「それじゃあまた六時間後、日が沈みかけるころまた会おう。
 君たちの健闘を祈っている」

互いが音源知れぬ声を聞いている間も、その後暫しの静寂が訪れても、表情を固持していた。
一人は頬笑みを、一人は苛立ちを。

「だから……? だからなんだというのだ?」

静かな、それでいて確かな怒りを込めて呟いた殺人鬼――吉良吉影。

「殺人鬼? 同類? 好き勝手言ってくれる。
 何故分かったかなど知ったことではないが……私の平穏を乱す者には容赦しないということに変わりはない」
「……君の経歴に触れたいのは山々だが、こうも反発されるとはね。
 だが私は君と戦いに来たんじゃあない。素性を広めようとしているわけでもない。コロッセオの件でそれが分かるだろう?」

穏やかな、それでいて狂気をも孕んだ笑顔を見せる殺人鬼――チョコラータ。

「さあな。嘘をつくメリットがない、とでも言いたそうだから言っておく。それで借りを作ったつもりか?」
「いやいや、借りなんて大層なものじゃあないさ。ちょっとした良心だと思ってくれればいい」
「人を殺人鬼と罵っておいたゲスが良心を語るか……どこまでもふざけてる」

平穏を愛する者と、狂気の中に生きた心地を感じる者との相違を多くは語るまい。
彼らは殺人という点において交わりはするものの、決して重なることはないのだ。
両者にとって理解には程遠い、無関心と言って良い領域。

事実、吉良吉影は考えていた。如何様にしてチョコラータを始末するかを。
だが、掴みようがない。性格も、能力も。
ゆえに考えあぐねる。必殺の切り札を、『キラークイーン』を出すべきか否かを。
それに先にビルに入ったのはチョコラータなのだ、部屋の中に何か仕掛けられていないとも言い切れない。
考え抜いたうえでの『保留』。それが吉良の下した結論だった。

そしてチョコラータも考えていた。吉良吉影と同行すべきかを。
今までの人間観察の経験を以てして僅かにつかめたのは、吉良は『何かに怯えている』ということぐらい。
何に対してか、そこまではいま一つ掴めないが、この様子では『第二のセッコ』にはなれないだろう。
放置したところで脅威になるとも思えない。

「そう蒸し返すな。
 あわよくば同行を、と思ってたんだが今の君には不快だったようだね。私はさっさと出て行く」
「見逃すと思うか?」
「見逃すね。やるなら確実に仕留めたいと君は思ってる、日本にだって法があるからな。
 今までも掻い潜ってきたのだろう、それなりに」
「……」

吉良の沈黙は、チョコラータに肯定とみなされる。

「フフフ、図星と見た。そして君はこれからもそうするだろうね。
 私はナチス研究所に行くとしよう。機会があればまた会おう、『同類』」
「待てッ!」

しかし静止を命じる吉良。

「……私からも忠告だ。『今後、ナチス研究所を襲撃しようとしている者たちがいる』」
「何故それを教える?」
「精神衛生上借りは返したいと思っただけだ。お前にそのつもりがなくとも」

ただ、それだけのために引き留めた。
同行はしない、多くは重ならないから。戦わない、勝算が薄いから。

「まあいい、礼を言おう。ナチス研究所に行くつもりだったが、自ら死地と分かって飛び込むこともない。
 ほとぼりが冷めるまで待つべきだな。向かうは……」

だが彼らとて、わずかに、ごくわずかにだが『殺人』以外に重なる点がある。

命を粗末にしても、捨てるような真似をしないという点。


  ★


「それじゃあまた六時間後、日が沈みかけるころまた会おう。
 君たちの健闘を祈っている」

迎え、送る。ここでは何度もそれが繰り返され、これからもそうするのだろう。
現に出会いは訪れた。だが、そこにいる者たちは決して出会いを歓迎しない。
停止した車両に対して、念写による徹底的な、手厚い身体検査が手始めに行われ。
来訪者ゼロの確認を取った安堵もつかの間、彼らはさらなる対処を迫られた。

