◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
光。
花京院典明がまぶたをゆっくり開くと、そこは緑の海だった。
低く輝く太陽が、一面に広がる草原を鮮やかな緑に燃やしていた。
冷たい風が草木を揺らし、さざなみの調べを奏でていた。
離れた所には、背を向けて佇む女神の姿。
その長い髪は、朝日を受けてエメラルドのように輝いていた。
未だ覚醒しきらぬ意識の中、花京院はそんな絵画のような風景を呆然と眺めていた。
こんな景色を見るのは久々だな、と花京院は思う。
思えば日本からカイロまでの旅路は、海と渇いた土地がほとんどだった。
もう何年も見ることがなかった気さえする緑一色の風景。花京院の目には染み入るほどに鮮烈だった。
今は、さっきまで激闘を繰り広げていたことも、そもそもここになぜ呼び出されたのかも忘れていた。
――しばらくの間、こうしているのもいいか。
ぼんやりと花京院がそんなことを考えた時、エメラルドの女神がこちらを振り向く。
……振り向こうとして、そっぽを向いてしまう。
『少女』は服の袖で顔を拭ってからもう一度振り向き、無表情でゆっくりと歩み寄りながらこう言った。
「あの……大丈夫ですか?」
返答のために花京院が身体を起こそうとすると、右の脇腹に痛みが走る。
と同時に意識が醒め、ここに来てからの事を思い出す。
僕は『
八坂神奈子』という、機関銃と釣り竿のスタンドを携えた、『神』を名乗る存在と戦っていた。
劣勢に陥っていた所、『
プロシュート』という、スタンド使いが味方として加勢する。
そして彼の援護の為にスタンドの『盾』を構築していたが、闘いの結末を見ること無く、僕は気を失ってしまった。
彼女は、確か……その闘いの直前まで『
プロシュート』と同行していた少女だ。
「君は……! そうだ、君、機関銃と釣り竿を持った女を見なかったか!?
金髪の、スーツを着た男は?」
「機関銃と釣り竿の……神奈子様なら、既にここを離れました」
「……神奈子『様』、だって!?」
神奈子『様』。
先ほどの襲撃者に敬称を付ける彼女は何者だ。
花京院の表情が強張る。
痛みをこらえて立ち上がり、いつでもスタンドを出現させられるように身構えた。
……よし。脇腹の傷は、動けなくなる程じゃない。
警戒の色を強める花京院を見て、少女は一瞬、固まる。
足を止め、続けた。努めて平静を装っている様子。
「スーツの男の人……
プロシュートさんは、私が駆けつけたときには、既に……
既に、神奈子様の手に掛かって……亡くなって、いました」
少女は言葉を絞り出した。
少女の視線の先……花京院が後ろを振り向くと、五メートルほど背後の岩陰に、先ほど共闘したスタンド使い……
プロシュートの亡骸が、仰向けで横たわっていた。
首の辺りが、異様な形に凹んでいる。首の骨を折られて死んだのだろう。
ガトリング銃を軽々と扱う『神』・
八坂神奈子の腕力なら、容易だったに違いない。
「……あのっ!」
少女の声で、花京院は向き直る。
「どうして、神奈子様から攻撃を受けていたんですか?
