昇り始めた太陽が恨めしい。
今の今まで僕を照らすことなく日陰者にしてきた張本人はしたり顔でスポットライトを当て、表舞台に引きずり出した。
睨み付けるように顔をあげるとそんな僕を非難するように容赦ない光が脳をチリチリと焦がす。
立ちくらみを感じ思わず立ち止まる。
すべてのものに公平なはずの太陽さえも僕に圧力をかけているかと思うのは被害妄想だろうか?
そう思い、惨めであろう自分の姿を想像すると自虐的な笑みがこぼれた。
第一回放送を聞いてから一時間ほど。現在僕は進路を西にとり、線路か政府公邸を目指して歩き続けている。
先ほど存在に気づいた写真の同行者、吉廣氏には申し訳ないが彼にはポケットの奥底で黙って貰っている。
正直なことを言うと僕はまだ結論をだしてない。将来協力者になる可能性のある彼の機嫌を損なうのは頂けないがそれでも慎重な判断をすべきだと僕は思った。
それは吉廣氏が述べたことがあくまで彼『だけ』の話であり、あくまで彼の主観的な話であること。
吉廣氏が言った絶対に殺しあいに乗らない仲間、
吉良吉影。
幸運なことにこの世界に来てから僕はいかに『絶対』というものが脆いか思い知ることができた。
そう考えると吉良吉影という人物が吉廣氏の言ったとおり『殺し合い』に乗らないか、どうか怪しいものだ。
仲間一人の証言をどこまで信じられるかだろうか。それこそ吉廣氏の言葉しか信用すべきものがないのにそんな相手に命を任せるなんて愚の骨頂だ。
何処の誰かのように生き残ることを強いられ、頼るものもなくし、仲間を失った者はこの舞台では容易く変わる。
なぜならこの僕、
パンナコッタ・フーゴがそうだから。
そしてもう一方。
強盗、殺人、横領、暴行などなど…。彼の話を信じるならご対面はぜひとも遠慮したい。
吉廣氏が被害者側であり、多少の誇張表現が含まれていたとしても犯罪という分野に関わってることは間違いない。
危険人物である
空条承太郎、及びその仲間たちがたとえチンピラのような分際であったとしても僕としてはそんな野蛮な人間に関わるのはゴメンだ。
…だからと言ってその集団が必ずしもこの舞台では『悪』とは断定できないけれども。
なぜなら僕たち、パッショーネのギャングだってそうだから。
ブチャラティ、アバッキオ、ミスタ、ジョルノ、ナランチャ…。
彼らは僕と違う。困難が立ち塞がろうとそれから逃げることなく向かっていく。それがどんなに巨大な壁であろうと。
彼らは僕と違う。正しいと思う道を、進むべき道を切り開いていく。それがどんなに困難なものであっても。
『オレは“正しい”と思ったからやったんだ。後悔はない……こんな世界とはいえ、オレは自分の“信じられる道”を歩いていたい!』
『“鍵”を渡すことはない。そしてフーゴもアバッキオも無事でみんなのところに帰る!』
『この国の社会からはじき出されてよォーー…。俺の落ちつける所は………ブチャラティ、あんたといっしょの時だけだ………。』
『よお………オメーか、フーゴ』
『オレに“来るな”と命令しないでくれーーーーッ!トリッシュはオレなんだッ!オレだ!トリッシュの腕のキズはオレのキズだ!!』
痛む頭を押さえる。直射日光から守るように目を日陰で覆うと僕の足はまた動き始めた。
時々僕は自分の頭脳が恨めしくなる。IQやらなんやらで人の可能性を決めつけるのは嫌だが、客観的に見たら僕は賢い部類に含まれるのだろう。
だったら、と願う。
僕はどうしてもっと聡明じゃないのだろうか?
或いはどうしてもっと間抜けじゃないのだろうか?
