第294話 竜騎士の矜持
1486年(1946年)2月23日 午後9時 シホールアンル領西岸沖250マイル地点
ウィリアム・ハルゼー大将率いる第3艦隊は、指揮下の第38任務部隊を用いて2月21日夜半からシホールアンル帝国首都近郊並びに、
シギアル港から北にある帝国軍拠点に対して、艦載機を用いた空襲を行っていた。
攻撃目標は、シホールアンル帝国首都圏に含まれるシギアル港と、同地区から北方200マイルに位置する要衝、クガベザム。
クガベザムには、シホールアンル海軍の基地やワイバーン基地などが置かれており、首都圏の主だった航空基地や軍港が壊滅状態に
陥った現在、クガベザムの重要性は飛躍的に増していた。
シホールアンル軍は北海岸より増援と思しき艦艇をクガベザムに集結させており、既に一部の工作艦を含む有力な艦隊がクガベザムを
経由してシギアルに到達し、閉塞艦の除去に当たっていると言われている。
第3艦隊司令長官であるウィリアム・ハルゼー大将は、偵察機と潜水艦よりもたらされた一連の報告を分析し、敵側がシギアル港の復旧を
本格化させるための前準備を行っていると判断した。
ハルゼー大将はこれらの行動を妨害するため、2月17日に第38任務部隊第1任務群と第3任務群をダッチハーバーより出撃させた。
今回は、第2任務群は艦艇の整備と修理、休養のためにダッチハーバーで待機しているが、第1、第3任務群だけでも正規空母6隻、
軽空母1隻を主力とする大所帯であるため、敵側に相当の被害を与えられるものと期待された。
事実、2月21日夜半に行われたシギアルに対する夜間攻撃では、閉塞艦除去に当たっていた工作艦1隻を大破させ、小型艦2隻を撃沈破し、
シギアル港の地上施設にも損害を与えた。
翌22日の早朝から行われた計3波、戦爆連合400機以上による攻撃では、他の地上施設や、復旧したばかりの航空基地を破壊し、
迎撃機30機以上を撃墜するなど、更なる戦果を上げた。
ハルゼー機動部隊は、被撃墜14機、帰還時の着艦事故や修理不能機8機の損害を受けたが、敵航空部隊の反撃が艦隊に行われなかったため、
損害はそれだけで抑えられた。
その後、北方に移動したハルゼー部隊は、23日夜半にクガベザム攻撃のため、TG38.1所属の空母ヨークタウン、エンタープライズから
夜戦経験を持つベテランのみで選抜したA-1DNスカイレイダー24機を発艦させた。
シギアル港から北にある帝国軍拠点に対して、艦載機を用いた空襲を行っていた。
攻撃目標は、シホールアンル帝国首都圏に含まれるシギアル港と、同地区から北方200マイルに位置する要衝、クガベザム。
クガベザムには、シホールアンル海軍の基地やワイバーン基地などが置かれており、首都圏の主だった航空基地や軍港が壊滅状態に
陥った現在、クガベザムの重要性は飛躍的に増していた。
シホールアンル軍は北海岸より増援と思しき艦艇をクガベザムに集結させており、既に一部の工作艦を含む有力な艦隊がクガベザムを
経由してシギアルに到達し、閉塞艦の除去に当たっていると言われている。
第3艦隊司令長官であるウィリアム・ハルゼー大将は、偵察機と潜水艦よりもたらされた一連の報告を分析し、敵側がシギアル港の復旧を
本格化させるための前準備を行っていると判断した。
ハルゼー大将はこれらの行動を妨害するため、2月17日に第38任務部隊第1任務群と第3任務群をダッチハーバーより出撃させた。
今回は、第2任務群は艦艇の整備と修理、休養のためにダッチハーバーで待機しているが、第1、第3任務群だけでも正規空母6隻、
軽空母1隻を主力とする大所帯であるため、敵側に相当の被害を与えられるものと期待された。
事実、2月21日夜半に行われたシギアルに対する夜間攻撃では、閉塞艦除去に当たっていた工作艦1隻を大破させ、小型艦2隻を撃沈破し、
シギアル港の地上施設にも損害を与えた。
翌22日の早朝から行われた計3波、戦爆連合400機以上による攻撃では、他の地上施設や、復旧したばかりの航空基地を破壊し、
迎撃機30機以上を撃墜するなど、更なる戦果を上げた。
ハルゼー機動部隊は、被撃墜14機、帰還時の着艦事故や修理不能機8機の損害を受けたが、敵航空部隊の反撃が艦隊に行われなかったため、
損害はそれだけで抑えられた。
その後、北方に移動したハルゼー部隊は、23日夜半にクガベザム攻撃のため、TG38.1所属の空母ヨークタウン、エンタープライズから
夜戦経験を持つベテランのみで選抜したA-1DNスカイレイダー24機を発艦させた。
午後9時、クガベザム攻撃を終えた攻撃隊は、TG38.1に帰投しつつあった。
TG38.1旗艦エンタープライズを中心とした機動部隊は、風上に向けて一斉回頭していく。
エンタープライズ、ヨークタウン、ワスプ、軽空母フェイトを主力とし、周囲を囲む護衛の戦艦、巡洋艦、駆逐艦群、早計30隻もの大艦隊が、
一糸乱れぬ動作で回頭を行う様は、この機動部隊の練度が限り無く高い事を如実に表していた。
エンタープライズ、ヨークタウン、ワスプ、軽空母フェイトを主力とし、周囲を囲む護衛の戦艦、巡洋艦、駆逐艦群、早計30隻もの大艦隊が、
一糸乱れぬ動作で回頭を行う様は、この機動部隊の練度が限り無く高い事を如実に表していた。
エンタープライズ、ヨークタウンの飛行甲板には、夜間着艦用の着艦誘導灯が点灯し始める。
飛行甲板後部左右舷側に設置された鮮やかな色の灯が、どこか幻想的な世界を思い起こさせてしまう。
飛行甲板の左舷後部で涼みに来ていた、エンタープライズ料理班主任のブリック・サムナー一等兵曹は、機銃座の横で待機していた機銃座指揮官の
ウィリー・ティンプル少尉と雑談を交わしながら着艦風景を見つめていた。
ウィリー・ティンプル少尉と雑談を交わしながら着艦風景を見つめていた。
「来たぜ、英雄達のお出ましだ」
サムナー一等兵曹はティンプル少尉に肩を叩かれ、艦尾側から爆音をあげて飛来する艦載機を指差した。
真っ暗闇の中から、翼端灯を光らせながら徐々に高度を下げる艦載機が、おぼろげながらも見て取れた。
艦上機パイロットにとって、母艦への夜間着艦は非常に難易度が高い動作だ。
着艦誘導灯があるとはいえ、艦の動揺や風の有無を気にしつつ、機体を慎重に操作しながら母艦へ近付くのだ。
帰還した艦上機……A-1D-Nスカイレイダーは、傍目から見ても難しさを感じさせぬ、鮮やかな動作でエンタープライズの飛行甲板に降り立った。
後部付近に張り巡らされたワイヤーに着艦フックが引っかかり、帰還機に急制動がかかってたちまち停止した。
真っ暗闇の中から、翼端灯を光らせながら徐々に高度を下げる艦載機が、おぼろげながらも見て取れた。
艦上機パイロットにとって、母艦への夜間着艦は非常に難易度が高い動作だ。
着艦誘導灯があるとはいえ、艦の動揺や風の有無を気にしつつ、機体を慎重に操作しながら母艦へ近付くのだ。
帰還した艦上機……A-1D-Nスカイレイダーは、傍目から見ても難しさを感じさせぬ、鮮やかな動作でエンタープライズの飛行甲板に降り立った。
後部付近に張り巡らされたワイヤーに着艦フックが引っかかり、帰還機に急制動がかかってたちまち停止した。
「上手い!」
サムナー兵曹は感嘆の声を発した。
飛行甲板左右に待機していた甲板要員がスカイレイダーの周囲に素早く群がり、機体に異常がないか確かめていく。
それを素早く終えると、誘導員が身振り手振りでパイロットに指示を伝えつつ、甲板中央の第2エレベーターに手早く誘導していく。
1機目が無事エレベーターに乗せられ、格納甲板に下ろされていくと同時に、2機目のスカイレイダーが飛行甲板に滑り込んできた。
これもまた見事な動きで着艦に成功する。
この他にも、攻撃隊の参加機は次々と帰還していくが、どの機も着艦の動作は危なげが無く、見ていて不安を全く感じさせない物ばかりであった。
ただ、敵地攻撃を行ったとあって、被弾した機体も幾つか見受けられた。
特に、9番目に着艦した機は胴体に複数の被弾の跡が見受けられた他、右主翼の翼端が千切れ、尾翼に握り拳の2倍ほどもある穴を開けられていた。
それでも、そのスカイレイダーは無事に帰還できていた。
着艦作業に見惚れていると、不意に後ろから声をかけられた。
飛行甲板左右に待機していた甲板要員がスカイレイダーの周囲に素早く群がり、機体に異常がないか確かめていく。
それを素早く終えると、誘導員が身振り手振りでパイロットに指示を伝えつつ、甲板中央の第2エレベーターに手早く誘導していく。
1機目が無事エレベーターに乗せられ、格納甲板に下ろされていくと同時に、2機目のスカイレイダーが飛行甲板に滑り込んできた。
これもまた見事な動きで着艦に成功する。
この他にも、攻撃隊の参加機は次々と帰還していくが、どの機も着艦の動作は危なげが無く、見ていて不安を全く感じさせない物ばかりであった。
ただ、敵地攻撃を行ったとあって、被弾した機体も幾つか見受けられた。
特に、9番目に着艦した機は胴体に複数の被弾の跡が見受けられた他、右主翼の翼端が千切れ、尾翼に握り拳の2倍ほどもある穴を開けられていた。
それでも、そのスカイレイダーは無事に帰還できていた。
着艦作業に見惚れていると、不意に後ろから声をかけられた。
「お、これは珍しいですな。サムナーチーフ」
サムナー兵曹は、その聞き覚えのある声に内心ニヤリとしながら、後ろを振り返った。
「やはりレイノルズ大尉でしたか」
空母エンタープライズ戦闘機中隊の指揮官を務めるリンゲ・レイノルズ大尉は、微笑みながらその通り、と呟き返した。
「エンタープライズの至宝とも言える名料理人が、また珍しい事をしているじゃないか」
「はは。艦内に籠ってばかり居ても仕方ないと思いましてね。冬の夜風に当たって気分をスッキリさせようと思ったら、丁度いいタイミングで
攻撃隊の帰還風景を見る事ができました」
「はは。艦内に籠ってばかり居ても仕方ないと思いましてね。冬の夜風に当たって気分をスッキリさせようと思ったら、丁度いいタイミングで
攻撃隊の帰還風景を見る事ができました」
サムナー兵曹は満足気な表情を浮かべながら、リンゲにそう言い返した。
「どうだねチーフ。うちの飛行隊の練度は?」
「何度も見てきましたが、改めて練度が高いと思いますね。今日の夜間攻撃も無難にこなしたのか、損失0で全機帰還してきたと聞いてます」
「俺も話は聞いたが、敵の基地を吹き飛ばして損失0は完勝、と言いたいところだな」
「何度も見てきましたが、改めて練度が高いと思いますね。今日の夜間攻撃も無難にこなしたのか、損失0で全機帰還してきたと聞いてます」
「俺も話は聞いたが、敵の基地を吹き飛ばして損失0は完勝、と言いたいところだな」
リンゲは幾分匂わせ気味な口調で言う。
サムナーは一瞬怪訝な表情になったが、すぐに11番機が着艦してきた。
スカイレイダーの機首から発せられる大馬力エンジンの轟音が艦上に響き渡る。
その余りの力強さに、轟音は250マイル離れた敵地にすら聞こえているのかもしれないと思わせる程だ。
サムナーは一瞬怪訝な表情になったが、すぐに11番機が着艦してきた。
スカイレイダーの機首から発せられる大馬力エンジンの轟音が艦上に響き渡る。
その余りの力強さに、轟音は250マイル離れた敵地にすら聞こえているのかもしれないと思わせる程だ。
「ふむ……被弾の跡が目立つな」
リンゲは眉を顰めながら、ポツリと呟く。
騒音にかき消されがちな声音だが、すぐ近場にいたサムナー兵曹は微かに聞き取れた。
甲板要員が機体のあちこちに穿たれた弾痕にしきりに目を向けつつ、飛行甲板中央の第2エレベーターに誘導していく。
そして、最後の12機目が着艦しようとした時、待機していた甲板要員達がざわつき始めた。
リンゲはハッとなって艦尾方向に目をむける。
暗闇の中に朧げながら見えるスカイレイダーのシルエットは、教本通りの理想的な形でエンタープライズに近づきつつあったが、
そのシルエットは、ある部分が大きく欠けていた。
騒音にかき消されがちな声音だが、すぐ近場にいたサムナー兵曹は微かに聞き取れた。
甲板要員が機体のあちこちに穿たれた弾痕にしきりに目を向けつつ、飛行甲板中央の第2エレベーターに誘導していく。
そして、最後の12機目が着艦しようとした時、待機していた甲板要員達がざわつき始めた。
リンゲはハッとなって艦尾方向に目をむける。
暗闇の中に朧げながら見えるスカイレイダーのシルエットは、教本通りの理想的な形でエンタープライズに近づきつつあったが、
そのシルエットは、ある部分が大きく欠けていた。
「まずい……脚が出てねえぞ!」
リンゲは、12機目のスカイレイダーが、被弾がもとで着陸装置が故障したのではないかと思った。
甲板要員達の動きが急に慌ただしくなった。
ある甲板要員は飛行甲板中央に緊急用のバリアーを展開する。
別の甲板要員は、帰還機が胴体着陸を試みると、艦尾両舷にいる機銃座付きのクルーに走りながら言い伝えていく。
そのすぐ後に、艦内放送でも着艦事故に備えるようにアナウンスが響いた。
12機目の帰還機はその間にもエンタープライズに接近しつつある。
エンジン部分にも被弾したのか、うっすらと白煙も吐いている帰還機は、それでも手練れを思わせる動作でするすると飛行甲板後部に
滑り込もうとしている。
機体の動きに乱れは無いように思え、脚さえ出ていれば完璧な着艦風景が見れたであろう。
しかし、着陸脚の出ていない状況では、そのような風景が見れることはまず無い。
スカイレイダーは殊更ゆっくりとしたスピードで艦尾を飛び越えた後、急にエンジン音が消えた。
ある甲板要員は飛行甲板中央に緊急用のバリアーを展開する。
別の甲板要員は、帰還機が胴体着陸を試みると、艦尾両舷にいる機銃座付きのクルーに走りながら言い伝えていく。
そのすぐ後に、艦内放送でも着艦事故に備えるようにアナウンスが響いた。
12機目の帰還機はその間にもエンタープライズに接近しつつある。
エンジン部分にも被弾したのか、うっすらと白煙も吐いている帰還機は、それでも手練れを思わせる動作でするすると飛行甲板後部に
滑り込もうとしている。
機体の動きに乱れは無いように思え、脚さえ出ていれば完璧な着艦風景が見れたであろう。
しかし、着陸脚の出ていない状況では、そのような風景が見れることはまず無い。
スカイレイダーは殊更ゆっくりとしたスピードで艦尾を飛び越えた後、急にエンジン音が消えた。
「よし!無事にエンジンを止めた!上手いぞ!」
リンゲは無意識の内に拳を力強く握っていた。
サムナー兵曹も寒風の中、手に汗握りながらその着艦風景を見守る。
その瞬間、耳障りな金属音と共にスカイレイダーが飛行甲板に胴体を接触させた。
12番機は機体を右に傾け、夥しい破片を撒き散らしながら飛行甲板を滑って行くが、艦橋から30メートルほど手前、右舷側に寄り進む形で停止した。
