午前6時、サンタルチア駅。

歴史を蓄積した古めかしい外見をしているが、駅の内部は意外に綺麗である。
真新しいというよりは、誰一人としてこの駅を利用した事がないような不自然な綺麗さだ。
今は四方に取り付けられたスピーカーから、ザリザリという音をまじえながら一回目の放送をながしている

今、早人とヴァニラ・アイスがいるのはサンタルチア駅構内にあるフードコート。
吸血鬼となったヴァニラ・アイスの天敵である日光が差し込まない、という理由でここにいるようだ。
もっとも今フードコートに陳列されているのは、知恵の輪にコーヒーガムにペンライト、毛穴パックにカルピスの原液といった
一体この状況で誰が得をするんだ、と突っ込みをいれたくなるような品物しかない。
飲料水や食料品のたぐいは取り除かれているようだ、
荒木飛呂彦は食料品や水をめぐって参加者が対立するように仕向けるつもりらしい。
ちなみにフードコーナーの横にあるフラワーコーナーの方は手つかずの様である。
花の優しい香りが早人の鼻腔をくすぐるが、今の彼にとってはこの匂いはストレスを増やすだけのものでしかない

早人は自身の失われた右足に目をやった、ヴァニラ・アイスの『クリーム』によって失われた右足だが
まるで存在を訴えるかのようにジクジクと傷んでいる。これが幻視痛というやつなのだろう。
だが、今の早人にはその痛みを気にかけてる余裕など無かった。
体中の痛みを補って余りある絶望感が心の中を埋め尽くしているからだった。

(仗助さんと康一さんが死んでしまった)

あれほどたのもしかった二人が
仗助さんは、おそらくはラバーソールのデイバッグに自分が送ったはずの鳩が入っていたことを考えて、そいつに殺されたのだろう
不思議と涙は出なかった。
心がもう許容できる範囲の悲しみを受け止めきれないからかもしれない。

一方のヴァニラ・アイスは死亡した者の名前に×をつけ終わると、あることに気づき舌打ちをした。
窓から差し込む日光がここまで届こうとしているのだ。
先ほども書いたが、吸血鬼になってしまったヴァニラにとって、日光は天敵以外の何物でもない。
同じ吸血鬼である彼の主DIOも、日中は日光が差し込む階には絶対に降りてこようとはしなかったほどだ。

ブラックモア達と同盟を結び、彼らを見送った後。
日光が入らない場所を、と思ってこの奥まった所にあるフードコートを選んだのだが、誤算だったようだ。
このサンタ・ルチア駅、夜中以外は出来る限り自然光に光量を求める造りになっていたらしい。
上を見上げれば、かなり高い位置に窓が一列にそって並んでいる。
さきほどまでは暗かったので、日が昇るまでこの窓の存在に気付けなかったのだ。

今は『ウェザー・リポート』の能力によって外が曇っているため日の光自体は弱いが
ウェザーも移動しているのだろう、雲は彼らが去った東の方へ移動し始めている。
あと数時間もすればこの辺りの雲は無くなってしまうだろう、そうなれば日光を遮る物は何も無い
ここでぼやぼやしていれば吸血鬼の丸焼き一丁あがり、という間抜けな事態にもなりかねないのだ。
ヴァニラ・アイスは膝をはらうとその場から立ち上がり、未だ蹲ったままの早人に声をかけた。

「移動するぞ。」

返答が返ってこない。

一瞬死んだかと思い、首根っこを掴むと呻き声があがった。ただ放心していただけらしい
幼い声で「仗助さん・・・・康一さん・・・・」と何度も繰り返して言うのが聞こえてくる。
どうやら知り合いの名前が死亡者の中にいたらしい、ちなみにヴァニラの知り合いも死にまくっているのだが
DIO以外の事は眼中にない彼にとってはどうでもいいことのようだ。
ヴァニラにとって今優先すべきことは、早人の心中よりも日光から身を隠す事。
この少年も連れていかないといけないだろう、まだ人質としての利用価値はある。

「いいから、とっとと立て!」

ぐにゃりと体を投げ出したままの早人に焦れ、ヴァニラは声を荒げた。
ついでにとばかりに首を掴んだままグラグラと体を揺さぶる
これはさすがに苦しかったのか、早人は虚ろな顔のまま声を発した。

「・・・立てるわけないだろ・・・あんたが僕の足取っちゃったんじゃないか」

そういえばそうだったな。

*     *


早人は早人で驚愕していた。

(今、忘れてたって顔しなかったかコイツ!?)

