薄氷のdisaster

宇佐見蓮子
【朝】D-2 猫の隠れ里 外れの廃屋








―――軋むほどに重く、沈痛な空気がこの空間の時間をゆっくり支配していく。





名簿に丁寧に印を書き足していった蓮子は、放送の声が完全に止み終わっても中々名簿から顔を上げられない。
この雰囲気の中、自分から切り込む勇気が出ないのだ。
そんな空気を直視出来ず、彼女はチラリと視線だけを上げる。

霍青娥のいつもと変わらないニコニコ顔がこの時ばかりは羨ましい。
彼女は死者の名前が読み上げられても眉ひとつ崩すことなく、マイペースに印を点々と付け足してくのみだった。
親しい者の無事に喜んでいるのか。そもそも親しい者など居るのだろうか。
その笑顔の下にどんな思惑が隠されているのか。同行者の蓮子は不審に思う。
だが、そんなことをいくら考えても無駄だということぐらいは蓮子にもとっくに分かりきっている。
この女の心の内など理解できようもないし、したくもなかった。


次に視線を横にずらすと、縛り付けられたまま意気消沈している八雲紫の様子が見える。
放送の内容は…全て聴いていただろう。だからこそ彼女はこうして俯いたまま、言葉を発することなく動じずにいるのだから。
いや、動じずにいるなんてことはあるのだろうか。それはむしろ全くの逆。


かの大妖怪・八雲紫は今、動じていた。どうしようもないほどに。


人間や妖怪すらからも恐れられて幾星霜。
彼女を知る者は皆、口をそろえてこう言う。
全ての事象を根底から覆すあの能力に弱点などありはしない。
対策も防御法も一切存在しない、神に匹敵する力。
禍々しく、残酷で、美しく、不吉で、そして胡散臭い。
故に恐れられ、故に大妖怪と称された。

そして彼女は間違いなく、誰よりも幻想郷を愛す存在だった。

賢者として幻想郷の成り立ちに関わった彼女は、深い愛情を以って永く幻想郷を見守り続けてきた。
その過程で触れ合った者の数も、星の程。
全てを『家族』と呼んでも些かの違いは無く。


そんな『幻想』も、たった今崩壊した。

放送で名が呼ばれていくごとに、音を立ててバラバラと。

ひとり。またひとりと、『家族』を失っていった。

その数、18人。たった6時間で、18もの命が潰えた。

その中の内、3人の命を奪ったのは紛うことなく、八雲紫自身。


―――魂魄妖夢。友人、西行寺幽々子のただひとりの従者。彼女たちはそれこそ親子のように睦まじく見えた。幽々子に、合わせる顔が無い。

―――星熊勇儀。彼女も同じ幻想郷の仲間で友人、伊吹萃香の親友といってもよかった。萃香にも合わせる顔は無かったが、その彼女も既にこの世にはいない。

―――ズィー・ズィー。外の世界の人間で、紫とは何一つ接点も無い男。そして、紫を命懸けで守り通した何よりも貴い男。
   彼を直接殺めたのは勇儀の凶手だったが、その遠因は自分が引き起こしたようなものだと紫が思い塞ぐのも無理はなかった。



全て、全て死んだ。
右肩の脱臼がズキリと痛むが、それを意に介す余裕すらも無い。
彼女の愛する幻想郷は今この時を以って、真の意味で崩壊し始めたのだ。

何が大妖怪。何が賢者。
自分がこの手で、何を守れた? 何が出来た?

結局はあの主催者の思惑通り、見事にゲームの役割を演じきった間抜けで滑稽な『ピエロ』。
裏でほくそ笑んでいるであろう主催2人の顔が脳裏に浮かび、思わず拳を握り締める。
が、その行為もすぐに虚しくなり、だらんと腕を下げるのみに終わる。
空虚感と無力感が同時に襲い掛かり、がらんどうになった心に染みる物は何も無かった。


大妖怪・八雲紫はこの瞬間、容易くも堕ちた。鳴かぬ少女へと。


そして、そんな少女へとかけることの出来る言葉を蓮子は持ち合わせていなかった。
その麗しげな金色の髪を垂らしながら顔を伏せる彼女の姿に、一体どんな言葉をかければ良いというのだろうか。
もはやメリーについて聞ける雰囲気ではない。蓮子は何も言えず、ただ黙って名簿に視点を滑らせる。

蓮子は、紫には悪いとは思いながらも心の中は安堵の気持ちで溢れていた。
親友メリーの名が放送で呼ばれることはなかった。その事実に、蓮子は心の底から只々安心した。
メリーは無力だ。危険な参加者に遭遇した時点で為す術なく殺されてしまうだろう。
同じく無力な自分は、運良く頼もしい参加者達と出会えたから死ぬことなくここに居る。
ジョニィ・ジョースターや岸辺露伴が居なければ、自分の名は今頃放送で高らかに読み上げられていただろう。
メリーもきっと、誰かに守られながら…今も生きている。

だが、次の放送時には? 今日の昼には生きていられるのか?
それを考えた途端、蓮子の心に焦燥と恐怖が湧きあがってきた。
自分だっていつ死ぬやも知れない。ましてや、この自分を縛り付けているのは究極の気まぐれ、霍青娥だ。
いつ、何をキッカケにして彼女が自分に危害を与えてくるかまるで読めない。

実際、ついさっきも何度か死にかけたのだ。
妖刀に操られた紫に斬りかかられた時。
青娥に冗談で拳銃を突きつけられた時。そのときの青娥の表情は、冗談に見えなかった。

ヨーヨーマッのスタンドDISCも奪われた以上、今の自分に戦う術は全く無い。
全く…全く情けない話ではあるが、誰かの庇護を受けていないと自分が生存できる可能性は限り無くゼロだろう。
その『庇護』してくれている対象もあの青娥では、あまりにも不安定すぎる。

蓮子は思う。何とか青娥の目を盗んで逃げ出し、元来た道を戻ればジョニィや露伴達がきっと自分を助けてくれるはずだと。
だが、この紫を放っておくのも忍びない。何とか彼女も一緒に連れて行けないだろうか。
そもそも彼女は何者なのか? ここまでメリーと酷似しているのに、赤の他人にはとても思えない。
やはり彼女の口からそれを直接聞き出さなければ、溜まり募る気がかりは吐き出せない。


しかし…。



(ど、どうしよう、空気が重い…。八雲さん、もうずっとこの調子だ……何か言った方が良いのかな……、でも…)


名簿で顔を隠しながら蓮子は紫の方をチラチラと覗いては目を背ける。
青娥は端から当てにならない。ならば消沈する彼女に何か言ってやれるのは自分しかいない。


―――八雲さん。お気持ちは察しますが、どうか元気を出してください。

(いやいや駄目でしょ!あまりに無神経すぎるわ…)


―――泣いている場合ではありません。早くここを出て他の参加者を探しに行きましょう!

(正論かもだけど、守られる立場の私が言える台詞ではないわね…)


悶々と思考を重ねる蓮子は、浮いて出た案を捨ててはまた考える。
その過程で蓮子はふと、自分は紫に同情しているのか? と、小さな疑問を持った。
この女性は幻想郷の大妖怪で、最強の力を持つ屈指の権力者だという。
それがどれほど大層な位置付けなのか蓮子には想像だに出来ないが、青娥の口ぶりからもどうやら本物の『強者』らしいことが分かる。

だが、今の彼女の姿を見て畏れを抱く者は皆無だろう。
親からはぐれた幼子のように、または帰るべき巣を見失った燕のように。
いまや八雲の大妖は、蓮子と何一つ変わらない無力な少女と化していた。
その蓮子すらからも同情の念を向けられている。ただの人間の少女である蓮子から、かの大妖怪へ。
本来ならば『守る者』であったはずの彼女は、この局面において『守られる者』へと逆転してしまったのだろうか。
蓮子はそう思いながら、紫に対してどこか親近感を感じた。

その不謹慎な気持ちも手伝ってか、蓮子は何とか言葉を搾り出せそうだった。
何を言えばいいのか分からない。けれども何か言わなければいけない。
滅茶苦茶にこんがらがった気持ちで、言葉を喉元まで押し出す。
勇気を。励ましを。希望を。
とにかく、そんな言葉を繰り出すためにひと呼吸いれて、切り出す。