そこは丁度、リンゲとサムナー兵曹の位置から若干通り過ぎた場所であった。
サムナー兵曹も寒風の中、手に汗握りながらその着艦風景を見守る。
その瞬間、耳障りな金属音と共にスカイレイダーが飛行甲板に胴体を接触させた。
12番機は機体を右に傾け、夥しい破片を撒き散らしながら飛行甲板を滑って行くが、艦橋から30メートルほど手前、右舷側に寄り進む形で停止した。
そこは丁度、リンゲとサムナー兵曹の位置から若干通り過ぎた場所であった。
「おい!急げ!機体から火が出てるぞ!」
「パイロットがやられてる!おい担架だ!担架を持って来い!!」
「パイロットがやられてる!おい担架だ!担架を持って来い!!」
待機していた甲板要員達が急いで機体の周囲に駆け寄っていく。
12番機の損傷はかなり酷く、機体の全体に被弾痕が付き、風防ガラスも大きく破れ、コクピットの中には血飛沫が飛び散っている。
機首から発せられていた白煙は黒煙に代わり、火災炎が見え始めていた。
パイロットが開かれたコクピットから大急ぎで飛び出してきたが、負傷したのか、片腕をだらんと下げ、機体からやや離れた位置で
力尽きたように座り込んでしまう。
そこに担架を持った兵が大急ぎで駆け付け、パイロットを仰向けに乗せて艦内に運び込んでいく。
機体には、複数の甲板要員が消火器を使い、火を消そうと試みている。
幸いにも、機体から発せられた火はすぐに消し止められそうであったが、機体の損傷は傍目から見ても酷く、再度の飛行任務には
耐えられないだろうと思われた。
12番機の損傷はかなり酷く、機体の全体に被弾痕が付き、風防ガラスも大きく破れ、コクピットの中には血飛沫が飛び散っている。
機首から発せられていた白煙は黒煙に代わり、火災炎が見え始めていた。
パイロットが開かれたコクピットから大急ぎで飛び出してきたが、負傷したのか、片腕をだらんと下げ、機体からやや離れた位置で
力尽きたように座り込んでしまう。
そこに担架を持った兵が大急ぎで駆け付け、パイロットを仰向けに乗せて艦内に運び込んでいく。
機体には、複数の甲板要員が消火器を使い、火を消そうと試みている。
幸いにも、機体から発せられた火はすぐに消し止められそうであったが、機体の損傷は傍目から見ても酷く、再度の飛行任務には
耐えられないだろうと思われた。
「パイロットは何とか生きていましたな」
「ああ。あの機体のお陰で助かったんだろう」
「ああ。あの機体のお陰で助かったんだろう」
サムナーの言葉に対し、リンゲは消火剤まみれになった機体を指差しながら返答する。
「あとは……美味い飯を食ったお陰で、いつもよりも体力が持ったのかもしれない」
リンゲはサムナーを見つめながらそう言い放った。
「今日の夕飯のカレーのお陰かな」
「いやぁ、それは……」
「いやぁ、それは……」
サムナーは別にそんな事は無いと言いたかったが、まんざらでも無い様子であった。
「ところで……君はカレー作りが得意と聞いてるが、あれの作り方は、名も知らぬ教会のシスターから学んだと聞いたが、なぜシスターが
カレーを作ってたんだ?」
「いや……自分もあまり覚えてはいないのですが、とにかく、そのシスターの作られるカレーに強い興味を抱き、いつの間にか意気投合
して伝授して頂いた、と言う訳なのですが。とにかく名前を名乗ってくれませんでした。それに、あのシスター服も、よく考えたら見覚え
のある物ではなかったし……とにかく不思議な感じでした」
「ふむ……俺も不思議に感じてしまうが。だが、あのカレーライスは不思議な味ではないぞ」
カレーを作ってたんだ?」
「いや……自分もあまり覚えてはいないのですが、とにかく、そのシスターの作られるカレーに強い興味を抱き、いつの間にか意気投合
して伝授して頂いた、と言う訳なのですが。とにかく名前を名乗ってくれませんでした。それに、あのシスター服も、よく考えたら見覚え
のある物ではなかったし……とにかく不思議な感じでした」
「ふむ……俺も不思議に感じてしまうが。だが、あのカレーライスは不思議な味ではないぞ」
リンゲはそう断言する。
「最も、あの見た目だけは今でもいただけんなと思ってしまうが」
「まぁ……匂いも不思議ですが、見た目は完全に大きい方のアレですからね」
「まぁ……匂いも不思議ですが、見た目は完全に大きい方のアレですからね」
サムナーは苦笑しつつ、自分の尻から何かが出る動作を交えながらリンゲに答えた。
「だが、味は最高だ。今じゃ艦ごとにバリエーションが出てきてもっと楽しめるようになってる。カレーライスは、合衆国海軍を
支えるメニューの一つと言っても過言ではないよ」
支えるメニューの一つと言っても過言ではないよ」
リンゲはサムナーにそう言いながら、同時に尊敬の念も強く込めていた。
「合衆国海軍勝利の原動力となったカレーを与えたてくれたシスターと、それを広めた君に感謝だ」
「感謝ですか……大統領に食べさせて、好評を貰えたら名誉勲章を貰えますかね?」
「メシを食べさせて名誉勲章は聞いた事が無いぞ。ま、民間に大きく広めれば得をするかもしれんがね」
「感謝ですか……大統領に食べさせて、好評を貰えたら名誉勲章を貰えますかね?」
「メシを食べさせて名誉勲章は聞いた事が無いぞ。ま、民間に大きく広めれば得をするかもしれんがね」
リンゲはニヤリとしながら、右手の親指と人差し指で丸い輪を作った。
「それはそれで美味しい限りです。もっとも、生き残れればの話ですが……」
サムナーはやや翳りの滲ませる語調でリンゲに返した。
そこに新たな金属音が響き渡ってきた。
リンゲとサムナーは飛行甲板に顔を振り向けた。
多くの甲板要員が着艦した12番機の周囲に群がり、撤去作業を始めていた。
機体の周囲には甲板要員のみならず、格納甲板から上がってきた整備兵も含まれており、手早く機体を艦尾方向に移動しようとしている。
整備に使うジャッキや牽引車等も用いて行われる撤去作業は迅速に行われていき、やがて、擱座したスカイレイダーは艦尾から海に投棄された。
そこに新たな金属音が響き渡ってきた。
リンゲとサムナーは飛行甲板に顔を振り向けた。
多くの甲板要員が着艦した12番機の周囲に群がり、撤去作業を始めていた。
機体の周囲には甲板要員のみならず、格納甲板から上がってきた整備兵も含まれており、手早く機体を艦尾方向に移動しようとしている。
整備に使うジャッキや牽引車等も用いて行われる撤去作業は迅速に行われていき、やがて、擱座したスカイレイダーは艦尾から海に投棄された。
「あぁ……せっかく帰還できたのに」
「あれだけ壊れていりゃ直せやしない。良くて部品取りぐらいだ。それに、飛行甲板をいつまでも塞ぐ訳にはいかないからな」
「あれだけ壊れていりゃ直せやしない。良くて部品取りぐらいだ。それに、飛行甲板をいつまでも塞ぐ訳にはいかないからな」
リンゲは仕方ないとばかりに、両肩を竦めながらサムナーに言う。
「やはり、機体は消耗品、と言う訳ですね」
「まっ……そう言う事だな」
「まっ……そう言う事だな」
第3艦隊司令長官を務めるウィリアム・ハルゼー大将は、エンタープライズ艦橋の張り出し通路から、損傷機が投棄されるまでの
一部始終を見つめた後、渋々と言った表情のまま艦橋内に戻ってきた。
一部始終を見つめた後、渋々と言った表情のまま艦橋内に戻ってきた。
「これで、また1機失った訳か。とはいえ、ヨークタウンの攻撃機も全機帰還しているのだから、まずは良しとするべきか」
「パイロットも全員生還しておりますから、完勝と言ってもよろしいでしょう」
「パイロットも全員生還しておりますから、完勝と言ってもよろしいでしょう」
航空参謀のホレスト・モルン大佐が誇らしげな口調で言うと、ハルゼーはその通りだと付け加えた。
「ただ……損傷機が思いのほか多いのが気になります」
「ん?どうした航空参謀。いきなり沈んだ口調になるとは。被弾した機が航空機が多いのかね」
「はい。攻撃隊指揮官機からは奇襲に成功せりとの報を受けていますが、敵の対空砲火も熾烈を極めたとの報告も上がっております。
今は集計中でありますが、エンタープライズだけでも12機中7機が被弾しており、そのうち1機は修理不能と判断され、既に放棄されております」
「となると……ヨークタウン隊の参加機からも複数の被弾機と使用不能となった機が出てくるかもしれん、と言うわけか。シホット共も
なかなか、楽に仕事をさせてくれんな」
「ん?どうした航空参謀。いきなり沈んだ口調になるとは。被弾した機が航空機が多いのかね」
「はい。攻撃隊指揮官機からは奇襲に成功せりとの報を受けていますが、敵の対空砲火も熾烈を極めたとの報告も上がっております。
今は集計中でありますが、エンタープライズだけでも12機中7機が被弾しており、そのうち1機は修理不能と判断され、既に放棄されております」
「となると……ヨークタウン隊の参加機からも複数の被弾機と使用不能となった機が出てくるかもしれん、と言うわけか。シホット共も
なかなか、楽に仕事をさせてくれんな」
ハルゼーは目を瞑りながら、モルン大佐に返答する。
そこに通信兵が艦橋内に入り、紙をモルン大佐に手渡した。
そこに通信兵が艦橋内に入り、紙をモルン大佐に手渡した。
「長官、ヨークタウンより報告が届きました。攻撃隊に参加した12機中、6機が被弾。うち、2機が損傷大により使用不能との事です」
「ふむ……これで、3機を失った訳か。24機参加して3機損失……奇襲で損耗率10%越えと言う数字は、少なくない数字だが……
なかなか悩ましい物だ」
「スカイレイダー自体も安い機体ではありませんからな」
「高性能機ですらも、当然のように損耗する、か……とはいえ、敵に与えた損害は遥かに大きい筈だ。それに、パイロットが全員生還なら完勝だ。失った機体は、ダッチハーバーに保管している新品で補充してやろう」
「はい。その通りですな」
「ふむ……これで、3機を失った訳か。24機参加して3機損失……奇襲で損耗率10%越えと言う数字は、少なくない数字だが……
なかなか悩ましい物だ」
「スカイレイダー自体も安い機体ではありませんからな」
「高性能機ですらも、当然のように損耗する、か……とはいえ、敵に与えた損害は遥かに大きい筈だ。それに、パイロットが全員生還なら完勝だ。失った機体は、ダッチハーバーに保管している新品で補充してやろう」
「はい。その通りですな」
モルン航空参謀の相槌にハルゼーは無言で顔を頷かせた。
事が起きたのは、それから5分後の事であった。
午後9時35分、艦橋から退出しようとしていたハルゼーのもとに、モルン航空参謀が緊迫した表情を浮かべながら駆け寄ってきた。
「長官!空母フェイトより緊急信です!」
「何事だ?」
「何事だ?」
ハルゼーはそう返しながら、モルン大佐が持っていた紙に視線を移し、読めとばかりに手を振った。
ハルゼーの意図を察したモルン大佐は紙に書かれた内容を読んでいく。
ハルゼーの意図を察したモルン大佐は紙に書かれた内容を読んでいく。
「艦隊より北西30マイル付近を哨戒中であった早期警戒機が、艦隊の北西、方位315度方向より接近中の敵らしき編隊をレーダーで
探知したとの緊急信です!」
探知したとの緊急信です!」
「敵編隊だと?シホット共はまさか、航空反撃を試みているのか?」
「フェイトより伝えられた第2報では、早期警戒機から多数の未確認反応を探知とありますので、恐らくは……」
「クソ!12月の攻撃で敵の航空戦力を粗方一掃した筈だったんだがな」
「フェイトより伝えられた第2報では、早期警戒機から多数の未確認反応を探知とありますので、恐らくは……」
「クソ!12月の攻撃で敵の航空戦力を粗方一掃した筈だったんだがな」
ハルゼーは歯噛みしながらモルン大佐に言う。
「早期警戒機からの続報は?」
「今、母艦フェイトが確認中との事ですが……当該機との通信は2分前より途絶えておるようです」
「何だと…?」
「今、母艦フェイトが確認中との事ですが……当該機との通信は2分前より途絶えておるようです」
「何だと…?」
ハルゼーは急に強烈な不安感に襲われた。
早期警戒機として活動しているのは、軽空母フェイトに搭載されている4機のTBFアベンジャーのうちの1機である。
正確には、自動車企業のゼネラルモータースによって製造された機体であるため、TBMアベンジャーと呼んだ方が正しいが、それはともかく……
この機体には夜間哨戒も可能なように機上レーダーを搭載しており、高高度の監視は機動部隊各艦に搭載されている艦載レーダーに任せつつ、
低高度はアベンジャー艦攻が見張る事で死界をなるべく減らすようにしていた。
早期警戒機として活動しているのは、軽空母フェイトに搭載されている4機のTBFアベンジャーのうちの1機である。
正確には、自動車企業のゼネラルモータースによって製造された機体であるため、TBMアベンジャーと呼んだ方が正しいが、それはともかく……
この機体には夜間哨戒も可能なように機上レーダーを搭載しており、高高度の監視は機動部隊各艦に搭載されている艦載レーダーに任せつつ、
低高度はアベンジャー艦攻が見張る事で死界をなるべく減らすようにしていた。
アベンジャーは高度1000メートルから500メートルを上下しつつ哨戒中であったが、本来の目的は単機侵入を図る敵偵察機の発見、捕捉と、
攻撃隊の落伍機が墜落した場合の救助支援であった。
だが、アベンジャーは機上レーダーに見慣れぬ敵編隊を探知したのだ。
当然IFF(敵味方識別装置)の反応は無かった。
攻撃隊の落伍機が墜落した場合の救助支援であった。
だが、アベンジャーは機上レーダーに見慣れぬ敵編隊を探知したのだ。
当然IFF(敵味方識別装置)の反応は無かった。
「まずったな……夜間戦闘機の交代がまだ用意できていない」
ハルゼーは舌打ちしながら呟くが、そこに凶報が舞い込んで来た。
「長官!母艦フェイトより追信です。当該機は敵に撃墜された模様です」
「全艦対空戦闘用意!敵との距離は艦隊から30マイルを切っているぞ!」
「全艦対空戦闘用意!敵との距離は艦隊から30マイルを切っているぞ!」
ハルゼーの判断は早かった。
この時、全艦の対空レーダーに敵機の反応が映し出された。
この時、全艦の対空レーダーに敵機の反応が映し出された。
「長官、レーダーに反応です!艦隊より北西、方位315度より接近しつつある飛行物体の反応を探知。現在高度500で尚も上昇中であり、
機数は約20前後。距離27マイル。IFFに反応は無く、敵と判断します!」
「北西か……奴ら、俺達のケツにかじりつこうとしてやがるな」
「長官、TG38.3より夜間戦闘機隊が緊急発進し、我が部隊に向かいつつあるようです」
「今からじゃ間に合わん!F8Fが来る頃には、敵はTG38.1を盛大に叩きまくっている頃だ」
機数は約20前後。距離27マイル。IFFに反応は無く、敵と判断します!」
