蓬莱の人の形は灰燼と帰すか

―――『人は何かを捨てて前へ進む』

これは誰が言った言葉だったか。


周りにはもう二度と使われないであろう多種多様なゴミの山々が転がり、積まれている。
多くの人々の期待と、希望と、幸福を背負って世に生まれ出たモノ達の最後の終着点。

想いも、記憶も、魂も、存在価値も、全ては等しく平等に還り散る。散りてなお、咲きたるモノ無し。
無様に、滑稽に、誰も彼もから忘れ去られる儚き色の有象無象の空間。


その悲しき世界の中心に、二人の人間がいた。
男の名は『リンゴォ・ロードアゲイン』。技量を高め、精神を高め、己が命を燃やしながら、光り輝く道を進み続ける孤高のガンマン。
彼の右手には小型の回転式拳銃が硝煙を噴かせて握られている。

そして彼の足元に横たわっているのは、まだ見た目年端もいかない様な白髪の少女。
だが人間であるにも関わらず、彼女が世界を生きてきた年月は千を優に超える程の『輪廻』から外れた存在であった。
かつて禁断の蓬莱の薬を飲み、『不老不死』と成ってしまった呪われた少女。

藤原妹紅』の成れの果てが、地面にぞんざいにも転がっていた。
『彼女』だったモノの瞳孔は既に黒く大きく広がり、物言わぬ骸と化している。
額には彼女の命の直接の死因であろう銃弾の痕からドロドロと紅黒い血が流れ続け、辺りにはその血生臭さとゴミの臭いが幾重にも漂う。
恐らく即死だったのだろう。彼女の肉体は今や、周りのゴミと同じに腐りゆき、誰からも忘れ去られ、土へと還っていくのかもしれない。


永遠に死ねない存在であった筈の少女の肉体は、あまりにもあっけなく死を迎えた。


このバトル・ロワイヤルという地獄には、全ての参加者に平等に死神の鎌は振られる。
不死の彼女は―藤原妹紅は何を思い、何を感じながら『死』を迎えたのか。受け入れたのか。または受け入れられなかったのか。
『生』の呪いから解放されたことに感じたのは無念か。悦びか。悔恨か。
または何を感じる暇も無く、彼女の意識は一瞬で『無』に還されたか。


―――死人に口無し。


今となっては誰も分からない。
それは彼女を殺害したリンゴォ本人にとっても、至極当たり前のように知る由など無い。
少女の肉塊から滴る紅い鮮血の池の上で、リンゴォは冷め切った瞳で心底鬱々たる表情でボソリと小さな声で呟いた。


「……つまらない」

そのか細い呟きはこの粛然な空間に、空しく響き渡る。




それぞれの想いは それぞれに生まれ それぞれに瞬き そして それぞれに消えてゆく。


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   ――― <黎明> 十数分前:A-5 ゴミ捨て場 ―――

A-5、無縁塚へと続く道の途中にまるで人々から忘れ去られたようにポツンと聳える小さな建物があった。
なんの変哲もないゴミ捨て場。一体何年の年月を経て積もっていったのか、その量は小さな『ゴミの街』と表現しても良い程の存在感を放っていた。
そのゴミの街の真ん中で大きく大の字に寝そべって天井を仰いでいたのは藤原妹紅。
彼女は呆けたようにじっと動かず、しかしその唇には一本の煙草が咥えられている。


(………久しぶりに吸ってみたけど、やっぱり苦い)


彼女がここ数十年間、全く手を出すことも無かった煙草を吸おうと思ったのに意図なんか無い。ただの気まぐれだ。
先刻、激しい戦闘を繰り広げた末に彼女がエシディシに抱いたその感情は『恐怖』か。
しかし彼女はその感情の正体を未だ計り知れずにいる。
気の遠くなるような遠い遠い昔、妹紅が正真正銘の『人間』だった時代に持っていたような気がする感情。
そんな昔の事など、とうに忘れてしまった。


「…ふぅーー……っ…」

深呼吸でもするかのように大きく主流煙を吐き出し、眼前に白い煙が舞う。
そこで煙草はようやく役目を終え、一本吸い切ってしまった。

…いつまでここで時間を浪費したのだろう。あの大男から逃げるようにして…いや、実際に逃げてきたのだ。
こんな事は普段の彼女になら本来有り得ない事だった。生まれて初めて本物の『死』を意識してしまった。
今では殆どのダメージや火傷は再生しきっている。再生力がかなり低下しきっているとはいえ、時間を掛ければあれぐらいの傷は何ということも無いらしい。
しかし彼女はその事実を煮え切らない頭で素直に喜べない。

(私が…ここでボサッと回復を待つ間にどれほどの戦いが起こったのかしら…。一服してる間に何人死んだのかしら…)

私は…この殺戮のゲームを止めるんじゃなかったのか?
傷が治ったのならさっさと立ち上がって仲間を集めるなり、危険人物を再起不能にするなり動けば良いんじゃないのか?
こんなところで馬鹿みたいに寝そべって煙草なんて吸っちゃって、何をやってんだ私は。

吸い終えた煙草を地面にグリグリと擦り付け、無意識にも次の煙草を取り出そうと懐の箱に手を伸ばして…
自分が今何をしようとしていたかに気付き、辟易して軽く顔を抱える。