「ハァーーイ♪ 放送も終わったことだし、とっととここから出ましょっか♪ 蓮子ちゃん、紫ちゃんの縄を解いてあげて?」


蓮子は思わずズッコケそうになった。
喉元から飛び出しかけた言葉は、あっさりと引っ込んで飲み込まれる。
人がせっかく気の利く台詞を投げようとしたところに、見計らったが如く青娥の空気を読まない声が空気を切り裂いた。
それはむしろ空気を読んだのか。蓮子はそう深読みしたが、ここはせめて形式だけでも紫をフォローするために、青娥へ突っ込む。


「せ…青娥さん…! 八雲さんがこんな状態なんですから、もう少し時間を与えてあげた方が―――」
「―――その必要は、ありません」


蓮子のフォローを遮って声を被せたのは、紫の呟くような小声。
振り向いた蓮子の瞳に映ったのは、顔を上げて二人を見つめる紫の真剣な眼差し。
八雲紫のいつもの姿…とはとても言えたものではないが、それでも気丈に振舞う彼女を見て蓮子は少し安心した。
大丈夫ですか、と声を掛けようとしたが、それは彼女のプライドを傷付けるのではないかと思い、蓮子は微笑みだけを返す。


「大丈夫~? 紫ちゃん、結構きつそうに見えるけど、何か飲み物でも持ってきましょうか? お水しかないのだけれどね」


蓮子が気を遣ったそばからまたも青娥が言葉を刺してきた。
やはり彼女は空気を読んだうえでそんな台詞を吐いているのだろうか。
(恐らく)皮肉を込めて放った青娥の問いかけに、紫は同じく皮肉を込めたように返す。


「あら? 小娘に気を遣われるほど私は堕ちてはいないつもりですわ」

「あらら? 貴女って私よりも歳は上だったかしら?」

「人生の密度を言っているのですわ。この私が仙人の『なりそこない』と同格だと思って?」


ピシ…! と空気の割れる音が蓮子の耳に鳴り響く。

自分を『仙人』と謳ってやまない青娥が、一番言われたくない言葉を突きつけられた。
普段は怒りの感情を露わにはしない青娥も、こればかりは笑って過ごせぬ態度をとる。
青娥の顔から余裕が消え去り、逆に紫の顔にはどこか勝ち誇ったようなオーラが見える。

蓮子はさきほど紫に抱いた感情を撤回した。
彼女は決して無力な少女ではない。彼女の心はまだ死んではいない。
ここにきて青娥を挑発するような態度をとれるなど、並大抵の事ではないはずだ。
互いに静かな睨みを利かせるこの構図、客観的に見れば紫が圧倒的に不利である。
武器を奪われ、身体を縛られてなお青娥と対立しようとする行為は、ハッキリ言って自殺行為のようなものだ。
そんな状況で事を荒げようとする紫の意図が、それでも蓮子には何となく伝わった。

―――この自分はまだ死んでなどいない。
―――大妖怪たる者の『威厳』、見せ付けてあげようじゃないか。

誰に見せ付けるのか。当然この場に居る青娥と蓮子へだ。
不敵に笑う紫の姿は、実際のところ『強がり』に過ぎなかった。間違いなく彼女は憔悴していたのだから。
それでもただの強気なハッタリではない。ザワザワと空気の揺れる錯覚は、現実へと変換され蓮子の皮膚にひしひしと突き刺さる。
それに負けじと青娥も額に筋を立てながら、腕を組み紫と対立する。



ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……!



ゴクリと蓮子の喉が鳴る。
この場に居る無力な者は、もはや蓮子ただひとりだった。
ブルリと身震いする。周りの気温までもが一層下がったような感覚に陥る。
戦争でも始めるかのような『敵意』が、両者の間から止め処なく漏れ続けた。

蓮子の立場としては勿論紫を応援したかった。
自分を縛る青娥を、紫がコテンパンにやっつけてしまえば万々歳だ。
そんな考えが過ぎったが、すぐに頭を振って考えを散らす。


いくら最強の大妖怪でも、この女だけは相手が悪い。


根拠の無い直感が、蓮子を戦慄させた。
『相手が悪い』というよりも『相手をしてはいけない』というのが正しいだろうか。


GDS刑務所での一件で、蓮子は青娥の性格をおおよそ把握していた。
例えどんな些細な出来事でも、この女が何をキッカケにし、何を始めるかは分からない。
触らぬ神に祟りなし。彼女の行動ひとつひとつに意味など求めなくてもいいし、ましてや対立するなど実に愚かである。
向こうから関わろうとしてくるなら、無視して飽きさせるのが一番の対処なのだろう。
それを分かっててこの紫も、あえて挑発しているのだろうか。
だというのなら、せめて自分を巻き込むのはやめて欲しいというのが蓮子の本音だった。
この女は本当に何をしでかすか分からないのだから。


(や…八雲さ~ん! 後生ですからコイツを焚きつけるのは勘弁して下さ~い…! 私に火の粉が飛んでくるんですから…!)


ともすれば腹いせに何を命令されるか、分かったものではない。
神に祈るように必死に指を組む蓮子の姿など視界に入らぬように、二人はバチバチと火花を弾けさせる。

救世主が現れたのは意外な方向からだった。


『ご主人様…それから、八雲様……、ここはどうか気を抑えて、場を移動した方が宜しいのではないでしょうか?』


蓮子の願いを汲み取ったのか、陰からのそっと現われて言及したのはヨーヨーマッ。
実に殴りたくなるほどに落ち着き払ったトーンで、紫と青娥の間に割って入ってきた。

(…て、アンタ居たの!?)

虚を突かれた形の蓮子だったが、これを機と見た蓮子はすぐにヨーヨーマッの後を追う。


「そそそその通りですよっ、八雲さん!青娥さんもッ! い、今はいがみ合ってる場合じゃないと思いまひゅ!」


勢い余って噛んだ事も気にせず、蓮子は紫の前に腕を広げて立ち塞がる。
脚はガクガク。腕もガクガク。汗はタラタラ歯はカチカチ。
今、自分の前で睨んでいるのは幻想郷の大妖怪・八雲紫。
そして自分の背を睨んでいるのは邪仙・霍青娥。
食される寸前のサンドウィッチのレタスの気持ちを奇しくも味わいかける蓮子。


(あぁ…私、今後こそ死んだ絶対に死ぬゴメンねメリーこれは殺されるわ)


頭の中で危うく走馬灯が流れ始める一歩手前、前方と後方からクスリと笑う声が同時に聞こえた。


「クスクス…♪ やーね蓮子ちゃん、これは冗談だってばジョーダン♪ 本気にしないで?」

嘘だ。さっきまでの八雲さんの眼は結構本気の目だった。

「そうよ冗談よぉ♪ ホーント、蓮子ちゃんはからかい甲斐があるわねぇ。ウフフフフ♪」

いやいや私とヨーヨーマッが割って入らなかったら絶対戦争が起きてた。間違いなく。


『…どうやらこの方達にどれだけ突っ込んでも、こちらの身が削れるだけのようですね』

ヨーヨーマッが呆れた顔で息を吐く。
二人でクスクス笑い合う姿を見ると、実は息が合う二人なのかもしれないとすら蓮子は思えてきた。
ハァ…と盛大な溜息と幸運を口から逃し、蓮子は床にペタリと座り込む。
そんな蓮子の耳元に紫はそっと顔を近づけて呟く。


「…ありがと、蓮子ちゃん。私はもう、大丈夫。 …大丈夫だから」


細々とした声でボソリと声を掛ける紫の顔色は、やはり良くない。
きっと無理をしているのだろう。そう感じた蓮子の瞳は、悲しげに微笑む紫の姿を映した。

(もしかして、元気付けられたのは私の方…なのかな)