「北西か……奴ら、俺達のケツにかじりつこうとしてやがるな」
「長官、TG38.3より夜間戦闘機隊が緊急発進し、我が部隊に向かいつつあるようです」
「今からじゃ間に合わん!F8Fが来る頃には、敵はTG38.1を盛大に叩きまくっている頃だ」
モルン大佐からの報告がもたらされるが、ハルゼーは無駄だとばかりに頭を横に振りながら言葉を返す。
「ここはTG38.1各艦の対空砲で対応するしかない」
ハルゼーは忌々しげに呟いた。
現在、TG38.1の各艦艇は南南東に向かって時速20ノットで南下している。
敵編隊はちょうど、ハルゼー機動部隊の後方から急速に接近している状態だ。
現在、TG38.1の各艦艇は南南東に向かって時速20ノットで南下している。
敵編隊はちょうど、ハルゼー機動部隊の後方から急速に接近している状態だ。
「全艦に通達。各艦、針路070に向けて回頭せよ!回頭時刻は2142!」
「アイ・サー!」
「アイ・サー!」
ハルゼーの命令は、即座に各艦へ伝えられた。
命令通達から3分後の午後9時42分には、各艦が一斉回頭を行った。
これで、TG38.1は敵に真横を向ける形で相対する事となった。
命令通達から3分後の午後9時42分には、各艦が一斉回頭を行った。
これで、TG38.1は敵に真横を向ける形で相対する事となった。
「各艦に向けて重ねて通達!上昇中の敵編隊の他に、低空侵入を図る敵編隊が存在する可能性、極めて大なり。各艦、低空侵入への警戒も厳にせよ!」
更なる命令が伝えられ、TG38.1各艦の5インチ両用砲や40ミリ機銃座、20ミリ機銃座に砲弾や機銃弾が矢継ぎ早に装填されていく。
レーダー員は敵編隊の位置情報を、刻々と伝えていき、それは砲術長を始めとした砲術科指揮官や、砲員らに伝わっていく。
程無くして、輪形陣外輪部の駆逐艦部隊が発砲を開始した。
狙われたのは、高度を上げて輪形陣の突破を図る20機前後の敵編隊だ。
5インチ砲の連続射撃が加えられ、敵編隊の周囲に砲弾が次々と炸裂していく。
レーダー員は敵編隊の位置情報を、刻々と伝えていき、それは砲術長を始めとした砲術科指揮官や、砲員らに伝わっていく。
程無くして、輪形陣外輪部の駆逐艦部隊が発砲を開始した。
狙われたのは、高度を上げて輪形陣の突破を図る20機前後の敵編隊だ。
5インチ砲の連続射撃が加えられ、敵編隊の周囲に砲弾が次々と炸裂していく。
「長官!CICへ移動しましょう!」
ハルゼーの側にいたカーニー参謀長が切迫した表情で言ってきた。
敵の狙いは空母……エンタープライズを初めとする正規空母群である事に間違いはない。
もし敵弾が脆弱な艦橋部分に命中すれば、戦死は確実だ。
ハルゼーはカーニーの提案を拒否しようとした。
だが、彼はこの時、異様な不安感に見舞われていた。
その不安感が、カーニーの提案を受け入れさせた。
敵の狙いは空母……エンタープライズを初めとする正規空母群である事に間違いはない。
もし敵弾が脆弱な艦橋部分に命中すれば、戦死は確実だ。
ハルゼーはカーニーの提案を拒否しようとした。
だが、彼はこの時、異様な不安感に見舞われていた。
その不安感が、カーニーの提案を受け入れさせた。
「……そうだな。後は、艦長に任せるとしよう」
ハルゼーは頷きながら言うと、長官席から立ち上がり、CICへ向かい始めた。
そこに新たな一報が飛び込んできた。
「駆逐艦群より通信!低高度より侵入する新たな敵編隊を探知!機数約30前後、ワイバーンと認む!」
「ほう……案の定、戦力を二手に分けていやがったか」
「ほう……案の定、戦力を二手に分けていやがったか」
ハルゼーはそう呟きつつ、内心で敵もやり手かもしれんと思っていた。
エンタープライズも対空射撃を開始したのだろう、艦内に5インチ砲発射の砲声がけたたましく鳴り響き、その振動に巨体をしきりに揺らし始めた。
輪形陣左舷側には、空母エンタープライズにワスプ、左舷側前方には戦艦アイオワ、左舷側側面に重巡洋艦クインシー、軽巡洋艦アトランタ、
ブルックリンが守りを固めている。
その更に外側を守るのは10隻の駆逐艦だ。
これらの艦艇には、昨年12月のシギアル港空襲で敵弾を受けて損傷した艦もあったが、その後ダッチハーバーで修理を受けていた。
敵編隊は、機動部隊各艦から最大火力を受けながら進撃する事になるため、空母群に辿り着くまでに大幅に戦力を削られる筈である。
百戦錬磨の各艦に任せれば安心な筈であったが、ハルゼーは未だに強い不安を感じ続けていた。
エンタープライズも対空射撃を開始したのだろう、艦内に5インチ砲発射の砲声がけたたましく鳴り響き、その振動に巨体をしきりに揺らし始めた。
輪形陣左舷側には、空母エンタープライズにワスプ、左舷側前方には戦艦アイオワ、左舷側側面に重巡洋艦クインシー、軽巡洋艦アトランタ、
ブルックリンが守りを固めている。
その更に外側を守るのは10隻の駆逐艦だ。
これらの艦艇には、昨年12月のシギアル港空襲で敵弾を受けて損傷した艦もあったが、その後ダッチハーバーで修理を受けていた。
敵編隊は、機動部隊各艦から最大火力を受けながら進撃する事になるため、空母群に辿り着くまでに大幅に戦力を削られる筈である。
百戦錬磨の各艦に任せれば安心な筈であったが、ハルゼーは未だに強い不安を感じ続けていた。
(なんだこの胸騒ぎは……敵の数はそこそこでしかない筈なのに……)
彼は不安のあまり、胸の辺りをしきりに撫で回してしまう。
「TG38.3司令部より夜間戦闘機12機が急行中。現在は距離20マイル付近まで接近しております」
「夜間戦闘機……いつもながら少ない機数だが」
「夜間戦闘機……いつもながら少ない機数だが」
ある程度はやれる筈、と心中で思ったが、その直後、彼は直感的に命令を下した。
「航空参謀!夜間戦闘機隊に引き返せと伝えろ!」
「引き返せですと!?長官、迎撃に間に合わずとも、攻撃後に落とせば敵の戦力を」
「それぐらい言われんでも分かっとる!だが、今回は妙に嫌な予感がする……」
「長官……?」
「引き返せですと!?長官、迎撃に間に合わずとも、攻撃後に落とせば敵の戦力を」
「それぐらい言われんでも分かっとる!だが、今回は妙に嫌な予感がする……」
「長官……?」
モルン航空参謀は不安な面持ちで、ハルゼーの緊迫した表情を見つめ続ける。
「何度も言わせるな。引き返させろ!」
「あ、アイ・サー!」
「あ、アイ・サー!」
ハルゼーの命令はすぐさまTG38.3司令部に伝えられた。
ハルゼーら一行がCICに到達した時には、駆逐艦群は機銃射撃も用いた激しい対空戦闘を繰り広げていた。
この時になって、第3艦隊魔道参謀を務めるラウス・クレーゲル少佐がCICに飛び込んで来た。
ハルゼーら一行がCICに到達した時には、駆逐艦群は機銃射撃も用いた激しい対空戦闘を繰り広げていた。
この時になって、第3艦隊魔道参謀を務めるラウス・クレーゲル少佐がCICに飛び込んで来た。
「提督!ここにいましたか」
「ラウスか。まずいタイミングで敵が反撃してきやがった。連中、予備の航空戦力を使い果たして引き篭もるだけと思っていたが」
「敵は反撃戦力を繰り出してきましたね。それに、敵から強い魔力を感じます。今までにないエグい性格の魔力です」
「エグい性格の魔力だと?何だそれは」
「ラウスか。まずいタイミングで敵が反撃してきやがった。連中、予備の航空戦力を使い果たして引き篭もるだけと思っていたが」
「敵は反撃戦力を繰り出してきましたね。それに、敵から強い魔力を感じます。今までにないエグい性格の魔力です」
「エグい性格の魔力だと?何だそれは」
ハルゼーが怪訝な表情を浮かべて聞くが、ラウスは首を横にふる。
「正確にはわかりません。ただ……敵から伝わる魔力量が多いのは確かです」
ラウスは緊張した声音で答える。
いつもはのんびりしている彼にしては珍しかった。
いつもはのんびりしている彼にしては珍しかった。
「低空侵入のワイバーン群が駆逐艦の防衛ラインを突破!撃墜せる敵は4騎!」
CIC内に戦況報告が伝わるが、ハルゼーは撃墜したワイバーンの少なさに一瞬首を傾げた。
「4騎だと?7、8騎は落とせる筈だぞ」
「敵ワイバーン群は急激な機動を行うのみならず、姿を分裂させながら対空砲火の突破を図ったとの報告が入っております!」
「何だそれは!?」
「4騎だと?7、8騎は落とせる筈だぞ」
「敵ワイバーン群は急激な機動を行うのみならず、姿を分裂させながら対空砲火の突破を図ったとの報告が入っております!」
「何だそれは!?」
ハルゼーは一瞬戸惑ってしまった。
急激な機動を行うと言うのは分かる。
ワイバーンは航空機に対して圧倒的な機動力を有しているため、爆弾や魚雷を搭載した時でもそこそこ良い動きを見せることがある。
ただ、姿が分裂したという点では理解が追いつかなかった。
だが、その疑問も、隣のラウスが瞬時に解いてしまった。
急激な機動を行うと言うのは分かる。
ワイバーンは航空機に対して圧倒的な機動力を有しているため、爆弾や魚雷を搭載した時でもそこそこ良い動きを見せることがある。
ただ、姿が分裂したという点では理解が追いつかなかった。
だが、その疑問も、隣のラウスが瞬時に解いてしまった。
「あいつら……幻影魔法を使ってやがるな」
「幻影魔法だと?ラウス、それは一体……」
「簡単な話です。奴ら、対空防御用の防御魔法と一緒に幻影魔法の亜種を発動させているんです。それで機銃座の照準を狂わせているんです!」
「幻影魔法だと?ラウス、それは一体……」
「簡単な話です。奴ら、対空防御用の防御魔法と一緒に幻影魔法の亜種を発動させているんです。それで機銃座の照準を狂わせているんです!」
戦艦アイオワの左舷側では、今しも駆逐艦群の防衛ラインを突破してきた20機前後のワイバーンを迎え撃とうとしていた。
「先に低空侵入の敵編隊が突っ込んできたか!」
アイオワの左舷側40ミリ機銃座の一つを指揮するベドリオ・リクトリス兵曹長はそう叫びつつ、ヘルメットに組み込まれたヘッドフォンから
指示を受け取る。
指示を受け取る。
「機銃座目標、低空の敵ワイバーン群!両用砲は引き続き中高度の敵を狙え!」
「機銃座目標、低空侵入のワイバーン群!撃ち方始めぇ!」
「機銃座目標、低空侵入のワイバーン群!撃ち方始めぇ!」
リクトリス兵曹長が大音声でそう命じた直後、ボフォース40ミリ4連装機銃が太く、長い銃身から轟音と共に火を噴き始めた。
戦艦アイオワの左舷側には5インチ連装両用砲5基10門、40ミリ4連装機銃10基40丁、20ミリ単装機銃34丁が装備されている。
そのうち、5インチ砲は中高度より接近しつつある敵の対応に当てられ、残った大小74丁の機銃が低空侵入の敵ワイバーン群に向けられる。
現在、敵ワイバーン群との距離は、射撃管制レーダーの情報をもとにした結果、2500メートルほど離れているため、ひとまずは40ミリ機銃が
先に射撃を開始する形となった。
敵が2000メートルを切れば20ミリ機銃も加わって、圧倒的な対空弾幕を形成して侵入する敵の撃墜、または撃退に務める事になる。
40ミリ弾は、口径的にはもはや、戦前の戦車砲弾と同じ大口径弾であるため、1発でも当たれば、いくら頑丈なワイバーンと言えど撃墜されてしまう。
輪形陣外輪部の駆逐艦群も、1隻辺りの装備数は少ないとはいえ、同じ20ミリ機銃や40ミリ機銃を有しており、全力で対空射撃を行ったはずだ。
だが、駆逐艦群を突破してきた敵ワイバーン群は、予想よりも多い数で高度100メートル以下の低空で急速に接近しつつあった。
その敵機群に、巡洋艦、戦艦の対空射撃が襲いかかった。
戦艦アイオワに狙われた5,6騎ほどのワイバーンに多量の40ミリ弾が注がれ、距離が2000を切ると20ミリ機銃も全力射撃を行う。
多数の曳光弾がワイバーン編隊を覆い尽くしていく。
誰もが敵ワイバーン群はばたばたと叩き落とされるであろうと確信していたが……
戦艦アイオワの左舷側には5インチ連装両用砲5基10門、40ミリ4連装機銃10基40丁、20ミリ単装機銃34丁が装備されている。
そのうち、5インチ砲は中高度より接近しつつある敵の対応に当てられ、残った大小74丁の機銃が低空侵入の敵ワイバーン群に向けられる。
現在、敵ワイバーン群との距離は、射撃管制レーダーの情報をもとにした結果、2500メートルほど離れているため、ひとまずは40ミリ機銃が
先に射撃を開始する形となった。
敵が2000メートルを切れば20ミリ機銃も加わって、圧倒的な対空弾幕を形成して侵入する敵の撃墜、または撃退に務める事になる。
40ミリ弾は、口径的にはもはや、戦前の戦車砲弾と同じ大口径弾であるため、1発でも当たれば、いくら頑丈なワイバーンと言えど撃墜されてしまう。
輪形陣外輪部の駆逐艦群も、1隻辺りの装備数は少ないとはいえ、同じ20ミリ機銃や40ミリ機銃を有しており、全力で対空射撃を行ったはずだ。
だが、駆逐艦群を突破してきた敵ワイバーン群は、予想よりも多い数で高度100メートル以下の低空で急速に接近しつつあった。
その敵機群に、巡洋艦、戦艦の対空射撃が襲いかかった。
戦艦アイオワに狙われた5,6騎ほどのワイバーンに多量の40ミリ弾が注がれ、距離が2000を切ると20ミリ機銃も全力射撃を行う。
多数の曳光弾がワイバーン編隊を覆い尽くしていく。
誰もが敵ワイバーン群はばたばたと叩き落とされるであろうと確信していたが……
「敵1騎撃墜!」
「敵ワイバーンに防御バリアの反応!」
「敵1騎被弾するも、尚も飛行続行!」
「敵ワイバーンに防御バリアの反応!」
「敵1騎被弾するも、尚も飛行続行!」
予想に反して、敵撃墜のペースがこれまでと比べて異常に遅い。
敵との距離は既に1300メートルに迫っていたが、アイオワが撃墜できたワイバーンは僅か2機に留まっていた。
敵との距離は既に1300メートルに迫っていたが、アイオワが撃墜できたワイバーンは僅か2機に留まっていた。
「おかしい……敵ワイバーンの数が思ったよりも減らんぞ!弾が当たっている筈なのに!?」
リクトリス兵曹長は現状が理解し難かった。
そこに高角砲弾炸裂の閃光が一瞬ながら海面を照らし出す。
そこに高角砲弾炸裂の閃光が一瞬ながら海面を照らし出す。
これまでも砲弾炸裂の閃光は断続的に海面を照らしていたのだが、そこに映るワイバーンの姿は不明瞭であったため、そこで何が起きているのか
分からなかった。
だが、距離が近づいた今、彼は敵ワイバーンの姿に度肝を抜かれてしまった。
分からなかった。
だが、距離が近づいた今、彼は敵ワイバーンの姿に度肝を抜かれてしまった。
「な……分裂しやがったぞ!」
閃光に照らし出されたワイバーンの姿は、4、5騎から10騎程に増えていた。
しかも今までに見た事の無い激しい機動を見せていた。
