――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
§4
さーっと桜吹雪が舞って、私の心はあのころの思い出から浮かびあがってくる。
三年生になった私の元へ、私は帰ってくる。
三年生になった私の元へ、私は帰ってくる。
そうだった、さっき桜を見て覚えた感情は、あのとき感じたおののきと同じものだった。
こんな、怖いくらいに荘厳な桜の世界にただ一人佇んでいた、こなたを見たときの感情と。
あいつは、あのときなにを見ていたのだろう。
それが知りたくて、私もこなたがしていたように天を振り仰いでみた。
艶やかな桜色が、暗い空を背景にどこまでも深く深く立ちこめていた。
覆い被さる雲のような桜が今にも頭上に崩れ落ちてきそうで、心がざわつく。
桜は私という境界を易々と侵犯し、人の意志などおかまいなしに、全てをその色に塗り
こめてしまうかのようだった。
こんな、怖いくらいに荘厳な桜の世界にただ一人佇んでいた、こなたを見たときの感情と。
あいつは、あのときなにを見ていたのだろう。
それが知りたくて、私もこなたがしていたように天を振り仰いでみた。
艶やかな桜色が、暗い空を背景にどこまでも深く深く立ちこめていた。
覆い被さる雲のような桜が今にも頭上に崩れ落ちてきそうで、心がざわつく。
桜は私という境界を易々と侵犯し、人の意志などおかまいなしに、全てをその色に塗り
こめてしまうかのようだった。
怖い。
それ以上見ていられなくて、すぐに目をそらしてしまった。寒さのせいか、身体が震えている。
とにかく誰か人と会いたい。そう思って、足早にその場を立ち去った。
今ここにつかさがいたら、どれだけ安心できることだろう。私にとってつかさがどれだけ
大事な存在だったかを、改めて思い知った。
出店の灯りを見つけたところで、やっと人心地がついた。けばけばしく安っぽい電飾が、
不思議なほど心に染み入ってくる。
こなたは、たった一人であの桜と向かい合っていたんだ。
あいつはなにを思って桜を見つめていたのだろう。人の身であんな美に立ち向かうには、
心のなかにも屍体が必要なのに。
とにかく誰か人と会いたい。そう思って、足早にその場を立ち去った。
今ここにつかさがいたら、どれだけ安心できることだろう。私にとってつかさがどれだけ
大事な存在だったかを、改めて思い知った。
出店の灯りを見つけたところで、やっと人心地がついた。けばけばしく安っぽい電飾が、
不思議なほど心に染み入ってくる。
こなたは、たった一人であの桜と向かい合っていたんだ。
あいつはなにを思って桜を見つめていたのだろう。人の身であんな美に立ち向かうには、
心のなかにも屍体が必要なのに。
――ああ、そうか。
そのときわかった、こなたがどうして平気だったのか。
あいつの心には、お母さん――かなたさんがいたんだ。
そのときわかった、こなたがどうして平気だったのか。
あいつの心には、お母さん――かなたさんがいたんだ。
基次郎のようにその根本に屍体を夢想するまでもない。
あらかじめ母の死という代償を払っているこなたには、桜の美しさなどなにほどのもの
でもなかったのだろう。
全くお母さんの記憶がないというこなたの言葉や、そうじろうさんの言の端から、かなたさんが
産褥に倒れたのだということは予想がつく。
自分が母の命を奪って産まれてきたことを知ったとき、こなたはなにを思っただろう。
一番会いたい人に会えないことが、自らの咎によると知ったとき、こなたは誰を責めただろう。
それを思うと、みんなとクラスが別れただけで落ちこんでいる自分が、急に恥ずかしく思えた
のだった。
あらかじめ母の死という代償を払っているこなたには、桜の美しさなどなにほどのもの
でもなかったのだろう。
全くお母さんの記憶がないというこなたの言葉や、そうじろうさんの言の端から、かなたさんが
産褥に倒れたのだということは予想がつく。
自分が母の命を奪って産まれてきたことを知ったとき、こなたはなにを思っただろう。
一番会いたい人に会えないことが、自らの咎によると知ったとき、こなたは誰を責めただろう。
それを思うと、みんなとクラスが別れただけで落ちこんでいる自分が、急に恥ずかしく思えた
のだった。
――帰ろう。つかさが待ってる。
少なくともここにきたことで、気持ちを切り替えることはできた。その点で目的は達せられた
というものだ。
明日から、明日からはまたいつもの自分。
寝ぼけ眼のつかさをたたき起こして、駅でこなたを待って、教室でみゆきに挨拶をして。
昼休みになればまた胸を弾ませてB組にいって。日下部にからかわれたり、こなたに弄られて
顔を赤らめたりして。
そう、いつもの日常。去年までと同じ一年。
というものだ。
明日から、明日からはまたいつもの自分。
寝ぼけ眼のつかさをたたき起こして、駅でこなたを待って、教室でみゆきに挨拶をして。
昼休みになればまた胸を弾ませてB組にいって。日下部にからかわれたり、こなたに弄られて
顔を赤らめたりして。
そう、いつもの日常。去年までと同じ一年。
――それでいいの?