さっきから私…何か、おかしい。

抱えた右手で彼女は顔を擦る。あの大男に吹っ掛けられた溶岩のような血液を顔面に浴び、無残にも焼け溶かされた記憶が蘇った。
眼球内の水分までグツグツに沸騰させられた程の大火傷だが、傷は既に完全に再生されている。
しかしその忌まわしい記憶は消え去ることは無い。
不死身の体を持ってしても、妹紅の脳裏には過去に体験してきた全ての痛覚が刻み込まれてきた。

―死ぬことは無くとも、痛みだけはしっかり脳髄の隅々まで余す事無く伝えてくれる。

その永い永い年月の中で彼女はこの世のあらゆる『痛み』を身を以て体験してきた。
腕を切断されれば焼ける様な痛みを、首が切断されれば頭がどうにかなりそうな程の吐き気と苦痛が同時に襲ってくる。
心臓に風穴を開けられ、呼吸すら出来ない地獄の様な時間を過ごしたこともあった。
また、飢餓に襲われ数週間何も口に出来なかったあの日々は、今思い出しただけでもゾッとするほどの『生』の苦しみすら何度も体感した。
そんな時、妹紅は泣き喚きこそしなかったものの、まさしく『死んだほうがマシ』と言えるほどのあらゆる苦痛を耐え切って今を生きている。

…いや、こんな私が『生きている』と言えるのだろうか。生と死の境界すら曖昧な私は生きてもないし、死んでもない状態かもしれない。

右手を空に掲げてみる。それは今までずっと追い求めてきたモノを掴み取るように。

(…私は、死にたいのか?……それとも、生きたいのか?)

誰に投げ掛けるでもなく、その意味の無い問いかけは空虚へと消えてゆく。

しかしそんな疑問は、とうの昔にハッキリと答えを出している。
今まで何度も、何度も何度も何度も飽きるほど自分自身に問うては自答してきた謎かけだ。
輝夜の出したとかいう難題なんかよりも、もっと簡単で単純なもの。


「私…もしかしたら『死ねる』のかな…」



―――『自分は頭を破裂させられても生きていける』なんて考えるなよ。
吸血鬼や柱の男、妖怪や蓬莱人なんかも、この場にいる全員例外はないんだ―――


妹紅の頭の中で、さっきから幾度も反芻されるこの言葉。
最初の会場で聞かされた時は正直言って全く信用できないこの言葉だったが、さっきの戦闘を経てぐったり憔悴しきった今なら理解できるのかもしれない。


「この世界でなら、私は……死ねるのかもね……」


その言葉を発した時、心臓の鼓動がドクンと跳ね上がったのを感じた。
掲げたこの右手にも、心臓から送られてくる血液が絶え間なく流れてくる。それこそ私がこの世に生を受けた瞬間から今までずっとだ。
『生きている』事の何よりの証。
空いた左手を心臓の上に添えてみる。


―トクン…トクン…トクン…トクン…


間違いない…。『生』を実感出来る。
私は今、生きている。




―じゃあ、例えばこのまま左手でこの鼓動を続ける心の臓を握り潰してみようか。

―それとも、腰に添えているこの拳銃の弾丸を脳味噌に1発ブッ放してみようか。

―どうなる…?流石の私もまだ本当の『死』を体験したことは無い。あっさりと、簡単に死んじゃうのか…?



―――試してみようか。


「…………うっっっ!!……ハァーッ……ハァーッ……!!」

『ソレ』を意識した瞬間、喉に込み上げてきそうな吐瀉物を何とか抑え込み、代わりに肺に送られるはずの空気の供給が散漫になった。
軽い過呼吸と吐き気を我慢しながらも、妹紅は今自分がどんなに恐ろしいことを想像してしまったのか、後悔に駆られる。


何を自分は…ッ!このゲームを破壊してやると決断したばっかりじゃあないか…ッ!
馬鹿馬鹿しい!最初に見せしめにされた秋の神を見たろ!このままいたらあんな理不尽な暴力で何人が死ぬんだッ!?
さっさと起きろッ!目を覚ませッ!!覚醒しろッ!!!





「…また小娘か」



「!!!!」

その時、私の耳に聞こえたのは低い声でくぐもった男の声だった。

―しまった!完全に油断しきっていたッ!

ボケッと大の字に寝ていた態勢からすぐさま立ち上がり、声の主がいる入口方向へ拳銃に手を掛けながら向き直した。

何をやってるんだ私は!ここは殺し殺され、嘘や騙しの暴力横暴何でもアリの殺戮会場だぞ!アホなのかッ!

来訪者の声によって一瞬で現実まで意識を引き戻され、自分が今までいかに無駄で無防備な時間を浪費していたかを噛み締め、我ながら呆れ果てる。
もしこの男が問答無用の危険な『殺人者』であったならば今頃私の肉体はマヌケな屍の仲間入り。魂は閻魔様のお世話になっていたところだ。
それを考えた瞬間、全身をゾワリと寒気が襲い、それと同時に軽い高揚感すら覚えたように錯覚する。いや、これは錯覚なんかじゃなく…。


……ダメだ!『死』を意識するなッ!今は目の前の物事だけを考えろ…!