最低である。
他人の足を奪っておいてそれを失念するとは一体どういう心情なのか、早人にはわからなかった。
裏を返せば、この男が子供の足一つ消し飛ばすことでは罪悪感を感じないくらい、人を殺してきた証明なのかもしれない。
この男は危険だ、と早人はあらためて実感する。
一応、第二回放送までは自分を殺さないと約束してはいたが、いつ反故にされるかわからない。

早人は後ろ手に持ったライターを握りしめた。
『殺られる前に殺れ』、人間が猿から人に進化する前からの自然の摂理である。しかし、

(僕に人殺しが出来るのだろうか?)

川尻早人は普通の小学生である。
「ぶっ飛んでる」と仗助に表現されるような性格ではあるが、
人を殺す、といったような道徳に反するような行為を行うには抵抗感があった。
だがもうそんなことも言っていられないのかもしれない。
ここに来るまでに目撃したのだが大柄な男性が一人、エンポリオと同じような傷口を見せて死んでいるのを確認している。
少なくともヴァニラ・アイスはこの数時間のうちに最低二人を殺害している計算になる。
いや、アヌビス神とヨーヨーマッをカウントするなら四人だろうか。

(なんとかしないと・・・!)

早人が必死になって頭を働かせていると
立ち上がる事の出来ない様子を見かねたのか、ヴァニラが自分を担ぎあげようと手を伸ばしてきた。
まずい!今ここで担ぎあげられてしまってはライターの存在に気づかれてしまうかもしれない。
気がつくと、早人は反射的にヴァニラの手を払っていた。

ぱしん、という軽い音がフードコート内に響く。

早人はどっと汗が背中に流れ落ちるのを感じた。
ライターの存在を知られたくない一心で、自分からこの男を怒らせる材料を作ってしまったのだ。
自らの首を絞めてしまった行為に、早人が脅えヴァニラの様子を伺うと。

そこには意外な光景があった。

「痛ッ!?」

ヴァニラが叩かれた右手を抑えている。
ヴァニラの右手には細い蚯蚓腫れのような水ぶくれがあった。

(何?どういうこと?)

超展開でいきなり早人の力が百倍になったとか、スタンド能力が目覚めたとかいうオチではなさそうだ
自分は軽く手を振り払っただけである、何か別の要因がこの事態を引き起こしたのだ。
早人はあたりを見回した、特に変わった物は何も無いが。

(探せ!探すんだ川尻早人ッ!!絶対に何かある!!)

この男が回復し終わるまでに見つけなければならない、自分の命がかかっているのだ。
すると早人の目に一筋の光が映った、壁の隙間からもれる細い日の光。
そういえば・・・この場所に来るときも、この男はわずかな明かりでも避けるように歩いていた気がする。
と、いうことは?早人はひらめいた疑問をヴァニラに投げかける

「ねぇ・・・もしかしておひさまの光がダメなの?」

ぴくっと体を震わせてヴァニラは動きを止めた、正解だったようだ。
この男はTVゲームにでてくるような「アンデット」のような物なのだろう。
日光によってダメージを受けるのも、ウェザーによって受けたはずの傷が無くなっているのも、それで説明がつく。

(つまり、こいつは完全には無敵じゃないってことだ。)

早人が隠し持っている「自動攻撃型のスタンドを出す能力」を持つライターと、日光に弱いという弱点、
それに以前エンポリオとこの駅を探索した時に見つけていたあの部屋なら、いけるかもしれない。

かねてより早人には懸念していることがあった、自分の出身地である杜王町を震撼させた殺人鬼、吉良吉影の存在。
なぜ倒したはずのあいつが生きているのかはわからないが、もしが脱出し杜王町に舞い戻るような事態になれば
ーーーーーーママが危ない。
それだけは、なんとしてでも回避しなくてはならない。

承太郎さんや億泰さんが簡単に負けるような人間ではないことは知っているが、
すでに二人死んでいるのだ。万が一ということもある。
いや、もう人にたよるのでは無い。自分の手で吉良吉影を殺す!

