できたばかりの十字架の表面を撫でる。ざらりとした感触が印象的だった。
そのあまりに無機質な感触に少年の手が思わず止まった。しばらくの間、
東方仗助はその感触を噛みしめるかのように、繰り返し十字架を撫で続けた。
飾り気のない木でできた十字架。それを支えるように盛られた土。あまりに質素な墓だった。
仗助はしばらくの間、墓の前に立ち続けていた。
涙にくれるようなこともなく、怒りに顔をゆがめるでもなかった。死者を弔う優しさと憂いに満ちた表情を、少年は浮かべていた。
「仗助くん」
突然背後から名前を呼ばれ、彼は振り返る。
見れば保安官
マウンテン・ティムが険しい顔でこちらに向かっていた。彼の手には放送時に配られた名簿が握られていた。
少年は返事もせず、あげていた再び視線を墓へと向ける。彼がその場から動く気配は見えなかった。
保安官はきびきびとした様子で隣に並び立ち、そして同じように墓へと視線を向ける。
眉間に寄せられていた皺は薄れ、硬かった表情がゆっくりと柔和なものへと変わっていく。
マウンテン・ティムが仗助の肩にそっと手を置いた。少年は振り払うこともせず、しばらくの沈黙の後、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「
虹村億泰って奴は……頭は悪いわ、見た目は凶暴だわ、喧嘩っ早いわで色々面倒な奴だったんスよ……。
ほんとはイイヤツなんスけど、学校のやつらには色々誤解されてたみたいで……アイツも彼女ができない、彼女ができないってよくぼやいてました。
アイツ、ほんとにピュアなヤツなんスよ。休み時間とか昼飯の時間とかにだべってると、そんなことばかり話しやがって……。
そのくせいざ女子から話しかけられると、緊張してんのか、照れ隠しなのか、ぶっきらぼうになって……。
なんていうか、不器用、って言葉がスゲー似合うヤツでした」
ティムは黙って話の続きを促した。仗助はうっすらと頬笑みを浮かべ、それは楽しそうに億泰のことを語った。
その様子があまりに楽しそうだったので、いつのまにかティムの口元にも笑顔が浮かんでいた。
仗助は話を続ける。
「でも俺はそんなアイツの不器用さって言うんスか? 男気あるところにスゲー憧れてたんスよ、ここだけの話。
ガッツだったら誰にも負けやしねェ、目標定まれば、それはもう猪みたいにガンガン進んでいく。
アイツのそういう部分には、敵わねェな、って俺、思ってたんです」
不意にティムは仗助の体が震えていることに気がついた。
目を落とせば右手に握られた紙が元の形をとどめていないほどに、くしゃくしゃになっているのが見えた。ティムは何も言わなかった。
仗助は顔をあげると、真正面から太陽を見据える。突き刺すような光線に眼を細めながらも、彼は視線を逸らさなかった。
「ちょっと前に俺のじいさんが死んじまって……。警察官だったんすよ、じいさん。俺。助けようとしたんスけど、間にあわなくて…………。
俺はそん時誓ったんです。もう街の人を誰一人傷つけさせやしない、この人の分まで俺がこの街を守っていこうって。
さっきの放送でそのじいさんの名前が呼ばれました。億泰の野郎の名前も呼ばれました。ほかにも沢山の人が、この六時間で亡くなった」
「…………」
仗助は大きく息を吐き、そして息を吸った。
一呼吸置くと、再び口を開く。
「馬鹿らしいとはわかってる。無理難題だってことも知ってる。
でもティムさん、俺はもう誰一人死んでほしくないんです。目の前で“また”間にあわなかった、そんなのはもう嫌なんです。
“治す”ことしかできない俺のスタンドです。だからこそ、もう二度と……俺は救えるはずだった命を失いたくないんだ…………」
涙はなかった。だがその横顔を見たティムは、少年の抱えるあまりに大きな覚悟に心を痛めた。
守れるものより守れないものの方が圧倒的に多い。全てを守ろうなんていうのは夢物語で、必ずや誰かを見切り、見捨てなければいけないのが現実だ。
だがその現実を突きつける気にはならない。その現実を知って尚、仗助は届かぬ夢に手を伸ばそうとしているのだから。
「ああ、そうだな……」
ティムは何も言わず、仗助の肩をポンと叩いた。
誰よりも優しい心を持つからこそ東方仗助は悩み、苦しんでいる。そしてこれからも、彼は悩み続けるに違いない。
ならば可能な限り彼を支え続けてやりたい、そうティムは思った。
できないかもしれない、苦しい思いをするかもしれない。