ああ、わかってるさ。悪態を吐きたくなるのを堪える。ここで言ったらそれは即ち自己否定になるだろう。
それでもわかってしまう。本心を客観的に見つめてしまう。
それが見えなければいいのに。
それが客観的でないと心底否定できればいいのに。
結局の所僕は脅えてるにすぎない。
決断を先伸ばしにしたのはどちらにでも都合が良いときに付けるようにとの下心からだ。
都合がいいほうに味方できるようにだ。
決断してしまったら……ゲームに乗ったとしたら……もう戻れないのだから。
一ヶ所に留まって参加者最後の二人になるまで待つという選択肢を取り上げられた僕はもうどうすればいいかわからない。
それが唯一の道だと、なけなしの勇気を振り絞った僕にはその道しか選べないように思えたのに…。
それを荒木は許してくれなかった。
殺すことも殺されることも御免だ。
人影に脅えてビクビクするのも勘弁だ。
それでもそうするしかないんだ……。
堪えきれなかった感情は溢れて口をつく。
「僕は……死にたくないんだ………」
歩くことに取りつかれたように僕の体は動き続ける。
意図せずとも漏れた呟きは誰に届くこともなく消えた。
嫌なんだ。
恐いんだ。
死にたくないんだ。
誰か助けてくれ。
不意に聞えたその声は天使の助けか、悪魔の囁きか。
「やあ」
ああ、確かに求めたさ。
「死にたくないんだ、って?」
助けてくれ、と願ったさ。
どうにかしてくれ、と思ったさ。
「それだったら…取引しようか?パンナコッタ・フーゴ君…」
けどこれは冗談キツいだろ?
目の前に聳え立つ政府公邸を背景に突如現れた男。
ゲームマスター、荒木飛呂彦。
選択する権利さえ奪われた僕はもう、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
◇ ◆ ◇
「そう急かさないでください。警戒を緩めるにはここは危険すぎます。常に気を張って、ほんの少しの気配でも感じたら……」
「わかってるって、花京院。それにしたってこんな時間に襲いかかってくるような奴はいないと思うぜ?せっかくのお天道様だってのに…もっと楽しまないとなッ!」
「ちょっと、
グェスさん!…まったく………」
ため息と駆け出したあたしのあとを追いかけるような靴音が聞こえて思わず頬が緩む。
だらしない表情を曝してると頭で理解しながらもあたしはそれを変えることができなく、ただ花京院にそれを見られないようにまた少し足を速めた。
まったく…ハイスクールの女生徒じゃねーんだからと、今まで散々馬鹿にしてきた極めて『女の子』らしい行動に我ながら呆れる。
家族や知り合いにこんな光景を見られようものならそれこそこめかみにトリガーを突きつけてバン!だ。
言うまでもなく突きつけるのはあたし自身のこめかみだけど。
後ろからやって来た人影を横目で確認する。ちらりと視界に映った男…青年は息を弾ませながらあたしの横に並んだ。
平均身長よりやや高い、それでいて華奢な体。
呆れと心配からかすこし皺をよせた顔は男と言えどどこか美しくある。
なによりもその気高く孤高に輝く瞳はあたしにエメラルドを思い起こさせた。
「……?どうかしましたか?」
ばっちりとあたしと目があった花京院が聞いてくる。
キラキラ緑色に輝くお前の眼に見とれてた、なんてことを初なあたしが言えるわけもなく慌てて取り繕ったような言葉を返した。
「ああぁ…と…、えぇと…。そーいえばまだ朝食をとってないなぁー…ってな、思って。それで……」
上ずった自分自身の声を聞いてあたしはますます焦った。
こんな調子じゃ顔も赤くなってるんじゃないかと思い、それを隠すために平静を努めてに俯いた。
それでも花京院の奴は話しかけてくる。石を蹴飛ばし妙にぎこちないあたしに気を使って話しかけてるんだとしたら……くそ、意外に鈍いやつなんだな………。
あたしたちは今、政府公邸を目指して向かってる。
日記をパチったあたしの行動に花京院は最初、おおいに怒りを示した。
曰く『なんて危険な真似をッ!こんなことをしたら今すぐにでも荒木が取り返しに行動を起こすかもしれない……!』とのこと。
ただその一方で『貴女の行動は気高く勇気ある行動でした。誇りを持つべきでしょう。』とのこと。
別に誉められたかったからパチったわけじゃないし…ただ自分の手癖の悪さが出たっていうか…。
まぁ、誉められて嫌な奴はいなく、あたし自身もその大多数と一緒で満更でもなかった。
日記は荒木のスタンドによって細工が施されたのか開くこともできなかった。
そして花京院が言うにはだからこそ良いらしい。
『それだけ必死に荒木が隠したいものとは…』
そう言ってぶつぶつ呟いた後、最も近くにある施設、政府公邸で詳しく調べたいとの事をあたしに言ったわけ。
でもあたしとしても政府公邸に行くこと自体は大賛成だった。
そこに行けば食事も取れるだろうし、どっしりと腰を据えての情報交換もできる。
他の参加者に合う機会でもあるし、なにより体を休めるに最適な温かいベットだってあるだろうし…。
い、言っとくけどベッドっていうのは…その…イメージの中でもシングルベッドだからな!