情緒不安定気味な自分を心の内で叱咤し、ゆっくりと落ち着きを取り戻しながら、しかし弾丸と弾幕はいつでも発射できるように気を持ち直して男に問いかける。


「アンタ…誰?見たところ、只者では無さそうね」

「………。」


私の目の前に現れたのはまたしても『外来者』らしき男。
さっきの大男とはまた違う、『異質』な空気を纏った様な奴だった。
片手には拳銃を持っており、左腕には怪我をしているのか破った服を巻いている。傷はもう止まっているみたいだが、一戦闘終えてきたって感じのナリだ。
何よりも私が警戒しているのは男の『瞳』。
今まで私が見てきた奴の誰よりも鋭くて暗い、けれども静かな『殺意』が燃え盛っているように見えた。

男は質問にも答えずに、私の瞳をジッと探るように凝視している。
…何だか、あの眼を見ていると気分が悪い。まるで私の心の中を隅々まで弄られているみたいで不快な気持ちになる。
男は黙ったまま、私を品定めするかのようにじっくり時間を掛けて見つめ続ける。

…ハッキリ言って気持ち悪い。黙ってないで何か言ったらどうなのだろう。
襲ってくるわけでもなく、友好的に話しかけて来るわけでもなく、そのまま私たちの視線は交差しながら互いの出方を見る。

油断するな。相手は拳銃を所持しているんだ。もし不審な動きを見せたら瞬間、ウェルダンに焦がしてやる。



「…金髪金眼の赤い服を着た少女を見なかったか。恐らく、最初の会場で殺された娘の姉妹か何かだろう」


…男がようやく口を開いて発した言葉がこれだ。
今の今までずっとその刃物の様な眼で観察されていたかと思いきや、既に私の事なんかまるで興味が無さそうにして別の話題を振られた。
私がお前は誰だと聞いているのに、質問を質問で返すとはこの事だ。
相手のふざけた態度にムッとしたが、しかしここは取りあえず質問に答えるとする。

「…あの秋の神様の姉とかの事か?だったら残念だけど私は知らない」

「…そうか。ならばここには用は無い」

それだけ言って男は身を翻してこのゴミ捨て場から出ようとする。
流石にカチンときた。礼ぐらい言えとは思わないが、人を馬鹿にしてる。


「おい、アンタ…!」

「………。」

私が苛ついた声で目の前の奴を静止させようと声を上げる。左手には小さく炎を発生させて。
男の足がピタリと止まった。そいつはゆっくりと顔だけをこちらに振り向かせ、再びその鋭い眼光を私に刺してくる。
まるで全身をナイフで串刺しにされたかの様な錯覚を覚えた。皮膚がビリビリと痺れる。心臓に直接太鼓代わりにバチを打ち付けられた感覚だ。

これは…『殺気』。あの男の、深い闇の様な…言うならば『漆黒の殺意』ってとこだろうか。

その眼を見た時、正直言って私は『怖気づいた』…のかもしれない。
人々から『敵意』を持たれる事は別に珍しくもない。元より私は『望まれない子』として生を受けた身。
そして不老不死となり、全く成長しない人間として周りの人間からも訝しげられ、石を投げられ、各地方を転々と渡り歩いてきた。
無差別に妖怪を退治し回っていた時期もあったし、今では輝夜との殺し合いは日常茶飯事の風景となっている。

しかしこいつの、この『殺意』は…それらのあらゆる敵意や殺意とは本質からして違っていた。
焦りが大粒の汗となって、私の顎から垂れ落ちる。

私は…この男に『恐怖』しているのか…?さっきの大男に感じた感情の正体もこれか…?

不死の私が恐怖しているだって?馬鹿馬鹿しい。

…でも、この世界ではそんな馬鹿馬鹿しい事実は全て、『死神』の前で等しく平等に刈り落とされる。


無意識に左手の炎の勢いが増す。右手の指を懐の銃に掛ける。
こいつは…危ない奴だ。問答無用で攻撃するか…?見た目はあくまでただの人間だ。…それを言うなら私もそうなんだけど。



「もし、ここで今からオレと撃ち合いになるとしたなら……だ。お前はオレに勝てない」


長い沈黙と緊張感を破り、とうとう男が口を開いて妹紅に放った言葉は、彼女の世界を一瞬凍りつかせるには充分だった。




「お前ではまるで話にならん。…殺す価値も無い」



(…………あ?)

…何?今こいつは何て言った?
私では勝てない?話にならない?殺す価値すら無い?
何だって…?こいつ、何様のつもりなの?そんな事他人に言われたのは初めてだわ。
千年以上生きてきたけど、ここまで人に舐められたのも初めてよ。


「……随分、愉快なこと言うじゃない。たかだか数十年生きただけの青二才のクセに」

「オレの言う事が理解できないのなら…もう少しだけ話をしてやろうか…?
オレの目的は『公正なる果し合い』…。卑劣さなどは何処にも無い、漆黒の意思による殺人はこのオレを人間的に高めてくれる。生長させてくれる。
人として未熟なこのオレには乗り越えなくてはいけないものがある。『神聖さ』は『修行』なのだ。
これが…『男の世界』。今の時代…価値観が『甘ったれた方向』へ変わってきてはいるようだがな」


…無口な奴だと思っていたら、何だコイツ?突然語り始めちゃったよ…。
しかし、『男の世界』…?『女』の私には理解し難いけど、要するに奴は『このゲームを通じて自分を生長させたい』って事?
ハッキリ言って、イカレてるわね。こんな奴を野放しにしていたら、犠牲者は出る一方。
それに奴の銃と左腕の傷を見る限り、既に『参加者の誰かを殺した』可能性が高い。だとしたら私のやることは一つしかない…!

