東の方角からゆっくりと光が射し始める。
夜明けの時刻が訪れたのだ。
木々の間から覗く藍色の空は徐々に澄んだ蒼へと染め上げられていく。
広大な空の遥か彼方―――――月の上では決して目にする事の出来ない情景。
下賎な地上の民に不相応な程に美しい。
しかし、そんな光景を眺めている暇は今の彼女にはない。
――――――おはよう、参加者の諸君。荒木飛呂彦だ。
このゲームにおける最初の放送が始まりを告げていたからだ。
(18人…まぁ、そこそこのペースかしら)
C-5、魔法の森。
樹木の幹に腰掛ける『
八意永琳』はひとまず輝夜達の名が呼ばれていないことに胸を撫で下ろす。
当然のことだが、この場において知り合いと呼べる人物は殆どいない。
故に放送読み上げられる名も知らないものばかりだが、シュトロハイムから聞いたシーザー、スピードワゴンの名は耳に入った。
老人であるスピードワゴンはともかく、柱の男とやらに対抗する術を持つというシーザーが脱落したのは少々痛手か?
否、ゲーム開始からたったの6時間で命を落とした人物だ。
その時点で実力の程度はたかが知れているだろう。
(それにしても、今の「放送」…機材の類いは一切使っていないようね。
まるで頭の中でテレパシーの様にはっきりと聞こえてきた。
奴らはどうやって放送を私達に伝えた?…そもそも、私達の生死を把握する手段は一体?)
先の放送でも伝えられた様に、主催者は参加者一人一人の生存状況を正確に把握している。
ゲームを促進させる為に流した虚偽の死亡者情報である可能性も考慮したが、その見込みは薄いだろう。
このゲームの会場は6×6km2。そこに90名もの参加者が放り込まれている。
他の参加者との遭遇する可能性が高い以上、死亡者の発表で安易な嘘を流した所ですぐに暴かれる危険性があるのだ。
故に先程の放送の内容は概ね事実であると判断した。
とはいえ、参加者の生死を確認する方法も私達に放送を伝えている手段も不明のままだ。
謎は未だに幾つも残っている――――
「………」
思考を重ねていた最中、永琳があさっての方向へと目を向ける。
直後に雑草を踏み頻る足音が断続的に耳に入ってくる。
誰かがこちらへと少しずつ接近してきているのだ。
永琳は手早く名簿と地図をしまい、その場から立ち上がる。
最低限の警戒を払いつつ足音が聞こえる方向を見た。
ゆらり、ゆらりと木々の陰から姿を現す人影。
木漏れ日が射し、その姿がはっきりと見えてくる。
右手に拳銃を握り締めた白髪の男だ。
「……………」
男はうんざりしているかの様に眉を顰めつつも視線を向けている。
口を閉ざたまま永琳を真っ直ぐ見据えてくる。
どこか見覚えがある。
そう思って永琳は記憶を遡り、すぐにそのことを思い出した。
『花果子念報メールマガジン』の第一号にこの男の写真が載っていた。
B-4で発生したガンマン同士の決闘、うち片方が敗北し射殺されたという記事。
命の遣り取りをもスクープにしてしまう辺り、地上の民が如何に穢れているかが見て取れる。
ともあれ、現状の問題は目の前の男だ。
あの記事に書かれていたことが真実であるのなら。
(あの記事が真実なら、この男はスデに他の参加者を殺しているということになる)
永琳は思う。正々堂々とした決闘―――そう評すれば聞こえはいい。
しかし、その本質は殺し合いと何ら変わりない。
この男も殺人者に過ぎないのだ。
問題は『乗っているかどうか』。
もう片方の男が戦いを挑み、返り討ちに会ったのか。
もしくはこの男から決闘を仕掛けて相手を殺害したのか。
この男が抱える殺意の方向性を、殺し合いへのスタンスを見極めなければならない。
そうして永琳が思考を重ねている最中でも男は無言を貫き、彼女をじっと見つめていた。
