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思い返せば、旅の間はずっと『祈り』続け……馬による大陸横断レースは『祈り』の旅でもあったのだ。
明日の天気を『祈り』、朝起きたら目の前の大地に道があることを『祈る』。
眠る場所と食糧があることを『祈り』、たき火に火がつく事を『祈る』。
このあたりまえのことをくり返しながら――友と馬の無事を『祈る』。

じゃあ、今は……?

無事を祈るべき友がいない、今は?

 ★

ジョニィ・ジョースターの半生を振り返るに、彼は深い人付き合いというのに慣れていないと結論付けられよう。
ジョッキー時代は父の目から逃れるように権威にあやかり、世辞を浴びた青春を過ごし。
大陸横断の旅路はジャイロと過ごすことが大半で、その振る舞い、社交的とは言い難い。
ルーシー・スティールとはレースの最中、遺体を巡ってのやり取りはあったが、それだけで親密と称せるはずもない。

「身重の子に同伴した経験なんてないしな……」

ジョニィは一人、遠くを見つめて呟く。
信頼できる『ジョースター達』と合流を急ぎたいが、遺体を懐胎しているルーシーに身軽な動きはできない。
レース当時のように同乗できる馬があれば、ルーシーの身体的負担を減らせただろうが、ないものねだり。
ゆえに、休み休みの行動で、馬とは比較にならない亀の歩みで南下していた。

「待たせたかしら」

民家から出てきたルーシーは、鼠径部を圧迫しないゆったりとしたワンピースに姿を変えていた。
処女懐胎を果たした身、ウエスト周りの負担を軽減するために、民家から服を調達したのだ。

「急いでも仕方ない」

その一言でスンと冷めた表情を浮かべるルーシーに、ジョニィは気まずさを覚え目をそらす。
カワイイとか似合ってるとか……この場面で女の子に言うべき台詞は別にあったかもしれない。
ジャイロなら勝利の女神が嫉妬する、とか何とか言っただろうに。
そんな自省もそこそこに、ジョニィは目をそらしたまま、地図を広げる。

セッコ、だったか……地中を潜るスタンド使い」
「ええ、彼が禁止エリアを探ってくれている」
「だから川を渡る前に――GDS刑務所に行く前に合流したい、って話だったな」

ジョニィは、地図でいうところの【E-2】と【E-3】を跨ぐ橋付近を指さす。
彼らの現在位置もまた、指し示した地点にほど近い場所。

「特に合流場所を決めていたわけではないけど……南東を調べ、そして戻ってくるなら、こちらも南下しておけば合流できるはず」
「『誰にも見つからず、うまく禁止エリアを見つけてこれたら』と言ったんだろ? ぼくらだって判別する方法があるのか? 地下から?」
「正直、合流できなくってもいいの。あの時は、同伴してると厄介だから遠ざけたかったってだけで」

ルーシーはそう言って、懐から角砂糖をなでるように取り出した。

「制御できるか怪しい『暴れ馬』ってわけだ」

ジョニィはデイパックを胸元に寄せ、地図をしまう。
目線は相変わらず前方に向けたまま、思案に耽っていた。

「味方か……誰が敵で、誰が味方なんだろうな」

遺体探し、信頼できる仲間集め、迫りくる敵への対処――セッコの報告待ちは、どれにも当てはまらない案件。
禁止エリアの確認もいずれ放送で明らかになることから、急務とは言い難い。
しかし地中への潜伏能力は索敵から奇襲まで、背負える役割は幅広い。
躾けられるのであれば手元に置いておくメリットは十二分。
だがジョニィ・ジョースターの胸中には、別択が入り込む余地がある。

「確認だけどルーシー……もしセッコがぼくたちに敵対するようなことがあれば、『撃って』いいんだな?」

――心が迷ったなら……ジョニィ・ジョースター、撃つのはやめなさい

かつての助言を回顧するジョニィ。
ジョナサンの傍らにいたDIOを撃つことは、ついぞ無かった。
ジョナサンがDIOを認識できていない可能性を危惧したが、危険人物、DIOを撃たない理由が見当たらない――『心の迷い』という理由以外には。
放送で名を呼ばれた者が健在だったのだ。撃てば届き、絶命に至らしめるという確信が得られなかった。
だからこそ、セッコの処遇は事前確認をしたかった。不測の事態に備えて、『殺し』を選択肢に入れておくための確認を。
『撃てば届く』という確信を得ておくために。

ルーシーの返事は、ない。
迷いや淀みは、表情を伺っていないジョニィには読み取れず。
数秒経っただろうか。なおも沈黙は続く。

「……?」

先ほどのルーシーの態度からは、デメリットを帳消しにできるほどの価値を見出していなさそうだった。
友情とか信頼とか――そういう人間らしい価値が。
では、なぜ返答を渋る?