「悪いけど…アンタをここから出すわけにはいかないよ。私がアンタに勝てないかどうか…試してみる?
その立派なお髭を焦がし尽くされても良いなら」

「…どうやらまだオレの言う事が理解できないらしいな。もう少し話を続けるか?
お前、その手に輝く『焔』を見たところただの人間ではないらしい。今までに数え切れない程の『修羅場』を経験してきたかと存じよう。
だが『ただのそれだけ』…。お前には前へ進んでいこうという、人が持って当然の『気高き意志』が全く感じられない。
いざという時、オレを殺しにかかるという『漆黒の殺意』すらも。
『お前には何も無い』。生長するという意志をとうに諦めた『死にたがり』。さっきの金髪の小娘の方がまだ生長の余地はあったな」

捲くし立てるように次々とリンゴォの言葉は紡がれてゆき、一呼吸置いてから彼は最後に『トドメ』を刺した。



「お前は『いきもの失格』だ。虚無の『人形』はここでは必要なし」



リンゴォの軽蔑するかのような言葉の余韻がこの場を包んだ後に残るのは、不死人の腕に燃え盛る焔の爆ぜる音のみ。
突如現れた見ず知らずの人間に理由も無く見下され、呆れられ、
果てには自分の持つ価値観その全てを一度に否定された妹紅は目の前の男の鋭い瞳を見据えたまま、黙る。
彼女の内に燃え盛る感情の焔は、少しずつドス黒く変化していく。



―『死にたがり』…だって?私には『何も無い』…?

―人にあるべき『意志』が、私には無い…?『前へ進む』事をとっくに諦めた?私が?

―……そうかも知れない。私がこの『呪われた人生』にいい加減嫌忌している事は自分でもよく分かっている。

―だが、何故そんな事をこいつに言われなきゃならない?私から見ればまだまだガキんちょのお前に不死の苦悩の何が分かる?

―私がどんな思いで今まで苦しんできたと思ってるんだ?そんな事を『殺人者』のお前に言われたくない。

―『生』の苦しみを知らないお前に、なんなら『死』の苦しみでも与えてやろうか?



無意識に左手の焔は轟々と音を立てて、すぐにでも獲物を焼き尽くさんとばかりに騒ぎ立てる。
そんな妹紅の怒りを感じてか、リンゴォは更に言葉を続けた。

「悪いことは言わない、その焔を収めろ。漆黒の殺意を持たぬ者ではオレを倒すことは出来ない。
だがそれでもお前がオレを止めようと向かってくるならば…ひとつ、『公正』にいこう。
オレの名は『リンゴォ・ロードアゲイン』。スタンドの名を『マンダム』と言う。
ほんの『6秒』だけ、時間を戻すことが出来る。6秒以上の間隔を空ければ何度でもだ。
そして俺の武器はこの拳銃一丁のみ…。全て真実。ウソは無い」

そういってリンゴォと言うらしい男の肩に、いつの間にか『奇妙』なヴィジョンが浮かんできた。
何だアレ…!?タコ…いや、何か凄い『生命エネルギー』みたいなものを感じる…。
スタ、ンド…?時間を戻せる…?色々と信じられない話だけど、嘘をついてるようには見えない。
そして男の世界なんてものは依然理解不能だけど、相手が礼節を重んじているのだから私だけが自分を話さないのはちょっぴり癪に感じた。

「……藤原妹紅。人間だけど、『焔』を操れる。…そして不老不死よ。かれこれ千年以上生き永らえてる。尤もこの世界ではその限りでは無さそうだけど。
アンタの言う『男の世界』ってのはまぁ、理解は出来たけど(ホントはさっぱりよ)、やっぱり私はアンタを今ここで止めさせてもらう。
その際死んじゃうかもしれないけど、その時は火葬までしてあげなくもないわ」

『不老不死』って単語を聞いた瞬間、奴の眉が一瞬吊り上ったように見えたけど、それはすぐに元通りになって姿勢を正しながら言った。


「この決闘にいかなる意味があるかは計れない。…だがお前がその『汚らわしい殺意』を持って向かってくるのなら…受けて立とう。
―――よろしくお願い申し上げます」

リンゴォ・ロードアゲインと名乗った男はそう言って深々と頭を下げ、一礼をした。


私は、頭なんか下げなかった。


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決闘なんてするのは別に初めてでは無い。
それどころか、殺し合いなんてのはいつも輝夜とやり合ってることなんだ。
それでも、このリンゴォとの一騎打ちは生まれて初めてといっても良いぐらいの緊張感と高揚感を感じた。


全身鳥肌が立つ。

自分の心臓の音が、その生を私に主張するかの様に聴こえてくる。

左手に宿る焔が嬉々迫る様に、脈を打つ様に高ぶる。

もしかしたら自分は今から死ぬかもしれない。

その重圧に体が押し潰されそうになる。

だと言うのに私は今、笑っているのだろうか。鏡が無いから分からないけども。

なんでそう思うのかな?

