自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

002 第1話

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セイレ暦1481年 10月16日 バルランド王国首都オールレイング

「陛下・・・・・陛下。」

その声に気がついた彼は、考え事をやめて、いつの間にか側に寄って来た国防軍総司令官に顔を向けた。

「ああ、すまない。」
「大丈夫ですか?顔色が少々よくないようですが。」

国防軍総司令官であるグーレリア・ファリンベ元帥は心配そうな表情で聞く。

「大丈夫だ。何ともない。」

彼、バルランド王国王、アルマンツ・ヴォイゼはそう言って微笑んだ。
しかし、その笑みは、いくらか引きつったものになっている。
(無理もないか。ここ数日はまともに寝ていないようだからな)
ファリンベ元帥は、ヴォイゼ国王がなぜ、まともに寝られなかったのか知っている。
いや、ヴォイゼだけではない、ファリンベ元帥も、ここ数日は家に帰っていない。
ずっと、首都の国防軍総司令部に缶詰になっている。
次々と送られてくる情報に指示を下さねばならないから、長く寝入る事も出来ず、
ここ4日ほどは、睡眠時間は3時間しか取っていない。
ファリンベはまだいいほうで、司令部の若手参謀の中には、丸一日睡眠をとらずに働く者も何人かいる。

「それより、新しい情報はないか?」

ヴォイゼ国王は、顎を撫でながらファリンベ元帥に聞いた。
ヴォイゼは、外見は中肉中背の一般的な体系であり、顔は知的な面構えになっている。

身長は120ロレグ(1ロレグ1・5センチ)ほどある。
年は36歳でまだ若いが、数日前と比べると、2,3年は老けたような感がある。

「戦線は大きく後退しています」

そう言って、彼は壁に賭けられている地図を指差した。

「5日前までは、我が王国の国境の前が戦線でした。しかし、今は」

ファリンベ元帥は、羽ペンで赤線の下に黒い線を書き込んだ。
線が所々凸凹し、横線が書き終わる。

「ここの辺りから、ここの辺りが現在の戦線です。」
「そうか。制空権、制海権を敵に取られては、満足に戦えないな。」
「海軍の艦艇もシホールアンルの艦隊には太刀打ち出来ず、ワイバーン部隊も良くて互角に
近い戦闘しか行えません。敵は、武器や兵器、あらゆる面で我らを上回っています。」

戦線は、南大陸と北大陸の繋がった細い地域のガルクレルフでシホールンアンル帝国の攻勢が始まった時に交替し始めた。
当初、ガルクレルフにはバルランド軍と、南大陸連合軍の合計、14万がいた。
シホールアンルは20万の大群で一気に押し寄せた。
攻勢開始から半日は、双方とも激烈な戦闘を繰り広げ、戦線の後退も0.5ゼルド(1.5キロ)しか起きなかった。
ところが、夕刻寸前になって、突如、ガルクレルフより6ゼルド南の港町に突然、シホールアンルの大船団が出現した。
ここの防備は、10000名の部隊しかおらず、輸送船に乗って来た合計7万の軍勢の前に、あっさり防備を突き破られた。
南大陸連合軍は、シホールアンル側の後方の強襲上陸を警戒して、東海岸に5万の兵を配備していたが、
シホールアンルの上陸軍は西海岸に上陸、後背をつく形で出張ってきたシホールアンルの別働隊は
快進撃を続け、翌10日には上陸軍が東海岸配備軍と、国境配備軍の後方、そして補給路を攻撃し、寸断してしまった

早朝には、シホールアンル海軍の巡洋艦、戦艦部隊が沖合いから艦砲射撃を加え、
しまいには竜母のワイバーンをも引っ張り出して国境警備軍を叩きまくった。
10日の夕刻に、国境警備軍の残存部隊は、シホールアンル軍に戦線を突破、包囲されるのを恐れて、
戦線を10ゼルド後退させることを決定した。
その事が住民に伝わると、住民はパニックを起こして、誰もが一目散に南に逃げようとしたため、
街道上は人で埋まり、南大陸連合軍の後退も遅れた。
結果、国境警備軍は残存部隊9万のうち、上陸軍に包囲の輪を閉じられるまで脱出できたのは、わずか3万のみであった。

