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そして歯車は狂い出す

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だれでも歓迎! 編集
種をまいて、芽が出るまでに必要なのは水。
そして……時間と、根気。
私にはそれが足りてなかったのかもしれない。
いや、根気ならあった。だってこの感情は六年前からずっと持っている。
ずっとずっと我慢していた。
自分で自分を褒めるのはどうかと思うけど……私は我慢した方だと思う。
ただ神様が私に与えた我慢すべき期間が長すぎて。
私の器では六年が限界だった。これ以上は、無理だった。

だからさっき停電した時。
辺りが暗闇に包まれて、まるで私の心象風景みたいだと感じた時。
心の軋む音が聞こえた気がした。
軋んだどころか自暴自棄に近い感情。

――水をあげるのは、もう疲れた

もういい。好かれないなら嫌われたほうが楽なんだ。
拒絶されたらいっそ諦めがつくんだって……思ったのに。
嫌われて、この家から出て行けと言われてしまえばいいと思った、のに。


『いやぁ、ゆーちゃんが停電に驚いたっぽくてね。急に抱き付かれてそのままこんなシチュに』


お姉ちゃんは本当の事を言わなかった。
何かを試しているような、何かを伝えてきたのは分かったんだけど
それが何か私には分からない視線で見下ろしてきた。
台所ではおじさんが代わりに夕食を作ってくれている。
私とお姉ちゃんがいるリビングはとても静かだった。
テレビは付いているのに頭に音が入ってこない。

「……お姉ちゃん」
「ん?」

お姉ちゃんはテレビを見ながら、いつもと変わらない声で返事をした。
さっきあんな事をしてしまったのに、怒りもしないで、泣きもしないで。
ただ、少し優しい口調に思える。

「どうして、何も言わないの?」
「……それは」

お姉ちゃんがこっちを向いた。
私と同じ色の瞳が若干細められ。

「ゆーちゃんにも同じ事が言えるよね」

微笑を浮かべながら、その笑みがまったく似合わない平坦な口調で私にとって鋭利な言葉が呟かれた。
心臓が縮む。私の方が先にお姉ちゃんから視線を外した。
お姉ちゃんが分からない。全部知りたいのに、何を考えているかが分からない。
私を意識させればいいと思っていた。でも、さっきから何か変わってしまっている。
結局夕飯が出来るまでお姉ちゃんはテレビを、私は床を見つづけた。
テレビの音声よりも台所のおじさんの鼻歌がずっと聞こえて。
夕飯時の三人での会話は、普通の会話なのに物凄く薄っぺらく感じられた。


夜、中々寝付けなかった。
目が冴えているわけじゃない。まどろんではいるけど深い眠りに落ちれない。
台所でしてしまった事で興奮してるから? いや、興奮はしていない。
むしろあの時は怯えていた。嫌われてしまえばいいと思ってしたのに、嫌われたくないと怯えた。
だから『お姉ちゃん』と呼んだ。
酷い事をしてしまったけど嫌わないでと、身勝手な我侭を言いたくて呼んだ。
ベッドの上の、初めてお姉ちゃんにキスした次の日に押入れから出したぬいぐるみを抱きしめる。
ぬくもりも反応も無いけどこうしていると落ち着いた。
きっと自己暗示に近いんだと思う。こうしていると絶対に落ち着くんだと言う意識が刷り込まれている。
自分の唇に触れてみた。台所であれだけ重ねたのに、今はお姉ちゃんの温度は感じられない。
無性にその事が悲しくて、唇に触れた指を少しだけ噛んだ。
外から小さく雨音が聞こえる。そう言えば、夕飯の時にやってた天気予報じゃ明日は雨だったっけ。
布団の中は自分の体温もあって暖かかったけど起き上がった。
空気が冷たくてもう一回強くぬいぐるみを抱きしめる。そして深呼吸。
大事にぬいぐるみをベッドの上において立ち上がった。床が冷たい。
いつもはお姉ちゃんはまだ起きてる時間だけど、念のために静かに歩いて部屋を出た。
普段は気にしていない自分の足音が大きく聞こえる。
雨の音が強くなってきた。両手を合わせても冷たいだけで温まらない。
はぁ、と息を吹きかけて温める。
目的地に……お姉ちゃんの部屋の前に辿り着いた。明かりが付いているからまだ寝てないはず。
ノックをしようとしたら内側から「ゆーちゃん?」と声をかけられた。
きっと足音が聞こえてたのかもしれない。静かに歩いてきた意味はなかった。