―それはきっと、私がとんでもない大馬鹿者だからだろう。

この狂った殺し合いの地で、死の運命を迎えようとは思わなかった。

自分が出来る限りの抵抗をして、あのクソッタレの主催者達に一泡吹かせよう…。そう決意したと思っていたのに。

いざ、死神の鎌が私の首に突き付けられたという土壇場で私は動揺している。

『呪い』からようやく解放されるかもしれないというその未来を想像し、私はあろうことか、ほんの少し心躍らせていた。



今の私を慧音が見たらなんて思うだろうか。きっと酷く説教されるんだろうな…。

そうだ。私には会わなくてはいけない人達だっているんだ。

心を惑わせ、狂わせるこの気持ちは強引に心の隅に押し込む。今は…目の前の戦いに打ち勝ってやる。

左手の焔に全神経を集中させる。奴の一挙種一投手を見逃すな。

腕をもがれようと、足が千切られようと、喉を抉られようと、心臓を穿たれようと、私はこのゲームを破壊してみせる。

今の私に出来る事はそれ…。他の事は考えなくて良い。



私の名前は藤原妹紅。人間だ。







―――ひと筋の風が窓から吹き入り、積まれていたゴミの一部が二人の間に音を立てて転げ落ちた。




「凱風快晴―フジヤマヴォルケイノ―ッ!!!」



ダ ア ア ァ ァ ァ ン ッ ! ! ―――






―――発射音は、1発だけであった―――


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「あーちっくしょう、まだ痛い…。吐き気がする…頭痛もだ。輝夜の奴、まるで手加減無しなんだから…」

私は輝夜に抉り取られた脳髄…というか頭部を押さえながら何度目になるか分からない呻き声を独りごちた。
ついさっきまで、恒例となった輝夜との殺し合いという名の『戯れ』を一通り終えて今は帰路につくところだ。
まるで宴会の二次会からの帰宅途中のような台詞と、足取りおぼつかないフラフラした様子で竹やぶの道を歩く。
竹林から夜空を見上げると今夜は満月。妖しく光り輝くその光を見つめていると吸い込まれそうになってしまう。

月は人を魅了し、狂わせる魅力があるらしい。

そんな話をよく聞くが、私からすればあの無駄に輝くまんまる石を見るたびに『アイツ』のニヤニヤスマイルが顔をよぎるのでムカつきの感情が勝ってしまう。
今日は炎の出力の調子がイマイチ悪く、輝夜との戦績も負け越し。おまけに脳の左半球の前頭葉が丸々吹き飛ばされるというダメ押しも貰い受けたところで遊びはお開きとなった。
人の事は言えないもんだけど、アイツは本当に手加減も慈悲も無い。おかげで今晩は碌な夢を見れそうにないかな。

「あーもうマジムカつくー!輝夜のアホたれ!死ねッ!!死んで生き返ってまた死ねッ!!」

いつまで経っても腹のムカムカが治まらず、足元の手頃な石を思い切り蹴飛ばしてやった。
その石の放物線は見事な曲線を描きながら前方の彼方まで飛んでいき……丁ぉ~~度そこにいた通行人の頭にナイスヒット。
ヤバいと思いながらも今すぐ逃げるか、上手い言い訳を考えるかしている内にその通行人は怒った様子をしながら私に走って近づいてきたので、私は諦めて潔く謝ることにした。


………
……

「~~~ゴメン!ほんっと~にゴメンってば!そんなに怒ることないだろー?」

「全くお前という奴は……見ろ!コブが出来たぞ!」

慧音はいつもの様に私にお説教を続ける。既に頭突きのお仕置きは貰った上に、ハクタク状態だからなおさら痛い。
プリプリ怒った様子で慧音はその自慢の銀髪を掻き上げ、私に向かって頭を突き出した。痛い痛いツノが当たるそれ引っ込めろって!

「だからってあんなに本気で頭突きすること無いでしょ~。しかもこっちは怪我人だぞ?」

「何が怪我人だ不死身のクセに」

「不死身だって痛みはしっかり残るんだけどなー」

私たち二人はいつもの様に互いに軽口を叩き合いながら、月夜に照らされた竹林道を並んで歩いている。
石をぶつけたお詫びにお茶に誘う事で慧音の機嫌を取ってもらうという、私がいつもやる常套手段だ。

「…お前、また輝夜と殺し合ってきたのか?今月は何回目だ?ちゃんと寝ているのか?食事は摂っているのか?」

うわっまた始まったよ…。慧音のこのお小言が始まったら1時間コースは確実だ。お酒が入ってたら朝までコースだったろうけど。

「…今月は、3回目…いや、4回?今日は脳味噌が半分吹き飛ばされちゃってさ、慧音の頭突きも相まって死にそうなぐらい痛い。
睡眠はまぁとってるけど、ご飯は最近あんまり……たはは」

「………妹紅。頼むからお前は自分の身体をもっと大切にしてくれ。お前の身体の事は分かっているつもりだがそれでも傷付くお前を私は見たくない」

「毎回頭突きをかましてくる慧音に言われたくないなー」

私の身体を心配してくる慧音に茶化す様に返す。有難い言葉だけどこうも毎回毎回言われると流石にウンザリしてくるので私はいつも適当にあしらっている。
そうこう言ってるうちに私の家が見えてきた。慧音はまだ横でガミガミ言っているけど、大体いつも半分ぐらい聞き流す。
…これは今晩も朝までコースかな。お酒、あったっけ?慧音は酔っぱらうと面倒臭いからな…