「……ルーシー?」

堪らず振り返るも、ルーシーの姿はない。
角砂糖のみが、あたかも痕跡のように残っていた。

「ルーシー!」

ルーシーの行方を探ろうと、右足を一歩踏み込んだ途端、角砂糖が消えた。
手品や幻覚を疑う猶予もなくジョニィの足も消え――否、粘土のように軟化した路面にズブリと、足首まで沈んだ。

「何だ……地面が急に、ぬかるんだみたいに……、!」

ジョニィが、仰向けにプカリと『地面に浮かんだ』ルーシーの姿を、遠方に視認してまもなく。
地表が液体のように波紋を浮かべながら、波打った。

 ★

ざんぶ、と大地が音を立てた。
波に乗り、緩慢な浮き沈みを繰り返したルーシーの躰が、ジョニィから離れていく。

「ルーシー! 返事をしろ! ルーシーィィィ!
 僕たちは既に! スタンド攻撃を受けているんだあああああ!」

駆け寄ろうともがいたジョニィの足、浅沼に嵌ったように膝まで埋まる。
ふらつき、左手をついて前傾の姿勢。
地面に埋まった足を、手のひらを引き上げようとするも、地に根差した植物のように、固定されてしまう。

「クソッ……ルーシー、意識がないのか!?
 それにこの地面……『硬いまま沈んでいく』ッ!」

夜目に慣れ、加護を得た片眼球とて、すべてを見通せるはずもなく。
硬度を維持したまま流体となった地面――未知の現象に困惑するばかり。

「グギャァァァアアアアッ!」

聞き慣れぬ獣の叫びが響いた方角にて、ジョニィは目撃する。
地から宙に飛び出したるは、長大なとさか、釣り合わせたように誂えた鋭いくちばし。
膜と言えるほど軽薄な皮膚は左右に広がって、前肢とともに翼を形成し。
細い後肢は飾りのようにぶら下がっている。
怪鳥、怪物、怪獣――どれも相応しいと言えるくらい形容に難くない、相容れない『敵』。

(Dioの仕業……? だが、今は!)

原因も、ジョニィには察しがついている。
恐竜化の現象――感染と呼称すべき現象。
その対処も、即断だった。原因療法より対症療法。

「『タスク』ッ!」

四発、爪弾を斉射。
翼に命中するが、暖簾をはたいた程度の軽い着弾音。
二、三、軽い傷をつけたという程度で、肉や肌を削ったという手ごたえがない。
鳴きも喚きもしない翼竜は、自身を包むように両翼を折りたたみ、毬のように形状変化。
川に投げ入れた小石のように地面にダイブ、路面に波紋を浮かべつつ、姿を消した。

「泥みたいに溶かす能力……地下へ潜ったのか。きっとルーシーも引きずり込まれて」

触れれば、溶ける。正確には、触れるより広い範囲――本体の周囲を巻き込んでの融解。
ジョニィは相性の不利を悟る。
タスクによる『爪弾』が着弾したところで、溶かされては威力は減退するだろう。
リボルバー拳銃も同様に、衝撃はかき消せないかもしれないが、弾が貫通するか怪しくなってくる。
踏ん張りの効かない陸で、不安定な狙いとなるのも、不慣れなリボルバーの問題点だ。

ジョニィの左手元より、鎖鋸を連想させる、甲高い掘削音が響く。
程なくして、埋まった左手がひび割れた地面から出土する。

「『爪』を留めてカッターにすれば、手は取り出せるが……足は……この深さだと厳しいな」

脚の爪でも『タスク』は使用可能だが、膝まで埋まってしまっては、発掘は困難。
移動が困難なジョニィ。地上地中、自由に動き回れるセッコ。
要素だけ見ればセッコ優勢だが、地中を遊泳できたとて、自在にいかない要素はある。

