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常夏の国

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匿名ユーザー

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プロローグ「草原の塔」

私がまだ子供だった頃、母はよく何処か遠くにある、夏しか来ない土地の話をしてくれた。それは私と母が、あの草原の真ん中に建っている、石造りの塔に住んでいた頃のことだ。
魔女である私たちは、本来、一つの場所に留まることはなく、常に様々な土地を放浪している。だが、子供が生まれて、その子をある程度の年齢に育て上げるまでの期間は別だ。魔法使いになる人間というのは、大抵、繁殖能力が低いため、一族の存続のためにも、折角できた子供を無駄な危険に晒すわけにはいかないのである。
塔には扉と、高いところに一つ窓があるだけで、後は灰色の、無機質な石造りの壁が周囲を覆っているだけだった。ここは過去にも他の魔法使いたちが子育てのために使っていた場所であり――世界中の至る所にそういう建物がある――、彼らが置いていった多くの遺物で、部屋の中は混沌としていた。穴の空いた鍋や、どうやって演奏するのかもわからない楽器らしきもの、記号や図で埋め尽くされたわら半紙、何百年の間熟成され続けてきたたんぽぽ酒、そして人一人を容易に押しつぶせる量のグリモワール。私も母も、その雑然とした雰囲気を気に入っていた。魔法使いというのは潜在的に、そうした雑然さというものを嗜好するものらしい。
父親の顔は知らない。それに関する質問をすると、母はいつも微笑むだけで、何も答えてはくれなかった。そのうち、私の方も諦めて、そのことを訊くことはなくなった。
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