一文字一文字読み進めるたびに、固く握った拳を叩きこまれているようだった。
鈍く、頭の奥底まで響くような痛み。掌に感触を焼き付かせるように憎しみを込め、拳を振るっているかのような。
そんな鈍痛に思わず頭を抱えた。しばらくの間じっと、痛みが引くまで、私は深呼吸を繰り返した。
いつの間にか息を殺していた。そうする必要もないのにひっそりと息を吐き、そして誰にも見つからないよう、息を吸う。
何をしているのだろうか。誰かから身を隠しているわけでもない。誰かに見られて困るようなことは何一つしていない。
そうわかっていても、しばらくの間私はそうやって息を殺していた。じっとその場から動けなかった。
「―――……日の出、か」
どのくらいその場にうずくまっていたのだろう。気がつけば太陽が昇っていた。
天気は晴れ、雲も少なく、強烈な太陽光が容赦なく私を照らしていく。
まるで突き刺すように日差しは射し込んで来た。例え手でそれを遮ろうとしても、細めた瞳で見つめようとも。
容赦なく襲いかかる日光、眩しすぎて顔をしかめた。気だるい身体を引きずるように、私はそのまま近くの民家に逃げ込んだ。
――― 日光が苦手だ。
自分は元々身体が強いほうではないし、子供の時から外で遊ぶというよりは家の中で過ごすほうがずっと好きだった。
落ち着いた空間で読書を楽しんだり、テレビゲームやボードゲームに熱中したり。私はそうやって幼年期をすごしてきた。
誰かと一緒に過ごすのが苦手だとか、誰かと話すことが嫌いかと言われれば、別にそうではない。
好きでも嫌いでもない。そつなくこなしてきたし、人並みに話し相手もいた。自分から進んで孤立した覚えもなければ、誰かに嫌われるようなことをした覚えもない。
たまたま私にはそれが合っていただけの話だ。サボテンが好んで砂漠に咲くように、白クマが一人北極に住むように。
一人で過ごす時間が自分にとっては大切な時間だった。そしてそんな時間がなによりも自分にはよく馴染んだ。
ただそれだけの話だ。
「―――……ただそれだけの話」
そうだ、それだけの話。
ただそれだけのことなはずだというのに……何故今になってその時のことを思い出しているのだろう。
何故こうも苦々しい表情を浮かべているのだろう。何故胸が苦しく、壁に身を預けるほどに、私は疲弊しきっているのだろう。
―― それはきっと私が『脅えている』からに違いない。
『また』一人になってしまうのか。また私は、自分だけにしかわからない孤独に悩まなければいけないのか。
孤独という感情が恐ろしい。それは目に見えず、音もなく、人の心に忍び込んでくる。
時間も場所も選ばず、一度抱いてしまえば、振り払っても、振り払っても付きまとう。
恐ろしい。孤独という感情は、私にとってなによりも、もしかしたら死よりも、恐ろしい。
「……DIO、さま」
か細い、掠れた声。誰かに聞かれたらと思うと恥ずかしさすら込み上げそうな、そんな情けない声だった。
それがわかってしまっているから、そうだと知っているから、胸が苦しくなった。
よろめきかけた身体を支える様、壁に手をつき、しばらくの間じっとする。
呼吸が整うまでの僅かな時間、熱くもないのに額に汗が浮かんだ。誤魔化すように、学生服の袖で乱暴にぬぐった。
軍人風情の男たちが所持していた支給品の一つ。まさに今、私の右手にぶら下がっている一枚の紙切れ。
それは驚くべきものだった。私は目を疑い、鼻で笑い、破り捨てようとして……そして出来なかった。
第一回放送と銘打たれた男の言葉。同時刻、自分の元へと届けられた一枚の名簿。
それを加味すれば、その一枚の紙切れは紛れもない事実だとしか思えなかったから。
どれだけ必死で否定しようとしても、それは残酷に私に現実を突きつけていたから。
『ジョースター家とそのルーツ』
古くは1800年代まで遡り、そして一番下まで目をやれば、それは今よりおよそ20年後の2011年。
7世代にわたってのジョースター一族の家系図が、そこには記されていた。
そしてそれはどうしようもなく事実で、紛れもなく正しくて、実際に存在している家系図だった。
少なくとも、自分にはそう思えた。
納得のいく話だ。
何故最初に会った見知らぬ男は私のことを知っていたのか。何故自分との間に認識差があったのか。
何故首輪を吹き飛ばされ、死んだはずの
空条承太郎が私の知る彼よりもふけて見えたのか。何故死んだはずの彼の名前が名簿に示されているのか。
わかったのはそこまでだ。でも、そこまでわかれば残りは必要ない。考えなくていいことは考えなければいい。
だが自分は厄介な性格で、その余計な事まで考え、理解し、推測してしまう人間だった。
おそらく ――― DIOさまは負ける。他でもない、空条承太郎の手によって、彼は殺される。
そうして空条承太郎は娘をもうけ、家庭を築き、暮らしていく。その証拠がこの家系図に記されている『
空条徐倫』の存在だ。
私が始末するはずだった空条承太郎は始末されなかった。すくなくともこの家系図が存在する未来では、私はどうやらしくじった。
空条承太郎が生きていて、なおかつDIOさまも生きておられる。その可能性は低い。
あのお方は一度やると言ったら最後までやりきるだろう。彼には凄味がある。やると言ったらとことんやり尽くす人だ。
そしてそれは空条承太郎も一緒だ。やつも売られたケンカを途中で放り投げるような人間ではない。決着をつけるまで、ヤツは戦うことをやめないだろう。
「そしてDIOさまは……――― 負ける」