それでもどんなスタンドよりも優しいスタンドを持つこの少年を、見捨ててはいけないとティムは自身に誓った。
「戻ろう、皆が待ってる」
最後に一度だけ十字架を撫でると仗助は小さい声で、いってくるぜ、と呟いた。
マウンテン・ティムは黙って聞こえないふりをし、男たちが待つ家へと向かっていった。
◆
「よォォォォォォオオオオオく聞け、諸君―――――――――ッ!」
机を叩き割らん勢いでシュトロハイムが地図を叩きつけ、吠えた。
本人はきっと普通の声の大きさで話しているつもりなのかもしれないが、周りの四人は堪ったものではない。
顔をしかめたり、耳を塞いだりする男たちであったが本人はどこ吹く風、そのままの声量で話し続けた。
「スタンド使いである諸君の強さは充ー分に理解しているッ そして同時に波紋使いの強さも、吸血鬼の恐ろしさも俺はもよーく知っているッ
ならばこの人数は何だッ! 一体誰が、どうやって、こんなにも多くの犠牲者を生みだしたのだッ!?」
律義に答えを返そうとする広瀬康一。
しかしまたも盛大に叩きつけられたシュトロハイムの拳に驚き、彼は身を縮めた。喉元まで込み上げた言葉を反射的に飲み込む。
男は最初から答えなんぞ期待していなかったのだろう、返事も待たずに自らの問いにこう答えた。
「『柱の男たち』! それしかあるまいッ
サンタナ、そして
エシディシはどうやらくたばったようだが未だ二人の柱の男たちが存在しているッ
いや! あるいは、あってはならないことだが二人以上柱の男たちがいる可能性だってあるのだッ!
過去、未来の可能性を考えればその絶対数は計り知れないッ そしてその脅威もわれわれの想像をはるかに超える可能性があるのだッ」
「……それが地図とどんな関係にあるんスか?」
「良い質問だ、仗助ッ!」
仗助の顔にビシリと指を突きつけ、男はニヤリと笑う。
されたほうは気分がいいわけもなく、仗助はやれやれと言った感じで仲間に目くばせする。
気が付いているのか、いないのか。シュトロハイムの話は続いた。
「放送前に聞こえた救急車の音、覚えているな?
貴様らにはどう聞こえたかはわからんが……わがゲルマン魂が作り出したこの最高にして至高、人間を超越しサイボーグ化した身体は僅かな違和感すら聞き逃さなかったッ
あの救急車の音、どうも俺には奇妙に聞こえたのだ。遠く離れていたとはいえ、更に遠くから聞こえた様な……そんな気がしてならなかったのだ。
そこで音のスタンドを操る康一とッ 臭いを元に居場所を突き止める噴上の出番と言うわけだッ」
二人の少年を交互に指し示しながら、男は鼻高々といった感じで言った。
「二人のスタンド使いに調査を依頼した結果、どうやらこの殺し合いの舞台とやらにはかくされた地下通路があるらしい。
それも極めて巨大で、しかも迷路のように張り巡らされたものがな!
つまり! 先ほど感じた音の違和感、膨大な数の死亡者、そして地下通路……! ここから導き出される結論は、即ち一つ……ッ!」
「おい、このサイボーグ、ボリュームコントローラ壊れてんぞ」
耳元でがなりたてる男の声があまりにうるさかったのだろう。
噴上裕也は座ったまま身体を捻り、隣に座った保安官に囁いた。
マウンテン・ティムは笑いながら結論を促した。
「君の意見を聞こうか、シュトロハイム」
「柱の男たちが自由に動けないこの時間ッ そう、時はまさに絶好の機会なのだッ!
これより我々は地下に潜入するッ! 殲滅対照は柱の男たちッ! 奴らを叩くことでこれ以上の犠牲者拡大を防ぐのだ…………ッ!
そしてそのためにも……!」
三度、轟音を響かせシュトロハイムの拳が机に叩き下ろされた。
しかし今回、その拳はある地点を指さすように振り下ろされていた。
周りの四人は顔をぶつけ合わせるように男がさした地図を覗きこむ。指先が示すのはこれより北、古代環状列石。
「向かうは古代環状列石……! いざ柱の男退治へッ!行くぞ、将兵諸君!」
◆
「76人……」
読み上げられた多くの人々の名前、そしてその数の多さに男は言葉を失った。
いや、数だけではない。自分を庇い死んでしまったジョージ・ジョースターⅡ世、恩人の父親であるジョージ・ジョースターⅠ世。
他にも数多くの見知った名前を名簿に、そして死亡者の中に見つけ、スピードワゴンは雷に打たれたような衝撃に襲われていた。
一体何が起きているというのだ。
二人のジョージ・ジョースター? 誇り高き紳士、
ジョナサン・ジョースター?
