先が全く見えないほどの濃霧、霞んだ白に覆われた世界の中で対峙する老婆と怪物、
怪物は人の形をしてはいるものの5メートル以上はあろう異様な体躯を持つハンター、
非常に小柄で皺だらけの老婆は当然狩られる側。
そして、霧の外の世界で髪を振り乱しながら老婆の行方を気にする少女。
ホラー映画としてみたら最高のシチュエーションなのではないだろうか?
だが、このアスファルト上の舞台でエンヤ・ガイルは被害者役としての登場ではない。
彼女は魔女。暗黒に染まった主に永遠の忠誠を誓った狂信者。
眼前にいるのは既に両手にスレッジ・ハンマーを構えて足を少し曲げた体勢の
タルカス、
彼がこっちに走り出したら自分が死んだ事に気付く暇も無く潰れたカエルの様にペチャンコになってしまうだろう。
しかし、彼女には切り札があった。
『DIO』
様々な時代、様々な人物に影響を与え続けた闇の帝王。
彼女は数多く居る彼の部下の中でも腹心に近い立場。
なので過去の話を聞いたりする機会も度々あり、その時に聞いた話に屍生人の事も少なからず混じっていた。
常人では考えられない巨体に鉛色の鎧。
DIOから聞いた情報に完全に一致している。
エンヤは確信した。コイツの名はタルカス。
100年前にDIOによって屍生人に変えられた騎士だ。
とうの昔に死んだはずの彼の存在に疑問を感じたがそんなのはどうでもいい、
彼女の息子だって生きてたのだ。荒木の能力であるのだろうと自らを納得させる。
ゆっくりと、相手を刺激させないようにギリギリまでゆっくりと腕をあげてタルカスを制止させるエンヤ。
それと同時に唾で口の中を潤わせた後、皺まみれの口を開き息を吸う。
「お主はタルカスじゃな?」
少しだけ話を聞いたらそのままエンヤを殺す気だったタルカスがハンマーを下ろして地面を少し揺るがせる。
そしてハンマーを片手に持ち替えて続きを問うた。
「何故俺の名前を知っている?」
唸る様な声。
あまりにも重く低い声は空気中を波となってエンヤの耳へと届く。
「主、DIO様から聞いていたのじゃ。まぁワシも本物の屍生人に会うのは初めてじゃがな」
エンヤはあくまでも淡々と返事をする。
コツコツと小さい靴音を立ててタルカスへと近付いてゆき、ついには彼の目の前にまで至った。
そこは彼の射程内。
ハンマーなど使うまでもなく、その拳でエンヤに確実かつ無残な死を与える事ができる距離。
しかしタルカスは動こうとしない。
普段は使わない頭を使って思考を繰り広げているのだ。
「―――ん?」
不意に彼がさっきの重低音とは全く違う疑問に満ちたような声を発する。
「おい、貴様はディオ様の部下と言ったな? しかし見たところ貴様はただの人間ッ!!
