バトル・ロワイアル開始から六時間が過ぎ去り、途中経過が会場全体に報告される。
 参加者の大多数が何らかのショックを受けるであろう内容なのだが、この民家内でただ一人放送を聴いていた男の場合は別であった。
 丸太のような両腕を組んだままで、立ち入り禁止となるエリアだけを脳内に刻み込む。
 呼ばれた二十六の死者の中に、彼の知っている名前がなかったワケではない。
 幾らか聞き覚えのある名前はあった。そう、あったにはあったのだが――別に悲しんだりはしない。
 むしろ彼は、『ザマァ見やがれ』だとか『死んだ方がこの世のためだぜ』とか考えている。
 冷酷すぎると思うかもしれないが、しようのないことなのだ。
 彼の知る名のうちの全てが囚人であり、彼自身はそれを監視する人間なのだから。
 白い制服に身を包んだ彼の名は、ヴィヴィアーノ・ウエストウッド

 グリーン・ドルフィン・ストリート刑務所の看守であり――――『最強』を自負する男。

 ややあって、ウエストウッドがソファから腰を上げる。
 なぜだか『治療せねばならない』気がする岸辺露伴の様子を伺うためだ。
 乱雑に床に転がしたままのシーザー・アントニオ・ツェペリを跨いで、ウエストウッドは露伴を横たわらせたベッドへと向かおうとする。
 民家自体が脆いのか、はたまたウエストウッドのガタイがいいためか、彼が足を動かす度に僅かに床が軋む。
 数刻前の放送でも目覚めなかったシーザーだが、自身が密着している床を伝わる衝撃が彼を現実へと呼び戻した。

「…………っ、うぅん……?」

 不意に、シーザーが殺し合いの場に相応しくない呻きを零す。
 声量は微かなものであったが、まだ部屋を出ていなかったウエストウッドの鼓膜を刺激するには十分すぎる。
 まだ焦点の合わさっていないブルーの瞳で状況を見定めようとしているシーザーの許に、犬歯を覗かせたウエストウッドがゆっくりと歩み寄っていった。


 ◇ ◇ ◇


(――ここはどこ、だ?)

 ぼやけた視界と曖昧な思考の中、シーザーが最初に抱いたのは疑問だった。
 祖父の仇を取った後、意識が朦朧とした状態でオウムに導かれ――――
 そこまで思い返してシーザーは上体を起こすと、恐る恐る視線を自身の左側へと向ける。
 喪失したはずの左腕が健在なのを認識し、彼は安堵のため息を吐いた。

(嘘みてェな話だが、どうやら夢じゃあなかったらしいな。
 波紋使いである以上、腕が潰れても代わりとなる物があれば即座にくっつくのは理解できる。
 だがどうして、『俺のとピッタリ同じサイズ』の腕があんなところに? 最初にあったヤツも、『銃弾を背後で回転』とかワケの分からねえことを言っていたが……)
「オイ、お前」

 かつて吸血鬼・ディオが使ったという気化冷凍法に、柱の男が操る流法、そして自身の扱う波紋。
 殺し合いに呼び出されてから味わった異常体験の連続は、それらを知るシーザーの理解の範疇をも超えていた。
 思案を巡らそうとするが、それは唐突にかけられた言葉によって中断される。
 声のした方へと振り向いたシーザーの瞳が映したのは、既に手が届くほどの距離まで接近していたウエストウッド。
 その奥にあるベッドに寝ている露伴の姿も確認し、シーザーは眼前の男が自身を介抱したものだと判断する。
 バンダナで掻き揚げた金髪を整えながら、気恥ずかしそうにシーザーがウエストウッドに視線を向ける。

「どうやら、アンタが道端で寝てた俺を運んでくれたみてェだな。
 そこで寝てるヤツもいるってのに、迷惑かけちまってすまなかった。礼と言っちゃあ何だが――」
「あれだけ血まみれで傷がねえってことは、他人を治療できるんだろ。早くアイツを治せ」

 シーザーの感謝の言葉は、ウエストウッドの指令によって遮られる。
 暫し目を見開いて唖然として、すぐにシーザーが歯を軋ませる。
 指令の内容自体は、受け入れられないような無茶苦茶ではない。
 というか、はっきり言ってシーザーは自らそう提案するつもりだったのだ。

 ――が、である。

 恩人であるとはいえ出会って間もない人間による、有無を言わさぬ口調での言い付け。
 元よりプライドの高いシーザーにとって、それに易々と従うのは到底納得できることではなかった。
 ゆえに、シーザーは憎まれ口を叩いてしまう。