事情を教えていただけませんか? 私が、神奈子様を止めなければならないんです!」
嘘を言っている目ではない。
……どうやらこの少女は殺し合いに乗っている
八坂神奈子と違い、逆に彼女を止めようとしているらしい。
そして今の状況から察するに、この少女が
八坂神奈子から僕の生命を守ってくれたのだろう。
「なにやら、深い事情がありそうですね……。 僕の名は……」
そのままの立ち位置で、お互い踏み出せば手を取り合える距離で、二人は情報交換を開始した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
花京院は
東風谷早苗と名乗る少女に促されるままに、まず
八坂神奈子と邂逅した際のやりとりを話した。
なるべく、詳細に、一字一句漏らさぬように。
「『生贄』に、『儀式』……『幻想郷の最高神』……
……神奈子様は本当にそう仰ったのですか?」
全く信じられない、という風な様子で早苗はしばし黙りこくる。
手持ち無沙汰となった花京院が時計に目をやると……既に6時を回ってしまっていた。
「あっ、ごめんなさい、気づかなくて」
そんな花京院の様子を見た早苗は、1枚の紙を手渡した。
参加者名簿だ。
「つい先ほど、主催者の片方……荒木飛呂彦の声で第1回放送がありました。
……亡くなっ、いえ、放送で呼ばれた名前の横に、印をつけておきました」
見ると、所々の名前の傍に『×』が付いている。
90人の参加者のうち、×がついているのはざっと20人弱か。
およそ5分の1が、わずか6時間で命を落としたのだ。
花京院、息を呑んで、まずは一緒に旅をしていた仲間の名前を探す。
空条承太郎、
ジョセフ・ジョースター、
ジャン・ピエール・ポルナレフ。
いずれの名前にも×は付いていないことに、花京院は安堵した。
仇敵・DIOにも、×は付いていない。……逆に、既にこの場で何人かの命を奪っているのかもしれない。
DIOの手下、
ホル・ホースもまだ生きているようだ。
確か、奴はつい数時間前に襲撃してきた所で自滅して、重傷を負い再起不能となったはず。
そんな状態で殺し合いに呼び出されたりしたら、真っ先に命を落とすはずだが……。
浮かびあがる疑問をこらえて、花京院は鉛筆で自分の名簿に×の印を写し取り始める。
印をつけ、後ろに横たわる彼の亡骸と交互に見比べる。
名前の横に付けられた鉛筆書きの×の記号に、拭い様のない重みが加わったように感じられた。
横に×と名付けられた名前の者は、彼のように、既に命を落としてしまった者なのだ。
そんな花京院の様子を見て、早苗が尋ねてきた。
「いや……さっき会ったばかりです。君の知り合いですか?」
「私も……ここで初めて会いました。
スタンド使いである以外、素性はほとんど話してくれませんでした。
怖い雰囲気の人でしたけど、初対面の私に対してもなんだかんだで面倒見良くしてくれました。
ここで手に入れたばかりの、『スタンド』の使い方について教えてくれたり……」
「スタンドを『手に入れる』……だって?」
「
プロシュートさんも、驚いていました。
この支給された『DISC』を頭に差し込むと、スタンドが使えるようになるみたいで。
神奈子様の釣り竿のスタンドも、私と同様にDISCを支給されたのだと思います」
早苗は頭から、花京院の支給品『
空条承太郎の記憶DISC』と同じ形の円盤を半分だけ引っ張りだして見せてくれている。
「『DISC』……!」
花京院の支給品、『
空条承太郎の記憶DISC』に残されていた、最新の記憶が脳裏をよぎった。
最新の記憶……40歳の
空条承太郎が見知らぬスタンドの手刀を受け、DISCを抜き取られる瞬間のことだ。
あの時確かに、記憶DISC以外にも別のDISCを抜き取られる感覚の記憶があった。
あのスタンドは、記憶だけでなくスタンドもDISC化して抜き取り、他者に与えることができる、ということなのか。
「あの、何か……」
「いや、なんでもありません……」
現状では、やはり何とも結論付けることはできない。
……そもそも、この承太郎のDISCに込められた記憶さえ真偽が不明なのだ。