キングサイズだとかツインベッドだとかあたしがこいつとチョメチョメだとか………。
そんなことは断じてないんだからな!
「そうだ、絶対ない………ッ!」
「???」
唐突なあたしの言葉に花京院は頭上に疑問符を浮かべる。
あたしはそれを気にかけずずんずんと足を進めた。
不意に喉の乾きを覚えた。
それもそうか…。なんてたってもう六時間も動きっぱなしだ。
この緊張状態…殺し合いの緊張状態は簡単に人の体力を奪う。
そう考えたとき、さっきのあたしが口走った『まだ朝食をとってない』っていう提案が現実味を帯びてきた気がした。
まぁ、それでも流石にここで鞄を広げてピクニックってわけにはいかねーな。
そう思って鞄を体の前に回す。中を手探りで物色するとお目当てのペットボトルが出てきた。
歩き食いする気分じゃなかったし、事実あまり腹は減ってなかった。
喉を潤す水の冷たさを感じるとあたしの体は満足したのか、欲求をようやく押さえた。
それでもそれはペットボトルの半分までもを消費するには充分で、あたしはふと補給ができなかったらどうしようと思った。
きっとそうやって別のことを考えてたからだろう。
あたしがペットボトルの蓋を絞めきる前に、デイバッグそれごとを落としてしまった。
慌てて拾おうと身を屈めたがそこには水でふやけた物を口からぶちまけたデイバッグがあるだけで、仕方なく使い物になるか微妙な用具を集め始めた。
この時ドラマでよくありがちな物を拾おうとして男女の手が重なり『あッ………』っていうワンシーンを思いだしてしまったのは内緒だ。
先に言うが期待なんてこれっぽちもしてないからな!
ただこういうシチュエーションはあたしにしては珍しいかなァ……って思っただけ。
結果としてあたしの手を花京院が包みこむなんて幻想は妄想に終わり、あたしは無事ふやけた地図と名簿に向かい合うことができたというわけ。
ただひとつを除いては。
「花京院………」
あたしの声の低さに何か読み取ったのか、花京院も柔らかな表情だったものを険しくするとあたしを見つめる。
黙ってあたしはそれを渡した。デイバッグの中で唯一濡れずにすんだ、正確にはなぜだか『濡れてない』日記を。
「これは………?」
「ああ、それだけじゃない。」
顎で促すように示すと今まで頑なに閉じていた表紙に力を込める。
すると、どうだろう。今までは開かなかった日記は急にその拘束を放ち、中身を曝し始めた。
真っ白な中身を。
「こ、これは………?!」
「何か条件があるんだろうな。とにかく思った以上にこいつはヘビーそうだな…。」
「急ごうぜ、花京院。そうとわかったらグズグスしてねぇで一刻も早く政府公邸に行かねえと。」
明らかに流れ出した緊迫感。
そこにはさっきまであった余裕は消え失せ、黙ったまま小走りになるあたしたちしかいなかった。
さっきまでの下らない妄想の数々を打ち消すように頭を振るとあたしは足を動かすことに集中する。
この雰囲気が好きかと言ったらもちろん好きじゃねーさ。
もっと緩くてダルそうな感じがあたしには合ってると自分ながらに思ってる。
大体こういうシリアスってのはキャラに合わないんでよォ。
そう思ってもあたしは今、たった今、この状況にはこれっぽちも不安を感じなかった。
なぜならあたしの横にはコイツがいてそしてコイツは言ってくれた。
『僕と友達になってください』ってな。
柄にもなく太陽が明るく見える。いつもと違う、あたしを優しく温かく包んでくれる太陽。
隣に並んでくれる奴がいる。それがこんなに嬉しいことなんて知らなかった。
それでも今だけは、この一瞬の幸せな時間に浸っていたいと思った。
◆
入り口に設けられた鉄門を慎重に開いていく。
いつもだったら気にならないであろう、それが軋む音に冷や汗を流しながらも二人して庭園に入る。
閉めるべきかどうか、少しの間悩んだが庭園内に警戒を張る花京院に聞くのも気がひけて、結局あたしはゆっくりと後ろ手に門を閉めた。
移動中に知ってびっくりしたがあたしのグー・グー・ドールズのような不思議な力は『スタンド』と言い、花京院もスタンド使いらしい。