頭のなかでこなたの声がする。
二年前に住み着いたこなたが、秘密の小部屋から顔を覗かせている。
二年前に住み着いたこなたが、秘密の小部屋から顔を覗かせている。
――いいに決まってるじゃない。他に選択肢ないでしょ。
あのいつものニヤニヤ笑いを浮かべながらひっついてこようとするこなたを、首根っこを
掴んで小部屋の中に放り投げた。溢れそうになっていた想いと一緒に閉じこめて、念入りに
鍵をかける。
このドアを開けるわけにはいかなかった。
今はまだ。
掴んで小部屋の中に放り投げた。溢れそうになっていた想いと一緒に閉じこめて、念入りに
鍵をかける。
このドアを開けるわけにはいかなかった。
今はまだ。
「ただいまー」
ガラリと引き戸を開けて家に帰ると、“おかえりー”とまつりお姉ちゃんの声が返ってくる。
「あら、お帰りなさい。どこいってたのよ」
居間から顔を覗かせてお母さんが云った。
「ん、ちょっとね……つかさは?」
訊ねると、お母さんは台所の方を指さした。
ガラリと引き戸を開けて家に帰ると、“おかえりー”とまつりお姉ちゃんの声が返ってくる。
「あら、お帰りなさい。どこいってたのよ」
居間から顔を覗かせてお母さんが云った。
「ん、ちょっとね……つかさは?」
訊ねると、お母さんは台所の方を指さした。
つかさはすでに力尽きていた。
台所のテーブルに突っ伏してスースカピーと夢の中。時計をみると、まだ十時を少し回った
くらいだった。早い、早すぎる。
そのへにょりと垂れたリボンの先、テーブルの中ほどに、桜色のふわふわとした物体が
鎮座していた。
それは桜色のケーキ。つかさがよく作ってくれて二人で食べる、18センチほどのホール
ケーキだ。
苺ジャムが入っているのだろうか、型くずれもせず、けれどやわらかそうにスポンジを
覆うムースは、丁度今みてきたような桜色をしている。
沢山の苺がその円周を飾っていて、中央には生クリームで白い文字が書かれていた。
台所のテーブルに突っ伏してスースカピーと夢の中。時計をみると、まだ十時を少し回った
くらいだった。早い、早すぎる。
そのへにょりと垂れたリボンの先、テーブルの中ほどに、桜色のふわふわとした物体が
鎮座していた。
それは桜色のケーキ。つかさがよく作ってくれて二人で食べる、18センチほどのホール
ケーキだ。
苺ジャムが入っているのだろうか、型くずれもせず、けれどやわらかそうにスポンジを
覆うムースは、丁度今みてきたような桜色をしている。
沢山の苺がその円周を飾っていて、中央には生クリームで白い文字が書かれていた。
『お姉ちゃんありがとう』
私の頬は今、そのケーキよりなお桜色をしていると思った。
本当につかさには敵わない。この子の中はやはり、ふわふわとしたなんだかわからない、
素敵なもので満たされているのだ。
起こすのは忍びなかったけれど、このまま寝かせたままでいるのも、つかさの好意を無に
してしまうだろう。
ほっぺたをぷにぷにすると、マシュマロのような感触に、指が埋まっていく。
それが面白くて、何度も何度も突っついた。
「う~ん……、メレンゲ星人~?」
そう呟いて、つかさはとろとろと目を開けた。
「なんだよメレンゲ星人って、エリンギ星人とは仲悪いのか?」
一体この子の中ではどんな宇宙戦争が繰り広げられているのだろう。
つい微笑みそうになる口輪筋を引き締めて、無理に呆れ顔を作って云う。
「あ、あれ? あれれ? あー、わたし寝ちゃってた~! お姉ちゃん、お帰りー」
「ただいま、ごめんね遅くなって」
まだとろんとした半眼をしたまま、つかさはニコニコと笑って云った。
「あ、あのね、わたしケーキ焼いたんだよ、お姉ちゃん食べる~?」