道徳や罪悪感など捨ててしまえ、川尻早人。殺さなければ殺される、ここはそういう場所だ
ここでへばっている場合ではないのだ。
早人の心に決意の炎が灯る、だがその色は今まで灯っていた黄金色の光ではない、沈み込むような漆黒だ。

(ねぇ覚悟はいい?吉良吉影)

早人はライターを取り出すと、手を抑えたままのヴァニラに向け
ゆっくりと、しかし確固たる意志を持ってスイッチを押した

(僕は出来ている)

*      *


『再点火を見たなァーーーーッ!!』

奇妙な格好をした大男が掴みかかってくる、捕まってしまえばひとたまりもないであろう。
だが、ヴァニラは慌てず騒がずスタンドに指示を出す。

「ゆけ『クリーム』!」

  ガ オ ン ッ !!

独特の効果音と共に『ブラック・サバス』の頭部が消滅する。
しかし次の瞬間、スタンドは何事もなかったかのように再生し始めた

「一体何なんだコイツは、本体にダメージのフィードバックが無いスタンドなんて聞いた事がないぞ!」

そう、さっきからずっとこの調子なのである。
『クリーム』でガオンする→『ブラック・サバス』復活→『クリーム』でガオンする→『ブラック・サバス』復活といったように。
早人にこのスタンドのことを問いただそうにも、すでに逃げられてしまっている。
床に残った血の跡から見るに這って逃げたのだろう、立ち上がれないと言っていたのは本当らしい。

「おっと」

『ブラック・サバス』の腕がヴァニラの顔をかすめた。
軽く舌打ちをする、日中でなければ『クリーム』に潜りこみ手当たりしだいに攻撃を加えたいところだが
今は日中、しかも室内である。この状況でそんな事をしようものなら、
いつのまにか外に出てしまう事になる。そうなれば顔を出した瞬間に日光に顔を焼かれるのは確定だろう。
しかも、さっき気がついたのだがこのスタンドは影に潜んで移動しているらしい
このスタンドから逃げ切るには光の中、つまり外に出なければならないのだが吸血鬼である自分にはそれが出来ない
まさに八方塞がりというやつである。
あの少年がここまで考えて行動したのならばたいしたものだ。

だが、ヴァニラとて百戦錬磨の戦士である、無駄に攻撃を加えていたわけではない。
『ブラック・サバス』の攻撃を自身の腕で受け止めながら、冷静に『クリーム』に指示を飛ばす。

「今だ!やれッ!!」

   ガ  オ  ン  ッ !!

忠実なスタンドは主の命令どおり対象物を消し飛ばした。
狙ったのは『ブラック・サバス』ではない、フードコートの陳列棚下部!
自らを支える脚を失った陳列棚はグラリと傾くと
ガムやパックや瓶などをまき散らしながら『ブラック・サバス』のいる方に落下していく

ガシャーーーーンッ!!

すさまじい音がフードコート内に響き渡った。
大男がこちらに向かって拳をくりだしてくる、だがもうヴァニラに届くことはない。

『ブラック・サバス』は「影にひそんで移動する」性質を持っている、
逆に言えば『ブラック・サバス』の潜んでいる影の周りに、何の影もなければ移動が出来ないのである。
今『ブラック・サバス』がいるのは散らばった品物の影、当然まわりには何の影もない。
陳列棚を倒したことにより大きな影が無くなったのだ。これでこのスタンドは無力化できた。

「やれやれだな。」

ヴァニラは一息ついた。
やっかいなスタンドだったが、パターンに嵌めてしまえばどうということもない。

(それよりも、だ)

ヴァニラは水ぶくれが出来たままの手を見る、日光によって受けた傷が治っていない。
吸血鬼の力は物理的な怪我は治せても、日光によるダメージまでは治してくれないようだ。
右手に少し光があたっただけでもこれなのだ、全身に日光をあびるとどうなるのか、考えただけでも怖気が立つ。
ヴァニラはぶるっと肩を震わせた。
寒い、日光をあびる恐怖に震えたのではない、室温が下がっているのだ。
壁を見れば取り付けられたエアコンがフル稼働で冷風を送っている、地球に優しくない事この上ない。

今こんな事が出来るのは早人しかいない、一体何のつもりなのか。
その疑問はすぐに解消されることとなった。
ヴァニラの横にあった、なにも入っていない自動販売機の電源がついたのだ、それだけではない。
ロビーにある電光掲示板が、不思議と清潔なトイレの電気が、非常灯が、蛍光灯が、電飾が、
サンタルチア駅にある、ありとあらゆる電源がついてゆく。