ジョセフは首輪を吹き飛ばされ死んだはずじゃなかったのか? エリナさんまでこの殺し合いに巻き込まれているのか?
浮かんだ疑問に名簿が答えを返してくれるわけもない。一枚の紙は黙って男を見返していた。
スピードワゴンは動けない。老人はあまりに多くのものを失い、それは年老いた彼に何よりも堪えた。
石油王でもなく、おせっかい焼きのアウトローでもない。バトル・ロワイアルにおいて、
ロバート・E・O・スピードワゴンはただの老人にすぎなかった。
「―――……おい! おい! スピードワゴンッ!」
少女の鋭い叫びを耳にして、ようやく彼の意識は浮上する。
エルメェス・コステロの上にまたがり、鬼のような形相で手を動かし続けるシ―ラE。鬼気迫る様子で、彼女はなんとかエルメェス・コステロの命を繋ぎとめていた。
慌ててスピードワゴンは少女の額から滴る汗をぬぐい、指示されたとおりの器具を渡していく。
だが少女に助けの手を貸しながらも、男の心は晴れなかった。スピードワゴンの心は嘆き、苦しんでいた。
――― 一体私は何をしているのだろうか。
ロバート・E・O・スピードワゴンは誇り高き人間だ。
自分の非力さ、無力さはわかっていた。老いとともに更に自分の力が衰えていったのも知っていたつもりだった。
だがここ、バトル・ロワイアルの場はあまりに残酷だった。老いも無力も言い訳にできないほどに、この場は無惨にも彼に現実を突きつけた。
この老いぼれは、未だこうして生き永らえているッ! ほかでもない、生き残るべきものの命を犠牲にしてッ!
にもかかわらず、私は何もできていないッ! 自分一人守ることも、女性一人助けることもできやしないッ!
何人もの若者がッ 自分よりも生き残るべきものがッ 死んでしまったというのにッ!
老人は思わず呻き声を漏らしかけた。
ジョージが自分を庇い、死んだ瞬間がよみがえる。エルメェスが張り飛ばした頬が痛んだ。
だが何よりも、何もできない自分が。何も救うことのできない心が、誇りが。
彼の心を苦しめる。スピードワゴンはそっと目を閉じた。声にならない嘆きが漏れ出ることのないよう、彼は喉奥でその嘆きを噛み殺した。
「目瞑ったところで何か変わるわけじゃねーぜ……」
男の鼓膜を震わせたのは少女の言葉だった。
思わぬ言葉にスピードワゴンは顔をあげ、目の前の少女を見つめる。
シ―ラEは手を休めず、エルメェスの傷口から目を離すことなく、言葉を続けた。
「アンタが無力感に襲われてるってのはわかってる。
なんで俺が生き残って、なんであいつが死んだんだ……そう思ってたんだろーな?
私だってそう思ってるさ。なんでジョルノ様が死んで私が生き残ってるか、なんで私じゃなくてあのお方が死ななくちゃならなかったのか。
わかんねーままさ。納得なんかできてねーし、きっといつまでたっても答えは出てきそうにねェ。
だけどな、だからこそ私は自分のなすべき事をやってやるんだって思ってる。
言っただろ、あたしの“E”は復讐の“E”。こうしてあたしが生き残ったことに意味があるとしたなら、それはきっと“復讐”のために違いないッ
ジョルノ様を殺した、あのスティーブン・スティールとかいうクソ野郎をぶち殺すために! 私は今、ここにいるんだ!」
その時初めて、男はシ―ラEの眼を見た。
彼女の目に灯った光は運命に苦しめられながらも尚輝く、一人の人間の輝きだった。
かつて砂漠で死にそうになりながらも石油を掘り当てた自身と同じ目が、萎びれた男を見返していた。
「だからスピードワゴン、しみったれたションベンづらしてんじゃねーッ!
悲しい? 悔しい? 無力感? だったら出来る範囲でいいから、とにかく動きやがれッてんだ!
アンタに私みたいなことができるわけねェだろ。ギャング渦巻くフィレンツェで私は縄張りはってんだ、スタンド使いをなめんじゃねェーよ!