今後は早苗や、あの
八坂神奈子のように、DISCの力でスタンドを得る者が現れるかも知れない、
ということだけは気に留めておく。
「あの、『外の世界』では、『スタンド使い』は珍しくないのですか?」
「どうでしょうね……。僕は生まれつきスタンドを持っていたけど、
最近までスタンドを持っている人と出逢ったことは無かった。
だけど、今までたまたま遭うことがなかっただけで……」
「
プロシュートさんみたいに、スタンド使いのギャング?……みたいな人がたくさん居るのでしょうか?」
「……そうかも知れません」
共闘した彼からは、芯の通った『凄み』や重い『覚悟』、そして抜け目のない『したたかさ』を感じた。
彼が言っていたように、『スタンド使いの』ギャングだったのだろう。それも相当の百戦錬磨。
自らのスタンドを駆使して、スタンド使いの仲間と共に、スタンド使いの敵を相手にして、数多くの修羅場をくぐってきたのだろう。
『自分には一生この「法皇の緑」を見ることのできる友達が現れない』などと
半年前まで思い込んでいたことが、馬鹿馬鹿しくなってきた。
花京院は思う。
もし、DIOと出逢う前にスタンド使いの友ができたなら……
『肉の芽』を植え付けられ、道を外れかけることもなかったかもしれない、と。
例えば……承太郎たちや、DISCの記憶に残っていた、
名簿にも載っている、『彼ら』のような友達と遭うことができたのなら、と。
「くれない・みすず……」
小さな声で、花京院が名前を読み上げる。
「……ホン・メイリン、です」
早苗が近寄ってきて、すかさず訂正に入った。
「この近く、ポンペイに亡骸がありました。
丁重に弔われていました。……きっと彼女は最期まで、
私の知る、やさしい妖怪の『
紅美鈴』だったんだと思います」
「……妖怪?」
「もともと、この土地……幻想郷は、科学の発達によって存在を否定された
妖怪や神が存在を維持するために創られた領域なんです。
外界で幻想とされ、存在できなくなった者達が、ここでは今も生きています。
神様である神奈子様に諏訪子様も、外界の信仰が薄れて存在が危うくなったために、ここに移り住んできたんです」
「……それから私も」
そう言うと早苗は、おもむろに足元の木の葉をつかみ、胸の前に両掌を捧げて目を閉じ、一言、何かを呟く。
すると早苗の掌の上に乗った木の葉は小さなつむじ風に乗り、くるくると回り出した。
「『風』が……!」
「これは『スタンド』ではない、『奇跡を起こす程度の能力』。
神奈子様と諏訪子様から小さい頃より教わってきた、守矢神社に代々伝わる秘術なんです。
その気になれば、突風だって吹かせることができちゃいますよ。
私は、守矢神社の風祝……巫女として、お二方に付いて移住してきたのです」
固かった早苗の表情、ほんの少しだけ緩んだ。
「美鈴さんとは私が幻想郷に移り住んでから知り合いました。
美鈴さんは姿形も人間とほとんど変わりませんけど、
……何というかそれ以上に、中身の方が、人間より人間じみて人間臭いヒト、でしたね……。
……紅魔館の門番で、よく居眠りして、咲夜さんからナイフを投げつけられたりしてましたっけ……」
花京院が名簿を見ると、その咲夜という名前の傍にも×が付いていた。
「……咲夜さんは、紅魔館のメイド長、でした。彼女は人間です。
彼女がどこで、どのようにして命を落としたのか。私にはわかりません。
まさかあの人まで死んでしまうなんて。……まだ実感が湧きませんが……。
ですが正直信じられません。……ナイフの達人で、時間を止めることまでできるあの人が」
「時間を、止める?」
それは、未来の花京院が命を賭けて解き明かすはずだったDIOのスタンドの秘密であり、
未来の承太郎が新たに目覚める……ことになっている、スタンド能力だった。
「時間を止めるなんて、いくら貴方がスタンド使いとはいえ、流石に信じられないでしょうけど」
「……彼女はスタンド使いではないのですか?」
「違うと思います。少なくとも、スタンド像を見たことはありません。
……レミリアさんの事が心配。紅魔館の主、つまり美鈴さんと咲夜さんのご主人様で、