「さっきみたいに、奴は……セッコは必ず地上に出るタイミングがある。
 『呼吸』だ。地面を水のように潜る能力……だとしても生物の域を出ない以上、どこかで顔を出さないといけない。
 翼竜なのはDioの恐竜化によるものだろうけど、どんな生物でも無呼吸で動き回るなんてことはない」

あらゆる運動行為はカロリー分の燃焼を伴う。燃焼要素たる酸素の補給なしに生物は活動できない。
『タスク』に撃たれる隙を晒してまで翼を大きく広げてみせたのは、威嚇に見せかけた深呼吸といったところだろう。
ジョニィは息をひそめて待機。全周囲、どこからでも対応できるように。
嵐の前の静けさ。

「……!?」

鈍麻した足でもわかる、違和感。
地中ゆえジョニィは視認できなかったが、たやすく想像がついた。

「足で掴んで……!」

猛禽類がごとき爪が、万力のようにジョニィの右脚に食い込んだ様を。
天地を逆にしての、潜水――潜地と言うべきか――『オアシス』の恩恵を得れば造作もない。
このままでは地下に引きずり込まれる。

「だが、これで姿を現したな……『Act2』!」

黄金長方形のイメージは、形見の品でできている。
ジョニィが人差し指で狙い放たれた『タスク』の着弾点は、ジョニィの右大腿部。
穿たれ、黒点描かれ、弾痕は翼竜脚部へと伝う。

「ガアアアアアッ!」
「穴となった回転は、溶かせないようだな!」

螺旋を宿し、抉る黒円は翼竜の足首を削っていく。
『穴』は深く潜るほどに細くなり、針ほどの径となる。

「グアァァァッ!」
「うおっ」

翼竜、ジョニィを掴んだまま地中に潜行。攻撃を振り払おうともがき、錐揉み回転する。
当然『穴』の追尾から逃れることはできず、黒円は翼竜の足首から股下へと。
ギャリギャリと音を立てていくのを、視界が封じられたジョニィでも、聴覚で――地に伝わる振動で理解していた。
10秒と持たず、翼竜はバシャンと音を立てて空中に飛び出した。未知なる攻撃への抵抗で消耗し、呼吸が持たなかったのだろう。

「ギャアアアァァァースッ!」

1メートルほど宙に浮かんだところで、ジョニィは放り投げられた。
丸太のように三、四回転したところで、膝立ちになるジョニィ。
ドプンという着水音がしたのと、ジョニィが目を拭い視界を取り戻したのは、ほぼ同時のこと。
着地した石畳は液状化しておらず、元の硬さを取り戻していた。

「ゲホッ、ゴホッ……! ハァ――――――ッ、ハァ――――――ッ……!
 また地下に潜ったのか……。僕の周辺が沈まないのはセッコが一度地面から出て、今度は深くに潜ったからか?
 恐竜化は……していないみたいだな。服越しに足を掴まれたから、傷をつけられなかったのか」

翼竜は見失ったが、僅かな血痕が地表に残る。
『タスクAct2』の戦果がさしたるものではないと、出血量が物語っていた。
弾痕は地表を巻き込んでいたため、翼竜の足に直接の大穴を空けるに至らなかったのだ。

「片足を潰せたが……致命傷を与えられなかった!
 さっきは僕の足を通して当てることができたが……地上に出た今、『Act2』は地表を沿う形でしか打てない。
 罠のように『穴』を配置しておくか……? しかし『穴』が保つのは10秒程度だし、爪の再装填には少なく見積もって1分はかかる。
 手当たり次第には撒けない! 左手五発分の残弾、使い道は見極めなければ!」

『爪弾』の射程は地面を穿つ場合10メートル程度――ジョニィはアクセル・ROとの戦いで認識している。
とはいえ、爪を射出する『Act1』にせよ、弾痕で穿つ『Act2』にせよ、地下への攻撃であれば『線』でなく『点』での攻撃になってしまう。
動き回る的を相手に、点での攻撃が通用するかは悩ましいところだ。

「一度呼吸したからか……なかなか出てこないな」

プテラノドンの肺活量がどれほどか、などと百科事典にも載っていないことを考えたところで、どうしようもない。
スタンドスーツに恐竜化。超常能力の二段重ね、無茶苦茶なことなど、いくらでも起こせそうだ。
飾りのような細い後ろ足でジョニィを掴むことができたのだから、従来の生態を基に考えるのはむしろ悪手。
ジョニィは、再度目を凝らして周囲を観察する。