口にした直後、そうしたことを後悔した。手にした紙に皺が走るほど強く握り締め、唇を噛みしめた。
あるいはこれはとんでもない幸運なのかもしれない。本来そうなるはずだった運命を変えることが、今の私にはできるのだから。
敗北しかない未来だったはずだ。DIOさまの死は、空条承太郎の勝利は避けられない運命だったはずなのだ。
このバトル・ロワイアルというものが、おこなわれていなかったならば。
「ならば私は、DIOさまのお役に立つために―――」
やることは変わらない。私の務めは変わらず、空条承太郎の抹殺を速やかに実行するのみ。
そうだ、なんら変わらない。未来だとか、運命だとか、そんなことはどうでもいいはずだ。私にとって信じるべきはDIOさまのみ。
為すべき事は唯一、たったひとつ変わらずそこにある。私の役目は空条承太郎の抹殺。それだけだ。
そこまで考えて、私は勢いよく立ちあがった。民家よりゆっくり出ると、抹殺対象を探し、街へと足を踏み入れた。
行く宛はない。何の成果もあげずにDIOさまの元、“DIOの館”を訪れようとは思わない。
そこを訪れる時があるとすれば、それは私が任務を終えた時だ。空条承太郎をこの手で始末し終えた後のことだ。
「そう、それだけのことだ。今はそれだけのことを考えればいい。それ以外は全て終わった後で ―――……」
家系図は置いてきた。
それはもう必要のないものだったから。私にとって大切なのは空条承太郎の殺害、それだけだったのだから。
不要なものは捨て、荷物は少なく。身軽になれればそれに越したことはない。
……いや、正直に言おう。私は、それでも振り払えなかったのだ。
じりじりと温度を上げていく街を練り歩き、アスファルトから立ち上る熱気を見据えながら、私はいつの間にか深い思考の海に沈んでいた。
紙に記されたDIOさまの死を見るのが怖かった。
DIOさまがいないこの世界を、想像することが恐ろしかった。
DIOさまがいなくなった世界で、私は一体どうなったのだろう。
死んでいるのだろうか。生きているのだろうか。どちらにしても、それは同じような事ではなかろうか。
DIOさまのいない世界なんぞ、私にとって死んだも同然だ。
あのお方は唯一私の孤独を理解してくれたのだから。私に、この私に『友達になろう』と言ってくださった、たった一人のお方なのだから。
「DIOさま……」
どんな時代だろうと、どんな世界でいようとも、これだけは確実に断言できる。
私は、もう一人になりたくない。私はもう、友達を失いたくない。
その気持ちだけは、偽りない本当の私の気持ちだ。
そのためならば、私は……、私は……――――――
光眩い太陽に目を細め、
花京院典明はゆっくりと街の影へと姿を消していった。
【E-5 中央 民家/1日目 朝】
【花京院典明】
[時間軸]:JC13巻 学校で承太郎を襲撃する前
[スタンド]:『ハイエロファント・グリーン』
[状態]:健康、肉の芽状態
[装備]:ナイフ×3
[道具]:
基本支給品、ランダム支給品1~2(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:DIO様の敵を殺す。
1.空条承太郎の抹殺。とりあえず街を探索する。
2.ジョースター一行、他人に化ける能力のスタンド使いを警戒。
3.
山岸由花子の話の内容、
アレッシーの話は信頼に足ると判断。時間軸の違いに気づいた。
【備考】
※スタンドの視覚を使って
サーレー、
チョコラータ、玉美の姿を確認しています。もっと多くの参加者を見ているかもしれません。
※
ケイン、
ブラッディの支給品はナイフのみでした。
ドノヴァンのもうひとつの支給品が『ジョースター家とそのルーツ』リストでした。
※ケイン、ブラッディ、ドノヴァンの基本支給品、そして元々持っていた余分な基本支給品1セットは荷物になると判断しタイガーバームガーデンにおいてきました。
※ムーロロに見られました。ついでに民家に放置したジョースター家ルーツが速攻でぱくられました。
【アレッシーが語った話まとめ】
花京院の経歴。承太郎襲撃後、ジョースター一行に同行し、
ンドゥールの『ゲブ神』に入院させられた。
ジョースター一行の情報。ジョセフ、アヴドゥル、承太郎、ポルナレフの名前とスタンド。
アレッシーもジョースター一行の仲間。
アレッシーが仲間になったのは1月。
花京院に化けてジョースター一行を襲ったスタンド使いの存在。
【山岸由花子が語った話まとめ】
数か月前に『弓と矢』で射られて超能力が目覚めた。ラヴ・デラックスの能力、射程等も説明済み。
広瀬康一は自分とは違う超能力を持っている。詳細は不明だが、音を使うとは認識、説明済み。
東方仗助、
虹村億泰の外見、素行なども情報提供済み。尤も康一の悪い友人程度とのみ。スタンド能力は由花子の時間軸上知らない。
【支給品紹介】
【『ジョースター家とそのルーツ』リスト@オリジナル】
原作の6部コミックスに掲載されているもの。 ジョジョロワ2ndでも登場したが……またまたやらせていただきましたァン!
以下コピペ。
名前や血縁関係だけでなく、年代、人物相関図(「殺害」など)までも書かれている。
顔(イラスト)までは書かれていない。
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時系列順で読む
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最終更新:2012年12月27日 16:35