「……大体お前はだな。…おい、聞いているか?妹紅……………」

「ハイハイ聞いてますよーっと。自分の身体ぐらい大切にしますって。」



もう一度夜空を見上げる。

憎たらしいぐらいに煌びやかにその存在感を放ち続けるお月様が、私と慧音を見下ろしていた。


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―――勝負はほんの一瞬で決着がついた。




妹紅の左手に宿った紅き輝きは、その鮮やかな翼を拡げることも無く、無残に掻き消えた。

男の放った、たった1発の銃弾によって彼女の久遠の世界は、あまりにも簡単に終焉を迎える。

ほんの1秒にも満たぬ決闘の中で、妹紅の世界はこんなにもあっけなく奪われた。

男の凶弾は彼女の眉間を貫通し、そのまま脳の中枢部分を完全に破壊した。

蓬莱人であるはずの彼女も、この無情なる暴力の世界では『死』の運命を弾くことは出来ない。

『死』は全ての存在に等しくもたらされる。

リンゴォ・ロードアゲインは彼女の亡骸に近づき、冷めた目線で見下す。

額から溢れ出る紅い液体が水溜りを作り出し、水面に反射したリンゴォの表情を映し出した。

その男の唇が小さく動き、ボソリと紡ぐ。




「……つまらない」




そして、彼はそっと右腕の腕時計の秒針をゆっくりと摘まみ、そして…………


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―――マンダム


















――――――ハッ!!




最初に目に見えたのは窓に映った綺麗な満月。真っ暗だった世界が急速に色を付け始める。
確かに消沈した筈の左手の焔は、何事も無かったかのように轟々と燃え盛り続けている。まるで私に生命の鼓動をアピールしているみたいに。
地に倒れ伏したと思った身体も、二本の足できちんと大地に立っている。まるで私に戦い続けろと促すみたいに。


―――え…………?


なんだ、今のは…?

え…私、今どうなった…の?

あいつ…リンゴォとか名乗った男は私の前でさっきと同じように立ち尽くしてこちらを睨み続けている。

震える右手で額をそっと擦ってみる。…特に異常は感じられない。

膝が段々と震えてきた。手足を縛られたまま夜の海に放られた錯覚を感じる。どちらが上でどちらが下なのか分からなくなってきた。

全身からゾッとするぐらいの汗が噴き出る。拭いでやりたい…けど、腕が思う様に動かない。

おい、リンゴォとやら!お前は今私に何をした!そう叫んだつもりだったが、声が出ない。呼吸も苦しい。


わた…わたし……さっき、頭を撃たれて…?いや、でも、今は撃たれてなくて……。ま、待ってよ…頭の中が白くなってきた…。わけが…わけがわからない…よ。でも、でも…!さっき感じた『痛み』は!紛れもなく『本物』の痛みで!わたし…わたし……!確かにさっき、銃で撃たれて!あれが……アレガ…『死ぬ』ッテ事で………ッ!私…!不死ナのニ!!死ん……ッ



「既に『公平』に話した筈だ…。オレのスタンド能力『マンダム』は時を6秒戻せる。お前は既に一度『死んだ』身だ…」



―――え?シンダ?…私が?



「お前…自分が不老不死だと言ったな。千年以上生きてる身だとも。
俄かに信じ難いことだが、この『世界』においてはそういう者も存在するのだろうな。だが同時にこの『世界』ではそんな垣根も存在する事無く、参加者は皆等しく平等。死ねば、終わり。
お前の『眼』を一目見て分かった。お前は『死にたがり』。心の奥底で有りもしない『死への幻想』を求めて彷徨い続けるどこまでも滑稽な『道化者』…。
『前へ進む』事を諦めた奴に、光り輝く『未来への道』があると思うか。
オレが仕留めるのは『漆黒の殺意』でオレの息の根を止めようとかかってくる者だけだ。お前なんかにはトドメを刺さない。
二度とオレの前にその顔を見せるな。…反吐が出る」



リンゴォが、ナニカ言っているケド、私の耳にはホとんド聴こエなカッタ…。
『死にたがり』…私が…死にたがっテいる…。この『セカイ』では、そんな『ゲンソウ』も、簡単にカナッテしまう……。

でも………さっきのガ、『死』……本物の…死の世界…

真っ暗デ……何も、ミエズ、聴こエズ、感じなイ……




―――本当の、『無』―――






「ウッ…………!!うえぇ……ッ!」

『ソレ』を思い出した途端、胃液が逆流して吐瀉物と共に外に吐き出された。
胃を握り潰されたみたいな、頭の中をグチャグチャに掻き乱されたみたいな感覚を覚える。
涙が止まらない。脚に力が入らない。苦しい。苦しい。怖い。

アレが…『死ぬ』という事…

私がいつも感じているような、地獄の様な痛みとは全く違う、本当の…本物の『死』…『無』……

私は…今まであんな恐ろしいモノに幻想を抱いていたのか…?『死ぬ』って、あんなに怖いことだったの…?

『痛い』だとか、『苦しい』だとか、『地獄の苦痛』だとか、そんな次元とは全く違うところにある世界…



―――完全なる『虚無の世界』にほんの一瞬、放り込まれただけで私の世界は粉々に砕かれた。



い……嫌だ嫌だいやだいやだイヤダイヤダ怖い恐いこわいコワイ!!もうシヌのハ嫌だ殺されたくナイ二度と死にたくナイ生きタい生きたい死ぬノハこわいコワイ!!!殺されたくナイ殺サナきゃヤラなきゃ殺ラレル殺すコロス私ハ死にタクナイ悪いノハアイツダ私は悪くナイシニタクナイしにたくない死にたくないッッ!!!