「さっきルーシーが着替えた民家……。こんなに近くだったか?」

零れた違和感。
セッコの術中に落ちてから、足場の不安定さからロクに移動できていないはずなのに。
ルーシーが服を拝借した民家が心なしか、ジョニィに近づいているように思えたのだ。
そう、近づいている。注視してようやくわかるほどの、亀の歩みほどの速度で。
やがて、ミシリ、ミシリと建築材が軋む音がして、確信を得た。

「いや……近づいている! 確実にッ! しかも、だんだん早くなって……何だか傾いているぞッ!」

動いている、というより、『流されている』。
家屋はジョニィに迫りつつ、前傾で沈みかけていた。
沈みかけると言っても、ゆうに7、8メートルはあろう建造物、このままでは衝突事故は避けられない。
ジョニィがその場を去ろうとバックステップした途端――両足が膝まで深みに嵌る。

「クソッ! 洪水みたいに、建物ごと押しつぶそうってわけか!?」

液状化は勢いを増し、ジョニィは腰まで地に浸かってしまう。
腰をひねったり足をバタつかせようとしたりしても、徒労だった。
波は一定のリズムで浮き沈みを繰り返し、一軒だけではなく、ドミノ倒しのように二、三軒が連なったビックウェーブが迫る。
ミシミシからバキバキ、ガラガラと、より大きな破砕音が響き始めた。

「グアアアアッ!」

負けじと響く咆哮。
ジョニィは、天を仰いで音源たる魍魎を見た。

「そ……空にッ!」

 ★

『オアシス』は本体の周囲を巻き込んで、波のように液状化を進める。
翼竜となった今、地中での羽ばたきは、人体が腕を振るうのとは比較にならないほど大きな波を生み出せる。
だからこそ、建物地下の基礎構造を崩してから、浮上して地上を浸食、という二手にさほど時間はかからなかった。
セッコが元来有していた残虐性と暴力性とが、民家を武器としてぶつけるという発想に至らしめる。
また、ジョニィの生み出す穿孔を食らいたくない、という事情も相まってのこと。

「グアアアアッ!」
「そ……空にッ!」

では、先ほどまで地中で破壊活動に勤しんでいたセッコが、どうして空を滑走しているのか。
セッコは恐竜化、プラス、『オアシス』の肉体的補強によって強引な滞空を成り立たせられる――とはいえ、翼竜の脚力は知れたもの。
地に足をついてからの飛行は良くて高さ2メートル程度、ジャンプに毛が生えた程度だった。
プテラノドンは多少羽ばたきはするものの、基本的には気流に乗って滑空すると考えられているからだ。
つまり、滞空飛行には事前に高度を確保する必要があった。

ゆえにセッコは、自力のみに頼らず飛躍する方法を編み出す。
素早く地上に出てから、地面を弾力性のあるものに変換、トランポリンのように跳躍してみせたのだ。
事前練習のないぶっつけ本番でも、迷いのない『できる』という確信が――セッコの野性的本能が成せる技だった。

「グアアアアッ!」

高くジャンプしてからのグライド。汚泥にまみれた怪物の翼が空を薙ぎ、くちばしが空を割く。
雄大なる飛翔、鳥獣に似通いつつも並ぶことはない、空の王者たる貫禄。

「狙いが……定まらないッ!」

ジョニィからすれば家屋は遮蔽物――射線が通らず、的が捉えにくくなる。
翼竜からすれば盾であり矛――質量が成す純然たる暴力。

「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

たまらずジョニィ、左腕の『爪弾』を四射。
だが射線が通らないうえ、踏ん張りの効かない足場ではロクに狙いが定まらない。全弾、翼竜の脇下を通り過ぎ、虚空に消える。
当然、爪が黄金の回転を有していても、空に『弾痕』は描けない。

「ガアッ!」

翼竜、両肩を盛り上げV字状にして民家に急降下、猛烈なタックル。
タックルの勢いのまま、民家の壁を弾性あるものに変換し、宙にバウンド。
その一撃で支えが崩れたかのように、

