北風と太陽

 D4エリア北部、魔法の森と呼ばれる捻じくれた森の中で一人の男が佇んでいた。
 男は2mにも及ぼうかという長身に均整な肉体を誇り、最小限の衣服のみを身に着けたその姿は
見る者によってはギリシャ彫刻を思わせるものだった。

「下衆な殺し合い、『ゲーム』……か、人間ごときがよくもこのワムウの前で『決闘』を侮辱してくれたものだ」
 男--ワムウは不機嫌さを隠そうともせずに吐き捨てた。
 その言葉から読み取れる通りに、ワムウは人間ではない。
 食物連鎖の頂点に立っていると勘違いしている人間、その人間を捕食する吸血鬼、その二者よりも
さらに上位に位置する『柱の男』、最後のそれが彼の種族だ。
 その自分が、たかだか人間ごときに生殺与奪を握られているというのは屈辱以外の何物でもなかった。
 そして、戦闘の中にあってなお、正々堂々や誇りといったものを重視するワムウにとって、その屈辱とはまた別の次元で
この弱者を嬲り殺しにすることを強要される殺し合いは、到底許容できるものではないと考えられた。

 しかし、もしやと思って確認した名簿には、案の定というか彼の主であるカーズエシディシの名前が見受けられた。
 この二人がそのような瑣事に拘る性格をしていないのは、ワムウとしても既に納得済みである。
 むしろそのような感傷を持ち続けている自分こそが、ある種の甘さを捨てきれていないのだとすら思っているが
1万数千年も貫き続けた生き方を変えられるともまた思っていなかった。
 ともあれ、自身の感情がどうであれ、それよりも主2人の方針を優先する忠義をワムウは持ち合わせていた。
 それゆえの、これからの展開を予想しての不機嫌さでもあった。

 そして、名簿といえば
「ジョセフ=ジョースター……あのときの小僧か」
 ちっぽけな波紋しか操れぬにもかかわらず、史上初めてワムウの額を深く抉り取った男である。
 絶体絶命の窮地にありながら、タフな交渉力でワムウの興味を引き出し、一月の延命を勝ち取った男でもある。
 ワムウは口元のピアス--ジョセフの心臓に埋め込んだ毒薬の解毒剤--を無意識に手で触れた。
 お調子者のハッタリ屋であったが、不思議と大成して自分を楽しませてくれる戦士に育ちそうでもある。

「そういえば、ちょうど一月だったか?」
 人間とはスケールの違う長命ゆえに、いまいち細かい日付までは意識していなかったが
あのローマの地下での戦いからは、確かに1ヶ月ほどが経過しているように思えた。
 そうであれば、ジョセフ=ジョースターに、その仲間であるシーザー=ツェペリ!
 この場で再戦を果たすこともやぶさかではなかった。
 そして今の時点では、恐らくそれだけが、唯一自分の意思にも、主達の意思にも反しない行動だった。
 だが、それさえも、『主催者』達の意に乗るようで決して面白くはないのだ。
 最高の決闘に余計な水をさされるような感覚が、ワムウを気後れさせていた。

 『ゲーム』が開始してから、そう長い時間は経っていない。
 しかし、ワムウとしては珍しく堂々巡りする思考で、苛ただしげに眼前の森を睨み続けるのだった。


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 霊烏路空は憤慨していた。

 空(うつほ、ではなく、そら)がまともに飛べないのだ。
 まず、普段のように霊力を消費して浮くことが出来ない。
 仕方ないので翼を使っても、落ちないように高度を維持するホバリングすらままならない。
 後は、自身の能力である核エネルギーを推進力にしての飛行だが
速度はともかく距離や持続力という点で効率が悪く、全く夜空を楽しむことが出来ない。
 極めつけは今しがた高度を上げた所でぶつかった見えない壁だった。
 低空、少なくとも幻想郷の弾幕少女にとってはきわめて低空、しか飛べないのでは返ってストレスがたまるというものだ。

「あー、もう、これはあの荒木と太田はフュージョン確定だね!」
 究極の力、核融合を手に入れたことに自信を持ち、地上侵攻を考えていた空にとって
今回の『ゲーム』で地上に連れて来られたことはある種渡りに船であった。
 そのため、最初は主催者二人も自分の言うことに従うのであれば、寛大な処置を施してやるつもりではあった。
 しかし、もはや完全にその気も失せてしまっている。
 これは何も待望の地上を満足に飛ぶことの出来ない怒りによるものだけではない。
 名簿を見れば、大多数は初めてみる名前だったが、地底で聞いた覚えのある名前も幾つか見受けられた。
 その中には、飼い主にその妹、同僚でもある親友も含まれていた。
 それらも含めての怒りである。