砲弾の閃光でワイバーンの姿が明滅するが、目にするワイバーンはその度に位置を変えているように見え、機銃員座の射手に幻惑させていた。
しかも今までに見た事の無い激しい機動を見せていた。
砲弾の閃光でワイバーンの姿が明滅するが、目にするワイバーンはその度に位置を変えているように見え、機銃員座の射手に幻惑させていた。
「チーフ!敵が分裂して狙いが定りません!」
「構わん!撃って撃って撃ちまくれ!弾幕の中に包み込めばいずれぶち落とせるぞ!」
「構わん!撃って撃って撃ちまくれ!弾幕の中に包み込めばいずれぶち落とせるぞ!」
混乱する部下に対し、リクトリスはけしかけるように指示を飛ばし続けた。
4発ずつの重いクリップを担いだ水兵が、装填手である銃座の同僚に40ミリ弾を手渡し、装填手は40ミリ機銃の装填口に食い込ませていく。
太い銃身は休む事なく火を噴き、図太い曳光弾が奇怪な動きをしながら接近するワイバーンに向かっていく。
ワイバーンの高度は100メートルから20メートル前後の超低空にまで下がっており、海面は外れた40ミリ弾や20ミリ弾の着弾で激しく沸き立った。
4発ずつの重いクリップを担いだ水兵が、装填手である銃座の同僚に40ミリ弾を手渡し、装填手は40ミリ機銃の装填口に食い込ませていく。
太い銃身は休む事なく火を噴き、図太い曳光弾が奇怪な動きをしながら接近するワイバーンに向かっていく。
ワイバーンの高度は100メートルから20メートル前後の超低空にまで下がっており、海面は外れた40ミリ弾や20ミリ弾の着弾で激しく沸き立った。
敵編隊の狙いは輪形陣中央の空母ではなく、アイオワ自身であった。
敵ワイバーンは、時折防御魔法発動の閃光を発しつつ、その姿を右や左と、盛んに分裂を繰り返しながら距離を詰めつつある。
それに対してアイオワは尚も、機銃弾の全力射撃で応えるが、思ったほど成果が上がり難い。
ここで、ようやく敵ワイバーン1騎に40ミリ弾が命中した。
敵ワイバーンは防御魔法発動の閃光を発した直後に、40ミリ弾の集中射が命中し、瞬時に砕け散った。
前世界のスウェーデンが作り上げた傑作機関銃は、姑息な動きを見せる敵ワイバーンに対しても容赦無く、その威力を発揮した瞬間であった。
唐突に、敵ワイバーンの周囲に高角砲弾が炸裂した。
リクトリスは知らなかったが、アイオワ艦長ブルース・メイヤー大佐が一部の両用砲に命令変更を伝え、苦戦する機銃群を支援したのだ。
計4つの砲弾は、分裂を繰り返すワイバーン群を覆い隠すように炸裂した。
VT信管付きの5インチ砲弾が敵ワイバーンの反応を探知し、効果を発揮した瞬間である。
敵ワイバーンは、時折防御魔法発動の閃光を発しつつ、その姿を右や左と、盛んに分裂を繰り返しながら距離を詰めつつある。
それに対してアイオワは尚も、機銃弾の全力射撃で応えるが、思ったほど成果が上がり難い。
ここで、ようやく敵ワイバーン1騎に40ミリ弾が命中した。
敵ワイバーンは防御魔法発動の閃光を発した直後に、40ミリ弾の集中射が命中し、瞬時に砕け散った。
前世界のスウェーデンが作り上げた傑作機関銃は、姑息な動きを見せる敵ワイバーンに対しても容赦無く、その威力を発揮した瞬間であった。
唐突に、敵ワイバーンの周囲に高角砲弾が炸裂した。
リクトリスは知らなかったが、アイオワ艦長ブルース・メイヤー大佐が一部の両用砲に命令変更を伝え、苦戦する機銃群を支援したのだ。
計4つの砲弾は、分裂を繰り返すワイバーン群を覆い隠すように炸裂した。
VT信管付きの5インチ砲弾が敵ワイバーンの反応を探知し、効果を発揮した瞬間である。
「やったか!?」
リクトリスは、一瞬、姿が見えなくなったワイバーン群が全滅したと思った。
だが、その煙を突き破ってワイバーン群が姿を表した。
だが、その煙を突き破ってワイバーン群が姿を表した。
「くそ!しぶとい奴らだ!!」
彼は罵声を放ったが、この時、分裂していたワイバーンの姿は明らかに目減りしていた。
計4機程に減ったワイバーンに機銃弾が注がれる。
20ミリ弾を受けた1騎のワイバーンは、魔法防御の効果が切れたのか、一連射を受けただけであっさりと叩き落とされた。
どうやら、両用砲弾の炸裂は切れかけていた敵ワイバーンの魔法防御を根こそぎにしたようだ。
これなら行ける!と思った矢先……敵ワイバーン群は両翼から次々と何かを発射した。
計4機程に減ったワイバーンに機銃弾が注がれる。
20ミリ弾を受けた1騎のワイバーンは、魔法防御の効果が切れたのか、一連射を受けただけであっさりと叩き落とされた。
どうやら、両用砲弾の炸裂は切れかけていた敵ワイバーンの魔法防御を根こそぎにしたようだ。
これなら行ける!と思った矢先……敵ワイバーン群は両翼から次々と何かを発射した。
「爆裂光弾だ!来るぞ!!」
リクトリスはそう叫びながら、機銃座の狙いを爆裂光弾に向けさせる。
シホールアンル軍の保有する対艦爆裂光弾は、生命反応探知式の誘導弾である。
距離600メートルを切った場所から放たれた爆裂光弾は、乗員の生命反応を捉え、急速にアイオワに迫ってきたが、アイオワも負けじと
ばかりに機銃座のみならず、両用砲までもが狙いを変更して迎撃当たった。
高角砲弾の炸裂で1発が400メートルの距離で爆発する。
20ミリ弾、40ミリ弾に捉えられた1発は350メートルまで迫った所で撃墜され、別の2発が200メートルと150メートル先で爆発した。
残った2発がアイオワの左舷側中央甲板と左舷側後部主砲に命中し、ド派手に爆炎を吹き上げた。
シホールアンル軍の保有する対艦爆裂光弾は、生命反応探知式の誘導弾である。
距離600メートルを切った場所から放たれた爆裂光弾は、乗員の生命反応を捉え、急速にアイオワに迫ってきたが、アイオワも負けじと
ばかりに機銃座のみならず、両用砲までもが狙いを変更して迎撃当たった。
高角砲弾の炸裂で1発が400メートルの距離で爆発する。
20ミリ弾、40ミリ弾に捉えられた1発は350メートルまで迫った所で撃墜され、別の2発が200メートルと150メートル先で爆発した。
残った2発がアイオワの左舷側中央甲板と左舷側後部主砲に命中し、ド派手に爆炎を吹き上げた。
「アイオワに爆裂光弾が命中!火災発生の模様!」
「アトランタに爆弾命中!死傷者あり!」
「ブルックリンに爆弾3発落下するもいずれも至近弾!若干の浸水が発生!」
「クインシー、敵弾を全て回避した模様!」
「アトランタに爆弾命中!死傷者あり!」
「ブルックリンに爆弾3発落下するもいずれも至近弾!若干の浸水が発生!」
「クインシー、敵弾を全て回避した模様!」
エンタープライズのCICに報告が次々に舞い込んできた。
「先行した低空侵入組は巡洋艦、戦艦を叩きました。対空砲火網に穴を開けようとしたようです」
隣のカーニー参謀長がハルゼーに言う。
ハルゼーは無言のまま頷いた。
戦闘は未だに続いている。
ハルゼーは無言のまま頷いた。
戦闘は未だに続いている。
TG38.1には、高度1000付近まで上昇した敵ワイバーン編隊と、2分前から新たに探知された別のワイバーン編隊が北方向から接近しつつある。
この新たな敵編隊は、輪形陣の右斜側から迫っており、その進路には僚艦ヨークタウンが航行している。
現在、艦隊は時速30ノットで航行中であり、北方向の敵編隊に自ら接近する形となっている。
北方向から接近中の敵に対しては、既に戦艦ニュージャージーを始めとする護衛艦群が対空射撃を開始した。
TG38.1は2方向から敵の攻撃を受けつつあった。
この新たな敵編隊は、輪形陣の右斜側から迫っており、その進路には僚艦ヨークタウンが航行している。
現在、艦隊は時速30ノットで航行中であり、北方向の敵編隊に自ら接近する形となっている。
北方向から接近中の敵に対しては、既に戦艦ニュージャージーを始めとする護衛艦群が対空射撃を開始した。
TG38.1は2方向から敵の攻撃を受けつつあった。
「俺達はシホット共を侮っていたな……」
ハルゼーは小声で後悔の念を吐き出したが、それはエンタープライズの発する砲声で掻き消された。
エンタープライズの目標は、1000メートル前後の高度に上昇し、急速に接近しつつあるワイバーン群だ。
敵の数は、対空射撃で減り続けているようだが、それでも20騎ほどは残っている。
低空侵入の敵騎群と比べると、撃墜率は上のようだが、それでも数は多い。
エンタープライズの目標は、1000メートル前後の高度に上昇し、急速に接近しつつあるワイバーン群だ。
敵の数は、対空射撃で減り続けているようだが、それでも20騎ほどは残っている。
低空侵入の敵騎群と比べると、撃墜率は上のようだが、それでも数は多い。
「対空砲火の撃墜率がいまいちだ。さては、敵のワイバーンは防御力を強化した新型かもしれんぞ」
彼は内心そう確信する。
この時、艦内に伝わる発砲音に新たな音が加わった。
40ミリ機銃が一斉に射撃を開始した音だった。
この時、艦内に伝わる発砲音に新たな音が加わった。
40ミリ機銃が一斉に射撃を開始した音だった。
低空侵入の敵編隊が撤退するや、各艦の主目標はやや高い高度を飛行する敵ワイバーン群に移った。
両用砲のみならず、40ミリ機銃、20ミリ機銃を含めた弾幕がワイバーン群を覆っていく。
だが、その時には、敵は高度を下げながら目標に向かい始めていた。
敵ワイバーンは輪形陣中央に位置する正規空母……エンタープライズとワスプに突撃を敢行。
緩降下爆撃の要領で急速に距離を詰めていく。
低空侵入のワイバーン群と同様、このワイバーンもまた、しきりに姿を分裂させ始める。
ラウスの懸念していた通り、幻影魔法を用いながら突進するワイバーン群は、機銃員の照準を狂わせてしまった。
だが、この時は先ほどと違って幾分勝手が違っていた。
敵がここぞとばかりに仕掛けて来た分裂幻影魔法は、圧倒的な対空弾幕の前には効果が限定的であった。
特に両用砲の放つVT信管付きの高角砲弾は、幻には惑わされなかった。
両用砲のみならず、40ミリ機銃、20ミリ機銃を含めた弾幕がワイバーン群を覆っていく。
だが、その時には、敵は高度を下げながら目標に向かい始めていた。
敵ワイバーンは輪形陣中央に位置する正規空母……エンタープライズとワスプに突撃を敢行。
緩降下爆撃の要領で急速に距離を詰めていく。
低空侵入のワイバーン群と同様、このワイバーンもまた、しきりに姿を分裂させ始める。
ラウスの懸念していた通り、幻影魔法を用いながら突進するワイバーン群は、機銃員の照準を狂わせてしまった。
だが、この時は先ほどと違って幾分勝手が違っていた。
敵がここぞとばかりに仕掛けて来た分裂幻影魔法は、圧倒的な対空弾幕の前には効果が限定的であった。
特に両用砲の放つVT信管付きの高角砲弾は、幻には惑わされなかった。
「敵騎2騎撃墜!続けて3騎撃墜!!」
CICに敵撃墜の報告が次第に多く上がり始めた。
「よし!いい調子だぞ!」
ハルゼーは先程とは打って変わった対空砲陣の快調ぶりに喝采を叫んだ。
護衛艦群の対空射撃はいつもながら凄まじかった。
特に軽巡アトランタは、防空軽巡としての役割を果たさんとばかりに所狭しと並べられた5インチ連装砲と40ミリ、20ミリ機銃を猛然と撃ちまくる。
先の被弾で左舷側の20ミリ機銃座3機を破壊され、乗員に戦死傷者が出ているが、逆に手傷を負って怒り狂った猛獣を思わせるかのような、
凄まじいばかりの対空射撃を展開していた。
しかし、敵のスピードは思った以上に早く、エンタープライズが更に1機を撃墜した所で凶報が飛び込んできた。
護衛艦群の対空射撃はいつもながら凄まじかった。
特に軽巡アトランタは、防空軽巡としての役割を果たさんとばかりに所狭しと並べられた5インチ連装砲と40ミリ、20ミリ機銃を猛然と撃ちまくる。
先の被弾で左舷側の20ミリ機銃座3機を破壊され、乗員に戦死傷者が出ているが、逆に手傷を負って怒り狂った猛獣を思わせるかのような、
凄まじいばかりの対空射撃を展開していた。
しかし、敵のスピードは思った以上に早く、エンタープライズが更に1機を撃墜した所で凶報が飛び込んできた。
「敵騎爆弾投下!」
敵ワイバーンがエンタープライズから高度100メートル、距離600に迫った所で爆弾を投下したのだ。
左舷側から緩降下する形で突進した敵ワイバーンは、対空砲火の弾幕を紙一重で交わしながら急速に離脱していく。
唐突にエンタープライズが、左舷側に急回頭し始めた。
いつの間にか、艦長が回頭を命じていたのだろう。
左舷側から緩降下する形で突進した敵ワイバーンは、対空砲火の弾幕を紙一重で交わしながら急速に離脱していく。
唐突にエンタープライズが、左舷側に急回頭し始めた。
いつの間にか、艦長が回頭を命じていたのだろう。
(頼む!かわしてくれよ!!)
ハルゼーは祈るようにそう思いつつ、歯噛みしながらその場で踏ん張った。
強烈な轟音と共に、右舷側から突き上げるかのような強い振動が伝わった。
強烈な轟音と共に、右舷側から突き上げるかのような強い振動が伝わった。
「よし!最初は上手くかわしたな」
ハルゼーはその振動から、敵弾はエンタープライズの右舷側海面に至近弾として落下したとわかった。
続いて2度目の衝撃が左舷側後部付近から伝わる。
この振動も至近弾だ。
この時、エンタープライズの右舷側と左舷側には、敵の爆弾が海面に突き刺さり、爆発を起こした事で高々と水柱が上がっていた。
更に3発目が右舷艦首側海面に落下し、これまた天を着かんばかりの水柱が吹き上がった。
エンタープライズの左舷側を航行する重巡洋艦クインシー艦上からは、高々と吹き上がる水柱を急速回頭する旗艦の姿がまじまじと見て取れた。
エンタープライズの動きに合わせて、クインシー、アトランタ、ブルックリンが対空射撃を行いつつ、左舷側に急回頭していく。
続いて2度目の衝撃が左舷側後部付近から伝わる。
この振動も至近弾だ。
この時、エンタープライズの右舷側と左舷側には、敵の爆弾が海面に突き刺さり、爆発を起こした事で高々と水柱が上がっていた。
更に3発目が右舷艦首側海面に落下し、これまた天を着かんばかりの水柱が吹き上がった。
エンタープライズの左舷側を航行する重巡洋艦クインシー艦上からは、高々と吹き上がる水柱を急速回頭する旗艦の姿がまじまじと見て取れた。
エンタープライズの動きに合わせて、クインシー、アトランタ、ブルックリンが対空射撃を行いつつ、左舷側に急回頭していく。
「敵弾回避中!今の所命中弾なし!」
エンタープライズ艦内では、スピーカー越しに艦長から敵弾回避中の報せが伝わる。
敵の攻撃がまだ収まっていないにもかかわらず、各部署で奮闘する乗員を勇気づけようとしたのだろう。
敵の攻撃がまだ収まっていないにもかかわらず、各部署で奮闘する乗員を勇気づけようとしたのだろう。
(そうだ!栄光のビッグEにシホット共の爆弾なんぞが当たるか!)