「早人君がいつの間にかいなくなっておる。電車と放送に注意を配りすぎたわしのミスじゃ」
「追うのか? いずれここを出ていかねばならんだろうが」
「そうじゃな。誰かしらここに来た場合を考えると、南口がほぼ封鎖されている以上ずっと籠っていてはまずい」

放送による、地下鉄、その存在の暴露。
ボンペイならまだしもここは、地図にもしっかりと「駅」と記載されている。
人を求め、血を求め、寄って集ってくるものがいずれ現れるだろう。
更に、少年川尻早人の逃亡。
泣きじゃくっていた時点で気づいてあげるべきだったとジョセフは反省する。
子供なのだから、殺し合いという異常事態にいま一つ実感がわいていなかったのだと、勝手に結論付けた己の過ちを。
彼は積極的だった。素性も知れぬ男たちを前にして、幼児に刃を突き付けるほどに。自らを顧みないほどに。

「南は論外、東は包帯男がいる可能性がある……G-1の湿地帯が妥当か」

己の保身を第一とするディアボロにとって、この選択は当然なのだが。
そうは問屋がおろさない。

「以前C-10が禁止エリアになったじゃろう? 今回の放送でI-7も。中央から明らかに離れておるのに。
 どう見ても、そこにいる『参加を拒む者たち』に対する処置じゃ、これは。地下鉄に関してもそう。
 だから、湿地帯に行ってもいずれ禁止エリアになると思うがのう」
「時間稼ぎにはなる」
「わしの目は充分回復しておるよ」

これ以上の籠城は厳しい、ディアボロもそれは理解していた。
されど無限の死という過去の経験が、その理解を容易くは受け入れない。受け付けない。

「とにかく。口論する前に早人君を連れ戻してくるわい」
「死に急ぐ者に付き合う必要があるか?」
「そう手間はかからんよ。ちょっと行って戻るだけじゃ。それに……ちょっと前に誓ったからの」

察しはつく。『みんなの思いのため』だろう。
自分の『絶頂』以上に重視することはない――以前なら、こう言って鼻で笑ったろうが。
胸を張って主張できない。もはや全てを失ったと言っても過言ではないのだから。
ひどく羨ましく思う。ディアボロにそういった生き方はできないから。
デイパックも持たず駅を出るジョセフに視線を向けることすらせず、ディアボロは思考する。

(今のままジョセフと同じ生き方をしても猿真似だ。今までの生きる意味も、否定されたようなもの。
 八方塞とはこのことか)

ジョセフの生き方を理解はしても、納得に達しない。
組織の頂点に立つ者が、その地位を脅かす存在を警戒しないなどあり得ない。
他人と接する上で不信が前提なのだ。部下はもちろんのこと実の娘でさえ。
誰かのために生きるなど、あまりに呑気な発想。

(それはいいとして……ここにずっと籠るのもまずいな。今の音石では思い通りに動くか分からん)

動揺に動揺を重ねれば、駒という役割すら忘れて独り歩きする。
ディアボロはそれを危惧していた。
着替える猶予を与えるのも惜しい、それほどまでにこの男は我が身を案ずる。

(さて、どうしたものか)

平穏な場所はどこにもない。運命は容赦なく判断を迫る。


  ★


少年は走る。急いでいるのだから奔る。

川尻早人はただひたすらに願った。ウェザーを殺した存在との邂逅。
かつて運命に勝った者が、今では自らに味方する運命を願っている。皮肉な話だ。
あまりに無茶、無謀。だがそれも無理からぬこと。
エンポリオ・アルニーニョ、ウェザー・リポート、東方仗助、広瀬康一……信頼のおける者ばかり消えていった。
荒木は先の放送で承太郎の名前も読み上げた気がする。
まるで好転しない状況に翻弄されるばかり。
夜の支配者――吸血鬼を倒したところで彼はまだ子供、全てを受け入れられる度量など、まして気概などなかった。