「うん! ありがとう! すっごい美味しそうにできてるわね、それ」
あえて書かれた文字には触れずに、お皿を出しに戸棚に向かう。
「え、あ、あー! いきなり見せてびっくりさせようと思ったのに……出しっぱなしじゃ
ダメダメだぁ~……」
「ふふ、嬉しかったよ。でもなぁに突然ありがとうだなんて、私なんかしたっけかー?」
「んーん。ただなんていうのかな、わたしが陵桜に入れて、みんなと楽しくやっていけてる
のもお姉ちゃんのおかげだから、その感謝の気持ち? あ、紅茶でいいよね?」
「……な、なにいってんのよ……。そんなこと云ったら私だってつかさのおかげなんだからね。
こなただってみゆきだって、最初に仲よくなったのつかさじゃない。紅茶でいいよ、
ありがとう。……半分に切ったケーキ、『お姉ちゃん』と『ありがとう』どっち食べる?」
「あれ~? そうだっけ~?……ど、どっちかっていうと『ありがとう』かな…」
「そうだよ。自信持ちな。あんたは一人でも上手くやっていけてるよ。今も、これからもさ」
そう云ったとき、つかさは紅茶を注いでいた手を止めて、私のことをじっとみつめた。
「ん? どうした?」
「あ、んーん、なんでもない……。お姉ちゃん、いつものお姉ちゃんだね」
「ん。ごめんね、心配させちゃったね」
そう云うと、つかさはふわふわと笑ってくれた。
本当につかさには敵わない。この子の中はやはり、ふわふわとしたなんだかわからない、
素敵なもので満たされているのだ。
起こすのは忍びなかったけれど、このまま寝かせたままでいるのも、つかさの好意を無に
してしまうだろう。
ほっぺたをぷにぷにすると、マシュマロのような感触に、指が埋まっていく。
それが面白くて、何度も何度も突っついた。
「う~ん……、メレンゲ星人~?」
そう呟いて、つかさはとろとろと目を開けた。
「なんだよメレンゲ星人って、エリンギ星人とは仲悪いのか?」
一体この子の中ではどんな宇宙戦争が繰り広げられているのだろう。
つい微笑みそうになる口輪筋を引き締めて、無理に呆れ顔を作って云う。
「あ、あれ? あれれ? あー、わたし寝ちゃってた~! お姉ちゃん、お帰りー」
「ただいま、ごめんね遅くなって」
まだとろんとした半眼をしたまま、つかさはニコニコと笑って云った。
「あ、あのね、わたしケーキ焼いたんだよ、お姉ちゃん食べる~?」
「うん! ありがとう! すっごい美味しそうにできてるわね、それ」
あえて書かれた文字には触れずに、お皿を出しに戸棚に向かう。
「え、あ、あー! いきなり見せてびっくりさせようと思ったのに……出しっぱなしじゃ
ダメダメだぁ~……」
「ふふ、嬉しかったよ。でもなぁに突然ありがとうだなんて、私なんかしたっけかー?」
「んーん。ただなんていうのかな、わたしが陵桜に入れて、みんなと楽しくやっていけてる
のもお姉ちゃんのおかげだから、その感謝の気持ち? あ、紅茶でいいよね?」
「……な、なにいってんのよ……。そんなこと云ったら私だってつかさのおかげなんだからね。
こなただってみゆきだって、最初に仲よくなったのつかさじゃない。紅茶でいいよ、
ありがとう。……半分に切ったケーキ、『お姉ちゃん』と『ありがとう』どっち食べる?」
「あれ~? そうだっけ~?……ど、どっちかっていうと『ありがとう』かな…」
「そうだよ。自信持ちな。あんたは一人でも上手くやっていけてるよ。今も、これからもさ」
そう云ったとき、つかさは紅茶を注いでいた手を止めて、私のことをじっとみつめた。
「ん? どうした?」
「あ、んーん、なんでもない……。お姉ちゃん、いつものお姉ちゃんだね」
