしていた。
「ありました。218師団はミリィア・フリヴィテス大佐……26日に昇進されておりますから、フリヴィテス少将が指揮を取り、ミスリアル軍
3個師団の進撃を今の所釘付けにしております」
「え……ミリィア!?」
3個師団の進撃を今の所釘付けにしております」
「え……ミリィア!?」
リリスティは思わず叫ぶと同時に、勢い良く席から立ち上がった。
「どうした、モルクンレル提督?」
リリスティが見せた予想外の反応に、エルグマドは困惑した顔で彼女の顔を見上げた。
「……取り乱してしまい、申し訳ありません。ただ……私の親友の名前が今、耳に飛び込んできてしまった物ですから」
「フリヴィテス将軍が提督のお知り合い……いや、親友でありましたとは」
「彼女とは昔から付き合いがあり、色々と一緒にやり合った仲です。数日前に偶然再会し、旧交を温めながら、戦地に赴く所を見送りました。
任地までは知りませんでしたが……」
「フリヴィテス将軍が提督のお知り合い……いや、親友でありましたとは」
「彼女とは昔から付き合いがあり、色々と一緒にやり合った仲です。数日前に偶然再会し、旧交を温めながら、戦地に赴く所を見送りました。
任地までは知りませんでしたが……」
リリスティは途端に強い動悸に見舞われた。
「く……!」
「総司令官、お気を確かに」
「総司令官、お気を確かに」
ヴィルリエが冷静な口調でリリスティの動揺を抑えにかかる。
「今は、将軍の奮闘を祈るばかりです。我々は我々で、できる事をやらねば」
「そう……だな。うん、確かに」
「そう……だな。うん、確かに」
リリスティは小さい声でそう返すと、深呼吸してから自らを落ち着かせる。
「失礼いたしました。私には構わず、どうか続きを」
彼女は落ち着いた声音でそう言うと、先とは打って変わって静かに腰を下ろした。
「まぁ落ち着きたまえ、提督。218師団は今の所、損耗率1割程度で重火器の損耗も少なく、上手くやれているそうだ。それに、聞いた限りでは
彼女は運が良い。提督が心配する必要はなかろう」
「は……お気遣い、感謝いたします」
リリスティが感謝の言葉を述べると、エルグマドは無言で小さく頷いてから、話を続けた。
「218師団の属する69軍団は、334師団と164師団が市街地の北に後退を完了しており、218師団を支援できるようになっておりますが、
この2個師団は218師団と交代する直前までミスリアル軍3個師団に散々叩かれておりますので、戦力として期待はできません」
「69軍団は第36軍が指揮していたが、36軍から増援は遅れんのかね?」
「36軍は別の地域で米軍の攻勢に対応中のため、69軍団への増援の見込みは今の所、ありません。あと、問題は他にもありまして……
ポトクリィマ戦線から北に離れた地域で東部戦線への鉄道輸送を予定していた部隊が、米軍の補給戦爆撃の影響で急遽輸送できなくなり、
現在は駅周辺の森林地帯で偽装しつつ待機中です」
「参謀長、それは本当かね?」
「はい。2個石甲師団を含む4個師団が足止めを受けている状態ですな。北部で編成を完了し、東部戦線の主陣地へ輸送途中でしたが……」
「参ったものだ。敵も嫌らしいことをするもんだのぅ」
彼女は運が良い。提督が心配する必要はなかろう」
「は……お気遣い、感謝いたします」
リリスティが感謝の言葉を述べると、エルグマドは無言で小さく頷いてから、話を続けた。
「218師団の属する69軍団は、334師団と164師団が市街地の北に後退を完了しており、218師団を支援できるようになっておりますが、
この2個師団は218師団と交代する直前までミスリアル軍3個師団に散々叩かれておりますので、戦力として期待はできません」