本当にディオ様の部下だったのか!?答えろッッ!!」
「ひっ!」
歴戦の戦士であろうとも容易く怯ませるであろう怒声。
圧倒的な肺活量から生み出されたそれは濃霧の一部を吹き飛ばし、エンヤも思わず顔を覆ってしまう。
一瞬であったがエンヤは恐怖した。
目の前の怪物、タルカスの醸し出すオーラ。
生前は騎士として、死後は屍生人として修羅の人生を歩んできた彼は弱小な吸血鬼やスタンド使いでは及ばないほどの重圧を周りのものに与える。
だが、エンヤも只者ではない。
一癖も二癖もあるDIOの部下であるスタンド使いを統括してきた彼女も強靭な精神力を持っている。
承太郎一行とは真逆のベクトルを向いているが、大きさだけなら引けを取らないであろう。
ギドギドと心の中心に纏わりつく恐怖心を瞬時に心の底に追いやって、先ほどまでの冷静さを取り戻す。
「フェフェフェ、すまんのぉ。ついつい驚いてしまったわ」
極々自然に不自然で不気味な笑い声をあげて自分の余裕をアピールする。
「わしの能力は……口で言うよりも実際見たほうが分かりやすいかの」
タルカスから射殺す様な視線で見つめられているがもはや慣れてしまった、
余裕をアピールするかのごとく口の端をあげて気味の悪い笑いを浮かべる。
合図代わりに杖で地面を叩こうとするが、肝心の杖が手の中に無い事に気が付き不機嫌そうな様子で手を叩いた。
フッ
「なっ―――」
白一面の世界から、再び暗闇の町に連れ戻された事にタルカスは動揺を隠せなかった。
主、ディオは水分を操作する事であらゆるものを凍らせる事ができる。
しかし、この量の霧を生み出すことは決して出来ないだろう。
会ってからずっと気圧されてばかりだったタルカスの度肝を抜くことに成功したエンヤは上機嫌そうな笑みを漏らす、
当然その笑みも例に漏れず不気味なものであったが……。
「お主は知らないだろうから一から説明するとするかの。
………おっと、自己紹介が遅れたようじゃな。わしはエンヤ・ガイル。DIO様の部下じゃ。
今わしが使った能力の名はスタンド。名前の由来は――――――」
再びスタンドを発動させて辺りを濃霧で包んだ後、タルカスにスタンドの説明を始めた。
DIO/ディオが蒔いた未来への遺産がが二つ。
二人は誓った。
帝王の仲間と共に他の参加者を全て地獄へ送った後に荒木に挑戦する事を。
こうして、本人の全く知らない所で部下たちは盛り上がってゆくのだった。
★ ☆ ★
(あいつらは一体何時出てくるのよ!?)
家の陰に隠れて霧の中に消えたババァと怪物の様子を伺う。
彼女のイライラは爆発寸前。眼輪筋が全力で痙攣を始めて目尻の辺りがせわしなく動く。
いや、目尻だけではなく手足。そして髪の毛が怒りのあまりに震えだした。
スグにでも霧の中に突っ込んでババァを絞め殺してやりたい。
頬に流れる汗を強引に袖で拭う。
(制服が汗臭くなると康一君は嫌がるかな?)
ふとそんな考えが頭を過ぎる。
恋する乙女が相手の事を過剰なまでに気にかける。それはある意味正常な思考だ。
(康一君康一君。あぁ、早く彼に会いたい)
この会場の何処かにいる彼の事を思って妄想の世界へと足を踏み入れようとする。
般若の面と比べても見劣りしなかった表情はすっかりなりを潜めて、うっとりとした表情に変化した。
が、幸せな妄想はスグに終わり、やってくるのは苦難の道しか待っていない現実。
(でも……あたしは彼のために参加者を全て殺す……
そんな私に彼に会う権利はあるの? ううん、私のためだけじゃない。
自分のために殺し合いをしてると知ったら康一君はきっと悲しみ傷つくわ……)
康一と出会うまでは彼女は自分の事しか考える事ができなかった。
しかし今は違う。今の世界の中心は康一。
表情を180°変化させて、悲壮なまでの覚悟を決めた彼女は再び心の中で誓う。
(私は覚悟を決めたんだ……絶対に彼を救うって…だけど……だけど私が彼の前に出る事は決してない……。
康一君は何も知らないで生き延びてもらう……そう…何も知らないで……)
誰にも聞かれることのない心中の誓い。
証明する物も人物もない小さな
小さな誓い。
(康一君を優勝させるって事は……つまりあたしが死ぬ事……。
でも恐怖はないわ…彼のために死ねるならむしろ本望………。
ただ、もう生きて彼に会えないのは……やっぱり…寂しいわね…。)
全ては愛しの彼のために
肉も、骨も、自慢の髪の毛も、人間としての心も……自分の命ですらすらも
彼女の誓いは“献身”
美しくもあり醜くもある愛の形。
闇夜に一滴光る涙は、修羅となる彼女の人間としての最後の感情かもしれない。
★ ☆ ★
「ポフェーイヒイヒイヒイヒイヒイヒヒヒヒヒ」
ダービーの自我を支える支柱はほぼ完全に崩れかかってる。
痛みなら耐えることができた。
しかし、自分の専売特許だったギャンブルでの敗北、そして命と同等の価値を持っていた自分の両腕の喪失。
どちらか一つでも精神を病みかねない程の衝撃を与えるのに、それが二つ同時にやって来たら?