 とはいえ、彼らが連れて来られた事自体には腹を立てる空だが、一方でこれはいい機会だとも感じていた。
 親友である火炎猫燐は、空が八咫烏の力を得てからというもの
調子に乗るな、地上侵攻なんて馬鹿な真似はよせ、などとやたら口煩く絡んでくるようになっていた。
 主人である古明地さとりと、その妹のこいしにしても、ここの所暫く会っていないが、いまだ空のことを
以前のような頭の足りない地獄鴉だと思っているに違いない。
 しかし、それも今日から変わる。
 この殺し合いの場においてさえ、自分の力はもっとも強力なはずだと空は考えていた。
 ならば、この力で彼女らを保護してやれば、自分への評価は一転するだろうと考えた。
 お燐は自分を尊敬するようになるだろうし、さとりらは自分を飼っていることを誇りに思うようになるだろう。
 そう考えて、空は取らぬ狸の皮算用に顔を綻ばせた。

 そして、その一方で他の参加者たちに関しては、ここで始末してしまおうとも考えていた。
 どうせ、この後の地上での予定は八咫烏の力を全開にしての灼熱地獄化だけだ。
 別に『ゲーム』なんぞ、あろうがなかろうが関係ないのだった。
 地底の妖怪については元から侵攻する対象にも入っていなかった相手だ。
 まあ、邪魔さえしなければ見逃してやってもいい、程度には考えていた。

 --霊烏路空は『ゲーム』に『乗って』いなかった。
 むしろ完全に無視していた、といっても良いぐらいだった。
 しかし、その事は彼女が『殺し合いをしない』という事は全く意味しないのであった。

「おっと、早速一人目を発見!」
 翼をはためかせながらゆっくりと自由落下していく空が視線を下に向けると、どれほどの偶然か森の木々のわずかな隙間から
一人の長身の男の姿が目に入った。
 もちろん地霊殿の住人ではないし、地底で見た覚えも無い相手だった。
 ならば会話をする必要すらないとばかりに、空はスペルカードを宣言する。
「鴉符『八咫烏ダイブ』!」
 そうして、発生させた核エネルギーを身にまといながら、空は眼下の男へ向かって猛落下を開始した。


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 ワムウの流法(モード)は風。
 木々の枝をへし折り進む音が耳に届く前に、空気の流れから上空を羽ばたく敵の来襲を察知していた。
 ゆえに回避はあまりに容易。
 背後から迫る敵の突進を、振り返ることすらなく、横に軽く動いただけであっさりと避ける。

 勢いの乗り切った突進を避けられた襲撃者は、そのまま地面に激突。
 盛大に砂煙を巻き上げながら、地面を抉り取って進み、木々をなぎ倒し、やがて止まった。

 ワムウはわずかな驚きとちょっとした疑問を感じていた。
 と言っても、突っ込んできた相手のことは全く意識になかった。
 なぜ自分は攻撃を避けたのか、それがちょっとした疑問である。
 ワムウら柱の男と呼ばれる種族の特性を考えれば、相手が生体である以上、究極的にはこのような攻撃を避ける必要は実はない。
 にもかかわらず、何故か自分はこの突撃を避けた。
 そのことが疑問であった。

 先ほどまでの不機嫌さを打ち消して、瞑目するワムウをよそに、舞い上がる砂煙の中から、複数の赤い塊が飛び出してくる。
 落下してきた襲撃者--霊烏路空の撃ち出した弾幕だ。
 砂煙の中からゆえか、狙いは甘く、回避することはさほど難しくなかった。
 ワムウが視認できた都合9つの弾幕のうち、6つは端から明後日の方向に飛んでいく。
 自身に向かう弾幕2つの射線から身を外し、残る1つを腕で振り払った。
 豪腕で打ち払われた赤弾は粉砕されるが、同時に接触箇所に火傷のような傷跡を残した。
「熱だけではない。これは……波紋か? いや違うか?」
 常と違い、多少なりとも治癒する速度の遅い傷跡を眺めながらワムウは独りごちた。
 これが波紋であるならば、先ほどの自分の奇妙な行動にも説明が付く。
 しかし、数え切れない波紋使いと戦い続けてきたワムウには、どうにもわずかな違いが感じられた。