「69軍団は第36軍が指揮していたが、36軍から増援は遅れんのかね?」
「36軍は別の地域で米軍の攻勢に対応中のため、69軍団への増援の見込みは今の所、ありません。あと、問題は他にもありまして……
ポトクリィマ戦線から北に離れた地域で東部戦線への鉄道輸送を予定していた部隊が、米軍の補給戦爆撃の影響で急遽輸送できなくなり、
現在は駅周辺の森林地帯で偽装しつつ待機中です」
「参謀長、それは本当かね?」
「はい。2個石甲師団を含む4個師団が足止めを受けている状態ですな。北部で編成を完了し、東部戦線の主陣地へ輸送途中でしたが……」
「参ったものだ。敵も嫌らしいことをするもんだのぅ」
エルグマドは苦々しげに参謀長に返したが、リリスティは、まさかの激戦地に投入され、圧倒的な劣勢下で戦う親友の事で頭が一杯であった。
1486年(1946年)3月2日 午後3時 ミスリアル王国レマンナ
ミスリアル王国レマンナ魔導学院の学院長を務めるラムベリ・ラプトは、頬杖を付いた状態で細目になりながら、本のページを1枚ずつめくっていた。
「ふむふむ……もちっと小さめがいいか。でかいのも悪くないが、如何せん小回りも必要になる」
やや気の抜けた口調でぼやきつつも、彼は本のページをめくり続ける。
「やはり速さがいいな。小さくても遅すぎるのダメだ」
ページを捲るたびに、ラプトはページの内容や絵を批評しつつ、ゆっくりと読み進めていく。
彼の外見は、傍目から見ればどこにでもいるダークエルフ族出身の若い青年であり、どこか気弱そうな長い銀髪がその気怠げな雰囲気をより
醸し出している。
だが、若そうな年齢が想像できる割には、口調は妙に重々しい。
まるで、歳を食った年配者のような感覚に見舞われるのだが、それは間違いではなかった。
ラプトは御歳80歳を超える。
アメリカ的に言えば高齢者に入る年齢だが、不老長寿種の1つであるエルフ族の彼には、その外見的な老いというものが存在しなかった。
だが、内面的には行きた年数だけの経験が反映されている事もあって、若い世代の部下達とたまに雑談などを交わしていると、会話が微妙に
噛み合わなく場合もある。
最近知ったアメリカの言葉には、世代間ギャップという物があり、自分は時折、そのギャップに苦しめられているのだと、ラプトは時折
口にするようになった。
そんな彼は、ミスリアル王国の中で有数の氏族でもあるエスパレイヴァーン族の族長であり、王国中枢との繋がりも深い事で知られている。
それに加えて、王国内でもこれまた有数の魔導学園であるレマンナ学院の学院長も務めており、過去の経験を生かした魔導研究はもとより、
教壇に立って授業を行う事もある。
魔法戦士から研究者……そして、教育者という幾つもの顔を持つラプトは、今やミスリアル魔法研究の権威として魔法学会のトップに君臨する
大人物とも言えた。
そんな大物である彼は、本を見ながら来客を今か今かと待ち続けていた。
醸し出している。
だが、若そうな年齢が想像できる割には、口調は妙に重々しい。
まるで、歳を食った年配者のような感覚に見舞われるのだが、それは間違いではなかった。
ラプトは御歳80歳を超える。
アメリカ的に言えば高齢者に入る年齢だが、不老長寿種の1つであるエルフ族の彼には、その外見的な老いというものが存在しなかった。
だが、内面的には行きた年数だけの経験が反映されている事もあって、若い世代の部下達とたまに雑談などを交わしていると、会話が微妙に
噛み合わなく場合もある。
最近知ったアメリカの言葉には、世代間ギャップという物があり、自分は時折、そのギャップに苦しめられているのだと、ラプトは時折
