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自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

朱き帝国第16話

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朱き帝國第16話




7月26日  モスクワ 


 徐々に眼前に迫ってくる巨大且つ荘厳な大宮殿を前にしても、エレオノールをはじめとしたネウストリア帝国使節団の面々は傍目にそれとわかるような動揺は見せなかった。
 ここに来るまでに既に驚嘆すべき様々な異界の文物を目の当たりにしてきただけに、どこか感覚が麻痺しつつあるのかもしれない。驚き疲れた、と言い換えてもいい。

(いや、まぁ、それもありますけど……ねぇ)

 エレオノールの首席補佐を務める若者、封土監察院の文官であるシェロー・アプサラスは気を落ち着けるためにゆっくりと息を吸い込み、吐き出した。
 正直、これは驚きの一言で済ませられるものではない。
 これまでに目にした機関車・動力船・ガソリン自動車といった移動機関。移動中に、ソヴィエト側の応対役を務めた役人や軍人との会話のなかで知った異界の巨大国家の存在。
 その総人口は一億を超え、動員能力は一千万に及ぶ。その巨大さのみを取っても十分に列強と呼ぶに値する。加えてその技術力・文明程度は、これまでに自分たちが見てきた限りでは
 大陸に冠たるわが祖国、ネウストリアに匹敵……ことによると凌駕しかねない。
 まぁ人口や動員能力云々はある程度の誇張は混じっているだろうが、技術レベルに関しては自分たちが現物を直接目にしているだけに混じりっけ無しの本物だと理解できる。
 ネウストリアという大陸屈指の覇権国家にあって政府の最エリートというべき情報官をつとめる男が表情に出さぬように心中に留めている感情。それは恐怖だった。

「気分が優れない?」

「いえ…ああいや、そうですね。少しばかり酔ったかもしれません」

「だらしないわね」

 くすり、と笑みを浮かべるエレオノール。だが、その目は全く笑っていない。
 さりげなく、シェローの視界に入るように自身の書類鞄を持ち上げ、そこに縫いこまれた封土観察院の紋章を指でなぞる。
 シェローの顔色が変わった。

「ま、到着までの間に息を整えておくことね」

 そういったきり、エレオノールは窓の外に視線を移した。
 シェローは内心で上司のさりげない気遣いと叱咤に感謝すると、静かに瞑目した。
 
(私としたことが……相手の空気に呑まれすぎですね)

 ここに来るまでに見せられ、案内役の役人や軍人から懇切丁寧な解説つきで紹介されたソヴィエト連邦という超大国の姿。
 外交手法としては古典的かつオーソドックスなやり方だが、初見の相手には実に効果的といえる。
 まぁ、こちらもある程度分かったうえで情報収集も兼ねてソ連側の思惑にのった部分はあるが、いつのまにやら相手のペースに引き込まれていたらしい。
 
(交渉開始前でよかった)