「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!」



もう何も考えられない考えたくない。とにかく死にたくない。私はアイツにありったけの霊力を込めて最大の火球を撃ち出した。


「……餓鬼がッ」


私が最期に聞いたのは自身の焔の爆ぜる爆音と、それに小さく混ざったリンゴォの苛立ち呻く声。そして1発の銃声。




ダ ア ア ァ ァ ァ ン ッ ! ! ―――


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


時間が逆戻りを始める様に、周りの全ての景色は逆転していく。
視界一杯に染まった筈の紅い飛沫も、辿り着いた筈の『虚無の世界』も、全ての色を取り戻して再び世界は元の枠に収まった。




――――――――――――――――




「――――ハッ!?」

―まただ。またさっきと同じ。時を…『戻された』。
リンゴォに向けて放った筈の本気の焔の弾幕は、敵に命中する事無く私の左手に収まったまま。
もう一度、冷や汗の止まらない額を右手で擦る。もちろん異常は無い。

また、殺された。先に仕掛けたのは私だったのに、奴の方が速かった。
また、あの『虚無の世界』に放り出された。自分の『意思』も『肉体』も『魂』も何もかもが無い世界に。
それを思い出してしまって、後悔する間も無く再び私は吐き気を覚える。さっき全て吐き出した筈の胃液物がまたも喉を圧迫してどこまでも私を苦しめた。


「何度やっても無駄だ。お前ではオレを殺せない。そしてオレが今のお前如きを殺す事も無い」

「ゲホッ!ゲホッ!…ハァ……ハァ……!うぅ…………くっ…!」


もう、ワカラナイ…!イヤダ…死にたく、ないよ……っ!コイツは殺さナきゃ…私が、ワタシがコロス……ッ!もう死にたくない!



「不死…『火の鳥―鳳翼天翔―』!!!」

「理解しろッ!その『汚らわしい殺意』を俺に向けるんじゃあないッ!」





ダ ア ア ァ ァ ァ ン ッ ! ! ―――



「あグ……………………っ!」


妹紅の決死の攻撃は、三度撃ち負ける。
火の鳥を模した妹紅の焔技すらリンゴォの早撃ちには成す術も無く敗れ去った。
妹紅の額には幾度目かの風穴が開き、その弾丸は先程と一寸変わらず彼女の脳…その脳幹部まで達し、内部組織を粉々に破壊した。
またも、即死。痛みや恐怖を感じさせる暇も無く、妹紅の精神は虚無へと還る。




―――――――6秒戻る



「不滅『フェニックスの尾』ッ!!!」


ダ ア ア ァ ァ ァ ン ッ ! ! ―――


「ぶッ…………!」


四度目は頸動脈を貫通し、彼女の喉、口、鼻孔から大量の血潮が噴出する。
この攻撃も彼女を一瞬で死に至らしめた。






―――――――6秒戻る



「インペリシャブルシューティングッ!!!」


ダ ア ア ァ ァ ァ ン ッ ! !
     ダ ア ア ァ ァ ァ ン ッ ! ! ―――


「うがッ…………かはァ……ッ!!」


五度目は即死ではなかった。
リンゴォの放った銃撃は空中で2センチ右へ逸れて妹紅の大脳部分の急所を僅かに外れ、彼女の視界を紅一色に彩るだけに終わった。
その衝撃で妹紅の身体が崩れ伏せる前に、もう1発の弾丸が今度こそ彼女の眉間の中心に完全に撃ち込まれ、妹紅は五度目の死を迎える。






―――――――6秒戻る



「ウ ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!」

パ ァ ン ! パ ァ ン !

ダ ア ア ァ ァ ァ ン ッ ! ! ―――


「―――――ッ」


六度目の死。
妹紅は焔による攻撃をやめ、今度は腰に差していた一八七四年製コルトの回転式拳銃を敵に向けて2発、間髪入れず発射した。
しかし死への恐怖に怯え、震える手で撃ち出した妹紅の2発の銃弾は、その両方ともリンゴォの脇を掠めるだけに終わる。
冷静に彼女へ向けて銃を構えるリンゴォは、看護師が静脈に向けて注射をする様にゆっくりと彼女の心臓へ照準を合わせ、引き金を引いた。
その弾丸は心臓を貫き、彼女の血肉を一面に撒き散らしながら後ろの壁へ着弾して鈍い音を辺りに響かせる。






―――――――6秒、戻る







「……このまま永遠に死に続ける気か?もう無駄だ。お前は何処にも到達することは出来ない」

――――――。

「『前へ進む』事をとっくに諦めたお前に、オレを殺すことは出来ない。言った筈だぞ」

――――――。

「…『人は何かを捨てて前へ進む』。ならば、お前は何を持っている?」

―――『ナニカ』を捨てて…前へ、ススム…?

「オレには既に『光り輝く道』が見えている。『男の世界』という名の路(ロード)がな。死にたがりのお前には何が見える?」

―――ヒカリ…カガヤク、ミチ…

「お前がここで『壊れて』いくか…、それとも『新たな道』を見つけて進むか…。それはお前次第だ。
もしもお前が新たな道を歩きだし、『漆黒の意志』を身に着けて再びオレに立ち塞がるならば…その時はオレも『漆黒の殺意』を持ってお前と正式に果たし合おう。期待は出来ないがな…
そしてこれはオレの銃だ。返してもらうぞ。…お前は自分自身の『漆黒の焔』で生長してみせろ」



最後にそう言い残してリンゴォは大の字に倒れ伏したままの妹紅に一瞥をくれ、側に落ちていた銃と弾薬を拾ってゴミ捨て場から出る。
闇夜に紛れてゆくリンゴォの姿を視界の端に入れながら、妹紅はしばらく動けなかったが、ふと気付いたこともあった。
あの男、リンゴォは結局最後まで妹紅より『先』に引き金を引くことは無かったという事に…













