――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
§2
「でゅわっ!!」
ウルトラマンのような掛け声と共に投げられたハンドボールが、ぐんぐんと空を
切り裂いて飛んでいく。
ウルトラマンのような掛け声と共に投げられたハンドボールが、ぐんぐんと空を
切り裂いて飛んでいく。
「三十八メートル二十五センチー!」
記録係の体育委員が叫ぶと、周囲からわっと歓声が上がった。
「うお! 日下部すごいな。三十八メートルって、ハンド部の男子並じゃない?」
私がそう云うと、日下部は胡桃色の瞳を輝かせて、得意そうに云った。
「ふふん、まっ、エースで四番の実力っちゃこんなもんよー」
「あー、そうだよね。関東大会の準々決勝までいったんだっけ。……あのときは、
見に行けなくて悪かったわね」
「お、柊がんな殊勝なこと云うなんて、明日は雨かー?……まあ、あんときゃ相手が
優勝候補だったかんね。誰もウチが勝つなんて思ってなかったしな。…あやの以外はさ」
そう云って日下部が傍らの峰岸に微笑むと、彼女も同じように優しい笑みを返した。
――ああ、私が知らないなにかがあったんだな。
小学校から一緒だったこの二人の間には、私なんかが伺いしれないほどの深い絆がある
のだろう。
「日下部さん、すごいねー! 私なんて十メートルもいかなかったよ!」
そんなことを考えていたら、クラスの女の子が声をかけてきた。
私たちみたいに同じ中学出身なのだろうか、相手も三人のグループになっているようだった。
「へへ、あんがとな。私ずっとスポーツやってきててさ、中学のときは野球部だったんだぜ」
日下部は照れ笑いを浮かべながら、嬉しそうに返事をする。
それを切っ掛けに、私たちはみんなでお互いの記録を述べ合った。
「うお! 日下部すごいな。三十八メートルって、ハンド部の男子並じゃない?」
私がそう云うと、日下部は胡桃色の瞳を輝かせて、得意そうに云った。
「ふふん、まっ、エースで四番の実力っちゃこんなもんよー」
「あー、そうだよね。関東大会の準々決勝までいったんだっけ。……あのときは、
見に行けなくて悪かったわね」
「お、柊がんな殊勝なこと云うなんて、明日は雨かー?……まあ、あんときゃ相手が
優勝候補だったかんね。誰もウチが勝つなんて思ってなかったしな。…あやの以外はさ」
そう云って日下部が傍らの峰岸に微笑むと、彼女も同じように優しい笑みを返した。
――ああ、私が知らないなにかがあったんだな。
小学校から一緒だったこの二人の間には、私なんかが伺いしれないほどの深い絆がある
のだろう。
「日下部さん、すごいねー! 私なんて十メートルもいかなかったよ!」
そんなことを考えていたら、クラスの女の子が声をかけてきた。
私たちみたいに同じ中学出身なのだろうか、相手も三人のグループになっているようだった。
「へへ、あんがとな。私ずっとスポーツやってきててさ、中学のときは野球部だったんだぜ」
日下部は照れ笑いを浮かべながら、嬉しそうに返事をする。
それを切っ掛けに、私たちはみんなでお互いの記録を述べ合った。
よかった、上手く溶けこんでいけそう。
入学式から一週間が経ち、クラスメイトの顔もやっと覚えてきたころだった。
その日は体力測定があって、私たちはジャージに着替えて校庭に集まっていた。
一学年を三グループにわけ、それでも五クラス分の生徒でごった返す校庭の片隅で、
私たち鷹宮中出身の三人は、来るべき楽しい三年間を胸に描いていた。
その日は体力測定があって、私たちはジャージに着替えて校庭に集まっていた。
一学年を三グループにわけ、それでも五クラス分の生徒でごった返す校庭の片隅で、
私たち鷹宮中出身の三人は、来るべき楽しい三年間を胸に描いていた。
けれどそのあと起こった出来事は、私が思い描いていたごく普通の生活を、全て塗り替えて
しまうことになった。