口にするようになった。
そんな彼は、ミスリアル王国の中で有数の氏族でもあるエスパレイヴァーン族の族長であり、王国中枢との繋がりも深い事で知られている。
それに加えて、王国内でもこれまた有数の魔導学園であるレマンナ学院の学院長も務めており、過去の経験を生かした魔導研究はもとより、
教壇に立って授業を行う事もある。
魔法戦士から研究者……そして、教育者という幾つもの顔を持つラプトは、今やミスリアル魔法研究の権威として魔法学会のトップに君臨する
大人物とも言えた。
そんな大物である彼は、本を見ながら来客を今か今かと待ち続けていた。
「もう3時か。あいつめ、大先輩を待たせるとはいい度胸だ」
ラプトは舌打ちしつつ、本から目を離して、隣に置いてあった報告書に目を通す。
「しっかし、レイリーに渡した水晶が派手に砕け散るとはな。ハヴィエナは禁呪指定を受けただけもあって、発動体の水晶は強度自体かなり
高いはずだったが……」
高いはずだったが……」
彼は目を細めながら、水晶が割れた原因を考え始めた。
そこにドアが勢い良く開かれ、待望の客が彼の部屋に入室してきた。
そこにドアが勢い良く開かれ、待望の客が彼の部屋に入室してきた。
「族長!お久しぶりです!!」
余りにも大きな声に、ラプトは思わず体をビクンと跳ね上げてしまった。
「お、おい!なんだその声は!それにドアを勢い良く開けるんじゃない!あとここでは族長と呼ぶな、学院長と呼べ!」
「この間お会いした時は族長と呼べと仰られたでありませんか」
客人はムスッとした表情のまま、ラプトに言い返した。
そのダークエルフ出身の青年は、2年前に採用されたミスリアル海軍専用の紺色の軍服と制帽を身につけていた。
そのダークエルフ出身の青年は、2年前に採用されたミスリアル海軍専用の紺色の軍服と制帽を身につけていた。
「その都度場を見て呼べと言ってるんだよ。わかりませんかな、メヴィルゼ提督?」
「あなたが幾つもの肩書きを持つからじゃありませんか」
「あなたが幾つもの肩書きを持つからじゃありませんか」
メヴィルゼと呼ばれた青年は、そのままの口調で答えた。
ラプトの部屋を訪れた青年……クリスパン・メヴィルゼ海軍大将は、ミスリアル海軍総司令官を務める海軍軍人である。
年齢は62歳であり、16歳の頃に軍に入隊してから46年間軍人をやってきた彼であるが、実は異色の海軍軍人でもある。
元々は、陸軍の軽装兵旅団所属から軍歴が始まった彼だが、アメリカが転移する前にシホールアンル軍によって海軍が全滅して一から
作る羽目に陥ったため、陸軍河川部隊を指揮していたという経験を持つ彼が海軍総司令官に就任するという目茶苦茶な展開になった。
メヴィルゼは当然任官を拒否したが、ラプトの説得を受けて嫌々ながら海軍のTOPになってしまった。
だが、元々海軍を再建をほぼ諦めていた当時のミスリアル王国は、名目上の海軍部隊を有するだけで、実際はわずかに生き残った水兵が
海軍歩兵旅団として地上戦を戦うだけに過ぎず、メヴィルゼは海軍軍人なのに結局は陸上戦闘を指揮するという訳の分からない状態になっていた。
海軍総司令官就任2年目……1482年には、ミスリアル本土にシホールアンル軍の大規模な侵攻を受け、あわや亡国一歩手前まで行くものの、
そこを救ったのが……異界より召喚された、アメリカ合衆国所属のアメリカ海軍であった。
亡国の危機を脱したミスリアルは、43年初頭から軍の近代化を本格化させると同時に、陸軍のみならず、海軍の再建と空軍の創設も視野に入れ始めた。
この時から、メヴィルゼは門外漢ながらも、ミスリアル海軍再建へ向けて身を粉にする勢いで働いた。