暫しの沈黙の後、男が話を切り出す。
「質問をさせてもらう。金髪金眼の赤い服を着た少女を探している」
「生憎だけど、知らないわ」
永琳はきっぱりと答えた。
事実、そのような人物のことは知らない。
知っているのは永遠亭の面々と
藤原妹紅、あとはこの場で出会っているシュトロハイムくらいのものだ。
「金髪金眼の赤い服を着た少女」という特徴はシュトロハイムから聞いた波紋戦士らの情報とも一致しない。
「その子はあなたの知り合い?」
「俺がこの手で決着を付けなければならない『敵』だ」
男は淡々とそう語る。
表情は落ち着き払ったポーカーフェイスのままだ。
しかしその言葉からは微かに『憤怒』と『殺意』が滲み出てる。
本人は冷静を装ってるつもりなのかもしれないが、最早それを隠し切れていない。
その少女と一体どのような因縁があるのか、知る由もない。
ただ一つ解ることと言えば、その少女が男の逆鱗に触れるような行為をしたということだけだ。
そう、この男に殺意を抱かせる程の行為を。
故に永琳は問いを投げかけた。
「…殺すつもりなのね」
「そうだ」
男はきっぱりと返答する。
何の躊躇も無く、いとも容易く己の殺意を肯定した。
それを隠し切れていないのではなく、隠すつもりさえ無かったらしい。
やはりゲームに乗っているのか。或は殺人に対して一切の抵抗を感じない人種か。
「俺の目的はただ一つ、公正なる果たし合いだ。
純然たる殺意による『男の価値観』、卑しさの無い正々堂々とした『決闘』こそが俺を精神的に生長させてくれる。
あの小娘はそれを踏み躙り、決闘者である
グイード・ミスタの不意を討った」
直後、饒舌な口調で男は語り出した。
その言葉の端々から滲み出るのは『熱意』。
己の信念を貫かんとする『意志』。
それらは先程までの冷静沈着な男の様子からは見られなかったものだ。
「故に俺は決着を付けなければならない。
男の世界を侮辱した愚者をこの手で仕留めなくてはならない」
そして、男は一息置き。
「それが俺にとっての『納得』だ」
自らの信念に殉じ、己の道を進み続けるべく。
踏み躙られた誇りを取り戻し、自らの手でけじめを着けるべく。
男は、少女に挑むことを宣言する。
それは命を課してでも貫かなければならない矜持。
己に取っての『納得』を得る為の行動。
その眼に迷いは無い。
彼の瞳に宿るのは『漆黒の殺意』。
それは軟弱な価値観では踏み入ることの出来ない――――『男の世界』。
そんな男を永琳は何も言わずに見据え続けていた。
月人の灰色の瞳は、漆黒の焔を宿す瞳と相対し続ける。
彼女は何も口に出さない。男もまた、沈黙を貫く。
暫しの睨み合いが続いた後、男が再び口を開いた。
「いい眼差しをしているな」
「あら、褒めてくれてるのかしら?」
「先程の小娘は期待外れだったが、お前は楽しめそうだ」
淡々と、しかしどこか期待しているかのような口振りで男は呟き出す。
軽口を適当に受け流された永琳はほんの少し不服な心境になるが、然程気にすることも無く冷静な態度で男を見据える。
少しの間を置いて、男はその肩に『精神力のエネルギー』を纏わせながら言葉を紡ぎ出す。
「名乗らせて頂こう。俺は
リンゴォ・ロードアゲイン。
スタンド名は『マンダム』…能力は『時を6秒間巻き戻すこと』。
これから使う武器はこの一八七四年製コルト一丁。
…俺の手の内は以上だ。お前に決闘を申し込ませて貰う」
リンゴォ・ロードアゲイン―――――――そう名乗った男の右肩に、突如奇妙な物体が出現する。
それは蛸の様な姿をした異様極まりない存在。
無数のワイヤーがリンゴォの肩と腕に捩じ込まれているかの様に絡み付いている。
永琳は唐突にリンゴォの肩に出現した物体を見て心中で僅かながら驚愕する。
(『スタンド』……?)
