11月のカレンダーにぽっかり空いた三連休、その初日の夜。
頬に涼しい秋の夜風が、カーテン越しに部屋に入り込んでくる。
机に置いたライトは明るく、お気に入りのクラシックと文庫のページをめくる音だけが部屋に
響いていて、読書の秋を演出してくれてはいたものの、みゆきの気分は晴れなかった。
頬に涼しい秋の夜風が、カーテン越しに部屋に入り込んでくる。
机に置いたライトは明るく、お気に入りのクラシックと文庫のページをめくる音だけが部屋に
響いていて、読書の秋を演出してくれてはいたものの、みゆきの気分は晴れなかった。
「はあ……」
何度も読んだくらい面白い本ではあったのだけれど、どうしても集中できなくて、
肩を落として本棚に戻した。
なんだか味気ない気がしてCDプレーヤーの電源を切ると、部屋に静寂が落ちた。
風が冷たくなってきた。窓とカーテンを閉めて、タンスからカーディガンを取り出す。
暖かいそれを羽織っても、そのまま何かをする気も起こらず、ひんやりする机に
突っ伏して、耳と頬をぴったりとくっつけた。
肩を落として本棚に戻した。
なんだか味気ない気がしてCDプレーヤーの電源を切ると、部屋に静寂が落ちた。
風が冷たくなってきた。窓とカーテンを閉めて、タンスからカーディガンを取り出す。
暖かいそれを羽織っても、そのまま何かをする気も起こらず、ひんやりする机に
突っ伏して、耳と頬をぴったりとくっつけた。
「つかささん……」
ほんとうなら、この部屋にいたはずの人の名前を呼ぶ。
今日は家族が皆出払っていて、ひさしぶりに二人でゆっくり過ごせると思ったのに、
あいにくつかさが風邪をこじらせてしまったのだった。
最近は寒い日が続いていたし、悪い風邪も流行しているという。
何日も前から約束していたおでかけの計画がだめになってしまったのは残念だったけれど、
からだを壊したときはゆっくりしているのが一番だっていうのはもちろん知っているし、理解もしている。
でも、だけど……。
家を留守にもできず、今日は朝からひとり。
時計の針が動く音しか聞こえない部屋に、自分がたったひとりしかいない事実をあらためて
突きつけられた気がした。机に顔を置いたまま目線だけを動かすと、白のハンガーに
マフラーがかけてあった。もう寒い時期だからと、つかさがくれた手縫いのものだった。
次につかさとでかけるときにつけようと決めていて、まだ一度も使っていない。
暖かそうなそれに手を伸ばそうとするが、一度決めたことは守りたかったし、つけてしまったら
ますます寂しくなってしまいそうで、すぐにやめてしまった。
今日は家族が皆出払っていて、ひさしぶりに二人でゆっくり過ごせると思ったのに、
あいにくつかさが風邪をこじらせてしまったのだった。
最近は寒い日が続いていたし、悪い風邪も流行しているという。
何日も前から約束していたおでかけの計画がだめになってしまったのは残念だったけれど、
からだを壊したときはゆっくりしているのが一番だっていうのはもちろん知っているし、理解もしている。
でも、だけど……。
家を留守にもできず、今日は朝からひとり。
時計の針が動く音しか聞こえない部屋に、自分がたったひとりしかいない事実をあらためて
突きつけられた気がした。机に顔を置いたまま目線だけを動かすと、白のハンガーに
マフラーがかけてあった。もう寒い時期だからと、つかさがくれた手縫いのものだった。
次につかさとでかけるときにつけようと決めていて、まだ一度も使っていない。
暖かそうなそれに手を伸ばそうとするが、一度決めたことは守りたかったし、つけてしまったら
ますます寂しくなってしまいそうで、すぐにやめてしまった。
カーディガンが暖かかいはずなのに、なんだか体で感じるより部屋の空気が冷たい。
……さびしい。
つかさの声が聞きたい。
机に置きっぱなしになっていた携帯電話を取った。
昼間、かがみから高い熱が出ていると聞いていたけれど、もしかしたらもう下がっているんじゃないか。
まだ安静にしてなきゃだめだろうけれど、少し話をするくらい、いいんじゃないか。
そうでなくても、メールくらい……。
……さびしい。
つかさの声が聞きたい。
机に置きっぱなしになっていた携帯電話を取った。
昼間、かがみから高い熱が出ていると聞いていたけれど、もしかしたらもう下がっているんじゃないか。
まだ安静にしてなきゃだめだろうけれど、少し話をするくらい、いいんじゃないか。
そうでなくても、メールくらい……。
「……だめですよね」
自分に言い聞かせるようにつぶやいて、ゆっくり携帯電話を閉じる。
まだ熱が下がっていないかもしれないし、もう寝ているかもしれない。
きっとつかさは笑顔でこたえてくれるだろうけれど、自分のせいでますます体調を悪くさせてしまったら。
そう思うと、いま自分に出来ることはなにもないのだと、みゆきは小さくため息をついた。
席を立って加湿器の電源を入れた。中の水がこぽこぽいう音が聞こえて、静かな部屋の中が少しだけ華やいだ。
倒れるようにベッドに横になり、天井の電灯を見詰める。
頭をかすめるのは、つかさの花のような笑顔。
それに、お菓子屋さん。本屋さん。花屋さん。喫茶店。公園。
今日のおでかけで、行くはずだった場所。いろいろなところを歩いてまわって、公園でお弁当をつついて、
そのあとはこの部屋でゆっくりおしゃべりをして、隣同士に布団を敷いて眠る――。
きっと楽しかったはずのそれに、思いを馳せる。同時に、こうも思う。