吸血鬼なんですけど」
「……何だって!?」
「どうしました?」
「吸血鬼なら、僕も知っています」
「外界にいるなんて、始めて聞きました」
「……そのレミリアという吸血鬼は、『乗って』いたりはしませんか?」
「さっきあんなことがあったので、自信をもって言うことはできなくなってしまいましたが……
少なくとも私の知る限りでは、無闇に殺しあうようなヒトではありません。
……貴方の知っている吸血鬼というのは?」
「DIOという男です。
他者を害するのに全く躊躇のない悪しき吸血鬼で、スタンド使いです。
僕たちはここに連れてこられるまで、DIOを倒すための旅を続けていました」
「……もしかしてその顔の傷跡は……」
早苗の視線が、花京院の両目に移るのが感じられた。
花京院は、エジプトの砂漠で水のスタンドの使い手に襲われた時の事を思い出した。
その時の両目の上下に残る傷跡のことを言っているのだろう。確かに、ただの学生にはあまりにも不釣り合いだ。
サングラスが無いと目立つかも知れない。夜だったので外していたが。
「ええ、DIOのけしかけたスタンド使いの攻撃によって受けたものです。
日本からDIOの待つカイロまで、何人ものスタンド使いと戦いながら旅を続けてきました。
名簿にあるこの
ホル・ホースのように、金で雇われただけと思しき者、
DIOの細胞・肉の芽を脳に植えこまれて無理矢理操られた者、
それから、DIOのためなら生命を捨てて良いと、そんな狂信的な気持ちで襲ってくる奴らもいました。
僕が思うに、そのカリスマがDIOの一番恐ろしくて危険なところだ……」
「肉の芽……ですか」
考えこむ早苗を横目に、残りの×マークは黙々と、手早く書き写した。
聞きたいことは数多いが、あまりゆっくり話し込んでもいられない。
既に亡き者となってしまった彼らについて話すのは、またの機会でいい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ありがとうございました、
プロシュートさんの埋葬を手伝ってくれて」
「礼を言われるほどのことはしてません。……彼が駆けつけてくれなかったら、死んでいたのは僕の方だった」
手伝ったといっても、花京院は
プロシュートの亡骸を運んだだけなのだが。
穴は早苗のスタンド『ナット・キング・コール』で石畳を外すことによって、すぐに掘ることができた。
もちろん、切り落とされた
プロシュートの腕も、スタンドで修復済みだ。
「あとは、美鈴さんの右足も返さないと」
そう言って、早苗はネジ止めされていた自分の右足を模型部品の様に取り外した。
それを赤毛の中華風の服装の女性、
紅美鈴の脚にネジで取り付けると、何事も無かったかのように元通りとなった。
続けて早苗はデイパックからもう一つ『右足』を取り出す。
その断面はまるで模型のジョイントの様だ。
早苗の脚の断面に合わせ、ネジを差し込むと……。
「……よし。動けます。美鈴さん、ありがとうございました」
早苗は先ほどと同様に2本の脚でしっかりと地面を踏みしめ、美鈴に頭を下げた。
「便利なスタンドですね」
「おまけに、ルックスもイケメンなんです。
……では私は、これで。承太郎さんに、ポルナレフさん、
それから、ジョセフさんとお会いできたら、よろしく言っておきます」
作業の片手間だったが、必要な情報は大方交換し終えた。
そうだ、僕達にもうここにいる理由はない。
気持ちが逸るのか、早苗は足早にこの場を去ってゆく。
「ええ、行きましょう」
取り残されぬよう、花京院は慌てて早苗の後を追う。
「えっ?」
「……えっ」
まるで予想していなかった、という風な反応の早苗。
そんな早苗の反応は、また花京院にとっても予想外のものだった。
しばしの間、気まずい沈黙が流れる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうして、貴方がついてくるのですか?」
早苗が問いかけてくる。
「戦力は多いほうが良いでしょう? あの機関銃は、ここにいるスタンド使いの中で僕の知る限り
