自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

第293話 解放の凱歌

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第293話 解放の凱歌

1486年(1946年)2月19日 午後1時 旧ヒーレリ領(現ヒーレリ共和国)ペリシヴァ
ヒーレリ暫定政府軍所属の第1機甲師団は、同僚部隊である第1機械化歩兵師団と第2機械化歩兵師団と共にヒーレリ共和国北西部……旧シホールアンル帝国ヒーレリ領北西部にある最後の拠点、ペリシヴァへあと5マイル(8キロ)の地点まで進出していた。

「ペリシヴァ市街地までもう少しだが、ここからがまた大変だぞ……」

第1機甲師団の師団長を務めるアルトファ・トゥラスク少将は、苦い口調で呟きながら、双眼鏡越しにペリシヴァ市街地前面に構築されたシホールアンル軍の防御陣地を眺め回していた。
トゥラスク少将は、昨年の夏の目覚め作戦終了後までは第1自由ヒーレリ機甲師団第12戦車連隊の指揮官であった。
だが、作戦終了後にヒーレリ領がシホールアンル帝国領から一方的に独立宣言(敵側のプロパガンダによればそう呼ばれていた)を行なって独立を果たしたあと、自由ヒーレリ機甲師団は自由ヒーレリ歩兵師団と共に、急拵えで設立されたヒーレリ暫定政府軍に編入された。
この際、元の第1機甲師団長は昇進して軍団司令官となり、その後任としてヒーレリ解放時に功績を上げたトゥラスク大佐が少将に昇進して同師団の指揮官となった。
元々、この2個師団で構成されていた自由ヒーレリ軍団は、ヒーレリ領が独立した後は同地の新しい正規軍として米軍の指揮下から離れる事になっていた。
シホールアンル領であったヒーレリは経済が壊滅状態にあり、アメリカの援助と指導の元で新ヒーレリ共和国として再建を行う事が既に決まっていたため、自由ヒーレリ軍団は動員を解除して師団の構成に必要な最小限の人員を残し、残った国民と共に国土の復興にあたる筈であった。
事実上、自由ヒーレリ軍団の戦争はここで終わる予定であった。
だが、自由ヒーレリ軍団の将兵達は

「未だに我らの国土に敵が居座っているのに、友人達だけを前に押し立てて戦わせる事なぞできるか!最低でも、ヒーレリの大地からシホールアンルを叩き出すまで、俺達は戦友と共に戦い続けるぞ!!」

と、誰もが意気高々に戦闘の継続を望んだ。
こうして、自由ヒーレリ軍団はヒーレリ暫定政府軍として正式に、米軍と共に肩を並べて戦う事ができるようになった。
ただ、夏の目覚め作戦以降の自由ヒーレリ軍団は、激戦に次ぐ激戦の結果、消耗を重ねた事もあって各師団の損耗率は4割近くにまで迫っていた。
兵器の補充に関しては、アメリカはすぐにでも送り届けると約束してくれたが、人員の損耗だけは自国内だけで賄わなければならない。
ただ、長い間シホールアンル支配下にあって疲弊したヒーレリ国民に動員令を発する事はできない上に、志願を募ってもどれほどの数が集まるかは全くわからなかった。

とはいえ、連合軍の一員として戦うと決めた以上、休養と同時に幾らかだけでも人員の補充は行いたい為、暫定政権発足から早3日後には、支配下にあるヒーレリ中部や南部でヒーレリ正規軍への募集のビラをあちこちの街や村の掲示板などに貼り付けた。

第1機甲師団と第1自動車化歩兵師団の充足数は、共に16000から19000前後であり、募集開始直後は8000から11000程にまで兵員数は減少していた。
軽傷者が戻ればある程度回復するが、それでも師団の充足率は7割強まで行くかどうかであった。
この人員募集は師団の充足率を8割から9割前後までに増やすだけの目的で行うため、目標数は5000人に定められていた。
この5000人という数字も少ないが、ヒーレリ正規軍首脳部は、その半分も集まらないであろうと予測していた。
募集事務所もヒーレリ国内にこじんまりとした獣小屋もかくやと言わんばかりの、粗末な家のような物が3箇所のみと少なく、さほど期待はしていなかった。
だが、その期待は大幅に裏切られてしまった。

志願兵募集の告知が出され、募兵事務所が開設されるや否や、多数のヒーレリ国民が、たったの3箇所しかない獣小屋に殺到してきたのだ。
ヒーレリ正規軍首脳の予想とは違い、ヒーレリ国民の士気は非常に高かった。
もとより、ヒーレリ国民は長年のシホールアンルの圧政に我慢を重ねてきた。
その我慢が北部の地方都市オルボエイトで爆発し、シホールアンル軍がその大反乱を鎮圧しようとしたが、そこに連合軍が現れ、ヒーレリの国土を次々と解放して行ったが、ヒーレリ北部や西部の広い範囲がまだ敵の制圧下にある。
その上、首都解放を果たした自国の軍隊が志願兵を募ってきた。

”連合軍の猛攻に尻尾を巻いて逃げていった仇敵が、未だに自国領に居座っているとあっては腹の虫が治らない!
とりあえず、憂さ晴らしに敵を叩き出す!”

という考えを持つ者は、衝動的とも言える速さで募兵事務所に向かった。
余りにも多くの国民が殺到したため、3箇所の募兵事務所には長蛇の列ができてしまった他、村の役場や町の庁舎にまでヒーレリ正規軍への志願者で溢れかえった。
募集期間は一ヶ月程を予定していたが、僅か2日間で推定10万人(実際はもっと多かったとも言われている)の国民が募兵事務所や臨時政府の地方庁舎などに押しかけたため、開始から2日目で募集を慌ただしく打ち切る羽目になった。
募兵に応じようとした者は老若男女様々であり、ある老人は使い古しの剣を携えながら事務所に意気揚々と乗り込んできた。
とある中年の女性は、過去にシホールアンル兵に畑を全滅させられた恨みを晴らしたいがために、戦車隊に入れろと事務所の徴兵官に詰め寄ってきた。
また、10代中盤を迎えたばかりのある少年は、とにかく衣食住を確保してくれる点に目を付けて、とにかく軍に入れてくれとだけ徴兵官に懇願し続けた。
徴兵官らにとって、それはまさに混沌そのものであった。
しかし、この事態に一番驚いたのは、政府首脳部である。

募集人員5000名に対して、推定でも10万……もしくは、数十万以上もの国民が押し寄せたのだ。
倍率にして20倍以上という恐ろしい競争率である。

後日、政府の徴兵官が調べたところ、募兵に対して即座に行動を起こした者は100万以上に達する事がわかり、募兵には応じない(または応じれない)ものの、政府の募兵を支持すると答えた者が全国民の9割以上に達した。
祖国奪還に燃える勇ましい国民の多さに感動する以前に、それは恐怖感すら覚えた。
国民の異常な士気の高さに度肝を抜かれる中、政府は別の問題に直面していた。
ヒーレリ暫定政府はまだ出来立てであり、金がない。
いや、資金自体はアメリカ政府から支援されるので無い訳ではないが、軍の装備や訓練役の教官などが非常に少ない。
特に訓練要員の少なさは深刻で、現在の規模(2個師団)の軍しか持たないヒーレリ暫定政府では、10万以上の志願兵に訓練を施すなど無理な話である。
ひと昔ならば、志願兵にお座なり程度の訓練を施して戦線に放り込む事もあったであろうが、互いに強力な火砲で叩き合い、快速の機動集団同士の戦いが頻発する現代戦では、訓練未了のまま志願兵を送り出すことは、そのまま死んで来いと言うのと同じ事である。
10万以上の志願者をそっくり全員採用する訳には行かないが、名乗りを上げた以上、5000名だけ選んで残りは不採用とするのも躊躇われる。
政府首脳部らにはなかなか辛い選択であった。
ひとまず、採用の通知は一旦は保留にし、政府首脳部はアメリカ側に事の詳細を説明し、どのような対応をすれば良いかアドバイスを求めた。

