こいつはクセえなんてもんじゃあねえ…

俺の声に振り返った女の笑顔は、朝の光を周りにはべらせて煌いていた。
女の顔の動きに少し遅れてついてくる、黒くて長い髪の毛も俺には何か驚異の様に見えた。

腐る直前のワインが最もうまいというが、この女の笑顔はそんなヤバい香りがしやがる。
最高に美味だが、その味に振り回されちまいそうな…供された料理の味を蹂躙しちまうような……

簡単に言えば、美しすぎて気味悪ィ、ってとこだな。

大体、おかしいだろ?
なんで殺し合いに放り込まれて、笑ってられる?
まだ若い、十代だろうな、この女…。

俺は半開きになりかけた口をグッとしめなおすと、無理やり口の端を突っ張らせて笑い顔を作った。
深く被り直したばかりのシルクハットに、また手を当てて小さな動揺をはぐらかす。
やはり人間じゃねえのかもしれねぇ。
得物は何も持っていないようだが、バッグに何を隠し持っててもおかしくない。
警戒するに越したことはねえな。
波紋以外の訳の分からねえ現象のこともある。

一先ずは館で何があったか聞かなきゃならねえ。
素直に教えてくれりゃあ助かるが、な。

「なにかしら?」
声をかけてきた俺が何も言わないのを訝しんでか、笑顔は保ったまま女が首をかしげて聞いてきた。
が、それでも俺はすぐに二の句を継ぐ事が出来なかった。

なんだ…今、髪の毛が妙な動きをしたように見えたが気のせいか?
意思を持って動いているように…いや、普通の髪の毛、だよな?
くそ、びびってんのか俺はッ!話を続けなきゃ始まんねえ!
女はさらに首をかしげ、俺の言葉を待っている。
攻撃の気配は見えないが…。

「…いや、俺もあんたみたいな美人さんへの用が、こんな野暮なことでやりきれねえんだが…聞きてぇことがあんのさ。
おっと、言うのが遅れたが、俺はスピードワゴン。殺し合いにゃ乗ってねえ。特にべっぴんには優しくするのがモットーよ。」

「まあ、ありがとう。でも少し待ってもらえると嬉しいわ……始まったみたいだから。」

女はそう言ってごそごそとバッグを漁ると、紙の束とペンを取り出した。
俺は先のセリフと女の行動から、すっかり忘れていた重要事項の存在を思い出す。
危ねぇ。俺もバッグの中から必要なものを取り出して準備をした。
耳に意識を向けると、音楽なんざちんぷんかんぷんの俺でも聞いたことがある旋律と共に、あの野郎の厭味ったらしい声がどこからともなく流れている。

第2回目の放送が始まりやがったらしい。


寂しい風景の中、佇む影が二つ。
先ほどまで流れていたベートーベンも、風の間に間に、ゆっくりと小さくなるとやがては消えてしまった。

二つの影の片方、金の髪を微風になびかせた少年は、僅な動揺を瞳に浮かべることを抑えられなかった。
だが、その心の中はさらに激しく渦巻く悲しみ、驚き、怒りに翻弄され荒んでいる。
表情に現れたのはそのごく一部の歪みに過ぎない。

(アバッキオ…死んだ………?そんな。一体誰に…どうやって……)

少年、ジョルノ・ジョバァーナはあけどもなく考えている。
メモを取るために広げていた地図と名簿を持つ手に、力を加えすぎてしまわないように気を付けながら。

そしてその傍ら、半歩後ろに立つ長身の神父服を纏った影。
男、エンリコ・プッチもまた、死亡者として読み上げられた人物の意外さに面食らう。
時を止める無敵の能力を持つ男をも葬ることが可能な存在。
このフィールド内に、それが確かに存在していることに背筋が凍るような感覚を覚えた。

空条承太郎が、死んだ…!!バカな…一体誰がどうやって…。それにスター・プラチナまでもが消滅してしまった!)