人間としてのプライドもクソもない。
今のダービーは空想の世界で見知らぬ相手とギャンブルに興じ続けていた。
「流石に哀れみを誘うな……」
ダービーを片手で支えながら、ヘリの操縦を変わって貰ったプッチに話しかける
エシディシ。
あくまでも彼の中でダービーはカビ爆弾としか認識していないが、目の前で此処まで錯乱されると流石に同情する。
「おや? コイツを鉄塔に投げ捨てるって言ったのは君じゃないか」
「うぅ~む、じゃあお前は自分が乗ってる馬が疲れて息を荒げてたらどう思うんだ?」
「確かに同情はするが、足を止めさせたりはしないだろうな。
だが、この声を飛行中にずっと聞くのは気が滅入る。
まだ私のスタンドのもう一つの能力を教えてなかったね? コイツを黙らせるついでに説明するよ」
「MM? スタンドとやらは一人一能力しかないんだろ? もう一つの能力とはどういう意味だ?」
「さっきの説明には少し間違いがあったんだ。私の能力は『DISC』を生み出す事だ」
「ほう、つまりお前は人間の記憶やスタンドを素としてDISCとやらを作るわけだな」
「あぁ。本当に君は察しがいいな。しかし私は無からDISCを生み出すことも出来る」
ホワイトスネイクの片手のみを発現させてDISCを生成する。
DISCは月光を浴びて無機質な光をヘリの中に撒き散らした。
理由は分からないがスタンドで生み出したものにも関わらずDISCは一般人にも視認ができる。
だからこそ
F・Fをトラクターの番人として常駐させておいたのだ。
プッチはエシディシにDISCのみを見せるつもりであった。
エシディシの顔に驚きが張り付いて数刻。
おかしい。いくら目の前で超現象を見たとしても彼が思考停止するほど驚くものなのだろうか?
一応、声をかけよう。
そう思った矢先にエシディシがプッチに話しかける。
「なぁプッチ。スタンドについてひとつだけ聞きたい。
無自覚のスタンド使いなる者は存在するのか?」
「!?」
ホワイトスネイクが手に持ったDISCを取り落とす。
重力に引かれてヘリの床と無音の衝突を果たす銀のDISC。
プッチはその一言で全てを察したのだ。
自分のスタンド、ホワイトスネイクがエシディシには見えている事を。
驚いたといえば驚いたが少しもおかしな事ではない。
彼の友人も吸血鬼でありながらも自らのスタンドを持っていた。
それにこの会場には少なくない数のスタンド使いがいることも推測できる。
ならばエシディシがスタンド使いでは無いと断言する理由を探すほうが難しい。
「エシディシ、多分君は無自覚なスタンド使いなのだろう。
もし君が望むなら私のスタンド能力によって君の能力を知る事ができるがどうだい?」
「是非頼もう」
エシディシのあまりの即答に驚いたプッチ。
「いいのかい? 僕の能力は知ってるんだろう。もしかしたら隙を突いて君を殺すかもしれないじゃないか?