1週間ほど協議した結果、アメリカ側から連合国と共同で訓練教官を派遣する事と、10万以上の志願者のうち、厳正な選考を行った後に、4万名に戦闘訓練を施して補充を行いつつ、新たな戦闘部隊を編成することが決まった。
また、残りの志願者に関しては、1万は予備兵として戦闘訓練を施し、残りは戦闘には直接関わらない兵站部門への配属や、後方の基地建設の作業員、兵器修理などを担う技術者といった、後方支援体制の拡充に当てられた。
また、別枠として新生ヒーレリ空軍創設も同時並行で行うことが決まったため、元ワイバーン部隊の竜騎士経験者を始めとして新たに1万名が追加で採用された。
新生ヒーレリ政府軍は、首都解放から僅か2週間ほどで総計12万以上の軍を保有する事が決まった。
採用された国民は戦闘部隊、後方支援部隊問わず正規軍の一員となり、これらの装備一式はアメリカの全面協力のもと、段階的に配備されていった。
夏の目覚め作戦が終息した8月末には、ヒーレリ暫定政府も新たにトレンド法(物資、武器交換法)の採用国の一つとなり、ヒーレリ中部や南部で採掘される鉄鉱石、希少鉱物(ボーキサイトに相当)、香辛料などの資源を代金として大量の武器弾薬、各種装甲車両や航空機等々を受け取れる事ができた。

志願兵の訓練は9月初旬には早速、ヒーレリ南部で始まり、年を跨いだ1月中旬には各種訓練が完了。
志願兵は第1機甲師団と第1機械化歩兵師団の欠員補充に当てられると同時に、新たに第2機械化歩兵師団、第3機械化歩兵師団、独立混成第16旅団が編成されている。
第2機械化歩兵師団、第3機械化歩兵師団はM4戦車1個連隊にM3ハーフトラックを装備した2個機械化歩兵連隊と自走砲、または野砲大隊を始めとする各種支援部隊で構成され、独立混成第16旅団はM4戦車1個大隊にハーフトラック、またはトラック装備の1個自動車化歩兵連隊と各種支援部隊を加えた形で編成された。
この4個師団、1個旅団で構成されたヒーレリ暫定政府軍第1軍は、1月下旬からヒーレリ領北西部の戦線に投入され、同地に展開するシホールアンル軍部隊と交戦を重ねて来た。
交戦開始当初は、復讐心ばかりで現代戦に慣れていない志願兵達が満足に戦えるのか不安であったが、志願兵は訓練通りによく働き、時には機転を効かせて敵軍の横合いを叩き、一気に後退させるなど、目覚ましい活躍ぶりを見せた。
特に第3機械化師団と独混第16旅団(独立混成第16旅団)の攻撃は激しく、2月初めのペリシヴァ西30キロ地点で行われたペソンシク攻防戦では、航空支援を受けながら敵3個師団を猛攻して激戦を繰り広げ、遂には北方のシホールアンル本国に押し戻してしまった。
第1機甲師団、第1機械化師団と第2機械化師団も負けじとばかりにペリシヴァ正面の戦区で猛攻を加え、シホールアンル軍を押しに押し続けた。
しかしながら、シホールアンル側の抵抗も激しく、部隊の損耗も次第に嵩んでいった。
特に激しかったのが、2日前のペリシヴァ郊外……ちょうど今、第1機甲師団が制圧しようとしている敵陣での戦闘であった。
この日は、勢いに乗る第3機械化師団と独混第16旅団が敵陣に猛攻を加え、(第1機甲師団、第1、第2機械化師団は兵員の休息のため、一時後方待機)一時は戦車中隊が歩兵と共に前線を突破してペリシヴァ市街地に突入を図ろうとしていた。
だが、敵の予備隊が今まで未確認であった、ある兵器を投入した事で攻勢は頓挫し、ヒーレリ暫定政府軍は後退せざるを得なかった。
この攻撃で、1000名以上の死傷者を出し、戦車18両と30両の車両を失い、少なからぬ装甲車両を損失したヒーレリ軍は、損耗の大きい第3機械化師団と独混第16旅団を後方に下げ、ちょうど1日ほどの休息を終えた3個師団を前線に戻して攻撃を再開させた。

砲兵隊の事前砲撃を終え、前進を始めたトゥラスク師団の戦車隊からは、戦闘で荒れた前線の様子が、次第にはっきり見えるようになってきた。
トゥラスクは、戦車隊に後続する指揮車両から、双眼鏡越しに前線を見渡していたが、所々に撃破され、擱座した味方戦車や車両を見るたびに険しい表情を浮かべる。
その残骸の数は、最前列の塹壕を超えた辺りから急激に数を増していく。
その周辺には、幾つかの小さな蛸壺や盛り土が点在している。それらの大半には、艤装網らしき物がかかっていた。

「敵の歩兵に注意しろ!例の奴を使ってくるかもしれん!」

トゥラスクは無線機越しに、前進する戦車大隊に向けて注意を促す。
先日の攻撃では、第3機械化師団と独混第16旅団が敵の歩兵部隊の反撃で撃退されているのだが、報告書を見る限り、敵の編成はほぼ歩兵主体だった筈なのだが、その歩兵が持っていた携行兵器が想像以上に強力な物であり、味方部隊は思わぬ損害を出したと伝えられている。
特に独混第16旅団の損害は大きく、攻撃に参加した戦車中隊の過半が撃破、または損傷し、ハーフトラックも多数損耗したと言われている。
トゥラスクは最初、その報告に対して半信半疑であったが、実際に敵前線に打ち捨てられた、多数の擱座車両を見ると、報告は正しかったと認識せざるを得なかった。

降りしきる雪に覆われ、車体に白い雪化粧を施されたそれらの残骸が、祖国の完全解放を前にして散華した将兵の悲哀を、より強く感じさせているようであった。
先頭大隊は、荒れた第一線を乗り越え、更に味方車両の残骸の側を通り過ぎ、未だに破られていない敵の第二線……市街地から5キロ離れた最後の防衛ラインにゆっくりと到達しつつあった。
報告では、この防衛線で最も激しい戦闘が繰り広げられ、擱座車両の数も多数見受けられている。
遠目で見ても、戦車、ハーフトラック等を合わせて20両程が撃破され、残骸となっている。
その一方で敵の陣地も手酷く荒れており、砲弾が着弾した穴や、所々踏み荒らされた跡が残る陣地も多い。
また、第一線では見られなかった、敵の輸送型キリラルブスの残骸や、破壊された対戦車砲も複数見受けられる。
戦闘報告書には、敵は1個連隊相当の兵力を損失するほどの損害を受けたと書かれていた。
荒れ果てた第一線陣地や、維持したとはいえ、所々に深い爪痕が残り、擱座した輸送型ゴーレムなどを見る限り、その報告は正しかったようだ。

「敵側も相当な損害を負ったのは間違いないようだな」

トゥラスクは、独混16旅団が敵の反撃を受けながらも、敵を猛追して多くの損害を与えた事に幾らか誇らしげな気持ちになった。
この時から、彼はある種の違和感を抱き始めていた。

「………妙に静かだな」

既に、前進部隊は敵の陣地に到達している。
だが、敵の迎撃が一切無いのだ。
慎重に前進を続ける戦車に、敵の砲弾はおろか、光弾すら放たれていない。
つい先日の激戦とは、打って変わって静かすぎる状況である。

「師団長!こちらピルヴォンです!」

第12戦車連隊の指揮官であるピルヴォン大佐から無線通信が入った。

「敵の塹壕から一切の抵抗がありません!」
「こちらからも見ているが、嫌に静かなようだな……」
「歩兵を展開させて周囲を捜索させます」
「罠かもしれん、慎重に行け!」

トゥラスクは指示を出しながらも、心中では敵が後退したのでは無いかと思った。

(まさか、敵はペリシヴァ市街に逃げたのだろうか)

それは非常に厄介であると、トゥラスクは思った。
事前の情報によると、ペリシヴァ市街には、未だに2万から5万人ほどの住民が残っていると伝えられている。
敵が郊外の陣地を放棄し、より守り易い市街地に立て籠もって抗戦を続ければ、ヒーレリ軍は苦戦を強いられる上に、住民を巻き込んだ悲惨な市街戦に発展するであろう。

(ここは、市街地に敵が逃げ込んだと見ていいかもしれない。ならば、ペリシヴァを包囲して、じっくりと……)