友人に贈ろうと思っていた『時を止める能力』は、永遠に失われてしまった。
同等の能力が存在する可能性も否定はできないが…。
彼___DIOだけに許されているはずだった時を操る能力が、そうもぽんぽんと存在しても気分がよくない。

(ディオは無事なのか?早く館に戻らねばならない…。)

プッチは、友人の安否を想う。彼があの悪徒たちの中で無傷でいられる保証など無い。
心配がより大きなわだかまりとなって胸に詰まってくる。

そして、もう一人。

ウェザー・リポート…我が弟よ。お前は私を憎んだかもしれないが、私はお前を、救いたいと思っていた。……安らかに眠れ。)

目を閉じて静かに十字を切り、まだ見ぬ天国、全てのものが覚悟を持って日々を送る素晴らしい世界を想う。
その世界には、その『世界』には、ディオとジョルノを連れて必ず到達しなければならない。
先に荷物を整えたプッチがいつもより緩慢な動作でデイパックを開いているジョルノの肩に手を置き、言葉をかけた。

「ジョルノ、今の放送について考えたり悲しんだりすることがあるかもしれないが、全ては後だ。まずは館に戻ろう、いいね?」
「…はい。」

館は近い。


あ~あ……

なんて事かしら。やっぱりうまくいく事ばかりじゃあないわよね。
分かってたつもりだけどテンション下がるわ。

あのおばあちゃん、全然だめじゃないの。
放送だけじゃ役に立ったかどうかも分かりやしないわ…。

私はがっかりを押し隠しながら、神妙な顔を取り繕ってちらりと斜め前を見た。
この見るからにチンピラなお兄さんも、悲しそうな顔をしているけれど…。
知り合いでも死んだのかしら?
小さな舌打ちと、「くそッ…」と言う呟きが聞こえた。

そうよね、悲しいわよね。

この人は今何を考えてるのかしら。
私と同じく、死人を生き返らせようと考えてるのかしら?
それとも荒木を倒して、敵を討つとか?

だめ。どっちもさせない。
優勝するのは私なのよ。

タクシーの順番待ちができないように、信号が赤でも私が通っているときは車は通ってはいけないように……。
どうしようもないの。私がそう決めたんだから。
だから私に利用されて、私を優勝させてちょうだい。
一先ずはこのお兄さんがどんな人なのか知らなくてはね。
私はいい子の顔を作りながら話しかけた。
でも、その時。

「ねえ、お兄さ「…どこへ行くんです?」

……うっとうしいわね!なんであんたらが来るのよ!?

後ろから突然しゃしゃり出てきた2人を思わず睨みつけそうになってしまった。
いけない。必要以上に感情を出していては、そこに付け込まれる。
私は慌てそうになるのを何とか押しとどめ、無表情を装った。

ジョルノ・ジョバァーナにエンリコ・プッチ…こいつらの相手を一人でするのは良くないわ。
2人とも抜け目がない、ってのだけは分かるもの。

戦闘じゃなくても、会話だけで何かを掴まれてしまう可能性もあるわ。
ここは離れた方がよさそう…このお兄さんにも髪の毛を埋めたかったけど、2人もギャラリーがいては難しいわね。
放送前にさっさと仕込むべきだったわ…最初に仕掛けようと思ったけど、聞き逃しちゃいけないと思ってメモに集中していた。
私って要領悪いのかしら…反省しなくちゃね。
さ、今はとにかくこの2人よ…。

「…言わないわ。何を怒っているの?第二放送時に誓いを立てるっていう約束の事なら、承諾した覚えはないわよ。
それにあなた、どこかに行くんじゃあなかったわけ?」

ジョルノ君…は何か落ち込んでるのかしら?
さっきまでの覇気がないわね。
放送で誰か死んだのかも…ご愁傷さまだわ。私には関係ないけどね。

…あら、そんなに睨まれる筋合いはないわ。
プッチ神父まで私をそんな目で見て。

「…彼は?」

ふうん…あんたも答えない、ってわけね。
聞いてるのはこのお兄さんの事かしら。でも説明なんてしない。
さっさとどこかへ行ってしまえばいいのに…。
取り敢えずは煙に巻いておかなくては。

「駄目よ…質問に質問で返しちゃ。テスト0点よ。」

「君。いつまでもそんな子供じみた問答をする余裕は我々にはない。君が先にジョルノの質問に答えるんだ。」

プッチ神父が前へと進み出て凄んでくる。
なんでよ!?うざいわこの人…何様なの?
プッチ神父の目つきがますます穏やかでない感じに変わって来ているみたい。

…嫌な空気になってきたわ。もうここにいない方がいい。

せっかく利用相手が増やせるはずだったのに、こいつら、今すぐ殺せるんならどれだけいいかしら。
いえ、冷静さを失ってはいけないわ。そもそも2対1じゃどうしようもない。
問題はどうやってここを離れるか、ね…。
私は交互に2人の様子を観察しながら、身の振り方を思考し始めていた。
すると突然、今まで黙っていたシルクハットのお兄さんが進み出て、私と後から来た二人の間に入ってきた。