リンゴォが口にしたのは聞き慣れぬ概念。
時を6秒巻き戻す能力を持つという『スタンド』。
時間遡行となると、永遠と須臾という『時』を操る能力を持つ輝夜にも行えない芸当だ。
幻想郷にも数多くの異能力者が存在するとは聞いているし、強大な能力を持つ月の民も珍しくはない。
しかし、あのスタンドなる存在は自分の知識の範疇に無い全く未知のものだ。
まるで傍に立つ守護霊のような―――――思えば、メールマガジン第二号で掲載されていた長身の女にも守護霊のような存在が憑いていた。
あれも『スタンド』だというのだろうか。スタンドを持つ者はこの会場に何人もいるというのか。
兎に角リンゴォは何の躊躇も無く自らの能力を明かしたのだ。
そう、永琳に決闘を申し込むべく。
「…自分から手の内を明かすというのね」
「『公正さ』こそが掟であり、掟こそ力“パワー”だ。故に俺は全ての手の内を明かす」
「成る程、見上げたものね。それで…私に決闘を?」
「そうだ。お前の『眼』から力を感じた。
例え何があろうと自らの意思を貫き通す『漆黒の意志』を見たのだ。
…先程の小娘は腑抜けだったが、お前ならば期待が出来そうだと…そう思ったが故、決闘を申し込ませてもらった」
自らの手の内を明かし、正々堂々と決闘を行う。
ある意味では幻想郷におけるスペルカードルールと似ているとも言える。
しかし、リンゴォの瞳に宿る信念は寧ろ幻想郷の在り方と真っ向から反するものだ。
永琳はそれに薄々感付いていた。
「…では、私もそうさせて貰うとしましょうか。
名は八意永琳。能力は…そうね、『あらゆる薬を作ること』と『不老不死』。
そしてもう一つ、霊力を弾丸やレーザーに変換して放つ…謂わば『弾幕』」
ほんの少しの間を置き、永琳もまた淡々と自らの手の内を晒す。
ほう、と感心した様にリンゴォは彼女を真っ直ぐ見据える。
やはり自分の見込んだ通りだったか。
この女の眼からは確かな素質を感じた。
受け身の態度を貫く『対応者』ではなく、一人の『決闘者』としての意志。
目的の為に殺意を以て立ち向かうことの出来る信念。
故に彼は期待を胸に抱いていた。
「…感謝する」
「何、貴方に付き合ってあげるだけよ。それより…もう始めるんでしょう?」
「ああ、そのつもりさ」
フッと僅かながら口元に笑みを浮かべるリンゴォ。
対する永琳は無表情のまま右手を腰に当て、身構えることも無く立ち尽くしている。
その姿からは余裕さえ感じられる程だ。
そんな永琳の態度を気に留めることも無く、リンゴォは両足を揃えて姿勢を正す。
互い睨み合うかの如く二人は視線を交わす。
暫しの静寂が場を支配する。
そして、沈黙を裂く様に二人が口を開いた。
「「――――よろしくお願い致します」」
頭を下げて一礼を行った直後、リンゴォが瞬時に動き出した。
銃を構える。
撃鉄を倒す。
引き金に指をかける。
そして、弾丸を放つ。
一瞬の動作で行われた早撃ち。
ガンマンとしての優れた技量によって為される技。
銃口より発射された黒鉄の咆哮は、凄まじいスピードで宙を裂いていく。
そのまま放たれた弾丸は風を切りながら永琳の眼前まで迫る――――――
「…へぇ」
迫り来る弾丸を見据える永琳の口元は、不敵に笑っていた。
片手で顔の左半分を押さえながら永琳の身体が仰け反る。
放たれた弾丸が左目に直撃したのだ。
(何…?)