「うわああああぁぁぁぁぁッ!」

倒壊。
落雷のような痛烈な音を立てて崩落していくさま、まさしく大山鳴動。
翼竜、再度、水平に翼を展開して円を描きつつ旋回。
射出される爪や、抉り削り取る穴を警戒しての様子見だが、まるで反撃の様子無し。
やがて翼竜は羽休めとばかりに悠々と、ふわりとした着地でジョニィの埋まる地点に。

「ギャッギャッギャッ!」

セッコの眠っていた好奇心は野性化とともに呼び起こされ、食人を、死骸漁りを求めた。
地の底に埋葬しては叶わない欲望を満たすために。
がれきの山を、両翼と前肢の三本指を駆使して液状化の能力で均し、平らにしていく。
砂の城を崩していくように、溜まった埃を払うように、掻き分け掻き分けお宝探し。
そうこうしているうちに。

「グギャッ!?」

ジョニィ・ジョースターの下半身だけが――地に埋まっていない胴だけが、発掘された。
いや、胴だけではなかった。
胴を巻き込むように渦巻く、アリ地獄のような漆黒の環も、すぐそばに。

『チュミミ~~~~~ン』

傍らには、胴長で細い手足のスタンド・ヴィジョン。
いくつもの星をちりばめた守護霊。

「迷ったら『撃つな』……だったな。だがもう迷いはない」

声の方向にセッコが振り向くと。
ジョニィ・ジョースターの上半身が。

「撃たずに『引きずり込む』」

ジョニィは、翼竜の長く伸びたくちばしを両手で鷲掴み。
そのまま『タスクAct3』が地面に生み出した『無限の回転』に上半身を引っ込め、巻き込んだ!

「オ……ゴッ、ゴオオオオォォォグォォォッォォォッ!」
「噛みしめる力はあっても、外側から押さえつけられたら……開かないだろ?」

ギャリギャリと音を立てて、底の見えない渦がくちばしを削っていく。
それでもなおジョニィは『無限の回転』内で、犬のマズルを塞ぐような形でくちばし根元に手を添え、抑え込む。
あまりに突出したくちばしは『オアシス』のスーツから飛び出していたがゆえ、ジョニィの掌は融解せずに済んだ。

「ゴオォォォォッォォォ!」

プテラノドンのか細い前肢では、地を支えて穴から抜け出すことも叶わず、むしろ触れた途端に融解させてしまう。
セッコに、抵抗の術無し。

「ォォッ……ォォォ!」

黄金の回転エネルギーは、着弾後10秒間は、理論上衰えなく無限に続く。
やがて、セッコの頬が、眉間が、眼球が引きずり込まれ。
細長い顔面は鉛筆を削るようにどんどん短くなり、穴に挿しこまれた箇所は塵一つ残さず消滅していく。

「グ……ヅ……、グィ…………デ……」

鋭く尖った頭部を六、七割削ったあたりで、断末魔と思しき喚きがあり。
翼竜の脈動が制止するのに連動して、民家の残骸が流動をやめ、制止。
セッコの絶命を確認したかのように、『タスクAct3』で生成した弾痕も消失。
ジョニィの放置された下半身のもとに、上半身が、回転に巻き込んだ時とは逆の回転で再生成され。
切り離された胴は、継ぎ目一つなく元通りになった。

「た……助かった」

ジョニィの安堵は、これ以上なく本心だったろう。
民家の津波が来た時点で、両手指の残弾は一発のみだった。
『爪弾』を直接打ち込むのではなく、『タスクAct3』の弾痕に巻き込む策が、最後にして最善の手段。
翼竜の翼に『黄金長方形』を見出したのも、能力が持続するギリギリの時間を決着に要したのも、苦戦の証。

ジョニィの下半身は埋まったままだが、一息つく間もなく、ルーシーの無事を確かめるべく周囲を見渡す。
セッコの発掘作業の影響で、ジョニィ周辺の瓦礫は粘土細工のようになって左右に押しのけられていた。
開けた視界ゆえ労することなく、なだらかになった瓦礫の上に、仰向けになったルーシーを視認。