「よぉ…、坊ちゃん。ちょいと話があるぜ。あとな、急いでるレディを無理やり引き止めるのは、もうちょっと大人になってからやんな。」

あら、思わぬ助け舟だわ…聞きたいことはもういいのかしら?
まあ、本当のことなんて誰ともわからないあなたに教えやしないけどね。

「…?」

ジョルノ君は訝しそうにチンピラ風のお兄さんと見つめ合ってるけど…私、もういいわよね?
こうしている間にも、康一君との時間が無駄になっちゃう。
このシルクハットのお兄さんも手駒の一つに加えたかったけど、諦めるわ。
欲張りすぎても良くないもの。
お兄さんは私を見ると、片目をつぶって喋りかけて来た。
外人さんだからかもしれないけど、ずいぶんと気障ったらしい人ね。康一君みたいな可愛らしさを見習ってほしいわ。

「お嬢ちゃん、引き止めて悪かったな。さっきの俺の話は無しだ、忘れてくれ。」
「そう?じゃ、お言葉に甘えて行かせてもらうわ。さようなら、またね。」

私は背後から何かされないか注意深く警戒しつつ、その場を少し早めの歩調で離れた。
離れてしまえば、もうあの人たちに興味はない。
せいぜい利用したりされたりして、死んでゆくがいいわ。
さて、まずはどこへ向かえばいいのかしら。

相変わらず日差しがきついわね……ほんとに2人でピクニックなら最高だったのにね…康一君。


【D-4 南部/1日目 日中】

山岸由花子
[時間軸]:4部終了後
[状態]:健康、強い覚悟
[装備]:妨害電波発信装置、サイレンサー付き『スタームルガーMkI』(残り7/10)
[道具]:基本支給品、不明支給品0~1 承太郎の首輪
[思考・状況]基本行動方針:優勝して広瀬康一を復活させる。
0.全てが終わったら、康一君とこんな天気のいい日にピクニックに行きたいわ…
1.吉良吉影を利用できるだけ利用する。
2. DIOの部下をどうにか使って殺し合いを増進したい。
3.正直知り合いにはなるべくあいたくない。けど会ったら容赦しない。
4.一応ディオの手下を集める
[備考]
※エンヤの能力が死体操作であることを知りました。生きた人間も操れると言う事はまだ知りません
※荒木の能力を『死者の復活、ただし死亡直前の記憶はない状態で』と推測しました。
 そのため、自分を含めた全ての参加者は一度荒木に殺された後の参加だと思い込んでます
※吉良の6時間の行動を把握しました。
※空条承太郎が動揺していたことに、少し違和感。
※プッチの時代を越えて参加者が集められていると考えを聞きました。
ラバーソールのスタンド能力を『顔と姿、声も変える変身スタンド』と思ってます。
 依然顔・本名は知っていません。
※スピードワゴンの名前と顔を知りました。


※    ※    ※

「ジョルノ」

「…いえ。いいです。」

美しい黒髪を持つ少女…山岸由花子が去っていくのをイラついた視線で追いながら、プッチは傍らに立つジョルノに対し声をかけた。
彼女を止めなくては、という意味合いを含んだプッチの呟き。
しかしそれに対して、ジョルノは反対の意思を示す。
ジョルノは去ってゆく少女のセーラー服が反射する光から目を逸すと、ゆっくりと目の前のシルクハットの男を見据える。
少女が景色の彼方に霞み、影すら消えるまで待ってからジョルノは口を開いた。

「……あなたのアイコンタクトは、こういうことでいいですか?」
「『この女はほっとけ』。上出来だぜ坊っちゃん。あの嬢ちゃんはどれだけ質問しようがほんとの事なんか言いやしねえよ。」

痛快、といった様子でハットの縁をつまんで、またもやスピードワゴンはウィンクをした。
そんな粋な動作にもたいしたリアクションを示さず、ジョルノは先を促した。

「では用件を。」

しかしジョルノの横に立つエンリコ・プッチが、口を開こうとしたスピードワゴンを軽く手で遮る。

「歩きながらでお願いできないかね…我々は館へ急いでいるんだ。我々を襲うつもりが無いのなら、ね。」

プッチのその言葉を受け、肩をすくめたスピードワゴンはジョルノと一瞬視線を合わせる。
そうしてから、どうぞ、と言ったような動作で顎をしゃくった。
3人がゆっくりと歩き出し、再度口を開く。