しかし、リンゴォはすぐさま違和感を覚えた。
永琳は何ら抵抗を試みぬまま撃たれたのだ。
銃弾を前にした彼女が取ったのは『首を少し横に傾げた程度』の回避行動。
脳の中枢への直撃を避けることはできたが、左目は弾丸によって撃ち貫かれていた。
眼球の半分以上を破壊され、潰れた瞼の奥底からは涙の様に鮮血が流れ落ちている。
一歩間違えば即死を免れなかったであろう。
にも関わらず、彼女は余裕を崩さなかった。
不遜な態度を保ち続けていた。
(躱しきれなかった?―――いや、『躱そうとしなかった』のか!?)
リンゴォの脳裏に憶測が浮かぶ。
永琳は避けられなかったのではなく、初めからまともに「避けるつもりがなかった」のではないか。
不死への慢心か――――否、違う。
あれはまるで『自分はお前に殺されない』とでも宣っているかのような余裕だった。
慢心などではなく、確信であるかのような。
汗が頬を流れ落ちる。
そのまま、彼は永琳へと再び眼を向けた――――
―――残された『右目』が、リンゴォを視る。
―――虚空のような灰色の瞳が、リンゴォを捉えていた。
その瞬間、リンゴォの背筋に悪寒が走った。
得体の知れない『虚無』が刹那の間だけ彼の心臓を掴んだ。
それは、永琳が反撃する為の『隙』となる。
「スペルカード――――」
左目から血を流しながらも永琳はその右手を正面へと向ける。
何かが来る。それを理解したリンゴォはすぐさま銃の照準を定め、引き金を引こうとしたが。
――――覚神「神代の記憶」。
「ッ――――!!」
瞬間、突如周囲から無数のレーザーが放たれリンゴォに一斉に襲い掛かる。
リンゴォは咄嗟にその場から後退しそれらを回避。
しかしレーザーは森の樹木の隙間を交い潜り、生命を彷彿とさせる二分木の如く張り巡らされる。
さながら網目状の蜘蛛の巣にも見えるそれらのレーザーは、リンゴォの周囲を取り囲む。
そして間髪入れず、永琳の前方より無数の弾幕が放たれた。
リンゴォは頬から汗を流す。
迫り来るは無数の弾幕。
しかし、避けようにも周囲のレーザーが自らの動きを阻害する。
このままでは、躱し切れない――――!
リンゴォの判断は瞬時に行われた。
弾幕が自身に到達する寸前に、彼の指は腕時計の秒針を摘んでいた。
そして、リンゴォは自らの『スタンド能力』を発動する。
「『マンダム』ッ!」
―
――
―――
――――
―――――
――――――時は6秒巻き戻る。
6秒前。それはリンゴォが永琳の頭部を狙って拳銃の引き金を引く直前。
永琳の片目が撃ち抜かれるほんの数瞬前だ。
巻き戻った瞬間、リンゴォは間髪入れずに永琳の急所目掛けて発砲しようとしたが――――
「今度はこっちの番よ」
それよりも先に永琳の身体が動く。
マンダムが時間を遡行させたと同時に永琳はリンゴォの動作よりも先に駆け出したのだ。
まるで時間を巻き戻すことも予想の範疇だったと言わんばかりに。
そのまま永琳は、風を切るような敏捷性でリンゴォへと接近していくッ!
「くッ――――!」
リンゴォは汗を頬から流し、迫り来る永琳に向けて何度も発砲する。
刹那の早撃ちによって放たれた弾丸のうち一発は永琳の右肩に着弾。
彼女の肩から真紅の鮮血が吹き出す。
ほんの一瞬だけ苦痛の表情を浮かべたが、それでも尚永琳は止まらない。
そのまま残りの弾丸を高い瞬発力によって回避し、リンゴォの懐へと肉薄するッ!