あんたには石油王だっていう立派な実績があんだろ? 残してきた物が違う、積み上げてきた実績がある。
ならあんたにはあんたにしかできないことをやればいいんじゃねーか! ちげーか、ああ?!」
それはシ―ラEなりの励ましの言葉だったのだろう。叱咤激励の言葉は自身にも向けられた、彼女なりの鼓舞だったに違いない。
意味を探すなど愚の骨頂。男なら体一つで運命切り開き、自分で意味を作り出すぐらいの気概を見せやがれッ
随分と荒々しく、容赦ない言葉だった。だがそれは不抜けた男を立ち直らすにはちょうどいいぐらいの衝撃であった。
しばしの沈黙の後、ロバート・E・スピードワゴンの眼がゆっくりと光を取り戻す。
青ざめた表情にさっと血の気が戻り、冬眠から目覚める様に全身の血流がフル回転し始める。
男はギュッと握り拳を作った。震える体を叱責し、彼はゆっくりと立ち上がった。
「―――……そうだな。そうに違いないな、シ―ラE君」
シ―ラEは止められなかった。
男があまりに唐突に、そして素早い身のこなしで動いたので、彼女は思わず言葉もなく男の動きを目で追うしかなかった。
スピードワゴンの意図の読めない行動を、黙って見守るシ―ラE。
しかし男が何も言わずに車外に出たことで、彼女は言葉を口にせずにはいられなかった。
「何してやがるんだ、テメー! そんなことしてる暇があるなら少しでもいいから手を貸しやがれ!」
男は何も言わなかった。固い表情のまま彼は黙って、何かを待っていた。
延々と広がる暗闇を前に仁王立ちする男。一体コイツは何をしているのだ。痴呆が回って、ついにボケ老人になってしまったのではないだろうか。
シ―ラEはそう思わずにはいられなかった。車の外に飛び出してよっぽどぶん殴って連れ戻そうかとも思った。
だが次の瞬間、身体を震わせるような悪寒が少女を襲った。
指一つ動かすことのできないような、金縛り似た圧迫感。シ―ラEは動かない。いや、シ―ラEは動けなかった。
「シ―ラEくん、車を出しなさい。今すぐにだ」
スピードワゴンがゆっくりと口を開いた。彼は震えていなかった。男は少女に言われた通り、自分の為すべき事を為すために、今ここに立ちつくしていた。
彼の敏感な嗅覚が嗅ぎ取ったのは絶対的な『危険』。避けることのできない『死の臭い』。
闇からゆっくりと現れた一人の男。その男から車を庇うように、スピードワゴンは堂々とその場に直立する。
数多くの修羅場を乗り越えたプライドが男を支えていた。柱の男、
カーズが闇より姿を現し、それでも老人は震えず、動かず。
氷よりも冷たく、何の感情も持たない一対の眼を見据え、スピードワゴンは動かない。
――― 静寂が響いた。
死んだような沈黙が訪れ、それを切り裂くように金属音が響いた。
柱の男、カーズの腕より鋭い刃が飛び出し、彼は黙ってそれを二人に向けた。
誰もが動けずにいた。そしてまた静寂が訪れ……スピードワゴンが口を開いた。
◆
猛スピードで救急車が駆けていく。
最後のトンネルを曲がり切ろうと華麗なドリフトを決め、まるで空に飛び立つかのように白の車は勢いよく地上へと飛び出した。
叩きつけらたかのように車は二、三度地面で跳ねまわる。激しい揺れが少女を襲った。
彼女はハンドルに齧りつくようにして、その揺れに耐えた。
タイヤから煙を撒き散らしながら、車はようやく止まる。シ―ラE、そしてエルメェス・コステロだけを乗せながら。
「―――……くそったれ」
舞いあがった土埃がおさまり、唸りを上げていたエンジン音が消えた。
運転席に座っていた少女は荒い呼吸を繰り返しながら、ハンドルに額を押し当て、一人そう呟いた。
静寂が訪れたのを合図としたかのように、彼女は顔をあげるとミラーに映る自分自身を見る。
その顔は怒りに染まっていた。誰でもなく、彼女は自分自身が許せなかった。
『スピードワゴン、てめェ……!』
『シ―ラEくん、繰り返しになるが、車を出しなさい。今すぐに。
三度目は言わせないでくれ。向こうもそうのんびりしてくれそうには思えないからね』
シ―ラEは悔しかった。シ―ラEは情けなかった。
例え逃げるしか道がなかったとしても。逃げるのが最善策だとわかっていても。それでも彼女は自分自身が許せなかった。
その選択肢しか選べなかった自分の非力さが。全てを諦めきったような老人の笑顔が。
「くそったれ……! くそったれ、くそれったれ、くそったれッッッ!