「ああ……マジに助かったよジョニィ。あの翼竜の対処はこれ以上なく面倒だったからな。
 実に役立ってくれた、あいつもお前も。このDioのために」

傍らに立つ、恐竜の姿も。

 ★

プテラノドンの呼称は、“翼があり歯がないもの”に由来する。

ムーロロとの協力体制。遺体に見初められたルーシー。
ディエゴにとってどちらも魅力的とは言い難がった。
手綱を握れない、という一点が、ディエゴの性に合っていなかった。
いずれ自らに牙をむく不安に苛まれるよりは、牙を持たないものの方が好都合。

「『翼竜』なら……啄(ついば)むだけ。
 スタンド能力で表層を溶かしはしただろうが、牙で『中のモノ』を傷つける心配は、するだけ無駄というものだな」

視認できる距離になって、ようやくジョニィは把握した。
横たわるルーシー、口腔には泥が詰まり、胴はガマ口のように縦に割かれ、切断面がドロリと溶けている。
ジョニィが発見する前に地下で弄ばれたのだろう、デイパックと体のあちこちに、滑りを伴う傷口の数々。
どれほどの凌辱を受けたかを、傷跡が物語っていた。
そんな凄惨なルーシーの躯を踏みにじった恐竜が、元の人間の姿――ディエゴの姿形を現す。

「おかげで取り出せる」

胎に手を伸ばしたディエゴが取り出したるは頭蓋。
血と土にまみれた、しかし溶けも腐りもしていない、頭蓋。

「遺体を孕んでいる以上、ムーロロも俺も下手に手出しはできない。なら『誰かに手出ししてもらう』っていうのが最適解だ。
 全部が全部計算通りってわけじゃあないが……運が味方したな」

ディエゴ・ブランドーは奪うのが性、他人から得るのが性、勝ち取るのが性。計画性はあれど堅実性はなし。
盤上のチップは、両の手で覆うようにかっさらってこそ。誰よりも上から。
丁寧に遺体頭部をデイパックにしまうさまを、ジョニィは見ているしかなかった。
そして、ディエゴは下半身のみを恐竜化。
路傍の石をどこまで蹴り飛ばせるか競うみたいに、力強く――尻尾でルーシーの遺体を払う。

どちゃり、と。
肉と骨と血とが混ざった後に散らばったと、聞いて分かるくらいに、およそ人体が発し得ない音が鳴った。

「Dioオオオオオオォォォッ!」
「そんなデケぇ声出さなくたって聞こえてんだよ、ジョニィィィィイイ―――!」

交錯する怒声。
叫びを合図にして、ディエゴの健脚は地を這うように跳ね、勢いのままジョニィの顎に痛烈な膝蹴りを入れる。

「ガフッ!」

先の戦闘のダメージに加え、脳を揺さぶる一撃とあっては、ジョニィも反撃の手を打てず。

「ドテッ腹を穿つのは! お前が先にやったことだろうがジョニィ!」

ジョニィは成されるがまま、ディエゴのご高説を聞くがままだった。

「ここが紳士淑女の社交場だとでも思っていたのか? 呑気に子守してれば、あやしてくれるとでも? 違うだろうが!
 『遺体の意志』なんてものはどうでもいいんだよッ! 必要なのは、『遺体』が持つこの世で最大のパワー!
 そうだろうが! 俺も、お前も!」

自慢の宝石を見せびらかすように、両手に宝珠を乗せるディエゴ。
膝蹴りとともに、事前に取り出していた遺体の左目で、ジョニィの遺体の右目を引き寄せていた。
うつろな目線のジョニィ、リアクション薄く、ディエゴの挑発が聞こえているか、見えているかは曖昧な様子で。

「女として落ちるところまで落ちた『あれ』が名残惜しいなら、好きにすればいいさ。
 『遺体』を奪えた今となっては、何の興味もないね」

ディエゴはコンタクトレンズをはめるようにすんなりと、遺体の両眼を自身に格納。
戦果に満足し、ノックダウンしたジョニィを一瞥。
反撃が来ないことを確認しつつ、完全なる恐竜化を経てから、後脚、大腿部を肥大させ。
俊敏に場を去り、闇夜に姿を消した。

「もとよりスティーブン・スティールは死んだ。あのDIOもそう。大統領はようやく表舞台に立った。
 ルーシーも一時、遺体に魅入られたかもしれないが……堕胎して売女(ばいた)みたく落ちぶれる、じつに哀れな死にざまだったな。
 聖母だろうが女神だろうが、このDioにとっては、しょせん全て飛躍のための踏み台……。
 遺体はオレが『総取り』する。そのためにもせいぜい働くんだな、ジョニィ」