ハルゼーは心中でそう叫びながら、獰猛な笑みを浮かべた。
だが、不本意な報せは意外な所から届いた。
だが、不本意な報せは意外な所から届いた。
「見張より報告!ヨークタウンに爆弾命中!!」
「何!?ヨークタウンがやられただと!?
「何!?ヨークタウンがやられただと!?
ハルゼーは思わず声をあげてしまった。
(そう言えば、輪形陣の斜右からも新手の敵編隊が接近中だった。まさか、そいつらが)
彼の思考は唐突に停止させられた。
いきなり、エンタープライズに強烈な炸裂音と共に強い衝撃が伝わった。
ハルゼーはこの瞬間、エンタープライズにも爆弾が命中したと確信した。
あまりにも強い衝撃にCIC内の照明があちこちで明滅し、中には何かが割れた音やクルーの悲鳴なども響いてきた。
いきなり、エンタープライズに強烈な炸裂音と共に強い衝撃が伝わった。
ハルゼーはこの瞬間、エンタープライズにも爆弾が命中したと確信した。
あまりにも強い衝撃にCIC内の照明があちこちで明滅し、中には何かが割れた音やクルーの悲鳴なども響いてきた。
(こっちもやられちまったか…!)
ハルゼーは舌打ちしながら心中で呟く。
その直後、更なる衝撃が艦全体を揺さぶった。
今やエセックス級、リプライザル級に比べてサイズが小さいとはいえ、基準排水量は2万トン近いエンタープライズの巨体が頼りなさを
感じさせる程の、強烈な揺れであった。
その直後、更なる衝撃が艦全体を揺さぶった。
今やエセックス級、リプライザル級に比べてサイズが小さいとはいえ、基準排水量は2万トン近いエンタープライズの巨体が頼りなさを
感じさせる程の、強烈な揺れであった。
「くそったれ!シホット共が!!」
ハルゼーは罵声を放ちながら、揺れが収まるのを待った。
エンタープライズの揺れが収まると同時に、CIC内に報告が飛び込んできた。
エンタープライズの揺れが収まると同時に、CIC内に報告が飛び込んできた。
「飛行甲板前部と後部付近に被弾!火災発生ー!」
艦内には警報音がけたたましく鳴り響く。
衛生兵を呼ぶ声や、故障した機器の復旧に臨もうとする者の声が、未だに続く対空射撃の音と共に響いてくる。
衛生兵を呼ぶ声や、故障した機器の復旧に臨もうとする者の声が、未だに続く対空射撃の音と共に響いてくる。
エンタープライズは、爆弾2発を被弾していた。
1発は飛行甲板前部付近であり、前部第1エレベーターから10メートル程離れた場所に着弾していた。
2発目は後部付近に命中し、中央部第2エレベーターと後部第3エレベーターのほぼ真ん中付近に穴を開けていた。
爆発によって格納甲板の艦載機が損害を受け、艦内にあった少なからぬ数の艦載機が炎上、または損傷を受けていた。
被弾箇所には、早くもダメージコントロールチームが駆け付け、依然激しい対空戦闘が展開されているにも関わらず、火災発生箇所の消火にあたった。
敵側は2発爆弾を浴びせただけに止まらず、更に2騎が激しい対空砲火を潜り抜けて爆弾を放ってきた。
だが、この2騎の爆弾は、それぞれエンタープライズの右舷側と左舷側に着弾して、虚しく水柱を噴き上げるだけに止まった。
1発は飛行甲板前部付近であり、前部第1エレベーターから10メートル程離れた場所に着弾していた。
2発目は後部付近に命中し、中央部第2エレベーターと後部第3エレベーターのほぼ真ん中付近に穴を開けていた。
爆発によって格納甲板の艦載機が損害を受け、艦内にあった少なからぬ数の艦載機が炎上、または損傷を受けていた。
被弾箇所には、早くもダメージコントロールチームが駆け付け、依然激しい対空戦闘が展開されているにも関わらず、火災発生箇所の消火にあたった。
敵側は2発爆弾を浴びせただけに止まらず、更に2騎が激しい対空砲火を潜り抜けて爆弾を放ってきた。
だが、この2騎の爆弾は、それぞれエンタープライズの右舷側と左舷側に着弾して、虚しく水柱を噴き上げるだけに止まった。
どれほどの時間が経過したかわからなかったが、外から聞こえる射撃音は完全に鳴り止んでいた。
「長官、我が艦隊の被害報告ですが……エンタープライズは爆弾2発を受け飛行甲板を損傷し、発着艦不能に陥りました。また、ヨークタウンも
爆弾1発を被弾し、こちらも発着不能です」
「エンタープライズはまだしも、ヨークタウンは1発で発着不能とは。当り所が悪かったのか?」
爆弾1発を被弾し、こちらも発着不能です」
「エンタープライズはまだしも、ヨークタウンは1発で発着不能とは。当り所が悪かったのか?」
ハルゼーは、被害報告を伝えるカーニー参謀長に質問を投げかける。
「はい。ヨークタウン艦長からは、敵弾は第2エレベーターを避ける形で着弾するも、着弾位置はエレベーターから5メートル程しか離れて
いないため、爆発の影響を受けてエレベーターがやや下降した状態で故障し、昇降が出来ない状況にあるとの事です」
「くそ!シホット共も上手い事やりやがる……!」
いないため、爆発の影響を受けてエレベーターがやや下降した状態で故障し、昇降が出来ない状況にあるとの事です」
「くそ!シホット共も上手い事やりやがる……!」
ハルゼーは悔しさの余り、側にある小物入れを蹴飛ばそうとしたが、寸手の所で感情を抑え込んだ。
「他に被害を受けた艦は?」
「戦艦アイオワと軽巡アトランタに敵弾が命中し、アイオワは40ミリ機銃座を、アトランタは20ミリ機銃座を破壊され、死傷者が出ましたが、
艦自体の損害は軽微との事です。それから、重巡クインシーと軽巡ブルックリンは至近弾のみ。空母ワスプにも敵騎が襲いかかりましたが、
ワスプは敵の爆弾を全弾回避に成功し、至近弾による軽度な浸水のみに被害を抑えれました」
「そうか……ワスプは上手くやってのけたか」
「戦艦アイオワと軽巡アトランタに敵弾が命中し、アイオワは40ミリ機銃座を、アトランタは20ミリ機銃座を破壊され、死傷者が出ましたが、
艦自体の損害は軽微との事です。それから、重巡クインシーと軽巡ブルックリンは至近弾のみ。空母ワスプにも敵騎が襲いかかりましたが、
ワスプは敵の爆弾を全弾回避に成功し、至近弾による軽度な浸水のみに被害を抑えれました」
「そうか……ワスプは上手くやってのけたか」
終始しかめっ面のハルゼーだったが、ここでようやく頬を緩ませた。
「軽空母フェイトには敵は見向きもしませんでしたが、フェイトはワスプに援護射撃を行って敵の撃退に貢献したようです」
「うむ。実に素晴らしい働きだ。だが……」
「うむ。実に素晴らしい働きだ。だが……」
ハルゼーはそこまで言ってから、肩を落とした。
「主力空母2隻が艦載機の発着不能に陥れられると、今後の作戦が非常にしんどくなるな」
「それ以上に、敵側が我が機動部隊に対して、反撃できるまでに航空戦力を回復できた現状を重く認識しなければなりません。つい先日までは、
敵は防御戦闘のみしか行えず、我が方のみが、今後も一方的に攻撃を行えると思った矢先の出来事です」
「それ以上に、敵側が我が機動部隊に対して、反撃できるまでに航空戦力を回復できた現状を重く認識しなければなりません。つい先日までは、
敵は防御戦闘のみしか行えず、我が方のみが、今後も一方的に攻撃を行えると思った矢先の出来事です」
モルン航空参謀の一言が、戦闘後のCIC内に重く響き渡る。
「もしかしたら、シホット共は思わぬ所に予備戦力を蓄えていたのかも知れんな。ただ、それをどうやって持って来たのかが、非常に気になる
所だが……」
「提督、問題は他にもあります」
所だが……」
「提督、問題は他にもあります」
それまで黙って話を聞いていたラウスが口を開く。
「シホールアンル軍は今までにない戦法……恐らくは、幻影魔法を応用した戦術魔法を用いて攻撃を仕掛けてます。報告を見ると、各艦の機銃手は
敵ワイバーンが分裂しながら突っ込んで来たとありますね。姿形を惑わしながら攻撃する手は昔からありましたが、こう言った戦法は術者の負担も
大きくなるため、次第に廃れていきました。ですが、敵はその廃れた筈の魔法を駆使して攻撃を仕掛けてきた……もしかしたら、敵はこれから、
こういった戦法を主にして、更なる反撃を企てる可能性があります」
「この新戦法の対策は、早急に立てたほうが良さそうだ。まずは機銃員のみならず、レーダー員からもその時の様子を聞き取らねばならん」
「射撃管制レーダーにどう映っていたのかが気になりますな」
敵ワイバーンが分裂しながら突っ込んで来たとありますね。姿形を惑わしながら攻撃する手は昔からありましたが、こう言った戦法は術者の負担も
大きくなるため、次第に廃れていきました。ですが、敵はその廃れた筈の魔法を駆使して攻撃を仕掛けてきた……もしかしたら、敵はこれから、
こういった戦法を主にして、更なる反撃を企てる可能性があります」
「この新戦法の対策は、早急に立てたほうが良さそうだ。まずは機銃員のみならず、レーダー員からもその時の様子を聞き取らねばならん」
「射撃管制レーダーにどう映っていたのかが気になりますな」
ハルゼーの言葉に、カーニー参謀長も気がかりな点を付け加えた。
「それにしても……シホットも嫌な手を思い付いて来やがる」
彼は忌々しげに呟いた後、無言のまま、CICをひとしきり眺め回した。
午後9時45分 TG38.3旗艦エセックス
第38任務部隊第3任務群司令官であるドナルド・ダンカン少将は、艦橋内で本隊の状況報告を受け取っていた。
「エンタープライズ、ヨークタウンが被弾し、現時点で発着不能。戦艦アイオワ、軽巡アトランタも被弾損傷か……とはいえ、艦隊司令部は
ハルゼー長官を始めとして、全員無事なのは不幸中の幸いだ」
ハルゼー長官を始めとして、全員無事なのは不幸中の幸いだ」
ダンカン少将はそう言いつつも、内心複雑であった。
現在、TG38.3は、正規空母エセックス、イントレピッドの他に、昨年12月に大破して戦線離脱したボクサーの代わりに、TG38.2から
正規空母ベニントンを譲り受けて、元の空母3隻態勢で任務に従事している。
TG38.3は本隊の南側40マイル付近を航行していたため、敵に発見される事なく難を逃れたのだが、本隊が敵の攻撃を一身に受ける形と
なった現状に、ダンカン少将は心苦しさを感じていた。
正規空母ベニントンを譲り受けて、元の空母3隻態勢で任務に従事している。
TG38.3は本隊の南側40マイル付近を航行していたため、敵に発見される事なく難を逃れたのだが、本隊が敵の攻撃を一身に受ける形と
なった現状に、ダンカン少将は心苦しさを感じていた。
「ハルゼー長官の判断は、今後、如何なる物になるでしょうか」
「さて、それは俺にはわからん。まだ、ビッグEに乗る長官から指示が無いからね」
「さて、それは俺にはわからん。まだ、ビッグEに乗る長官から指示が無いからね」
航空参謀の質問に、ダンカンは肩をすくめながら応えた。
「恐らく、私の部隊に敵地を攻撃せよと言うかもしれんが……さて、どう出るかな」
「そう言えば、本隊の上空には、未だに敵騎が少数飛んでおる様です。我が部隊のレーダーが、高度2000付近で飛行する敵ワイバーンを追跡中です」
「戦果確認かもしれんな。夜戦では戦果の確認が困難だ。念入りに調べて報告しとるんだろう」
「我が部隊の夜間戦闘機隊が現場に到着していれば、好き勝手させなかった物ですが……どうしてハルゼー長官は引き返せと命じたのでしょうか」
「その点も、俺には分かりかねるが……」
ダンカンと航空参謀は、共に納得し難いとばかりに喉を唸らせた。
「そう言えば、本隊の上空には、未だに敵騎が少数飛んでおる様です。我が部隊のレーダーが、高度2000付近で飛行する敵ワイバーンを追跡中です」
「戦果確認かもしれんな。夜戦では戦果の確認が困難だ。念入りに調べて報告しとるんだろう」
「我が部隊の夜間戦闘機隊が現場に到着していれば、好き勝手させなかった物ですが……どうしてハルゼー長官は引き返せと命じたのでしょうか」
「その点も、俺には分かりかねるが……」
ダンカンと航空参謀は、共に納得し難いとばかりに喉を唸らせた。
それから3分後、TG38.3は本隊から命令を受け取った。
「司令、本隊から早期警戒機を収容後、全艦、速やかに針路080に変針せよとの命令です」
「080……ダッチハーバーに引き返すのか」
「080……ダッチハーバーに引き返すのか」
ダンカンは内心おかしいと思った。
エンタープライズとヨークタウンが損傷したとはいえ、被弾数を見れば応急修理で復帰できる可能性は十二分にある。
両艦のダメコン班の練度は限り無く高く、半日もあれば飛行甲板を修理して再び攻撃に参加できるだろう。
エンタープライズとヨークタウンが損傷したとはいえ、被弾数を見れば応急修理で復帰できる可能性は十二分にある。
両艦のダメコン班の練度は限り無く高く、半日もあれば飛行甲板を修理して再び攻撃に参加できるだろう。
「当たり所が悪かったのかも知れません。例えば、エレベーターを破壊されたとか」
「ふむ……それなら、母港に戻って工作艦の手助けを受ける必要があるな。エレベーターもやられたとなると、ダメコン班の手に余るからな」
「ふむ……それなら、母港に戻って工作艦の手助けを受ける必要があるな。エレベーターもやられたとなると、ダメコン班の手に余るからな」
ダンカンはそれで納得しかけたが、もう一つ気掛かりな点があった。
「TG38.1はそれで良いとしても、TG38.3はまだ無傷だ。我々も本隊に続こうとするのは如何な物かと思うが……」
「確かに……ですが、敵側は予想外の戦法を駆使して、本隊を攻撃したとの情報も入っています。幻影魔法という物がどういう物なのか……
まだこの目で見ていないため、何とも言えませんが、少なくとも……飛行甲板の爆弾を叩き込めたという事実は、重く受け止めるべきかも
知れません」
「確かに……ですが、敵側は予想外の戦法を駆使して、本隊を攻撃したとの情報も入っています。幻影魔法という物がどういう物なのか……
まだこの目で見ていないため、何とも言えませんが、少なくとも……飛行甲板の爆弾を叩き込めたという事実は、重く受け止めるべきかも
知れません」
「となると……敵側は同じような部隊をあと1つか2つ用意し、こちらに向けて飛ばしている可能性もあるという訳か……」
ダンカンはそう呟いた後、すぐさまTG38.3指揮下の各艦に先の命令を伝えた。
午後11時45分 クガベザム北10マイル地点
「くそったれぇ!馬鹿みたいに落とされまくってるじゃねえか!!」
クガベザム北方10マイルの森の中に、臨時に建設された簡易飛行場の指揮所で、あらん限りの大音声で罵声が放たれた。
シホールアンル陸軍第921空中騎士隊の指揮官を務めるルフェイヴィ・グヴォン大佐は、味方騎の喪失が予想を遥かに超えてしまった事に
激怒していた。
シホールアンル陸軍第921空中騎士隊の指揮官を務めるルフェイヴィ・グヴォン大佐は、味方騎の喪失が予想を遥かに超えてしまった事に
激怒していた。
「事前の予想では、幻影魔法を使用すれば、敵を幻惑して対空砲の命中率が大幅に下がるから、被撃墜騎は10騎前後に収まるとあの魔導士は
言ってたぞ!それなのに、実際には出撃した87騎中30騎も失いやがった!」