だとしたら何と危なっかしい鼓舞の手段だろう。
冷や汗を拭いながら蓮子は未だバクバクと脈打つ心臓に手を当てる。2~3年は寿命が縮んだだろうか。
心を落ち着かせ、深呼吸をしてから紫の縄をゆっくり外しにかかる蓮子の表情はどこか疲れていた。


「…私は、このゲームを何としてでも止めなくてはならない。それが『幻想郷』を守る賢者…『八雲紫』としての、このゲームの『役割』ですわ。
 太田順也…いや、あの主催者達の『言いなり』には絶対にならない。 …なってやるものですか…!」


彼女の束縛された腕に触れると、僅かに震えているのが感じ取れた。
言葉は静かなものだったが、さっきと違って今度の怒りは本物だと蓮子は感付いた。
間近で身に受けるその怒気を受けて、さっきとは別の冷や汗を垂らす。
縄を解きながら、勇気を出して蓮子は問う。


「…あの主催者に挑む気ですか」

「ええ」


短く受け答えた紫の言葉に、強い『意志』を感じた。
そしてそんな彼女を、蓮子は心から『羨ましい』と思う。

やはりこの人は無力な少女などではなかった。
『正しい道』を進み、そして『力』と『勇気』ある人だった。
そうでなければ、あんなクレーターを作る『鬼』や『妖刀』の使い手と戦いなどしないだろう。
仲間…いや、『家族』の死に悲しみ、怒り、立ち向かいなどしないだろう。

そして、そんな彼女と自分との間には決定的に『溝』があった。
努力や才能などでは埋められない、単純な『力』の差が。
それを痛感してなお、蓮子はこの紫が途方も無い『道のり』を歩くのを手助けしたいと考え始めていた。
その過程で、きっとメリーと再会できるという事も信じて。


だがそれを行うにはやはり、大きな『壁』もある。
自分を縛り付ける邪な傍若無人が。


「紫ちゃん。貴女はあの主催者の正体に…心当たりがあるのではなくて…?」

「………さて、ね。そんなこと、この私には想像だに出来ませんわ」


どこか含むような返答をする紫に若干の違和感を感じた蓮子だが、続く紫の言葉にその違和感は掻き消された。


「それより…聞いたでしょう、青娥。私は本格的にあの主催者に立ち向かうつもり。
 でも正直なところ、この身ひとつでは些かの不安が残ります。 …私の言わんとすること、分かるでしょう?」

「んー? もしかして貴女からうば…預かった『武器』の事を言ってるつもりなのかしら?
 だとするなら困りましたわねぇ…。私もこれで『か弱い』乙女。身を守る術はそうそう手放したくありませんのに」



紫と青娥の視線が再び交差した。



「…青娥? そういえば…肝心要なことをまだ聞いてませんでしたわね?
 そう、貴女はこのゲームで『どう動こうと』考えているの…? この八雲紫に是非教えていただきたいものね」

「…私が……このゲームでどう動くか、ですって? …フフ♪ これは愉快なことをお聞きなさるのねぇ…。
 貴女ほどのお方なら、それぐらいすぐに察せそうなものですのに…」

「…貴女みたいな輩が、最も『厄介』なのよ…!
 流れに逆らって川をのぼるか…、素直に従って流されるがままか…、はたまた水から上がり、水流を流れゆく者に石を投げるか…!
 『予想だに出来ない行動』を当然のように繰り出す貴女の様な輩が! 一番『危険』ッ!」



今度という今度は、空気がケタ違いに重くなった。
縄を解き終えた蓮子も思わず恐怖に覆われ、後ずさりをするほどに。
ヨーヨーマッも今回は口を挟まず、主である青娥の横に並ぶ。いつでも戦闘を開始できると言わんばかりの態勢で。
蓮子は先程、彼女ら二人は気が合いそうだと評したが…しかし実感した。
彼女らの相性はむしろ逆! 『最悪』だと!


「ねぇ紫ちゃん…貴女、右肩を脱臼してるみたいだけど…この『拳銃』…それほどまでに大きな反動があったのかしら?
 貴女の能力は強大だけど、『身体能力』だけは私が格上みたいね? こんなのオモチャみたいなものよ」


そう言って青娥は奪ったマグナムを興味ありげにまじまじと見回した後、銃身をカチャリと紫の方へ向けた。
その笑顔はさっきよりも数倍不気味に見え、これは冗談の類ではないと蓮子は感じる。
なけなしの勇気を振り絞り、蓮子は震える声で青娥へ抗言した。



「せ、青娥さん! さっき言ってたじゃないですか!? 八雲さんは『大事なお方』だから殺したりはしないって…ッ!」


『もしかしたら』…これも青娥なりのただの『遊び』で、本当のところはやはり『冗談』で、次の瞬間いつものようにヘラヘラした笑みでニコリと笑いかけてくれる…。
蓮子のそんな一筋の希望は…



「気が…変わったわ」



不気味な笑顔のまま呟いた、青娥のたった一言の言葉で。



「……霍青娥。その銃をすぐに下げなさい。さもなければ……」



あっさりと、崩れ落ちた。





「ごめんなさいね…八雲紫」







吹き抜けから通り抜ける朝の風が、妙に冷たい。
二人の漏らす異様な『オーラ』は部屋内の気温を更に下げ、こころなしか吐く息まで白いようだ。
もはや汗の一滴すら出なかった。
それほどまでにこの場の空気は肌寒く、身体も凍り付いたように動けない。
幻覚なのか、白い霧まで見えてきたようで、蓮子はいよいよ身の破滅を覚悟する。


蓮子の歯が再びカチカチと鳴り始め、身の毛もよだつ寒さに腕を擦る。














…………?


いや、何だ…?
これは錯覚、というよりも…本当に寒くないか…?

いや…『寒すぎる』ッ!


(―――!? え…なに、これ? 腕が…『濡れてる』…? この『白い霧』、錯覚じゃないッ!)


あまりに急激な温度の低下に、腕を擦って暖めようとする蓮子。 …だが!


(う…『動かない』…ッ!? 腕が…いや、脚も…まるで『凍ったように』全く動かないッ!!)


何がなんだか分からなかった。
目の前の二人のオーラが生んだ超常現象とでも言うのだろうか?
そう推測した蓮子は、対立しあう二人の女性を見やった。

…が。


「…霍青娥。『コレ』も、貴女の仕業だとでも言うのかしら?」

「…………いいえ。『コレ』が八雲紫…貴女の仕業ではないとしたら、この現象…この『白い霧』…」


――まさか、と青娥は聞こえないほどの小声でひとり呟いた。


不穏は…静かに、風花のように、ゆらりと吹かれながら姿を現した。
今の今まで部屋内を突き刺さるように覆っていた大気は、怪異となって躙り寄ってくる。

蓮子はこの状況に理解が及ばない。ただただ目の前の大妖と仙人の挙動を交互に見つめるのみ。
紫は異様な雰囲気に顔をしかめ、己に起こる異変を冷静に整理する。
ただひとり、青娥だけは何やら察したように辺りを見回し、既に目前の紫には目もくれず。

そして彼女は似合わぬ焦燥を貼り付けた面を、少しだけいつもの余裕ある笑顔に戻して口を開いた。

「時に紫ちゃん…? 貴女って寒いのは得意だったかしら?」

「得意なら冬眠なんてしないわ。 …この状況、どうやら私達は『既に』何者かの敵の皿の上…ってわけかしら?」

「……ヨーヨーマッ。そこの吹き抜け窓から外の様子を見てくれる?」

『…分かりましたァ』


青娥は紫の問いには答えず、傍の僕に命を飛ばす。
ヨーヨーマッも周囲と同じく凍り付き始めていた足元の床を、酸性の涎で剥がし溶かせて窓まで近寄っていく。

のそのそと重そうな足取りで命令通り、窓から外を様子見たその瞬間、ヨーヨーマッの頭から上半分が切り刻まれて肉片がばら撒かれた。
ビチャビチャと吹き飛ぶ脳漿らしき中身を、青娥は極めて冷静な瞳で、笑みすら浮かべながら見下ろす。