「ん。ごめんね、心配させちゃったね」
そう云うと、つかさはふわふわと笑ってくれた。
ケーキは凄く美味しかった。
今夜このときだけは、この宇宙に体重計は存在しなかった。
――そのはずだ。
――そのはずだ。
§5
「やふ~、柊さん」
「こなちゃんおはよう~」
「おーっすって、なんだよ柊さんっていまさら、気持ち悪いな」
「かがみとつかさって云うのがめんどかったから、名字で纏めた」
「纏めるなよ! 大した労力でもないだろ! ってか一文字しか省略できてねぇよ!」
「こなちゃんおはよう~」
「おーっすって、なんだよ柊さんっていまさら、気持ち悪いな」
「かがみとつかさって云うのがめんどかったから、名字で纏めた」
「纏めるなよ! 大した労力でもないだろ! ってか一文字しか省略できてねぇよ!」
朝。やっぱり寝ぼけ眼だったつかさを叩き起こして、学校に向かった。糟日部駅前では、
珍しくこなたが先に来て私たちを待っていた。
――柊さん。
こなたにそう呼ばれるのもいつ以来だろう。
出会いのころこそしばらく名字で呼ばれていたけれど、姉妹を識別する必要があると思ったか、
すぐに名前で呼ばれるようになった。
こういうときに双子はありがたい。つかさのようにすぐに他人に心を開けない私にとって、
他人を名前で呼ぶにいたるまでには高い壁がある。
けれど先に名前で呼ばれてしまえば、私のほうから名前で呼ぶのも自然というものだ。
現に日下部と峰岸なんて、ついに名前で呼ぶことができずにもう五年目突入だ。
珍しくこなたが先に来て私たちを待っていた。
――柊さん。
こなたにそう呼ばれるのもいつ以来だろう。
出会いのころこそしばらく名字で呼ばれていたけれど、姉妹を識別する必要があると思ったか、
すぐに名前で呼ばれるようになった。
こういうときに双子はありがたい。つかさのようにすぐに他人に心を開けない私にとって、
他人を名前で呼ぶにいたるまでには高い壁がある。
けれど先に名前で呼ばれてしまえば、私のほうから名前で呼ぶのも自然というものだ。
現に日下部と峰岸なんて、ついに名前で呼ぶことができずにもう五年目突入だ。
「ひ・い・ら・ぎ・さ・ん――か・が・み・と・つ・か・さ――あれ、ほんとだ~」
「まったく、どんだけ横着なんだよ」
「いや~、リアル挨拶もネトゲみたいにショートカット一つで出せたら便利だな、って思うね」
「思うなよ。そんな挨拶嫌すぎるだろ」
「まったく、どんだけ横着なんだよ」
「いや~、リアル挨拶もネトゲみたいにショートカット一つで出せたら便利だな、って思うね」
「思うなよ。そんな挨拶嫌すぎるだろ」
いつも通りの朝。いつも通りのやりとり。
今の私には、そんな会話も楽しくて仕方がない。
こんな風に学校に通うことができるのも、あと一年。残り少ないその時間を、大切に過ごして
いきたいと思った。
と、こなたが私をじーっとみつめているのに気づいた。
「な、なによ?」
「よかった、いつものかがみだね」
そう云って嬉しそうに笑ったその笑顔に、思わずどきりとする。
「な、なに云ってんのよ、いつも通りに決まってるでしょ」
「いや~、かがみのことだから、昨日は枕を涙で濡らしたんじゃないかと思って!」
「濡らすか! なんでだよ!」
「あ、お姉ちゃんね、昨日の夜一人で出かけていったんだよ。きっと土手を走ってばかやろ~って
やってたんじゃないかなぁ」
隣に並んだつかさが、ふわふわ笑いながら爆弾を投下する。
途端にこなたの顔がつぶれた餅みたいに崩れていって、嬉しそうだった笑顔は意地悪な
ニヤニヤ笑いになる。
「あんれ~? あんれ~? かがみんやっぱ別のクラスになって寂しかったんだ~?