至近距離まで迫った永琳と距離を取るべく、咄嗟に後方へと下がろうとしたリンゴォ。
しかし永琳の方が『一手』早く動いた。
「――――覚神「神代の記憶」」
直後、再び網目状のレーザーが展開。
リンゴォと永琳の周囲がレーザーによって取り囲まれる。
後方へ下がり続けようとしていたリンゴォの動きが止まり、即座に永琳の方へと意識を向ける。
周囲を囲まれ退路を断たれた以上、最早距離を取ることなど出来ない―――!
「マンダ――――」
スタンドを発動すべく、時計の秒針を動かそうとした瞬間。
ぐらりとリンゴォの体勢が大きく崩れる。
再び接近した永琳が瞬時に足払いをし、彼の片足を刈ったのだ。
そのままリンゴォの身体が投げ飛ばされ、勢い良く背中から地面へと叩き付けられた。
衝撃で彼の右手から拳銃が離れ、雑草の上を僅かに跳ねる。
リンゴォは仰向けに倒れながら慌ててそれを回収しようとした。
しかし、それよりも先に永琳がリンゴォの拳銃を足で踏みつける。
そのまま永琳は身を屈めて手早く拳銃を回収。
右手で構えた銃口を仰向けに倒れるリンゴォの頭部へと向けた。
「勝負ありよ、リンゴォ」
灰色の瞳は冷淡に男を見下ろす。
僅か1分足らずの決着だった。
「…俺が最初に引き金を引いた際、お前はまともに避けようとしなかった」
「そういえばそうだったわね」
戦闘を終えた為か、周囲に展開されていたスペルは既に消失している。
仰向けに倒れていたリンゴォが永琳に問いを投げかけた。
既に己の敗北を認めており、抵抗する様子は見せていない。
その顔に浮かべているのは死をも受け入れんとする清々しい表情だ。
「何故だ」
「……………」
「あと少しでも逸れていれば弾丸はお前の脳の中枢を破壊していただろう。
にも拘らず、お前はまともに回避をしようとしなかった。何故だ」
リンゴォの胸中には疑問が浮かんでいた。
何故左目を打ち抜かれた時、まともに避けようともしなかったのか。
ほんの数センチ軌道が逸れていれば即死の可能性もあっただろう。
なのに、どうして永琳は躱そうとしなかったのか。
「強いて言うなら、貴方の攻撃で死なない自信があったから。
それに私のスペルで貴方の身動きを封じれば勝手に時間を巻き戻してくれると思ったからよ。
時間を6秒巻き戻すというのなら、6秒前までの負傷は無かったことに出来るようなものだしね」
永琳はそう返答する。
有りのままの事実を淡々と述べる様に。
リンゴォの表情が僅かに歪む。
『死なない自信があったから』。
つまり自分は侮られていたとでも言うのだろうか。
「……俺に、お前は殺せない。そう言いたいのか」
「さあ、どうでしょうね。それより、勝った側として聞きたいことがあるわ」
鋭い眼光で向けるリンゴォの言葉をはぐらかす様に永琳は話を切り替える。
何も言わず、しかし僅かながら不服な表情を見せるリンゴォ。
そんな彼を見下ろし、永琳が口を開いた。
「貴方が知っている参加者、そして今まで出会ってきた参加者について教えなさい。
スタンドについても知る限りの情報を提供して貰いたいわね」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…妹紅と会っていたのね、貴方」
木の幹に腰掛けるリンゴォ。その傍に永琳が立ち、彼を見下ろしながら呟く。
永琳はリンゴォより彼の知る参加者の情報、スタンドの概念、そしてこの6時間の内に体験した出来事を聞き出していた。
「家族を殺された」という金髪金眼の少女との邂逅。
弾丸の軌道を操るスタンドを持つグイード・ミスタとの決闘。
金髪金眼の少女による妨害、ミスタの死。
そして彼女を追い掛ける過程で遭遇した銀髪の少女――――藤原妹紅。
此処に至るまでの過程を事細かに聞き出した。
(妹紅とは一応協力関係を結べると思ってたのだけれど…
この男の話が本当ならば、正直言って使い物になるかどうかすら怪しいわね)
リンゴォが体験した情報を脳内で租借する永琳。
彼の語る所では、妹紅は酷く精神を消耗しているらしい。
彼女は『死』を知った結果錯乱し、戦いが終わりを告げた頃には抜け殻同然になっていたという。
『前へ進む』ことを放棄した哀れな小娘――――とはリンゴォの談。
輝夜のことで協力関係を結べるだろう、と踏んでいたのだが。
その様子だと、今後妹紅と組むことは難しそうか?