「何、俺に命令してんだァ?
 確かにアンタにゃ助けられたが……それで俺の上に立ったつもりか、テメーは。従う理由なんてないね」

 この発言は、シーザーの真意ではない。
 ほんの少しでも頭を下げられれば、すぐに露伴の傷に波紋を流してやるつもりだった。
 されど、ウエストウッドがそんなことを知る由もない。
 『岸辺露伴の身を守るため』に連れて来た男が、治療をしないと言うのなら――

「シャああッ!!」

 力づくでさせるだけの話である。『岸辺露伴の身を守るため』に。

「くッ!?」

 ウエストウッドが放った左の下段蹴りに、上体だけを起こしていたシーザーは目を見開く。
 全く抜けていない疲労やダメージを意に介さず、とっさに座ったままの姿勢でジャンプ。
 刈り取るような蹴撃は空を裂くに終わるが、ここまではウエストウッドの予想通りの展開。
 そもそも、彼の肉体で強い部位は右腕と右脚。
 その他の場所からの攻撃は、基本的に繋ぎにすぎないのだ。

 振り抜いた左脚が地面に接触し、大きく足を開いた体勢となるウエストウッド。
 攻撃に使用した左脚を軸へと転じさせ、身体を独楽のように回転。
 一度捻りが生まれれば、その一撃の間は軸は不要。ウエストウッドは左脚に力を篭め――跳躍。
 屋根に触れない高さまでしか上昇できかったシーザーに、ウエストウッド渾身の飛び廻し蹴りがヒットした。

「見たかァァーーー! 俺は、最強だぁぁあーーーーッ!!」

 シーザーが激突したことにより砕かれた壁を一瞥して、着地したウエストウッドが勝鬨の声を上げた。


 ◇ ◇ ◇


 強烈な衝撃により吹き飛んだシーザーは、地面に仰向けになって空を眺めていた。
 まだ昇りきっていない太陽に横合いから照らされ、そよ風が疲労の溜まった肉体を撫でるように流れている。
 そんな状況ながら、シーザーは眩しさや心地よさを感じてはいなかった。
 ウエストウッドの一撃による負傷が、彼の思考を埋め尽くしているのでもない。
 はっきり言って、先刻の飛び廻し蹴りがシーザーに与えたダメージは皆無。
 キック自体は脇腹に波紋を纏わせて受け止め、壁を突き破った際は背中に波紋を集中させておいたのだ。
 つまり、いまシーザーは苦痛に耐えているのではない。
 ならば、何が彼の中に蠢いているのか。それは……――――

(野郎! 加減しやがった……ッ)

 純粋な怒りである。
 ウエストウッドは『岸辺露伴の身を守るため』に、シーザーが露伴を治せなくなってしまうような攻撃をしなかった。
 仮にやったところでシーザーは波紋でガードしただろうが、顔面や股間など致命傷を与えることができる部位も攻撃可能であったのに。
 そのことが、シーザーには許せなかった。
 シーザーが何よりも誇るツェペリの血を流す男が、何千年も受け継がれてきた技術を扱う波紋戦士が、手加減をされたのだ。

 ――――さらに、一つの勘違いがシーザーの苛立ちを加速させる。

(それも、アイツは吸血鬼や柱の男じゃあねえ……!
 波紋を使うワケでもッ、荒木や最初に会ったヤツの能力を持っているワケでも!!)

 ウエストウッドがスタンド使いであることなど露知らず、シーザーは相手を喧嘩慣れしただけのチンピラだと判断する。
 赤錆じみた液体が口内に染み出るのさえ気付かずに、下唇を噛み締める。
 『チンピラ如きに格下に見られた』――そう認識する度に、シーザーの怒りは増大する。
 言っておくが、対象は決してウエストウッドではない。
 シーザーは、適当にあしらわれた自分自身が許せないのだ。
 ツェペリの血筋と波紋を誇るがゆえに、その二つをチンピラに軽視されたのが不甲斐なかった。
 これまで以上の力をシーザーが顎に篭め、水ぶくれを潰した時のように唇から赤黒い液体が噴出する。
 繊維が千切れる音が頭の中に響き、やっとシーザーは自身が無意識下で行っていた自傷行為を知る。

「…………情けねェ」

 自嘲気味に呟くと、時間をかけながら立ち上がるシーザー。
 口内に溢れる血液を唾と共に吐き捨て、冷たい笑みを浮かべる。

(俺を移動させてくれたのには感謝するが、あの野郎は俺の誇りを卑下しやがった。
 ……やっちゃあいけねえことをしたッ。一発ブン殴らせてもらうぜ、正面からな!)

