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秩序

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匿名ユーザー

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その日、僕はいつも通り、食べ物を手に入れるために森に向かっていた。空は灰色の雲に覆われていて、空気は湿り気を帯びていた。時間なんてものは既に何の意味も持たなくなっていたけれど、そういった天気や湿度の状況が僕に梅雨が近づいていることを教えてくれた。建物や道路など、周りの景色は植物による侵略を受けていることを除けば、大崩壊以前と殆ど変わりがなかった。しかし、既にこの街には僕以外誰も住んでいない。いや、ちゃんと確かめたわけではないのだが、少なくともここで暮らし始めてからの二年間、人の姿を見たことはなかった。森の入り口に着き、僕は奥へと入っていった。虫を何匹かと猫を一匹捕まえ、更に木の実を幾つか見つけることができた。上々の成果だ。僕は持ってきた麻袋にそれらを入れ、森を出た。

帰り道の途中で、一人の少女を見つけた。白いニットのセーターに黒のショートパンツという出で立ちで、もう何年も車の走っていない車道の上をのろのろと歩いていた。背丈からいって十代前半といったところだろう。僕は少し驚いたが、あわてはしなかった。暫くの間、遠くから見ていると、彼女は急に倒れこみ、そのまま動かなくなった。僕は近づいていって、彼女の手首に指を当て、脈の有無を確かめた。親指に一定の間隔で、鼓動が伝わってきた。まだ生きている。どうしようか迷った挙句、僕は彼女を抱きかかえた。助かるのであれば助けてやる気だった。それが無理ならバラして食料にするつもりだった。

 棲家に戻り、僕は少女をベッドに寝かせた。先ほどまでは気にならなかったのに、ここに配置してみると、急に彼女の存在が強烈な違和感を放ちはじめた。しかし、その違和感が何に由来するのはいまいち判然としなかった。

部屋の隅には僕の唯一の同居人が立っていた。大崩壊直前に発売された女性型ボーカロイドだ。ボーカロイドという言葉は元々DTM用の音声合成ソフトを指す言葉だったが、後に歌を歌うためだけに開発された非知性ヒューマノイドの意味としても使われるようになった。容姿や歌っているときの動作は殆ど人間と見分けがつかず、最新式の人工声帯(聴いた者の健康を害さないぎりぎりのラインまでの音域(高低問わず)と声量を持つ)と過去数十年の間蓄積されてきた膨大な量の音声データベースのお陰で、歌声の方も人間と聞き分けがつかなかった。尤も、電力を得る手段のない今、彼女を起動させることは不可能なのだが。

 

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