 そして、10数メートル先の砂煙の中から空が現れる。
「あれ? おっかしいなー」
 姿を現した空は、困ったような顔をしながら、腕に装着した八角形の角柱である制御棒を目の前で振っている。
 けん制のつもりで発射した弾幕ではあったが、あまりに火力が低いため制御棒の不調を疑っているようだ。
「まあいいや、もう一回いくよ!」
 そして、ワムウをようやく目に入れ、制御棒を突き出し弾幕の生成を始める。
 眩い光が一瞬あたりを照らし出した。
「ムウ!」
 ワムウはその光を直視することが適わず思わず目を背け、また体の表面から微量の刺すような痛みを感じた。
「なるほど、太陽か!」
 ワムウは 出会い頭の突進を自然と避けたことに得心が行ったとばかり声に出した。

 一方、ワムウの独白には興味が無い、とばかりに空からの弾幕が発射される。
 先ほどとは違い、弾数も多く、軌道も避けにくいよう配置がされている。
 しかし、肝心の火力はそう変わったようには見えなかった。

「フッ、随分と貧弱な太陽だ」
 疑問が解けた以上、襲い来る相手を返り討ちにすることに何の躊躇も無かった。
 『乗って』やるのは少々癪だが、気分転換と思えばちょうど良いとも思えた。
 そう考え、ワムウは、嘲笑しながら頭をグルリと回す。
 それだけで弾幕は打ち消え、あるいは軌道を変えて森の中に消えていった。
 早々に種を明かせば、ワムウの頭飾りに付随するワイヤーのようなパーツが、頭の動きを元に真空刃を生成し
空の弾幕をことごとく、触れることすらなく打ち払ったのだった。
 しかし、そのようなことは想像もつかない空は呆気に取られる。
 さらに畳み掛けるようにワムウの姿が突然消える。
「え、ちょ、どうなってんのよ!?」 
 空は続く理不尽に明確に狼狽した。


 しかし、空が幸運だったのは、八咫烏ダイブで巻き上げられた砂煙が若干ではあるが残っていたことだった。
 急速に近づいてくるワムウの姿が、ノイズ入りの空間にクリアすぎる人型として浮き彫りになる。
「!! 透明になったのね!」
 あるいは、太陽光を防ぐためとはいえ、一対一の戦いにおいて卑怯とも呼ばれかねない能力を
ワムウが使用したのは、この風の流法によるステルスを見破りやすい環境化にあったからかもしれない。

 ともあれ、ワムウの透明化は姿を隠すのが主なる目的でなく、太陽光を遮るためのもの。
 一旦居ると分かってしまえば、目で追い続けるのはそこまで難しくない部類の能力だ。
 気を取り直した空だが、我を失ったわずかな間の動きで、どうやら接近戦は避けられない状況になったようだと判断する。
 それは弾幕の不調が隠せない空としても、むしろ望むところであった。

 巨体からは想像も出来ない速さで目前に迫った、陽炎のような人型が胴を両断するような勢いの回し蹴りを放つ。
 空は、高速ではあるが大振りなそれに対して、制御棒を盾のように構えて受けの体勢を取る。
「お、重いッ!」
 パワーにはそれなり以上に自信のあった空だが、ワムウの蹴りを受け止めきれずに体が横跳びに宙を舞った。
「んのおっ!」 
 しかし、着地前に空中で核エネルギーを推力として反転突進、Gに耐えながら制御棒から刃状のレーザーを撃ち出し唐竹割にワムウに斬りかかる。

 ちょうど蹴り足を地に下ろしたところのワムウは、レーザーには直接手を触れず、制御棒部分を横に払うことで刃を避ける。
 勢いの付きすぎた攻撃を空は制御することが出来ず、レーザーは地面を深く切り裂いた。
 その隙を見逃さぬと、ワムウの拳が上から押し潰さんと空を襲う。
 しかし、次の瞬間に足元から間欠泉のように噴出した炎がワムウの体制を崩した。
 地面を切った際に仕込まれた空のヘルゲイザーだ。
 その間に空は倒立から腕を使って跳ね上がり、左足--分解の足を使った浴びせ蹴りを繰り出す。
 対してワムウは慌てず、斜めに一歩間合いを詰める。
 自然、空の膝の裏に、ワムウの肩が入る形になり、熱を帯びた踵はワムウの背中を軽く叩くに終わる。