例え組めたとしても『協力者』として使えるとは到底思えない。
出会ったとしても余り期待しない方がいいか。
永琳は一先ずそう結論付ける。
「ありがとう。まぁ、悪くない情報だったわ」
情報を引き出し終えた永琳は、ほんの僅かに微笑みつつ礼の言葉を口にする。
要求を飲んだ礼として、一度奪った拳銃は既にリンゴォの手元に返されている。
己の流儀を重んずるリンゴォが勝者の不意を討つような人間ではないことを理解していたからだ。
故に永琳は拳銃を渡した所で自分が攻撃される危険性は無いと判断した。
尤も、彼が所持していたもう一丁の拳銃は戦利品として予備弾ごと強引に拝借させてもらったが。
「…俺からも聞かせてもらうが、『姫海棠はたて』とやらは何者だ?」
「私も素性は知らない。記事の文面を見る限り幻想郷の住民だと思うけど」
「そうか…」
続いてリンゴォが問い質したのは姫海棠はたてのこと。
永琳による尋問の際、彼女の口からその存在を知ることになった。
同時に姫海棠はたてが自らの決闘を記事にしているということも知ることになる。
(この時、永琳はリンゴォに『メール』や『携帯電話』の概念を教えることに一苦労したという)
リンゴォは思う。
姫海棠はたてとやらは低俗な記事によって『公正なる果たし合い』を茶化し、剰えミスタの屍を平然と晒したのだ。
これは『決闘』に対する侮辱に他ならない———その胸中に浮かぶのは憤り。
故にリンゴォの方針には新たに『はたての捜索』も加わっていた。
奴は金髪金目の少女と同様、この手で仕留めなければならない下衆だ。
尤も、幻想郷との交流を持たない永琳もまたはたての素性に関しては認知していない。
それ故にはたてに関する会話はすぐに打ち止めとなった。
「あぁ、最後に貴方に言っておきたいことがあるわ。
蓬莱山輝夜、
鈴仙・優曇華院・イナバ、
因幡てゐの三名には絶対に手出しをしないこと。
そして彼女達と会った場合、伝言を伝えること。
内容は…そうね。『
第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』。
まぁ、放送までに貴方が会えればの話だけどね」
そう言って永琳は三人の外見に関する情報を事細かに伝える。
このリンゴォという男は約束を破ることはないだろうと確信していたが故に。
『特定の人物に手出しをしない』『伝言』という要求を提示されたリンゴォは暫しの間無言で彼女を見上げる。
その後ゆっくりと頷き、やや不服そうに条件を受け入れた。
「――――じゃあ、私はそろそろ行かせてもらうわ。
ここまでの情報提供、感謝するわね」
それを確認した永琳はリンゴォに背を向け、足早にその場を後にしようとする。
一斉の警戒も無く彼に背を向けていた。
敗者への慢心なのか。或は、余裕の現れなのか。
どちらなのか、今のリンゴォには知る由もない。
ただ、去って行こうとする永琳に一つだけ聞きたいことがあった。
リンゴォは『敗者』として地に伏せることになった。
永琳は『勝者』。そんな彼女に問いただしたかった、ただ一つのこと。
「何故、俺を殺そうとしない」
「…さあ。何ででしょうね」
一瞬だけ振り返った永琳。
彼女の口から出たのは、はぐらかすような一言だった。
(公正なる果たし合い、か)
リンゴォと別れた永琳は森の中を進み続ける。
彼女が脳裏に浮かべているのはリンゴォの語っていた理念。
―――曰く、漆黒の殺意。
―――曰く、精神の生長。
―――曰く、男の世界。
(…馬鹿馬鹿しい)
永琳はただリンゴォの『遊び』に付き合っただけ。
スタンドとやらの能力を試す為に決闘を受け入れただけだ。
心中では彼の掲げる『漆黒の殺意』に嫌悪すら覚えていた。
己の生死すらも刹那の高揚に委ねるスタンス。
命を奪い合う死闘を賛美し、是とする姿勢。
生きることも、死ぬことも、彼にとっては一瞬の夢に過ぎないとでも言うのか。
自らの熱の為にそれらを投げ出すことも厭わないと言うのか。
はっきり言って―――――狂っている。
(リンゴォ・ロードアゲイン。貴方はその『殺意』を気高さだと思っているの?