「で、だ…。あんたらDIOの館にいたんだな?嬢ちゃんの台詞からの推理だがよ。」
「ええ、いました」
「おう。俺ァな…中の状況を教えてもらいてえのよ。誰がいて、どういう会話が交わされたか、何か解ったことがあるのか…」

フーッというため息が、プッチの口から洩れた。
やれやれ、といった様子で首を振ると、自分の横で無表情のまま歩くジョルノを見る。
ジョルノの表情が少々固いのが気がかりだが、今は触れないでおいてやろう、と決めて口を開く。
こんなバカなことがあるかい?と同意を求めるような調子を含めて。

「ジョルノ。まさか教えやしないだろうね…どこの馬の骨とも分からぬ輩に。」
「まあ、こちらだけが教える義理は皆無と言わざるを得ませんね。あなたからも情報をいただけるならば考えます。せめて名前とか。」

ジョルノはプッチには目を向けず、隣で歩く男を見定めるようにちらりと見やり、すぐに前へと視線を戻す。
スピードワゴンはニヤッとし、シルクハットのつばを持ち上げて快活に言い放った。

「スピードワゴン。馬の骨ってのは否定しねえ。ケチなチンピラよ。坊ちゃんはジョルノってのか?」
「…ええ、こちらはプッチ神父です。」

スピードワゴンという名前を名簿の上の方で見たことを思い出しつつ、ジョルノはプッチを示し、名前を告げた。
対するスピードワゴンは大きく眼を見開き、観察するようにプッチを凝視した。
プッチは不躾に張り付いてくる視線に耐えながら、眼で頷いてみせる。

「へええ、神父さんまでいるのかい…。あんたらが徒党を組んで動いてる時点で、ゲームに乗ってねえってのはわかる…当然俺も乗ってねえ。
が、それ以上の情報となると、ちっとデリケートな問題なんでな。敵だの味方だの…な?」
「そうですね。あなたの敵が僕達の敵とは限らない。逆もまた然り。」

話を進めつつもスピードワゴンはその眼から採取しうる情報を出来るだけ逃すまいと、観察を続ける。
金髪の少年、ジョルノは思わず『すかしてんじゃねえ』と言いたくなるくらい落ち着いている。
そして相変わらず、この少年からは波紋の様な、ジョナサン・ジョースターの様な『良い』匂いがする。
しかし、この神父は黒か白か、よくわからない。

(目つきだけならイヤに輝いてやがる。坊さんは皆こうなのか?)

そして彼が先刻まで考えていた事。
『ディオの手下を装う』
しかし、これを実行するには不安点が多すぎた。
彼らゴロツキどもの間でもあったことだが、集団の中にはそこ独特の空気や暗黙のルールがあったりする…あるいは様々な合図・サイン。
もしそんなものがディオの手下どもの間に存在したなら、スピードワゴンには分からない。
墓穴を掘る危険がある。

(そこでだ。)

あえて『知り合い』としてディオの名前を出す。
仲間ではなく、彼が何をしているのかもよく知らない、単なる知人だと。
このフィールド内で唯一自分の知る語句である『ディオ』の館につられ、他のあてもないのでここへ来たと。

そして館の中での情報をいただく。その内容によって身の振り方を決める。
適当な理由を付けてフケるのもいいだろう。
ディオに聞かされ見知っていたとして、タルカスの名前でも出せば裏付けとして使えるかもしれない。

(わかってる。カードで言うならブタぞろいな手だってな。
だが、虎児を得んとするならば虎穴に。あえて危険な橋を渡ってやるぜ。)

スピードワゴンは緊張で強張りそうになる表情を隠し、ひっそりと決意を固めた。
死んでしまったエリナ・ジョースターの為にも。
どこかで一人、悲しみに打ちひしがれてるに違い無いジョナサン・ジョースターの為にも。
2人の姿を想いながら、スピードワゴンは口を開いた。

「ディオ、って知ってるかい?知り合いなんだけどよ」



(やべえ。やべえやべえやべえ。)

偽りの発言から数分後。
淡々と歩を進める二人の横で、スピードワゴンは冷や汗が止まらなかった。
『ディオの知り合い』と偽ったのは、あくまでも情報を入手するため。

(それがなんで本人に直接会う事になるんだよぉッ!?)