 ワムウは半ば逆さ吊り状態になった空を絞め殺さんと両腕を抱きしめるように交差させる。
 両脇から迫るワムウの両腕を、空は肩にかかった左足を基点にした腹筋と核推力で急速に上体を起こすことで回避した。
 次いで、空いた右足も同様に肩口に乗せ、ちょうど肩車の前後逆の体勢でワムウの頭部にしがみつく形になった。
 空はその勢いのままにに右肘を脳天に突き落とし、左手の親指を爪先から眼孔に突っ込んだ。
 それは尋常な相手ならば決定打にもなりえた一手だったが、空の肘と指先から伝わってくる感触は
ゴム鞠か何かを押し込んだようなものだけだった。
「死ねッ!」
 空は異常な感触に気を留めず、側頭部にずらした右肘と、眼窩に指を突っ込んだ左手で
ワムウの頭部を固定し、次の瞬間に思い切り捻り込んだ。
 何の抵抗も無くワムウの首は異様な方向に捻じ曲がった。
 いや、何の抵抗も無さすぎた。
 --ワムウたち柱の男と呼ばれた種族の特性には、自身の骨格や体系を自在に操作できるというものがある。
 その自由度は、指ほどの細さの換気口の隙間に自身の体を折りたたんで進入できるほどのものだ。
 肩の上からの空の一連の攻撃は、その柔軟さによってほとんど意味を成していなかったのだ。

 ところでワムウの透明化は体表を覆う風の保護膜によるものである。
 空が組み付いたことにより、風の循環が狂い次第にその姿が見えるようになり始めていた。
「少し、遅れたか」 
 再び見え始めたワムウの額の中心からは、回転する一本角が突き出していて、その先端に赤い液体が付着していた。
 戦闘の興奮状態により気付いていないが、空のわき腹の端には、いつの間にか小さく抉り取られたような傷が出来ていた。
 言うまでも無くワムウの角によるもので、首を捻り折ろうとするのが一瞬遅れていれば、恐らく臓腑がシェイクされていたのだろう。


(ったく、とんでもないヤツね……でもまだ本命が残っているのよ!)
「制御『セルフトカマク』!!」
 間髪入れずに叫んだ空の周りに発光体が発生、核エネルギーが周囲を循環し始める。
 そして、それらは急激に加熱をはじめ、ワムウを灼きはじめた。
「ヌウゥゥ!」
 二人が戦いを開始してから、初めてワムウがダメージを感じさせる雄叫びを上げた。
 しがみ付いた空を中心にした空間はあっという間に火を発し始め、ワムウの頭部のみならず上半身全体を炎に包んだ。
「ガアアアアアアァァァ!」
 叫びながらも、ワムウは空を振り落とさんと、身をよじり、頭上に腕を振るう。
 しかし、空も羽とマントで身を包みながら必死にしがみ付く。
 近すぎる距離に、頭上という有利なポジションで、ワムウといえど満足な打撃が放てない状況に
更には核熱によるフィールドとマントに翼といった遮蔽物を経て、空が落とされることは防がれていた。
「このまま焼き殺す!」
 獰猛に叫んだ空の言葉に答えるように、ワムウに回った炎は勢いを増し、彼を生きた松明へと変えだした。
 ワムウが片膝を地面に付き、空は勝利を確信した笑みを浮かべた。
「勝っ、ああああああ!」
 しかし、直後に入れ替わり空が悲鳴を上げ始めた。

 空の腹部にワムウの指が潜り込んでいた。
 速度やパワーで突き破ったのでない、ワムウたち柱の男が持つ生物と融合する能力を用いて空の腹中へと指を突き入れたのだ。
 しかし、核反応中の空と融合することは、太陽の光に焼かれるワムウにとって自傷行為に等しい。
 空の腹の中で指先は焼けるのを通り越して溶けていく。
 最初に突撃を無意識に横に避けたのも、組み付かれた際に融合能力を使わなかったのも、この能力の相性のためだ。
 空は生涯『2』度目になる、別の生物と融合する感触に悲鳴を上げ続けるも、ワムウにしがみ付いて離れない。