命を運命に預ける『果たし合い』を崇高な理念だと思っているの?
…貴方の掲げているそれは信念なんかじゃあない。呪いの類いよ)
この男の信念に誇り高さなど存在しない。
己の狂気を妄信し、他者にまで強要する。
挙げ句の果てにそれを『高潔』だと信じて疑わない。
その姿には哀れみすら覚える。
あの男が長生きすることは決して無いだろう。
墜ちる所まで突き進み続け、己の身を滅ぼすのは解り切っている。
そして決闘の末の死を迎えた所で、彼はそれに満足するのだろう。
故に永琳は彼を殺さなかった。
少なくとも自分はあのような男を信念に殉じさせてやるつもりはない。
とはいえ、輝夜達を捜索する為の更なる人手を得られたこと、情報を得られたことは無駄ではなかった。
特にスタンドという未知の概念について知ることが出来たのは大きい。
恐らくこの会場には同様の能力者が他にも存在するのだろう。
シュトロハイムの語っていた『柱の男』共々、決して警戒を怠ることは出来ない。
(…やっぱり、そう簡単には乗り切れなさそうね)
今後新たなスタンド使い、あるいは更なる異能の存在を目の当たりにするかもしれない。
気怠げな感情を心中で抱く永琳。
しかし、彼女が足を止めることは無い。
輝夜達と共に生き続けることが、自分にとっての『贖罪』なのだから。
【C-5 魔法の森(北西)/朝】
【八意永琳@東方永夜抄】
[状態]:精神的疲労(小)、霊力消費(小)、右肩に銃創、再生中
[装備]:ミスタの拳銃(3/6)@ジョジョ第5部
[道具]:ミスタの拳銃予備弾薬(18発)、ランダム支給品(ジョジョor東方・確認済み)、携帯電話(通称ガラケー:現実)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:輝夜、鈴仙、一応自身とてゐの生還と、主催の能力の奪取。
他参加者の生命やゲームの早期破壊は優先しない。
表面上は穏健な対主催を装う。
1:輝夜、鈴仙、てゐと一応ジョセフ、
リサリサ、藤原妹紅の捜索。
2:頭部が無事な死体、『実験』の為のモルモット候補を探す。
3:基本方針に支障が無い範囲でシュトロハイムに協力する。
4:柱の男や未知の能力、特にスタンドを警戒
5:情報収集、およびアイテム収集をする。携帯電話のメール通信はどうするか……。
6:第二回放送直前になったらレストラン・トラサルディーに移動。ただしあまり期待はしない。
7:リンゴォへの嫌悪感。
[備考]
※ 参戦時期は永夜異変中、自機組対面前です。
※行き先は後の書き手さんにお任せします。
※ランダム支給品はシュトロハイムに知らせていません
※
ジョセフ・ジョースター、シーザー・A・ツェペリ、リサリサ、スピードワゴン、柱の男達の情報を得ました。
※制限は掛けられていますが、その度合いは不明です。
※リンゴォから「ミスタの拳銃」とその予備弾薬を入手しました。
※スタンドの概念に知りました。
※リンゴォに『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という輝夜、鈴仙、てゐに向けた伝言を託しました。
去ってく永琳を静かに見送っていたリンゴォ。
暫し彼女の去って行った方向を見た後、その場から立ち上がるべく木の幹へと触れようとした。
その時になって、彼は気付く。
―――カタカタと揺れ動いている。