そうして、夢想だにしなかったほどの素敵な高校生活を私にもたらしてくれたのだ。
しまうことになった。
そうして、夢想だにしなかったほどの素敵な高校生活を私にもたらしてくれたのだ。
「三十メートル八センチー!」
記録係が声を上げると、周囲が少しざわついた。
さきほどからの記録をみているかぎり、日下部の三十八メートルは別格として、二十メートル
を越えたものなど殆どないようだった。
そんななか、三十メートルを越える投擲はそれだけて注目を浴びてしかるべきものだった
けれど、そのざわめきの原因は飛距離だけにあるものではなかった。
その数字を出したのが、まるで小学生みたいにちんまりした女の子だったからだ。
「わわわ! こなちゃんすごーい! わたしなんて投げたボールが後ろに飛んじゃって、
マイナス3メートルだったよぉ~」
そしてみんなの注目を浴びる中、その少女に話しかけたのは、我が愛する妹だった。
くだんの少女は、そんなつかさにVサインをして笑いかえしていた。
コバルトブルーの髪。猫みたいな口。
細く閉じた目も、なんだか満足した猫のようで。
「あ、あのちびっこ、ちびっこの癖にすっげーな。あんな奴もいんだなぁ」
日下部が眼を丸くしてみつめている。
「ほんとにね。……あら? あの子って、柊ちゃんの妹ちゃんじゃない?」
峰岸がつかさの方を指さして、私に問いかける。
「そ、そうね」
私はそれに答えながら、信じられない思いで二人の方をみつめていた。
あの引っ込み思案で私がいないとなにもできなかったつかさが、一人で友達を作れたなんて。
しかもあんなに仲がよさそうに。
「あ、ちょっといってくるね」
D組のみんなに声をかけて、私はつかさのほうに向かっていった。
さきほどからの記録をみているかぎり、日下部の三十八メートルは別格として、二十メートル
を越えたものなど殆どないようだった。
そんななか、三十メートルを越える投擲はそれだけて注目を浴びてしかるべきものだった
けれど、そのざわめきの原因は飛距離だけにあるものではなかった。
その数字を出したのが、まるで小学生みたいにちんまりした女の子だったからだ。
「わわわ! こなちゃんすごーい! わたしなんて投げたボールが後ろに飛んじゃって、
マイナス3メートルだったよぉ~」
そしてみんなの注目を浴びる中、その少女に話しかけたのは、我が愛する妹だった。
くだんの少女は、そんなつかさにVサインをして笑いかえしていた。
コバルトブルーの髪。猫みたいな口。
細く閉じた目も、なんだか満足した猫のようで。
「あ、あのちびっこ、ちびっこの癖にすっげーな。あんな奴もいんだなぁ」
日下部が眼を丸くしてみつめている。
「ほんとにね。……あら? あの子って、柊ちゃんの妹ちゃんじゃない?」
峰岸がつかさの方を指さして、私に問いかける。
「そ、そうね」
私はそれに答えながら、信じられない思いで二人の方をみつめていた。
あの引っ込み思案で私がいないとなにもできなかったつかさが、一人で友達を作れたなんて。
しかもあんなに仲がよさそうに。
「あ、ちょっといってくるね」
D組のみんなに声をかけて、私はつかさのほうに向かっていった。
「あ、お姉ちゃーーん!」
二人は楽しそうにお互いの身体をつつきあっていたが、つかさは私に気づくと、こちらを
向いて手を振ってくれた。
「やっほー、つかさ」
私がそう云うと、かたわらにいた少女もこちらに振り向いた。
大きく見開かれた眼の、その大きさにどきりとする。瞳は深い青竹色をしていて、思わず
惹きこまれそうになった。目尻の泣きぼくろからは、なんとなく薄倖そうな印象を受ける。
私が軽く会釈をすると、少女も会釈を返してくれて、二人で物問いたげにつかさをみつめた。
つかさは素知らぬ顔でニコニコと笑っている。心から安心しきった満面の笑顔だった。
わかってる、そう、つかさはこういう子なんだ。
諦めて、直接その子に向けて問いかけた。