「ハァッ、ハァッ……うっ!」

つまずき、水溜りに飛び込む。
死体から拝借した新たな左足での歩行に慣れず、既に何度もダイブを繰り返していた。
服がずぶ濡れだ。だが涙は乾いていた。

「ウェザー……さん……! 必ず……!」

溜め池をもたらした存在を回顧しても、涙は一滴も流れない。
一刻も早く復讐を。一刻も早く遭遇を。
彼の心は、それで満ちていた。失ったものを、喪ったものを埋めるかのように。

「あうッ……!」

そしてまた、倒れ――



――視界が緑に覆われた。



  ★


「早人君ッ!」

遅れて、ジョセフが早人のもとへ駆け寄る。
赤一色だった早人は、今では上半身を中心にグズグズした緑を纏っている。どう見てもスタンドの仕業。

「ああああ……うああ……あああ!」
「落ち着け、動いたら危険じゃ早人君!」

よく見るとこのグズグズは皮膚を、肉を巻き込んでいる。起き上がろうとした際、脆くなった指が崩れるほどに。
朽ち果てた老木の葉のように、ポロリと。
再びの身体欠損。パニックは必至、早人に励ましに応えられるだけの平常心など欠片もなかった。

(ボロボロの早人君を放置したということは、出てこれない事情があるのか?)

ジョセフが到着するまでに早人を殺すなど赤子の手を捻るようなものだろうが、なぜか襲撃者はそれをしなかった。
止めを刺していない、かと言って生命にかかわる強力な攻撃かというと、様子を見るにそうでもない。
このことからジョセフは、スタンド攻撃を仕掛けた本体は『どこかに隠れている』と推測した。
止めを刺すには決め手に欠けるが、多くの参加者をスタンド攻撃に巻き込みたい。故に能力射程圏内に隠れたのだと。

「直に触れるのは、何かまずい気がするのう……。『隠者の紫(ハーミット・パープル)』!」

義手の左腕から無数の茨を伸ばし、その手で早人を弄る。
左肩の一部が緑に彩られるが、ちょっとやそっとのこと、気にしてはいられない。
茨はアスファルト上を伝い、未だ乾かぬ水面を流動させ、瞬く間に周辺の地図を形成。

(やはりカビか……。早人君のと、周辺にばらまかれた胞子を辿って場所は特定できた。
 向かいのビルにおるな、それも高所。戦いの基本に則っとる)

侵入したいところだが、中に罠を仕掛けている可能性もあり、うかつに入れない。
そしてどうやってカビに感染するのか、その条件も不明なまま。

(退却というのもありじゃが、敵さんに逃げられると厄介かもしれんのう。せめて能力の全容を掴みたい)

しかし転んでもただ起きるだけでは納得しないのだ、ジョセフ・ジョースターという男は。
やられました、逃げました、で事を済ませたくない欲深さ。
何より、カビのスタンド使いが仲間の脅威になることを恐れる。

「速攻で窓をブチ破る!」

『隠者の紫』をビル屋上に引っ掛け、外壁を昇れば内部の罠を心配する必要はない。
そこから窓を割って部屋に入り、奇襲を仕掛けるという作戦。
ワイヤーアクション顔負けの速さで目標地点に到達、ガラスを蹴破り――



――銃声。



撃たれたのに気を取られ、ジョセフは『落下』。
部屋の中で佇む、ビデオカメラを構えた男を見上げる形になった。


  ★


「やはり、いい。絶望した奴を見下すのは」

例え難い愉悦。チョコラータは今まさにそれを感じていた。

吉良吉影と別れた後、チョコラータが目指したのはサンタ・ルチア駅。
放送の内容からして、駅に向かう参加者は多いと推測したのだ。
ナチス研究所に興味はあったが、忠告の通り集団で襲撃されたらたまったものではない。
その上充分な『高さ』のある施設かどうかも不明瞭なのだから、多対一で立ち回る自信があるかというと微妙だ。