ジョニィを遠くに望むころに、ディエゴは野心をこぼす。
ディエゴは、利用価値のないものに関心を向けない。
関心はいつも、頂点のみ。

 ★

遺体が誰かとか遺体が持つ力とか、どうでもいいと、かつてのジョニィ・ジョースターならば答えていた。
だがジョニィは言い返さなかった。言い返せなかった。
意識朦朧としていたからというわけではなく、遺体を理解した者が自分ただ一人だけ、という自負があったために。
その自負が判断を鈍らせた結果、ルーシーは溺れ死んだ。

「分かっていたはずだ……!
 ルーシーが遺体を集めたときに新たな遺体になるのは、大統領を除けば僕だけが理解していた事実!
 他の奴らはそんなこと考えるはずもない。全部位を集める前に、受胎した遺体を力ずくで奪いに来る……その可能性は最初からあったんだ!」

帝王切開を思わせるデモンストレーションをジョニィが自らやってのけたのも、ディエゴが暴挙に出た一要因かもしれない。
中のモノが傷つく心配だけで、ルーシーのことなどお構いなしなのは、ディエゴからすれば当然のこと。
むしろ、『遺体の意志』はルーシーへの攻撃を妨害してこない――そんな状況証拠を与えたともいえる。
そうジョニィが反省をしたところで、責めや慰めを与えてくれる他人は、誰一人としていなかった。
後悔のまま握りしめた拳、指爪が再生成されてなお、握力は増していく。

「……『タスクAct3』」

やがて、冷めた声で言い放ち、自身のこめかみに『爪弾』を打ち込む。
全身丸ごと無限の回転の弾痕に格納し、すぐに弾痕から脱出。五体まるまる、地表に仰向けで姿を現した。
戦闘中は地盤が安定していなかったため難しかったが、今なら脱出は容易。

「『飢えなきゃ』勝てない」

ディエゴを見失った目線は、仰向けになるがまま夜空に向けていた。
約一日間の殺し合いを振り返るに、ジョニィ・ジョースターは、当初から他参加者に比べてモチベーションが希薄だった。
目的らしい目的はジャイロに会いたいという一心くらいなもので、それも四半日ほど前に失われ。

「ああ……Dioの言うとおりだ。ぼくは状況のまま動いているに過ぎなかった」

――僕には叶えたい目的がある。必ず会わなければいけない友達がいる。
――そのためなら……なんだってする。僕にはその覚悟が、ある。
――夢見る少女じゃ世界を救えない。僕はそう思うよ、双葉千帆さん。

かつて放った言葉が、ジョニィ自身に突き刺さる。
救いたいのが個人か世界か、なんて揚げ足取りに意味はない。
殺し合いに参加するがまま対応者として振る舞って、先刻もジョナサンに並び立つDIOを撃つこともなかった。

「Dioがぼくを生かしたのもそうだろう。ぼくは状況に飲まれるまま、遺体を集めるコマ……そう思われているんだろう。
 『最後には遺体はこのDioのもとに集うだろうし、せいぜい献上するために働いてくれ』ってところか」

ディエゴがジョニィを放置した理由、さまざまあるだろう。
『タスク』による不意の一撃を警戒してのこと。
遺体を集める役割を担わせたこと。
足が封じられ、遺体の眼球を奪われたからには、追走の可能性が下がること。
そして戦意を折って、無様な負け犬はDioに勝てないと判断すれば良し。遺体を集めるモチベーションを再燃させれば、なお良し。

さまざまな現実を突き付けられた果て――ジョニィの意志は熱を帯びる。

「遺体もそうだが……僕は何も手にしちゃいない。
 ゼロからスタートした殺し合いで、まだ何も手に入れられてないんだ」

『ジョニィ・ジョースターは生きたジャイロ・ツェペリに再会できなかった』という事実がある。
『ジョニィ・ジョースターはルーシー・スティールを救えなかった』という事実がある。
スティール・ボール・ランレースを経て、ジョニィは確かにマイナスからゼロへと至った。
至ったが、プラスではない。一人立ちした足は、行く末を示す地図も方角もなく、さまよっていただけ。
バトル・ロワイアルにおいてジョニィがやりたいことは、やるべきこととは。