おー、よしよし」
「つ、つ、つつつつかさーっ!! なんであんたはまた余計なことをーっ!!」
「あ、ごめんごめん」
頬を掻くつかさ、子どもをあやすみたいに頭を撫でるこなた、顔を真っ赤にして怒鳴り
散らす私。
今の私には、そんな会話も楽しくて仕方がない。
こんな風に学校に通うことができるのも、あと一年。残り少ないその時間を、大切に過ごして
いきたいと思った。
と、こなたが私をじーっとみつめているのに気づいた。
「な、なによ?」
「よかった、いつものかがみだね」
そう云って嬉しそうに笑ったその笑顔に、思わずどきりとする。
「な、なに云ってんのよ、いつも通りに決まってるでしょ」
「いや~、かがみのことだから、昨日は枕を涙で濡らしたんじゃないかと思って!」
「濡らすか! なんでだよ!」
「あ、お姉ちゃんね、昨日の夜一人で出かけていったんだよ。きっと土手を走ってばかやろ~って
やってたんじゃないかなぁ」
隣に並んだつかさが、ふわふわ笑いながら爆弾を投下する。
途端にこなたの顔がつぶれた餅みたいに崩れていって、嬉しそうだった笑顔は意地悪な
ニヤニヤ笑いになる。
「あんれ~? あんれ~? かがみんやっぱ別のクラスになって寂しかったんだ~?
おー、よしよし」
「つ、つ、つつつつかさーっ!! なんであんたはまた余計なことをーっ!!」
「あ、ごめんごめん」
頬を掻くつかさ、子どもをあやすみたいに頭を撫でるこなた、顔を真っ赤にして怒鳴り
散らす私。
こんな風に照れることに対して、自己嫌悪を感じなくなったのはいつからだろう。
ずっとこんな自分が嫌いだった。自分ではスマートで知的な人間になりたいと願って
いたから、すぐあたふたする所は短所だと思っていた。
いつからだろう、こういう所も含めて自分なのだと認められるようになったのは。
少なくとも、二年前のあの日に桜の下でこなたに出会えなかったら、こんな風に自分の
ことを好きになれることはなかっただろう。
あの日怒鳴ってしまったことにたいして、こなたが“ツンデレ萌えー”と喜んでくれた
ことで、どれだけ私が救われたことか。
ずっとこんな自分が嫌いだった。自分ではスマートで知的な人間になりたいと願って
いたから、すぐあたふたする所は短所だと思っていた。
いつからだろう、こういう所も含めて自分なのだと認められるようになったのは。
少なくとも、二年前のあの日に桜の下でこなたに出会えなかったら、こんな風に自分の
ことを好きになれることはなかっただろう。
あの日怒鳴ってしまったことにたいして、こなたが“ツンデレ萌えー”と喜んでくれた
ことで、どれだけ私が救われたことか。
――秘密の小部屋のドアが、がたがたと揺れる音がする。
けれど恥ずかしいことはやはり恥ずかしいので、そっぽを向いて先を急ぐ。“お姉ちゃん
まってよ~”と云ってつかさが追いかけてきた。
と、バス亭の前に見慣れた姿が見えた。
「あれ、みゆきじゃない?」
「あ、ほんとだ~。この時間にいるの珍しいねー」
そこでは、桜色の髪をした友人が一人でぽつねんとバスを待っていた。
「おおー! みゆきさんおはよ~!!」
走ってきたこなたがぶんぶんと手をふって、みゆきに呼びかけた。
「あら、みなさん。おはようございます」
ふりむいてニコリと笑うみゆきに、口々に挨拶を返す。
「どうしたのみゆき? 普段一本早いバスじゃない」
「ええ、この時間ですと電車の乗り継ぎがタイトですので、普段は早めなのですが……
お恥ずかしい話、少々寝過ごしてしまいまして……」
「えー。ゆきちゃんでも寝坊するんだー」
つかさが嬉しそうに云った。