「やっぱりね~、そんな気がしたわ。間違いない、『彼』の次なる獲物はこの私達ってわけね」

「回りくどい言い回しは寿命を縮めるだけよ。青娥、この『敵』を知っているのね?」


二人ともヨーヨーマッの容態を意にも介せずに淡々と会話を続ける。
頭半分無くなってもフラフラと彷徨うヨーヨーマッの姿に気味悪さを感じているのは蓮子だけだ。

「スタンド使い…『天候を操る』能力者…ね。チラッとその人間の戦いを見たりしてたけど、ハッキリ言って極悪そのものよ」

そこがまたちょっぴり素敵なんだけどね、と付け加えて青娥はまたフフと笑む。
その態度に嫌気を感じつつも、紫は段々と身動き取れぬ体を擦りながら思考し始めた。


天候を自由に操る。
実に簡単に言うが、これはとんでもない神業のはずだ。
詠唱も無しに、儀礼のひとつも行わずに、天気を操作する? ただの人間が?
それはあの守矢神の連中ですら行うのが容易くない、神も驚く神懸り的大儀。
いかなる大妖怪や神にも不可能とされる、桁外れの瞬間行使。
この霧によって屋内に水分を凝縮させ、徹底的に気温の低下を図る。
いつの間にか体が濡れていることに気付いた時は既に手遅れ。一気に室温を下げ、まずは手足から凍り付かせていく。
力を振り絞って脱出したところで、さっきのように『カマイタチ』で八つ裂きになるのがオチだろう。
それを予想してヨーヨーマッに様子見をさせるところに、青娥の冷酷さを感じる。

紫は骨身まで凍り付く感覚に襲われた。こんな馬鹿げた能力、強大な力を持つ自分にだって出来やしない。
かつて自分を命懸けで守り通してくれたズィー・ズィーの操るスタンドとやらは『自動車』の自由変形。
だが今回のこの敵は、それとは次元が違うレベルの能力だ。
そんな奴が今後も他の参加者を牙にかけていくとしたら…待つのは地獄絵図だろう。

そして八雲紫の為すべき事とは、そんな事態をひとつでも多く未然に防ぐこと。
だが…紫の脳裏に『前回』の悪夢が蘇る。
最悪の結果を防ぐ為に奔走した結果、残ったのは絶望。
今回も…そうなる可能性だってある。いや、もしかしたら全滅すら充分あり得るのだ。


『撤退』の二文字が紫の思考を蝕み始める。


逃げる? 今、ここで?
こんなところで逃げ出すような者が、果たしてあの主催者に敵う道理はあるのか。
自分は先ほど大妖怪としての『威厳』を示したばかりではないか。
この場を完全に収めてこその『覚悟』ではないのか。
否。敗戦濃厚の戦に見込み無しの特攻を仕掛ける愚者が、この先たった一人の命だって救えるわけがない。
劣勢を正しく理解できてこそ、見える『道』もある。

これは苦渋の決断だった。
少し以前までの紫ならば、和平を乱す悪漢は躊躇うことなく叩き伏せて来ただろう。
だが今の紫は、自信を無くしていた。
思えば既に多くを失った。これ以上、失うものがあるとすればそれは自らの『命』に他ならない。
そして最早この自分の命は、自分だけのものではない。
『命を懸けて守り通すモノ』があると言うことを、ただの人間の男に教わってしまった。
八雲紫の命はズィー・ズィーの命であり、勇儀と妖夢の命であり、幻想郷の命でもある。
誇りが何だというのだ。威厳ひとつでどれほどの善を掬えることが出来る?
このまま無策で突っ込み、むざむざ屍を晒して己の永かった人生は幕を閉じるのか?


―――唇を強く噛みしめ、紫は決断する。


生涯を幻想郷に捧げたかつての賢者は今、ただの人間に敗走を余儀なくされた。
それがどれほどに屈辱的か。どれほどに重罪か。
身を引き千切りたくなるような苦痛が心にのしかかり、けれども紫は歩みを止めることだけはしない。
己に課せられた使命だけは決して見失ったりはしない。



やがて…重い、とてつもなく重い口から発せられた提案は、青娥を僅かにも驚愕させた。


「青娥…ここは一旦『停戦』よ。貴女とはいずれ決着はつけるけども、今はとにかく…この『敵』から少しでも離れなくてはならない」

「………驚いた。まさか貴女から逃走意見が出るなんて夢にも思わなかったわ。何か思うところがあって?」

「私は…自分のやるべき使命を正しく理解しているだけよ。ヘラヘラと毎日を生きているちゃらんぽらんの貴女とは違って…ね」


問いかけを皮肉で返す紫に気を悪くすることなく、青娥もここばかりは顔を引き締めて話す。


「逃げるのはいいけど…どうやって? なんとか外に這い出たところでさっきみたいに『カマイタチ』で脳味噌がシェイクされるだけよ。
 それにこの敵はきっと自分から姿を現したりしないわ。このままでも奴の攻撃は完了。どのみち3人ともアイスシェイクね」

「それって仙人流のジョーク? 貴女の事だからとっくに自分ひとりだけでも脱出する策を考えているのかと思ったけど」


既に固まり動かなくなった腕を支えながら紫はニヤリと笑う。
その言葉を受け、青娥は一瞬ポカンとなった後、口元に手を当てていつも以上に含んだ笑みを披露した。


「フ……フフフフ♪ いやぁすっかり地に堕ちたとはいえ、流石に貴女ほどの眼を誤魔化すにはまだまだ至らなかったというわけかしら?」

「だって貴女、さっきから随分機嫌が『良さそう』だわ。その顔を見れば泥酔した小鬼だって一目瞭然よ。
 何か『素敵な支給品』でも拾ってきたのかしらね?」


紫の問いに受け答えはせず、相も変わらない青娥のニヤニヤ笑いはそのまま蓮子に向けられた。
見れば蓮子の状況はかなり危ういところにまで追い込まれていた。
息も荒くなり、低下し続ける室温に耐えられず震えながら膝を折っている。
あの紫ですら抗えないほどの環境変化。人間である蓮子にどうこう出来るはずがない。

3人の中で唯一、仙人として並外れに鍛えられている青娥だけがこの低温世界で動くことが出来た。
恐らくあと2分も経てばこの場の全員は完全に再起不能にまで追い込まれるだろう。
それでも青娥は楽しそうに、凍り付く床に貼り付いた足を強引にパキパキと動かし、まずは今にも倒れそうな蓮子を乱暴に担ぐ。
そして気楽に紫の方へ振り返り、実に溌剌とした調子で喋りかけた。



「ま! 可愛いしもべの蓮子ちゃんは元より助けるつもりだったけど…ここで貴女に『恩』を売っとくのも悪くないかもね。
 これで『貸しイチ』よ、紫ちゃん♪」






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『ウェス・ブルーマリン』
【朝】D-2 猫の隠れ里 外れの廃屋


「……妙だな。急に気流が奴らの位置を掴めなくなった。屋外へ出たわけではない。 …どこへ消えた?」


蓮子たちの潜む廃屋からはす向かいへ位置する民家。
その入り口からそっと覗き見るように顔を出す襲撃者ウェスは困惑していた。
霧を出現させ、その水分凝固により女3人(ヨーヨーマッ含む4人)の行動は確かに封じたはずだ。
例え外へ出られたところで瞬時にカマイタチを叩き込むという策だった。あとは時間をかければ勝利が確定するこの場面。
先の中華風の女や赤毛の女との戦闘により、ウェスは慎重に構えていた。接近されればウェザー・リポートでも対応できないかもと踏んでいたからだ。
じっくり、しかし確実に討ち倒さんとするウェスだったが、ここで不可解な出来事が起こる。

それまでは確かに捉えていた4人の『気流』の動きがパタンと止んだのだ。


(少し危険だが…様子を見て来るべきか…?)


