エンヤは狼狽していた。必ずやあの憎きジョースター一行を抹殺しなければならないのに……。すぐにもDIO様の元に馳せ参じてお仕えしなければならないのに……。
なのに、なのに…どうして………。
「どうして50メートルだけなのじゃ――――ッ!?」
なんということだろうか、彼女のスタンド“正義”はかつてのように広がってくれないのである。
“正義”を広げようとコントロールしても自分を中心として半径100メートル…いや、せいぜい50メートル程度しか広がらないのである。
それ以上広げようとしてみてもコーラの後に出したゲップが空気に溶けるように、霧が消えてしまうのである。
まるで子供の時から家族同然に育て上げられた犬が主人の元を離れがらないように……。

時を少しさかのぼって見よう―――
B-5のタイガーバームガーデンにて名簿をチェックした後、彼女はふと自分のスタンドで町全体を覆うことを思いついたのだ。
そうすればこの殺し合いという舞台のもと、たくさん転がっているであろう死体を操れる。自分の息子と主が自分の存在に気付いてくれる。
そう思い、霧を広げたら……このざまである。

エンヤは自分のスタンドが本来の力を出せないことに疑問と怒り、そして大きな焦りを感じた。
(落ち着け、落ち着くんじゃ……。別になにもわしがこの殺し合いで不利になるわけでもない。射程距離50メートル以上のスタンド使いなんぞ、わしの知る限り花京院しかいない…。
逆に言えば花京院さえ倒せばいいんじゃッ!その後、死体を引き連れてポルナレフやホル・ホースを始末すれば……!)
ぶつぶつと自分自身に言い聞かせるように呟くエンヤ。だが…

「イデッ?!」

その時その思考を邪魔させるほどの、とは言っても微かにチクリとだけだが、痛みを頭に感じたエンヤは深い思考の海から引き上げられた。
彼女の中に恐怖がじわじわと広がる…。あたり見回すがここはタイガーバームガーデン。
壮大な石の芸術、所々に映える緑、光輝く動物たち……。
こんな地形では周りを把握するのは至難の技だ。射程距離には自慢のある“正義”だが敵を認識できなければさすがのエンヤでも手も足もでない。
闇の中でじっと周りを伺う。ジンワリと嫌な汗が額を伝う。一体何分もの間そうしていただろう?数分?数十分?一時間?
エンヤ婆は段々と馬鹿らしくなってきた。きっとそこらの石が頭に当たったのだろう。いや、もしかしたら痛み自体も気のせいだったのかもしれない。
「こんな状況じゃ、仕方ない…。それにしてもわしも年をとったもんじゃのう……。」
ボソリと呟かれたその言葉には年相応の疲れが含まれていた。
とりあえず彼女の中で今後の第一方針は決まった。一人、最低でも一人操れる人物が必要である。死体でも良いが生きててもかまわない。そのためには……
デイバッグから地図を引っ張りだし、自分の現在地をなぞる。その指がスッと下に向かいピタリと止まった。

エンヤ婆はゆっくりと歩き出した。自分の使える手駒を探しに南へと歩きだした…。



◇   ◆   ◇



山岸由花子の性格を一言で表すといったらなんという言葉がふさわしいだろう?
情熱?乙女?激情?極端?
色々な言葉があるだろうがそれぞれには必ず共通するキーワードがあるだろう。
“広瀬康一”
彼女の全てはこの一言に尽きると言ってよいだろう。
そんな彼女がこのゲームに巻き込まれ、彼が参加してると知った時………。
彼女がどう動くかは至ってシンプルだろう。



(うまくいったようね……!)
夜行性の動物が好むような暗闇の中、由花子は安堵の表情を浮かべた。彼女の視線の先には小柄な老婆が辺りを必死で見渡そうとキョロキョロと首を動かしている。しかし彼女が見ているのは老婆ではない。彼女が見ているもの、それは……。
(口を塞いで首輪を引っ張る…。殺ろうと思えば殺れるわね…、けど康一君のためにも“今”は殺さないでおくわ……。康一君に感謝しなさいよ…)
ほんの少しだけ、微かにだが確かに老婆の髪の毛が動いている…。みなさんにこの意味がわかるだろうか?
人が見たら言うだろう。今の由花子は醜いと。ゾッとするような笑みを浮かべていると。