「生き残ったワイバーンも大なり小なり手傷を負っています。85年型ワイバーンを更に改良してより頑丈にした優良種なんですが……」
言ってたぞ!それなのに、実際には出撃した87騎中30騎も失いやがった!」
「生き残ったワイバーンも大なり小なり手傷を負っています。85年型ワイバーンを更に改良してより頑丈にした優良種なんですが……」
グヴォン大佐は部下の第3中隊長の言葉を聞くと、露骨に失望の色を見せた。
「敵の迎撃があそこまで激しいとは想像できなかったぜ……一応、上から提供された情報は全て見て、予想した筈だったんだが」
「生ける伝説と呼ばれ、ワイバーン乗りの憧れとも言われた大佐殿から、その様な言葉を聞かされるとは」
「生ける伝説と呼ばれ、ワイバーン乗りの憧れとも言われた大佐殿から、その様な言葉を聞かされるとは」
第3中隊長は心底驚いていた。
「馬鹿野郎!俺は確かに腕は全竜騎士の中で一番で、天才だと自負している。だがな……あんな地獄を見せられたとなると……俺も揺らいじまうし、
久しぶりに恐怖を感じている。あんな地獄が前からずっと続いているんなら、そりゃ、ワイバーンも竜騎士も大量に死んじまう訳だ」
久しぶりに恐怖を感じている。あんな地獄が前からずっと続いているんなら、そりゃ、ワイバーンも竜騎士も大量に死んじまう訳だ」
グヴォン大佐は腹立ち紛れに被っていた飛行眼鏡を勢い良く脱ぎ捨てた。
ルフェイヴィ・グヴォン大佐は、シホールアンル軍竜騎士の中では知らぬ者は居らず、対米戦前までシホールアンル陸軍ワイバーン隊の
名指揮官として名を馳せていた。
年齢は今年で42歳とそこそこ若く、顔立ちはやや細いながらも、峻険さを感じさせる容貌は見る人を震え上がらせる程だ。
名指揮官として名を馳せていた。
年齢は今年で42歳とそこそこ若く、顔立ちはやや細いながらも、峻険さを感じさせる容貌は見る人を震え上がらせる程だ。
20歳でウェルバンル軍魔導士官学校を卒業したグヴォンは、その直後に第1希望であったワイバーン部隊に配属された後、めきめきと頭角を
現し始めた。
現し始めた。
初の実戦となったレスタン戦線では、レスタン軍のワイバーン部隊相手に圧倒的な勝利を収め、続く北大陸統一戦争でも名指揮官として活躍した。
対米戦が始まる直前の1481年9月になると、後方特別指導要員に任命され、後方でワイバーン部隊の育成にあたった。
グヴォンの才能は後進の育成においても遺憾無く発揮され、多くの竜騎士達が彼の教えを受け、戦場に赴いて行った。
そんなグヴォンは、教育者であり続けるだけの人物ではなかった。
気性は激しいと言われる時もあれば、人格者とも言われる時もあり、冷血漢と言われる時もある等……人によって彼の性格は様々だったが、
最後は誰もが一致した言葉を放っていた。
対米戦が始まる直前の1481年9月になると、後方特別指導要員に任命され、後方でワイバーン部隊の育成にあたった。
グヴォンの才能は後進の育成においても遺憾無く発揮され、多くの竜騎士達が彼の教えを受け、戦場に赴いて行った。
そんなグヴォンは、教育者であり続けるだけの人物ではなかった。
気性は激しいと言われる時もあれば、人格者とも言われる時もあり、冷血漢と言われる時もある等……人によって彼の性格は様々だったが、
最後は誰もが一致した言葉を放っていた。
「グヴォンこそ、世界一のワイバーン乗りである」
と……
と……
そして、グヴォンもまた、シホールアンル帝国軍ワイバーン部隊は世界一と、常に公言していた。
だが……対米戦が始まると、精強無比たる帝国軍ワイバーン部隊は、次々と敗走を重ね続けた。
グヴォンの教え子達も、多くが命を落として行った。
彼は願っていた…
教え子達の仇討ちを……そして、教え子達が体験していた、その戦場の現実を自らに肌で感じ取る事を……
だが……対米戦が始まると、精強無比たる帝国軍ワイバーン部隊は、次々と敗走を重ね続けた。
グヴォンの教え子達も、多くが命を落として行った。
彼は願っていた…
教え子達の仇討ちを……そして、教え子達が体験していた、その戦場の現実を自らに肌で感じ取る事を……
そして、後方で燻り、未だに前線に出してもらえない1500名の後方特別指導要員達に、良き働き場所に趣いてもらう為にも、今回の戦闘は
非常に重要な物になる筈だった。
ワイバーンも、敵の空襲前に養成所から出荷できた最新鋭の85年型ワイバーン改……世が世なら、86年型汎用ワイバーンとして採用された
世界最強のワイバーンを譲り受け、1486年1月始めの部隊編成以来、猛訓練を続けて練度を限りなく上げ、満を持して挑んだ戦いだったが……
非常に重要な物になる筈だった。
ワイバーンも、敵の空襲前に養成所から出荷できた最新鋭の85年型ワイバーン改……世が世なら、86年型汎用ワイバーンとして採用された
世界最強のワイバーンを譲り受け、1486年1月始めの部隊編成以来、猛訓練を続けて練度を限りなく上げ、満を持して挑んだ戦いだったが……
「期待した分、結果がとんでもなく悪すぎる……一体、アメリカ機動部隊の対空防御はどうなってやがる!」
グヴォン大佐は、あまりの惨さに愕然としていた。
「ですが、空母2隻は大破炎上し、その後、敵機動部隊は撤退したと戦果確認のワイバーンより報告が入っています。空母の他にも、戦艦2隻、
巡洋艦3隻を撃破したとも言われています」
「戦果報告についてはあまり当てにできんぜ。夜間の戦闘では戦果報告も過大になりやすい。ただ、敵が東に引き返したという情報を見る限り、
相当数の打撃は与えたと言ってもいいかもしれん……が」
巡洋艦3隻を撃破したとも言われています」
「戦果報告についてはあまり当てにできんぜ。夜間の戦闘では戦果報告も過大になりやすい。ただ、敵が東に引き返したという情報を見る限り、
相当数の打撃は与えたと言ってもいいかもしれん……が」
グヴォン大佐は第3中隊長の目をまじまじと見つめた。
「第2中隊長と第4中隊長も含めて、損失30騎は多すぎる!視界の無い夜間でこんだけやられたんだぜ……アメリカ人共は暗視魔法の名手を
雇って迎撃戦闘を指揮させたと思えるほどだ」
「報告書にあった、レーダー……という名の魔法でしょうか」
「そう!そのレーダーとやらが、視界不良の夜間でもあれだけ戦える様にしているんだろう。そうに違いない」
「アメリカ人共は軍艦一隻に、どれだけの魔導士を載せているんでしょうか……」
「それは分からんが、とにかく、この状態じゃあ夜間攻撃を行っても大戦果を挙げるのは難しいな……全く、反則だぜ」
雇って迎撃戦闘を指揮させたと思えるほどだ」
「報告書にあった、レーダー……という名の魔法でしょうか」
「そう!そのレーダーとやらが、視界不良の夜間でもあれだけ戦える様にしているんだろう。そうに違いない」
「アメリカ人共は軍艦一隻に、どれだけの魔導士を載せているんでしょうか……」
「それは分からんが、とにかく、この状態じゃあ夜間攻撃を行っても大戦果を挙げるのは難しいな……全く、反則だぜ」
グヴォンは、初めて体験する米機動部隊の対空迎撃にすっかり動揺してしまった。
(ワイバーン女帝なら、どうやって敵機動部隊に攻撃したかな)
彼は不意に、過去に短期間ながらも、共にワイバーン乗りとして腕を競い合ったかの人物……
今はシホールアンル帝国海軍総司令官を務める、リリスティ・モルクンレル元帥の顔を思い浮かべる。
今はシホールアンル帝国海軍総司令官を務める、リリスティ・モルクンレル元帥の顔を思い浮かべる。
遠い過去の話だったが、陸海軍合同演習で出会ったリリスティの天真爛漫っぷりと意志の強さ、そして、ワイバーン乗りとしての腕の良さは、
今でも強く記憶に残っている。
もしリリスティなら、敵の空母を撃沈できたでろうか……
今や、遠い存在となった彼女に思いを馳せていると、第3中隊長がグヴォンに声をかけてきた。
今でも強く記憶に残っている。
もしリリスティなら、敵の空母を撃沈できたでろうか……
今や、遠い存在となった彼女に思いを馳せていると、第3中隊長がグヴォンに声をかけてきた。
「そう言えば、予想されていた敵戦闘機の迎撃がありませんでしたね」
「確かに……君らは敵戦闘機の捕捉、殲滅を予定していたな」
「対艦攻撃も予期して爆弾を搭載していましたが、敵戦闘機が現れ次第、爆弾を投棄して敵戦闘機を狩り尽くす予定でした。最も、敵戦闘機が
一向に現れなかったので、対艦攻撃に加わりましたが」
「確かに……君らは敵戦闘機の捕捉、殲滅を予定していたな」
「対艦攻撃も予期して爆弾を搭載していましたが、敵戦闘機が現れ次第、爆弾を投棄して敵戦闘機を狩り尽くす予定でした。最も、敵戦闘機が
一向に現れなかったので、対艦攻撃に加わりましたが」
第3中隊長は苦笑しつつ、自らの相棒が収められた格納棟に目を向けた。
「敵戦闘機は確かに恐ろしいですが、この新型ワイバーンなら、噂のベアキャットとやらと戦っても確実に勝てる可能性がありました。ただ、
敵機動部隊との戦闘で、我が中隊は16騎中7騎をやられてしまいました……」
「数が少ない貴重な最新型ワイバーンを、一気に失い過ぎたな」
「ひとまず、基地司令に報告しましょう。一応、敵機動部隊の撃退という戦果は挙げられましたから……」
敵機動部隊との戦闘で、我が中隊は16騎中7騎をやられてしまいました……」
「数が少ない貴重な最新型ワイバーンを、一気に失い過ぎたな」
「ひとまず、基地司令に報告しましょう。一応、敵機動部隊の撃退という戦果は挙げられましたから……」
グヴォンは不承不承といった面持ちで、第3中隊長と共に指揮所に向かって行った。
その後、グヴォンの指揮するワイバーン部隊は、現地のドシュダム装備の簡易戦闘飛行艇隊のスペースを間借りする形で、しばし休息する事となった。
だが、それから僅か数時間しか経たぬ内に……
「移動だ!移動するぞ!」
唐突に、グヴォン大佐は飛行場の滑走路に踊り出ながら声高に喚き散らした。
「大佐殿!如何されましたか!?」
不寝番を務めていた衛兵がすぐさま走り寄り、彼に困惑した顔を浮かべながら聞いてきた。
「如何されたかと?今から俺のワイバーン部隊を移動するんだ」
「移動ですと?時間はまだ午前6時ですぞ。夜明けまでにはまだ時間がある上に、ここは森林地帯に覆われた秘密飛行場です。敵もこの位置は
把握できておらんと思われますが」
「私は君のように、普段から楽観的じゃねえんだ。俺の長年の勘が疼いているんだ。危ないとな!」
「えぇ……いくらなんでも」
「どけ!俺は部下を起こすのに忙しいんだよ!!」
「移動ですと?時間はまだ午前6時ですぞ。夜明けまでにはまだ時間がある上に、ここは森林地帯に覆われた秘密飛行場です。敵もこの位置は
把握できておらんと思われますが」
「私は君のように、普段から楽観的じゃねえんだ。俺の長年の勘が疼いているんだ。危ないとな!」
「えぇ……いくらなんでも」
「どけ!俺は部下を起こすのに忙しいんだよ!!」
グヴォンは衛兵を跳ね除けると、部下達が寝泊まりする宿舎に駆け込んでいく。
程なくして、第921空中騎士隊の竜騎士達が慌ただしく外に出て来た。
竜騎士用の飛行服を走りながら身につけた彼らは、格納棟からこれまた慌ただしくワイバーンを引っ張り出す。
程なくして、第921空中騎士隊の竜騎士達が慌ただしく外に出て来た。
竜騎士用の飛行服を走りながら身につけた彼らは、格納棟からこれまた慌ただしくワイバーンを引っ張り出す。
「急げ!何が来るか分からんが、とにかく急いで準備しろ!」
グヴォンは負傷したワイバーンの治癒もそこそこに、とにかく移動を開始しようとした。
その時、グヴォンは何かを感じ取った。
その時、グヴォンは何かを感じ取った。
「……まさか」
彼はそう呟くと、ある方角に顔を向けた。
その方角からある種の音が聞こえ始めたのは、その時であった。
その方角からある種の音が聞こえ始めたのは、その時であった。
「爆音?」
「おい、なんだあの音は?」
「おい、なんだあの音は?」
基地周辺で警戒していた衛兵達が不審な音に気付き始めた。
また、基地の指揮所に敵偵察機が近隣の村や港湾に出現したという複数の情報がもたらされたのも、この直後であった。
南の方角から聞こえ始めた爆音は、瞬く間に基地の上空に迫ってきた。
また、基地の指揮所に敵偵察機が近隣の村や港湾に出現したという複数の情報がもたらされたのも、この直後であった。
南の方角から聞こえ始めた爆音は、瞬く間に基地の上空に迫ってきた。
「おい!上がるぞ!!」
グヴォンは愛騎の側に付いていた兵にそう叫んで兵を退かせると、彼は即座に上昇しようとした。
その真上を、高速で迫った米軍機が轟音と共に飛び去り、直後に基地上空で眩いばかりの光が煌めいた。
その真上を、高速で迫った米軍機が轟音と共に飛び去り、直後に基地上空で眩いばかりの光が煌めいた。
「照明弾だ!」
誰かがそう叫び、グヴォンも右手を顔にかざして覆う。
「舐めやがって!!」
グヴォンは腹立ち紛れに叫びながら、精神魔法を繋げて相棒に飛べと命じた。
彼のワイバーンはすぐに応え、一気に上空に踊り上がった。
85年型ワイバーン改は、速力350レリンク(700キロ)の最大速度を発揮でき、これは未改良の85年型ワイバーンの最大速力329レリンク
(658キロ)を大きく上回る。
更に機動性も上がっており、現在アメリカ軍の有する最新鋭戦闘機にも充分に対抗でき、爆弾や魚雷を搭載した際の機動性も向上している。
ただし、それらの性能と引き換えに、最大航続距離は680ゼルド(2040キロ)まで落ちた。
86年度からは、これらの新型ワイバーンが主力となる筈であったが、このワイバーンを生産、育成した後方の養成所がB-36の戦略爆撃で
壊滅したため、現在は500騎のワイバーンが成長し、育成できただけで、生産復帰の目処は立っていない。
ワイバーンの生産、育成は未改良の85年型ワイバーンで行っているのが現状である。
彼のワイバーンはすぐに応え、一気に上空に踊り上がった。
85年型ワイバーン改は、速力350レリンク(700キロ)の最大速度を発揮でき、これは未改良の85年型ワイバーンの最大速力329レリンク
(658キロ)を大きく上回る。
更に機動性も上がっており、現在アメリカ軍の有する最新鋭戦闘機にも充分に対抗でき、爆弾や魚雷を搭載した際の機動性も向上している。
ただし、それらの性能と引き換えに、最大航続距離は680ゼルド(2040キロ)まで落ちた。
86年度からは、これらの新型ワイバーンが主力となる筈であったが、このワイバーンを生産、育成した後方の養成所がB-36の戦略爆撃で
壊滅したため、現在は500騎のワイバーンが成長し、育成できただけで、生産復帰の目処は立っていない。
ワイバーンの生産、育成は未改良の85年型ワイバーンで行っているのが現状である。
グヴォンは、そんな暗い現状なぞ知った事ではないとばかりに、相棒の速度を上げて、上空を通過して米軍機に追いつこうとした。
照明弾を投下した米軍機は、今しも旋回を終えて水平飛行に入っていた。