短く思考した結果、ウェスは向かい民家への突入を決断した。
やはりこのゲーム、そう簡単に首を取らせてくれる参加者は少ないらしい。
相手は3人。まともにぶつかれば敗北もあり得る。それを知ってなお、ウェスは警戒しながらも民家に近づいていく。
依然、気流に反応は無い。右手に拳銃を携えたまま、ウェスは吹き抜けの窓に頭を寄せ、そっと中の様子を窺う。


おぞましいほどに白く冷たい空気がウェスの頬を通り抜けたまま、それ以外に変わったことはなかった。


中はシンとした様子で低温の世界が広がっているのみ。
床も天井もひとりの姿無く、もぬけの殻。


「……チッ」


ウェスは思わず舌打ちをした。
奇襲に失敗した。間違いの無いこの事実が彼を苛立たせたからだ。


溜息を吐きながらウェザー・リポートを解除させ、部屋内の温度は瞬時に常温へと戻った。
ドカドカと乱暴に室内へ上がりこみ、改めて辺りを見回すがやはり変わったところは発見出来なかった。


――またも、仕損じた。


口の中で小さく溶けたその言葉は、次第に彼の心を焦らせてゆく。
最初に出会ったあの水色の髪の小娘。その後現われた中華風の女。赤毛のスタンド使い。金髪の少年。
かつての仲間、エルメェス・コステロは難なく仕留めることは出来たが、今回の襲撃も失敗に終わってしまった。
度重なるしくじりに、流石のウェスも苛立ちを隠せない。

ついさっきの放送で告げられた死亡者数は18人。予想以上に多く、だが気が遠くなるほどに少ない。
優勝を狙うウェスにとって残り人数72という数字は、これから戦っていく敵の数と同義。あまりにも先は長い。
気合を入れ直し、目前の獲物を獲らんと仕掛けた結果は…散々だった。
こんなことで本当に目的が達成できるのか。
眠いことをやってないでさっさと殺しにかかった方が正解だったのではないか。

いまや意味も無い自問を心に浮かべるウェスだったが、彼は立ち止まることをしなかった。
逃げられてしまったのは仕方ないことだ。それは自分の『心の隙』が生み出した失態。
…次への糧にすればいい。今回は幸いにもダメージを負うことはなかったのだから。


「やはり…ただ闇雲に襲撃するのでは限界もあるか……、どうするべきか…?」


ウェスは敵を追うことはせず、思案に耽るような面持ちで民家を出た。
彼が向かう先は里の外ではない。ふと何かに気付いたように、風が導くように、その足取りは止まらず進みゆく。









▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
姫海棠はたて
【朝】D-2 猫の隠れ里 広場


ヤバイ。
ヤバイヤバイ。
ヤバイヤバイヤバイ。
これはヤバイわ絶対…!
あーもう手まで震えてきたわ、凄いわねコレ…!
何がヤバイって、そんなの決まってるじゃないの。



「大ッッッッッスクープだわッッ!!!!!!!!」



私は今、軽い恍惚状態で携帯電話の画面に食い入っている。
ハァハァと息が上がってるのもそのせいだと思いたいけど、これは単にアプリ『アンダー・ワールド』を連続使用した反動。
なんせ2時間前の念写を2枚も撮ったんだもん。ってことは普通に念写するより『4倍』の霊力消費。それを掛けることの2枚分。
足に重石でも吊りながら飛ぶみたいにドッと疲れが塊となって圧し掛かってきたけど、そんなの頭から忘れちゃうぐらいには興奮している。
だって私は今、完璧な『大スクープ』の激写に成功したのよ!? 記者なら誰だって興奮するに決まってるじゃないッ!


荒木達から送られてきたリストの内容にスクープの『ニオイ』を嗅ぎつけ、この猫の隠れ里まで飛んできた私をまず迎えたのはこの風景。
隕石でも落ちたのかってぐらいに地面にボッコリ空いたクレーター…焼け焦げた臭いが混ざる煙霧…。
当然私はその現場を携帯電話のカメラでカシャカシャと余さず撮ったわ。
で、歩いてくうちに見つけたのがこの3人の『遺体』。

2人は(黒焦げだけど)知った顔ね……『地底の鬼』星熊勇儀と『白玉楼の剣士』魂魄妖夢。
こっちのチビっこはともかく、ここで片腕チョン切れてブッ倒れてる鬼の方は幻想郷でも屈指の『強者』のはず。
そいつにそのまま貫かれて死んでる腕だけがムキムキ男も、幻想郷では見たこと無いがこの場でひと暴れした当事者なんだろう。
そしてこのリストによればこの場には『もうひとり』当事者がいたはずだ。そしてそいつは唯一さっきの『放送』で呼ばれてなかった者。


「『八雲紫』…! あのスキマ妖怪がこんな惨事を起こしたのかしら…。
 いえ、そうに決まってるわ! 決めつけてやる!」


既に私の頭の中では今朝の一面を飾る見出しは出来上がっている。
ここで4人が戦っていて、その中をひとり生き残った八雲紫! 『犯人』はあいつで決まり!

…まぁ、記者として一応裏を取るためにいそいそと『アンダー・ワールド』を起動。
リストの『死亡時間』を元に約2時間前の現場を激写してみたところ…




「いや~~、それにしても『あの』八雲紫がねぇ…、全く末恐ろしいこと」


案の定、画面に写ったのは八雲紫が武器を向け、星熊勇儀と魂魄妖夢の2人を射殺する瞬間!
まさに『殺害の瞬間』という、スクープ中のスクープ写真をカメラに収めることに成功した。
思わず顔がニヤけてくる。これが笑わずにいられるかってのよ。
私も最初こそ不審がっていたけど、このアプリとリスト…思った以上に使える!
これさえあればもっと! もっともっともっともっともっとッ! たッッッくさんスクープ記事が書けるじゃないッ!!

霊力消費の疲労もどこへやら。私は鼻歌でもひとつ歌いだしそうな上機嫌で画面に食い入る。


―――待って。 ……そうだ、どうせならこの記事に『ちょっぴり』だけ色を付けたって罰は当たらないわよね?


ある閃きを思いついた私は、鬼に貫かれたまま息絶えたこの男の方を振り向き、すぐにスタンドを顕現させた。
『ムーディ・ブルース』…過去の出来事を再生させることの出来る能力。
2時間前にダイヤルを合わせ、次第に移り変わっていくその姿はかの『八雲紫』。丁度、拳銃をぶら下げて立ちすくむ姿勢で停止させた。

この現場の状況を見るに、勇儀と妖夢を殺したのは間違いなく紫だろう。
そしてこの妙な体型をした男――リストによれば名はズィー・ズィーというみたい――を直接殺ったのは、鬼の凶手。
でも、『2人』殺すより『3人』の方が事件として断然インパクトあるでしょ?

だ・か・ら・作っちゃうのよ! 『事実』を!

私はウキウキ気分で男の身体から鬼の腕を引っ張り抜き、男をそのまま仰向けに横たわらせた。
そこにムーディ・ブルースで変身させた八雲紫を立たせる。するとどうかしら?

目の前には死体の前で銃を持って立ちすくむ八雲紫の『画』が完成するってわけ!

パシャリと1枚、カメラで撮るとそこにはどこからどう見ても『男を銃殺した殺人者』の画面が写された。
これで事件はより衝撃的なモノへ変わったわ!


ズバリ見出しは―――『八雲紫、隠れ里で皆殺しッ!?』


うんうん! いいわね、絶対素敵な記事が書けるわ!
逸る気持ちを抑えつつ、早速記事の作成に取り掛かった。
もう、なんていうか『記者魂』が燃え上がるわね。それもこれもこのアプリやリスト、スタンドのおかげよ。
特にこの『ムーディ・ブルース』、本来は事件の『解決』に役立つ能力なんでしょうけど、事件の『捏造』にも役立っちゃうなんて皮肉なもんよね~♪
それに捏造って言ったって『ほんのちょっぴり』報道に色を付けただけだし、こんなの誰でもやってるしね。問題無しよ♪


私はいつにも増してノリノリな気分で原稿を進めていき、それはあっという間に完成した。
期日直前であたふたしてる文に見せてあげたいぐらいのスピードに我ながら感心するわ。
画面に写しだされた記事は、内容的には全て同一のもの。
八雲紫が鬼を射殺する瞬間。白玉楼の剣士を射殺する瞬間。そして男を殺し、呆然と立ちすさむシーン。
『殺人鬼』八雲紫の誕生だ。この記事でゲームがどんな方向に転がりゆくか。また新たなスクープの種になってくれることは間違いないだろう。




「『データ送信』…と」


フゥと一息つき、その辺の石垣の上に腰を下ろしてデイパックの中から水と食料を取り出す。
仕事の後は力をつけないとやってられないわ。ただでさえアプリの使用で体力失ってるんだし。
実に簡素なおむすびを頬張りながら、空を見上げる。


…どこかの空の下で、今も参加者達が血肉を撒き散らして鬩ぎあっている。
私の知らない場所で。私の見てないとこで。
こうして空腹を満たしている間にも事件はひとつ、またひとつと発生している。


ああ…なんて『面白い』のかしら!