トゥラスクの思案は、無線機越しに飛び込んできた声によって唐突に打ち切られた。

「師団長!こちらピルヴォンです!一大事です!!」
「どうした?敵の増援が来たか!?」

ピルヴォン大佐の平静さを欠いた声音を聞いた彼は、新たな敵軍を見つけたのかと思い、一瞬体を身構える。
だが、一瞬高まった緊張は、次の瞬間には消え去る事となった。

「人です!前方から人が来ます!」
「人?敵か?」
「今確認させます」

ピルヴォン大佐からの通信が一旦途絶えた。
トゥラスクは指揮車の天蓋から顔を出し、双眼鏡で前進部隊のいる方向を見つめる。
前進部隊がいる位置は、トゥラスクから2キロほど離れているため、ハッキリとはわからなかったが、それでもハーフトラックから降りた兵士が、前方から歩いてくる少人数の集団に銃を向けながら、ゆっくりと近づいていく様が見て取れた。
4、5人ほどの集団は、遠目ながらも明らかに軍人ではない出立ちであり、その先頭の人物は、旗を掲げていた。
その旗を見たトゥラスクは、一瞬体が固まった。

「こちらピルヴォンです。師団長聞こえますか!」
「……あ、ああ……今聞こえる」

思わぬ衝撃から立ち直ったトゥラスクは、努めて平静な声音でピルヴォンに答えた。
「どうやら敵ではありません。彼らはヒーレリ人、ペリシヴァの住民達です!」
「ペリシヴァの住民達だと!?という事は……」
トゥラスクは、半ば困惑気味になりながらも、それまで抱いていた疑問が瞬時に氷海したような気がした。

それから20分後……
第12戦車連隊は、旗を掲げた5人ほどの集団に先導されながら、ペリシヴァ市街地に入りつつあった。

「ペリシヴァだ……」

第12戦車連隊を指揮するクオト・ピルヴォン大佐は、眼前に広がるペリシヴァの街並みを見つめながら、感慨深げな口調で呟いた。

「みんなー!起きてくれ!!遂にやって来たぞ!」

5人の先導者のうちの一人、粗末な黒い防寒着を身に纏い、手にはかつてのヒーレリ王国の国旗を持つ若い男は、大声を発しながら道沿いの建物に向かって叫び続けている。

「味方だ!ヒーレリ軍がこの街に帰ってきたぜ!!俺たちと一緒に英雄達の帰還を祝おう!!」
「もう隠れる必要はない!さあ!通りに出て歓迎しよう!!」
「解放だ!解放が成ったぞ!俺達の国軍が戻ってきた!」

リーダー格の男に習うように、他の若者達もあらん限りの声を発して街中で叫んだ。
その呼び掛けに答えるかのように、最初は1軒、また1軒と、恐る恐るといった形でドアがゆっくりと開かれ、住民が戸惑いがちに出てくる。
最初はヒーレリ軍の戦車やハーフトラックをただ黙って見つめるままだが、次第に状況が理解できた住民は、やがて歓喜に叫び、または嬉し涙を流しながら若者達に加わる。
最初はまばらだった歓喜の声は、次第に大きくなっていく。
若者達に加わった住民は、未だに閉ざされていた家や商店の戸を叩き、嫌々ながら出てきた家人に町の解放が成った事を伝える。
誰もが最初は疑うが、目を通りに向けた後は、例外なく歓喜し、または感涙する。
歓喜の波は、瞬く間に大きくなっていった。

「おいおいおい、これは……」
「こんなに住人が残っていたとは、聞いてなかったぞ!」

兵士達は、あっという間に通りを埋め尽くさんばかりに出てきた、多くの住民達を前にいささか戸惑いを見せた。
だが、戸惑いはすぐに喜びへと変わる。

「ヒーレリ万歳!」
「連合軍万歳!!国軍万歳!!」
群衆は、誰しもが満面の笑みを浮かべ、ある者はどこぞから引っ張り出してきた、旧ヒーレリ王国の国旗を盛んに振りかざす。
通りに飛び出してきた老夫婦が、両手に持てるだけの食料を抱え、通りを進むヒーレリ軍の兵士達に配っていく。

「よう!遅い帰りだったのう!」
「さあ!腹が減っただろう!?みんな持って行っておくれ!」

老夫婦の勧めを兵士達は快く受け取り、果物や保存食、酒瓶を手に取っていく。
群衆の熱狂的な歓迎は留まるところを知らない。
ある若い町娘はヒーレリ軍のハーフトラックに乗り、そこから「祖国万歳!解放軍万歳!!」を叫びながら、ヒーレリ国旗を力の限り振り回した。
歓喜の叫びは、上空を友軍機がフライパスした事で最高潮に達した。
上空に現れた友軍機……ヒーレリ軍の航空支援を行うために出撃したF4Uコルセアの編隊がペリシヴァ上空の戦闘哨戒に入り、その一部は低空で編隊飛行を行った。
町の解放を祝うかのように行われた友軍機の低空飛行は、ヒーレリ軍将兵の士気を高まらせるだけに留まらず、ペリシヴァ市民を更に歓喜させた。
コルセアの小編隊が轟音を響かせながら上空を飛び去った後、市民達は拳を振り上げ、または口笛を鳴らし、旗を振り回して祝いの叫び声をあげていた。

ペリシヴァ市民の大歓迎を受けながら、トゥラスクは指揮下の部隊と共に、町の通りをゆっくりと走行していたが、このような状況下でも彼は警戒を緩めていなかった。

「こちらヒーレリ暫定政府軍第1機甲師団の指揮官トゥラスクだ。航空部隊の指揮官へ、聞こえるか?」
「こちらミスリアル空軍独立第14飛行旅団のフェイ・ベンディル中佐です。無線機の感度は良好、バッチリと聞こえます」

無線機越しに凛とした若い女性パイロットの声が聞こえてきた。

「応答感謝する。敵はおそらく、ペリシヴァ北にある森林地帯に潜伏し、砲兵を展開させている可能性が高い。もし敵が砲撃を行ってきたら、全力で叩いて貰いたい」
「了解です。こんな事もあろうかと、全機ロケット弾、ナパーム装備で上空待機させています」

その返事を聞いたトゥラスクは、思わず頬を緩ませた。

「頼もしい限りだ。その時が来たら、よろしく頼む!」
「ご用があれば何なりと」

ミスリアル空軍の指揮官と無線機越しに短いやり取りを終えた後、トゥラスクは歓喜に沸く市民で覆い尽くされたペリシヴァ市街を眺め回す。
過去にも、他の地方都市の解放に居合わせてきたが、敵は敗北した腹いせのように、砲兵を展開させて市街地に砲撃する事があった。
その度に解放を祝福したばかりの市民が犠牲になった。
敵は嫌がらせの砲撃を行った後、すぐに撤退していくが、大半は怒り狂った味方航空部隊に滅多撃ちにされて、逃げるまもなく撃滅されるのが常であった。
ただ、似たようなケースは頻発していたため、このペリシヴァでも敵が腹立ち紛れに砲撃を加えてくる事は予想されていた。
このため、前進部隊を支援する自走榴弾砲や多連装ロケット砲隊は市街地の外で待機させており、市街地の北にあるヒーレリ、シホールアンル国境の森林地帯に照準を合わせ、砲撃があればすぐに対砲兵射撃ができるようにし、反撃態勢を整えている。
更に、上空には友軍の航空部隊が待機しているため、敵が砲撃を行えば即座に砲爆撃で敵砲兵を叩き潰せるだろう。
しかし、その場合、敵弾がペリシヴァ市街に着弾して被害が出てしまう。
トゥラスクとしては、市民に犠牲が出る事は避けたいと思っていた。

(せめて、敵が砲撃を諦めて、更に北へ撤退してくれれば……この歓喜の渦をかき消さないでくれ)