「まずいっ・・・・!」

ヴァニラは早人の狙いを理解した。
「明かりがつく」それすなわち「影の形が変わる」ということ。
しかもこれだけの明かりの量だ、影はいたる所に出来放題である。『ブラック・サバス』の移動手段となる影が。

『おまえ……!再点火を見たな! 本当ならチャンスをやるんだが……向かうべき2つの道を……!!
 チャンスとは…おまえが向かうべき2つの道。 ひとつは、生きて選ばれる者への道。 もうひとつは!! 死への道……!!
 だが、今はチャンスなどない……! 再点火を見たのだ!死んでもらうぞッ。』

かくして、またヴァニラ・アイスは『ブラックサバス』と戦うはめになった

「あんの小僧ッーーーーーーーーー!!」

*      *


サンタルチア駅2階、電気制御室
早人が出鱈目にスイッチを押したため、制御盤のパネルは血の手形で埋め尽くされている。
床も同様に血で斑模様を描いている、その中でもひときわ大きな血の池に沈みこむ早人の姿があった。
ウェザーが止血のため結んでくれた布は、ここに来るまでにどこかに行ってしまった。
早人は再び血を滲ませ始めた右足を見る。貧血のためか頭がふらつく、さっき腹に入れた物をもどしてしまいそうだ。

エンポリオも、こんな風に辛い思いをしながら死んでいったのだろうか?
エンポリオと一緒にいた時間は少しの間だけだったのに、ずっと前から友達だったような気がする。
もっと彼と色んな話をしたかった。
仗助さんや康一さんの事、いや、この殺し合いに有利になるような情報では無い、もっとくだらない話をしたかった。

「うっ・・・」

頬が濡れている。
自分は泣いていたのかと思って頬に手をやったが、手には血がついただけだった。
顔に垂れる血を涙だと勘違いしたのだ。

(涙・・・出なくなっちゃった・・・)

自分は仗助さんや康一さんが死んだと知った時も泣けなかった。
でも、それが今の自分にふさわしいような気がして、早人は乾いた笑い声を上げた。
ひとしきり笑うと喉に血が引っ掛かってむせた、すでに血の味でいっぱいの口内にまた血がたまる。
おかしいなぁ、血は体の至る所から滲むのに目からは何も出てこない。

             カチン。

何か硬いものが床に落ちる音がして早人は目をやった、むせた時にライターが手から落ちたのだ
ライターはそのまま磨き上げられた床の上を滑り、窓際の壁にぶつかって静止した。
ここからライターのある壁まで10mは距離がある、また這ってあそこまで移動しないといけないのか
早人はふらつく体をもち起こし手をのばした。

だが、早人の手がライターに届くことはなかった。

「探し物はこれか?」

『クリーム』から半身を乗り出したヴァニラ・アイスは、ライターを手の中で弄びながら声をかけた。
声をかけられた早人の方は茫然自失といった顔で突然の闖入者を見ている。

何故、『ブラック・サバス』に足止めされているはずのヴァニラがここにいるのか?理由は簡単である
再び出現した『ブラック・サバス』の攻撃をかわしながらヴァニラは考えたのである。
いつものように『クリーム』に潜りこんで手当たり次第に攻撃を行うのは不可能、
ならば手当たり次第ではなくゆっくりと攻撃すれば?

つまり、『クリーム』に潜りこみ顔だけ出して日光の当たらないルートを確認した後、顔をひっこめてゆっくり進み
また顔だけ出して日光の当たらないルートを確認し、顔をひっこめてゆっくり進む。
『クリーム』の中に入ってしまえば日光はあたらない、道中うっかり壁に穴を開けてしまうようなミスもあったが
ゆっくりではあるが確実にヴァニラは歩を進める事が出来たのである。
ちなみに『ブラック・サバス』は先ほどと同じように封じこめてきた、今頃は一人虚しくフードコートに取り残されているのだろう