 デイパックは民家に置いたままなので、現在のシーザーに石鹸水を用いた技は使用できない。
 それを理解していながらも、シーザーは臆したりしない。
 ツェペリの血筋に、長い時をかけて鍛えた波紋。
 二つの誇りが彼には残っているのだから、気後れする理由なんてどこにもない。
 シーザーは拳を握り締めて、目を見開く――その瞳の中には炎が宿っていた。

「中にいるテメー、俺はまだピンピンしてるぜ!
 今から入るが、ハッキリ言っておく! さっきみてーに俺をナメてたら痛い目見るぜ!」

 声を張り上げて、民家へと襲撃宣言。
 それからたっぷり一分が経過してから、シーザーは自身が空けた壁の穴をくぐった。
 上下左右の全方向を素早く見渡そうとして、それをやるより前に気付いてしまった。

 ――足元で倒れ臥しているウエストウッドに。

「何ィィィッ!?」

 驚愕しながらも、状況を見定めようとするシーザー。
 彼の元に、足音を立てることなく人影が接近する。

「バレてねーとでも思ったか?」

 シーザーが告げるよりも早く、波紋を纏わせた裏拳が人影を貫いた。
 反射的な行動のために波紋は不十分だが、勢いだけでも常人の域を飛び出した一撃。
 であったのだが――

「ッ? やっていない!?」

 シーザーの手元には、攻撃を与えたという感触がない。
 すぐさま二撃目を入れようとするシーザーだったが、それよりも早く人影が手を伸ばした。

「っ、あ……ぅ」

 人影に触れられた瞬間、気合の抜けた声を漏らしてシーザーはくず折れる。
 倒れた衝撃で『ページ』が何枚かめくれたシーザーを確認して、ベッドに寝ていた岸部露伴が身を起こす。

 彼が覚醒したのは、飛び廻し蹴りを決めたウエストウッドが吼えた時であった。
 壁に空いた巨大な穴、勝ち誇るウエストウッド、床に置かれている三つのデイパック。
 それらから露伴は、『ウエストウッドが何者かに攻撃を加えた』のだと予想。
 決して五体満足といえない状態でありながら、直ちに彼はスタンド『ヘブンズ・ドアー』を発現。
 書物となったウエストウッドを確認して、意識を落としていた間に何があったのかを確認しようとしたのだが……
 そこにシーザーから宣戦布告が浴びせられた。
 その内容から説得を不可能だと判断した露伴は、ベッドにて寝たフリをしていたのである。
 一度この場に侵入させて、ヘブンズ・ドアーで無力化させるために。


 ◇ ◇ ◇


(『ヘブンズ・ドアー』に触れられた瞬間、痺れるような感覚が身体に走ったが……それがアイツのスタンドか?)

 スタンドはスタンドでしか攻撃できない。
 波紋はそのルールを覆すエネルギーであるのだが、露伴はそのことを知らなかった。
 ゆえに、彼はシーザーをスタンド使いと判断する。

 傷口を隕石で焼かれて止血済みとはいえ、肉体自体を抉り取られているために露伴の足取りは重い。
 応急処置はされているし、ある程度睡眠は取ったが、それでもだ。
 ふらついた足取りでシーザーまで辿り着き、体勢を仰向けにさせる。

(む? あれは……)

 露になったページに載っていたマーク――既に壊滅したナチスを表す鉤十字が、露伴の興味を引いた。
 本来の目的である『シーザーが殺し合いに乗っているかの判断』より先に、その付近のページを黙読し始める露伴。
 血の気が引いて顔色が悪くなっているにもかかわらず、彼はどこまでも好奇心に忠実であった。

(『1938年』ン~~~? オイオイ、何の冗談だ?
 それに、胸糞悪い仗助に似たコイツが『ジョセフ・ジョースター』? 1938年にこの見た目なら、確かに辻褄は合うが…………)

 行を追うごとに、露伴は腑に落ちない感情を募らせていく。
 しかし彼は『ヘブンズ・ドアー』の能力を誰よりも信頼している――だからこそ、余計に釈然としないものがあった。
 同じページに載っている青年の写真と説明文が、なおさら露伴を疑問の螺旋に巻き込んでいく。
 生唾を呑みながら、付近の文章に目を通していく。

「『波紋』、『吸血鬼』、そして『柱の男』……!?
 これは『スタンド』じゃあないぞッ! 全く異なる別の能力!」

 記されていた突飛すぎる内容に、露伴は意図せず言葉を零してしまう。
 走り読みしてしまった箇所も、時間をかけてもう一度読み返す。
 文字を追うごとに、露伴の表情が嬉々としたものに。
 青白かった顔色は、はつらつとしたピンク色へと移り変わっていく。

「何だ、これは!? とにかくものスゴいぞ!
 康一君の記憶を読んだ時の全身が痺れるような感覚! それを再び抱けるとは!」

 毛穴から分泌された汗を全身に伝わせて、両の瞳を輝かせる露伴。
 動悸が激しくなっているのを自覚しながら、通読していく。

「素晴らしい! 実に秀逸な題材(ネタ)だッ! 『読んでもらえる』作品を書くための!
 この『リアリティ』を逃す手はないぞッ! フ、フフハハハハハーーーーッ!!」

 資料となったシーザーが、露伴の漫画家としての性に火を点けてしまった。
 少し前まで考えていたことなど、もはや頭の片隅へと追いやってしまっている。
 彼にとって、全てのことは『漫画と比較すれば』取るに足らないことなのだから。