彼は、心の中でそう強く祈った。

2月20日 午前9時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

「親父さんおはよう!」

ウェルバンル東地区の市場で商店を経営するカルファサ・アクバウノは、いつも通り陳列棚に品物を補充している最中に、買い物客から声をかけられた。

「はい!いらっしゃい!って、おお!あんたは!」

カルファサは振り向き様に返事をした後、相手の顔を見るなり顔に満面の笑みを浮かべた。

「問屋のヴィンさんじゃないか!久しぶりだなぁ!」

彼は細身で頭が禿げ上がった男性の名前を呼びながら、その傍に歩み寄った。
カルファサがヴィンさんと呼ぶ男……ヴィン・ホゥソトナは、彼が15年前から懇意にしている卸売業者であり、1ヶ月に1度の割合で仕入れた商品を運び込んでくれている。
1年に1回はこうして顔を出し、カルファサの家で一泊して酒を飲み交わすのが恒例となっていた。
ただ、対米戦争が始まってからは、ヴィンは顔を出さなくなり、こうして顔を合わせたのは実に3年ぶりであった。

「アクさん、相変わらず元気にやっとるようだね」
「まーなんとかね。というか、この情勢だと、無理矢理に元気にならんと先に進めんよ」
「ああ、違いない」

ヴィンは苦笑を浮かべつつ、カルファサと固く握手を交わした。

「ヴィンさんこそ、調子はどうだい?」
「調子か。うーむ……命拾いしただけで儲け物と言った感じだな。ランフックの家はもう無くなっちまったし。今はランフックの北にある小さな町に移り住んで、そこで仕事を続けてるよ」
「そうか……そりゃ大変だな」

カルファサはヴィンの飄々とした口調の中に、幾ばくかの辛さが滲んでいるように感じ取れた。

「でも、主な取引先は何とか生き残ってる。首都のアクさんとも、こうして繋がりがあるし、まだまだやって行けるよ」
「俺もヴィンさんと仕入れルートを維持できていて本当助かってるよ。南部の仕入れ先は今はもう使えんし、ヴィンさんとの繋がりもなくなっていたら、今頃はどうなっていたか」
「ハハハ!頼りになるというのは実に気持ちが良いもんだ!」

ヴィンは笑い声を上げ、乗ってきた馬車の荷台に足を向けた。
途中、御者台に座るヴィンの従業員とひとしきり言葉を交わした後、荷台に積んだ荷物の中身を確認し、それをカルファサの店に搬入していく。
途中、カルファサはある商品が無い事に気付いた。

「ヴィンさん。注文したアレが入ってないようだけど。ほら、ロアルカ産の貝殻と魚の干物」
「あ!そう言えば最初で伝えるの忘れていたな……」

ヴィンはバツの悪そうな表情を浮かべた。

「実を言うとね、アクさんの注文したロアルカ産の品物だが、交通路が敵に遮断されて物品の往来ができなくなって、本土側に搬入できなくなったんだ」
「え、交通路が遮断されたって!?なぜ……」

カルファサは行天してしまった。
ロアルカ島はノア・エルカ列島にある辺境の島だ。
戦場から遠く離れたこの島からは、本土には無い美しい貝殻や、現地の魚で作った干物をヴィンの問屋を介して仕入れており、商品は毎回短期間で完売になる程の人気があった。
今回もまた、少なくない金額を投入してロアルカ産の商品を仕入れたのだが……

「大雑把に聞いた話だと、ロアルカ島に敵機動部隊が殴り込んで相当やられたらしい。それまでにも、列島側と本土側の海上交通路に敵の潜水艦が侵入してかなり手こずったようだが、敵の機動部隊が暴れ込んできた事がトドメとなって往来ができなくなったようだ」

(敵の機動部隊だと!?)

カルファサは内心ショックを受けてしまった。

アメリカ機動部隊が大暴れすれば、どれだけの惨事になるかは、2ヶ月前の首都空襲でまざまざと見せつけられている。
それと似たような惨状がロアルカ島で繰り広げられた事は、容易に想像できる。
ウェルバンル大空襲は数百万もの首都住民を脱出させるきっかけとなり、首都からは活気が失われた。
ロアルカ島の空襲では、更に現地の仕入れ品の輸出が止められてしまい、それはカルファサの仕入れにも影響を及ぼす事になったのだ。

「くそ!アメリカ人の奴ら、首都を叩いただけでは飽き足らず、辺境の島とかも見境無く全部叩いてしまおうって腹か!」
「帝国憎けりゃその土まで憎たらしく感じる、って奴なんだろうな」

カルファサとヴィンは、しばしの間恨み言を言いながらも、荷台の品物を取り出し、店内に搬入していく。
途中から、他の従業員も加わって搬入を行ったため、作業は比較的早い時間で終わった。

「ふぅ……お疲れさん!どうだい?これからゆっくりと」

カルファサは手でグラスを形作り、口の前でぐいっと傾けた。

「いつもすまないねぇ。では、恒例のお疲れ会と行こうか。積もる話もあるし」

ヴィンは御者台の部下に馬車を指定の場所に止めて来るように指示した後、首にかけた布で汗を拭きながら店内に入ってきた。
まだ冬とはいえ、肉体労働をすれば汗をかいてしまう。

「お、そう言えば……」

ヴィンは店内をひとしきり眺め回してから、ずっと気になっていた事をカルファサに問い質してみた。

「今日は姿が見えないね。いつもこの辺で黙々と仕事していた……ほら、赤毛で顔に古傷のある」
「ああ、あいつか」

カルファサはヴィンが気にしていた人物の事を思い出した。

「あいつは居ないぜ」

「居ないってなると、今日は休みか?」
「いや、店にもう居ないんだよ」

カルファサは何気ない口調で答える。

「店にもう居ない?もしかして、辞めちまったのかい」
「まぁ……そうなるな。正確に言えば、古巣に戻ったと言うのかな」
「古巣って……陸軍にか?」
「そうだ。何でも、以前世話になった上官に是が非でも戻って貰いたいと頼まれて、仕方なく復帰する事になったそうだ。それで、俺はあいつに暇を出したのさ」
「おいおいおい……退役した軍人にすら、戻れと懇願するとは。俺達の帝国は本当どうしちまったんだ」

ヴィンは帝国軍のあまりの窮状ぶりに思わず、嘆きの言葉をあげてしまった。

(まぁ、あいつの上司はとんでもない方だったが……あまり詳しく言うのもアレだな)

カルファサは心中でつぶやいた後、気を取り直しながらヴィンを店の奥に案内した。


2月21日 午後6時 首都ウェルバンル

ウェルバンルにある陸海軍合同司令部では、夕方も過ぎ、夜にもなろうとしている時間帯から陸海軍首脳部の合同会議が開かれようとしていた。
シホールアンル帝国海軍総司令官を務めるリリスティ・モルクンレル元帥は、会議が開始される5分ほど前から入室して、会議が開かれるのを待っていたが、彼女は陸軍側の席に座る幾人かの将校の中に、初めて目にする顔を見つけていた。

「ねぇ、ヴィル……あの中佐の階級章をつけた将校だけど、見たことある?」

リリスティはヒソヒソ声で、隣に座る総司令部魔道参謀のヴィルリエ・フレギル少将に問いかけた。

「いえ、ご存知ありませんが……」

公の場であるため、形式ばった口調で答えたが、フレギル少将もまた、その男性将校を今日初めて目にするため、幾分困惑していた。
ただ、最近は陸軍内からある噂が流れていた。

その噂によると、年末よりエルグマド元帥の肝入りで抜擢された将校が陸軍の作戦指導に加わった事によって、陸軍部隊の動きが大きく変わり、2月初旬の帝国東部マルツスティの戦いにおいては、圧倒的優勢を誇るアメリカ機械化軍団相手に石甲部隊も含んだ機動防御を行い、一時は戦線を押し戻して敵の前進を遅らせた事があったが、ある将校の進言が基になり、急遽その戦力を抽出し、迅速に送らせた……と言うものである。
マルツスティは結果的に陥落し、陸軍部隊の損害は大きかったものの、米軍部隊にも甚大な損害を負わせてマルツスティ以北の進軍を止めた事によって、落ち込んでいた陸軍の士気が上がりつつあると言われている。
その影の功労者とも言われるその将校が、もしかしたら、目の前にいる初見参の男性将校かもしれないのだ。
最前線の部隊から抜擢されたのか、その赤毛の顔に切り傷のある将校はどことなく、歴戦の強者といった雰囲気を醸し出していた。