『法皇の結界』でないと防げません。
君の『ナット・キング・コール』も近接パワータイプに見えますが、
単純にスピードが速いだけのスタンドでは、あの連射は捌き切れないとでしょう。
……それこそ時間を止めでもしない限りは」
と答える花京院。
だが早苗は
「貴方が私わざわざについてきて、危険を冒す理由は無いのではないですか。
これは守谷神社の、私達家族の問題なんです。私一人で行かせてください。
貴方を
プロシュートさんのように……巻き込む訳にはいきません」
と素っ気ない。
「君一人では、危険すぎます。……勝算は、あるんですか?」
食い下がる花京院に、早苗が振り向いて答え、そして尋ねた。
「仮に神奈子様と私がお互い万全の状態で、本気で戦ったとして……勝算は……それこそ万に一つでしょう。
おまけに今の神奈子様は機関銃とスタンドまで持っています。
でも、私が説得すれば、きっとわかってくれるはずです。
……見たんです。私が駆けつけた時、神奈子様が私に向けてスペルカードを放った時……神奈子様は、泣いていた。
本心から殺し合いたいと思っている訳ではないんです。きっと……いえ、絶対に。
……ねえ、肉の芽で操られた人って、どんな感じなんですか。
操られて、親しい人と殺しあうことになったら、やっぱり泣いたりするんですか」
花京院は、自身が肉の芽で操られていた頃の、忌まわしい記憶を思い出した。
「肉の芽を植え付けられると、ただひたすら、DIOのためだけを思って行動するようになってしまう。
断言できます。たとえ肉親と殺しあうになっても、涙を流したりはしません。
DIOのためにしか涙を流せなくなってしまいます」
その言葉には実感が込められていた。
それは早苗にも伝わったのか。彼女は微笑み、
「よかった、恐らく違うだろうとは思ってましたが……。
これで……これで肉の芽で操られている可能性はなくなりました。
安心して説得に向かえます。では……失礼」
酷く悲しそうな声で言って、小さくおじきして早足で去ってゆく。
花京院はなおも追いすがる。
「ッ……! 来ないで下さい!!」
遂に早苗が声を荒らげた。予想だにしていなかった剣幕に、花京院の足が思わず止まった。
「わからないのですか。
きっと神奈子様、貴方の事は問答無用で襲います。
説得の可能性があるのは私か……諏訪子様だけです」
そう告げて、早苗はデイパックから、太い木製の角柱……御柱(オンバシラ)を取り出し始めた。
デイパックの中に折りたたまれた紙から、ポケットの容量を無視してズルズル、ズルズルと
早苗の手で引っ張りだされたそれは、全長2メートルを優に超えている。
「これ以上、神奈子様が誰かを傷つける所を見たくは、ないんです。
もう、神奈子様に罪を重ねさせないで。
貴方のお気持ちは、お気持ちだけですが、ありがたく、受け取っておきます……さようなら」
早苗はオンバシラを肩に担ぎ上げ、勢い良く走りだす。
そして十分な加速がついた所で、
「『メテオリック! オンバシラァァーーッ!!』」
叫ぶと同時、早苗は御柱を担いだまま空に向かってジャンプ。
跳び上がる勢いそのままに、御柱は重力を無視して高度を上げてゆく。
早苗の身体は御柱にぶら下がる形で宙に浮き始め、遂に両足が地面を完全に離れた。
追い掛ける花京院。だが、もう遅い。
……御柱とそれにぶら下がった早苗が遠ざかってゆくのを、花京院はただ立ち尽くして見送ることしかできなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
無事離陸が成功した所で、早苗はスタンド『ナット・キング・コール』を御柱の上に出現させた。
そのまま本体である彼女自身を御柱の上に引き上げ、体を横向きに、足を広げて立ち上がる。
そして両足にスタンドの『ネジ』を打ち込んで固定すると、早苗はスノーボードや、サーフィンのような体勢をとる。
「これで、このオンバシラをコントロールできる……。あまり小回りは利きそうにありませんが」
オンバシラに乗り、早苗は冷たい朝の大気を切り裂きながら行く。