ふざけんじゃねー!ふざけんじゃねーよ、このクソ野郎がァァアッ!」
最後の言葉とともに拳を振り下ろす。ガンッ、と決して小さくはない音が車内に響くのと同時に、背後で甲高い電子音が鳴った。
はっとした表情で少女は運転席を離れ、急いで後ろの女性の様子を伺った。
エルメェス・コステロの意識は未だ戻っていなかった。シ―ラEはチラリと電子音をたてた機器を見る。
緑色のディスプレイに目をやった瞬間、呼吸が止まった。エルメェス・コステロの心臓は止まっていた。
胃が奇妙なつっかえを起こし、彼女の口から情けない悲鳴が漏れ出た。シ―ラEはエルメェスの身体の上にまたがると、思いきり心臓を押した。
繰り返し、繰り返し、押した。彼女の心臓が再び動き出すまで、シ―ラEは心臓を押し続けた。
手を離して、しばらく様子を見る。一秒、二秒、三秒……。緑のディスプレイは何も写さなかった。
エルメェス・コステロはまるで死んだかのように、眠り続けた。シ―ラEは叫んだ。繰り返し、繰り返し叫んだ。
まるで眠っているエルメェスを起こそうとしているかのように。彼女は狂ったように叫んだ、心臓を押し続けた。
「戻れ、戻れ……ッ! 戻ってこい、エルメェス! 戻ってこいッッッ!」
掌に伝わる感触から必死で目を逸らす。魂が抜け出て、死ぬ瞬間にふっと軽くなる。そんな手ごたえを彼女は無視した。
だが現実は残酷だ。計器は動かない。エルメェス・コステロも動かない。
それでもシ―ラEは押し続けた。諦め切れるわけもなく、彼女は壊れた機械仕掛けのように動き続ける。
もういやなんだ。もう誰も失いたくないんだ。
姉を失った。姉を殺した仇を失った。復讐を教えてくれ、生きる意味を教えてくれた少年も失った。
また失うのか。まだ自分は誰かを失わなければならないのか。
エルメェス・コステロを。ロバート・E・O・スピードワゴンを。また自分は失うはめになるのか。
「クソッ クソッ クソッたれッ! 殺してたまるか……、殺してたまるかってんだよッ!」
今ここで動かなければスピードワゴンは死ぬだろう。
あの頬笑みは死を覚悟した男のものだった。長くは持つまい。どれだけ百戦錬磨の男だろうと、言葉一つで時間を稼ぐには限界がある。
戻ったところで何とかできるわけでもないことはわかっている。しかし何もしなければ、確実に、石油王ロバート・E・O・スピードワゴンは殺される。
今ここで動けばエルメェスは死ぬだろう。
心臓はとっくに止まっている。手術はいまだ終わり切ったわけではなく、辛うじて命を繋ぎとめているにすぎないのだ。
シ―ラEが手を止めればいとも簡単に、エルメェスは死ぬ。それはもうひっそりと、あっさり、簡単に。
「―――……頼むから、死なないでくれ」
それは誰にも届かぬはずの懇願だった。少女の手はほとんど止まりかけていた。
運命を絶えず切り開いてきた少女の口からか細い祈りがこぼれ落ちる。
それはギャングシ―ラEとしてでもなく、復讐者シ―ラEとしてでもない。
一体私は何をしているのだろうか。そんな無力感に苛まれる、一人の少女の悲鳴だった。
甲高い電子音がもう一度鳴り、動いていた緑の波形が沈黙する。シ―ラEの手が、徐々に勢いをなくしていく…………。
同時にエルメェス・コステロの魂が抜け出ていく。ゆっくりと、だが確実にエルメェスが死んでいく……。一人の女性が、死に瀕している……。
シ―ラEはそっと目を瞑った。目の前の現実は、今の彼女が受け入れるにはあまりに残酷すぎた。
その時だった。
「―――俺たちに任せろ」
どこか遠い場所からそんな声が聞こえた気がした。
あまりに唐突で、少女は背後からかけられたその言葉が本物のものには思えなかった。
振り向く間もなく、温かな腕が彼女の肩を抱く。見上げればカウボーイハットをかぶった伊達男が、笑顔を浮かべそこにいた。
救急車の後ろの扉が気がつかぬうちに開け放たれていた。乗りこんできた三人の男たちを、シ―ラEはただ呆然と見つめている。
東方仗助が力強い宣言通りに、エルメェス・コステロの治療を始める。
クレイジー・ダイヤモンド、そう呼ばれたスタンドが傷跡を撫でると、見る見る合間に傷が塞がっていく。
少女はその様子を呆気にとられ、ただ見つめることしかできなかった。
しばらくすると、再び電信音が鳴り響く。エルメェス・コステロに呼吸が戻る。
彼女の死は免れた。東方仗助は間に合い、シ―ラEは失わなかった。
「仗助くんが来たからにはもう安心だよ」
小柄な少年がそう言いながら、いつの間にかシ―ラEの隣に座っていた。