「一体、何者なんだろうねぇ」

リリスティがぼそっと呟くと、会議室に陸軍総司令官であるルィキム・エルグマド元帥が入室してきた。

「やあ諸君、遅れてすまん」

エルグマドは悠々とした歩調で歩きつつ、リリスティの真向かいの席に腰を下ろした。

「それでは、陸海軍合同会議を始める。まず最初に報告がある……諸君らも知っているだろうが、ヒーレリ領のペリシヴァが昨日、ヒーレリ軍の攻撃によって陥落した」

エルグマドの声が室内に響く。
それに反応する者はいないが、空気は一瞬にして変わった。

「これにより、ヒーレリ領最後の帝国の拠点が失われ、帝国がこの戦争で得た領土は全て失った。これからは、帝国本土内……つまり、本土決戦を戦い抜いていく事に全力を集中する。そのために、あらゆる困難に立ち向かい、乗り越えていかなければならぬ」

エルグマドは、視線を陸軍側の将校……初見参の中佐に向けた。

「さて、最初はこのぐらいにしておいて……ここで、陸軍から新しい参謀将校を紹介したい。中佐」
「はっ」

初見参の将校は小さく答えてから、席を立った。

「初めまして。私はベルヴィク・ハルクモム中佐と申します。総司令部内では主に作戦参謀を務めます。以後、お見知り置きを」
「ハルクモム中佐は出戻り組でな。訳あって一時軍籍を離れていたが、それでも軍歴は10年以上のベテランだ。今はこの戦争に馴染むために猛勉強をしとる所だ。まぁ、わしが感じた限りでは、その能力は未だに建材といった所だが……何はともあれ、皆もこのハルクモム中佐をよろしく頼む」

新入りとなったハルクモム中佐の紹介が終わると、会議は淡々とした調子で進んで行った。
会議の流れとしては、近日中に始まると予想されている連合軍の新たな大攻勢とそれの対処、次にワイバーン部隊養成所に勤める員数外要員の一部復帰とそれに付随する問題、敵海軍の今後の行動予想や、レビリンイクル列島に駐留するレビリンイクル軍団の回収可否などが話し合われた。

合同会議は1時間ほどで終了となり、一同は会議室を退出し、海軍総司令部に戻ろうとしたが、リリスティはここ連日の激務のせいで体調がやや思わしくなかった。

「うーむ……なんか妙に疲れすぎたなぁ」

リリスティは軽い頭痛と、異様に足取りが重い事が気になった。

「リリィ、大丈夫?」

前を歩いていたヴィルリエが彼女の異変を察し、傍に寄って聞いてくる。

「大丈夫じゃ、なさそうかな。ここ2日ほど寝れなかったのが効いているのかも」
「それはそうよ。西部視察から戻ってきたばかりと言うものあるし、ここらで少し休んだほうがいいかもしれない」
「確かに……」

リリスティは浮かぬ顔つきのまま視線を落とす。
ふと、ヴィルリエの目に休憩室が目に入った。

「あそこで少し休憩する?」
「あー……そうだね。ちょっとだけ何か飲みながら休むか。ごめんだけど、他の幕僚には少
し遅れると言ってくれないかな?」
「わかった。今から伝えてくるわ」

リリスティは苦笑しながら、足早に出口に向かっていくヴィルリエの背中にごめんと呟き、務めて平静そうな表情を浮かべてから休憩室へと向かった。
休憩室の前まで来ると、誰かが話し合っている会話が聞こえた。

(誰かが中にいるのかな?それにこの声は)

リリスティは、聞き覚えのある声に吊られるような足取りで休憩室に入って行った。

「あ、エルグマド閣下」

彼女のその声を聞いたエルグマドは、入り口に顔を向けるなり表情を緩ませた。

「おぉ、これはモルクンレル提督」

彼がどこか呑気さを感じさせる口調でリリスティに返す傍ら、隣に座っていた部下の参謀は慌てて立ち上がった。
その参謀は、会議が始まる前からリリスティが密かに注目していた、出戻り組のハルクモム中佐であった。

「し、失礼しました」
「あ、楽にしてていいよ。私はただ、少しばかりの休息を取りに来ただけだから」
「中佐、そのまま座ってて良いぞ。彼女はああ見えて、大袈裟な事が嫌いでな」
「は、はぁ……」

ハルクモム中佐は毒気が抜かれたような表情を見せながらも、エルグマドの言われる通り椅子に座った。

「さてと、お邪魔しますねー」
「どうぞどうぞ」

エルグマドの促す声を聞きつつ、リリスティは彼の向かい側に座った。
そこに、ヴィルリエ・フレギル少将も入室してきた。

「ああ、居ましたね。他の幕僚は先に戻らせましたよ」
「あ、今度はフレギル提督!」

ハルクモム中佐は慌てて立ち上がったが、

「中佐殿、楽にしてていいですよ」

フレギル少将もまた、毒のない表情でそう返してきた。
彼は半ば困惑しながらも腰を下ろす。

「どうだ?海軍の誇る美女さんがたを前にして心が躍るであろう?」
「い、いや、決してそのような事は」

エルグマドはニカっと笑いながらハルクモム中佐に聞くが、彼は幾分顔を赤くしながら否定する。
そこに何を思ったのか、リリスティがハルクモムに向けて前のめりになって来た。

「あらー?あたし達を前にして心が踊らないのー?悲しーなー」
「え、えぇ!?な、なんか先の会議とは様子が」

リリスティの扇情的な声音に戸惑うハルクモム。
だが、彼女は更に聞いてくる。

「この部下と、私……どっちが好みかなー?」
「総司令官閣下、それは酷いですよ?そちらの中佐は絶対私の方が好みと思いますが……ね
ぇ?中佐……」

なぜかヴィルリエまでもが、扇情的な眼差しのままハルクモムに絡んでくる。
片手はその豊満な膨らみを握りながら、ずいずいと前のめりになって来た。

「あ、あの!エルグマド閣下!この方達は一体どうされたのですか!?」
「ハッハッハッハッ!お二方そろそろやめられよ。わしの可愛い部下が戸惑っておるではないか」

エルグマドの快活そうな声が響くと、リリスティとヴィルリエはスイッチが切れたかのように引き下がった。

「あーごめんなさいねー!最近妙に疲れがたまってたからちと憂さ晴らしにねー」
「こらこら総司令官閣下、陸軍側の将校殿にウザ絡みするのは良くないですよ。まぁやってる方は面白いですけど」

2人は細目になりながら、これまたのんびりそうな口調で言い合った。

663:ヨークタウン ◆oyRBg3Pm7w:2023/09/11(月) 20:51:49 ID:Y.8tkphw0
会議中の2人は、今の2人とは明らかに違っていた。

リリスティは凛とした表情のまま、威厳のある口調で状況を話し、ヴィルリエは理知的な表情を常に張り付かせ、有無を言わさぬ口調でリリスティを補佐し、打開策を皆に披露した。
ハルクモフもレビリンイクル軍団の回収が可能か否かと話す際、ワイバーン部隊と飛空挺隊と合同で、洋上を遊弋するアメリカ機動部隊相手に、陽動目的で攻撃する案はどうかと提案した時も、

「中佐の提案は実に正しいが、現状では非常に困難と私は感じている。大体、西部地域の海軍部隊にそのようなワイバーン部隊を置く事自体、危険であると思われるが」

と、即座に彼の提案にリリスティは異を唱え、

「私も同様と感じます。第一、沿岸の航空隊は陸軍にしろ、海軍にしろ、強大な敵機動部隊相手に正面から立ち向かえる戦力を残していない。今の各地に分散したワイバーン隊や飛空挺隊では、エセックス級ないし、リプライザル級大型空母を複数有するアメリカ海軍に対して出来る行動は索敵と、限定的な防空戦闘のみ。それ以外の事をすれば、部隊は消滅するだけですから、今のまま、嫌がらせ程度に航空隊を動かすだけで良いかと」

といった強かな調子で、2人はハルクモフと議論を重ねた。
短い時間であったが、彼はリリスティとヴィルリエに対して畏敬の念を抱くことになった。


ところが、今の2人からは、そのような冷徹さがすっかり消え失せてしまい、逆に妖艶な雰囲気に満ち満ちていると思いきや、それも引っ込んでしまっている。
その辺の気前のいい、お調子者の若い女が、面白げに遊んでいるような雰囲気になっていた。