グヴォンと米軍機との距離はちょうど2000メートルほどであり、位置的にスピードを早めれば、米軍機の頭を抑えられそうであった。
照明弾を投下した米軍機は、今しも旋回を終えて水平飛行に入っていた。
グヴォンと米軍機との距離はちょうど2000メートルほどであり、位置的にスピードを早めれば、米軍機の頭を抑えられそうであった。
「逃さねえぞ糞が!」
彼は絶叫しながら、相棒の速力を更に早める。
敵機の機種はすぐに判別できた。
その姿、形状からして、アメリカ海軍が保有するハイライダーという名の高速偵察機だ。
敵機の機種はすぐに判別できた。
その姿、形状からして、アメリカ海軍が保有するハイライダーという名の高速偵察機だ。
情報によれば、速度は最大で300から310レリンク以上も出せ、一度逃げられれば追い付くのは難しく、運次第で撃墜できると言われている。
ただ、グヴォンとハイライダーの位置は、ハイライダーにとってまずく、グヴォンにとっては理想的とも言えた。
ただ、グヴォンとハイライダーの位置は、ハイライダーにとってまずく、グヴォンにとっては理想的とも言えた。
「その細い横っ腹をぶち切ってやる!」
彼の相棒は更にスピードを上げた。
程なくして、敵機に近づいた愛機は、光弾の一連射を浴びせて容易に撃墜できると確信し、狙いをつけた。
そして、あっという間に敵機に接近し、光弾を発射しかけたが……
狙われたハイライダーもやはり、一筋縄では行かなかった。
程なくして、敵機に近づいた愛機は、光弾の一連射を浴びせて容易に撃墜できると確信し、狙いをつけた。
そして、あっという間に敵機に接近し、光弾を発射しかけたが……
狙われたハイライダーもやはり、一筋縄では行かなかった。
「なっ!?う、撃てぇ!」
グヴォンは敵機の予想外の加速に戸惑いつつ、相棒に光弾を発射させた。
光弾は敵機に殺到したが、僅かの位置でハイライダーの後方を虚しく掠めたに過ぎなかった。
光弾を加速で交わした敵機が、そのままスピードを上げながら南の位置に向けて遁走を図った。
光弾は敵機に殺到したが、僅かの位置でハイライダーの後方を虚しく掠めたに過ぎなかった。
光弾を加速で交わした敵機が、そのままスピードを上げながら南の位置に向けて遁走を図った。
「畜生!ならば追い付いて叩き落とす!」
グヴォン騎は逃げる敵機の後方につく。
距離的には600メートルから700メートルの位置についたが、ワイバーンの光弾を浴びせるにはいささか遠い気がした。
更に距離を詰めてから追撃の光弾を放とうとした。
だが、どういう訳か……
距離的には600メートルから700メートルの位置についたが、ワイバーンの光弾を浴びせるにはいささか遠い気がした。
更に距離を詰めてから追撃の光弾を放とうとした。
だが、どういう訳か……
「おかしい……このワイバーンが、追いつけないだと!?」
グヴォンは愕然とした。
敵機は、速度性能は幾分この改良型ワイバーンに劣ると言われていた筈だ。
だが、目の前の敵は、このグヴォンの愛騎をみるみる離していく。
敵機は、速度性能は幾分この改良型ワイバーンに劣ると言われていた筈だ。
だが、目の前の敵は、このグヴォンの愛騎をみるみる離していく。
「敵機の速度は350レリンクどころじゃないぞ!」
グヴォンは、敵機の速力が予想以上であると確信していた。
愛騎が350レリンクで精一杯な所を、敵機はぐいぐいと距離を開けていくのだ。
彼は知らなかったが、この時、難を逃れたハイライダーはS1A-2と呼ばれる最新型であった。
S1A-2は主な特徴として機上レーダーを装備し、索敵能力を大幅に向上させた点にあるが、ハイライダーの売りの一つである高速性能もまた、
初期型と比べて格段に向上していた。
この時の機体は、S1A-2の中でもエンジン出力を2200馬力に向上させた最新型であり、最大速力は水メタノール噴射時に730キロを発揮できる。
グヴォンにとって、まさに不運としか言いようがなかった。
「まさか……奴も改良型だったのか」
彼は敵がまた、このワイバーン同様に改良された機体である事を理解すると、追撃を諦めて基地に引き返して行った。
愛騎が350レリンクで精一杯な所を、敵機はぐいぐいと距離を開けていくのだ。
彼は知らなかったが、この時、難を逃れたハイライダーはS1A-2と呼ばれる最新型であった。
S1A-2は主な特徴として機上レーダーを装備し、索敵能力を大幅に向上させた点にあるが、ハイライダーの売りの一つである高速性能もまた、
初期型と比べて格段に向上していた。
この時の機体は、S1A-2の中でもエンジン出力を2200馬力に向上させた最新型であり、最大速力は水メタノール噴射時に730キロを発揮できる。
グヴォンにとって、まさに不運としか言いようがなかった。
「まさか……奴も改良型だったのか」
彼は敵がまた、このワイバーン同様に改良された機体である事を理解すると、追撃を諦めて基地に引き返して行った。
2月24日 午前7時10分 第3艦隊旗艦 空母エンタープライズ
「TG38.3旗艦エセックスより、クガベザム郊外の敵秘密飛行場を発見、爆撃に成功せりとの報告が入りました。この爆撃による被撃墜機は
無しとの事です」
無しとの事です」
カーニー参謀長からこの報告を聞いたハルゼー大将は、思わずニヤリと笑みを浮かべた。
「思い知ったか!シホット共め」
「ただし、敵飛行場には、既に我が部隊を攻撃した敵ワイバーン隊はおらず、攻撃隊は敵飛行場の他に敵戦闘飛空挺を6機ほど地上撃破した
のみに留まった模様です」
「大漁とまでは行かんかったか……」
「ただし、敵飛行場には、既に我が部隊を攻撃した敵ワイバーン隊はおらず、攻撃隊は敵飛行場の他に敵戦闘飛空挺を6機ほど地上撃破した
のみに留まった模様です」
「大漁とまでは行かんかったか……」
ハルゼーは幾分不満気な表情になったが、すぐに意識を切り替えた。
「とは言え、敵を後方に退かせたという点に置いては、無駄ではなかったという訳か」
「陸軍航空隊が提供してくれた航空写真も、攻撃に役立てましたな」
「陸軍航空隊が提供してくれた航空写真も、攻撃に役立てましたな」
モルン航空参謀が言うと、ハルゼーも深く頷いた。
昨夜の攻撃の後、ハルゼーはTG38.3に対して、敵偵察騎が対空レーダーで敵地に向けて引き返すギリギリのタイミングを見計らって偵察機の
発艦を命じた。
偵察には、TG38.3が用意していた4機のハイライダーを使用した。
ハイライダー各機には、事前にクガベザム周辺の目標となり得そうなポイントを指示していたが、その中の1機……空母イントレピッド所属機には
クガベザムの北10マイル郊外に位置する、中途半端に開墾されていた空き地に向けて飛行するように命令されていた。
この空き地は、先日、B-36が空中偵察を行った際に撮られたもので、その写真が第3艦隊にも回されていた。
写真のキャプションには空き地として記されていたが、分析したところ、空き地の四方に複数の馬車やテントと思しき物が点在していた事が判明した。
これらの馬車やテントには、不明瞭ながらも何らかの細い資材なども写っており、分析官はこの空き地には何らかの基地が作られている可能性があると
判断していた。
発艦を命じた。
偵察には、TG38.3が用意していた4機のハイライダーを使用した。
ハイライダー各機には、事前にクガベザム周辺の目標となり得そうなポイントを指示していたが、その中の1機……空母イントレピッド所属機には
クガベザムの北10マイル郊外に位置する、中途半端に開墾されていた空き地に向けて飛行するように命令されていた。
この空き地は、先日、B-36が空中偵察を行った際に撮られたもので、その写真が第3艦隊にも回されていた。
写真のキャプションには空き地として記されていたが、分析したところ、空き地の四方に複数の馬車やテントと思しき物が点在していた事が判明した。
これらの馬車やテントには、不明瞭ながらも何らかの細い資材なども写っており、分析官はこの空き地には何らかの基地が作られている可能性があると
判断していた。
ただ、昨日までは、この空き地の正体が何であるか判明しなかったが、昨晩の空襲後、周辺付近の航空写真には飛行場と思しき物は存在しなかった
にも関わらず、100騎近い敵大編隊が陸地から襲撃するのは不可能であり、それを可能とするのならば、何らかの急造飛行場から飛び立った公算が
大であると判断された。
そこで浮上したのが、航空写真に映った不審な空き地であった。
この空き地は、他の戦線でも見られた、シホールアンル軍工兵隊がよく飛行場やワイバーン基地を建設する際の初期段階に、常々散見される特徴が
幾つも映っていた。
ただ、そこから飛行場が必ずしも建設される訳では無く、ある物は後方支援部隊用の宿舎であったり、物資保管所であったりと様々なパターンが
推測されるため、すぐに飛行場と断定する訳にはいかなかった。
それを確かめるために、ハルゼーは敵偵察騎を追跡させたのだが……
ブル(猛牛)とあだ名されたハルゼーが、ただの偵察だけで満足する筈がなかった。
ハルゼーは、偵察機発進を命じると同時に、敵基地攻撃を行うために艦載機による航空攻撃も命じたのである。
にも関わらず、100騎近い敵大編隊が陸地から襲撃するのは不可能であり、それを可能とするのならば、何らかの急造飛行場から飛び立った公算が
大であると判断された。
そこで浮上したのが、航空写真に映った不審な空き地であった。
この空き地は、他の戦線でも見られた、シホールアンル軍工兵隊がよく飛行場やワイバーン基地を建設する際の初期段階に、常々散見される特徴が
幾つも映っていた。
ただ、そこから飛行場が必ずしも建設される訳では無く、ある物は後方支援部隊用の宿舎であったり、物資保管所であったりと様々なパターンが
推測されるため、すぐに飛行場と断定する訳にはいかなかった。
それを確かめるために、ハルゼーは敵偵察騎を追跡させたのだが……
ブル(猛牛)とあだ名されたハルゼーが、ただの偵察だけで満足する筈がなかった。
ハルゼーは、偵察機発進を命じると同時に、敵基地攻撃を行うために艦載機による航空攻撃も命じたのである。
午前5時前には、空母エセックス、イントレピッドからF8F24機、A-1D36機が発艦し、その30分後には、空母ベニントンからF8F12機、
A-1D12機が発艦して、クガベザム攻撃に向かった。
そして、第1次攻撃隊の戦果報告が、今しがた届けられたのである。
また、第3艦隊は敵に報復を行うだけではなく、ある種のおこぼれも頂戴していた。
A-1D12機が発艦して、クガベザム攻撃に向かった。
そして、第1次攻撃隊の戦果報告が、今しがた届けられたのである。
また、第3艦隊は敵に報復を行うだけではなく、ある種のおこぼれも頂戴していた。
「長官、軽巡クリーブランドから捕虜に関しての続報が入りました」
「ほう、捕虜から何か情報を得たのかな」
「ほう、捕虜から何か情報を得たのかな」
カーニーは、通信員から手渡された紙面の内容をハルゼーに報告する。
TG38.1は、敵の空襲後、護衛の軽巡洋艦クリーブランドが、海面に漂っていた敵の竜騎士1名を救助し、捕虜にする事に成功していた。
敵竜騎士は女性将校で、来ていた飛行服を見る限り将校であり、ある程度のワイバーン群を任されていたと推測されている。
今の所、官姓名は聞けていないが、何らかの情報を持っている事は確実とされている。
TG38.1は、敵の空襲後、護衛の軽巡洋艦クリーブランドが、海面に漂っていた敵の竜騎士1名を救助し、捕虜にする事に成功していた。
敵竜騎士は女性将校で、来ていた飛行服を見る限り将校であり、ある程度のワイバーン群を任されていたと推測されている。
今の所、官姓名は聞けていないが、何らかの情報を持っている事は確実とされている。
「詳細はまだ聞けておらず、断片的にしか判明しておりませんが……シホールアンル陸軍所属の竜騎士中尉で、名前はジェミア・レティセと
呼ぶようです」
「クリーブランドは輪形陣の右側に位置していたから……この中尉殿はヨークタウンを爆撃したワイバーンを操っていた事になるな」
「左腕と右脇腹に断片を受け、重傷を負っておりますが、幸い命に別条はないと言う事です」
「他に情報は?」
呼ぶようです」
「クリーブランドは輪形陣の右側に位置していたから……この中尉殿はヨークタウンを爆撃したワイバーンを操っていた事になるな」
「左腕と右脇腹に断片を受け、重傷を負っておりますが、幸い命に別条はないと言う事です」
「他に情報は?」
ハルゼーはカーニーに聞くが、捕虜から得られた情報はそれだけであった。
「参謀長。クガベザム攻撃隊が帰還したら、ダッチハーバーに帰ろう。ビッグEとヨークタウンの修理をせねばならん」
1946年 2月27日 午後8時 クナリカ民公国オルクヴォント
スティーブ・ハーヴェイ海軍中佐は、陸軍オルクヴォント飛行場の基地司令であるヘンリー・スタークス陸軍大佐と共に、オルクヴォント飛行場の
外にあるレストラン「バーモント」にディナーを楽しむため、雑談を交わしながら来店した。
外にあるレストラン「バーモント」にディナーを楽しむため、雑談を交わしながら来店した。
「ここは現地のスタッフに運営を任せているんだが、なかなかスタッフの手際が素晴らしくてね。特にここの店のステーキは絶品だぞ」
「それはまた楽しみですなぁ。しかし、現地スタッフの運営とは、これまた思い切った事をしますね。マオンド共和国や旧領であった大陸各国では、
旧王党派やそれに唆された武装勢力が度々騒ぎを起こしているようですが、この辺は大丈夫なんでしょうか」
「その点は心配ない。この辺は特に警備も厳重にして治安も良い。まっ、辛気臭い話はここまでにしよう」
「それはまた楽しみですなぁ。しかし、現地スタッフの運営とは、これまた思い切った事をしますね。マオンド共和国や旧領であった大陸各国では、
旧王党派やそれに唆された武装勢力が度々騒ぎを起こしているようですが、この辺は大丈夫なんでしょうか」
「その点は心配ない。この辺は特に警備も厳重にして治安も良い。まっ、辛気臭い話はここまでにしよう」
スタークス大佐はレストランのドアを開け、ハーヴェイ中佐と共に中に入って行った。
レストラン内はカウンター席とテーブル席に別れており、内装は典型的なアメリカンスタイルだったが、店内のスタッフはスタークスの言う通り、
現地出身のシェフやウェイターが忙しく立ち回っていた。
店内はほぼ満員であり、内部には基地所属の米兵はもとより、多くの現地民も来店して料理に舌鼓を打っていた。
レストラン内はカウンター席とテーブル席に別れており、内装は典型的なアメリカンスタイルだったが、店内のスタッフはスタークスの言う通り、
現地出身のシェフやウェイターが忙しく立ち回っていた。
店内はほぼ満員であり、内部には基地所属の米兵はもとより、多くの現地民も来店して料理に舌鼓を打っていた。
「これは大分賑やかだな」
「カウンター席の端が空いてます。あそこに行きますか」
「カウンター席の端が空いてます。あそこに行きますか」
ハーヴェイ中佐が店の奥にあたるカウンター席の端を指すと、スタークス大佐も仕方ないなと返し、2人は空いていた末席に座った。