『自らの足で現場に赴き、取材すること』がこれほどに魂をワクワクさせてくれるなんて、少し前までは思いもよらなかった。
次はどの現場に向かおうか。どんな記事になるのか。
それを考えるだけで涎が出るぐらいに高揚する! 居てもたってもいられなくなる!

ふと、ライバルである文を想う。
元を言えば、足で現場に向かうことの重要さを教えてくれたのは文だ。
その文も、この空の下で今も戦っているのか。または自分と同じでスクープ探しに奔走しているのか。
正直に言えば文には死んで欲しくない。生きて、私の新聞を見せ付けてやりたい。驚かせたい。
だからさっきの放送であいつの名前が読み上げられなかった時、私は心からホッとした。安心した。
私はこの先も当然死んでやるつもりなんかないし、あいつともそのうち生きて会いたい。
でも、今はまだだ。もっと、もっともっともっともっともっと良い記事を書かなくちゃ。書いてあいつを驚かせたい。
そして…あいつを負かせた後は、2人でどうにかここを脱出しよう。
あいつは私よりも全然強いんだ。だからきっと、何とかなる。


ペロリと指に付いた米粒を舐めとって水を大きく含み、食事は終了。
記者に休みは無い。事件がある限り、いつだって飛んで回らなければいけない。
自分の書いた記事は会場中に届いただろうか。皆はもう読んでくれただろうか。
読んでくれている人々の表情を想像し、少しだけ気が楽になる。
記者とは事件あっての存在であり、読む人々がいてこその記者なのだ。慈善事業でやっているわけではない。
読んでくれる者がいる限り、私が戦いをやめることはない。

…仮に私が最後の生き残りになったら、それでも私は『記者』でいられるのだろうか…?
誰も読んでくれる者がいなくなれば…それは私の記者人生に終わりを告げることと同義だ。


…やめよう、こんなこと考えるの。
今はただ、私がやりたいことをやっていきたい。





「さて…! 次の事件を探しに行こうかしらね!」



翼を大きく広げ、デイパックを背負って立ち上がる。
東から立ち昇る朝日に思わず目が眩んだが、何とか踏み止まった。

次はどこを目指そうかな…♪















「動くな。妙な真似をした瞬間、お前の頭を吹き飛ばす」





瞬間、私の視界は反転しながら猛烈な勢いで地面に叩きつけられた。
受身すら取れずに顎から激突し、軽い脳震盪を起こした感覚に酔われる。


「…ッ!?」


な…ッ! 敵!?
く…! しま…った……ッ!


カチャリと、頭上で不気味な機械音が鳴った。
揺れる視界の中、私の目に映ったのは銃を突きつけながらこっちを見下す、フードのような帽子を被った男。
そしてどうやら私は組み伏せられているらしい。首を精一杯回して見えたのは白い肉体の、人型のヴィジョンが私を上から押さえつける姿。
この男も……『スタンド使い』かッ! ヤ…ヤバ…ッ!


「いいか小娘。俺は今からお前にごくシンプルな質問を『2つ』だけする。
 お前がもし死にたくないと言うのなら…だ。今から言う『3つ』の事柄を全て守れ。
 『嘘を吐くな』。『妙な真似をするな』。そして『自分の幸運をひたすら祈り続けろ』…。分かったな?」


ギラリと見下す男の目は…本気だった。本気で私を殺そうとする目。
ドス黒い殺意が私の全身を覆い込み、金縛りにでもあったように動かなくなる。
しま…った…。私としたことが…敵の接近に気付かなかったなんて……!
どうしよう…! どうしよう…! 殺されちゃう…! イヤだ…! 死にたくない! 死にたくない!!


「それじゃあ質問をする。
 『お前の名前を言え』。『お前が今まで出会った参加者の場所と名前を全て言え』。
 この2つだ。10秒以内に答えなければお前のドタマの風通しを涼しくしてやるぜ」


答えたって無駄だ。こいつはどっちにしろ私を殺す気なんだ…!
逃げ…ないとッ!


「名前…私の名前は…『姫海棠はたて』よ……!」

「……姫海棠…はたて?」


クソ…! 一か八か…逃げるしかないッ!
私は…鴉天狗の『姫海棠はたて』よ! こんな…こんな人間の男ひとりに、舐められて済ますもんかッ!
スピードなら…自信はあるッ!!


「そう…姫海棠はたて。 …鴉天狗で、幻想郷の…『最速種族』よッ!! こんな風にねッ!」

言い吐き捨てぬ内に私はこっそり握っていた小石を、こいつの眼球目掛けて思い切り振り投げた!
そして当然、こいつはそれを回避する! その回避のための隙を狙って一気に力を振り絞り、スタンドの拘束から抜け出す!
たかだか人間如きが…妖怪を見下してんじゃないわよッ! パワーもスピードもこっちが『上』よッ!


大きな翼を振り翳し、目にも見えぬ速度で空中に飛び出す。
脱出成功! 見下すのは『私』の方よ! あんたは地面であたふたやってりゃいいのよッ!
その銃とやらを撃ってみなさいな! 命中させる自信があるのならねッ!

心の中で勝った気になりながら私はあいつからどんどん離れていった。
このまま一目散に逃走というのは釈然としないけど、どれ! 最後にあいつの唖然とするマヌケヅラでも拝んで行くとしようかしら!

そんな勝ち誇りの気持ちで私は後方下を振り返った。
見えたあいつの表情は…ポカンと見上げるマヌケヅラでも、慌てふためるようなツラでもなかった。

ただひたすらにドス黒い『執念』が私の瞳を刺した。


「オイ…『天候』相手に空に逃げるなど、正気か?」


刹那に捉えたその言葉の意味を私が考える間も無く、すぐに『異常』が発生する。


「ん!? え…ちょ、なにコレッ!? ……あ、『雨』と…『風』ッ!? キャ…ッ!」


気付いた時、何故か私の周りだけ猛烈な『スコール』が槍のように降り注いだ。
視界を覆い尽くすほどに強烈な雨の散弾が羽ばたく翼を一瞬にして濡らし、私を再び重力と共に地面に叩きつけようとする。
バランスを崩した体勢を狙うようにして吹き込んできたのが、凄絶な『突風』!
体を鎖で縛られたまま巨大な壁にでも激突したかのように吹き飛ばされた私は、たまらず地面に撃墜されてしまう。
起き上がろうとする私の背中を翼ごと踏みつけるこいつの視線は、変わらず殺意に塗れている。

失敗した…! なんなのコイツの能力!?
私なんて所詮、ゲームを外から焚きつけるぐらいしか出来ない、卑屈な観測者で終わるのか…!
こんな風に、戦場の渦中に投げ込まれればひとたまりもないのか…! く…そォ……ッ!!



「お前…『姫海棠はたて』とか言ったな。この『花果子念報メールマガジン』とかいうフザけた新聞の発刊者か?」

「―――なんですって?」


間抜けた声を発した私の頭上から男が取り出して見せたのは、銀色で板状――タブレットPC――の画面。
映しだされたその画面には確かに私が送信した『花果子念報メールマガジン』、その一面が大きく載っていた。我ながら実に綺麗で見やすく整頓された記事だと思う。

「…確かにそれは私が作った新聞記事よ。私はこんなゲームに乗ってなんかいない。
 でも、ゲームを取材して、スクープ撮って、凄い新聞を作りあげる…! それこそが私に与えられた『天命』なのよッ!
 それが…どうしたっていうの?」

「…成る程な。とんだ参加者が居たもんだぜ。清清しいほどの醜悪さだ。
 だが、お前は『丁度良い』な。その小賢しさも悪くない。
 ―――はたてとやら。お前、俺と『協力』しないか?」



………は?