「………エルグマド閣下。私は今、精神的に参ってしまいましたが」
「なんだ、これぐらいで参るとは情けないの。退役前は前線でブイブイ言わしとった癖に。のうお二方、こいつはなかなか出来る奴じゃぞ。度胸もある」
「閣下、それ以上はちょっと……」

ハルクモムはオロオロと、気弱そうな表情でエルグマドの発言を制止しようとする。

「なんだ?別にいいではないか。貴公の武勇伝の一つであるぞ」

「いや、武勇伝と言われるほどでは」
「何を言うか!師団長と連隊長を殴り倒したそのクソ度胸は幾らでも誇れるぞ」
「うわわわわ!もういいです!いいですから!」

中佐が両手を振って懇願したため、エルグマドは彼の言う通り大人しくする事にした。

「あー、と言うことは、出戻り組とはそういう……」

何かを察したヴィルリエは、これ以上は彼に突っ込まないと決めた。
しかし、彼女の上司はそれで止まらなかった。

「なぜ殴ったの?まさか……性格が気に入らなかったから命令違反したとか?剣でぶっ殺そうとは思わなかったの!?」
「い、いや……それは……」

ハルクモム中佐は、過去、自分が軍を退役させられたある事件を話そうとしたが、そうなると口が異常に重くなった。

「………」
「中佐?」

唐突に沈黙するハルクモムに対し、リリスティは何かまずい事を聞いてしまったかと思い、心中で後悔し始めたが

「まぁ、要するにだ。こやつは根が優しかったんだ。そうだろう?」
「は、はあ……そうなります」

エルグマドが肩を叩きながらそう言い、ハルクモムも躊躇いがちに返事する。

「今から7年前……ウェンステル戦役での事だ。中佐はこの戦争が始まって以来、常に最前線で戦ってきたが、その日はいつもと違う任務に当たっていた。その任務というのがな、捕虜とは名ばかりの、敵地の一般市民を指定の場所まで護送する事だった」
「確か、私の大隊は1000人の一般市民を護送しておりました。私の大隊は、今まで敵と戦ったあとは、決まって後方に移動し、戦力の再編や再訓練に当たっていました。私は大隊指揮官として出来る限りの事はしました。水や食料を分けて与え、最前線から3ゼルド離れた収容所建設予定地まで護送したあとは、交代の部隊に引き継いで任務を終えたのですが……」

ハルクモムは一瞬、言葉に詰まった。

「……2日後、師団の作戦会議に出席したあと、連隊長から護送した捕虜は国内省の特別隊と共に処分したと伝えられました。反帝国思想の疑惑のある敵を匿い、支援した罪で……!」
「処分って、まさか」

リリスティはふと、自分の背中が凍り付いたように感じた。

「リリィ……帝国はな。この戦争で数え切れない過ちを犯してしまった。その一つが、今、彼が話している捕虜虐殺事件だ。全く、愚かしい事をしてしまったものだ……」
「私は、処分は仕方なかったという師団の幹部達を罵倒した末に、殴り倒したのです。その直後、私は憲兵に逮捕され、上官反抗と反逆の罪を被せられて本国で処刑される予定でした。しかし、そこをエルグマド閣下に助けて頂いたのです」
「わしはただ、当然の事をしたまでだ。どうして、罪の無い人間を殺めた馬鹿を咎める人間を処刑する必要があるのだ?それをするのは、ただの気違いである。と、わしは思っておるがの」

エルグマドはしたり顔でそう断言した。

「ただ、それがお上の逆鱗に触れてしまってのぅ。わしまで左遷されてしまったわ」

彼は苦笑しながら言うが、どことなく自慢しているようにも思われた。

「しかし、今では閣下が全陸軍を指揮する立場になられておられます。小官は、閣下の下で奉公できる事を嬉しく思う次第です」
「またまた、慇懃な口調でいいおってからに。貴官は最初、わしの頼みを断ったではないか」
「あ、あれはいきなり……その……まさか、前の職場で働いている時に、唐突に閣下が現れた物ですからつい……」

リリスティとヴィルリエは思わず顔を見合わせた。

「彼、なんの仕事やってたの?」
「さぁ、あたしには分かりませんが……」

リリスティの問いに、ヴィルリエは幾分困惑気味に答えたが、そこにエルグマドが入ってきた。

「中佐は帝都の商店で、一臣民として働いておったのだ。確か6年であったかな?」
「7年になります」
「7年も……」

リリスティはこれ以上言葉が出なかった。
彼女が艦隊を率いて死闘を繰り広げている間、ハルクモム中佐は軍人から平民に身をやつしてもなお、帝都で商店の店員として働いていたのだ。

「リリィは今不思議に思っておるだろう。なぜ退役した元将校を是が非でも復帰させたのか?と」
「あ、はい!その通りです!」

リリスティは自分の心を見透かされたと思いながらも、素直に答えた。

「それは単純に、中佐の戦略眼が優れていると言う事だ。中佐が退役する前に、わしは何度か直にあって色々と話し合いをしたり、時には簡易ながらも図上演習をして時間を潰したりもしたんだが、その時、わしはこの将校は天才だと確信した」
「いや、天才などとは……私はただ、誰も思いつかないような戦法を即興で実行したり、遊んでいる部隊を適切に配置転換しただけで」
「そこがいいのだよ!正確には、その判断力が鋭い点にわしが惚れ込んだと言う事だ」
「そのような将校が7年間も、帝都の商店で働いていたと……」

リリスティは腕組みしながら呟くと、エルグマドは両手を叩いて付け加えた。

「実にもったいない!だから、わしが情報部に探らせて所在を見つけたのだ!報告を受け取るや、わしはすぐに司令部を飛び出したな」
「それにしても、いくら優秀とはいえ、7年の空白はとても大きすぎたのではありませんか?対アメリカ戦前の帝国軍と、今の帝国軍は大きく異なり、戦争の仕組みも目まぐるしく変わっています」
「そこの所は重々承知しており、昨年12月下旬に復帰してから今もなお、一室をお借りして、日々猛勉強しております」
ハルクモムは、幾分声音を下げながらヴィルリエに答えた。
「会議に参加するようになったのは、ここ最近からですか?」
「最近といえば最近だが……ただ部屋に引き篭もらせていただけではない。復帰して3ヶ月足らずだが、こ奴は既に十分な成果を挙げておる」
「い、いや、あれは成果と言える物では!ただ、私は提言しただけで……」
「その提言のおかげで、我が陸軍は久方ぶりにまともに戦えたではないか」

エルグマドの言葉を聞いたリリスティは、会議の開始前に聞いた影の功労者の話を思い出した。

「あ、エルグマド閣下!失礼ながら……マルツスティの影の功労者とは、そちらのハルクモム中佐の事でしょうか?」
「その通りだ!」

エルグマドは、我が意を得たりとばかりに断言した。

「影の功労者とは、そんな大袈裟すぎますぞ……」

「何を言うか!1ヶ月前の会議で、マルツスティの増援を1個師団ではなく、3個師団……それも、貴重とも言える石甲師団主体にすべきと強硬に発言したのは貴官ではないか。それに加えて、新兵器の携行式爆裂光弾の実戦投入を促したのも貴官だったな。そのおかげで、当初はたった1日も持たないと言われていたマルツスティで7日も競り合えた。後方の陣地強化もそのお陰でだいぶ進んでおる」
「そりゃ大手柄だわ……」

リリスティは感嘆の声を漏らした。

「こやつの手柄はこれだけではないぞ。新式の携行式爆裂光弾だが、当初はマルツスティ方面のみに集中配備する筈だったが、中佐はマルツスティのみならず、唯一残る外地のペリシヴァ方面にも配置するべきと申したのだ。無論、これにはわしも違うぞと言ったが、中佐は頑として配置すべきと申しおった。何故そうなのかと問いただした所、ペリシヴァはある意味、マルツスティよりも脆弱な戦線であり、ここで戦線崩壊すれば、敵は勢いに乗って北進し、最悪はここでも帝国領奥深くに入り込まれ、戦力の融通がより困難になりかねない。それを防ぐ為に、この新兵器を配置するべきだと申したのだ。ペリシヴァは結果的に落ちたが、敵はそれ以上前進することはなかった」
「要するに……敵に新兵器の恐怖を植え付けようとした……と」
「恐れながら、そうなります」
リリスティに対して、ハルクモム幾分はっきりとした声で答えた。