嘘を信じ込ませようとする過程でタルカスの名前を出すと、2人は今のところは納得したような返事をした。
完全に信用を得るにはやはり裏付けが不足している。
『ディオの知り合い』というあやふやな立ち位置を証明する手段が少なかったのだ。

それでも同行を許しているこの二人は、もし自分が大嘘つきで2人をだまして襲うつもりだとしても、問題にならないほどの力を持っているのかもしれない。
いずれにせよ2人とも凡夫ではないことは確かだ。
スピードワゴンは奥歯を噛みしめ、先ほどのやり取りを反芻した。

(納得させたまでは良かったのよ。だが…)

『そうだ、このまま直接本人に会いに行きますか?』

『その方がディオの為にもなるだろう…いや、今彼は中々不機嫌でね。
知り合いなら分かるだろうが、気難しい男だろう?勿論、彼の気高さの一部でもあるんだがね。』

『昔の知り合いとの邂逅で、気分が紛れれば、それはいい事ですし。』

『いや、俺っちは手下の手下みたいなもんで…』

『面識はあるんでしょう?』

『などと言っているうちに着いたじゃないか、さ、こっちだ。』

大きな門から館の入り口までの小道を、3つの足音が移動する。
スピードワゴンがふと横を見ると、通過する自分達をを興味がなさそうな視線で見やる、先ほどのナイフを持ったガンマン風の男。
その男から少し離れた場所の地面が盛り上がっている。被せた土が真新しい。

(何かを埋めたのか?まさか…)

良からぬ想像に背中を汗が伝うが、今は考えない事にし前へと視線を戻した。

三人は重々しい扉より館内に入る。
顔がばれているタルカスの野郎に見つかった時点でお陀仏決定、と覚悟しかけたスピードワゴンだったが…。
タルカスは日の当らない暗がりにいるらしく、声だけでジョルノとプッチが応答をした結果、顔を見られることもなく通過を成し得た。
さらに奥へと進み、階上へと続く階段を3人で上りつつ、プッチが上を見上げ心配そうに呼びかける。

「ディオ?今戻った!どこにいる?」

「……そんな猫撫で声で呼ばないでもらおうか…俺を弱者扱いするな。」

真昼だというのに薄暗い館の中、その暗がりの片隅から『ディオ・ブランドー』が姿を現した。
密かに生唾を飲み込むスピードワゴン。
だが『ディオ』はやはり日の光をものともせずに近づくと、プッチに対して苦言を呈した。

館を出立する前と変わらないその姿にエンリコ・プッチは安堵の息を付く。
同時に変わらぬその強気の発言にも。

「すまない。だが私の心配くらいは汲んでくれ。無事で何よりだ。」
「フン!」

ディオが鼻を鳴らしてそれに答える。
その問答を軽く流しながら、ジョルノは後ろを示して新たな来訪者を紹介した。

「あなたの知り合いが来ています。スピードワゴンさん、という方です。昔の仕事仲間だとか…」

『ディオ』の双眸がスピードワゴンをとらえた。
早鐘のごとく鼓動する己の心臓を手で掴んで止めてしまいたい衝動。
それと戦いつつ、スピードワゴンもディオを見た。
ここで終わりか。嘘がばれる。その後の己の身に、保証など何もない。

「………ほう、君か。最後に会ったのはいつだったかな…?」

意外、それは肯定。
あの『ディオ』が、自分を知り合いと言った…?

今までとは別の恐怖、焦りがスピードワゴンを襲った。
じり、と後退する。
その様子を訝しんだ他の三人の視線がスピードワゴンに注がれる。
視線をディオから外せないまま、やや震える声を何とか捻り出す事が出来た。

「……おい、こいつは…確かにディオだ。だが違う。」

狼狽している様子のスピードワゴンに対して、ジョルノはしまった、という顔をしたものの落ち着いた様子は崩さず答えた。

「あ、まだ説明していませんでした。一瞬で説明するのは難しいですが…。
ここにいる人間は、過去から来たり、未来から来たり、ばらばらの時間から連れてこられている、と言えば分っていただけるかと。
だからあなたの知っているディオさんとこのディオさんは違う可能性があって…」

「はぁ!?…」

その内容はいきなり理解するにはあまりにもぶっ飛んだ内容だった。
だが、それよりも今のスピードワゴンにとっては目の前の事態の方が火急である。
立て続けに起こる理解を超えた出来事に、頭の混乱を収めることができない。
しかしなんとか言葉を選び、さらに後ずさりつつも話を続ける。