しかし、どちらに向かうにせよ体力を取り戻しておきたかった。目に付いたビルに急いで立ち入り、室内にて待機。
しばらくすると、よろけながら走る子供――川尻早人が目に入る。
『グリーン・ディ』の能力でカビをばらまいた結果、大方チョコラータの予想通りになった。

カビは感染したものの、子供がこけた程度の落差では感染量はたかが知れていたのだ。
しかし、血塗れの状態で死ななかっただけ大したもの。それに、簡単に死んではつまらない。
感想はそれくらいで片付けて、チョコラータは撮影を開始した。
記憶より記録を、回想より観賞を。わずかも漏らさずに取っておきたいから。

しかし、初老の男――確かジョセフ・ジョースター――が駆け寄ったとなると話が違ってくる。銃を構えて警戒。
窓を蹴破るのも想定外と言うほどでもなかった。もはや的に弾を当てるようなもの。
壁を破られれば多少は焦ったろうが、茨という貧弱なヴィジョンでは無理だろう。
扉か、窓か。侵入するとしたらどちらかと推測できたから。
侵入に要した時間は称賛に値するが(おそらくスタンド能力で位置が分かったのだろう)反応に困るほどの速さでもない。

(左腕がカビに感染しなかったのは義手だからか?……だが、全身機械仕掛けということはあるまい)

現にカビ化は進行している。
この高さなら地面に叩きつけられて即死だろうが、刹那の表情だろうと余すことなく録画したい。

「なるほど……『上から下へ』いくとカビが生えるのか……早人君はこけた時に」

聞きとれそうにない小声でも記録する。

「条件は分かった。『これ』を使うべきときじゃな」

紙から放たれたものも、何もかも。


  ★


ジョセフが出したのは『火焔ビン』。かつて、ワムウとの戦車戦にて使用したもの。
早人に付着したカビを調べる際、ついでにと、デイパックから取り出しておいたのだ。
カビ化の進行していない左手で砕き、全てを燃やしつくす赤を纏ってみせた。

「よっ……と。流石に、熱いのう」

今度は、外壁に接する面積を最小限にしてしがみつく。
地上は水が張っている。落ちればせっかくの火が無駄になる。

カビ化は阻止できた。
先の念写で、カビはスタンドでないことは確認済み。ならば火で燃やせるとジョセフは踏んだ。
だがこれは苦肉の策、ジョセフも本来ならば使いたくはなかった。
建物ごと燃やした方が決着が早く付いたかもしれないが、雨に濡れたビルでは火攻めの効果が薄いし、火事に乗じて逃げられれば無駄になる。
加えて火に包まれれば肉体面の負担が大きく、そう長く持たない。
他に手段がなく、リスクを踏まえた上でやったこと。

「銃を持っておったか……しかもビデオカメラとは、悪趣味な奴じゃ」

そして早人を放置した理由、止めを刺さなかった理由。納得せずとも理解には至った。
人が苦しむのを上から眺めたかったのだろう。かつてDIOから感じ取ったものとはベクトルの違うドス黒さ。
ギリ、と音を立て歯ぎしりする。
こんな奴のせいで早人が、もしかしたらそれ以前にも誰かが。

全身を燃やしている現状、飛びかかって火を燃え移らせるのが最善か。
拳銃の残弾が気になるが、『隠者の紫』で拘束すれば何とか時間が稼げる。相討ちには持ち込めるだろう。

「奴だけは……生かしておけん!」

相討ちだろうと倒す。
『星の白金』程のパワーも、『銀の戦車』並みのスピードも、『法王の緑』や『魔術師の赤』のような遠距離からの攻撃手段もない。
『隠者の紫』は、あくまで知略策略で追い詰めていく自分のスタイルが反映されたものだ。
力押し、スピード頼みが不可能、必然少なくなる手段を知恵で補うスタイル。
しかし、もはや手段を選ぶ余裕がない。
らしくないな、とジョセフは自嘲する。