44年中旬にはミスリアル海軍水兵をアメリカ本土で訓練を受けさせる事が正式に決定し、44年末からはミスリアル海軍の水兵が少数ながらも、
順次米本土に旅立っていった。
また、アメリカ海軍が戦った数々の海戦の記録を取り寄せるべく、メヴィルゼも自らアメリカ本土に趣いた。
米本土では、アメリカ海軍作戦部長のアーネスト・キング元帥や海軍長官フランク・ノックス長官と直談判する事で、多くの資料(文書の写し)を
ミスリアル本土に持ち込む事ができた。
45年末には、艦隊再建計画も本格化し、46年から駆逐艦、巡洋艦を主力とする軽快艦隊を手始めとし、段階的に艦隊規模を拡充しつつ、
将来的には空母を含む機動部隊の保有も視野に入れる事が決まった。
だが、先日米本土でキング提督と会談したメヴィルゼは、すっかり身についていた自信を打ち砕くような出来事に見舞われた。
ラプトの部屋を訪れた青年……クリスパン・メヴィルゼ海軍大将は、ミスリアル海軍総司令官を務める海軍軍人である。
年齢は62歳であり、16歳の頃に軍に入隊してから46年間軍人をやってきた彼であるが、実は異色の海軍軍人でもある。
元々は、陸軍の軽装兵旅団所属から軍歴が始まった彼だが、アメリカが転移する前にシホールアンル軍によって海軍が全滅して一から
作る羽目に陥ったため、陸軍河川部隊を指揮していたという経験を持つ彼が海軍総司令官に就任するという目茶苦茶な展開になった。
メヴィルゼは当然任官を拒否したが、ラプトの説得を受けて嫌々ながら海軍のTOPになってしまった。
だが、元々海軍を再建をほぼ諦めていた当時のミスリアル王国は、名目上の海軍部隊を有するだけで、実際はわずかに生き残った水兵が
海軍歩兵旅団として地上戦を戦うだけに過ぎず、メヴィルゼは海軍軍人なのに結局は陸上戦闘を指揮するという訳の分からない状態になっていた。
海軍総司令官就任2年目……1482年には、ミスリアル本土にシホールアンル軍の大規模な侵攻を受け、あわや亡国一歩手前まで行くものの、
そこを救ったのが……異界より召喚された、アメリカ合衆国所属のアメリカ海軍であった。
亡国の危機を脱したミスリアルは、43年初頭から軍の近代化を本格化させると同時に、陸軍のみならず、海軍の再建と空軍の創設も視野に入れ始めた。
この時から、メヴィルゼは門外漢ながらも、ミスリアル海軍再建へ向けて身を粉にする勢いで働いた。
44年中旬にはミスリアル海軍水兵をアメリカ本土で訓練を受けさせる事が正式に決定し、44年末からはミスリアル海軍の水兵が少数ながらも、
順次米本土に旅立っていった。
また、アメリカ海軍が戦った数々の海戦の記録を取り寄せるべく、メヴィルゼも自らアメリカ本土に趣いた。
米本土では、アメリカ海軍作戦部長のアーネスト・キング元帥や海軍長官フランク・ノックス長官と直談判する事で、多くの資料(文書の写し)を
ミスリアル本土に持ち込む事ができた。
45年末には、艦隊再建計画も本格化し、46年から駆逐艦、巡洋艦を主力とする軽快艦隊を手始めとし、段階的に艦隊規模を拡充しつつ、
将来的には空母を含む機動部隊の保有も視野に入れる事が決まった。
だが、先日米本土でキング提督と会談したメヴィルゼは、すっかり身についていた自信を打ち砕くような出来事に見舞われた。
「族長!貴方達が開発した支援兵器の件で、キング提督からこっ酷く叱られましたぞ!」
「なにぃー?私達は使い物にならんクズを提供した覚えはないぞ」
「なにぃー?私達は使い物にならんクズを提供した覚えはないぞ」
ラプトは眉を吊り上げ、半ば睨みつけながら反論する。
「最初は使えておりましたが、途中で駄目になった奴があると言われましたぞ。私はキング提督になんと言われたかわかりますか?命懸けで