―――どれほどこのままでいただろう。数分か、数十分か。もしかしたら大して時間は経ってないかもしれない。



ふと思い出したかの様に、妹紅はポケットをまさぐり煙草の箱を取り出す。しかしその動作は非常に緩やかに、そしてガタガタと震えながらのものであった。
指が震えてうまく箱を開けられない。煙草を取り出せない。ゆっくり時間を掛けて煙草を口に咥え…そして逆さまに咥えていることに気付き、またゆっくりと咥え直す。
今度はうまく指先に火が灯せない。いつも簡単にやりこなしている事なのに。
何度も何度も震える指先に力を集中させては、失敗して煙草を取り落す。
幾度目かの挑戦でやっと火を灯せた煙草を咥える事に成功するが、身体の震えは一向に止まらない。


―――私は、こんなに弱かっただろうか。

―――これほどまでに、『死』に対して臆病だったろうか。

―――『死』があれだけ恐ろしい世界だと知ってしまった今なら、あれだけ『生』に煩雑していた自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。


―――シヌ。―――イキル。―――シヌ。―――イキル。





「生まれ…生まれ…生まれ…生まれて…生の始めに、暗く…。死に…死に…死に…死んで…死の終わりに、冥し…」



静寂の世界に妹紅の消え入りそうな、震える声が細々と響いた。
自らの怯える心を強引に落ち着かせる様に、白煙を肺に取り込んでは吐き出す。それでも彼女の気は紛れない。
いつまでも脳裏にこびり付いて離れないのは幾度も体験した『虚無』のイメージ。
ほんの一瞬だった筈なのに、それはまるで永劫の時間であったかの様に何度も何度も彼女の精神をもたげてくる。


「う……く、あぁ………あああぁ………………っ」


いつしか感情の洪水は堰を切ったように溢れ出し、大粒の涙と絶叫がこの静寂の世界を突き破った。
後悔、屈辱、無念、恐怖、あらゆる感情が彼女の世界に入り混じり、心の芯までも蝕み始める。
それはいずれ、狂乱の焔という形で妹紅自身の肉体まで蝕み、喰い尽くしていく。




―――うあああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

       ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ ッ ッ ッ ! ! ! !―――


少女の全身は今や断末魔ともおぼつかない悲痛な叫びと涙や共に、見た者全てを紅蓮の地獄へと叩き落としそうな禍々しい紅焔に包まれた。
涙も一瞬で枯れ散る火力は、辺り一面を瞬く間に業火の海へと変貌させる。
無様に捨てられ朽ちたゴミの街と自分の姿とを重ね合わせたのか、八つ当たりするかのように八方へ灼熱の火球を撃ち続ける。
天を焦がし、大地を焦がし、自らの五体を焦がす彼女の姿は、とても現世の景色とは思えないほどにドス黒く狂い燃えていた。



燃やして、燃やして、今はただ、燃やし尽くす。

灰と帰す事も無く、精神の全てを搾り尽くして、ひたすらに燃やし続ける。

絶叫が木霊し、害意の塊となって、己の全てを焦がし果てる。

彼女に最後に残るものは何か。彼女がこれから歩いていく道は何処にあるのだろう。

全てを捨て去る藤原妹紅の心に宿るただ一つの想いは、『人間』として当たり前の意志。



―――死ぬことへの恐怖。『生きたい』という願いだけ。


【A-5 ゴミ捨て場/黎明】

【藤原妹紅@東方永夜抄】
[状態]:精神崩壊直前、霊力消費(極大)、凶暴な焔を放出し続けているが肉体に火傷など外的損傷は無し
[装備]:なし
[道具]:なし。全て灰と化した。
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない。
1:生きる。もうあの『虚無』に戻りたくない。
[備考]
※参戦時期は永夜抄以降(神霊廟終了時点)です。
※風神録以降のキャラと面識があるかは不明ですが、少なくとも名前程度なら知っているかもしれません。
※精神が非常に不安定です。彼女がこれから先、どんな『道』を歩むかは後の書き手さんにお任せします。
※A-5エリア ゴミ捨て場で大火災絶賛発生中。

【リンゴォ・ロードアゲイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:疲労(小)、左腕に銃創(処置済み)、胴体に打撲(中)
[装備]:ミスタの拳銃(3/6)@ジョジョ第5部、一八七四年製コルト(4/6)@ジョジョ第7部
[道具]:ミスタの拳銃予備弾薬(18発)、コルトの予備弾薬(18発)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:公正なる果たし合いをする。
1:男の世界を侮辱した秋静葉と決闘する。
2:ジャイロ・ツェペリとは決着を付ける。
3:次に『漆黒の焔』を抱いた藤原妹紅と対峙した時は、改めて決闘する(期待はしてない)。
[備考]
※参戦時期はジャイロの鉄球を防御し「2発目」でトドメを刺そうとした直後です。
※引き続き静葉を追う。どこに行くかは次の書き手さんにお任せします。

063:少女が見た空想風景 投下順 065:Roundabout -Into The Night
063:少女が見た空想風景 時系列順 068:ゆめみみっくす
001:Like a Bloody Storm 藤原妹紅 070:リビングデッドの呼び声
009:Red Dead Redemption リンゴォ・ロードアゲイン 092:Border of Soul

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最終更新:2014年06月24日 22:05