「おどろいたぞ、あのスタンドはお前の能力ではなかったのだな」

ぴらりと取り出された紙切れを見て早人は目を見開いた、
『コレはいざという時に便利かもしれませんよ?点火するだけで勝手に敵を攻撃してくれるから』と書かれた紙。

「スタンドが支給品・・・ あのアラキとか言う男はずいぶんとふざけた奴のようだな
 さっきのスタンドはこのライターを再点火すると出現するのだろう?」

言いながらヴァニラはライターを持つ手に力をこめる。ギヂィッとありえないような音が室内に響き渡った。

「や・・・やめッ・・・!ゴホッゲホッ!!」

ヴァニラが何をしようとしているのか理解した早人は悲鳴をあげようとし
自らの胃からせりあがってきた血液に口を塞がれた。
人間は体の何パーセントの血液を失えば死にいたるのだろう、少なくとも早人が吐いた血の量は致死量に近い。
けいれんを始めた早人の体を見降ろしながらヴァニラはとどめの一言を言う

「つまりお前はこのライターがなければタダの子供というわけだ。」

 バ ギ ン っ!!

信じられない、ライターはヴァニラの握力で握りつぶされてしまった、バラバラとライターの部品が床に落ちてゆく。
早人の方はもう声にならない、ひゅーひゅーと喉の奥から息が漏れだすだけである。
ヴァニラは『クリーム』から出ると壁にもたれかかり息をついた。

「いや、実際お前はたいしたものだったぞ?ここまで追い詰められたのも久しぶりだしな、
 なぁ・・・早人とかいったか、お前我が主DIOの僕にならないか?」

部屋のライトが点滅し、くっきりとヴァニラの横顔を浮かび上がらせる。

「その年で俺の『クリーム』の弱点を見破った洞察眼といい、俺の攻撃を受けながらも立ち向かってきたその勇気といい
 本当に感心しているんだぞ?」

蛍光灯が切れかかっているのだろうか、ライトの点滅は激しくなってゆく

「そうだ、お前を吸血鬼にしてやろうか?その怪我もきっと治るだろう」

『クリーム』を早人の傍に出現させ、髪をつかんで頭を持ち上げさせる
ヴァニラ自身はこの返答がYesでもNoでもどちらでもよいのだ、
この少年がどんな風に自分に命乞いをするのか、それが聞きたいだけなのである

「・・・・っく・・・と」

早人の声は掠れて聞き取りにくい、もはや息をするのも苦しいのだろうか
返答など聞かず殺すか、ヴァニラは右手を振り上げた、
この腕を振りおろせば『クリーム』は即座に早人の頭を亜空間に送りこむだろう

「聞こえんなぁ?もう一度言ってみろ」

早人は顔を持ち上げると今度は、はっきりと、告げる。

「チェックメイト、と言ったんだよヴァニラ・アイス」

その言葉が合図になったかのように部屋の電源が一斉に落ちた、この部屋だけではなく駅全体の電源が落ちてゆく
電力を使いすぎてブレーカーが落ちたのだ

「・・・何のつもりだ」

死ぬ直前の最後のあがきか
真っ暗になった室内にヴァニラの声がひびく、その時視界にぼんやりとした光が飛び込んできた、
自分の傍にペンライトが落ちている、一本や二本ではないヴァニラの影をしっかりと形作るほど大量にだ。

影?、まさか!?

「ぐおッ!?」

突然背後から体を締め上げられてヴァニラはうめいた

「馬鹿な!ライターは破壊したはずだぞ!?」『再点火を見たなーーーーーッ!!』

ヴァニラ・アイスは知らなかったのだ、
『ブラック・サバス』の消滅条件は「何らかの方法で『ブラック・サバス』の潜む影を消すこと」
ライター自体はただのスイッチにすぎない、スタンドの本体であるポルポはまだ生きている
つまりライターを破壊されても『ブラック・サバス』は「再点火を見た者を殺すまで」存在しつづける。
この事は、同じ遠隔操作型であるヨーヨーマッから確認ずみである

「だが、それがどうしたッ!!」

ヴァニラは体を拘束されたまま答える、『クリーム』をこちらにもどして『ブラック・サバス』を攻撃すれば何の問題もない
そう、何の問題もないはずだった、
立ち上がれないはずの早人が、パワーウィンドウのスイッチに手を伸ばしていなければ

「もう一度言うよ?お前はチェスや将棋でいうところの詰みにはまったんだ」

そういうと早人はパチンとスイッチを入れた、駅など公共施設の窓は火災対策のためたとえ停電になっても
開くようにと別に電気を使っているのだ、サンタルチア駅も例外ではない
ウイイインと音を立ててパワーウィンドウが開き始める。
ウェザーはだいぶ離れていったのだろう、外は快晴だった。激しい日差しが室内に広がってゆく。