ジョニィ・ジョースターは立ち上がる。
身体的な意味ではあるが、精神的な決意も含めて。
今ここに、高らかに宣言を。
『自分はもう、やりおおせた人間だ』などと、現役を退いた老人じみた言葉は二度と吐くまいと。

「大統領に、すべてを取り戻させる。公正(フェア)な『交渉』とか『取り引き』とかじゃあなく……だ。
 もちろん『祈り』でも『お願い』でもない。やらなきゃならないのは『命令』だッ!」

遺体の一部、あるいは全部を以て交渉道具とするのは望みが薄い。
殺し合いの支給品として配っている以上、手放していい理由があるのだ。
最悪、破壊されても構わない可能性がある。
そのうえで、ジョニィ・ジョースターが導く最適解。たった一つの冴えたやり方。

「表舞台に立ったっていうなら、好都合だ。
 あの時と同じように……必ず大統領に『無限の回転エネルギー』をブチ込んでやるッ!
 失ったものを取り返すためにも!」

勝ち取るのなら、奪うのなら、誰より気高く飢えてこそ。



【セッコ 死亡】
【ルーシー・スティール 死亡】
【残り 20人】


【E-2とE-3の境目 / 1日目 真夜中】
【ジョニィ・ジョースター】
[スタンド]:『牙-タスク-』Act1 → Act2 → Act3
[時間軸]:SBR24巻 ネアポリス行きの船に乗船後
[状態]:全身ダメージ(中)、右脚負傷(小)
[装備]:ジャイロのベルトのバックル
[道具]:基本支給品、リボルバー拳銃(6/6:予備弾薬残り18発)
[思考・状況]
基本行動方針:ジャイロを取り戻す=大統領を脅し、生きている次元のジャイロを連れてこさせる
1.ゼロからプラスに至ってみせる!
2.目的のためにも『スロー・ダンサー』を見つけなければ。
3.当面の目標はジョースター一族と合流すること。ただしDIOは避ける。
4.遺体を集める

※ルーシーの所持品(基本支給品、形見のエメラルド)は、E-2とE-3の境目付近に埋まりました。
 大量多種の角砂糖と砂糖菓子はセッコが食しました。


【E-2とE-3の境目 → ???/ 1日目 真夜中】
【ディエゴ・ブランドー】
[スタンド]:『スケアリー・モンスターズ』+?
[時間軸]:大統領を追って線路に落ち真っ二つになった後
[状態]:健康、とてもハイ
[装備]:遺体の右目、遺体の左目、地下地図、恐竜化した『オール・アロング・ウォッチタワー』一枚
[道具]:基本支給品×4(一食消費)鉈、ディオのマント、ジャイロの鉄球、
    ベアリングの弾、アメリカン・クラッカー×2、カイロ警察の拳銃(6/6) 、シュトロハイムの足を断ち切った斧、遺体の頭部
    ランダム支給品11~27、全て確認済み
   (ディエゴ、ンドゥールウェカピポ、ジョナサン、アダムス、ジョセフ、エリナ、承太郎、花京院、
    犬好きの子供、仗助、徐倫、F・F、アナスイ、ブラックモア織笠花恵
[思考・状況]
基本的思考:『基本世界』に帰り、得られるものは病気以外ならなんでも得る
1.暴走したセッコは予想外だったが、うまいことやってくれたので水に流してやってもいい。
2.ムーロロ、ジョニィを利用して遺体を全て手に入れる
3.カーズ討伐同盟のもとに向かう?
[備考]
※DIOから部下についての情報を聞きました。ブラフォード、大統領の事は話していません。
※装備とは別に『オール・アロング・ウォッチタワー』のカード(枚数不明)が監視についています。
 →セッコがE-2とE-3周辺を泥状にした影響で、巻き込まれたかもしれません。
※ディエゴが本来ルーシーの監視に付けていた恐竜一匹が現在ディエゴの手元にいます。



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前話 登場キャラクター 次話
205:化身 セッコ GAME OVER
203:すれ違い ジョニィ・ジョースター :[[]]
203:すれ違い ルーシー・スティール GAME OVER
205:化身 ディエゴ・ブランドー :[[]]

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最終更新:2026年07月01日 00:01