12日には、バルランド海軍第2艦隊の巡洋艦、駆逐艦部隊がシホールアンル軍と決戦を行ったが、
シホールアンル艦は最低でも14リンル(1リンル2ノット)出せるのに対し、バルランド艦のスピードは速いもので14リンル、
遅いものは10リンルと、スピードが遅く、砲も巡洋艦で6門、駆逐艦3門のみ。
それに対し、シホールアンル艦は巡洋艦で主砲6~8門、駆逐艦で4門装備しており、劣勢は明らかであった。
バルランド側は、巡洋艦1隻と駆逐艦3隻を撃沈したが、逆に巡洋艦5、駆逐艦7隻を撃沈され、ガルクレルフ沖から蹴散らされてしまった。
南大陸での初めての決戦で、南大陸連合軍は大敗を喫したのである。
悪い報告はそればかりではなく、16日の早朝には、敵の竜母艦隊がミスリアル沖に出現し、
その艦載ワイバーンで爆撃を行ってさんざん暴れ回った。
戦線は後退を続け、今ではガルクレルフから30ゼルド離れた地点にまで下がってしまった。
陸軍の装備は、南大陸連合軍とシホールアンル帝国軍共に似たようなものだが、
それを支援するワイバーンや海軍が、南大陸連合軍のものと比べるとかなり進歩している。

「ファリンベ。もしだよ?もし、このままの調子で進んで行ったら、1ヵ月後には戦線はどのくらいだ?」
「1ヵ月後には、ここでしょうか。」

ファリンベ元帥は黒い横線の下に新たな線を引いた。
その横線は、なんと、同盟国であるミスリアルの国境を大きく越えていた。100ゼルドも後退している。

「1年後には?」

「1年後・・・・・・でしょうか?」

フォリンベに戸惑いの表情が見られる。彼は、1年後の戦線を書きたくなかった、なぜなら・・・・

「かまわない、書いてくれ。」

ヴォイゼ国王は凛とした口調で言い放った。
「俺は知りたいのだ。1年後には線が、どこまで下がっているか。」

ファリンベは、言われるがままに書いたが、書き終わって、彼は後悔した。
なぜなら・・・・

「悪くて海。よくてレルペレか。」

この線には、バルランドは入っていないのだ!

しかも、レルペレとは、南大陸の南端からわずか200ゼルド、同盟国、グレンキア王国の首都である。
南北1100ゼルドもある南大陸が、わずか1年で、シホールアンルの支配下に置かれるか、大部分を占領されているのだ。

悪夢。

まさにそうとしか言いようがなかった。

「下手すれば、もっと早まる可能性があるな。シホールアンルは、竜母やワイバーン、
飛空艇の新型を開発し始めているし。」
「陛下。お言葉ですが、地の利はこちらにあります。シホールアンルの進撃を止められないまでにしても、
侵攻速度を遅くする事は可能です。」
「遅くはなるな。」

ヴォイゼ国王は頷いた。

「だが、勝てる事もない。こっちにも、シホールアンルと同じような艦隊か、新兵器がない限り、
現状では無理だろう。シホールアンルの首都にいる、あの皇帝の首でも跳ねれば、話は変わるだろうが」

彼はそういい終えると、頭を抱えた。皇帝と言う言葉に、特に憎しみが込められていた。

「唯一、こっちにも精強な軍や、頼れる同盟国がいることがいくらか救いだな。」
「特にミスリアルが同盟に着いたのは幸いでしたな。かの国は、魔法に関しては世界一ですからな。」
「ミスリアルの連中が、何かいい魔法でも作ってくれればいいが、それを作るとしても、時間は無いだろう。
魔法の新開発には数ヶ月掛かるからな。その間に、シホールアンルに攻め込まれて、魔法技術もろとも
取り込まれるのがオチだろう」