 ワムウからすれば万策尽きたかに思えた状況だが、なんとワムウはそのまま突っ込んだ指先で空の内臓を『食い』始めた。
 柱の男が持つ能力に、融合した生物を細胞単位で捕食するというものがある。
 食物連鎖の頂点に立つにふさわしい強力な能力ではあるが、反面その部分では体表によるガードがなくなるため
天敵である波紋--つまるところ太陽の力--に対する抵抗力がなくなるという弱点にもなっている。
 今がまさにその状態で、空の内臓を傷つける間もなく、ワムウの指先は融解していく。
 一見すると戦略上何の意味も無い行動であった。
「ああぁぁぁああ! 何なのよ!アンタはさ!?」
 が、ここで空がしがみ付いた足を解き、ワムウの頭部を蹴り付けて飛びずさった。
 そのまま地面を転がり蹲る。
 最初の融合までは八咫烏を取り込んだ際の経験で耐えられていたが、自らが侵食されるのはその時と真逆の状況ゆえ耐性が無かった。
 生きたまま内臓を食われるという異常状況に本能が警鐘を鳴らし、それに従い緊急に避難をしたのだった。


 一方、蹴り離されたワムウは、全身の痛々しい火傷の傷跡をものともせずに立ち上がる。
 まとわり付いた炎は、風の操作で瞬く間に吹き散らされていた。
「……『覚悟』が足りないようだな、小娘」
 見ればワムウの親指以外の右手の4指はすべて根元から溶け落ちていた。
「あの状況、貴様が真の戦士であるのならば、決して俺を離しはしなかっただろう。
たとえ腕を飛ばされようが脚をもがれようともだ」
 この場において、不死身の参加者が居ないというのであれば、いかな自分とてあのまま焼かれ続けていれば、あるいは。
 その思いをこめてワムウは言葉を続けた。
 対して空は蹲ったままゼイゼイと荒い息を上げていた。
 細胞単位で食われかけるといった異常な体験の精神的動揺のためでもあるし
単純に大量のスキルやスペルを短時間に消費した疲労のためでもある。
「とはいえ、このワムウが少しばかり焦らされたのも事実! その『食えない』能力の厄介さも含めて、貴様を『敵』として認めよう!」
 炭化しかけた顔をニヤリと歪め、ワムウは腰を軽く落とした中段の構えを取る。

「こんのぉ、言わせておけば!」
 空は動揺を恐怖ではなく怒りに転化した。
 空にしてみれば、放っておいても死ぬような火傷の相手に、つまるところ勝ちかけていると認識している相手に
偉そうな口を叩かれるのは我慢がならなかった。
「究極の核融合で身も心もフュージョンさせ尽くしてやる!」
 弾幕が弱体化しているのは理解したが、同時に発射しない類の攻撃はそれほど変わらず使えるのも確認している。
 つまりは発射型の弾幕でもゼロ距離、発射前の状態なら有効ではないかと空は考えた。
 通常に比べて桁外れに巨大な弾幕を生成できる空ならば、この距離でも発射プロセスを経ることなく相手に直接攻撃をぶつけることができる。
(こんな死にかけ、私のメガフレアで吹っ飛ばしてやる!)
 ふらつきながらも立ち上がり、制御棒を相手に向けて構えた。

「爆符!」
 制御棒の先端に先端に灼熱した弾幕が生成される。
 それは太陽の如き光を放ちながら、瞬く間に巨大化し
 人間など軽く飲み込むほどの大きさに成長した。

「闘技!」
 左腕を関節ごと右回転! 右腕をひじの関節ごと左回転! 
 既に勝ったつもりになってた空も
 拳が一瞬巨大に見えるほどの回転圧力にはビビった!

(メガフレアじゃあ……足りない!)
 全力のぺタフレアで対抗するべきだったと瞬時に悟る空だが、時すでに遅し。


         「ギガフレア! / 神砂嵐!」
 大容量の核エネルギーが発生し / そのふたつの拳の間に生じる真空状態の
 空の前方すべてを焼き尽くす! / 圧倒的破壊空間はまさに歯車的砂嵐の小宇宙!