戦っている将兵に、そのような不良品を送りつける国の海軍が順調に成長できるとは思えん、軍艦を与えてもすぐに駄目にするかもしれん……
と言われたんですぞ!!」
「おいおい、そりゃ酷い言われようだな。それで、具体的にはどの件で怒られたんだ?」
「……昨年12月のウェルバンル・シギアル攻撃と、今年1月にアメリカ潜水艦の件です。共に貴方達が主導で開発、提供した物が機能不全に陥った
事で、重大な危機を招いたと、キング提督から伝えられています」
「ふむ……それはすまない事をした」
戦っている将兵に、そのような不良品を送りつける国の海軍が順調に成長できるとは思えん、軍艦を与えてもすぐに駄目にするかもしれん……
と言われたんですぞ!!」
「おいおい、そりゃ酷い言われようだな。それで、具体的にはどの件で怒られたんだ?」
「……昨年12月のウェルバンル・シギアル攻撃と、今年1月にアメリカ潜水艦の件です。共に貴方達が主導で開発、提供した物が機能不全に陥った
事で、重大な危機を招いたと、キング提督から伝えられています」
「ふむ……それはすまない事をした」
ラプトはすぐに頭を下げた。
「実のところ、君が来るまでその件について原因を探っていたところだ。いずれは、私自身から直接、アメリカ側に謝罪しようと思っている」
「なるほど……それなら、私もこれ以上言う事はありません。ただ、あと一つ付け加えるのであれば、支援兵器の信頼性はもう少し上げるべきと
考えております。戦場で戦う将兵にとって、途中で使い物にならなくなる兵器ほど、恐ろしい物はありませんからな」
「重々承知している。私もまだまだだ」
「なるほど……それなら、私もこれ以上言う事はありません。ただ、あと一つ付け加えるのであれば、支援兵器の信頼性はもう少し上げるべきと
考えております。戦場で戦う将兵にとって、途中で使い物にならなくなる兵器ほど、恐ろしい物はありませんからな」
「重々承知している。私もまだまだだ」
神妙な面持ちで、彼は反省の意を示した。
「さて!反省もほどほどに」
唐突に、彼はケロリとした表情でメヴィルゼに顔を向けた。
「あの……もう少し反省してくれても良かったんですが」
「いつまでもクヨクヨしてはつまらんだろう!今は戦時だ、ささっと切り替えんとな。ところで……その手に持っているのは、例のアレかね?」
「いやはや、相変わらずですな。その性格には毎度ながら感心しますよ」
「いつまでもクヨクヨしてはつまらんだろう!今は戦時だ、ささっと切り替えんとな。ところで……その手に持っているのは、例のアレかね?」
「いやはや、相変わらずですな。その性格には毎度ながら感心しますよ」
メヴィルゼはやや呆れながらも、ずっと片手に持っていた紙袋を机の上に置いた。
それは、つい最近ミスリアル王国に初進出したばかりである、アメリカのファーストフード店、A&Wの紙袋であった。
紙袋を差し出すと、ラプトは目にも止まらぬ速さで奪い取り、紙袋の中に入っていた食べ物を取り出す。
それは、つい最近ミスリアル王国に初進出したばかりである、アメリカのファーストフード店、A&Wの紙袋であった。
紙袋を差し出すと、ラプトは目にも止まらぬ速さで奪い取り、紙袋の中に入っていた食べ物を取り出す。
「おお……これがアメリカの国民食……A&Wのチーズバーガーか!」
「その通りです。族長が来る前にこれを買ってから来いと言うもんですから、私は行列に混じってから苦労しつつ、やっと買えましたよ」
「その通りです。族長が来る前にこれを買ってから来いと言うもんですから、私は行列に混じってから苦労しつつ、やっと買えましたよ」