言い終えると、ヴォイゼは気が重くなった。

「後は、ミスリアルと共同で考案した、あの大魔法しかないのでしょうか。」
「それしか、方法はあるまい。」

国王は、大きくため息を吐いた。

「使用した事もない、新開発の魔法に頼るとはな。私としては、気分は複雑なものだよ」

そうぼやきながら、彼は玉座から立ち上がり、窓に顔を向けた。
窓の外の空模様は、曇っていた。


                   星がはためく時


1941年 10月17日 午前10時 ワシントンDC

ワシントンDCは1801年に、建国の父であるジョージ・ワシントンの名を文字って付けられた。
ワシントンDCは首都であるため、様々な国家機関が集中している。
そして、国家にはかけがえのない機関のひとつ、国務省の中に、待ち人はいた。
その待ち人は、合衆国国務長官、コーデル・ハルである。
ハルは、時計に目をやった。午前10時5分前だ。

「もうそろそろか。」

そう呟きながら、彼は書類に目を通し続けた。
彼の顔つきは、温和そうでありながら、眼は鋭く、顔には皺が深く刻み込まれているが、
それがかえって、狡猾な政治家という印象をかもし出している。
今年で60歳になるが、それとは思わせぬほど元気で、仕事も速くこなす。
国務長官は、33年に任命されて以来ずっと務めている。その為、今年で8年近く努めている事になる。
国務省の職員達は、影で国務省のことをハルの家と呼んでおり、ハル自身も、

「まるでここは私の家みたいだな」

とぼやいていた。
時間は流れ、10時になった。
ドアが開かれ、若い男がドアを開けた。

「国務長官。野村大使がお見えになりました」
「わかった、通してくれ」

ハルはそう言うと、目を通していた書類を側に置き、野村大使が来るのを待った。
さほど時間はかからず、スーツを着た野村吉三郎大使が現れた。

「おはようございます、ハル長官」
「大使閣下、よくぞおいでくださいました。」

ハルは席から立ち上がって野村大使に握手を求めた。
野村大使は微笑みながら、ハルと握手を交わす。

「ワシントンも、ここ最近は涼しくなってきましたな。」
「ええ。お陰で、最近は暑さに煩わされなくなりました。」

野村大使はそう返事した。

「同感です。扇風機も必要なくなりましたから、電気代も少しばかり節約できるようになりましたよ。
では、席にお座り下さい。」

野村は頷いて、執務机の前にある用意された椅子に腰を降ろした。

「ハル長官、本国政府は先日、このような文書を送ってきました。」

野村大使は、カバンから紙を取り出し、ハルに手渡した。ハルはそれを取って、黙読した。
日本大使館から会談の打診があったのは、3日前の事である。
ハルは17日の午前10時に会談を行うと、日本大使館に解答した。

「この文書からすると、日本は中国から撤兵し、満州に迫るソ連に撤収した兵力をぶつけたい。
その際、去年の9月に発せられた必要物資の禁輸を解除してもらいたい、との事ですな?」

「はい、そうです。ソ連と開戦して10ヶ月になりますが、我が軍は勇戦敢闘し、ソ連軍を満州からたたき出しました。
しかし、国境付近のソ連軍は時折、満州に攻め込もうと軍を押し立ててきます。しかし、備蓄物資が、
特に石油があと1年しか残っておらず、これ以上ソ連との戦争が長期化すれば、我が陸海軍は軍艦や戦車、航空機などに
燃料を入れることが出来なくなります。」
「イギリスが貴国に対して行った制裁措置はもう解除されていますが、もらえる石油は予想より少ないと聞いています。
イギリスとフランスは、ドイツ、イタリアとの戦争に忙殺されておりますからな。必然的に、物資はヨーロッパ方面に
優先され、貴国の分は少なくなる。」
「優先的に回した物資すらも、大西洋やインド洋でUボートに襲われているありさまです。
これでは、わが国がもっと石油を欲しても、必要量に届く事はないでしょう。」