『協力』ですって? たった今、私を脅し、殺そうとしておきながら、今度は協力?
こいつ…何言ってんの?


「このタブレットに送信されたお前の記事には…他にもマガジンが記載されているな。
 ついさっき発刊された『八雲紫の皆殺し』の記事……、そしてこの『空条徐倫へのインタビュー』の記事だ。
 俺はこの『空条徐倫』を探している。あいつと会話したんだろ? 徐倫は今どこに居る?」

「し…知らないわよ! 私は『アリスの家』から逃げてきたんだもん。今更行ってももぬけの殻だと思うけどね」

「…まぁいい。まだそんなに遠くへは行っていないだろう。ひとまず南へ向かうとするか。
 …で、それは別としてだ。お前、『スクープの取材をする』とかぬかしていたな。
 そのネタ作りを俺が手伝ってやると言ってるんだ。その代わり、お前は俺に参加者の有益な情報をメールを通してよこせ」


グリグリと背中を踏み躙りながらコイツは言ってのけた。
『協力』と謳ってはいるけど、その態度はもはや『威し』となんら変わりない。
自分の意にそぐわないようならいつでも殺してやるという、極めて不条理な協定…!

でも…



「ネタ作りをアンタが『手伝う』…? つまり『事件』をどんどん作っていくってこと? 参加者を潰し続けて?」

「そういうことになるな。俺の目的はゲームの『優勝』だ。
 参加者はひとり残らず潰す。そのためには…ひとりでは厳しいものがあるからな。
 お前はあちこち飛び回って参加者を探していくつもりなんだろう? 人を見つけたらその都度俺にメールで情報を送るんだ。
 すぐにそいつを殺しに向かってやる。そしてお前はその現場を取材すりゃあいい。
 どうだ? お互い目的が果たせて万々歳だろう?」

「どうせ断ったらこの場で私を殺すんでしょう? 何が協力よ…!
 …でも、いいわねそれ? 報道ってのは人脈が多いほどフットワークも軽くなるもんね。
 分かった。『乗った』わ、その協定。その代わり、ちゃんと面白くなりそうな『事件』を起こしてよね。
 そしてもうひとつ! アナタの事、取材してもいいかしら!?
 『殺人者』のインタビューだなんて前代未聞だわッ! いいわよね! ね!!」

「…おい、調子に乗るなよ。俺の情報を会場中にばら撒く気か?
 お前が俺にやってもいい事は『参加者の情報を渡すこと』だけだ。俺の事は絶対記事に書くな、殺すぞ」


…ちぇっ。そんなウマイ話も無いか。
でも逆らったら間違いなく、殺されちゃうわよね…。こいつの天気を操る?スタンド、ちょっと強力すぎる…!


「それともうひとつだ。『空条徐倫』『エンリコ・プッチ』『フー・ファイターズ』…。
 この3人を見つけたら絶対に手を出すなよ。すぐに俺に連絡しろ。
 コイツらは…俺がケリをつけなければならない」

「…何か『因縁』の相手のようね。まあ、いいけど。
 それより、この足をそろそろ退かしてくれない? 協力するからさ」

「………俺は『ウェス・ブルーマリン』だ。メールアドレスは知っているはずだな?
 じゃあ、俺はそろそろ南へ向かう。徐倫が遠くへ行っちまう前にな」


ウェスはそっけなく言うと、スタンドを引っ込めてさっさと歩いていった。
私はそれをしばらく眺めていたけど、彼の姿が見えなくなるとまたバタリと仰向けに倒れた。


ハァーー……。
助かった…。これも日頃の行いが良かったというとこかしら?
いや、それどころかこれはラッキーなんじゃない!?
協力者がいればもっともっとゲームが加速するはずだわ!
私は後から好きなように現場を取材できるし、『アプリ』も『リスト』も『スタンド』もある!
ツキが向いてきてるわ…! なんかもう、私のためにゲームが動いてくれてるってカンジ!

…ただ、あのウェスって男…、優勝が目的だって言ってたわね。
だったら最終的には私すらも殺すはず。
そうはいくもんですか…! ある程度アイツを『利用』し終わったら隙を突いてチョチョイと始末してあげるわ!



「見てなさい! とにかくまずは取材よ取材ッ! スクープが私を呼んでるわーーーーッ!!」




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


【D-2 猫の隠れ里 広場/朝】

【ウェス・ブルーマリン@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:肋骨・内臓の損傷(中)、背中への打撲(処置済み)、服に少し切れ込み(腹部)
[装備]:妖器「お祓い棒」@東方輝針城、ワルサーP38(8/8)@現実
[道具]:タブレットPC@現実、手榴弾×2@現実、不明支給品(ジョジョor東方)、ワルサーP38の予備弾倉×2、
ワルサーP38の予備弾×7、救急箱、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:ペルラを取り戻す。
1:この戦いに勝ち残る。どんな手を使ってでも、どんな奴を利用してでも。
2:はたてを利用し、参加者を狩る。
3:空条徐倫、エンリコ・プッチ、FFと決着を付け『ウェザー・リポート』という存在に終止符を打つ。
4:あのガキ(ジョルノ)、何者なんだ?
[備考]
※参戦時期はヴェルサスによって記憶DISCを挿入され、記憶を取り戻した直後です。
※肉親であるプッチ神父の影響で首筋に星型のアザがあります。
 星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※制限により「ヘビー・ウェザー」は使用不可です。
 「ウェザー・リポート」の天候操作の範囲はエリア1ブロック分ですが、距離が遠くなる程能力は大雑把になります。
※主催者のどちらかが『時間を超越するスタンド』を持っている可能性を推測しました。
※ひとまず南へ向かい、徐倫を探します。


【姫海棠はたて@東方 その他(ダブルスポイラー)】
[状態]:体力消耗(小)、霊力消費(中)、腹部打撲(中)、全身ずぶ濡れ
[装備]:姫海棠はたてのカメラ@ダブルスポイラー、スタンドDISC「ムーディー・ブルース」@ジョジョ第5部
[道具]:花果子念報@ダブルスポイラー、ダブルデリンジャーの予備弾薬(7発)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:『ゲーム』を徹底取材し、文々。新聞を出し抜く程の新聞記事を執筆する。
1:記事のネタを掴むべく奔走する。
2:掴んだネタはメールマガジンとして『姫海棠はたてのカメラ』に登録されたアドレスに無差別に配信する。
3:ウェスを利用し、事件をどんどん取材する。
4:使えそうな参加者は扇動。それで争いが起これば美味しいネタになる。
5:死なないように上手く立ち回る。生き残れなきゃ記事は書けない。
[備考]
※参戦時期はダブルスポイラー以降です。
※制限により、念写の射程は1エリア分(はたての現在位置から1km前後)となっています。
 念写を行うことで霊力を消費し、被写体との距離が遠ければ遠い程消費量が大きくなります。
 また、自身の念写に課せられた制限に気付きました。
※ムーディー・ブルースの制限は今のところ不明です。
※リストには第一次放送までの死亡者、近くにいた参加者、場所と時間が一通り書かれています。
 次回のリスト受信は第二次放送直前です。
※花果子念報マガジン第3誌『隠れ里の事件』を発刊しました。
※はたてが今後どこへ向かうかは、次の書き手さんにお任せします。

※アプリ”アンダー・ワールド”について
 このアプリを起動時は通常の念写に加え、4時間前までならば任意の過去の時間を念写することができます。
 アプリ起動時も念写射程は通常時と変わりませんが、霊力は時間を遡る毎に増加します。
 1時間分で2倍増加し、4時間で最大16倍の消費量になります。
 時間は切り上げとなっており、例えば1分前でも1時間分と換算されます。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『霍青娥』
【朝】D-2 猫の隠れ里の外れ