1946年1月から、南大陸各国では、アメリカ発のファーストフード店であるA&Wが相次いで出店し、計30店舗がめでたく開店となった。
ミスリアル国内には、5箇所のA&W支店が開店したが、その1つはレマンナ学院から5キロほど離れた町に出来ており、開店から1ヶ月
経った今でも、店内はほぼ満員となり、カウンター前には常に行列が出来ていた。
メヴィルゼは、ある者は初のアメリカ食に胸を躍らせ、ある者はその味にハマって病み付きになるなど、多くのミスリアル国民がその味を
楽しむゆえに作られた、長い行列の中を30分ほど歩いた末に購入できた。
ミスリアル国内には、5箇所のA&W支店が開店したが、その1つはレマンナ学院から5キロほど離れた町に出来ており、開店から1ヶ月
経った今でも、店内はほぼ満員となり、カウンター前には常に行列が出来ていた。
メヴィルゼは、ある者は初のアメリカ食に胸を躍らせ、ある者はその味にハマって病み付きになるなど、多くのミスリアル国民がその味を
楽しむゆえに作られた、長い行列の中を30分ほど歩いた末に購入できた。
「2個入っているな。全部私のだな!」
「いやいや、1個は自分のですよ。あと、このポテトとケチャップも忘れないでください。セットで食べると、もっと美味いですよ。あっ、今の
うちに自分の分は取っておきます」
「なんだ、全部くれないのか!ケチな海軍大将だな」
「いやいや、1個は自分のですよ。あと、このポテトとケチャップも忘れないでください。セットで食べると、もっと美味いですよ。あっ、今の
うちに自分の分は取っておきます」
「なんだ、全部くれないのか!ケチな海軍大将だな」
ラプトは紙袋からチーズバーガーとポテト、ケチャップを取り出すメヴィルゼに文句をつけるが、気を取り直して、初めてチーズバーガーを齧った。
「お、大きく行きましたね」
メヴィルゼは、大きく頬張るラプトを見つめつつ、その反応を待った。
「ほほぉ……素晴らしい味だ。アメリカ人はこんな物を毎日食ってるのか」
ラプトは興奮気味に喋りつつ、2口目、3口目と齧り付いていく。
半分ほど食べると、彼はポテトにケチャップを付けて、それを口の中に放り込んだ。
半分ほど食べると、彼はポテトにケチャップを付けて、それを口の中に放り込んだ。
「ふむ!こういう感じになるのか。なかなかいい相棒じゃないか……」
ラプトは、今までに感じた事のない恍惚感を味わった。
メヴィルゼがチーズバーガーを半分食べた頃には、ラプトは自分の分をすっかり食べ終わっていた。
「完食!今までに食べた飯の中で一番美味かったぞ」
「いやぁ、夢中で食べとりましたな」
「こんな美味い飯を作るアメリカは最高だ。それに比べてシホールアンル人共から奪い取ったあの糧食はただのゴミだったな!」
「まぁまぁ、落ち着いて」
「いやぁ、夢中で食べとりましたな」
「こんな美味い飯を作るアメリカは最高だ。それに比べてシホールアンル人共から奪い取ったあの糧食はただのゴミだったな!」
「まぁまぁ、落ち着いて」
興奮気味に早口で捲し立てるラプトを、メヴィルゼは両手を使って宥めすかした。
「まーしかし……美味すぎる飯という物はいい素材をたっぷり使っているから美味い訳だが、食べている途中で何かしらの問題点も感じ取れたな」
「何かしらの問題点、ですか?」
「ああ。それはつまり、美味すぎる飯を比較的短時間で多く取れる。いや、取れてしまうという事にある」
「何かしらの問題点、ですか?」
「ああ。それはつまり、美味すぎる飯を比較的短時間で多く取れる。いや、取れてしまうという事にある」
ラプトはそう言うと、自らの腹を3度ほど叩いた。
「この飯は腹によく収まるが、恒常的に食べると、ここら辺に変化が出る。そう……太るんだ」