 急遽エネルギーを継ぎ足された核熱球が、ワムウを飲み込むようにさらに膨れ上がる。
 しかし、直後に発生した2本の巨大竜巻によって、ギガフレアはその両端を一瞬にして削り取られた。
 さらにその間に発生した真空空間によって、鈍く重低音を立てながら爆発崩壊したのだった。
 爆発に煽られ乱れ狂う二本の竜巻と、撒き散らされる爆炎と閃光によって辺り一帯は白と赤で染められた。


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 魔法の森から、南下した地点にある湿地帯。
 バシャリ、と音を立てて空の体は湿地の水草の上を横に転がった。
 結構な勢いで着水したため、早々には回転は止まらないが、空は流れに身を任せて転がり続ける。
 やがて、程よく背中がつかる程度の水溜りで回転を止めて夜空を仰いだ。
 背中に感じる水の冷たさが、戦闘で熱った体に心地よかった。

 あの爆発の直後、森を突きぬけ、間にある草原を飛び越え、直接湿地帯に突っ込んだのだ。
 相当な距離を飛ばされてきたといえるだろう。
「はあ……」
 しばらく水の心地よさに身をゆだねた後、空はため息をついた。
 ギガフレアと神砂嵐の激突の直後、不利を悟っていた空は核エネルギー推力に換えて後方に飛び下がっていた。
 おかげで大した怪我もなくこうしていられる訳であるが、初戦から大苦戦の挙句に
尻尾を巻いて逃げ出した格好になった結果に疲れ果てているのだろうか?

「ああ、黒い太陽、八咫烏様。我に力を与えてくださった事に感謝します。やっぱり核融合は究極の力なのね」
 否、逆に空は思い切り自信を付けていた。
 消沈ではなく、感嘆のため息であった。
 炎と黒煙が遠目からでも確認できる魔法の森を見て空はキリリとした表情で呟いた。
「あの爆発だ、まさか生きてはいまい」
 そもそも空は大技同士の激突前の時点で、ワムウが瀕死であると認識していた。
 ある意味でその認識は正しく、ワムウが通常の生物や妖怪であるのならば
あの時点で、まず助かりようの無い火傷を負っていたようにしか見えないのは確かだった。
 で、あるならば、それに加えてあの大爆発である。
 生きているはずがない、あるいは生きていてもすぐに死ぬだろう、というのが空の主張である。

 まあ、その認識が正しいかどうかはともかくとして、空の中で名前も知らない大男--ワムウは既に葬り去った強敵になっているのである。
 そして、あれだけの強敵を倒した自分への信頼は絶賛鰻上り中である。

「でも、ちょっと疲れたな。少し休もう」
 ふらふらと立ち上がり、荷物から取り出した地図を広げて適当な拠点に目星を付ける。
 頭に組み付いた後の攻防で盾にした翼は殴られた痛みが強く、飛行やダイブスペルはしばらく控えることにした。
「ここからだと、命蓮寺とかいう所かな」
 そういえば、と、自分には必要ないと高をくくっていた支給品のことを思い出した。
 あんな敵がこれからもいるのであれば、休憩がてらに確認してみるのもいいかもしれない。
 そう思いながら、空は東へと歩き始めた。

【D-4 湿地帯/深夜】

【霊烏路空@東方地霊殿】
[状態]:わき腹の端に刺し傷(小)、翼に打撲(無理をすれば飛行は可能)、疲労(中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:地上を溶かし尽くして灼熱地獄に変える。
1:地霊殿の住人は保護する。
2:地底の妖怪は邪魔しなきゃ見逃してやる。
3:ワムウ(名前知らない)は私が倒した(キリッ
4:取りあえず東進して命蓮寺で休む。寺は休んだ後で焼き討ち予定。

[備考]
※参戦時期は東方地霊殿の異変発生中です。
※D-4中央部の湿地帯に吹き飛ばされました。
※地底の妖怪と認識している相手は、星熊勇儀封獣ぬえ、伊吹萃香、他書き手枠追加次第です。


=================================================
 変わって、激戦の舞台となった魔法の森の中、焼け焦げた巨漢--ワムウは爆発など無かったのかのように
神砂嵐を放ったままの、膝を曲げ腰を軽く落とした体勢を維持していた。
 周囲はギガフレアの爆発を取り込み、軌道を大きく乱れさせた火炎竜巻が蹂躙し
まるで灼熱地獄のような有様に成り果てていた。