「えっと、つかさのお友達かな? 私はこの子、柊つかさの姉で、柊かがみです。よろしくね」
「あ、よろしくー。わたしは泉。泉こなた。えー? 同学年なのに姉妹なんだ。あ、双子なんだね!」
そういって、泉さん――こなたは笑いかけてくれた。
「ええ、双子なんですよー。って、あ、そっか、泉さんって、こないだつかさが“友達ができたー”
って喜んでた子かぁ」
「あ、そうそう、そうなんだよ。凄いでしょーこなちゃん」
「たしかにね、ハンドボール投げで三十メートルなんてねー。私なんて十五メートルくらい
だったのに。なにか部活でもやってたんですか?」
私がそう問いかけると、こなたはぶんぶんと頭を振って答えた。
「んーん。なにもやってないよ」
「え……そうなんだ勿体ない。あんなに凄いのに、なんでやらなかったんですか?」
私がそういうと、こなたは悪戯っぽい笑みを浮かべて云った。
その後の二年間で、何百回何千回とみることになる、あの笑みで。
「だって部活入っちゃうと、ネトゲにインできる時間が減っちゃうじゃん?」
「……はぁ?」
普段聞き慣れない、その“ネトゲニイン”という単語の意味を取りかねていたそのとき――
二人は楽しそうにお互いの身体をつつきあっていたが、つかさは私に気づくと、こちらを
向いて手を振ってくれた。
「やっほー、つかさ」
私がそう云うと、かたわらにいた少女もこちらに振り向いた。
大きく見開かれた眼の、その大きさにどきりとする。瞳は深い青竹色をしていて、思わず
惹きこまれそうになった。目尻の泣きぼくろからは、なんとなく薄倖そうな印象を受ける。
私が軽く会釈をすると、少女も会釈を返してくれて、二人で物問いたげにつかさをみつめた。
つかさは素知らぬ顔でニコニコと笑っている。心から安心しきった満面の笑顔だった。
わかってる、そう、つかさはこういう子なんだ。
諦めて、直接その子に向けて問いかけた。
「えっと、つかさのお友達かな? 私はこの子、柊つかさの姉で、柊かがみです。よろしくね」
「あ、よろしくー。わたしは泉。泉こなた。えー? 同学年なのに姉妹なんだ。あ、双子なんだね!」
そういって、泉さん――こなたは笑いかけてくれた。
「ええ、双子なんですよー。って、あ、そっか、泉さんって、こないだつかさが“友達ができたー”
って喜んでた子かぁ」
「あ、そうそう、そうなんだよ。凄いでしょーこなちゃん」
「たしかにね、ハンドボール投げで三十メートルなんてねー。私なんて十五メートルくらい
だったのに。なにか部活でもやってたんですか?」
私がそう問いかけると、こなたはぶんぶんと頭を振って答えた。
「んーん。なにもやってないよ」
「え……そうなんだ勿体ない。あんなに凄いのに、なんでやらなかったんですか?」
私がそういうと、こなたは悪戯っぽい笑みを浮かべて云った。
その後の二年間で、何百回何千回とみることになる、あの笑みで。
「だって部活入っちゃうと、ネトゲにインできる時間が減っちゃうじゃん?」
「……はぁ?」
普段聞き慣れない、その“ネトゲニイン”という単語の意味を取りかねていたそのとき――
「三十二メートル五十六センチー!」
という声とともに周囲から歓声があがった。
思わずふりむくと、桜色の髪をした眼鏡の子が、照れて恥ずかしそうにしながら、
投擲場所から引っこんでいくのが見えた。
「あれ、あんたんとこの学級委員長の高良さんじゃないの。うわぁ、あの人運動も凄いのね。
かなわないなぁ」
「ほえー、凄いねぇ~。スタイルもいいし、あこがれちゃうね~」
と、二人で感心しながら見ていたそのとき、高良さん――みゆきはなぜかなにもない
ところで一人、盛大に転んでしまった。
大丈夫かな、と心配している私の横で、なにやらぶつぶつと呟く声が聞こえてくる。
「ほほう……これはなんとハイスペックよのぉ。巨乳眼鏡っ子でありながらスポーツ万能
おっとり天然ボケ、さらにどじっこ属性まで……。うむ、これは正に歩く萌え要素だー!