2日前、大西洋を航行していたイギリスのPA34船団の輸送船40隻が、
何十隻というUボートにたかられ、全滅してしまった。
英側も、9隻のUボートを撃沈したものの、イギリス本土、フランスに届くはずであった物資は、
大半が海底の底に沈んでしまった。
それ以前にも、Uボートの被害は続いていたが、このような大損害は2ヶ月ぶりである。
フランスで激戦を続けるドイツとイギリス、フランス軍はパリの手前でこう着状態に陥っている。
ポーランド戦で真価を発揮したドイツ機甲師団も、イギリスやフランス軍のなりふり構わぬ必死の抵抗の前に、
戦力を消耗するだけであった。
夥しい犠牲者を出しながらも、双方とも戦局を大きく動かすチャンスは見出せていない
いっぽう、極東では、突然日本の空母鳳翔がソ連潜水艦に撃沈され、それが合図だったかのように満州や南樺太に
侵攻したソ連軍は、日本軍の必死の防戦に大損害を出している。
一番悲惨なのは、ソ連太平洋艦隊と日本連合艦隊の戦いで、日本側の空母機動部隊の一撃で、
ウラジオストックの艦艇の半分、軍事施設は叩き潰され、艦隊決戦ではソ連艦隊は日本側の重巡、駆逐艦各1隻を沈め、
戦艦金剛を大破出来ただけで全滅させられた。

ソ連も新型のT34やKV-1重戦車などを押し立てて、機甲戦力で関東軍を潰そうとするが、
日本側は航空部隊もぶつけて応戦するため、ソ連側の方が日本側の損害を上回り、10月の始めに
行われた日本側の陸海共同反攻でソ連軍は国境の外に押し出された。
しかし、ソ連側も諦めるつもりはなく、未だに国境線付近で激戦が続いている。
こうした中、日本側は欧米諸国の禁輸政策の影響で、物資が払底しつつあった。
イギリスとの禁輸は解除されたものの、実際には予定量の半分か、7割程度の物資しか届かず、
これではとてもではないが、戦争を続けるのは苦しかった。
そこで、禁輸が行われる前に、物資の大半を取引してきたアメリカに頼み込んで、禁輸を解除してもらおうと、
野村大使を通じて頼み込んできたのだ。

「確かにそうでしょう。ソ連のあの指導者の性格からして、手を緩めればどっと、赤旗の軍団が
雪崩れ込んできますからな。フィンランドやバルト三国の例がそうです。」
「ソ連には、全く困らされています。」

野村大使は、辛そうな表情でため息を吐いた。
この日ソ戦争で、日本は満州を一応奪い返したが、南樺太は完全に失ってしまった。
南樺太にいた守備軍は玉砕し、在留邦人は半数が本国に帰らぬまま、樺太の地に残された。
ソ連軍の侵攻スピードがあまりにも速いため、逃げ切れなかったのである。

「気持ちはよくわかります。本来、大統領閣下はソ連に親しみを覚えていたのですが、
貴国に戦争を吹っ掛けた時には流石に驚かれておられました。欧米諸国や、わが国の国民にも、
日本に同情するものは少なくありません。」
「そうですか。」

野村大使は頷いた。

「現在、南樺太付近には、連合艦隊の艦艇が常駐している為、ソ連側は千島を攻めあぐねております。
しかし、禁輸が続いている今の現状では、この艦隊も動かなくなり、やがては抑止力としてはなくなるでしょう。」
「よく分かりました。」