「フフ、覚悟は足りないようだが、センスはあるようだな」
 ゆっくりと背と脚を伸ばし、ワムウは空がいるかのように正面を見て笑う。
 神砂嵐とギガフレアの激突の直後、空が後方に向かって急発進していたのをワムウの目は捉えていた。
 ギガフレアの爆発による閃光で確認こそ出来なかったが、付近に空の気配が感じられない以上
神砂嵐の片方の竜巻にあえて乗るか何かで飛距離を大幅に伸ばして、この場からの離脱を成功させたとも推測していた。

 空が概ね無事な形で生き残れたのは幾つかの事象が関わりあっていた。
 ワムウの右手の指の欠損により、神砂嵐の左右の竜巻のバランスがわずかに崩れたていたこと。
 メガフレアではなくギガフレアに攻撃を格上げしたことで激突時の爆発が巨大化したこと。
 そのために、竜巻間の角度が大きく開き、逆に致命傷をもたらす真空空間の射程距離は短くなっていたこと。
 後方に大きく移動したことで、短くなっていた左右の竜巻が強力に引き合う真空圏内に捕らわれなかったこと。

 その全てが揃って、初めて無事に神砂嵐の猛威から生還できたのだった。
 とはいえ、それらが揃ったのは一種の偶然でも、それぞれの事象はすべて空が自身で掴み取った結果だ。
 その事実は敵として戦ったワムウが誰よりも高く評価していた。

「仕切り直しが必要か」
 余力が十分にある以上 追撃も考えたが、こうも死力を尽くした後に、どこに飛んでいったかも定かでない相手を
探し出すところから始めるのは興が冷めると感じ、ワムウはまずは自身の傷の治療を優先することにした。
 まず、火傷は短期的な影響こそ大きいが、高熱が原因で発生した箇所は再生に何の問題も無い。
 戦闘中は警戒した太陽の力も、所詮は作られた太陽だったのか
ワムウの表皮を軽く焦がすだけで、致命的な傷は存在しないようだった。
 もっとも溶け落ちた指を見る限り、こちらは切られたり貫かれたりしたところから流し込まれれば話は別になるようだったが。
 ともあれ、差しあたっては、死体なり他の参加者からなり、溶けた指の代わりを調達することが急務だろうか。

「……フフフフ、ハハハハハハハ!」
 そこまで考え、ボロボロと炭が落ち新しい皮膚が再生しつつある顔で、ワムウは堪え切れぬとばかりに笑う。
 ワムウは当初、人間の悪趣味な『ゲーム』に乗った戦いなど、自分の誇りが許さないと考えていた。
 しかし、戦い終わって、自身でも度し難いほどに敵との戦いに高揚している自分に気が付いたのだった。
 ローマの地下で目覚めて以来、いや、2千年前に眠りについて以来、久しく味わっていない興奮であった。

「いいだろう、荒木と太田とやら。このワムウが戦う価値のある相手を用意しているというのなら!
 少しだけ、この『ゲーム』とやらに付き合ってやろうではないか!」
 先ほどの名も知らぬ翼を持った娘! ジョセフ=ジョースター! シーザー=ツェペリ!
 更には、名簿に載る80余人!
 ワムウの目には、その全てが、更なる戦いへの招待状に見えていた。

【D-4 魔法の森/深夜】

【ワムウ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:全身に重度の火傷(再生中、行動に若干の支障)、右手の指を欠損、疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:他の柱の男達と合流し『ゲーム』を破壊する
1:カーズ・エシディシと合流する
2:ジョセフに会って再戦を果たす
3:霊烏路空(名前は聞いていない)を敵と認識
4:代えの指を探す
5:主達と合流するまでは『ゲーム』に付き合ってやってもいい

[備考]
※参戦時期はジョセフの心臓にリングを入れた後~エシディシ死亡前です。
※D-4北西の魔法の森にいます。

※魔法の森北東部にて火災が発生しました。
燃え広がるか、森の湿度や環境により自然鎮火するかは不明です。


022:ドライヴに行きませんか? 投下順 024:宇宙1巡後の博麗霊夢――忘我のエモーション―― 前
022:ドライヴに行きませんか? 時系列順 025:始まりのヒットマン
遊戯開始 霊烏路空 052:空が降りてくる ~Nightmare Sun
遊戯開始 ワムウ 040:Missing Powers
最終更新:2013年11月10日 20:11