ばんざーい!」
そう云って、こなたはガッツポーズをした。
思わずふりむくと、桜色の髪をした眼鏡の子が、照れて恥ずかしそうにしながら、
投擲場所から引っこんでいくのが見えた。
「あれ、あんたんとこの学級委員長の高良さんじゃないの。うわぁ、あの人運動も凄いのね。
かなわないなぁ」
「ほえー、凄いねぇ~。スタイルもいいし、あこがれちゃうね~」
と、二人で感心しながら見ていたそのとき、高良さん――みゆきはなぜかなにもない
ところで一人、盛大に転んでしまった。
大丈夫かな、と心配している私の横で、なにやらぶつぶつと呟く声が聞こえてくる。
「ほほう……これはなんとハイスペックよのぉ。巨乳眼鏡っ子でありながらスポーツ万能
おっとり天然ボケ、さらにどじっこ属性まで……。うむ、これは正に歩く萌え要素だー!
ばんざーい!」
そう云って、こなたはガッツポーズをした。
――変な子だ。この子は絶対変な子だ。
それが、こなたに対する私の第一印象だった。
もっとも、その評価は今でもさほど変わっていないのだけれど。
もっとも、その評価は今でもさほど変わっていないのだけれど。
けれどこなたがただ変なだけの子ではないということは、すぐにわかった。
それも、その日のうちに。
§3
「ふぃ~、今日は疲れたね、お姉ちゃん」
私のベッドにボフンと突っ伏して、つかさは云った。
立ち幅跳び、五十メートル走、反復横跳び、千メートル走と体力テストをこなしていき、
疲れきった私たちは今自宅でくつろいでいた。
全学年分の兼ね合いもあるので今日は通常授業はなく、すぐに帰れたことだけは嬉しかった
けれど。
「ちょっとー、休むなら自分の部屋で休みなさいよね」
そう云って、ベッドを奪い返そうと、私もつかさの隣に飛びこんだ。
「えへへ~、だってお姉ちゃんのベッドのほうが、なんか暖かい気がするんだもん」
少し頬を染めながらつかさは云う。
布団はどちらも同じものだったから、暖かさに違いがあるはずもないのだが、そう云われると
なんだか嬉しかった。
「え~い、もう、でていかないなら、こうだー。くすぐり攻撃~」
「あ、あはははは、やめて、お姉ちゃんやめて、そこだめー!」
防御しようとする手をはねのけて、脇腹を徹底的に攻撃する。
ベッドの上、双子同士の無邪気な遊技。
ケタケタと笑うつかさを、私は散々弄んだ。
つかさがどこをくすぐったがるかなんて、自分のことのようにわかる。
けれど触れた肌の感触は、いつのまにか自分自身の物とは少し違っていた。
指の形、足のサイズ、身長、体重、胸の大きさ。
昔はそんなものも寸分違わぬそっくりな姉妹だったけれど、気がついたら少しずつ変わって
きていた。
少しずつ、少しずつ、私たちは大人になっていく。
今年だって、つかさはいつのまにかちゃんと自分の友達を作っていた。
こんな風な遊びも、いつまでできることだろう。
それでも私たちは、生涯ずっと一緒に生きていくのだと思っていた。たとえお互い結婚し、
離ればなれになったとしても。
私たちは、血を分けた大事な半身同士なのだから。
私のベッドにボフンと突っ伏して、つかさは云った。
立ち幅跳び、五十メートル走、反復横跳び、千メートル走と体力テストをこなしていき、
疲れきった私たちは今自宅でくつろいでいた。
全学年分の兼ね合いもあるので今日は通常授業はなく、すぐに帰れたことだけは嬉しかった
けれど。
「ちょっとー、休むなら自分の部屋で休みなさいよね」
そう云って、ベッドを奪い返そうと、私もつかさの隣に飛びこんだ。
「えへへ~、だってお姉ちゃんのベッドのほうが、なんか暖かい気がするんだもん」
少し頬を染めながらつかさは云う。
布団はどちらも同じものだったから、暖かさに違いがあるはずもないのだが、そう云われると
なんだか嬉しかった。
「え~い、もう、でていかないなら、こうだー。くすぐり攻撃~」
「あ、あはははは、やめて、お姉ちゃんやめて、そこだめー!」
防御しようとする手をはねのけて、脇腹を徹底的に攻撃する。
ベッドの上、双子同士の無邪気な遊技。