ハルは大きく頷いた。どちらかというと、ハルも今回のソ連の暴挙には批判的であり、

「合衆国の敵は日本ではない。第1にドイツ、イタリア、第2にソ連だ。」

と影でそう言っている。

「大統領に打診してみましょう。」
「ありがとうございます。」

野村は深く頭を下げた。
「禁輸さえ解除されれば、わが国もいくらか、戦争がやりやすくなります。ハル長官、どうか、よろしくお願いします」
「わかりました。」

ハルも頷き、野村大使との1つめの協議は無事に纏まった。

午後3時20分 ホワイトハウス
「そうか。」

ハルの報告を受け取った、フランクリン・ルーズベルト大統領は、ハルの報告を、手渡された文書を見ながら聞いていた。

「日本側は、わが国の禁輸を解除してくれと頼んできたか。」
「このような申し出をするほど、日本側は逼迫しているのでしょう。」

ハル国務長官の言葉に、ルーズベルト大統領は頷く。

「そして、2つ目の案が、近衛首相が私と腹を割って話し合いたい、との事か。」
「近衛首相は、悪化した日米関係を元に戻そうと奮闘しておられているようです。」
「彼が頑張っている事は、私もよく分かるよ。」

ルーズベルトは新聞の切り抜きを取り出し、それを見た。2ヶ月前の新聞だが、その文面には、

日本の近衛首相、暴漢に襲われる!

という見出しがあり、男が取り押さえられ、近衛首相が護衛に囲まれて引き離されようとしている写真がある。
後の報道では、この暴漢は右翼の青年であると報じていた。

「この時は、右翼の差し金が襲ってきただけのようだが、この差し金がいつ、日本の軍部に変わるか、
近衛首相も日々恐れているだろう。」

ルーズベルトは、新聞の切り抜き記事を置いた。

「しかし、それを敢えて押さえ込み、自分のやるべき事をやろうとしている姿勢は評価に値するだろう。」
「私も同感です。」
「国民も、日本にはいくらか同情的だろうし、ここで日本に恩を売るのも悪くはないと思う。
幕末の開国以来、時には友好を深め、時にはいがみあってきたが、今の時期、情勢は昔と大きく変わった。
ここはひとつ、近衛首相と色々話をしてみたいものだな」
「では、大統領閣下。」

ハルが歩み寄る。

「私は、もともとロシアが好きだったが、ここ最近のソ連の行動を見て、アンクルトムには愛想をつかしたよ。
ハル、野村大使に禁輸及び首脳会談の件について、よく検討し、1週間後には回答すると伝えてくれ。」

ルーズベルトはそう言った。
ハルは、わかりましたと言って、執務室を出て行った。

1941年 10月17日 カリフォルニア州サンディエゴ

カリフォルニアの空は、心地よいほど晴れ渡っていた。
「いい天気だね。仕事でなければ、ビーチでひと泳ぎしたいものだよ。」
太平洋艦隊司令部の窓から、真珠湾港を見渡していたハズバンド・キンメル大将は、
隣にいるジェイムス・リチャードソン大将に話しかけた。

「気に入ったかね?」
「ああ、気に入ったよ。何分、北部とは違って、ここでは冬に面倒な雪かきなどやらんで済むからね。」

そう言って、二人はハハハハと笑い合う。
2人は椅子に座って、話を続けた。

「それにしても、1年前には太平洋艦隊の司令部をハワイに移すと言われていたが、
今でもこのサンディエゴにへばりついたままだな。」
「日本軍がソ連相手に精一杯だからな。上層部は日本が予定していた、南方資源地帯への侵攻が出来なくなった事で、
当分は基地施設の移転は必要ないと踏んだのだろう。」

リチャードソン大将はそれでいいと言わんばかりの表情だった。

それを、キンメルは感じ取った。

「君は、どうもハワイ移転が取り止めになってホッとしているようだが?」
「ホッとするもなにも、っと、口で説明しても少し分かりにくいだろうが」

そう言いながら、リチャードソンは執務机に戻って、引き出しをがさごそと探った。
探してから20秒が経ち、

「あった。」

彼は何かを引っ張り出した。それは少し大きめの写真だった。

「これが、移転予定地の真珠湾だ。よく見てみろ。」

彼はある所を指した。そこは、海から真珠湾港に繋がる水道だが、その幅は狭い。
それでもまだいいほうで、西入江に入るほうの入江はさらに狭く、ここに輸送船や大型船を沈められてしまえば、
西入江は港としての機能を喪失してしまう。