運命を感じるだとかそんな狂言を吐いてる余裕はなく先行させたグー・グー・ドールズの視界に何か写らないか意識を集中させる。
……特に不審なものはなし。隣にいる花京院に頷きでそれを伝えると花京院も同様に頷きを返してくる。
それを合図に庭園内を疾走する。政府公邸の入り口まで全速力でかけていく。
あたしたちが呼吸を整え安堵の息をついたのは扉にあたしたちの体を滑り込ませた後だった。
ほっとあたしを戒めるかのように花京院が手を挙げる。反射的に視線を向けるとその指が広々とした玄関ホールの脇にある一室のドアを指していた。
依然スタンドを出し警戒を解かないまま扉の前にたつと、花京院のスタンドが扉の下より滑り込んだ。
幾分か経過した後、中の安全を確認できたのか、花京院が扉を開くとそこは小さながらも政府公邸の名に恥じない立派な一室があった。
「…ふぅ」
「とりあえずは大丈夫そうですね」
そう言って互いに椅子に腰を下ろす。中央に置かれた背の低いお茶用の机を挟んで向かい合うようにあたし達は座った。
うお、柔らけぇ。いい椅子使ってんな…。
「大きすぎる施設ってのも考えもんですね。これ程だと中に誰がいるかどうかもわからない」
「あたしたちはゲームに乗ってないッ!……なんて大声で主張するのも間抜けだしなぁ」
あたしの言葉に頷きなから花京院は自分のスタンド、法皇の緑を展開していく。
イソギンチャクみたいに触手を伸ばしてく様は見ていて気味が悪いが口に出すとなんだか悪いのでやめといた。
細切れになった緑の網は部屋中に広がりさらに隙間から外に出ていった。
「法皇の結界…僕のスタンドで簡単ですが警戒ラインを敷きました。これで安心して情報交換ができますね…。」
ソファーに座り直し、顔の前で手を組む。
花京院はそうした後、組んだ手の向こう側から覗きこむようにあたしと目を合わせてきた。
この殺し合いに巻き込まれてからのことは歩きながらある程度は話終えていたから主だったものは自分達の境遇と互いの知り合いについてだった。
花京院の話を聞いて真っ先に考えたことは花京院にあたしが犯罪者であることを言うべきかどうかだった。
花京院の正義感の強さは話だけでなく実際に荒木の部屋でもあたしは目撃している。
そしてその過酷という言葉が生ぬるいほどの冒険とその発端。
…普通友達のお母さんのためとは言え命をかけれるか?
あたしだったら少なくとも二つ返事で答えることも、躊躇いもなく首を縦に振ることもできないだろう。
そんな正義馬鹿…とまではいかないが、とにかくこいつがあたしが犯罪者であることを知ったらどうだろう…。
あたしは悩んだ。
相槌をうち、話を聞きながら必死で考えた。
適当な質問で話を引き延ばしながら脳みそをフル稼働させた。
そうして大袈裟なリアクションをとり時間を稼ぎ、あたしは結論を出した。
「――――…と、まぁ僕の話はこんな所でしょうか。」
「それじゃ、次はあたしの番だな。」
ソファーに改めて座り直す。姿勢を良くして背筋を伸ばす。
緊張で顔が強張ってないか不安だったが仕方ねぇ…。
いや、むしろ自分の過酷な『運命に』ついて語るんだ。少しぐらい緊張が伝わったほうが良いだろう。
唇を舐め、唾を飲み込んだあたしは花京院に向かって口を開いた。
「まず最初に、花京院だから話しておく。あたしはアメリカにあるグリーン・ドルフィン刑務所に服役中の犯罪者だ」
重々しい口調を意識した。
驚愕に見開かれた目に構わず言葉を続ける。
「……はめられたんだ、あたしは。たぶんこんなこといっても信じてくれないだろうけど…信じてくれ、花京院。あれは確か夏だったかな…?」
正義感が強い花京院、だからこそなのか、こいつは甘ちゃんだ。それもあたしがびっくりするぐらいの。
だからきっとこいつはあたしを信じる。
気の毒でしたね、なんて同情を示して。あたしが正真正銘の犯罪者なんてこれっぽっちも思わないだろう。
……罪悪感がないかって?友達を裏切ることにならないかって?