「おお大佐殿!よくお越しくださいましたな」
レストラン「ヴァーモント」の店長であるオーク族出身の男が満面の笑みを浮かべて歓迎して来た。
「よう店長。儲かってるようだね」
「いやぁ、お陰様で!開店から半年経ちましが、今では毎日が大忙しでさあ」
「いやぁ、お陰様で!開店から半年経ちましが、今では毎日が大忙しでさあ」
店長は豪快に笑い飛ばした後、2人に注文を尋ねた。
「それで、ご注文は何にします?」
「ビールを2つ。あと、ステーキを2つ頼む」
「あいよ!少々お待ちください!」
「ビールを2つ。あと、ステーキを2つ頼む」
「あいよ!少々お待ちください!」
注文を受けた店長は、厨房に指示を飛ばしてから、冷蔵庫から注文のビールを取り出した。
「ご注文のビールです!」
「ありがとう。さて、一仕事の後の乾杯と行こうか」
「ありがとう。さて、一仕事の後の乾杯と行こうか」
2人は乾杯の掛け声と共に互いにビール瓶を合わせ、仕事後の一服を楽しんだ。
程なくして、ステーキが彼らの前に運ばれて来た。
2人はステーキを食べながら、あらゆる話題を口にして行く。
話題はレーフェイル大陸の内情のみならず、最前線である太平洋戦線にも及んだ。
程なくして、ステーキが彼らの前に運ばれて来た。
2人はステーキを食べながら、あらゆる話題を口にして行く。
話題はレーフェイル大陸の内情のみならず、最前線である太平洋戦線にも及んだ。
太平洋戦線では、北大陸で遂に陸軍主体の一大攻勢作戦が開始されたが、その直前、海軍と陸軍で敵の思わぬ反撃によってひと騒動が起きた件に
ついても話し合われた。
ついても話し合われた。
海軍は先日に行われた帝国東海岸沿岸部の攻撃で、敵ワイバーン部隊の反撃を受けて空母2隻が損傷し、艦隊がダッチハーバーに撤退した事が
話された。
話された。
陸軍は攻勢開始前日、米軍が占領したシホールアンル本土領の前線航空基地に陸軍航空隊が初めて進出し、航空作戦を展開中であったが……
一部の航空隊が、早朝に敵軍航空部隊による予想外の奇襲攻撃を受けてしまい、最新鋭戦闘機である10機のP-80を含む50機以上の戦闘機、
爆撃機が地上撃破された事が話された。
一部の航空隊が、早朝に敵軍航空部隊による予想外の奇襲攻撃を受けてしまい、最新鋭戦闘機である10機のP-80を含む50機以上の戦闘機、
爆撃機が地上撃破された事が話された。
「陸軍はパットン将軍の第1軍集団が派手に前進しているようですが、その直前に起こった、この2つの事件はちと、不気味に思いますな」
「情報将校として、何か引っ掛かるのかね?」
「引っ掛かるも何も……シホールアンル軍は昨年末から今まで、全くと言っていいほど、大規模な航空反撃を行いませんでした。それが、急に
前線で攻撃用の航空部隊を繰り出して、我が軍に打撃を与えているんです。もしかして……シホールアンル側の航空戦力は、本当は回復しつつ
あるのではないかと」
「ふむ……そう言われてみれば」
「情報将校として、何か引っ掛かるのかね?」
「引っ掛かるも何も……シホールアンル軍は昨年末から今まで、全くと言っていいほど、大規模な航空反撃を行いませんでした。それが、急に
前線で攻撃用の航空部隊を繰り出して、我が軍に打撃を与えているんです。もしかして……シホールアンル側の航空戦力は、本当は回復しつつ
あるのではないかと」
「ふむ……そう言われてみれば」
スタークス大佐は顎を撫でながら唸る。
「だが、シホールアンル軍の航空戦力が回復しようとしているとはいえ、現状では焼石に水ではないのかね。既に、北大陸には1万機を超える
連合軍航空部隊が展開している。敵がどんなに頑張ろうと、大勢には影響あるまいさ」
連合軍航空部隊が展開している。敵がどんなに頑張ろうと、大勢には影響あるまいさ」
彼は楽観的に言うと、ビールを口に含んだ。
店内の喧騒は全く止む事は無く、誰もが楽しげにメニューを楽しみ、酒を飲んで愉快に過ごしていた。
店内の喧騒は全く止む事は無く、誰もが楽しげにメニューを楽しみ、酒を飲んで愉快に過ごしていた。
そんな中、店長が2人に躊躇いがちな口調で聞いてきた。
「すみません、少しお願いがあるんですがね……その席にお客さんを座らせてもいいですかね?空いている席がそこだけなので」
店長は、ハーヴェイ中佐の隣に指を向けた。
「ええ、いいですよ」
ハーヴェイ中佐は何の躊躇いもなく了承すると、店長は店の入り口で立っていた客を手招きしてその席に座らせた。
「ど、どうも……少しばかりお邪魔します」
オーク族出身の男性と思しき客は、すまなさそうに言いながら席についた。
ハーヴェイ中佐は、最初、そのオーク族の若者が眼鏡をかけている事に驚き、そのついでに、彼が背負っているパンパンに詰められた袋を見て
更に驚いてしまった。
ハーヴェイ中佐は、最初、そのオーク族の若者が眼鏡をかけている事に驚き、そのついでに、彼が背負っているパンパンに詰められた袋を見て
更に驚いてしまった。
「これはまた驚いたもんだ。あんたどこかで旅をしていたのかい?」
ハーヴェイ中佐は、思わず声を裏返しながら聞いてしまった。
「いえ、別にあちこち旅をしていた訳ではありませんが……まぁ似たような物なんですかねぇ」
「お客さん!それを後ろに置いといた方がいいですぜ。メシ食う時に邪魔になるよ」
「お客さん!それを後ろに置いといた方がいいですぜ。メシ食う時に邪魔になるよ」
店長がそう言うと、眼鏡姿のオーク族男性は背負っていた袋を下ろし、スタークス大佐の後ろに置いた。
「お兄さん、その眼鏡はどこで買ったんだね?」
スタークス大佐が気になって彼に聞いてきた。
「はい。そこの基地に勤務されている、知り合いのアメリカ兵に譲って頂きました。自分は今まで目が悪く、趣味の書き物もやり辛かったんですが、
この眼鏡のお陰で最近、その趣味も再開できました」
この眼鏡のお陰で最近、その趣味も再開できました」
「お兄さん物書きなのかい。これは凄い!」
スタークス大佐は興奮気味に喋ってしまった。
「おっと、つい興奮してしまった」
「大佐は読書が好きでね。小説を書く人は尊敬していると常々言っておられるんだよ。そうですな?」
「ああその通りだ。最近はトルストイの書いた戦争と平和という本を読んでいるが、なかなか考えさせられる内容だ。お兄さんも一度はトルストイの
本を読んだ方がいいぞ」
「大佐は読書が好きでね。小説を書く人は尊敬していると常々言っておられるんだよ。そうですな?」
「ああその通りだ。最近はトルストイの書いた戦争と平和という本を読んでいるが、なかなか考えさせられる内容だ。お兄さんも一度はトルストイの
本を読んだ方がいいぞ」
スタークス大佐は早口で捲し立てたが、言われたオーク族の若者は首を傾げてしまった。
「い、いやぁ……大佐殿が言われている本は、おそらく異世界の物でしょうから、読んだ事のない自分には、何を言われているのかさっぱり……」
「おっと、そうだったな。申し訳ない」
「おっと、そうだったな。申し訳ない」
スタークスは軽く若者に謝った。
そのタイミングを見計らったかのように、店長が若者にメニューを見せて注文を聞いた。
若者はオレンジジュースとハンバーガーを頼み、しばし待った後に注文したジュースとハンバーガーが彼の前に出された。
そのタイミングを見計らったかのように、店長が若者にメニューを見せて注文を聞いた。
若者はオレンジジュースとハンバーガーを頼み、しばし待った後に注文したジュースとハンバーガーが彼の前に出された。
しばらくの間、若者と2人のアメリカ軍人はここで出会ったのも縁とばかりに楽しく話し合った。
互いに自己紹介も交わし合った。
互いに自己紹介も交わし合った。
今年で25歳になるヴィピン・クロシーヴと言う名のオーク族出身の若者は、戦争中は旧マオンド陸軍に徴兵され、地元であるクナリカ駐留軍の
後方部隊で勤務している間に終戦を迎えたという。
部隊勤務では、力仕事ばかり任されるオーク族出身者にしては珍しく、事務方の仕事を任されていたようだ。
徴兵前は集落で古ぼけた安い一室を買い取って、独学で言語を勉強し、それと並行して物書きもしていたが、軍に徴兵されてからは事務方の仕事に
朝早くから深夜まで勤務する事が多くなり、この過酷な勤務の影響で視力が低下してしまったと言う。
マオンドが降伏し、クナリカが分離独立を果たした後は地方を転々としつつ、4ヶ月前からはオルクヴォントのあちこちで日雇いで働く内に、
基地周辺に安い家を借りて住み始めたと、クロシーヴはそう説明した。
話は彼の身の上話からスタークス大佐とハーヴェイ中佐の思い出話や、スタークス大佐とクロシーヴの物書きに関する話に移った。
後方部隊で勤務している間に終戦を迎えたという。
部隊勤務では、力仕事ばかり任されるオーク族出身者にしては珍しく、事務方の仕事を任されていたようだ。
徴兵前は集落で古ぼけた安い一室を買い取って、独学で言語を勉強し、それと並行して物書きもしていたが、軍に徴兵されてからは事務方の仕事に
朝早くから深夜まで勤務する事が多くなり、この過酷な勤務の影響で視力が低下してしまったと言う。
マオンドが降伏し、クナリカが分離独立を果たした後は地方を転々としつつ、4ヶ月前からはオルクヴォントのあちこちで日雇いで働く内に、
基地周辺に安い家を借りて住み始めたと、クロシーヴはそう説明した。
話は彼の身の上話からスタークス大佐とハーヴェイ中佐の思い出話や、スタークス大佐とクロシーヴの物書きに関する話に移った。
「そう言えば、自分は徴兵前に本も出した事があるんです。当時は、オークごときが本を出すとはけしからんと言われましたもんですが、ちょうど
物好きな印刷屋の主人が作品を気に入ってくれましてね。資金の関係で片手で数える程度の、少ない部数でしか出せませんでしたが……」
物好きな印刷屋の主人が作品を気に入ってくれましてね。資金の関係で片手で数える程度の、少ない部数でしか出せませんでしたが……」
彼は過去に作った自信作を2人に見せるべく、パンパンに詰まった袋に手を入れた。
そして、袋から取り出したのは、3つの立派に製本された厚みのある本であった。
彼をそれをカウンターに置いて2人に見せた。
ハーヴェストは特段気にも留めようとも思わなかったが、一目で見ても綺麗に装飾が成されていると思った。
隣のスタークス大佐は食い入るように見つめつつ、クロシーヴに問い質した。
そして、袋から取り出したのは、3つの立派に製本された厚みのある本であった。
彼をそれをカウンターに置いて2人に見せた。
ハーヴェストは特段気にも留めようとも思わなかったが、一目で見ても綺麗に装飾が成されていると思った。
隣のスタークス大佐は食い入るように見つめつつ、クロシーヴに問い質した。
「立派な本じゃないか……これはマオンド語かね?」
「はい。題名は善人クポンと悪人クトインルです」
「はい。題名は善人クポンと悪人クトインルです」
その瞬間、ハーヴェストの耳から、周囲の喧騒が消え去ったように思えた。
同時に、背筋に芯が打ち込まれたかのように体が固まってしまった。
同時に、背筋に芯が打ち込まれたかのように体が固まってしまった。
「物語は、村で平凡ながらも、善人と呼ばれた青年クポンが、ある事件をきっかけに悪人でありながら、教団の大幹部を務め、地方領主でも
あるクトインル猊下を巡る物で」
クロシーヴは作品の内容を意気揚々と説明していく。
あるクトインル猊下を巡る物で」
クロシーヴは作品の内容を意気揚々と説明していく。
(なんてこった……)
ハーヴェストはクロシーヴから話の内容を聞いていく中で、心の中でそう呟いた。
話の内容はともかく、クロシーヴの言う作品の登場人物などは……既にハーヴェスト自身も“聞き覚えのある物ばかり”だった。
脳裏に、1ヶ月前に太平洋艦隊情報部傘下にあったあの暗号解読室が思い出される。
話の内容はともかく、クロシーヴの言う作品の登場人物などは……既にハーヴェスト自身も“聞き覚えのある物ばかり”だった。
脳裏に、1ヶ月前に太平洋艦隊情報部傘下にあったあの暗号解読室が思い出される。
ハーヴェストは、元々は太平洋艦隊に所属していた事があり、主な所属部署は情報部であった。
今年の初めに、大西洋艦隊勤務を命じられたハーヴェストは、オルクヴォント陸軍飛行場を拠点に海軍側の連絡要員として軍務に当たっていた。
勤務中は、前の所属部署の上司であるレイトン提督や、ロシュフォート大佐はどうしているかと、時折思いを馳せつつ、彼らの奮闘を願っていた。
そんな中、あの壮大な謎解きに途中から離脱してしまった事の悔しさも、時々感じる事があった。
ロシュフォート大佐は、当て字のような暗号だから解読も時間の問題であると強気な発言を連発していたが、ハーヴェストが太平洋艦隊から
離れる当日も、解読に手こずっている様子だった。
(もし、あの暗号を解読できる瞬間に立ち会えていたら、俺はどれほどの達成感を味わえただろうか)
彼は、そんな悔しさを時折感じ、大作戦に貢献できない自分が空しいとさえ思う時もあった。
今ではそんな気持ちもすっかり消え失せ、目の前の軍務に集中する毎日であったが……
今年の初めに、大西洋艦隊勤務を命じられたハーヴェストは、オルクヴォント陸軍飛行場を拠点に海軍側の連絡要員として軍務に当たっていた。
勤務中は、前の所属部署の上司であるレイトン提督や、ロシュフォート大佐はどうしているかと、時折思いを馳せつつ、彼らの奮闘を願っていた。
そんな中、あの壮大な謎解きに途中から離脱してしまった事の悔しさも、時々感じる事があった。
ロシュフォート大佐は、当て字のような暗号だから解読も時間の問題であると強気な発言を連発していたが、ハーヴェストが太平洋艦隊から
離れる当日も、解読に手こずっている様子だった。
(もし、あの暗号を解読できる瞬間に立ち会えていたら、俺はどれほどの達成感を味わえただろうか)
彼は、そんな悔しさを時折感じ、大作戦に貢献できない自分が空しいとさえ思う時もあった。
今ではそんな気持ちもすっかり消え失せ、目の前の軍務に集中する毎日であったが……
(日本の諺に、残り物には福がある、と言うのがあったな)
ハーヴェストは心中でそう呟くと、唐突に声を張り上げた。
「店長!ビールをあと3本頼みたい!」
いきなり声を上げたハーヴェストを、クロシーヴとスタークスは驚きの眼差しで見つめた。
「おいおい……いきなり大声を上げて、一体どうしたんだ?」
「いや、なんだか気分がこの上なく良くなりましたので」
「いや、なんだか気分がこの上なく良くなりましたので」
ハーヴェストは満足気にスタークスへ言ってから、顔をクロシーヴに向けた。
「ミスタークロシーヴ。君の作品は非常に素晴らしい!その傑作とも言えるこの作品を、是非アメリカで見せたい方がいるんだが……
君、私と一緒にアメリカに来ないかね?」
「へ………自分がですか?」
君、私と一緒にアメリカに来ないかね?」
「へ………自分がですか?」
クロシーヴは思わず聞き返したが、彼はハーヴェストの唐突な提案に、すっかり混乱状態となった。