心優しい、人のよさそうな少年だった。彼の笑顔は不思議と見ている少女を安心させた。
間にあったのか。シ―ラEの震える声がそう問いかけた。
間にあったよ、そう少年は頷き、少女を労うようにギュッと手を握った。
血染めの手だったが広瀬康一は微塵も気にすることなく、何度も何度も手を握った。
少年の掌は温かかった。それを感じた時シ―ラEは、生きてるんだ、そう思った。
生きてるんだ。自分もエルメェスも無事生き延びることができたんだ。
「仲間がいるんだ……。
一人洞窟に残って、追手を止めてるやつが………」
それは思わず零れ落ちた呟きだった。あまりに安心しきってしまったのだろう、少女の口から勝手に言葉がついて出た。
そして直後、彼女の身体をどっとした疲労が襲い、少女はまるで糸を切った人形のようにその場に倒れ込む。
遠くで何かを叫ぶ声が聞こえた。だが、瞼は重く、視界が暗い。
シ―ラEはそっと意識を手放した。
気持ちだけで支えてきた身体はゆっくりと暗闇へと沈んでいく……。そしてシ―ラEは、気を失った。
◆
「畜生……、この畜生が…………ッ!」
込み上げた酸っぱい胃液を飲み込みながら、噴上裕也は毒づいた。
威勢のいい言葉とは裏腹にその口調は弱弱しく、彼は壁にもたれかかかりながら荒い呼吸を整えていた。
吐き気の波がもう一度彼を襲う。口を手で覆いながら彼は言葉にならない悪態をつく。
「鼻が人一倍効くお前には辛いだろう。無理しなくてもいいぞ、フンカミ」
「黙れ、このサイボーグ野郎! 畜生……、この畜生が…………ッ!」
屈んでいたシュトロハイムがゆっくりと立ち上がった。男は少年のほうを振り向かず、ただ黙って目の前の光景を見つめていた。
洞窟は真っ赤に染まっていた。それはもうどうやったらこれほど鮮やかに彩れるのだろうと思うぐらい、赤一色に。
壁、地面、天井までに飛んだ血痕。鼻を覆いたくなるような鉄臭い臭いが充満していた。シュトロハイムは拾い上げた身体の『一部』をじっと見つめていた。
「……無茶しよって」
それは『ロバート・E・O・スピードワゴン』だったモノ。
ロバート・E・O・スピードワゴンだったモノが、辺り一面撒き散らされていたのだ。
鮮やかな切り口で細切れにされた身体の断片。一番大きなものでもそれは容易く男の掌に収まってしまうぐらいで、生前の面影はほとんどない。
シュトロハイムは黙々と動き続けた。まるで感情を見せないロボットかのように彼は機械的に動き、数分のうちに身体の大部分を集め終える。
噴上裕也は青い顔で動けずにいた。シュトロハイムが今度は穴を掘り始めても、少年はその場から動くことができなかった。
「それでいい。それでいいんだ、フンカミ」
いつもは叫ぶように話すシュトロハイムがボソリとそう唸った。
噴上がごくりと唾を飲み込む。シュトロハイムは言葉を続けた。
「本当はお前をここに連れてくるのもよくはないとわかっていた。こんな光景をできることなら見せたくなかった」
「舐めるなよ……ガキじゃねーンだぞ、俺は」
「ガキも子供も、大人も成人も関係あるまい。こんな光景は戦場だけで十分だ」
その時唐突に、噴上裕也は目の前の男が軍人であることを思い出した。
そんなことは知っていたはずだった。口開けばゲルマン、ナチス。そんな男が軍人以外の何物でもあるわけがなかった。
だが言葉の背後に広がるほの暗さを嗅ぎ取り、噴上は改めて、心で、そして魂で認識したのだ。
ルドル・フォン・シュトロハイムという男のことを。彼の背中から漂う、血なまぐさい臭いを。
そんな男の背中に、噴上裕也はかける言葉が見当たらなかった。
出来上がったスピードワゴンの墓はあまりに素っ気ないものだった。
きっと言われなければ誰もが見落としてしまうに違いない。言われたところで盛られた土があるだけで、きっと誰もがそれを墓だとは思わないだろう。
一時代を築いた石油王にしてはあまりに寂しく、物悲しい、墓だった。
シュトロハイムはしばらくの間、そんな墓の前に立ち続けていた。右腕をピンと伸ばした敬礼のポーズのまま、男はしばらくの間その場に立ちつくしていた。
「戻ろう、皆が待っている」
十数秒の沈黙の後、シュトロハイムはくるりとその場で振り返り、洞窟の入り口にいる噴上に声をかける。
男はそれっきり背後を振り向かなかった。少年を引き連れ、辺りを警戒しながら、シュトロハイムは仲間が待つ場所へと帰っていく。
誇り高き軍人はリベンジを誓った。亡き石油王のためにも、因縁の相手との決着は必ずやつけなければならない!