「お前・・・!動けなかったんじゃないのか!?」

何故だ?早人は瀕死の状態で動けないはずだった!あれだけの血を吐けば立ち上がることもできないはずだ
現に、今も早人の体は血潮にまみれている。

「ねぇ・・・」

ヴァニラの疑問に答えるかのように
早人はくるりと振り返ると未だ血があふれ続ける口元を歪めて言い放った。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 
「誰が自分の血だっていったの?」

ここに来るまでに見た、自分が殺したであろう男の姿、あの死体・・・臓物が引きちぎられたようになっていた
こいつまさか、死体を。

その間にもどんどん窓は開いてゆく

全部最初からそのつもりで
ここに逃げ込んだのも、ライターを落としたのも、ヒューズを飛ばしたのも、瀕死のふりをしたのも!
おびえた演技も、このペンライトも、ライターの説明書が落ちていたのも!這って逃げたのも!
いやそれどころか、一番最初にライターを点けたあのタイミングさえッッッッ!

何から何まで全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!
全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!
全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!
全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!
全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部!全部ッッ!

全てが計算づくの行動だったというのかっ!

「うおおおおおおおおおおおおおおォッ!!『クリーム』ッ!!」

だがもう間に合わない。
ブラック・サバスに体を拘束されたままではクリームに逃げ込むこともままならず。
情け容赦なく日光はヴァニラ・アイスの体を照らし出した。

「ギャアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

体中の細胞が炎を上げて噴き出したかのような痛みだ。
火を着けられたガスコンロの上に乗せられるとこんな感じになるのだろう。
体がブスブスと煙を上げながら崩れていくのが見なくてもわかる。

「小僧オオッ!!貴様あああああああぁぁぁッーーーーッ!!」

霞むヴァニラ・アイスの視界に早人が写る。
策略が成功した喜びで優越感に浸っているのか、それとも殺人をおかしてしまった罪悪感に震えているのか?
せめて最後に見てやろうとボロボロと崩れる腕で必死に体を支え、頭を持ち上げ、早人の顔を見た瞬間

「ッ!?」

ヴァニラの背に戦慄が走った。

早人は無表情だった。
口元から未だ流れ続ける血をぬぐおうともせず、ただじっとこちらを見据えている。
顔には何の表情も見当たらない、ただ瞳だけが殺意によって黒々と揺らめいている。
まるで、炎のように。

(あぁ・・・そうか・・・)

ポルナレフに「どす黒い暗黒のクレバス」と形容された自身の闇より黒い光を見てヴァニラは理解した。
自分はこの小僧よりも捨てきれていなかったのだ、人間性というやつを。
ゆえに自分は負けるのだ。
この少年と自分とでは「捨てる事への覚悟」が違ったのだ

走馬灯に浮かぶのは敬愛する主の姿。
ーーーーもうしわけありません、私はここで死ぬことよりも、貴方のお傍で死ねない事の方が辛いのです。

GYAAAAAAAAA!!という声が耳元でする。
どうやら『ブラック・サバス』もヴァニラの体が消滅し体が消えることで、影ごと消えてしまうらしい。

「DIO・・・・様・・・・」

それを最後にヴァニラ・アイスの意識は闇へと落ちて行った。

【ヴァニラ・アイス死亡】
【残り 59名】

*        *


赤、白、黄色、紫。

ばさっという音を立てて、サンタ・ルチア駅の床に花びらが舞う。
その様子をみながら、早人は手に持った花束を次々にエンポリオの遺体の横に並べてゆく。
花はエンポリオの体を包みこむにはまだ少し量が足りないようだ、
もう少しフラワーコーナーから持ってこないといけないだろう。

やれやれと頭を振ると早人はふらりと立ち上がった。
ここで特筆しておかなければいけないことがある、今の早人には右足があるのだ。
ヴァニラ・アイスの持っていた「ゾンビ馬」
「バラバラになった肉片を縫い合わせる程度の能力」を持ったそれは、すなわち自分の肉体だけではなく
他人の肉体と、自分の肉体をも縫い合わせることが出来る事を意味する。

つまり川尻早人は自分の失われた部分を、死体であるエンポリオの右足で補ったのだ。
もっともそのままでは長さが違ったので、要らない部分は石で叩き潰さなくてはならなかったが。