(彼には『私が説得すれば、きっとわかってくれるはずです』などと言ってしまいましたが、
果たして神奈子様を言葉で止められるかどうか)
――物心着く前から、神奈子様と諏訪子様は、私の傍におられました。
――幼い頃から、色々な昔話、そして、守谷の秘術を教えて下さりました。
――ですが、信仰が薄れた外界で、お二方は私以外には視えない存在でした。
――……いずれ完全に消滅しつつある運命だったのです。
――私の家族にも、学校の友達にも視えないのです。
――いや……外界に本当に友達と呼べる人が果たしていたかどうか。
――私にとっては家族同然の、私を語る上で欠かせない存在であるお二方。
――誰も彼女たちに、私の一部ともいえる存在に気付いてもらえないのです。
――……外界では、心の底から理解しあうことなど、誰ともできなかった。
――血の繋がった家族とさえ。
――だから、神奈子様と諏訪子様から幻想郷という土地に渡ると聞いた時には、
――迷わず私もついていくと決心しました。
――そして幻想郷に渡ったあの日から、
――神奈子様と諏訪子様の信仰のためにこの私の生命を捧ぐと決めていました。
――お二方にとって私は、何十代も続いてきた風祝のうちの一人に過ぎないのかもしれない。
――……だけど私にとってお二方は、血の繋がった両親よりも大切な存在なのですから。
(だから、あの時の神奈子様の涙、そして、『愛している』というお言葉……錯覚とは思えない。
錯覚であるはずがない……私が、信じなければ)
そう言い聞かせる早苗の脳裏を、花京院から伝え聞いた神奈子の言葉がよぎった。
曰く、『この土地が決めたシステムの基本…―――『生贄』という概念』
曰く、『此度の『儀式』のルールを変えることは私にも不可能だ。生贄は89人、生存者は1人。
『幻想郷の最高神』がそう決めたのなら、私も従わざるを得ない』
花京院は戦いの前に神奈子にそう告げられたという。
幻想郷にそんなルールがあるなど、早苗はもちろん聞いたこともない。
だが、花京院が嘘を言っているようには思えなかった。
そしてもし、その言葉を真実とするなら……
神奈子より直接伝え聞いた『愛している』という言葉と、等しく真実であるとするなら……。
(……もはや言葉など何の用も為さない、この世界にとって、
幻想郷にとって致命的な変化が起こってしまったのかもしれない。
……神奈子様はそれを理解してしまわれたのか。
故に、神奈子様は殺戮の道を選ばざるを得なかったのか)
(……だとしても、私は見たくはない! 神奈子様のあんなお姿を……!
諏訪子様に、霊夢さんに、皆を手にかけた結果、神奈子様が最後の一人として生き残ったとして……
89の屍の山の頂点に立つ血塗られた神として崇められて、それが何だというのか……)
……ならば、どうする。
説得が通じなければ……戦って、殺してでも止めるしかない。
神奈子様と諏訪子様の為にこの命捧ぐこと、惜しくはない。
だが……いざその時になってみて、死ぬのが怖くないなどとは、言えなくなるかもしれない。
だけど、その恐怖が私の弱さであるなら……それは乗り越えなければならない。
プロシュートさんが『弱さを乗り越え立ち上がれ』と遺したように、私は乗り越えてみせる。
……神奈子様と私の力の差は、歴然としている。
自分が傷つき命を落とす恐怖くらい乗り越えられなければ……万に一つの勝機さえ見いだせないだろう。
そう、あの人から教わったように……
愛する神奈子様を殺すために、『己の精神を支配する』。
愛する神奈子様を殺すために、『己を知り』、自らの能力を最大限に振り絞る。
そして『愛する神奈子様の立場に身を置いて思考』し、愛する神奈子様を出し抜いて、愛する神奈子様を殺す。
座して死を待つでもなく、昂った感情に任せるでもなく、強靭な意志と冷徹な思考でやらなければならない。
でなければ、幻想郷で出会った友たちも、見知らぬ人々も、また愛する神奈子様に殺される。
やらなければ、殺らなければならない。
――その時、早苗の背筋に冷たいものが走るのを感じた――。
もし私が弱さを乗り越えて、愛する神奈子様を冷静に、全力で殺しにかかることができた時……。