だがセンチメンタルに浸ってこのまま逃げられてはまずい、急がねば。
そう思い歩を進めた矢先、思考が寸断される。





『コッチヲ見ロ』





けたたましく音を放ち、壁をパワフルに疾走する不気味な小型戦車、その存在に。


そして、


『カチリ』



――――閃光、次いで爆風。




  ★


「このまま見逃すと……思うのか? 15年間も殺人を隠し続けてきた、この私が!」

チョコラータと別れたものの、吉良は殺害を諦めていなかった。
別れたふりをして尾行し、隙をついての暗殺を謀り機を窺い続けた。
しかし能力が分からない中、余計なリスクは背負いたくない。彼は博打を避ける。

「『シアーハートアタック』。決して逃がしはしないッ!」

だからこそ、目立った弱点のない『シアーハートアタック』を解禁。
広瀬康一の様な例外もあるが、彼は既に死亡済み。故に、ちょっとした余裕が生まれたというのも一因ではある。

(そうだ! 決して逃がしてはならない……!)

吉良は、この世界に放り込まれてから出会った人物を思い出す。
山岸由花子には『手』がある。今まで殺してきた女性にも引けを取らないほどに美しい手が。
ディオ・ブランドーには『手』がある。粗削りだが、気高さを感じる手が。

(お前には何がある、チョコラータ? 少なくとも、お前に加担する理由など微塵もない!)

由花子と協力したのも、ジョルノやプッチの信頼を得ようとしたのも。
全ては手首を手に入れ、飽きるまで愛でるため。
だが、チョコラータはそんな事情も知らずに、神聖なる領域に土足で踏み込んだ。

(ただ『今をより良く』生きたいのに何故殺人狂呼ばわりされなきゃならない!?
 誰がお前の同類だ! さえずるなよクズがっ!)

吉良は、きれいな手を持った女性を殺さずにはいられない。
そして切り取った手を愛し、手と共に過ごす。それが彼にとっての至上。
法がそれを邪魔するなら消し去る。死体ごと、証拠も。

それを除けば『誰よりも平穏に生きる』。それこそが吉良吉影の信条。
彼が演じる『ごく普通のサラリーマン』が『快楽殺人鬼』に共感を覚えることなどありえない。
覚えれば、それは平穏を乱す源になる。

誤魔化そうと、とぼけようとする間もなく本性をばらされるというかつてない体験。
殴りかかってやりたかった。ドテッ腹に向こうが見通せるほどの風穴をあけてやりたかった。
すんでのところで抑えたが、怒りが収まらずつい口走ってしまった、「お前に何が判る」と。
衝動に身を任せたために仮面が取れるという失態。流石の吉良もこれには憤慨。そして止まらない。

いつだって吉良吉影は『平穏を愛する、ごく普通のサラリーマン』でいなければならない。
チョコラータはそれを乱した。仮面を剥いだ。だから始末する。再発を防ぐために。
人数減らしのための協力など論外。吉良はチョコラータの存在を毛ほども認めていない。

(『何の力も持たない一般人』を演じたのがチャラになることだけは避けたい……。
 だからこそ『シアーハートアタック』がいい)

傍に立たないのに『スタンド』とは矛盾しているが、まさしくそれがシアーハートアタックの利点である。
回収に気を遣いさえすれば、姿を見せないで済むからだ。

「偶然だろうと何だろうと、私の正体に近づいた者は万死に値するッ!」

吉良吉影の憎しみは、歪み歪んでねじ切れる。
その矛先が別に向かっているのも知らずに。


  ★


「く……うう……」

ジョセフ・ジョースターは、ほんの少し生きていた。
水溜りの少ない地点に着地したはいいものの、爆風のダメージは計り知れず。
ガードに使った義手が吹き飛び、大破してしまうほどの痛手。
下手をすれば五体がバラバラになっていただろう。