 露伴は転がっているデイパックに手を突っ込んで、鉛筆と紙を取り出す。
 本となったシーザーのページを引き千切ってもいいのだが、かつての一件以来露伴はそれをしないようにしていた。
 隕石に肩を貫かれたというのに、鉛筆を掴む力に限っては普段と遜色なかった。
 スゴいね、人体。スゴいね、漫画家。

「この岸辺露伴が、震えてうまく物が書けないなんて! こんなのは何年ぶりだろうなァ~~。
 康一君が……いや、この際クソッタレ仗助でもこの場にいてくれれば! この手じゃあ、メモもうまく取れないぜ!」

 挙げた二つの名が先刻読み上げられたことを、露伴は知らない。
 そして彼が本としたシーザーもまた、放送を聞いておらず。

 ――――友人の死を露伴に告げるものがおらぬまま、彼の取材は続く。



【D-3 民家(北部)/1日目 朝】


【岸辺露伴】
[スタンド]:ヘブンズ・ドアー
[時間軸]:四部終了後
[状態]:右肩と左腿に重症、貧血気味、テンション上がってきた
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品0~3
[思考・状況]
基本行動方針:色々な人に『取材』しつつ、打倒荒木を目指す。
0.もう他のこととか心底どうでもいいから、今は取材取材ィ! メモを取るぞ!
1.怪我を治したい。
2.あとで隕石を回収しに来よう。
[備考]
※まだ名簿・地図・不明支給品を確認していません。
※プッチ神父と徐倫の情報は得てません。
※傷の出血は止まり、包帯で応急措置済み。右腕左足ともに動かすのは可能。どの程度まで激しい動作が可能かは、以降の書き手さんに任せます。
※第一放送を聞き逃しました。


【ヴィヴィアーノ・ウエストウッド】
[スタンド]:プラネット・ウェイブス
[時間軸]:徐倫戦直後
[状態]:左肩骨折、ヘブンズ・ドアーの洗脳 、『ヘブンズ・ドアー』の能力により本化

[装備]:なし
[道具]:基本支給品(飲料水全て消費)、不明支給品0~3
[思考・状況]
0.気絶。
1.スタンド能力を持っている男(シーザー)に男(露伴)を治療させる。
2.露伴を治療する
3.露伴の命令に従う。
4.出会った人間は迷わず殺す。
[備考]
※怪我の応急措置は済ませました。戦闘などに影響が出るかどうかは次の書き手さんにお任せします。
※支給品を一切確認していません。
※自分の能力については理解しています。
※ヘブンズ・ドアーの命令は以下の二点です。
 1.『人を殺せない』
 2.『岸辺露伴を治療ができる安全な場所へ運ぶ。なお、その際岸辺露伴の身を守るためならスタンドを行使する事を許可する』
※ヘブンズ・ドアーの制限により人殺しができないことに気づいていません。
※鉄塔の戦いを目撃しました。プッチとサーレーの戦いは空のヘリで戦闘があった、地上では乱戦があった程度しかわかっていません。
 また姿も暗闇のため顔やスタンドは把握していません。
※館から出てきたジョナサン、ブラフォードを見ました。顔まで確認できたかどうかは次の書き手さんにお任せします。


【シーザー・アントニオ・ツェペリ】
[時間軸]:ワムウから解毒剤入りピアスを奪った直後。
[状態]:首に若干の痛み(戦闘には支障無し)、疲労(大)、ダメージ(大)、『ヘブンズ・ドアー』の能力により本化
[装備]:スピードワゴンの帽子。
[道具]:支給品一式、エリナの人形、中性洗剤。
[思考・状況] 基本行動方針:ゲームには乗らない。リサリサ先生やJOJOと合流し、 エシディシ、ワムウ、カーズを殺害する。
0.気絶。
1.ウエストウッドをブン殴る。
2.荒木やホル・ホースの能力について知っている人物を探す。
3.スピードワゴン、スージーQの保護。
4.ストレイツォは出来れば殺したくない。
5.女の子がいれば助ける。
[備考]
※第一放送を聞き逃しました。


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97:I need you tonight 岸辺露伴 134:知りすぎていた男
97:I need you tonight ヴィヴィアーノ・ウエストウッド 134:知りすぎていた男
97:I need you tonight シーザー・アントニオ・ツェペリ 134:知りすぎていた男

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最終更新:2009年08月05日 03:51