 内心ほっと溜息を零す。

 それからしばらくして、車は静かに停車し、運転席の横に座っている将校が目的地への到着を告げるのだった。


 モスクワ・クレムリンの起源は11世紀後半にさかのぼると言われている。
 史料にあらわれる最初の城壁は1156年、ユーリー・ドルゴルーキーによって築かれた、ということだ。
 クレムリンの誕生はこの年と見ることができる。モスクワ・クレムリンが築かれたのはモスクワ川とネグリンナヤ川の合流点であり、二つの川に守られた要害の地だった。
 この城塞が石造りになったのが1367年、ドミトリー・ドンスコイの治世であったと言われる。
 そして、クレムリンが今日と同じ規模で今日とほぼ同じ外観をもつようになったのは、イヴァン3世の治世時代(1462~1505)である。
 現在のクレムリン建設には多くのイタリア人が関与している。まず、ミラノのピエトロ・アントニオ・ソラーリが、北イタリア・ロンバルディアの進んだ築城術を利用して、城塞の建築に取り組んだ。
 彼は、現在のスパスカヤ塔やニコリスカヤ塔の建築に取り組んだ。
 また、クレムリンの中心寺院でもあるウスペンスキー聖堂の建築にもイタリア人は関係している。ボローニャのフィオラヴァンティは息子と弟子と共にモスクワにやってきた。
 そして、ウラジーミルのウスペンスー聖堂(12世紀建立)にみられる古ルーシ建築様式を学び、モスクワ・クレムリン内のウスペンスー聖堂を今日の形に再建した(1479年)。
 この聖堂はモスクワの大公が、そして、後にはツァーリが戴冠式を行う由緒ある場所となった。ちなみに、聖堂の名称は、聖母の昇天を意味する「ウスペーニエ」に由来する。
 1682年8月7日、ウスペンスキー聖堂ではピョートル大帝の戴冠式も行なわれている。
 その由緒ある大宮殿を今現在支配するのは、赤い労働者たちの代表たるヨシフ・スターリンと、彼が率いるソヴィエト共産党政治局員たちだ。
 血で血を洗う内戦・大粛清を経て反動的な軍部、党内の反スターリン派閥を一切の慈悲なく徹底的にパージ。軍部に対する党・政府の絶対的優位を確立し、強権的な警察国家を作り上げた。

そして、彼ら赤い皇帝と貴族たちは今、これより訪れるであろう来客の到着を固唾を飲んで待ち受けていた。
建国以来最大の危機を迎えた祖国に救いの光明をもたらしてくれるやもしれないネウストリア帝国から訪れる使節団の到着を、ただひたすらに待ち受けていた。




 穏やかな初夏の陽気がモスクワ市街を照らす中、モスクワ中央駅から直行してきた黒塗りの高級乗用車……米国からの輸入車であるパッカード2台が、同じく漆黒に塗装されたエムカ2台に前後を挟まれるようにして赤の広場を抜け、クレムリンの門をくぐり抜けていく。
 まるで敷地内を見学でもするかのように、ゆっくりとした速度で敷地内をぐるりと巡り、クレムリン武器庫を通過。閣僚会館前にゆったりと駐車した。
 敷地内。閣僚会館入口前には儀仗兵並びに手すきの将校が整列し、車内の人物を待ち受ける。

 まず、助手席側のドアが開き、車内から青い制帽にNKVD国内軍礼服に身を包んだ少尉が降り立った。そのまま後部席側に歩み寄り、恰も主人の坐乗する馬車の扉を開く従僕のように、恭しい挙措でパッカードの後部ドアを開けた。
 

 、エレオノールたちが車外に降り立つと、居並ぶ儀仗兵・将校連は完璧な角度で一斉に敬礼する。


     敬礼を送られた方の使節団の面々は、馴染みのないソ連式の敬礼に少しばかり戸惑いながらも、外交使節として戸惑いを表に出すことなく、毅然と足を踏み出した。
     エレオノールを先頭に玄関に向かって進んでいくと、入口前で品の良いスーツに身を包んだ壮年の男が使節団一同を出迎えた。
     
    「ようこそいらっしゃいました。ネウストリア帝国の皆様。私はソヴィエト連邦外務人民委員を務めておりますヴャチェスラフ・モロトフと申します」

     差し出された右手に少しばかり戸惑いながらも、エレオノールはその手を握り返す。

    「先触れもなく、急に押しかけたにもかかわらず歓待をいただき、感謝も言葉もありません。当使節団の団長を勤めておりますエレオノール・カセレスです」

     ときに…、とエレオノールは申し訳なさそうにモロトフを見る。
     ここに来るまでに、首都モスクワで国交を結ぶ旨の交渉を行うことは伝えられていたが、交渉相手がソヴィエト政府内でどの程度の位置にいる人物なのか――それによって交渉の内容・重要性が大きく変わる――は教えられていない。
     外交部の担当官ということは聞いたが……

    「不勉強で申し訳ない。道すがら、貴国の政治体制等については伺ったのですが、今一つ、貴国の職務呼称には馴染みがなく……貴公の外務人民委員というのはどういった職位を指すのでしょうか?」