彼は席を立ち上がって、室内をゆっくりと歩きながら説明していく。
「近頃、授業中に気づいた事があってな。幾人かの生徒の体型が明らかに大きくなっていた。そう、肥満してやがったんだ。彼らはあの店が出来てから、
毎日のように通ってハンバーガーとかを食べていたが、その結果、肥満になってしまった。それから必死に体型を戻そうとしているが、思った以上に苦労
している。メヴィルゼ、アメリカ人にも、この辺が……まぁ、言い方を変えて、いい感じに成長している奴が多いだろう?」
毎日のように通ってハンバーガーとかを食べていたが、その結果、肥満になってしまった。それから必死に体型を戻そうとしているが、思った以上に苦労
している。メヴィルゼ、アメリカ人にも、この辺が……まぁ、言い方を変えて、いい感じに成長している奴が多いだろう?」
ラプトは腹の辺りを両手で大きく半円を描きながら質問した。
「ええ。貴方の言われる通りです。中にはこんなにも……ええと、成長が著しい方がいるのかと。ある意味戦艦みたいなもんだなと感じた次第です」
「戦艦に例えるのはどうかと思うぞ。私から見れば、戦艦は筋肉質で体型の素晴らしい戦士みたいなもんだと思うが、まぁそれはともかく……
アメリカ人はいい飯を食い、豊かな生活を送っているが、良い物でも取り過ぎれば体を害する場合もある。特にあのチーズバーガーは、それの
典型であると、私は思ってしまったよ」
「はぁ……確かにそうでしょうな。しかしながら、それもアメリカの良さであるかと、自分は思います。我々の世界では、例えば肥満は恥であるという
考えが主流ですが、アメリカではそうではありません。まぁ、アメリカ内でも肥満は自己管理能力の欠如であると言われているようですが、それでも
我々の世界のように叩きまくると言うような事はありません。言うなれば、アメリカはそれぞれの違いがはっきりと見え、意見も真剣に言い合い、
それなりに尊重する動きが見えるのです。違いが見えれば即処断し、意見の相違なぞ無視か排除する……我らが世界との差はそれかと……」
「それが、自由の国アメリカである、と言う訳かね?」
「戦艦に例えるのはどうかと思うぞ。私から見れば、戦艦は筋肉質で体型の素晴らしい戦士みたいなもんだと思うが、まぁそれはともかく……
アメリカ人はいい飯を食い、豊かな生活を送っているが、良い物でも取り過ぎれば体を害する場合もある。特にあのチーズバーガーは、それの
典型であると、私は思ってしまったよ」
「はぁ……確かにそうでしょうな。しかしながら、それもアメリカの良さであるかと、自分は思います。我々の世界では、例えば肥満は恥であるという
考えが主流ですが、アメリカではそうではありません。まぁ、アメリカ内でも肥満は自己管理能力の欠如であると言われているようですが、それでも
我々の世界のように叩きまくると言うような事はありません。言うなれば、アメリカはそれぞれの違いがはっきりと見え、意見も真剣に言い合い、
それなりに尊重する動きが見えるのです。違いが見えれば即処断し、意見の相違なぞ無視か排除する……我らが世界との差はそれかと……」
「それが、自由の国アメリカである、と言う訳かね?」
ラプトは真剣な眼差しでメヴィルゼを見据える。
「そうです。だからこそ、アメリカは戦争でも強いと、私は確信しています」
メヴィルゼは目を逸らさず、真っ直ぐ見つめたままそう断言した。
「そうか……あの戦場で初々しかった若き戦士も、立派に成長したものだ」
「何年前の話をしているんですか。まぁでも、貴方も以前に仰られたでしょう、エルフ族は年月と共に強く、賢くなる、と」