「つかさ? もしかしてあんた同類ができたと思ってない?」
「あ、えへへ、そ、そんなことないよ?」
顔に大きく図星て書いてつかさが云う。
「いえいえ、私もつかささんと一緒で。暖かくなってきたからでしょうか、春眠暁をなんとやらで
眠くて仕方がありません」
「そうだよねー、眠いよねー。年中春眠暁をなんとやらだよね~」
途端に天然ボケの螺旋階段をぐるぐると昇っていく二人を眺めてバスを待つ。
と、会話がとぎれたところでみゆきが私のほうをむいて云った。
「よかった、かがみさんもいつも通りですね」
みゆきにまで心配をかけていた自分が嫌になった。
「なによあんたまで……つかさにもこなたにも云われたけど、私はずっといつも通りよ」
「ふふ、そうでしたね。申し訳ありません」
包み込むような笑顔でみゆきが笑ったとき、丁度バスが見えてきた。
まってよ~”と云ってつかさが追いかけてきた。
と、バス亭の前に見慣れた姿が見えた。
「あれ、みゆきじゃない?」
「あ、ほんとだ~。この時間にいるの珍しいねー」
そこでは、桜色の髪をした友人が一人でぽつねんとバスを待っていた。
「おおー! みゆきさんおはよ~!!」
走ってきたこなたがぶんぶんと手をふって、みゆきに呼びかけた。
「あら、みなさん。おはようございます」
ふりむいてニコリと笑うみゆきに、口々に挨拶を返す。
「どうしたのみゆき? 普段一本早いバスじゃない」
「ええ、この時間ですと電車の乗り継ぎがタイトですので、普段は早めなのですが……
お恥ずかしい話、少々寝過ごしてしまいまして……」
「えー。ゆきちゃんでも寝坊するんだー」
つかさが嬉しそうに云った。
「つかさ? もしかしてあんた同類ができたと思ってない?」
「あ、えへへ、そ、そんなことないよ?」
顔に大きく図星て書いてつかさが云う。
「いえいえ、私もつかささんと一緒で。暖かくなってきたからでしょうか、春眠暁をなんとやらで
眠くて仕方がありません」
「そうだよねー、眠いよねー。年中春眠暁をなんとやらだよね~」
途端に天然ボケの螺旋階段をぐるぐると昇っていく二人を眺めてバスを待つ。
と、会話がとぎれたところでみゆきが私のほうをむいて云った。
「よかった、かがみさんもいつも通りですね」
みゆきにまで心配をかけていた自分が嫌になった。
「なによあんたまで……つかさにもこなたにも云われたけど、私はずっといつも通りよ」
「ふふ、そうでしたね。申し訳ありません」
包み込むような笑顔でみゆきが笑ったとき、丁度バスが見えてきた。
教室の前。ここで私たちは別々になる。
吹っ切れてはいたけれどやはり少し寂しくて、みんなのほうをもう一度眺めやる。
と、こなたの頭に桜の花びらが乗っているのに気づいた。校門脇の桜並木のお土産だろう。
「こなたこなた」
「ん、なーに?」
呼びかけた私のほうに、こなたは小走りでやってくる。つかさとみゆきはもう教室に入って
いて、少しだけ二人きりになった。
「ほら、頭に桜ついてるよ」
そう云って花びらをつまみあげた。あんなに恐ろしく感じた桜だけど、ひとひらだけなら
愛おしくも見える。
「あ、ありがとう」
こなたは珍しくも照れくさそうに笑う。
普段と違うその空気に少しとまどう私に、こなたは云った。
「あのさ、初詣のとき、覚えてる?」
「え、初詣?」
「うん、あのとき私、“かがみには別のクラスでいてもらわないと”って云っちゃったけど……。
あれ、本心じゃないから。わたしだって、一緒のクラスがいいなって思ってるんだよ!」
私は、云われていることが咄嗟に飲み込めなくて呆然としていた。
「そ、それだけ! じゃあまたお昼にね!」