「エンポリオ・・・君の足貰っちゃったけどいいよね?ちゃんと後で返すからさ、あいつを・・・
 吉良吉影を殺した後に、ね。」

誰に聞かせるわけでもなく呟きながら、早人はフラワーコーナーにある花をどんどん手に抱えてゆく。
さっきからずっとこの行為を繰り返しているので、フラワーコーナーのバケツにはもうほとんど花が残ってない
「花の無い花屋」というドラマがあったらしいが、今まさにそんな感じだ。

「ん?」

早人は手を止めた。
奥の方のバケツにまだ一本花が残っている。
まっすぐに背筋を伸ばして立つ太い茎、幾重にも重なった柔らかな白い花弁、
そして鼻をつくこの独特の水水しい匂い。花の種類にうとい早人でもこれはわかる。

「・・・・・菊だ」

菊、日本においては冠婚葬祭に最もよく使われる花である。
ちなみに菊を葬儀の花とするのは元々欧米の習慣であり、日本では至上の敬意を示す意味で葬儀に用いる
閑話休題。

なんだか懐かしいな、と早人は思う。
このゲームに巻き込まれて一日たっただけのはずなのに、もう一週間以上日本にいないような気がする。
早人はそっと菊を手に取ると、元来た道を引き返していった。

エンポリオの遺体の傍に戻ってきた早人は、先ほどと同じように花を遺体の周りに並べてゆく。
どうやらこの量で足りるようだ、完全に遺体を包んだ花を見ると、仕上げにエンポリオの手に菊の花を握らせた。

早人はその出来に満足すると、自分もエンポリオの横にごろんと寝転がる。
床に頭をつけた瞬間、胸いっぱいに花の香りが飛び込んで来た、
その匂いがスイッチになったかのように早人のまぶたは下がり始める。
ヴァニラ・アイスとの戦闘は肉体だけでなく精神も酷使させていたらしい。

ーーーーー早人は気づいているのだろうか?
友を埋葬するという行為と、遺体の足をもぎ取る行為が矛盾してしまっていることに。

早人は体を蝕む眠気に無駄な抵抗をしながら虚ろに呟く。

「エンポリオ・・・君をかならず故郷に連れて帰るよ」

いつもの早人なら、殺人を犯してしまった罪深さで震えているだけだったろう。
早人の価値観はこの一日で変わってしまった。
今の彼にとっては吉良吉影を殺す事が全てであり、それ以外の事はもう何も感じ取れないのだ。

早人は呟き続ける。

「アメリカって・・・お小遣いで行ける距離かな・・・お年玉もくずさないといけないかな・・・」

ねぇエンポリオ君はどう思う?
そう呟くと少年は瞳に燃える炎を隠すように瞳を閉じた。


【H-3サンタ・ルチア駅/1日目 朝】

【川尻早人】
[時間軸]:吉良吉影撃破後
[状態]:気絶中、精神疲労(大)身体疲労, 腹部と背中にダメージ大、漆黒の意思殺意の炎、血まみれ
[装備]:なし
[道具]:支給品一式 ×2、ジャイロの鉄球、鳩のレターセット、メサイアのDISC
    ヴァニラの不明支給品二つ(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:荒木を倒したい。吉良吉影を殺す。殺し合いにはのらないけど、乗ってる参加者は仕方ない。

1.吉良吉影を殺す。邪魔をするような奴がいたらそいつも・・・
2.なんとかして鳩を取り戻し、承太郎に手紙を送る。
3.荒木の能力を解明したい
4.死んだ人達にはどう接すればいいんだろうか?
5.他の知り合いにも会いたい…。
6.エンポリオの遺体をアメリカに埋めてあげたい
[備考]

※吉良吉影を最大限警戒、またエンポリオの情報によりディオ、プッチ神父も警戒しています。
※ゾンビ馬によって右足はくっついていますが、他人の足なので一日たてば取れてしまう可能性があります。
 歩いたり、走ったりすることはできるようです。

※血まみれの子供が二人花の中に倒れています。ぱっと見どちらも死体に見えるでしょう。
※サンタ・ルチア駅は停電しています


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86:Unmistakable ヴァニラ・アイス GAMEOVER
86:Unmistakable 川尻早人 131:今ここに生きる意味を(前編)

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最終更新:2009年11月03日 21:42