…それじゃなんて説明すればいいんだよ。
あたしは放火に殺人未遂に仮釈逃亡を重ねて刑期が12年あるベテラン囚人です、って言えばいいのかよ?
小心者で他人に嫌われるのが嫌で人生失敗してきました、なんて言えばいいのか?
……そんなこと………そんなこと言えッかよォ!
偽りの表情を貼り付けながらあたしは胸を痛めた。
きっと花京院はこの話を信じ、いもしない犯罪者に怒り、ありもない冤罪を被ったあたしを慰めるだろう。
罪悪感で胸が張り裂けそうだった。
それでも、あたしは初めてできた『友達』を失いたくなかったんだ……。
◆
「それにしても不思議ですね。『空条』なんて苗字はそうざらにあるものじゃないんですよ」
「でもあたし自身、あいつのフルネームは知らないからな…。かもしれない、だけであって違うかも」
「それでもなにか運命的な物を感じますね。同じ知り合いが同じ苗字…もしかしたら親戚かもしれない」
小声だが二人の会話は続く。
驚きと旧友の名前を聞いたからか、若干饒舌になった花京院の言葉に愛想笑いを浮かべ相槌を打った。
憂鬱な気分だったがそれをおくびにも出さずあたしは花京院の後に続く。
警戒を怠らずに次々と部屋を回っていく中で、あたしは気分を落ち込ませまいと無理に振舞っていた。
幸い状況が状況だったから、幸いにもいつもと違うあたしでも怪しまれることはなかったようだけど。
部屋の扉を開く。
相も変わらず高価な机やらソファーやらで部屋は快適に過ごせそうだ。
あたしには全部一緒に見えるが隣にいる花京院が言うにはその部屋その部屋で応接室、来客室、従者室等々……。
とにかくあたしが言いたいのはここが安全だと主張するにはまだ早い、ってことだ。
それだけ部屋があるってことはそれだけ隠れる場所が多いわけだからな。
とはいってもあたしは途方もなくある部屋の多さにいい加減勘弁だった。
ただでさえさっきのことがあって気持ちが落ちてるあたしには、部屋で隠れてる参加者をひたすら探すのはキツい作業だった。
まったくもういいだろ…。
少し投げやり気味に入り口から死角になった物陰を覗きこむ。
いなかったことにほっとしながらもあたしはうんざりし、隣に繋がる扉に手をかけた時だった。
花京院があたしの肩を掴む。
普段物腰が柔らかいコイツにしてはやけに強い…というか強引過ぎる。
そのまま部屋の壁際まで押し込まれるように移動を強制された。
少し痛む肩に顔をしかめつつ、見上げる花京院の顔は何処までも強張っている。
何かを言おうとして視線をさ迷わせ、花京院はそれでも黙ったままだ。
…あたしは覚悟した。
ああ、きっとさっきの嘘がバレたんだな。いや、もしかしたら最初から気づいてたのかもしれない。
それでも優しい花京院は口に出せなかっただけで。あたしがこうやって気持ちの整理をすることを見越していたのかもしれない。
でも…だからこそあたしは花京院が許せなかった。
お前が言ったんじゃない、友達だって。自分の言葉に責任とれよ、お前は。
お前がいう友達ってのはそんな軽いものなのか?気を使い合う必要があるのかよ。
空条ってヤツの母親のため、飛び出したお前と空条の間にはそういう遠慮があったのかよ。
八つ当たりだって……?
矛盾してるんじゃないかって?
そんなの知ったことかよ…ッ!
あたしの感情の昂りに合わすようにグー・グー・ドールズは姿を現す。
顔を歪めまいと堪える気持ちはきっと自分の傲慢な気持ちなんだろう。
それでも押さえきれなかった。耐えることなんてできなかった。
花京院…お前が言った『友達』が偽りだっていうなら……あたしは……あたしは…………ッ!