私は果たして私であり続けることができるのか。
私の姿をとっていながら、私でない、おぞましい何者かになってしまっているのではないか。
『弱さを乗り越える』ということは、
『愛する者を全力を以って殺しに掛かる』ことへの恐れさえ捨て去ることなのか。
あの人ならこんな時、何と声をかけてくれるのか。
振り返って遠ざかりゆく彼の方を振り向くが……
早苗の視界には、朝日を受けて輝く幻想郷の大地と、遠ざかってゆく石造りの遺跡、
そしてオンバシラ後尾にしがみつく緑色の上半身しか映らなかった。
(そう、彼は既に石畳の下で眠っている。
もう何もレッスンを授けてはくれない)
再び早苗は前を向き、先刻神奈子が逃げ去っていった方角を目指す。
――……あらゆる『弱さ』を乗り越えた者は、一体何者となってしまうのか。
その疑問尽きぬままに。
【B-2 ポンペイ遺跡上空/朝】
【
東風谷早苗@東方風神録】
[状態]:体力消費(中)、霊力消費(中)、精神疲労(大)、右掌に裂傷(止血済み)、全身に多少の打撲と擦り傷(止血済み)
オンバシラに乗って飛行中
[装備]:御柱@東方風神録、スタンドDISC「ナット・キング・コール」@ジョジョ第8部
[道具]:止血剤@現実、基本支給品×2(美鈴の物)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。この殺し合いを、そして神奈子を止める。
1:『愛する家族』として、神奈子様を絶対に止める。…私がやらなければ、殺してでも。無関係の人は巻き込めない。
2:殺し合いを打破する為の手段を捜す。仲間を集める。
3:諏訪子様に会って神奈子様の事を伝えたい。
4:2の為に異変解決を生業とする霊夢さんや魔理沙さんに共闘を持ちかける?
5:自分の弱さを乗り越える…こんな私に、出来るだろうか。
6:今、後ろに何かいましたよ!?
物思いにふけっていたせいか、軽やかにスルーしてしまっていた。
……もう一度早苗が振り返ると、オンバシラの後尾に、確かに緑色のスタンドの上半身がしがみついている!
つい今しがた振り切ったはずの青年のスタンド、『法皇の緑(ハイエロファントグリーン)』!
ひも状にほどけた法皇の緑の下半身が、ぶら下がった本体の青年を引っ張り上げ……遂にオンバシラに追いついてしまった!
「ゼェーッ、ゼェーッ……ハァーッ、ハァーッ……」
「貴方……! 飛行中のオンバシラにぶら下がって登ってくるなどと、なんて無茶なことを……!」
「……君がこれからしようとしている無茶にくらべれば……このくらいは……」
「ケガしてるのに、どうして、そこまでして……」
「何となく、ですが……君がこれから『死にに行く』ような目をしている様に見えました」
図星であった。早苗は二の句が継げない。
「そんな目をした人を……たとえ今日であったばかりの人であっても……
放って置けるほど僕は冷たい人間ではない……つもりです」
花京院には、一人で神奈子の説得に向かうと言った早苗が、あの時の、
妹の仇を討ちに一人向かったあの時のポルナレフとダブって見えていた。
遠くで様子を伺っていた時の彼女とは別人のような、冷たい、思いつめた目をしているように見えた。
こちらを向いて話しているつもりで、その瞳はずっと遠くを見ているようだった。
きっとあの視線の先には、神奈子のことしか見えていないのだろう。
自分の命さえ顧みていないのだろう。
放っておいたら間違いなく彼女は生命を落とす。
さっきあったばかりの赤の他人とはいえ、……見殺しにするようなマネは、彼にはできなかったのだった。
「それに、君は僕の命の恩人でもある……!
断っても無駄です、勝手に付いて行かせてもらいます……」
そう断ってオンバシラにしがみつき、こちらを見上げる花京院の瞳からは、
翠玉、いや、金剛石のように固く、揺るぎない意志の光が感じられた。
「……『ナット・キング・コール』」
「……!」
「彼の身体を、オンバシラから落ちないように固定して。
勘違いしないで下さい、コソコソ後ろからつけ回されるよりはまだマシって判断しただけですからね?