    「ああ、失礼。そうですな、我が国では閣僚会議のことを人民委員会議と呼称しております。私はそこで副議長及び外交部の統括を任されております」

    「!!……そ、それは」


     使節団の面々の表情が驚きに歪む。これまで全く表情を崩さなかったエレオノールでさえぎょっとした様子で一瞬固まってしまう。
     
    (閣僚……それも副宰相兼外相!?そんな人物が玄関先まで出迎えって……)
     
     帝国の使節としてソヴィエト政府との交渉に臨むのはこれが初めてである。
     当然、エレオノールとしてはソヴィエト政府高官との直接会談・交渉に臨む腹積もりでいたが、いきなりこの展開は予想外だ。
     ネウストリア帝国において外相に限らず、閣僚の地位にある者には宮廷貴族として一代限りではあるがその位階に応じた爵位が下賜される。
     その最高位は侯爵位であり、宰相・副宰相は侯爵位、外相・軍務相・蔵相・内相が伯爵位となる。
     つまり、このモロトフという男は帝国であれば最低でも侯爵以上の大貴族に相当する地位にある、エレオノールからすれば文字通り雲の上の人物ということになる。
     帝国代表などと言っても、所詮は正式なスタッフが到着するまでの間に合わせ。エレオノール自身は実質交渉の意思を伝えるためのメッセンジャーにすぎない。
     まぁエレオノール自身はその扱いにいたく不服ではあったが……結局のところ、彼女は只の特使であり、条約締結などに裁量権を持つ全権大使・全権公使というわけではなく、身分にしたところで平民にすぎない。
     そんな者を出迎えに、閣僚が官邸の玄関先まで出張るなど、厚遇どころの騒ぎではない。
     ソ連側としては『私たちは貴方方との関係をとても重要視していますよ』という意思表示程度のつもりだったのだが……

260 :reden:2012/03/19(月) 20:12:52 ID:wlaiBnjM0
     相手側の予想以上の動揺に、モロトフは内心で眉を顰めた。

    (ふぅむ……少しばかり露骨すぎたか?しかし、この世界の外交儀礼・慣習もロクに分からん状況で、相手に無礼と受け取られては元も子もない)

     モラヴィア王国との交戦開始から既に一月以上が経過しているにもかかわらず、未だ国境沿いの防衛線構築に奔走し、実質国内にひきこもり続けているソ連には異世界についての情報が圧倒的に不足していた。
     この状況をなんとか打破したいスターリンとしては、新たに接触が持たれた未知の異界国家との交渉は何としても成功させねばならない。
     なにしろ、今度の国は問答無用で先制攻撃をしかけてきたモラヴィアとは異なり、平和的な交渉を行う意思があるというのだから。
     今回の会談と、その後あちらの本国から派遣されてくる使節との交渉で、最低でも親書の交換と友好条約の締結を約束させ、できれば大使・公使を交換できる程度の状態に持っていきたいところだ。
     相手国はどうもこの世界でも有数の国力を誇る大帝国らしいが、今ソ連に必要なのは、何よりもまずこの世界に関する情報であり、これを得るためにも現地国家と国交を結ぶことは絶対に必要だ。

     にこやかな笑みを浮かべ、モロトフは使節団一行に改めて歓迎の意を表した。
     交渉を望むソ連側の意に応えてくれた帝国と皇帝に感謝し、得体の知れぬ未知の大陸・未知の国家の首都まで遠路はるばる至った使節団一同の勇気と祖国への献身を讃えつつ、
     自ら大仰に手を広げて官邸内にエレオノールたちを迎え入れる。
     
     ここに来るまでに散々見せつけられたソヴィエト連邦の国力・軍事力を知るだけに、使節団の面々は自分たちがこれ程の厚遇を受けることに違和感を感じていたが、
     とりあえず、交渉に際しては相手側が友好的であるのは望ましい傾向である。
     エレオノールを含め、使節団一行はその表情に微かに安堵の色をにじませつつ、クレムリンの中枢たる館に異世界人として初めて足を踏み入れるのだった。

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