甲高い奇妙な音と銃撃音。
二つがあたしの耳に入った瞬間、体は突き飛ばされバランスを崩ししこたま頭をぶった。
振り返ったあたしの眼に映ったのは肩から血を流して崩れ落ちそうになる花京院。
そしてその向こうには部屋の切れ目から体を半身だけ出し片手に銃を持った青年。
瞬間身体を動かした。
怖いという気持ちが自分の中で湧き出る前に這いずるような格好で花京院に近づく。
歯をガチガチぶつけ合う音が自分の物とは思えず、それでも花京院の身体を無理矢理引っ張っていく。近くのソファーの裏側まで行かないとこのままじゃいい的だ。
もちろん襲撃者がそんなことを許してくれるはずがない。青ざめやけに若い、少年といっても通ずるようなそいつは今度は身体を完全に乗り出させて銃を持ち上げる。
あたしの脳裏に浮かんだのは一瞬で命を刈り取られた老人の最期。
あいつは直前まで自分の死に気づかなかった。痛みもなく、でも髪の毛一本も残さず瞬きする間に文字通り消された。
走馬灯のように駆け巡る映像の中でもあたしが感じた感情はひとつだった。
死にたくない。
少年がそうしてるのか、脳内に分泌された何かがそうさせているように見せているのか。
やけにゆっくりと狙いをつけている間にもあたしは命を諦めれなかった。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。
這い出る恐怖と諦めきれない後悔。
いったいあたしが何やったんだって言うんだ…ッ!
なんだよ、殺し合いって!
何であたしが殺されないといけないんだよ…ッ!
なんで……誰もあたしを助けてくれないんだよッ!
少年が引き金に指をかけたのとエメラルド色の閃光が走ったのは同時だった。
不意をつかれたのか、少年は顔をびっくりさせ眼を見開く。
それでも反射的にスタンドを出現させるとものすごいスピードで宙を舞う宝石を叩き落とす。
視線を固定されたまま首根っこを捕まれ、あたしは後ろに引っ張られる感覚に身を任せた。
あたしを庇うかのように広げられた手。
細身の身体をそらすようにして胸を張る。
傍らに並び立つはその気高い精神を象徴する叡知のエメラルド。
「法皇の緑ッ!」
多方から無数に飛びかかってきた射撃に流石の少年も対応しきれない。
一発、二発をスタンドの両の手で弾くのが精一杯。
三発目を射軸上から身体をずらした後は後退しながらなんとか直撃を免れるように部屋の扉から出ていった。
「グェスさん…」
花京院が振り向きあたしに語りかける。出血が続く肩を押さえながらも視線を合わせようとその場で片膝をついた。
「貴女のおかげです…。貴女が僕をこのソファーの後ろに導いてくれた。その行動が僕の命を救ってくれたのです。
たったそれだけ……、と貴女は謙遜するかもしれません。
でもそのたったそれだけが僕と貴女の命を救ったんです。あの少年の襲撃から僕たちを救ったんです。」
肩に温かみを感じた。
なぜだか狭まった視界だが今は気にならない。
遠くでぼやけたように見える花京院の姿と声を必死でかき集める。
「貴女は誇るべきだ。友達の危機を救ってくれた、僕の最高に頼れる友達だと胸を張ってください」
少年はまだ隣の部屋にいる。
安心が慢心に繋がりかねない状況にも関わらずあたしはそれでも込み上げてくる何かに身を任せて眼を瞑った。
友達、か…。
「だったらよォ、花京院…。」
見開いた瞳で花京院を見つめ返す。今度はあたしが肩に手を置く番だった。
怪我をしてないほうの肩にあたしの手を重ねるとほんのりと花京院の体温を感じた。
力強いその目線に押し負けそうになるがそれでも目を逸らすことなくことなくあたしは言い切った。
「あたしにも助けさせてくれ。さっきみたいにお前の危機を救わせてくれよ…」
あたしが先に立ち上がる。花京院の手を引っ張って立ち上がるのを助けてやった。
手を握ったままあたしはまた言葉を重ねた。
「友達なんだから」
控えめながらも笑みを浮かべ頷く花京院を見てあたしは本当に嬉しかった。
◆
投下順で読む
時系列順で読む
最終更新:2016年07月05日 22:59