ペリシヴァ攻防戦の詳細は、会議中に他の幕僚から述べられたが、ペリシヴァ地方を守備していた陸軍5個師団は、連合軍機械化軍団の猛攻に押され通しとなっていたが、敵部隊も新式の携行式爆裂光弾の反撃や、一部部隊の必死の抵抗によって大損害を負ったため、攻勢は1日ほど停止、しばしの間空白期間が生まれた。
その間、ペリシヴァ方面軍は一瞬の隙を縫う形で素早く撤退し、後方より後送されてきた部隊と合流しつつ、国境沿いに新たな防衛線を構築する事ができた。
その後、旧帝国領となったペリシヴァには、連合軍と帝国軍が睨み合う形で対峙している。

戦闘後に判明した事だが、敵は新編のヒーレリ政府軍が主力であり、祖国完全解放に燃える敵軍の士気は非常に高く、その攻撃力は凄まじい物があったものの、急造部隊であるためか、練度不足が伺える場面がいくらか見受けられる事があった。
帝国軍は、その敵の隙をつく形で反撃を行ったり、歩兵と戦車隊の連携不足をついて携行式爆裂光弾で戦車や装甲車を攻撃し、その後歩兵と戦闘を繰り広げることで敵の攻勢速度を低下、または撃退し、少なからぬ戦果をあげている。
とある中隊の戦況報告では、対戦車壕でまごつく敵戦車と装甲車を10台以上撃破し、敵兵200名前後を死傷させて撃退させたとある事から、この戦いもまた、従来の戦いと比べて比較的まともに戦えた戦闘であると言われていた。

「中佐の提言がなければ、今頃はどうなっておったかな」

「しかしながら、我が方の損害も甚大です。マルツスティでは少なくとも死傷者2万、ペリシヴァでは3万以上……計5万もの損害が生じ、キリラルブスといった戦闘ゴーレムや支援隊の被害も馬鹿になりません。編成上では1個軍団が溶けて無くなったようなものですぞ」
「うむ、中佐よ。その点はわしも重々承知しておる……まったく、むごい戦争になってしまった」

エルグマドが最後に放った一言が、室内に大きく響いたような気がした。
それを聞いた一同は、重く沈み込んでしまったが……

「……だがな。負けは負けだが……大負けはしなかった。圧倒的に優勢な敵に、これだけの戦いが出来たことは、ある意味大きな成果とも言えるだろう」

深い沈黙を打ち破るのもまた、エルグマドであった。

「さて、わしはこれにて失礼する事にしよう」
「それでは、私も」

エルグマド元帥とハルクモム中佐は同時に立ち上がると、リリスティとヴィルリエに敬礼してから休憩室を退出していった。


その3分後には、ヴィルリエとリリスティも休憩室から退出していた。

「さて、総司令部に帰るとするか。それにしても、陸軍はこの狭い建物によく本部機能を移転する気になったねぇ。合同司令部とは名ばかりで、陸軍総司令部みたいになっちゃってる」
「仕方ないんじゃないですか。陸軍さんは海軍と違って、新しい総司令部の建物が見つからなかったんですから。一応、郊外に穴を掘って地下司令部を作ってるようですし、それまでの仮住まいでしょう」
「地下司令部か……海軍も陸軍に倣って地下司令部にした方がいいかもしれないわね」

リリスティは物憂げな表情でそう呟いた。
彼女が陸軍人事部と案内図が書かれた角をまっすぐ通り過ぎようとした瞬間、その角から不意に陸軍の将校と出くわしてしまった。

「う、うわっ!?」
「あぶな!」

リリスティと陸軍士官はぶつかりそうになったが、咄嗟に避ける事ができた。

「どこ見てんだ馬鹿野郎!」

その将校は、腹立ち紛れに罵声を放った。

「は?誰に物言ってんだ貴様……?」

その瞬間、リリスティは唸るように言いながらこめかみに青筋を浮立たせ、半目で将校を睨みつける。
だが、その将校もさるもので、即座に謝らなかったが……

「貴様だぁ?テメェ、海軍の将校か!一体どういう了見……え?」

将校はリリスティの階級章に目線を送るなり、固まってしまった。

「げ、元帥閣下でありましたか!これはとんだご無礼を!!」

将校は慌てた動作で敬礼する。
相手が元帥であり、しかも罵声を放ってしまった。
驚きと自分の不甲斐なさを感じるあまり、両目を瞑りながら敬礼を続けた。

「全く、大佐ともあろう方が、そんな乱暴な口の聞き方ではなぁ。エルグマド閣下は一体どういう教育をしてるのだろうか」

怒り心頭のリリスティは、震える将校に対して値踏みするかのような口調で言いつつ、その将校の体つきや顔をまじまじと見つめていく。
見たところ、その女性将校はリリスティのような褐色肌であり、体のスタイルはとても良いと言える。
肩までしかないショートヘアは、彼女の右頬の切り傷と、外見でもわかるほどに程よく鍛えられただろう筋肉質な体つきと相まって歴戦の兵士といった風体を強く表している。
それでいて顔つきは十分に美しいと言えるが、残念ながら、その表情は不手際を起こした自分を恥じているせいか、ひどく情け無いものになっていた。
ふと、リリスティは心中で昔馴染みの顔と背格好を思い出し始めていたが、そこにヴィルリエが割って入ってきた。

「ねぇリリィ、この将校って…」
「え、リリィ?」

ヴィルリエが躊躇いがちな口調でリリスティを問いただそうしたが、リリィと聞いた将校がそれに強く反応し、閉じていた両目を開く。
その瞬間、リリスティもまた彼女の名前を思い出していた。

「まさか、ミリィア!?」
「え、そうだけど!?てかリリィじゃん!なんでここに!?」

褐色肌の将校は、驚きのあまり声を張り上げてしまった。

「馬鹿!声が大きい!そうよ、リリィよ。てか、なんであんたこっちにいるの?」
「異動命令を受けたから辞令を受け取りに来たんだよ。てか、あなたヴィルリエじゃない!久しぶりすぎる!つか何その服!?少将に元帥って……」

ミリィアはしばしの間言葉に詰まった。それを見たリリスティとヴィルリエは互いに顔を見合わせる。

「階級で抜かされたから絶望しちゃったかなー?」
「かもね」

2人は小声でミリィアの心中を予想しあった。
その答えは早々に吐き出された。

「遂に階級詐称までやらかすとは!軍の恥!!」
「ふざけんなコラ!」
「広報紙読め!!」

頓珍漢な答えを吐き出した陸軍大佐に、2人の海軍将官はすかさず頭を叩いた。

「そっかー。もう8年ぶりか……」

帰り道、ミリィア・フリヴィテス陸軍大佐は、苦笑しながらリリスティにそう返した。

「昔は楽しかったな。3人でオールフェスらと共に武者修行と称した外国巡り……死にかけた事もあったけど、今思うとそれなりに充実してたねぇ」
「2年かけて5カ国巡るのはしんどかった……なんであんな狂った事ができたんだろうか」

ミリィアが楽しげに喋り、ヴィルリエは幾分憂鬱そうな口調で答える。

「若いからじゃない?16歳から18歳の2年間は、ホント無敵だったねぇ。オールフェスの無茶っぷりはヤバ過ぎて今思い出しても引くわね……」
「イズリィホンの鬼族に世話になった時が一番キツくて、心躍ったかな。あの時の戦いで私自身、結構身になったと思ったよ」
「結構身になったつーか……うーん……身の中にも入ったというか、プスーとなったような」

ヴィルリエは、過去の恐ろしい光景を一瞬思い出し、それを瞬時に振り払った。

「棟梁のおかげで何とかなったし!」
「というかあれはあれでいい経験になったしな!」

対して、ミリィアとリリスティは軽い口調で言い合った後、豪快に笑い飛ばしていた。
ミリィアはリリスティと昔馴染みの間柄であり、オールフェスとも昔から深い付き合いがある。
戦争中は後方勤務と前線勤務を半々の割合でこなしており、対米戦開始時は首都の陸軍総司令部で勤務していた。
1483年12月からは砲兵中佐として前線で戦い、85年1月のレスタン戦で負傷してからは、戦線を離脱して治療に専念してきた。
体の傷が癒えた所で、待命状態から前線勤務の命を受け、辞令交付のために陸軍総司令部へ趣き、その帰り道にリリスティらと再会を果たしたのである。