ケタケタと笑うつかさを、私は散々弄んだ。
つかさがどこをくすぐったがるかなんて、自分のことのようにわかる。
けれど触れた肌の感触は、いつのまにか自分自身の物とは少し違っていた。
指の形、足のサイズ、身長、体重、胸の大きさ。
昔はそんなものも寸分違わぬそっくりな姉妹だったけれど、気がついたら少しずつ変わって
きていた。
少しずつ、少しずつ、私たちは大人になっていく。
今年だって、つかさはいつのまにかちゃんと自分の友達を作っていた。
こんな風な遊びも、いつまでできることだろう。
それでも私たちは、生涯ずっと一緒に生きていくのだと思っていた。たとえお互い結婚し、
離ればなれになったとしても。
私たちは、血を分けた大事な半身同士なのだから。
「よ、余計疲れちゃったよ~…」
目尻の涙を拭いながら、つかさはとぼとぼと自分の部屋に向かう。その後ろ姿にニヒヒと
笑いかけてから、私は明日の授業の準備を始めた。
真新しい教科書は、新刊本のインクの匂いがする。
この機会にと大学ノートから買い換えた、ルーズリーフのリングに紙を補充していく。
と、ついさっきでていったばかりのつかさが、息せき切って部屋に入ってきた。
「あら、どうしたの?」
そう訊ねる私に、つかさは目を輝かせて云った。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、ね、桜見にいこうよ!」
目尻の涙を拭いながら、つかさはとぼとぼと自分の部屋に向かう。その後ろ姿にニヒヒと
笑いかけてから、私は明日の授業の準備を始めた。
真新しい教科書は、新刊本のインクの匂いがする。
この機会にと大学ノートから買い換えた、ルーズリーフのリングに紙を補充していく。
と、ついさっきでていったばかりのつかさが、息せき切って部屋に入ってきた。
「あら、どうしたの?」
そう訊ねる私に、つかさは目を輝かせて云った。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、ね、桜見にいこうよ!」
「あんたも、疲れてたんじゃなかったのかー?」
「えへへ、そうだったんだけどね。窓から見えた桜が満開だったから、なんだかどうしても
見たくなっちゃって……」
私たちは権現道堤を歩いていた。満開ではあったけれど、平日の昼間ともなれば、さすがに
まだ人通りは少ない。
仲むつまじい老夫婦や、自由業めいた人、買い物帰りの主婦などがふらりと立ち寄る程度だった。
つかさはいつもみたいに半歩後ろにさがって、私についてくる。
ニコニコと、心から楽しそうに笑いながら桜を見上げていた。
ひとひらふたひらと悪戯な桜の花びらが舞い落ちてきて、つかさの頭に桜色の冠を被せる。
「ね、手、繋ごっか?」
つかさを見ているうち、なんとなくそんな気持ちになった。
「え? いいのー? わーい」
つかさは私が差しだした手を嬉しそうに握って、前後にゆらゆらと振り出した。
「お姉ちゃんと手を繋ぐのも、ひさしぶりだねー」
「だよねー。小学校の頃なんて、ずっと手繋いだまま登校してたもんなー」
「そうそう、覚えてる? あのときなんてさ――」
桜に負けじと昔話に花を咲かせながら、私たちは歩いていた。
なにもかも見上げながら過ごしていた小学生のころのこと。
いっぱしの大人きどりで、斜に構えて世間を見ていた中学生のころのこと。
ときに幼稚園のころに話が飛べば、どちらかが覚えていないできごともあって、互いに
首をひねったりもした。
「えへへ、そうだったんだけどね。窓から見えた桜が満開だったから、なんだかどうしても
見たくなっちゃって……」
私たちは権現道堤を歩いていた。満開ではあったけれど、平日の昼間ともなれば、さすがに
まだ人通りは少ない。
仲むつまじい老夫婦や、自由業めいた人、買い物帰りの主婦などがふらりと立ち寄る程度だった。
つかさはいつもみたいに半歩後ろにさがって、私についてくる。
ニコニコと、心から楽しそうに笑いながら桜を見上げていた。