「こんな狭い水道しかない泊地なぞに、大艦隊を収容するなど、私には怖くてしかたがないよ。
空襲はなしにしても、船が座礁しただけで、機能は著しく制限されてしまう。」
「しかし、パールハーバーの浅海面は低いぞ。爆撃機にはやられるかもしれんが、
軍艦の宿敵である雷撃機にはやられないと思うが」
「だが安心はできんよ、キンメル。」

リチャードソン大将は鋭い目つきでキンメルを見つめた。

「タラントでは、イギリス海軍が空母艦載機でイタリアの戦艦1隻を轟沈させて、1隻を大破させている。
タラントの浅海面はパールハーバーとあまり変わらん。正直言って、安心はできんよ。」

そう言って、リチャードソンは背もたれによりかかった。

「なるほどな。よく分かったよ。」

キンメル大将は納得したように頷いた。
確かに、真珠湾は軍港にはもってこいの泊地であろう。
しかし、このような問題面もあるとなると、軍港としての価値は一気に下がってしまう。

「この事は大統領に知らせようとしたのかね?」
「知らせようとはしたが、ワシントンではゴタゴタが続いていて、伝えようにも出来なかったのさ。
今年の2月に直接伝えようとしたら、ハワイの移転は取り止めになったのだ。
まっ、私としては、移転取り止めは正解だと思う。」
「つまり、君の願いがかなったと言う訳か。」

そう言うと、リチャードソンは苦笑した。

「移転しろと言われたらやったはずだけどな。軍人は命令を守るのが仕事だから。」

そう言って、リチャードソンはコーヒーすすった。

「さて、キンメル新長官、太平洋艦隊の事は頼んだぞ。」
その言葉に、キンメルは頷いた。
「これからの時代は、戦艦よりも空母、航空機の時代だからな。欧州の戦局がそれを如実に現している。」
「俺も充分承知しているよ。」

キンメルは深く頷いた。欧州の戦いでは、大艦巨砲主義者を失望させるような事が何度も起きている。
戦争が始まって半年後の40年2月には、ドイツの装甲艦リュッツオウがイギリス空軍の雷爆撃で撃沈され、
8月にはイタリアの戦艦チュリオ・チェザーレがフランス・イギリス軍機に攻撃され、大破。
11月にはタラント奇襲でコンテ・ティ・カブールが沈没し、カイオ・デュイリオが大破した。
12月には、英戦艦バリアントが独・伊空軍の爆撃を受けて大破し、イタリア潜水艦に止めを刺されて沈没した。
41年5月には通商破壊に出港したドイツ戦艦ビスマルクが、英巡洋戦艦フッドを撃沈し、プリンス・オブ・ウェールズを
たたきのめして蹴散らしたが、復仇の念に燃える英空母部隊や英空軍に袋叩きにされた。
ビスマルクは23機を撃墜したが、必死の防戦空しく、魚雷12本、爆弾13発を受けて撃沈されてしまった。
このように、もはや戦艦の優位性は消失しており、海軍の主流は戦艦から航空機に移りつつある。

「しかし、合衆国では相変わらずサススダコタ級やアイオワ級などの戦艦を作っている。
未だに大艦巨砲主義信じるものが多いようだ。」
「リチャードソン、確かにそうかもしれんが、アイオワ級やサウスダコタ級は、これまでの戦艦と違って、
ノースカロライナ級のように28ノットのスピードが出せる。この間、ハルゼーから聞いたのだが、
海軍上層部には、この3種類の戦艦を、対空火器を増強した機動部隊随伴戦艦にするようだぞ。」
「機動部隊随伴戦艦か。」

リチャードソンは納得したような表情になった。

「確かに、航空機の威力が高くなった現在では、対空火力の充実が求められる。
そのような戦艦に護衛されるならば、空母も被害が軽減できるかもしれないな。」
「そうだろうな。しかし、」