由花子は名簿で康一の名前を見つけた時から決意をしていたのだ。
“彼を守る”と――――

実際彼女は広瀬康一のことがよくわかっているのだ。
杜王町を襲った吉良吉影を倒した彼のことである、彼は間違いなくこのゲームに反逆するだろう。弱者を守ろうとするだろう、強者を打ち倒そうとするだろう。そしてあの荒木飛呂彦さえ、なんとかしようと努力するだろう。
そして、その過程で彼は傷つき、転び、挫折し、もしかしたら再起不能の傷を心に、身体に負ってしまうかもしれない。
そんなことはあってはならない。そんなことのなってはならない。
それならば……、それならば私が代わりにその傷を負おう。彼が傷つかないようにその道に横たわる石をすべて取り去ってしまおう…。彼がこのゲームでなにもなかったかのような平穏な生活を送れるよう私が全て泥を被ろう……。
たとえ彼が望まなくたって。
たとえそれで彼が私を嫌いになったって。
たとえ私が修羅に身を落とそうとも。
彼女が思い出すのはあの岬でのこと…。今考えると愚かだったと断言できるが、彼を痛め付けようとしたにもかかわらず康一は自分を守ることを優先したのだ…。
あの優しさ、人間としての器の大きさ、人間性…。
(今度は私の番……ッ!私が私の全てをなげうってでも…必ず、あなたを、守るッ!)
彼女を突き動かすもの…それは狂気でもなく、計算でもなく、ただ純粋な愛であった…。

由花子の心は真っ白だ。清々しくなるほどに真っ白である。
例えるなら人間らしい色とりどりの心を、白い消しゴムですべて消し去ってしまったように。人としての理性や道徳を塗りつぶしてしまったかのように。
彼女の心は真っ白に染め上げられる…。ただひとつ、“愛”という感情に…。



◇   ◆   ◇




ある所に一人の老婆がいた。
一人のカリスマ性に溢れ、心身ともに真っ黒に染まったディオ・ブランドーに心酔した老婆が。
彼女はこのゲームで自分の息子とディオのため、戦いぬくことを誓ったのである。
彼女の名前はエンヤと言った……。


ある所に一人の女がいた。
一人の正義感に溢れ、邪悪な殺人鬼から街を守った広瀬康一に心酔した女が。
彼女はこのゲームで彼を“守る”という決意の元、全ての人を殺すことにした。
彼女の名前は山岸由花子と言った……。


【B-5とC-5の境目 タイガーパームガーデン/1日目 深夜】
【エンヤ婆】
[時間軸]:聖痕で全身に穴が開いた直後
[状態]:全身穴だらけ、動揺と焦り
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品1~3
[思考・状況]
1.とりあえず操れる死体をひとつ確保する。
2..DIO様は守る、J・ガイルに会う、両方やらなくちゃならないのが老婆のつらい所じゃな
3.ポルナレフとホル・ホースを地獄の苦しみの末に殺す
4.ジョースターの奴ら(ジョセフ・ジョースター、モハメド・アヴドゥル、花京院典明、空条承太郎)も殺す
5.なんで“正義”が広がらないんじゃ?
[備考]
※スタンド“正義”が制限されていることに気づきました。主な制限は次のふたつです。
  • 射程距離が50メートルほどに制限されています。
  • 原作より操る力が弱体化しています。人間はともかく、吸血鬼や柱の男たちにはエンヤ婆の精神が相当高ぶってないと操れない程度に制限されています。
前者はわかっていますが後者は気づいていません。
※頭部に由花子の髪の毛が埋め込まれています。
※南に向かっています。

【山岸由花子】
[時間軸]:4部終了後
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品1~3
[思考・状況]基本行動方針:広瀬康一を優勝させる。
1.この老婆の後をつけ、利用する。
2. 康一のために参加者をすべて殺す。
3.エンヤがたくさん人を殺すことに期待
4.正直知り合いにはなるべくあいたくない。けど会ったら容赦しない。

[備考]
※名簿に目を通しました
※エンヤの頭部に髪の毛を植えつけました。
※エンヤの後を30メートルほど離れて尾行しています。また、彼女がエンヤを殺さないのはエンヤが“危険人物”であろうだからです。エンヤの行動しだいではいつでも始末する気です。
※康一と会ったらどう動くかは不明です。

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24:凄く変わった老婆 エンヤ婆 70:過去への遺産、暗黒の遺産 ①
山岸由花子 70:過去への遺産、暗黒の遺産 ①

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最終更新:2008年09月27日 20:11