私の能力は肉体の強弱には関係しない。君にも説明したじゃないか」
「さっきの小屋の中でお前は俺を信用した。俺がお前を信頼する理由としては不満か?」
「すまない……信頼できる仲間があまりいなかったものでね。
君の即答振りに少し驚いてしまったみたいだ」
「そうか、まぁそんな事はどうでもいい。
早く俺のスタンドを確認してくれないか? 俺に怪焔王の流法の他にも能力があるならそれを知りたいんだ」
(本当に好奇心の強い男だ)
好奇心と書けば、子供のキラキラした目を思い浮かべる人が少なからず居るだろう。
エシディシも目を輝かせてこれから発掘されるであろう自らの才能を心待ちにしている。
しかし、その輝きは無垢なものではない。
新しい知識への渇望でギラギラしている飢えた猛獣の目。
「じゃあジッとしていてくれよエシディシ」
ホワイトスネイクを全身発動させる。
最初は完全にプッチと重なっていた影は徐々に分離して行き、完全にプッチと切り離された。
「この亜人がお前のスタンドか」
「あぁ。名前や能力はさっき説明した通りさ」
狭いヘリ内なので近寄るまでもなく、エシディシはホワイトスネイクの手の届く位置に居る。
柱の男の鋼の肉体がまるで泥かなにかであるかの様に容易く指先の進入を許した。
「MUOOOOOH!自分の頭に手を突っこまれる経験は初めてだがコレは中々気持ち悪い。
よかったぜ。いままでに俺の頭にまともな攻撃を喰らわせる奴がいなくてな」
生死を握られているのにもかかわらず軽口を叩くエシディシとは対照的にプッチは顔から冷や汗を流し、なにやらブツブツ呟いている。
「…53……59…スタンドDISCが見つからないだと?……61…67……71…73……
落ち着け…79……83……97……エシディシはスタンド使いじゃなかった…ただそれだけだ……」
「俺がスタンド使いではないだと? ならば何故俺はお前のスタンドの存在を感知できるんだ?」
「恐らくは荒木の所為だ。スタンド使いと非スタンド使いの格差を埋めるために何かしらの細工をしたんだろう」
プッチから告げられた残酷な現実に落胆を隠し切れないエシディシ。
だが、泣き喚いてスッキリしなくてはいけないほど重症だったわけではないらしい。
彼は一瞬で我を取り戻して新たな考察に移る。
「しかしプッチ。その場合には考えられるケースがいくつかある。
一番可能性が高いのは首輪か会場が俺たちに作用して誰にでもスタンドが見れるようにした可能性だ」
「あぁ他に可能性があるのは―――――」
「フハハッ クックックッ ヒヒヒヒヒ ケケケケケ ノォホホノォホホ
二人ともそんな難しい話は止めてこっちで一緒に遊ぼうよ。
ヘラヘラヘラヘラ アヘアヘアへ」
スタンドが見えたことから一連の事態で二人は忘れていた狂気に呑み込まれた哀れなギャンブラーの存在を。
一切の空気を読むことなく口から涎を垂らしながら焦点の会わない目で笑うダービー。
「そういえば私の能力の説明は終わってなかったね」
ホワイトスネイクが腰を屈めて、先ほど取り落とした命令DISCを軽く拾い上げる。
そして、エシディシの目の前に持って行き説明を始めた。
「コレが私の作れる三つ目のDISC。
おおまかに言ってしまえば相手を洗脳する効果がある」
プッチが実演してみるよ。と告げた後にホワイトスネイクが軽く手を振った。
まっすぐに、少しのブレも見せずに飛んでゆくDISCはダービーの頭に命中すると同時に、吸い込まれるかの様に頭の中へと消えていった。
通常なら致命傷になるであろう挿入中に出来た穴は完全に塞がり、ダービーに異物が入った事実を全く感じさせない。
静寂があたりを支配する。
先ほどまで哀れな笑い声をあげていたダービーも完全に沈黙してしまい、今響いているのはヘリのプロペラが回転する音だけ。
「『一切声を出さない』という内容を命令した。これでDISCが排出するまで彼が喋る事はない。絶対に……だ」
投下順で読む
時系列順で読む
キャラを追って読む
最終更新:2009年09月22日 13:42