キンメルは苦笑する。

「俺としてはいささか寂しいものだね。昔から艦隊決戦が夢だったのだが。時代の流れは速い。」

「これからの太平洋艦隊司令長官は、軍艦上で指揮を取るより、陸上施設で指揮を取る時代かもしれないな。」

そう言って、2人は頷きあった。

「おっと、長話をし過ぎたな。それでは、後はよろしく頼んだぞ。」
「分かった。」
「艦隊司令官の中には、個性のあふれる奴が多いが、そこはうまく手綱を引き締めてくれ。
特にハルゼーはいささか熱すぎる男だ。注意しろよ。」
「なあに、あいつとは同期だ。同じ釜の飯を食った仲だから、奴の性格は知っている。
うまくあしらってやるよ。」

そう言うと、2人はまたもや笑いあった。

1481年 10月18日 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

「ねえ、君。俺とお茶しないかい?」

露店のパン屋で売り子をしていたミーリ・レルベイは、突然現れた若い男に困っていた。

「い、いや、お客さん。自分は仕事中でして。」
「仕事しすぎたら、ストレスが溜まりまくっていけないぜ?
それよりは、少し一息をついて1時間ほど話でもしようよ。」

若い男はそう言うと、彼女に微笑んだ。
外見は優男に見え、顔立ちはへらへらしていて体つきは少し細い。
亜麻色の長髪を後ろで結っていて、服は上が白の長袖、下が紫色のズボンと、普通のものをつけている。

「そんなあ、まだお昼が終わったばかりですし、それに、お父さんが許すかどうか。
それに、2週間前も同じような事をいったような気がするんですけど?」

少女はためらいがちに言う。

「おっ?覚えててくれたんだ!いやあ、自分としては嬉しい限りだね!
ひょっとして、君も俺の事を気にしているのかな?」
「い、いやあ・・・・あはははは。」

ミーリはいささか困って苦笑を浮かべた。
そこに、

「お客さん。いつもいつもどうも。今日も外をぶらりと回られているので?」

奥から快活な声が聞こえてきた。彼女の父親がこの男に声をかけたのだ。

「やあ、久しぶりだね。調子はどう?」
「上々ですよ。」

父は笑って答えた。

「頼みがあるんだが、この子を少し借りていいかな?」
「い、いや。それは少し困りますなあ。」

と言って、父親も困ったような表情をする。
何しろ、相手があれだから、そう簡単に答えていいものか。
それ以前に、

「ちょっと。」

後ろから別のフード帽の男が近付いて、その優男に声をかけた。

「ん?ああ。」

優男とフード帽の男は何かを耳打ちした。
すると、背を向けていた優男は大きく頷き、小声で返事すると、フード帽の男は去って行った。

「済まないねえ、待たせて。さっきの件だけど、今日はいいや。
君のやっている仕事もこの店にとっては大切だからね。邪魔してごめんよ。じゃ!」

そう言って、優男はどこかに行ってしまった。

「ふぅ~。面白い人ではあるんだけど、こんな市場をぶらぶらしてていいのかな?」

ミーリはため息混じりにそう言った。

「いいんじゃないのかな?もともと、ああいう人だし。最初は驚いたが、何年も経つと慣れるものだなあ。」

父親はしんみりとした表情で言う。

「あれから7年か。あの人は身内にはこうして優しいけど、敵に対しては過酷に扱うからな。
しかし、ああしている事は、余裕があると言う現れなんだろう」
「一国の皇帝陛下が、首都をぶらり歩き回るなんて、前代未聞よね。」

ミーリはそう呟くと、気を取り直して売り子の仕事を再開した。

「早速、敵の重要防衛線にぶち当たったか。」
「ええ。現在、竜母部隊の艦載ワイバーンが事前爆撃を行っています。
南大陸連合軍のワイバーンも出撃していて、現場は激戦の様相を呈しているようです。」
「この事は既に予想済みさ。あとは、南大陸連合軍の防衛線が何日持つか。見物だね」

亜麻色の長髪の若い男。

シホールアンル帝国皇帝オールフェス・レリスレイは、不敵な笑みを浮かべながらそう呟いた。
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