はやく、元気になってほしい。また、笑いかけてほしい。
明日は、お見舞いに行きましょう。
家族が帰ってきたら、すぐに。
彼女に会いたいのはもちろんだけれど、辛そうであったなら、枕元で手を握っていてあげたい。
いつだったか、彼女がそうしてくれたみたいに。あのときの彼女の手の温かさを、まだはっきりと覚えている。
左手に残った記憶は、きっとずっと色あせないまま、自分に残るのだと、みゆきはそう思った。
まだ熱が下がっていないかもしれないし、もう寝ているかもしれない。
きっとつかさは笑顔でこたえてくれるだろうけれど、自分のせいでますます体調を悪くさせてしまったら。
そう思うと、いま自分に出来ることはなにもないのだと、みゆきは小さくため息をついた。
席を立って加湿器の電源を入れた。中の水がこぽこぽいう音が聞こえて、静かな部屋の中が少しだけ華やいだ。
倒れるようにベッドに横になり、天井の電灯を見詰める。
頭をかすめるのは、つかさの花のような笑顔。
それに、お菓子屋さん。本屋さん。花屋さん。喫茶店。公園。
今日のおでかけで、行くはずだった場所。いろいろなところを歩いてまわって、公園でお弁当をつついて、
そのあとはこの部屋でゆっくりおしゃべりをして、隣同士に布団を敷いて眠る――。
きっと楽しかったはずのそれに、思いを馳せる。同時に、こうも思う。
はやく、元気になってほしい。また、笑いかけてほしい。
明日は、お見舞いに行きましょう。
家族が帰ってきたら、すぐに。
彼女に会いたいのはもちろんだけれど、辛そうであったなら、枕元で手を握っていてあげたい。
いつだったか、彼女がそうしてくれたみたいに。あのときの彼女の手の温かさを、まだはっきりと覚えている。
左手に残った記憶は、きっとずっと色あせないまま、自分に残るのだと、みゆきはそう思った。
「あ」
ふと横目で本棚を見ると、懐かしい、すすぼけた一冊の本を見つけた。
すぐさま起き上がって手に取る。きれいな折り紙の折り方……。
幼稚園生だったか、それとも小学生だったか。小さいころに、母にねだって買ってもらった本。
最初のページをめくった。こども向けらしい、薄くてひらがなばかりの本だったけれど、それは確かに、
一枚の色紙をきれいなかたちに折れるように書かれていた。
すぐさま起き上がって手に取る。きれいな折り紙の折り方……。
幼稚園生だったか、それとも小学生だったか。小さいころに、母にねだって買ってもらった本。
最初のページをめくった。こども向けらしい、薄くてひらがなばかりの本だったけれど、それは確かに、
一枚の色紙をきれいなかたちに折れるように書かれていた。
「……」
机の横の、むかしのものを入れてある、小さい棚を開ける。確かまだ、あったはず。
何段もあるそれを順繰りに開けてじっくり探すと、ようやく見つかった。
棚の一番下の段の、昔つけていた日記の下に、まだ開けていない折り紙の袋が一つだけ入っていた。
赤、オレンジ、緑、それに黒と白。とりどりの色が入れられた、なつかしい折り紙。
千羽は無理だけれど、せめてこれくらいなら。
また机に向かって、薄いセロハンの袋を開けた。最初の一枚を手に取った。
ひらがなで書かれた指南のとおりに、ゆっくり、ていねいに、折っていく。
時間をかけてできた折鶴はきれいなかたちを成していて、今まで作ったなかで一番出来がいいように思えた。
何段もあるそれを順繰りに開けてじっくり探すと、ようやく見つかった。
棚の一番下の段の、昔つけていた日記の下に、まだ開けていない折り紙の袋が一つだけ入っていた。
赤、オレンジ、緑、それに黒と白。とりどりの色が入れられた、なつかしい折り紙。
千羽は無理だけれど、せめてこれくらいなら。
また机に向かって、薄いセロハンの袋を開けた。最初の一枚を手に取った。
ひらがなで書かれた指南のとおりに、ゆっくり、ていねいに、折っていく。
時間をかけてできた折鶴はきれいなかたちを成していて、今まで作ったなかで一番出来がいいように思えた。
「うん」
満足げに頷いて、みゆきは次の一枚を手に取った。
明日は、これを持って行きましょう。
ここにあるだけつくって、糸でつるして。たぶん、十数枚しかないだろうけれど。
千羽には程遠い、十羽鶴なんていうものにしかならないだろうけれど。
彼女がくれた数え切れないものに比べたら、本当に小さい小さいものだと思うけれど。
それでも自然と、折る手に力がこもった。
明日は、これを持って行きましょう。
ここにあるだけつくって、糸でつるして。たぶん、十数枚しかないだろうけれど。
千羽には程遠い、十羽鶴なんていうものにしかならないだろうけれど。
彼女がくれた数え切れないものに比べたら、本当に小さい小さいものだと思うけれど。
それでも自然と、折る手に力がこもった。
あのひとは喜んでくれるだろうか。ほんの少しでも、元気になってくれるだろうか。
彼女が微笑んでくれることを願って、みゆきはゆっくりゆっくり、折り紙を折っていく。
閉めた窓の外で、小さくこおろぎの声が響き始めた。
夜の帳が落ちた街で、ころころという軽やかな音が、いつまでも聞こえていた。
彼女が微笑んでくれることを願って、みゆきはゆっくりゆっくり、折り紙を折っていく。
閉めた窓の外で、小さくこおろぎの声が響き始めた。
夜の帳が落ちた街で、ころころという軽やかな音が、いつまでも聞こえていた。
コメントフォーム
- 乙女なみゆきさんもいいなぁ…GJです。 -- 名無しさん (2008-08-26 09:00:27)