―――右腕が小刻みに震えていたのだ。
リンゴォは自らの右腕の震えを見て両目を見開く。
震えを止めようとしたが、暫くの間それは止まることが無かった。
そしてリンゴォは、再び永琳が去った方向へと眼を向ける。
彼は半ば確信していた。
――――――俺は、あの女に恐怖していたのか。
あの女の『目』が脳裏に焼き付いて離れない。
俺が奴の左目を撃ち抜いた直後に見せた、灰色の眼。
その瞳に宿るものは『漆黒の焔』であると思っていた。
一人で勝手にそうであると確信していた。
しかし違った。
アレは気高き『漆黒の殺意』でも、『黄金の精神』でもない。
形容するのならば、生死を超越した『虚無』。
そして俺に対する『侮蔑』の眼差しだ。
奴は迫り来る銃弾を目にしながらも全く動じず、それどころか不遜に笑ってみせた。
歯向かう奴隷を見下す王の様に。
ちっぽけな獣を嘲笑う万物の霊長の様に。
その『目』に死への恐怖は一切見られなかった。
片目を打ち抜かれようと一切動じていなかった。
「…………」
そして俺はあの女に敗北した。
剰え生かされ、彼女の目的の為に利用されることになった。
俺は『敗者』としてそれを受け入れた。
だが、本当にそれで良かったのか。
決闘に負けた末にのうのうと生き残ってしまった。
まるで情けを掛けられたかの様に。
俺は、これで良かったのだろうか。
本当に『男の世界』を貫けていたのか――――――
(…今は兎に角迷いを振り払え、リンゴォ・ロードアゲイン。
歩みを止めてはならない。そうなれば、俺は塵も同然になる)
ふらふらと立ち上がり、彼はその場から歩き出す。
今は自分のやるべきことをするだけだ。
前へ進むことを止めた瞬間、俺はただの腑抜けに成り下がる。
それだけは駄目だ。
故に――――行かなくてはならない。
心中の葛藤と動揺を抑え込み、自らの信念に縋るリンゴォ。
己の流儀の果ての『光り輝く道』を求め、森の中へと進んで行った。
【C-5 魔法の森(北西)/朝】
【リンゴォ・ロードアゲイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:微かな恐怖、精神疲労(小)、疲労(小)、背中に鈍痛、左腕に銃創(処置済み)、胴体に打撲(中)
[装備]:一八七四年製コルト(1/6)@ジョジョ第7部
[道具]:コルトの予備弾薬(18発)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:公正なる果たし合いをする。
1:男の世界を侮辱した
秋静葉と決闘する。
2:姫海棠はたてを探す。
3:
ジャイロ・ツェペリとは決着を付ける。
4:輝夜、鈴仙、てゐと出会った場合、永琳の伝言を伝える。彼女達には手を出さない…?
5:次に『漆黒の焔』を抱いた藤原妹紅と対峙した時は、改めて決闘する(期待はしてない)。
6:永琳への微かな恐怖。
[備考]
※参戦時期はジャイロの鉄球を防御し「2発目」でトドメを刺そうとした直後です。
※引き続き静葉を追う。どこに行くかは次の書き手さんにお任せします。
※幻想郷について大まかに知りました。
※永琳から『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という輝夜、鈴仙、てゐに向けた伝言を託されました。
最終更新:2014年11月24日 20:37