里内の南、周囲に民家も見えない里の外れ。
そのある一点の地面が不思議なことに、まるで水面に波立つ波紋のように緩やかに揺れた。
やがて地面から現われたのは3人の女性。そのうちひとりはピッチリとした奇妙な『スーツ』を着込んでいるようだった。


「―――プハァーーーーッ! ……ふぅ。ここまで来ればあいつも追って来れないでしょう」

「―――プハッ! …はぁ、…はぁ、…ちょっと蓮子ちゃん大丈夫?」

「―――ぶはッ! …げほっ、げほっ…! ハァ…ハァ………うう…!」


スーツを着込んだ青娥を筆頭に紫、蓮子の3人が地面から這い出てきた。
青娥と紫は比較的元気そうに立ち上がったが、未だ身体が冷え切っている蓮子は紫に引っ張り上げられながらもようやく地上に立つことが出来た。
ガタガタと震えながらも、ひとまず紫に申し訳無さそうに礼を言う。

「うう……あ、ありがとうございます、八雲さん。でもまさか地面を潜って逃げ切るとは思いもよりませんでしたけど…」

「だって地上から逃げ出したんじゃあすぐにあの凶悪な『天候』にやられちゃうわ。
 だったら『地面』に潜って逃げ出すしかないじゃない? 都合よくこのスタンドDISCがあって助かったわぁ♪」

スーツがとってもダサいのが唯一気に喰わないけどねー、と青娥は付け加えてスタンド『オアシス』を解除する。
星熊勇儀から奪った支給品のスタンドDISC『オアシス』は地面や物体を泥状にして潜り進むことが出来る能力。
低温世界に襲われた極限状態から脱出するには最適の能力だったのだ。
あの場で青娥は迷うことなく『ヨーヨーマッ』のDISCを取り出し、『オアシス』のDISCに入れ替えた。
その際、当然お供のヨーヨーマッも消滅してしまったのだが、青娥は全く気に留めていないようだ。

いつもの青を基調とした服装に戻り、そしていつもの朗らかな笑顔を浮かべる青娥に紫は言葉を投げた。



「…とりあえず助けてくれたことには礼を言うわ。
 でも悪いけど、貴女はこのまま見張らせてもらう。『停戦』とは言ったけど、とても放置できるような存在じゃないもの。
 …武器だってまだ返してもらってないし、ね…」

「あら、もしかしてこのままついてくる気なの?
 私のお供には蓮子ちゃんだけで充分だって言うのに…
 ま、いいですけれど。 …寝首だけはかかれないようにね?」

「お互い様ですわ。 …それじゃあ蓮子ちゃん、行きましょうか。歩けるかしら?」

「え…あ、はい。大丈夫です…」


既に快活な足取りで歩き出す青娥の背中を眺めながら、蓮子は力なく答える。
未だ震えが止まらぬ身体は、果たして寒さによるものだけが理由だろうか。
またしても死にかけた…が、どうやら自分はあの死地から生還できたらしい。
今はじっくりと生ある喜びを噛み締めたいところだが、自分を殺しかけたことのある青娥に救われたというのも複雑な心境だった。

青娥に続くように、青娥を見張るように、紫はその後を歩いていく。
彼女の背を眺めながら、蓮子は思う。
このまま青娥についていくわけにはいかない。
だがこの人なら…八雲紫なら…、自分のこの悲劇的な状況を何とかしてくれるかもしれない。
そんな微かな『希望』を紫に感じた。


蓮子は何も出来ない自分を恥じ、それでも2人の後を追う。
メリーとそっくりな紫についていけば、いつかメリーと会うことが出来るかもしれない…。


そんな根拠も無い予感を信じて、今はただ…縋るしかない。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


【D-2 猫の隠れ里の外れ/朝】

【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:疲労(中)、全身に唾液での溶解痕あり(傷は深くは無い)
[装備]:S&W M500(残弾5/5)、スタンドDISC「オアシス」@ジョジョ第5部、河童の光学迷彩スーツ(バッテリー90%)@東方風神録
[道具]:双眼鏡@現実、500S&Wマグナム弾(13発)、スタンドDISC「ヨーヨーマッ」@ジョジョ第6部
未確定ランダム支給品(魂魄妖夢のもの。青娥だけが内容を確認済み)、基本支給品×5
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:会場内のスタンドDISCの収集。ある程度集まったらジョルノにプレゼント♪
2:八雲紫…鬱陶しいわね。
3:八雲紫とメリーの関係に興味。
4:蓮子をDISC収集のための駒として『利用』する。
5:あの『相手を本にするスタンド使い』に会うのはもうコリゴリだわ。
6:時間があれば芳香も探してみる。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※光学迷彩スーツのバッテリーは30分前後で切れてしまいます。充電切れになった際は1時間後に再び使用可能になるようです。
※ジョルノにDISCの手土産とか言ってますが、それ自体にあまり意味は無いかもしれません。やっぱりDISCを渡したくなくなるかも知れないし、彼女は気まぐれですので。
※頭のカンザシが『壁抜けののみ』でない、デザインの全く同じ普通のカンザシにすり替えられていることに気づきました。
※魂魄妖夢、星熊勇儀、ズィー・ズィー、八雲紫の荷物を回収しました。
※『ヨーヨーマッ』のDISCを外しているので現在ヨーヨーマッは引っ込んでいます。


【八雲紫@東方妖々夢】
[状態]:全身火傷(やや中度)、全身に打ち身、右肩脱臼、左手溶解液により負傷、霊力消費(中)、体温低下
[装備]:なし(左手手袋がボロボロ)
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:幻想郷を奪った主催者を倒す。
1:幻想郷の賢者として、あの主催者に『制裁』を下す。
2:大妖怪としての威厳も誇りも、地に堕ちた…。
3:青娥を暴走させないよう見張る。
[備考]
※参戦時期は後続の書き手の方に任せます。
※放送のメモは取れていませんが、内容は全て記憶しています。
※太田順也の『正体』に気付いている可能性があります。


【宇佐見蓮子@秘封倶楽部】
[状態]:疲労(中)、精神疲労(中)、首筋への打撃(中)、体温低下
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、食糧複数
[思考・状況]
基本行動方針:メリーと一緒に此処から脱出するために、とりあえずは青娥の命令に従う。
1:八雲紫とマエリベリー・ハーンの関係を知りたい。
2:今は青娥に従う。
3:メリーとジャイロを探す。
4:いつまでも青娥に従うわけにはいかない。紫と協力し、隙を見て逃げるか…倒すか…。
5:・・・強くなってメリーを守りたい。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『卯酉東海道』の後です。
※ジョニィとは、ジャイロの名前(本名にあらず)の情報を共有しました。
※「星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力」は会場内でも効果を発揮します。

※彼女たち3人が今後どこへ向かうかは次の書き手さんにお任せします。


○支給品紹介

<スタンドDISC「オアシス」@ジョジョ第5部>
破壊力:A スピード:A 射程距離:B 持続力:A 精密動作性:E 成長性:C
星熊勇儀に支給。
地面や岩をドロドロに溶かし、その中を泳ぐことができるスタンド。
スーツとして身につけるタイプのスタンドであり近接格闘能力も高いが、そのパワーやスピードは使用者の身体能力に比例される。
溶けた地中に敵や地上に存在するものを引きずり込むことが可能。
なお、溶けた地中では視界が利かないので、音や反響を聴くなどして標的を追うしかないだろう。

094:Green,Green 投下順 096:カーニバルの主題による人形のためのいびつな幻想曲
094:Green,Green 時系列順 096:カーニバルの主題による人形のためのいびつな幻想曲
079:向こう側のメリー 八雲紫 096:カーニバルの主題による人形のためのいびつな幻想曲
079:向こう側のメリー 宇佐見蓮子 096:カーニバルの主題による人形のためのいびつな幻想曲
079:向こう側のメリー 霍青娥 096:カーニバルの主題による人形のためのいびつな幻想曲
079:向こう側のメリー ウェザー・リポート 144:愛する貴方/貴女と、そよ風の中で
078:禁写「過去を写す携帯」 姫海棠はたて 110:ダブルスポイラー~ジョジョ×東方ロワイヤル

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最終更新:2016年09月05日 05:31