「カーズ……!」
男の憎々しげなその呟きに、少年はなんと返せばいいかわからなかった。
噴上裕也は黙って聞こえないふりをし、何も言わずに先を行く男に追い付こうと、ほんの少しだけ足を速めた。
【ロバート・E・O・スピードワゴン 死亡】
【残り 73人】
【B-4 古代環状列石(地上)/一日目 朝】
【ルドル・フォン・シュトロハイム】
[スタンド]:なし
[時間軸]:JOJOとカーズの戦いの助太刀に向かっている最中
[状態]:健康
[装備]:ゲルマン民族の最高知能の結晶にして誇りである肉体
[道具]:
基本支給品、
ドルドのライフル(5/5、予備弾薬20発)
[思考・状況]
基本行動方針:バトル・ロワイアルの破壊。
0.仲間の元へと戻り、改めて作戦を練る。今後の行動方針を決定する。
1.各施設を回り、協力者を集める?
【東方仗助】
[スタンド]: 『クレイジー・ダイヤモンド』
[時間軸]:JC47巻、第4部終了後
[状態]:左前腕貫通傷、深い悲しみ
[装備]:ナイフ一本
[道具]:基本支給品、不明支給品1~2(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る気はない。このゲームをぶっ潰す!
0.二人の女性が目が覚ますまで救急車で待機。仲間が帰ってきたら今後の行動方針を決定する。
1.各施設を回り、協力者を集める?
2.リンゴォの今後に期待。
3.承太郎さんと……身内(?)の二人が死んだのか?
[備考]
クレイジー・ダイヤモンドには制限がかかっています。
接触、即治療完了と言う形でなく、触れれば傷は塞がるけど完全に治すには仗助が触れ続けないといけません。
足や腕はすぐつながるけど、すぐに動かせるわけでもなく最初は痛みとつっかえを感じます。時間をおけば違和感はなくなります。
骨折等も治りますが、痛みますし、違和感を感じます。ですが“凄み”でどうともなります。
また疲労と痛みは回復しません。治療スピードは仗助の気合次第で変わります。
【広瀬康一】
[スタンド]:『エコーズ act1』 → 『エコーズ act2』
[時間軸]:コミックス31巻終了時
[状態]:左腕ダメージ(小)、右足に痛みとつっかえ
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、ランダム支給品1(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
0.二人の女性が目が覚ますまで救急車で待機。仲間が帰ってきたら今後の行動方針を決定する。
1.各施設を回り、協力者を集める?
【噴上裕也】
[スタンド]:『ハイウェイ・スター』
[時間軸]:四部終了後
[状態]:全身ダメージ(小)、疲労(小)
[装備]:トンプソン機関銃(残弾数 90%)
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:生きて杜王町に帰るため、打倒主催を目指す。
0.仲間の元へと戻り、改めて作戦を練る。今後の行動方針を決定する。
1.各施設を回り、協力者を集める?
【エルメェス・コステロ】
[スタンド]:『キッス』
[時間軸]:
スポーツ・マックス戦直前。
[状態]:フルボッコ、気絶中、治療中
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況] 基本行動方針:殺し合いには乗らない。
0.気絶中
1.徐倫、
F・F、姉ちゃん……ごめん。
【マウンテン・ティム】
[スタンド]:『オー! ロンサム・ミ―』
[時間軸]:
ブラックモアに『上』に立たれた直後
[状態]:全身ダメージ(中)、体力消耗(大)
[装備]:
ポコロコの投げ縄、琢馬の投げナイフ×2本、ローパーのチェーンソー
[道具]:基本支給品×2、ランダム支給品1(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る気、一切なし。打倒主催者。
0.二人の女性が目が覚ますまで救急車で待機。仲間が帰ってきたら今後の行動方針を決定する。
1.各施設を回り、協力者を集める。
【
シーラE】
[スタンド]:『ヴードゥー・チャイルド』
[時間軸]:開始前、ボスとしてのジョルノと対面後
[状態]:全身打撲、左肩に重度の火傷傷、肉体的疲労(大)、精神的疲労(大)
[装備]:ナランチャの飛び出しナイフ
[道具]:基本支給品一式×3、ランダム支給品1~2(確認済み/武器ではない/シ―ラEのもの)
[思考・状況]
基本行動方針:ジョルノ様の仇を討つ
0.気絶中
[備考]
参加者の中で直接の面識があるのは、暗殺チーム、ミスタ、ムーロロです。
元親衛隊所属なので、フーゴ含む護衛チームや他の5部メンバーの知識はあるかもしれません。
ジョージⅡ世とSPWの基本支給品を回収しました。SPWのランダム支給品は
ドノヴァンのマントのみでした。
放送を片手間に聞いたので、把握があいまいです。
◆
放り投げた首輪を投げ、そして落ちてきたところをまた掴む。
考え事をしながら無意識のうちに、カーズは繰り返し、繰り返し、首輪を投げては掴み、投げては掴んでいた。
ふとその首輪を見つめていると、その持ち主との会話を思いだした。
未だ血が残る銀の輪を見つめ、しばしカーズは記憶の中の会話に浸る。
『もう一度だけチャンスをやろう、人間……貴様が持っている情報を洗いざらい吐け。
そうすればせめて痛みを感じぬように、このカーズが丁重にあの世へと葬ってやる……』
『…………何度聞かれようと私の答えは変わらない。その問いに対する答えは、NOだ。』
『ほゥ……』
―― ザクッ……!