こなたは、そう云って手を振って教室に入っていった。
吹っ切れてはいたけれどやはり少し寂しくて、みんなのほうをもう一度眺めやる。
と、こなたの頭に桜の花びらが乗っているのに気づいた。校門脇の桜並木のお土産だろう。
「こなたこなた」
「ん、なーに?」
呼びかけた私のほうに、こなたは小走りでやってくる。つかさとみゆきはもう教室に入って
いて、少しだけ二人きりになった。
「ほら、頭に桜ついてるよ」
そう云って花びらをつまみあげた。あんなに恐ろしく感じた桜だけど、ひとひらだけなら
愛おしくも見える。
「あ、ありがとう」
こなたは珍しくも照れくさそうに笑う。
普段と違うその空気に少しとまどう私に、こなたは云った。
「あのさ、初詣のとき、覚えてる?」
「え、初詣?」
「うん、あのとき私、“かがみには別のクラスでいてもらわないと”って云っちゃったけど……。
あれ、本心じゃないから。わたしだって、一緒のクラスがいいなって思ってるんだよ!」
私は、云われていることが咄嗟に飲み込めなくて呆然としていた。
「そ、それだけ! じゃあまたお昼にね!」
こなたは、そう云って手を振って教室に入っていった。
手に残った桜の花びらを見て、そうして今しがた同じ桜色に染まっていたこなたの頬を
思い浮かべた。
思い浮かべた。
――ああ、あいつも私と同じか。
つい口を滑らして云い過ぎたことを、ずっと気にしてたんだな。
つい口を滑らして云い過ぎたことを、ずっと気にしてたんだな。
可愛いな、こなた。
そのとき気づいてしまった。どきどきと高鳴る胸の鼓動に。
その鼓動こそ、鍵の掛かった秘密の部屋のドアを揺らす音。
その鼓動こそ、鍵の掛かった秘密の部屋のドアを揺らす音。
膨れあがっていく桜色の想いに、ついにドアの蝶番が耐えられなくなって吹き飛んだ。
心が、胸が、体中がその想いで満たされる。
心が、胸が、体中がその想いで満たされる。
ああ、気づいてしまった。気づいてしまった。
一度認識してしまえば、もはや永遠に元には戻れない、その想いに。
一度認識してしまえば、もはや永遠に元には戻れない、その想いに。
そう、桜の樹の下には屍体が埋まっていた。
私の心の奥にひっそりと咲く、狂い桜の根本に。
私の心の奥にひっそりと咲く、狂い桜の根本に。
でも、今はもうない。
秘密の小部屋は開けられて、咲いていた桜は散ってしまって、埋められていた屍体は
暴かれてしまった。
その屍体は――隠された想いは――無意識下に埋められた想いは――桜吹雪の奔流と混ざり合い、
私の心の中を春の嵐となって吹きすさぶ。
暴かれてしまった。
その屍体は――隠された想いは――無意識下に埋められた想いは――桜吹雪の奔流と混ざり合い、
私の心の中を春の嵐となって吹きすさぶ。
そして桜色の、その想いに全身が包まれる。
――私は、こなたのことが好きだ。
(了)
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コメントフォーム
- ショートストーリーというよりサイドストーリーな感じで、との事だけど。サイドの域は軽く超えちゃってますな -- 名無しさん (2008-07-06 00:25:34)
- なんつーか、SSっていうより文学ですな、これ。 -- 名無しさん (2008-07-06 00:05:57)
- 1話から引き込まれて読破中。明日休みで良かった・・・ -- 名無しさん (2008-04-12 04:43:03)
- 感情表現がうまい!季節表現も丁寧で感じとりやすい!!ホント美しいです。 -- 名無しさん (2008-03-30 09:59:52)