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人工知能と田舎娘

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1、革命への旅支度

 

穏やかな春の日の朝、ルーディス・フィラーはいつも通り浴槽の中で目を覚ました。

酒を飲んだ日の翌日はいつもこうだ。彼には酔うと風呂に入ろうとする癖があるらしく、浴室へと向かうと、湯船に入ってそのまま寝てしまうのである。尤も、予め湯は抜いてあるので、風邪をひくことはないのだが。

動く気力が全く湧かず、ルーディスは暫くの間、その場に呆然と佇んでいた。すると、突然風呂場のドアが開き、そこから今年14になる娘のローラが顔を覗かせた。

「何だ起きてたんだ。珍しい」少し残念そうな表情を浮かべて彼女が言う。「寝てたら水ぶっかけてやろうと思ってたのに」

「今何時だ?」

「八時半ぐらい。朝御飯出来てるから早く来て」

ルーディスは寝起きの体を酷使して、何とか立ち上がり、湯船から脱出した。首が少し痛い。大きなあくびを一つして、彼は娘と一緒に廊下へと出た。

「うちにまだ食える物があったとは驚きだな」髭の伸びを確かめるかのように頬をさすりながら、ルーディスが言う。

「冷蔵庫の奥に少しだけ肉が残ってたの。後はいつものお酒ね」

 リビングのテーブルにつき、コップの中の赤い液体を一口啜る。ビールとトマトジュースを混ぜ、そこにタバスコを数滴垂らして作られるこのレッドアイとかいうカクテルは、ルーディスの二日酔いの迎い酒として定着していた。何度か口に運ぶうちに、少しずつ気分が良くなってくる。

料理の方は酷い代物だった。固くて、やたらと歯に挟まり、調味料の味しかしない。これは調理者の腕よりも素材の方に問題があると思われた。最早、何の生物の肉なのかもわからない。

「私、クレイアさんの所から今月のお給料貰ってくるね」玄関の方からローラの声がした。

「おう、いってら」と答えた後、ルーディスはテーブルの端に置かれた手紙群のチェックに入った。

 

□ □ □ □ □

 

空には太陽と、様々な形をした雲の欠片達が浮かんでいる。ローラはアパートを出ると、陽光が差す中を出版社のある東へと向かって歩き出した。道の両端を埋める民家の庭では、雑多な草花が無秩序に生えている。観光業で栄えているこの町において、この時期に庭の手入れをする暇がある家は皆無といって良かった。筈なのだが、途中、一つだけ綺麗に整理されている場所があった。

「リーゼルさん、いつ帰ってきたんですか?」

アルフ家の庭には草木一つ生えていなかった。そこでは、他の都市へ出稼ぎに行っているはずの長男リーゼルが、芝刈り用のソレイズを持って立っていた。

ソレイズが発明されたのは、今から大体80年程前のことである。当時38歳だったセレーネ国の科学者エスメル・ソレイズが、アラスの木の樹液が固化したもの――アラスストーンからエネルギーを取り出す技術を発明し、それによって文明は急速な進化を遂げた。アラスストーンを動力として働く機構のことを開発者の名前からソレイズと呼ぶようになり、いまやソレイズは社会のあらゆる領域に浸透している。医療器具から軍事兵器に至るまで。

「一昨日だよ。急に暇を貰ってさ」倉庫の中に芝刈り機を仕舞いながら、リーゼルは答えた。

「へえ、良かったじゃないですか」

「何一つ良くないよ。実質クビみたいなものだから」

「クビ?」

「そう。まあ、色々あるんだよ」

何やらぶつぶつ文句を言いながら、彼は家の中へと入っていった。

二十分ほど直進した後、教会のある角を右に曲がった。ここらへんまで来ると、多少、都会的な雰囲気が辺りに漂い始める。例の出版社は教会から四つ目の建物で、周囲の建造物より比較的大きかった。ルーディスは月に一冊、屑みたいなポルノ小説を書いて此処に納めている。前に一度だけ出来たものを読ませてもらったことがあるが、これを好き好んで読もうという人間が果たして存在するのか疑問なくらい退屈だった。しかし、実際、売れ行きはそれほど悪くないらしい。この町の人間がいかに娯楽に困っているかが、よくわかる。