『―――ッ!』
『意地を張らずに素直に従えばいいものを……。さて、貴様がどこまで耐えることができるか、これは見ものだなァ』
『……何度でも言ってやろう、私の答えは変わらない。私から情報を聞き出そうというのなら、それは無駄なことだ。もっとその時間を有意義なことに使うがいいさ』
『……人間風情が舐めた口をきくようだな。だがそう言われると、このカーズ、ますます口を割らせたくなるものよ!
どれ、お手並み拝見と行こうではないか……!』
結果的には情報は手に入らなかった。人間一人に気を取られたあまりに、カーズはその仲間をみすみす見逃したことになる。
自分らしくもない失態だった、彼は一人そう反省する。
男があまりに堂々としていたので何か策でもあるのではないかと無駄に勘ぐってしまったのだ。安い挑発にまんまと引っ掛かり、思惑通りに事を運ばれてしまった。
加えて先の異形の怪物、自分を尾行していた謎の生命。ここにはカーズの知らぬ“何か”がいたるところにいる。
その事実がただでさえ慎重なカーズを、より慎重にさせてしまったのだ。男がただのはったりかましていると気付いた時には、時既に遅かった。
「……ふん」
結果だけ見れば、これはカーズにとっての『敗北』になるだろう。
この男の目的は仲間を逃がすことであり、そしてその目的は達成されてしまったわけだ。
目論見通り二人の人間は無事逃げのび、このカーズは無様にも足止めを喰らった。
「だが…………」
カーズは別段気にすることなく、彼の関心はすでに首輪へと移っていた。
手元のサンプルが二つに増えたことでまがいなりにも実験らしきものをする環境は整っている。
支給品とやらでカーズに配られたものが大工具用品一式であったことも幸いした。今いる場所も洞窟の奥で邪魔が入ることもなさそうだ。
その一方で、別段焦ることでもないとも思っている。
サンプルだって人の数だけいるのだ。それこそ5個、10個の首輪を集めてから本腰入れて取りかかるのも一つの手だ。
一度始めたらそれなりに時間を取られるのは確かなのだ。ならばもっと万全の態勢を整えてから取りかかっても決してそれは遅くないだろう。
ふわり、ふわり。首輪が舞う。
器用なもので、カーズは二つの首輪を同時に放りながら、歩みを止めず、考えることもやめなかった。
柱の男は思考を続ける。実験に取り掛かるか。この地下洞窟の探索を続けるか。
カーズにとっては当たり前のことだったが、ついに彼は今殺した男の名を知らぬことに気がつかなかった。
当然だ。カーズにとって人間は食料の食料にすぎず、虫けらよりも価値のないものなのだから。
柱の男がすすんでいく。ひたひたと足音をたてながら、男は洞窟の暗闇へと姿を消していった……。
to be continue......
【B-5 中央(地下)/ 1日目 早朝】
【カーズ】
[能力]:『光の流法』
[時間軸]:二千年の眠りから目覚めた直後
[状態]:健康
[装備]:服一式、工具用品一式
[道具]:基本支給品×2、サヴェージガーデン一匹、首輪(億泰、SPW)
ランダム支給品0~3(億泰のもの 1~2/カーズのもの 0~1)
[思考・状況]
基本行動方針:柱の男と合流し、殺し合いの舞台から帰還。究極の生命となる。
0.首輪解析に取り掛かるべきか、洞窟探索を続けるか。
1.柱の男と合流。
2.エイジャの赤石の行方について調べる。
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最終更新:2013年01月31日 09:33