『コッチヲ見ロォー』

当の戦車は俄然元気。
軋むキャタピラ音を響かせ、駄目押しとばかりにジョセフに迫る。

「ちったぁ年寄りを労らんかい……」

その言葉に覇気はない。
介入者も、その力量も、全てが想定外。対処する気力が沸かない。
ジョセフ・ジョースターは、これから訪れるであろう自らの死をすんなりと受け入れた。

思い返せば、彼がこの半日間で失ったものはあまりに多い。
敬意を払った家族も、かつての盟友も、そして苦楽を共にした孫さえも。
失った悲しみは乗り越えなくちゃならない、託された思いは受け継がなきゃならない。
その決意は所詮ただの言葉だった。そこに何の力もなかった。
託されるものが、ジョセフ一人で支えるには重すぎる。
そのためだろうか、ジョセフは完全に「らしさ」を失っていた。
部屋に侵入した途端攻撃される可能性を考慮せず、勝利の確信もないまま短絡的にのり込む。
普段ならあり得ぬ手抜かり、影響は確実に行動に表れていた。

もはや後悔も未練もない。あるのは、死後の世界にはせる根拠のない幻想ぐらいだ。
「みんな、もうすぐそっちにいくよ」などのような言葉に代表されるくだらない妄想。


『老いぼれたな、JOJO。貴様はそこで終わる男か』


だからこれも――聞き覚えのある声も、きっと幻聴。
思い出の品を見て、少し過去に浸りたいと思っただけ。

『シーザー・ツェペリはかつてお前に、人間の魂を、思いを受け継がせた。
 その身尽きても、魂は死ななかった男。俺の記憶にその名を刻ませた戦士だ』

女たらしの優男。
だが、先祖への敬意は人一倍強く、悪口の謝罪が出来なかったことを今でも後悔している。

『この殺し合いで出会った波紋使い、ウィル・A・ツェペリ。
 奴と、奴の仲間の絆に俺は破れ去った。その姿に俺はシーザーを重ねたよ』

シーザーの祖父であり、ジョセフの祖父ジョナサン・ジョースターの師。
スピードワゴンが認める波紋の、精神の強さを伏せ持つ存在。

『彼らは強かった。まさしくこのワムウが認める誇り高き戦士よ。
 だがお前はどうだ! 失ったものの重さに押しつぶされたと言い訳をして、何も成さぬまま終わるのか!?
 俺の知るジョセフ・ジョースターは、逃げても、みっともない姿を晒しても、諦めることだけはしない男だ!
 今のお前の姿は、戦士として散った『ツェペリ』に対しての侮辱に他ならないッ!』


ゆらりと、立ち上がる。


「フフ……ただ負けてあの世に行っちまったら、今以上になんて言われるか分かったもんじゃないわい。
 ブッ飛ばされるだけじゃ済まないかもしれん」

どうしても諦めきれなかった。
幻聴か否か、その真偽はともかく、かつて受け継いだ思いに支えられたから。
残った右手で『隠者の紫』を発現。『シアーハートアタック』を包めて、停止させにかかる。

(とにかく戦車との距離をあけて、時間を稼いだ隙にこいつの危険性を誰かに伝えなければ……!)