ひとひらふたひらと悪戯な桜の花びらが舞い落ちてきて、つかさの頭に桜色の冠を被せる。
「ね、手、繋ごっか?」
つかさを見ているうち、なんとなくそんな気持ちになった。
「え? いいのー? わーい」
つかさは私が差しだした手を嬉しそうに握って、前後にゆらゆらと振り出した。
「お姉ちゃんと手を繋ぐのも、ひさしぶりだねー」
「だよねー。小学校の頃なんて、ずっと手繋いだまま登校してたもんなー」
「そうそう、覚えてる? あのときなんてさ――」
桜に負けじと昔話に花を咲かせながら、私たちは歩いていた。
なにもかも見上げながら過ごしていた小学生のころのこと。
いっぱしの大人きどりで、斜に構えて世間を見ていた中学生のころのこと。
ときに幼稚園のころに話が飛べば、どちらかが覚えていないできごともあって、互いに
首をひねったりもした。
ふと会話がとぎれたとき、周りに人通りが全くないことに気づいた。
満開の桜に閉ざされて、世界はどこもかしこも桜色をしていた。もの悲しいほどに非現実的な
その光景は、まさに異境の風景に思えた。
その光景は、まさに異境の風景に思えた。
そんな異境に閉じこめられて、私たちは二人悄然と立ちつくしていた。
人がいなくなるだけで、桜がこんなにも恐ろしく映るなんて思わなかった。
人がいなくなるだけで、桜がこんなにも恐ろしく映るなんて思わなかった。
いや、私たちだけじゃない。視線の先に一人、女の子がいた。
コバルトブルーの髪をした小さな女の子。
桜の世界にただ一つあるその青色は、異様な対比をもって深い幻想性を醸しだしていた。
そのときの私には、その子がこの桜の魔境を支配する仙女か鬼神のように見えた。
それは、そのとき読んでいた『十二国記』の影響だったのかもしれないけれど。
そのときの私には、その子がこの桜の魔境を支配する仙女か鬼神のように見えた。
それは、そのとき読んでいた『十二国記』の影響だったのかもしれないけれど。
「……こなちゃん?」
つかさが呟くと、その声が聞こえたのか、その子はゆっくりと振り向いた。
つかさが呟くと、その声が聞こえたのか、その子はゆっくりと振り向いた。
――なんて寂しそうな眼をしているのだろう。
昼間会ったときにも、その眼の強さにはっとしたものだったけれど、今彼女の瞳にきらめく
感情は、あのときともまた違っていて、まるで迷子になった幼子のような寂しさを湛えて
揺らめいていた。
感情は、あのときともまた違っていて、まるで迷子になった幼子のような寂しさを湛えて
揺らめいていた。
「あ、おー、柊さんだー!」
けれどその表情も一瞬で消し飛んでしまった。
こなたは、すぐにあのときのだらけた猫のような表情に戻ると、手を振りながら駆けつけてきた。
けれどその表情も一瞬で消し飛んでしまった。
こなたは、すぐにあのときのだらけた猫のような表情に戻ると、手を振りながら駆けつけてきた。
「えー、どうしたのこんなところで? すっごい奇遇だねー」
「ねー、ビックリしちゃったよ、こなちゃん家、この近くなの?」
「うん、倖手駅の近くー。だからここは毎年よくくるんだ」
「わ、わたしたち鷹宮町だよ~。すぐそこだね~」
「おおー、それは凄いね。もしかしたら今まですれ違ったことあったかもね?」
「そうかもー。これってもしかしたら運命なのかもって思っちゃうな~。陵桜って、
東京からくる人も多いのに、たまたまお友達になった子がご近所さんだったなんて」
「んふー。柊さんって、ロマンティストだねぇ~。それにしてもさ――」
会話に混ざる継ぎ目をみつけられず、二人が仲良く話しているのを聞いていた私のほうを見て、
こなたは云った。
「お二人さん、ホント仲良し姉妹なんだね。これはなんという双子萌えだー!」
その意地悪そうな笑みになにかよからぬ感情を感じて、私は思わず繋いでいた手を離して
しまった。
「も、萌え、って、ちょ、そんなんじゃないわよ」
「むふー、照れるところがますます怪しい。いまだに二人でお風呂入ったり、一緒のベッドで
寝たりしてるんでしょー?」