……私についてきてどんな結果になったとしても、責任は持てませんからね」
「……よろしくお願いします、東風谷さん」
「……花京院くん」
沈黙。
「…………………行きましょう」
ありがとう、とは、言えなかった。
これから自分達が何をしようとしているか、想像すると、感謝の言葉は口にできなかった。
【B-2 ポンペイ遺跡上空/朝】
【
東風谷早苗@東方風神録】
[状態]:体力消費(中)、霊力消費(中)、精神疲労(中)、右掌に裂傷(止血済み)、全身に多少の打撲と擦り傷(止血済み)
オンバシラに乗って飛行中
[装備]:御柱@東方風神録、スタンドDISC「ナット・キング・コール」@ジョジョ第8部
[道具]:止血剤@現実、
十六夜咲夜のナイフセット@東方紅魔郷、基本支給品×2(本人の物と美鈴の物)、
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。この殺し合いを、そして神奈子を止める。
1:『愛する家族』として、神奈子様を絶対に止める。…私がやらなければ、殺してでも。無関係の人はなるべく巻き込みたくない。
2:殺し合いを打破する為の手段を捜す。仲間を集める。
3:諏訪子様に会って神奈子様の事を伝えたい。
4:2の為に異変解決を生業とする霊夢さんや魔理沙さんに共闘を持ちかける?
5:自分の弱さを乗り越える…こんな私に、出来るだろうか。
[備考]
※参戦時期は少なくとも星蓮船の後です。
【
花京院典明@ジョジョの奇妙な冒険 第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:オンバシラにしがみついて飛行中、体力消費(中)、右脇腹に大きな負傷(止血済み)
[装備]:なし
[道具]:
空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部、不明支給品0~1(現実のもの、本人確認済み)
基本支給品×2(本人の物と
プロシュートの物)
[思考・状況]
基本行動方針:承太郎らと合流し、荒木・太田に反抗する
1:承太郎、ジョセフ、ポルナレフたちと合流したい。
2:東風谷さんに協力し、
八坂神奈子を止める。
3:このDISCの記憶は真実?嘘だとは思えないが……
4:3に確信を持ちたいため、できればDISCの記憶にある人物たちとも会ってみたい(ただし危険人物には要注意)
5:DISCの内容に関する疑問はあるが、ある程度情報が集まるまで今は極力考えないようにする
[備考]
※参戦時期はDIOの館に乗り込む直前です。
※
空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部を使用しました。
これにより第6部でホワイトスネイクに記憶を奪われるまでの承太郎の記憶を読み取りました。が、DISCの内容すべてが真実かどうかについて確信は持ってません。
※荒木、もしくは太田に「時間に干渉する能力」があるかもしれないと推測していますが、あくまで推測止まりです。
※「ハイエロファントグリーン」の射程距離は半径100メートル程です。
※早苗と花京院を乗せたオンバシラがどこへ向かっているかは、後の書き手さんにお任せします。
※花京院の具体的な体勢は、後の書き手さんにお任せします。
<スタンドDISC「ナット・キング・コール」>
【破壊力:C / スピード:D / 射程距離:C / 持続力:A / 精密動作性:E / 成長性:A】
東風谷早苗に支給。
大量の螺子(ネジ)を体中に打ちこまれ、額にV字型の飾りを持った人型スタンド像を持つ、ジョジョ8部からのスタンド。
対象に螺子とナットを打ち込み、ナットを外すと打ちこまれた部位も一緒に外れる『分解』の能力。
そして、外された部位は組み替えることも出来るほか、違う物同士を接合できるなどの『接合』という応用力もある。
これにより切断された体の部位を繋げて応急処置をするという、『スティッキィ・フィンガーズ』のような扱い方も可能。
最終更新:2021年08月26日 13:12