必死なジョセフをあざ笑うかのように、速度を増す無限軌道。
拘束は緩み、今にも茨から抜け出しそうだ。

「頼む、もってくれ……!」

思念を最大限集中。ひたすらに、持てる限りの力を込める。

『コッチヲ……見ッ……』

だがこの拮抗状態も、長くは続くまい。
『隠者の紫』のパワーは、決して自慢になるほどのものではないから。

「うおおおおおおおお!」

ジョセフの健闘むなしく、爆弾戦車は茨の網からはい出て――



「『キング・クリムゾン』!」



寸刻、ビルの壁にめり込んだ。



  ★


(『望むものを何でも与える』か……)

放送で示唆された、褒美の存在。
ジョセフは「信用ならない」と言って切り捨てたもの。

(そう、信用ならない。反故にしたっておかしくないからな)

ホールで見せつけられた圧倒的な力。
それを以てすれば、殺し合いの頂点に上り詰めたものとて、蹴落とすことは容易だろう。

(生きる意味は、俺自身にしか見いだせない)

ディアボロは、甘言に乗せられて何かを得ることを良しとしない。
かつての地位も、そうやって手に入れた。
では、ジョセフはどうやって生きる意味を見出したのか?

「ジョセフは、どうして思いを託されたのだろうな?」

屈強だからか。諦めの悪い人格だからか。
最初からそうなら苦労はしない。きっと、思いを受け継ぐまでもなく戦えるだろう。
ジョセフも悩んだ末に『生きる意味』を見出したのだろうか?
ディアボロはジョセフ・ジョースターのことを良く知らない。
出会ってしばらく経つが、ジョセフの過去・経歴にあまり触れていなかったのに気付かされる。
自分の過去が露見することを恐れてそうしたのだが。

「聞かせてほしいものだな」

今のディアボロは、「生きて」いても「活きて」はいないという自覚がある。
命あっても、成さず遂げずはただの逃げ。逃げても、先の放送のように平穏は容易く崩される。
呑気な発想をしていたのは自分だった。
思い通りに動かない駒に信用は置けない。では、主張しない王に価値はあるか?
覚悟が必要だ。逃げないで戦う覚悟が。

そしてディアボロは、ジョセフと合流するため駅を出た。
実質孤独の身だったからという恐怖もあったが、『生きる意味』を見出さなければ今度こそただの木偶に終わるから、というのもあった。
『活きる方法』を掴み取りたいという欲望はさらに増す。
自らの保身以外の理由で動くのは珍しいと、ディアボロ自身驚いていた。



そして、小型のスタンドを縛りあげる火達磨のジョセフを見つけ、咄嗟にスタンドを殴りつけた。
敵が離れた安堵からか、ジョセフがふらつくものの、ディアボロは手を差し伸べない。

(このカビは……チョコラータの!)

右手に付いたカビを見てすぐに理解した。
ふらついたジョセフを支えようと手を『下へ』運べば、パンデミックは避けられない。
ジョセフは火の影響でカビに感染しないと分かっているから、なおさらしない。

「敵は『二人』居た……!」

厄介だな、とディアボロは舌打ちする。
チョコラータのスタンドの特性は理解しているつもりだが、上に昇る以外対処しづらい。
そして、一度殴って分かったが、小型のスタンドの方も困ったことに異常な硬度を誇っている。
パワーに自信のある『キング・クリムゾン』でも破壊し尽くせるかどうか。

「いいか、ディアボロ君……あのスタンドを、窓ガラスが……割れているところへ、投げるんじゃ」
「何だと? どういうことだ?」
「今、逐一、説明してやれる……暇は、ない……」

ゴトリと、重いものが落ちたような音がした。
音源を見れば、先ほど動きを封じた戦車が解き放たれていた。

『コッチヲ見ロォー!』
「馬鹿なッ! 浅かったが、確かに壁にめり込ませたぞ!」
「頼む、わしの言った……通りに!」

困惑を隠しきれないと言った感じで、ディアボロはジョセフに向かう『シアーハートアタック』を『キング・クリムゾン』で受け止める。
回転するキャタピラが手のひらをこすって痛むが耐える。


「何かわからんがくらえ!」


『キング・クリムゾン』、振りかぶってのオーバースロー。
方向、角度良し。吸い込まれるように、部屋の中へ。


――轟音、響く。



  ★




投下順で読む


時系列順で読む

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年10月25日 21:05