「……だとしても、…だ。こいつはディオじゃねえ。」
「……なんですって?」

ジョルノが訝しげに『ディオ』を見やった。
『ディオ』はじろりとジョルノを睨むと、バカらしい、と言ったように肩をすくめた。

「おいおい…何を言い出すかと思えば…!お前が偽物なんじゃあないのか?常識的に考えて。」

「ッ!」

再びジョルノとプッチの視線がスピードワゴンに注がれる。
2人の背後で『ディオ』は唇の端を釣り上げた。それを見たのは、スピードワゴン只一人。
そして『ディオ』が一歩近づこうと足を浮かせた瞬間、スピードワゴンの罵倒が飛ぶ。

「動くんじゃねえゲロ野郎!ジョルノ、プッチ神父、悪ィことは言わねえから離れろ!」

「いい加減にするんだ!!これ以上ディオを侮辱するのなら、生まれてきた事を後悔させてやるぞ!!」

プッチが額に青筋を浮かせながら怒鳴る。
しばしの沈黙。
相変わらず館の中は湿った空気が漂い、暗欝な気配が空間を満たしている。
スピードワゴンはジョルノを見た。相変わらず漂って来る、太陽の匂い。
今後起こりうる事態に、恐怖が無いわけではない。
だが、自分はジョナサンに誓ったのだ。

『おれぁ、あんたに顔向けできねえことはしねえぜ』

「……ジョルノ。さっき俺はディオの知り合いだと言ったな?すまん、ありゃ嘘だ。」
「「「なんッ……」」」

三人が同時にたじろぐ。スピードワゴンに注がれる視線がさらに鋭くなる。
そのうちの一つ、外面上は『ディオ・ブランドー』の視線は特別に驚愕を含んでいるようだ。
冷や汗をぬぐおうともせず流し続けながら、スピードワゴンはひきつった笑いを浮かべた。

「情報をいただくために付いた嘘だ…そして俺は、『匂い』で嘘がわかる。
おまえのさっきの時間についての説明は本当だ。だがこいつは嘘を付いているッ!」

「匂い…?それだけでは何の裏付けにもなりません。」

ジョルノは口ではそう言っているが、気持ちは瞳からくみ取ることができる。
その瞳の揺れを、スピードワゴンは脈あり、と受け取った。
間髪いれず、たたみかけるように叫ぶ。

「じゃあ!なんでこいつは知り合いでも無い俺を知り合いだと言った?なんでお前ェらについた俺の嘘とわざわざ口裏を合わせやがった?
答えは!こいつが俺を知らないからだ!ディオが俺を知っているかどうかを知らなかったからだ!」

「だからと言ってあんたの嘘を嘘と証明できるんですか?!そもそも最初に嘘をついたと、今我々にばらすのはなぜ…っ?」

ジョルノは初めて狼狽の色を示した。
眉根にしわを寄せ、真剣な表情でスピードワゴンに詰め寄り、口調を荒げる。
スピードワゴンは目を閉じ、すう、と大きく息を吸い込む。
そして眼を見開きまた大声で叫んだ。

「俺は、ディオの敵だッ!吸血鬼ディオの!だがなぜこいつは日の下を歩いてる!?
ここへ連れてこられた時間に原因があるとしても、俺に対するこいつの態度はありえねえ!
俺はディオが吸血鬼になった時に初めて出会い、すでに敵として認識されていたッ。」

再び沈黙。
ジョルノは唇を半分開けたまま、今自分の耳に注がれた事実を咀嚼しきれない、といった表情で佇んでいる。
スピードワゴンは頭に血が昇ってゆくのをどこか冷静に見ている自分を感じながら、ジョルノに向けてさらに言葉を続ける。

「いいか…真実とは!一片の疑問をも許さない!こいつは偽物だ!ディオじゃあねえ!
信じろ!俺も信じる!お前の黄金の、太陽の匂いを!」

「………」

「止めろ…ジョルノ…!私は、君を、攻撃したくないッ!!」

プッチは『ディオ』とジョルノの間に立ちはだかった。
ジョルノは沈黙を保つ。
『ディオ』も口を開かない。
三度の沈黙。
動かないジョルノに、スピードワゴンは駄目か、と目を固く瞑り、悔しそうに下を向いた…
次の瞬間。

「……無駄ァッ!!」


※   ※   ※


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最終更新:2010年03月10日 16:17