たしかに今でもたまに一緒に寝たりする。
先月くらいにも二人でお風呂に入ったことがあった。
そんな、自分でも恥ずかしいと思うことを指摘されたのと、つかさとの関係をなんだか
汚れた目で見られている気がして、つい頭と顔に血がのぼって叫んでしまった。
「ねー、ビックリしちゃったよ、こなちゃん家、この近くなの?」
「うん、倖手駅の近くー。だからここは毎年よくくるんだ」
「わ、わたしたち鷹宮町だよ~。すぐそこだね~」
「おおー、それは凄いね。もしかしたら今まですれ違ったことあったかもね?」
「そうかもー。これってもしかしたら運命なのかもって思っちゃうな~。陵桜って、
東京からくる人も多いのに、たまたまお友達になった子がご近所さんだったなんて」
「んふー。柊さんって、ロマンティストだねぇ~。それにしてもさ――」
会話に混ざる継ぎ目をみつけられず、二人が仲良く話しているのを聞いていた私のほうを見て、
こなたは云った。
「お二人さん、ホント仲良し姉妹なんだね。これはなんという双子萌えだー!」
その意地悪そうな笑みになにかよからぬ感情を感じて、私は思わず繋いでいた手を離して
しまった。
「も、萌え、って、ちょ、そんなんじゃないわよ」
「むふー、照れるところがますます怪しい。いまだに二人でお風呂入ったり、一緒のベッドで
寝たりしてるんでしょー?」
たしかに今でもたまに一緒に寝たりする。
先月くらいにも二人でお風呂に入ったことがあった。
そんな、自分でも恥ずかしいと思うことを指摘されたのと、つかさとの関係をなんだか
汚れた目で見られている気がして、つい頭と顔に血がのぼって叫んでしまった。
「ん、んなわけあるかー!!!」
そう怒鳴ってから、自分がしたことに気づき、慌てて口元を押さえる。
「お、お姉ちゃん…?」
つかさが心配そうな顔をして私をみつめている。
眼前のこなたを見ると、うつむいたままじっと立ちつくしていた。
「お、お姉ちゃん…?」
つかさが心配そうな顔をして私をみつめている。
眼前のこなたを見ると、うつむいたままじっと立ちつくしていた。
――ああ、やってしまった。
昔から私はこうなんだ。
気にしていること、恥ずかしいと思っていることを指摘されると、途端にどうしていいか
わからなくなって、言い淀んだり、脊髄反射で否定したり、怒鳴ったりしてしまう。
直そう、気をつけようと理性では思っていても、そもそもその理性が飛ぶことが問題なので
あって、どうにもこうにも直るものではなかった。
頭にのぼった血の気が引いていく。
穴があったら入りたいとはこのことだ。もし五分前に時間を戻せる方法があるなら、私は
全てをなげうってでもそれに飛びついていただろう。
よりによって、つかさの友達に怒鳴ってしまったのだ。
それも、つかさが初めて自分一人で作った大切な友達に。
「あ、あの…ごめんね……」
うつむいて震えているこなたにそう声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
泣いているのかもしれない。
その表情を見るのが怖くって、目をそらしたくなるのを必死で押さえた。
気にしていること、恥ずかしいと思っていることを指摘されると、途端にどうしていいか
わからなくなって、言い淀んだり、脊髄反射で否定したり、怒鳴ったりしてしまう。
直そう、気をつけようと理性では思っていても、そもそもその理性が飛ぶことが問題なので
あって、どうにもこうにも直るものではなかった。
頭にのぼった血の気が引いていく。
穴があったら入りたいとはこのことだ。もし五分前に時間を戻せる方法があるなら、私は
全てをなげうってでもそれに飛びついていただろう。
よりによって、つかさの友達に怒鳴ってしまったのだ。
それも、つかさが初めて自分一人で作った大切な友達に。
「あ、あの…ごめんね……」
うつむいて震えているこなたにそう声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