「……うん」
「入っていいよ」

誰に遠慮しているのか分からないけど、音を立てないようにドアを開けて閉める。
お姉ちゃんはパソコンじゃなくて普通の格闘ゲームをしていた。
音はあんまり聞こえないから小さくしてるんだと思う。
ゆっくりお姉ちゃんの背後に座って、ゲームをしているお姉ちゃんの背中に額をつけた。
お姉ちゃんは全然反応をしないわけじゃない。
だってテレビ画面でお姉ちゃんが操作しているキャラクターがダメージを受けた声が聞こえた。
でもお姉ちゃんは、何も言わない。拒絶もしない。
分からない。お姉ちゃんが何を考えているのか分からない。
確かにここに居るはずのお姉ちゃんが掴めない。

「ねぇ、お姉ちゃん」
「んー。どうしたの」

額を離して見ると、You lose とテレビ画面に表示されている。
私に対してじゃないのにその文字は胸に突き刺さった。
お姉ちゃんは悔しがりもせずに私の呼びかけに反応して振り返ってくれた。
今度は額をお姉ちゃんの肩に寄せる。
お互い無言で、私は力を抜いて、お姉ちゃんは何もしない。
拒絶する事も抱きしめてくれる事もない。
雨の音が強くなってきていた。

「……っ」

好きって一言、どうして言えないんだろう。
今更何を言ったってこの絶望的な状況はどうにも出来ないのに。
伝えるよりも勇気がいるような事を、キスとかをしてしまっているのに。
言えば全部終わってしまう気がして。
その瞬間に、お姉ちゃんから終わりの言葉を聞くんじゃないかと怖くなる。
ずっとこうしているとまた台所でしてしまったように自暴自棄になりそうで、ゆっくりと額を離した。
離れる熱が寂しくて抱きつきたいと思った。
拒絶もされていないなら、いっそ……なんて思ったのも事実。
でも出来なかった。お姉ちゃんと反対の方を向いて背中を合わせる。
背中合わせで感じるお姉ちゃんの体温が、とても遠かった。
会話も何もなく、体操座りで自分の膝にあごを乗せる。
かすかに動く背中からお姉ちゃんが呼吸している事を感じる。
しばらくそうしていたけど、何かが堪えきれなくなって泣きそうになった。
立ち上がって「おやすみ」と呟く。同じ様に小さく「おやすみ」と帰ってきた。
私は手の平全体でお姉ちゃんの影に触れて、心の中でもう一度「おやすみ」と呟いた。
入ってきたときと同じように音を立てないようにしてドアを開けて閉める。
自分の部屋のベッドはもう冷たかった。
ウサギのぬいぐるみをベッドから落ちない位置に置きなおし、胎児の様に丸くなる。
中々寝れなくても寝ないと絶対に体調を崩す自信があった。
雨の音は落ち着くと言われているけど、とても五月蝿かった。


朝、雨の音で目が覚めた。
この言い方にはちょっと語弊がある。すでに目は覚めていたけど、雨の音が嫌になって起き上がった。
いつもよりは早い起床時間。でも学校の準備をしていたらすぐにいつもの時間になる。
朝はやっぱり空気が冷たい。足から伝わる冷たさが睡眠欲を破壊してくる。
あまり眠れなかったみたいだった。体調もどちらかと言えば悪いと思う。
でも休みたくなかった。これで休んだら自分が駄目な存在だと認める事になる気がした。
一夜明けたのに、おじさんともお姉ちゃんとも余計に顔を合わせにくくて手早く用意を済ます。
制服に着替えて外を見ると、夜よりも雨は止んでいたけど確実に町を濡らしていた。
窓を伝う水滴を指でなぞる。指先から冷たさがしみてきた。
指を離してぎゅっと手を握り締める。力が無いから血が滲むほどなんて無理だけど、強く。
台所でパンを一枚だけ焼いて食べた。食欲はあまり無いけど食べておかないときっと倒れる。
食べると言うよりただ胃に入れて用意を済ますと、早めに学校へ行こうとしたのに。

「あれ、ゆーちゃん?」

ちょうど起きてきたのか、パジャマ姿のお姉ちゃんに呼び止められた。
内心驚いたけどそこまでの反応はせず普通に「おはよう」と挨拶。
普通に声をかけてくれている事は嬉しい事のはずなのに……なぜか、怖い。
嫌われてないと思って安心した後に突き放されたらと思うと安心できない。

「……行ってきます」

玄関をあけて、冷たい空気が制服の中に入ってきた。
いつもは家を出るのを躊躇うけど、今日に限っては家の空気よりも外の冷たい空気の方がいい。

「ゆ、ゆーちゃん!! 傘忘れてる!!」

慌ててお姉ちゃんが追っかけてきた。
裸足で冷たいはずなのに、靴も引っかけずに。
コンビニで売っているビニール傘の中でも丈夫な白い傘を取って、私に手渡してくれた。
私の手に、私よりも多少暖かいお姉ちゃんの手が触れる。
大して温度は変わらないけど、ずっと握っていて欲しいと思った。