「いやはや、恐れ入った」
「何年前の話をしているんですか。まぁでも、貴方も以前に仰られたでしょう、エルフ族は年月と共に強く、賢くなる、と」
「いやはや、恐れ入った」
ラプトは満足気に言うと、メヴィルゼから目を離し、自らの席に戻った。
「さて……腹も膨れたし、食後の読書でも楽しむとしよう」
彼はそう言いながら、メヴィルゼの目の前で鼻歌まじりに読書を始めた。
残ったチーズバーガーを食べ始めたメヴィルゼは、無言のまま食事を進めていく。
しばしの間、狭く、古い本や研究資料で満たされた室内は静寂に包まれた。
残ったチーズバーガーを食べ始めたメヴィルゼは、無言のまま食事を進めていく。
しばしの間、狭く、古い本や研究資料で満たされた室内は静寂に包まれた。
全てのポテトを食べ終わったメヴィルゼは、徐にラプトの読む本に目を向けた。
それと同時に、ラプトが口を開く。
それと同時に、ラプトが口を開く。
「思い出した……そう言えば、また実戦で使えそうな魔法が間も無く完成するんだが」
「実戦で使えそうな魔法ですか……効果はどのような物です?」
「まぁ、言うなればお助け系かな」
「お助け系ですか……MB弾のような失敗作はやめてくださいよ。2年以上前のカレアント反攻で使用された際、使い辛いから不採用となった
過去がありますが」
「そんな物とは違う。アメリカさんが最も欲しかった物だよ。ただね……実験を行うにも、私達が持っている備品では流石に足りなくてね……」
「そこで、海軍大将であるこのメヴィルゼの出番、という訳ですな?」
「おー、話が早くて助かるね」
「実戦で使えそうな魔法ですか……効果はどのような物です?」
「まぁ、言うなればお助け系かな」
「お助け系ですか……MB弾のような失敗作はやめてくださいよ。2年以上前のカレアント反攻で使用された際、使い辛いから不採用となった
過去がありますが」
「そんな物とは違う。アメリカさんが最も欲しかった物だよ。ただね……実験を行うにも、私達が持っている備品では流石に足りなくてね……」
「そこで、海軍大将であるこのメヴィルゼの出番、という訳ですな?」
「おー、話が早くて助かるね」
ラプトは微笑みながら返すと、本のあるページに目が止まり、指先をゆっくりとなぞる。
「要は、アメリカさんにもまた、協力して欲しいと言う訳だ。勿論、私は先の件について謝罪する。その次に、実験への協力をお願いしたい」
彼はメヴィルゼにそう言いながら、指先をある所で止め、その部分の文字列を横になぞって行く。
「謝罪は直接出向かれてから行かれるのですか?」
「そう考えてはいるが、如何せん、ここでの仕事も忙しい物でね。それに、実験も行うとなると、より一層ここから離れられない。ひとまずは、
謝罪文を送ることで、アメリカ側へ謝意を表したい」
「……なるほど。それなら、私の方で貴方の謝罪文をお渡しいたしましょう」
「うむ。そのあとで、実験の話も進めてもらいたい。この実験はアメリカ側にとっても悪い話ではないはずだ」
「そう考えてはいるが、如何せん、ここでの仕事も忙しい物でね。それに、実験も行うとなると、より一層ここから離れられない。ひとまずは、
謝罪文を送ることで、アメリカ側へ謝意を表したい」
「……なるほど。それなら、私の方で貴方の謝罪文をお渡しいたしましょう」
「うむ。そのあとで、実験の話も進めてもらいたい。この実験はアメリカ側にとっても悪い話ではないはずだ」
彼はそう言いながら、ある英語の文字列をもう一度、指先でなぞって行った。
その文字列には、
その文字列には、
USS Des Moines-class Hevy cruiser
と、特徴的なシルエットの上に書かれていた。