泣いているのかもしれない。
その表情を見るのが怖くって、目をそらしたくなるのを必死で押さえた。
けれど顔を上げた彼女は、瞳を爛々と輝かせて、宝物を見つけた子どもみたいな表情を
していた。プルプルと震えるその身体は、感動にうちふるえているといった風情。
予想と余りにも違うその様子に驚いて、私は絶句する。
していた。プルプルと震えるその身体は、感動にうちふるえているといった風情。
予想と余りにも違うその様子に驚いて、私は絶句する。
「くぅぅー! こ、これはなんというツンデレ! 頬を染めて照れながら怒鳴る口調といい、
そのツインテールといい、完璧だー! わたしが欲しかったツンデレはこれなんやー!」
彼女はそんな私におかまいなしに、喜色満面の笑みを浮かべて云った。パタパタと頭の
横で手を振って、心底喜んでいる様子だった。
「ツ、ツンデレって、そんな、私……えぇ!?」
「あ、柊さん、もしかしてツンデレって言葉わかるの?」
「ま、まあね、なんとなく聞いたことはあるわね。あんまり詳しい意味は知らないけど……
っていうか、怒ってないの?」
「え、なんで?」
心底不思議だという風に、きょとんとした顔でこなたは訊ね返してくる。
「いや、だって、あんな風に急に怒鳴っちゃって……私…」
「えー? めちゃくちゃいいもの見せてもらってグッジョブだよ!」
そういって親指を突き出すこなたのことを、私は呆然とみつめていた。
「あ、そういえばさ、まだちゃんと云ってなかったよね。……えっと、これから三年間
よろしくね、柊――かがみさん」
こなたは、一転はにかんだような笑顔を浮かべてそう云った。
そのツインテールといい、完璧だー! わたしが欲しかったツンデレはこれなんやー!」
彼女はそんな私におかまいなしに、喜色満面の笑みを浮かべて云った。パタパタと頭の
横で手を振って、心底喜んでいる様子だった。
「ツ、ツンデレって、そんな、私……えぇ!?」
「あ、柊さん、もしかしてツンデレって言葉わかるの?」
「ま、まあね、なんとなく聞いたことはあるわね。あんまり詳しい意味は知らないけど……
っていうか、怒ってないの?」
「え、なんで?」
心底不思議だという風に、きょとんとした顔でこなたは訊ね返してくる。
「いや、だって、あんな風に急に怒鳴っちゃって……私…」
「えー? めちゃくちゃいいもの見せてもらってグッジョブだよ!」
そういって親指を突き出すこなたのことを、私は呆然とみつめていた。
「あ、そういえばさ、まだちゃんと云ってなかったよね。……えっと、これから三年間
よろしくね、柊――かがみさん」
こなたは、一転はにかんだような笑顔を浮かべてそう云った。
「うん…こちらこそよろしくね、泉さん」
私も、とまどいながらもなんとか笑みを浮かべて、そう答えることができた。
――変な子だ。この子はすっごい変な子だ。
ころころと変わる表情。
失礼なことを云っているのに不思議と憎めない、その明るさ。
他人に怒鳴られても喜んでしまう、その奇妙な性格。
ただ変というだけではなく、なぜか気になってしまう個性だった。――ユニーク。そう、
ユニークな人だ、そう思った。
ころころと変わる表情。
失礼なことを云っているのに不思議と憎めない、その明るさ。
他人に怒鳴られても喜んでしまう、その奇妙な性格。
ただ変というだけではなく、なぜか気になってしまう個性だった。――ユニーク。そう、
ユニークな人だ、そう思った。
そして、あの時の表情。
自分以外誰もいない世界で、一人涯のない桜の園に佇んでいたときの、まるで世界に
寄る辺なくたった一人残されたような、あの表情。
自分以外誰もいない世界で、一人涯のない桜の園に佇んでいたときの、まるで世界に
寄る辺なくたった一人残されたような、あの表情。
あの表情が、頭にこびりついて離れなかった。
思えばこの日以降、私の心の奥深い場所に、こなたはずっと住みついていたのだ。
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