「……ごめんね、お姉ちゃん。ありがと」

名残惜しくて、手が離れる瞬間に少しだけこっちから握り締める。
だけどすぐに離して傘を開くとお姉ちゃんから視線を外した。
傘の向こうからお姉ちゃんの声がする。「具合悪い?」と。
顔を見ると嘘が見透かされそうで……見られなくても見透かされるだろうけど、見れなくて。

「大丈夫、だから」

返事も聞かずに少し早足で家から離れ、バス停まで歩く。
バス停に着くと丁度バスが到着して、頭が痛くなるような暖房が入ったバスに乗った。
雨が降っているからバスの床も傘から流れる水滴で塗れている。
その模様を一人用の椅子に座って見つめながら学校まで揺られていた。


学校に着いて、真っ先にみなみちゃんに具合が悪いのかと心配された。
大丈夫だよと伝えたけど、まだ心配そう。
聞いたら高良先輩とそのお母さんも風邪を引いたらしい。
高良先輩は少し治って学校に来ているらしいけど。
だから学校が終わったらお見舞いに行くつもりだと言われた。

「そっか、みなみちゃんも気をつけてね」
「ゆたかの方が気をつけないと」
「……うん、そうだね」

本当は今日、みなみちゃんと遊ぼうと思ったけどそれなら誘えない。
何だか真っ直ぐ家に帰る気にはなれなかったのに。
残念に思うのと同時に、みなみちゃんを利用しているように感じてしまって気分が悪くなった。
自己嫌悪でお腹が痛くなったけどそれを悟られたら保健室に行かなきゃいけなくなるから笑顔をキープ。
後はいつもの様に、パティちゃんと田村さんとみなみちゃんの四人で会話。
昼食は弁当を用意する時間なんて無かったから学食に行った。
田村さんが「泉先輩はいないッスねー」何て探していたけど、私は会えるような状況じゃなかった。
だって、学食にお姉ちゃんがいるとしたら多分かがみ先輩もいるはず。
つかさ先輩も高良先輩もいるはず。
四人でいて、笑っているお姉ちゃんを見たら本格的に具合が悪くなりそうだった。
なんて心が狭いんだろうと思う。
あの笑顔は自分に向いて欲しいと子供じみた独占欲がにじみ出てる。
六年前、ぬいぐるみをくれた時の笑顔。あの優しい笑顔が、大好きで。

「ユタカ? 次はユタカデスよ?」

後ろのパティちゃんが私の肩を叩く。気が付くと私の前の人が注文を終えていた。
慌てて学食の人に好きなうどんを頼む。これなら体も温まるし食べきれる気がした。



下校時になると雨は酷くなっていた。
遊ぶ約束は出来なかったので、一人でトロトロと遠回りで歩きながら帰る。
空は雨雲で覆われて、まだ明るい時間のはずなのに外灯が付いていた。
外灯の下は少しへこんでいるのか大きな水溜りがある。
革靴だから靴下まで濡れるけど気にせずに水溜りに入った。
ジャブジャブと音を立てながら歩いて、外灯の真下で止まる。
光源は上にあるから私の影は丁度真下。
バタバタと傘の上に落ちてくる雨の音が五月蝿かったから、傘を閉じた。
遮るものが無くなって遠慮なく雨が制服に染み込んでくる。
お風呂で水のシャワーを浴びるよりも寒くなるのは服が張り付くからかな。
水溜りにも水の針が降り注いで小さな波紋を作っている。
私の影が水溜りで溺れていて、その水面を軽く蹴った。
ゆらゆらと水面の影が揺れる。
服が、体が重い。とても冷たい。傘を閉じたのに雨の音が五月蝿い。
でも、雨音よりも五月蝿いのは心の軋む音。
苦しくて、軋まないで欲しいと思っているけどどうしようも出来ない。
お姉ちゃんが好きだから軋んでいる心を治すためなら、想いを捨てないといけない。
それは無理だと分かっているから。
簡単に想いを捨てれるのなら、この雨で想いを流してしまえるはず。
でも出来ない。こんなに雨にうたれても、想いが止まらない。
全身ずぶ濡れになり、もう傘をさしても意味はないと分かっていたからそのまま家へ歩き出した。















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  • ゆたか・・・泣けてきた -- 名無しさん (2008-04-29 15:02:54)

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