中に入ったローラは、カウンターにいる受付の女性に声を掛けた。見覚えのない顔だ。新人だろうか。

「ルーディス・フィラーの代理で来たんですが」

「フィラーさんっていうと・・・原稿料の受取ですか?」

「はい」

「失礼ですが貴女は?」

「娘です。あ、これ、父のサインです」一応、毎回持ってくることにしている証明書を渡す。

「はい、結構です。ちょっと待っててくださいね」

一旦カウンターから離れ、ローラは待ち人用のソファーに座った。と同時に、二階から降りてきたクレイアが、彼女に声を掛けてきた。

「やあ、ローラ」

「こんにちは」

この会社の経営者であり、社員でもあるこの男はルーディスの昔からの友人だった。彼がいなければローラとルーディスはとっくに飢え死にしていただろう。

「お父さんの最新作、中々いい出来だったよ」

「はあ、ありがとうございます」何処が、と思いつつも、表情には出さずにローラは礼を言った。

「出来ればもっといい値段で買い取ってあげたいんだけどね」

「いえ、買い取ってもらえるだけありがたいです」謙遜ではなく、正直な感想である。

「そう言ってくれるとこっちも助かるよ。じゃあ、私はこれで」そう言うとクレイアは建物の外へと出て行った。

数十秒後、ローラは先ほどの女性に呼ばれ、封筒に入った紙幣を受け取った。明らかにいつもよりも厚みがない。さっきのクレイアの態度はこういうことだったのか、とローラは思った。

出版社を出た後、彼女はもと来た道を戻った。アパートに着き、部屋の扉を開けると、ルーディスがトランクに荷物を詰め込んでいるところだった。

 

□ □ □ □ □

 

 手紙の中の一つに、天秤の絵の印が押されたものがあった。

ルーディスはすぐにその封筒を破り、中から用件の書かれた紙を取り出した。

「親愛なるルーディス・フィラー殿へ

どうやら、あなたの正体と居場所が国にばれたようです。今すぐ、娘さんと一緒にその家から逃げ出すことをお勧めします。

バークネスまで来ていただければ、隠れ場所を提供することができますが、普通の交通手段を使うと捕まる可能性があります。なので、こちらでお迎えをご用意しました。恐らく、この手紙が届くのは遅くとも5/7だと思います。なので、その日の正午には、例の風車のところで貴方のよく知る人物が待っているでしょう」

ルーディスはカレンダーを確認した。5/7、間違いない。彼は料理を一気にかっこみ、それをトマトカクテルで飲み下した。そして、すぐさまクローゼットへ向かい、家にある一番大きいトランクを引っ張り出した。衣類やら何やらの最低限の生活用品と泣きのへそくりを詰め込んでいると、そこにローラが帰ってきた。

「今すぐ、家出の準備をしろ」

「は?何で?」

「簡単にいうと、お父さんは法律的にアウトなことをやっていて、それが国にばれた」

「・・・?何で、それで私まで逃げなきゃいけないのよ?父さんが一人で捕まれば・・・」

「そういうなまっちょろいレベルの罪じゃないのよ。見つかったらその場で射殺されてもおかしくないもんでね。もし、そうなったとしたら、近くにいて巻き込まれたくないだろ?」

「それはそうだけど・・・っていうか」

「それはそうなんだったら、さっさと支度しろ。時間がない」

「・・・家には帰ってこれるの?」

「憶測だが、帰宅は数年後になるだろうな」

「そんな!家は?学校は?」

「家は諦めろ。学校は・・・お前、どうせ友達いないだろうから関係ないだろ」

「最低!この人間の屑!」

「否定はできないな」

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