「しかし、負傷して戦線離脱とは、あんたも運が無かったね」
「気がついた頃には敵が後ろに回り込んでてね、あれこれしている内に腹をぶち抜かれて死亡寸前になっちゃった。一応、意識を飛ばしながら味方の戦線まで歩いたおかげで、命を失わずに済んだ。部下は全滅しちまったけど……」
「貴方の部下の事に関しては、非常に残念に思う。負傷しても生還できたってなると……過去の経験が活きたって事かな」

リリスティは自らの腹を幾度か拳で小突きながら、ミリィアに言う。

「太さは昔の奴のが全然あったけど、痛みはむしろあれが上だった気がする。我ながらよう生き残れた物で……」
「普通は死んでるんだけどね」

しみじみとしながら言うミリィアに、ヴィルリエは勤めて平静な声音で付け加えた。
リリスティはクスッと微笑んでから話題を変えた。

「そういえばミリィ、任地には今すぐ向かうのかな?」
「いや、明日の朝一番に列車に乗って向かう予定。ヒーレリ国境沿いの寂れた町に布陣指定る第119師団の砲兵隊を指揮する事になってる」
「そうか。じゃあ今日はどこかに泊まってから向かうつもりかな」
「その予定だけど、どこかにいい宿ある?陸軍の官舎はちょうど、別の異動組のせいで一杯になっちゃってさ」
「いいとこねー……あ、ミリィ」

リリスティはミリィアの前に歩み出て、彼女の宿先となる場所を教えた。

「宿なんだけど、あたしの家はどうかな?」
「まさか、リリィの家ってこと?」
「そう!」

リリスティが即答すると、ミリィアは躊躇ってしまった。

「いやー、リリィの家はちょっとねぇ……平民出のあたしにはこう……」

しどろもどろになるミリィアだが、リリスティは更に食い込んできた。

「大丈夫よ!昔馴染みじゃない。それにね」

リリスティは右手の握り拳を掲げて、ミリィアに見せる。

「久しぶりにちょっとヤらない?強き者は拳で語るって奴!」
「リリィさん、明日から師団勤務に励もうとする方に、格闘勝負を挑もうとするのはどうかと思いますよ?」

ヴィルリエは眼鏡をクイッと上げながら上司に翻意を促す。

「うるさい!元帥命令じゃ!」
「あたしゃ陸軍でございますよ、提督殿」

理不尽で横暴な文言を吐く海軍元帥に、呆れたような口調で陸軍大佐は所属の違いを言い表した。

「……まぁ、久しぶりに五体満足な状態で会えたんですし、モルクンレル提督のお誘いをお受けする事にいたします」
「えぇ…誘いに乗っちゃうんだ……」

誘いに乗ったミリィアに、ヴィルリエは引いてしまった。

「なーんか、あたしも火がついちゃったね。確か、勝負はまだついてなかったっけ?」
「5勝5敗6引き分け、魔族に操られて死ぬ寸前まで戦った奴も含めたら違うけど、あれは数に含んでないわね」
「やめて、またトラウマが」

さらりと言うリリスティに、ヴィルリエが額を抑えながら発言を制止しようとした。
その瞬間、首都ウェルバンル中に空襲警報のサイレンが響き渡った。

「空襲……!」

先ほどまで活き活きとしていたリリスティの表情が、急に険しくなった。
本日昼頃に入った情報の中に、海軍ワイバーン隊の偵察騎がシギアル方面から東方200ゼルド(600キロ)沖を航行するアメリカ機動部隊を発見したと報告されていた。
敵機動部隊は、昨年12月に首都方面を猛爆した敵艦隊と同じである事は間違いなく、今度もまた帝国本土西岸部の拠点に空襲を仕掛けようとしているのだ。
その目標がどこなのかは定かでは無かったが、こうして空襲警報が鳴っていると言う事は、ウェルバンルやシギアル方面に敵機動部隊より発艦した艦載機集団が、首都近郊に向かいつつあるのだろう。

「リリィ、ミリィ、すぐに防空壕に向かおう!」

ヴィルリエの提案を聞いた2人は即座に頷き、大急ぎで付近の防空壕へ向かった。


2月22日 午後1時 クナリカ民公国

マオンド共和国より分離独立を果たしたクナリカ民公国では、クナリカ臨時政府の協力の下、駐留アメリカ陸海軍基地や飛行場の造成が急ピッチで進み、今年1月末には、クナリカ西海岸に近い港町、オルクヴォント郊外に2本の4000メートル級滑走路を有する飛行場が完成した。
完成後は海軍や海兵隊航空隊の哨戒機や戦闘機が駐留し、クナリカ西岸沖の哨戒活動に従事していたが、2月21日の午後1時になると、海軍のPB4Y、PBM哨戒機とは桁外れと思えるほどの巨人機が、辺鄙な港町であるオルクヴォントの上空に姿を現した。

オーク族出身の若者であるヴィピン・クロシーヴは、その巨人機が飛来するや否や、知り合いの米兵から譲り受けた眼鏡を思わず取ってしまった。
「なんだあの大きな飛行機は!ほ、本当に空を飛んでいるのか」
驚愕の表情を見せるクロシーヴを尻目に、左右に6発のエンジンを有する銀色の巨人機は、轟音を上げながら航空基地のフェンスを飛び越し、優雅とも言える姿勢のまま舗装された滑走路上に着陸した。

「なんて音だ……まるで無数の危険獣が底なしの気力で叫びまくっているようだ」

クロシーヴは、耳を両手で塞いでもねじ込まれるようにして響く轟音にすっかり縮み上がってしまった。
巨人機は1機だけでは無かった。
最初の1機がきっかけ出会ったかのように、新たな1機が姿を現しては、飛行場に足を下ろしていき、しばし間を置くと、更に別の1機が轟音をがなり立てながら着陸していく。
巨人機が次々と現れて滑走路に着陸していく中、クロシーヴは永遠に両手で耳を塞ぎ続けなければならないのかと錯覚した。
同じような機体が10機目を数え、スルスルと滑走路に着陸した時、周囲に響き渡っていた轟音は大きく和らいでいた。

「はぁ……はぁ……はぁ……終わった…のか」

初見参の大型機の飛来に興奮していたクロシーヴは、盛んに周囲を見回し、上空に飛行機が一機もいない事を確認してから、耳から手を離した。
冬にも関わらず、体からは汗が流れており、額もしきりに汗が吹き出していた。
彼は持っていた布で額を拭うと、背中に背負っていた鞄を掛け直してから、飛行場から離れ始めた。

「あれが米兵さんが言っていたコンカラーと言う奴か。10機現れただけであの威圧感なのに、遥かに多くの数が集まり、しきりに攻撃を受けているとい
うシホールアンルの惨状は、一体どれだけの物になっているのだろうか……」

クロシーヴは、巨人機の大編隊に襲われ続けているシホールアンルの惨禍を想像し、身体中の毛が逆立つ感覚に見舞われた。
それと同時に、次に出す自作小説の題材にも使えるのではないか、と思い始めていた。

「あの巨人機をネタに何か書けるかもしれないな。それこそ、前書いた物語よりも、ありとあらゆる意味で深い物が」

ヒーレリ陸軍編成図

ヒーレリ陸軍第1機甲師団

第12戦車連隊
第13戦車連隊
第6機械化歩兵連隊
第1自走砲兵大隊
第2自走砲兵大隊
師団司令部直轄中隊
野戦医療大隊
野戦補給大隊

ヒーレリ第1機械化歩兵師団(第2、第3師団も編成を準拠)

第1機械化歩兵連隊
第2機械化歩兵連隊
第4戦車連隊
第3砲兵大隊
第4砲兵大隊
師団司令部直轄中隊
野戦医療大隊
野戦補給大隊

ヒーレリ第16独立混成旅団

第10混成連隊
第12戦車大隊
第13砲兵大隊
第14多連装ロケット砲大隊
旅団司令部直轄中隊
野戦医療大隊
野戦補給大隊

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